『鏡の魔法使いマリカ』は悪の少女である 作:薄汚いメトロン星人
秋のうららかな午後
たまたま学校が早く終わり、柊みかんはご機嫌で自転車に立ち乗りして帰ってくる。学校の制服のまま秋風を気持ちよさそうに受けて、その紫の髪をなびかせる。彼女は最近所属している悪の組織が活動を宮殿再建のために停止しているので家にそのまま帰る日が多くなってきた。
自宅のガレージに自転車を止めて彼女はスクールバックを肩にかける。今日は悪の予定がないので部屋でダラダラする気だった。
「あっ! みかんちゃんおかえりー!」
愛らしい声がした。みかんが庭の方を見ると紫の髪をした女の子がそこにいた。
肩まで紫の髪。赤いチェックのスカートの下に黒のスパッツをはいている。そして黒のインナーは少し大きく、手首が隠れている。それにベージュの前開きニットベスト。首から小さな蝶の形のペンダントをつけていた。
顔は少しみかんに似ているが幼い顔立ちだった。ただ彼女はみかんをみて笑って走ってくる。
「わー、みかんちゃーん!」
「あ、るるかちゃん!」
るるかと言われた少女とみかんが両手をハイタッチする。るるかの背丈はみかんより少し小さい。彼女は神崎 瑠々香(かんざき るるか)。中学一年生でみかんのいとこであった。
久々の親戚の姿に喜ぶみかんはすぐに年が結構こう離れているのに背丈が迫られていることにはっとした。少しだけくやしいような不思議な気持ちが溢れそうになって、首を振って振り払う。
みかんは言った。
「今日はどうしたの?」
「あ、今日はね、この近くでイベントがあるからお母さんに送ってもらって寄ったの」
「イベント? へえー、なんだろ」
みかんとるるかは並んで家に入る。るるかのお母さんはみかんにとっておばさんである。居間に彼女は言って挨拶をする。るるかのお母さんとみかんの母親が一緒に談笑していた。そしてみかんの母親が言う。
「あ、帰ってきた、みかんおかえり。るるかちゃん来てるわよ。帰ってきてすぐに悪いんだけど、るるかちゃんと出かけて来てくれない?」
「え。どこに?」
だらだらしたいんだけどなと思ったが、とりあえずみかんは聞いた。
「お小遣いもあげるから。るるかちゃんと遊んできて」
「……………」
みかんはふーと息を吐いてやれやれと首を振る。お小遣いをもらえるのなら仕方ない。場所はどこでもいい。
「わかった」
「やったー! みかんちゃんと遊べる!」
「わっ」
るるかが後ろで声を出す。彼女は本当にうれしそうに笑顔になっている。小遣いにつられたみかんはほんの少しバツが悪そうにしたが、ただ純粋に喜んでくれる年下の女の子にうれしくなってしまう。
「それで、るるかちゃんはどこに行くの?」
「ん! それはねー。有名人の握手会があるの」
「へー」
あわよくば自分も参加できるかもとみかんは期待した。るるかは笑顔のまま言う。
「魔法天使マリカちゃんの握手会!」
みかんは引きつった顔で笑った。
☆
駅前の商業施設。
地下のスーパーを中心に様々な店の立ち並ぶ地域の中心の場所。そこにみかんとるるかは来た。みかんは制服のままだった。るるかはスカートをなびかせて小走り。わくわくしているのが伝わってくる。みかんは複雑であった。
「マリカちゃん……かわいいよね」
るるかが無邪気に聞いてくるのでみかんは愛想笑いをした。駅で握手会をしているのは彼女の宿敵と言えばいいのかなんといえばいいのか複雑な関係の人物である。みかんは足取りが重かった。なんで自分が自分そっくりに作られた相手の握手会に行かないといけないのか。答えが出ない。
魔法天使マリカとは集団虚構から生まれた空想上の存在であったが、みかんの所属する悪の帝国の手により生まれた彼女のクローンがメディア出演したことにより現実になった。
「……あ、あのるるかちゃん。あの。私は握手会は」
「あ! ちゃんとチケット2枚あるよ!」
「そ、そうなんだ」
「みかんちゃんも一緒に来てくれてなんだか楽しい」
ぱあと後光が刺すような純粋な微笑みに悪の少女であるみかんはうっと下がった。彼女は「いきたくない」という言葉を飲み込まざるを得なかった。だから黙って駅のイベントスペースに向かうみかん。るるかが見てない時は死んだ顔をしていた。
大勢がいた。横断幕に『魔法天使マリカ』の写真が載っている会場。みんながかわいいかわいい言いながら歩いている横でなぜかみかんは羞恥に苛まれていた。自分のクローンのことを言われると自分が言われている気もする。唇をかんで顔を赤くしている。
「なんかみかんちゃん顔赤いよ……大丈夫?」
「だ、だいじょうぶ。あ、いやちょっと」
みかんは最後の抵抗を示した。だめかもと思えばここから逃げられる可能性もある。だがるるかは忽然と姿を消した。はっとしてみかんが探せば少し離れた場所にいる。
握手会の会場では災害復興などの募金スペースも用意されていてチャリティ要素もあるようだった。るるかはそこに募金をしている。
(さ、サンのやつって一応悪側なのにチャリティ……!!?)
るるかが戻ってくる。
「最近災害とか多いからねー。みかんちゃんもする?」
「え、わ、わたし?」
キラキラした瞳におされてみかんこと悪の魔の四天王である『鏡の魔法使い マリカ』は募金をした。サンのことを言える筋合いはすでない。
握手会は盛況だった。長蛇の列が並んでいる。
その中心にいるのは白い羽をもつ、淡いパープルの少し上品なワンピースを着た少女。紫の髪をサイドテールにして肩から垂らしている愛らしい姿。
元、世界を滅ぼすために生み出された『黒の太陽』の末路であるブラック=サンである。
「ありがとー!」
かわいらしい笑顔でファンたちに握手をする。かつて悪の組織で叩き込まれた無駄な演技の能力に磨きがかかっている。ただ彼女の横にはちゃんとチャリティのチラシがあった。
「あ! ほんものだっ。わ、わぁ」
そこにるるかの番がやってきた。口元を手で押さえてるるかはちょっと涙目。芸能人を前にして彼女は純粋に感動していた。サンはそれをみてかわいらしくくすりとする。
「今日はありがとう!」
「は、はい!」
るるかとサンは握手をする。サンは初々しいるるかに好感を持った。なんとなく明るい気持ちになった。
その後ろの人物に気が付くまでは。
「………………」
目を伏せて横を向いて汗を流している柊 みかん。
笑顔のままに固まるサン。
数秒時が止まっていた。時間を動かしたのはみかんでもサンでもない。係りのスタッフだった。女性のスタッフがみかんの横に来る。
「あの……順番があるので」
「は、はい」
みかんが横を向いたままサンにおずおずと手を出す。
サンがその手を凝視している。その顔に「まじかこいつ」と書いてあった。その横でるるかが「?」と頭に浮かべていた。
しかしここにかつての宿敵は握手をすることになる! 平和の瞬間だった。
サンがみかんの手をつかんだ。
ぎゅうううううううううううと全力で握り。みかんもそれに気が付いてサンを見ながら力を入れる。二人はいつの間にか笑顔になっていた。引きつった笑顔のまま、互いに力を入れて固い握手を交わす。
気持ちが伝わる。
――なんで握手会にくるんだこのぽんこつ!
――なんで握手会なんてしてんのよ! サンっ!
二人は笑顔のまま全力で手を握り合う。ただ魔力を持ってない時の二人の握力は互角。利き手で25キロである。それでも二人は固い、固い握手にいろんな感情をこめた。
「つ、次がありますから」
スタッフが止めてやっと二人は離れる。ここまで一言も交わしてないが、みかんはるるかと共に歩いていく。手が痛い。みかんとサンは背を向けて離れていく。
☆
「ほんとっかわいかったよね」
みかんの家に帰るとるるかはキラキラした瞳でそう言った。場所はみかんの部屋である。みかんは「ウンソウダネ」と言いながらうつろな顔をしていた。その顔に少し不安そうなしてしまうるるか。彼女はおずおずという。
「あ、もしかしてみかんちゃんはさ、魔法天使マリカとの握手会嫌だった」
「えっ」
「もしそだったら、ごめん。無理やりつきあわせて」
「…………」
そのるるかの表情にみかんはやっと自分がちょっとだけ大人げなかったと反省した。いまさらであるが彼女はふっと微笑む。
「そんなことないよ。今日は楽しかった」
「ほんとっ!」
るるかはその言葉に救われたように顔を上げる。ただまだ何かありそうだった。
「どうしたの?」
「じ、実はみかんちゃんにお願いしたことがあったの」
「お願いしたいこと?」
「う、うん。よかったらお願いできないかなって。無理にとは言わない……よ」
申し訳なさそうな表情のるるか。みかんはまた笑う。優しい顔で彼女は言った。
「私にできることなら何でも言って」
「……ありがと、ほんとうみかんちゃんは昔からやさしいね」
年下の少女である、るるか。大きくなっても中学一年生なのだ。それを思ったみかんの表情は優しい。
そしてるるかは願いを口にする。それを聞いてみかんは受けざるをえなかった。
数分後のことである。
みかんの部屋。
るるかの持ってきた『魔法天使 マリカ』のコスプレグッツに身を包んだみかんがいた。白いフリルのついたワンピースを着て羽をつけたみかん。サンのコスプレをさせられていたのだ。
絶望の表情で佇むみかん。るるかは喜んでいた。
「わ、わー!! やっぱりみかんちゃんにあうよ~! かわいい~!
――して。
「みかんちゃんってマリカちゃんに似ているからきっと似合うと思ったんだぁ。かわいい、かわいい~」
――殺して。
みかんの心の声など誰にも聞こえない。だからるるかはさらに言った。
「みかんちゃん、セリフを、セリフ言って」
「……ま、ま、まほうてんしまりか」
みかんは涙目でダブルピースをする
「さ、さーんじょう」
やはり人類は滅ぼさねばならない、みかんは思った。
☆
その夜のことだった。
るるかは結局みかんの家に泊まった。彼女は夜にパジャマのまま外に出る。月の出ている気持ちのいい夜だった。彼女は伸びをする。
「ん-。あー。マリカちゃんかわいかったな~」
るるかは独り言を言う。
「レッドが言うには、あの子も怪人らしいけど、悪いことをするとは思えないしな~。最近怪人たちも出ないし……戦いのないのは楽~」
るるかは月の下で微笑みながらみかんの寝る部屋を見た。
「ま、もしもまた悪が出たら、みかんちゃんもちゃんと守ってあげるよ。ピンクだからね」
るるかは踵を返す。ふあーと大きなあくびをする。