『鏡の魔法使いマリカ』は悪の少女である 作:薄汚いメトロン星人
夕日の美しい丘の上の公園で金髪の少女がブランコに座ってスマートフォンを触っていた。
きいきいと錆びた鎖が音を鳴らす。
ブレザーの少女の胸元のリボンは少し緩めている。彼女は栗原 玲央(レオ) だった。彼女は魔の四天王が一人『幻惑のシャドウ』が世を忍ぶ仮の姿。彼女はその猫のような瞳でスマートフォンを見ている。オッドアイの彼女の左右の色の違う瞳にはニュースサイトが映っていた。
『またお手柄!? スーパー・ジャスティス・ファイブが怪人を倒す』
ニュースの見出しの下にはスーパー・ジャスティス・レッドという彼らのリーダーが映っていた。レオはそれを見てぎりと苦虫を嚙み潰したような顔をした。
「スーパー・ジャスティス・レッドめ……」
湿度のある声が漏れる。だが、レオはそれ以上言わずにスマートフォンの画面をスワイプする。彼女はとある記事を見つけて、目を見開いて、そして口を開けて邪悪に笑う。
『数十年ぶりに日本にモナリザが来る』
モナ・リザ。それは巨匠レオナルドダヴィンチが描いた一人の女性の絵だった。この世界において彼女がもっとも有名な女性と言ってよく、そしてその絵画は美術における一つの至高というべきものだった。
「くくく」
それを狙うのは一人の邪悪な猫が一匹。
☆
大日本美術館。
日本屈指の巨大美術館であった。 展示室の総面積約7200平方メートルには古今東西の様々な美術品が収められている。今回フランスのルーヴル美術館からのモナ・リザを預かり展示をすることになっていた。
その美術館に一通の手紙、いや予告状が届いた。
『我が名は悪の皇帝ザングルゴール様のしもべである幻惑のシャドウ
人間たちのたーいせつにしている美術品の中で今回はるばるやってきたモナ・リザをいただきに行きます。せいぜい警備員を増やして待っててね、にゃは』
最後には猫の肉球のマークが押された予告状に美術館だけではなく政府も騒然となった。ここでモナ・リザを奪われるようなことがあれば世界から非難を浴びるだろう。急遽厳重な警備が敷かれるようになった。
その夜。
レオとみかんはふたり夜道を歩いていた。
「なんでわざわざ予告状なんて出したの?」
紫の髪が夜風に流れる。みかんは流し目でレオを見た。
レオは口笛を吹きながら頭の上で両手を組んで笑いながら答えた。
「こうしてやればスーパー・ジャスティス・ファイブも来ると思ってね」
彼女もみかんを見た。月夜が怪しく彼女の笑顔を照らす。
「僕はこう見えて彼らの存在は邪魔でね」
「ふーん」
みかんは相手にせず、二人は歩く。
大通り、
夜の街。
二人の体を闇が包む。
そしてその闇から現れた。
紫の髪に黒のドレスをまとった『鏡の魔法使いマリカ』。
シルクハットをかぶったタキシード姿の細身の女性『幻惑のシャドウ』
二人は大日本美術館の門が見える場所に来た。巨大な門の前には大勢の警官や警備の車が止まっていた。彼らはマリカとシャドウに気が付いてライトを向けてくる。
警官たちが何かをわめきながら彼女い向けて止まるように叫んでいる。
照らされた中をマリカが歩く。かつかつとヒールを鳴らしながら彼女は手に持った杖をゆっくりと振るう。
「人の心の闇を、ここに。ダーク・ミラー」
魔法の杖が紫に光る魔力を放った。
警官の人数は100人を超えているだろう。だが彼らの動きは止まった。
彼らの前には彼らを映す鏡が現れた。その向こうに映るのは、彼らの姿だけではない。彼らの心の奥底に眠る欲望や悲しい過去がそのまま映っていた。
わあああ、と悲鳴が上がる。心の闇に向き合う魔法。それこそがマリカのかけたものだった。人はひとりひとり生きているうちに積み重ねた悲しみや絶望、あるいは人に言えない過去がある。それを呼び起こす魔法だった。
警官たちは倒れていく中をマリカは歩く。
「私は人の心の闇を映す魔法使い」
涼し気な顔で彼女は歩く。その後ろシャドウが「にゃはは」とついていく。マリカは最近のことを思い出しながらこれこそ自分とちょっと内心でほっとしていた。
☆
モナ・リザの展示場までの間に広場があった。そこはさらに大勢の警備員がいた。
月を背に街灯の上にシャドウが飛び乗る。サーチライトに照らされていた彼女はシルクハットをとって胸にあてる。金髪の少女が深々とお辞儀をする。
「今宵は僕のために集まってきてくれてありがとう。皆さん。ただ残念なことに皆さんは僕のステージのお客様だけど最後までは見れないよ」
シャドウの影が伸びる。彼女の後ろにあるはずの月を覆い隠して、彼女の影は巨大な爪を持った『手』になった。警備員の驚愕の声が響く。その中でシャドウは両手を広げてにやりと笑う。白い歯にとがった歯が見えた。
「僕の『手』は魂に届くよ」
彼女は街灯を蹴る。影は大きくその『手』を振った。巨大な闇の手が警備員たちを飲み込んでいく。
シャドウがとん、と地面に降りたときあたりには静寂が残っていた。警備員はその場に倒れて動かない。シャドウはシルクハットを頭にかぶる。
『幻惑の爪』。
彼女は彼らの魂だけに触れる爪を振るった。
マリカがゆっくりと歩いてくる。
「誰も始末できないようだけど」
「にゃはは、言っただろう。スーパー・ジャスティス・ファイブが来るかもしれないからね。彼らには人質としての役割をしてもらうさ」
「まあ、いいわ」
マリカとシャドウの力を前に通常の人間の力は無力だった。シャドウはさらにいう。彼女が右手を上げるとそこに影がまとわりつく。邪悪な影だった。
「君には言っておくけどね。僕の影は魂だけじゃない、正確にはこの世界に干渉することができる。……この手で抉り取ったものは元々世界に存在しないものになるんだ」
くくくとシャドウは笑う。
「モナ・リザを美しいと思った人々は何億人いたんだろうね。僕はモナ・リザをこの手で抉り取って。この世界から消す。すると、『それを美しいと思っていた心』にも大きなダメージがあるんだ。そうだろう? だって何を美しいと思っていたのかわからなくなるんだから」
彼女の手からその顔にまで闇が伸びて、そのギラギラした瞳だけが見える。
「世界中の美術品をなくすことは簡単さ。人がそれを美しいと思う心をなくしてしまえばごみと変わらなくなる。あとは人間どもが勝手に処分してくれる」
マリカは表情を変えず、しかしこの『幻惑のシャドウ』を恐れた。陽気な仮面のような姿には冷酷な怪人としての在り方があった。
「う……うぅ」
その声にマリカとシャドウは振り返った。見れば警備員の一人がうなっている。シャドウが冷たい笑みを浮かべる。
「へえ。気を失わないなんてすごいね。おじさん」
「……も、モナ・リザの部屋には、す、スーパー・ジャスティス・ファイブが、待っている。お前たちはもう、終わりだ」
「……にゃはは。願ったりだよ」
どうやらモナ・リザの部屋にはスーパー・ジャスティス・ファイブが待っているという。赤い口を開けてシャドウは笑う。
「スーパー・ジャスティス・レッドをこの手で抉ることができるんだ。うれしいね」
シャドウはスーパー・ジャスティス・レッドに恨みがあるのかもしれない。マリカはそう思ったが、彼女は気を失っていない警備員の前に立った。
「警備員さん……あなたも心の闇を見るのね。ダーク・ミラー」
マリカが魔法の杖を構えて魔力を放出しようとする。彼女は杖を振るった。
近くにいたシャドウをぶん殴る形になった。
「ぐえっ」
「あっ!?」
近いのに魔法の杖を振り回すからこんなことになった。しかも倒れたシャドウの前に心の闇を映す鏡が現れた。マリカの魔法が発動したのだ。
「まずい、四天王ほどの闇を顕現させたら……」
計り知れないほどの闇を抱える『幻惑のシャドウ』の心の暗黒を解き放つことはマリカにとっても危険かもしれなかった。彼女は慌てて魔法を解除しようとした。
シャドウの目の前にある鏡にはシャドウ自身が映っていた。鏡の中の彼女は泣いていた。
『なんでスーパー・ジャスティス・レッドは僕のことを好きになってくれないの!』
『こんなに好きなのに! 大好きなのに! ぜんぜん僕を女の子として見てくれないの苦しいよ!』
『うあああん。こんなに苦しいなら全部なくなっちゃえばいいのに! モナリザなんて消えちゃえばいいのに』
闇があふれていた。
マリカは硬直し、本物のシャドウはだんだんと顔を赤らめていく。
「あ、あが、あががが」
妙な言葉を言いながらシャドウは口をパクパクさせている。鏡の中のシャドウは美しい涙を流しながら「胸が苦しい。眠るときあの人のことばかり考えちゃう……」などとのたまっていた。
「やめろぉおお!!」
シャドウは鏡をつかんで叫んだ。涙目で顔を真っ赤にして上映される自分の闇をなんとか終わらせようと必死になった。その声にはっとしたマリカが「アブソーバー!」と解除の魔法を唱えるとシャドウの前から鏡が消えていった。
「はあはあはあ」
シャドウは肩で息をしていた。
マリカは気まずそうに声をかけた。
「あ、あの。モナ・リザの部屋に行く? レッドもいると思うけど」
「だ、」
シャドウは立ち上がった。涙目で振り返る。
「誰が行くかぁ~! うああああん」
そのままシャドウは走り去っていく。
こうしてマリカは美術品を守ったのだ。
☆
町はずれのカフェ。
金髪のブレザーの女子高生とレオはぶすっとした顔で座っていた。その前には紫の髪をした女の子であるみかんがいた。二人の前にはレモンティーが湯気を立てている。
レオが口を開く。
「ぽんこつ……」
みかんは「なっ!?」と反応して、少し冷静に返した。
「レッドのことを好きなくせに」
「ううううう!!」
レオはみかんのほっぺたにつかみかかった。みかんも両手でレオの頬をつまむ。
「僕の計画は完璧だったはずだにゃ! あそこであんなことにならなければ、あと、あとあと、レッドのことは言うにゃ、誰にも!」
「勝手に逃げたんでしょあんた。わ、私だって。『黒の太陽』のことは言わなければ秘密にしておいてやるわよ」
「このぽんこつ~」
「ぽんこつじゃない~!」
不毛な争いが始まった。