出会い
地平線に煌めく青藍の水面。
大陸最大の湖であり、このコランダム王国の名所でもあるコランダム湖だ。
遠くまで広がっているその湖面は、鮮やかな朝日に照らされている。まさに絶景といえる。
「……緊張していますか?」
そんな中、ワタシに話しかける極上の人形のごとき美しい少女。
何度見ても、「おおっ……」とつい声をあげてしまいそうになる。
長く伸ばされた金色の髪の毛が両の肩にまで流れ落ち、その白い肌がこの朝日を浴びて輝いている。
その愛らしい容姿に、この湖の水面の如き青と鮮烈な炎のごとき赤と、左右でいろの違う瞳。
それが神聖さを漂わせている物語のお姫様のような少女だ。
そして、それは事実である。
目の前の少女は、このコランダム王家の第一王女であるシャルロット様なのだ。
「ふふ、実は私も少し緊張しています」
そう言って、その両目細め、笑みを浮かべてみせるシャルロット様。
これを間近で見られる幸運に恵まれる者が、我が国でどれだけいるだろうか。
――だが、ワタシは知っている。
彼女は、否、彼はお姫様ではない。
彼は少女ではなく、少年。
王子シャルロット様なのだ。
いや、王子様に明らかな女性名をつけるのはおかしいかもしれないけど、他に呼びようがないので。
「い、いえ。その緊張、してます。それに、その。打ち明けられたばかりの秘密にその、未だに心の整理がつかず……」
「そうですね。無理もありません。ごめんなさい、カノンさん。私に騙されていたと憤る気持ちはわかります」
「い、いえ! とんでもありません! そんな恐れ多い……」
驚いたのは事実だが、別に怒っているとか騙されているとかそんな気持ちは微塵もない。
「それに、その。それを言ったら、自分もその……同じ、なわけですし……」
最後の方は細々とした口調になってしまう。
そう言って、ワタシは水面に映っているワタシの顔を見る。
短く切りそろえられた銀色の髪の毛に、赤色の瞳が切れ長の瞼に収まり、細く尖った顎先と薄い唇は、中性的といっていい顔立ちだ。
男の子だといっても、通じる見た目をしている。
だが、確かな事実としてワタシの性別は『女』なのだ。
「はい、だからこそ、今回の王継の儀。私の護衛に相応しいと判断したわけです」
シャルロット様はそう語る。
本来であれば、絶対に秘密なこと――それはワタシの性別だ。
ワタシは、男性専用の騎士服を着ている。だが、正真正銘の女なのだ。
「騎士団長から聞いた時は私も驚きました。まさか、女の方の騎士団員がいたとは」
「ええ」
魔法は、基本的に男性にしか使えないものだ。
そのため、コランダム王国は男尊女卑の傾向が強い。これは必然的なものだ。
騎士団も、肉体の強化なども含めて魔法を使う前提のものが多いため、女人禁制の男の世界だ。
だが、とある理由で例外的に魔法が使えるワタシはこの王国騎士団に所属する事ができていたのだ。
「だからこそ、貴女が今回の任務の私の護衛に相応しいと考えたのです」
シャルロット様の視線が、湖水の輝きへと注がれる。
その仕草は幻想的であり、絵画の1ページが切り取ったかのようだった。
「王継の儀――そのための護衛に」
王継の儀――それこそが、目の前の少年がやらなければならない事だ。
その名の通り、王位を継承するために必要な儀式。そして、王のみが使える魔法を会得するために必要とする儀式なのだ。
そのために、この王国を二人の異性で一周する必要がある。
この『異性である』という点が重要なのだ。本来は強力な男性騎士を護衛として連れていけるのだが、彼の場合はそうはいかない。
そして選ばれたのがこのワタシ――カノンなのだった。
消去法としての選択肢とはいえ、ワタシが選ばれたことは光栄に思う。
「ですが、よろしいのですか? ワタシの実力はそこまで突出しているわけはないのですよ……?」
それなりに腕に自信があるワタシだが、それよりも上はいる。
あくまで「女にしては」の範疇を出ない。
「大丈夫です」
しかし、シャルロット様はその凜とした表情を崩していない。
「私は信じています」
初対面であるワタシの事を信じるというシャルロット様に、決して軽くない王族としてのカリスマのようなものを感じる。
「ですが……」
不敬であるとわかっても、不安でならない。
なぜ自分を信じると。
無根拠にそう言ってくれるのか。
そんな内面を見抜いたかのように、シャルロット様は言う。
「不安に思わなくても大丈夫です」
静かな微笑みだ。
風が吹き抜け、金糸の髪の毛が、湖面のように揺れる。
「私は自分の直感を信じるタイプなのです」
シャルロット様の穏やかな笑みだ。
例え、悪意を持って接した相手であってもそれをつい引っ込めてしまいたくなる。
騎士団員として遠目で見ていた時でも時折感じていたものであり、これが少女めいた風貌を持つ彼のカリスマのような力だ。
「それに」
彼の表情が少しだけいたずらっぽいものに変わる。
「ちょっとだけ、憧れていましたから。冒険の旅というものに」
その笑みだけは、愛らしい美貌は維持しつつも好奇心に満ちた少年のようなものを感じる。
……不敬ながら。
今、はじめてこの方を『少年』として認識できた気がする。
「ふふ。意外ですか?」
シャルロット様はその金色の髪の毛をくるくると指にからめている。
どことなく、子供っぽい仕草だ。
「あまり男の子っぽい事を言ったりすると、お父さまやお母様に叱られてしまいますので普段は抑えているんですよ」
そういって、周囲に様子を見渡す。
ここには、護衛の兵すらいない。
今回、このシャルロット様と二人っきりでという約定のためにあえて誰もいない状態にしてあるのだ。
ここでもし、ワタシがおかしな気を起こしたりしたら――この方はどうするのだろう。
「大丈夫ですよ」
そんなワタシの内心を見透かしたようにシャルロット様は言う。
「この程度で疑いを持つようならば、私は最初から貴女を護衛の騎士に選ぶことはありません」
それは、心からの信頼だろうか。
それとも、ワタシがここで手を出そうとしたら、密かに隠れていた護衛の騎士にバッサリ――などとつい考えてしまう。
「その、ですが。そういった役割はもっとしっかりとした家柄の……」
「家柄が良いだけが良い騎士じゃあ、ありませんよ。貴女は貴女の良さがあると思いますし、後悔するかどうかは周囲の評価ではなく私が決めます」
それはシャルロット様流の励ましか。
それとも、ただの気遣いか。
いずれにせよ、今の言葉だけで十分だ。
「……わかりました」
今の時点で出せる最大限の信頼を、シャルロット様は見せてくれたと思う。
そう強く覚悟をしてから、一つ深呼吸。
そして、背筋を伸ばして『彼』を見つめる。
「ワタシは貴方の騎士です。この身にかけて、貴方を護りこの王継の儀を無事に終わらせましょう」
「はい。それでこそ、私の騎士様です」
そう満足そうに頷く王子様。
手を差し出される。
細く、柔らかい手だ。男の子らしさとは無縁といっていいものだ。
……そういえば、王子様の手を取るなんて、女の子としては憧れの状況なのかな。
そんな風に少しばかり不敬なことを考えていたワタシの内心を知ってか知らずか、王子様は聖女のごとき笑みを浮かべるのだった。