男装騎士と女装王女   作:高見一樹

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朝の一時

 次に起きた時には既に日が昇りきっていたようで朝日が眩しかった。

 隣のベッドに目をやるとシャルル様が起き上がって伸びをしていたところであった。

 

「おはようございます」

 

 そう言われ、ワタシは慌てる。

 

「し、失礼しました! シャルル様より遅く寝て、シャルル様より早く起きるのがワタシの役目だというのに!」

 

 そんなワタシをシャルル様は手で制する。

 

「いえ、僕も今起きたところですから。それよりも、昨日はよく眠れましたか?」

 

 シャルル様が笑顔で答える。その笑顔があまりにも可憐なので思わず見入ってしまいそうになるのを堪えるために咳払いをした。

 

「え、ええ。おかげで、ぐっすりと眠ることができましたよ」

 

「それは良かったです」

 

 そう言ってくすくすと上品に笑う。

 

「カノンさん」

 

「はい?」

 

「もしよろしければ、これお願いしてもいいですか?」

 

 そう言って、長い金色に輝く髪の毛を手で触れてみせる。

 そういえば、髪の毛を束ねる事を昨日、約束していたことを思い出す。

 

「えっと、ですが。本当にワタシ如きが殿下の髪の毛を……」

 

「もう。ですので僕は構いませんよといったじゃないですか」

 

 シャルル様が笑顔で言う。

 そして、ワタシは部屋の隅に置かれた箱の中から櫛を取り出した。そして彼の背後に回ると丁寧にブラッシングを始める。

 サラリとした髪質はまるで絹糸のようで指通りが良い。梳いていくうちに絡まりが解れていき次第に滑らかになっていく。

 

「ありがとうございます」

 

 シャルル様が嬉しそうに微笑んでいる気配が、背後からも感じられる。

 

「いえ」

 

 短く答えると、今度は髪の毛を結んであげる番だ。シャルル様の髪を編み込み、まとめ上げていく。

 

「できましたよ」

 

「ありがとうございます」

 

 シャルル様は、鏡を見て満足そうにしている。

 ワタシも出来栄えに満足だ。

 

(昔は髪を結ったりなんてした事なかったからな)

 

 ウチの人達は、そんな事を許さなかった。

 あの人達は、そういう事にワタシが興味を持つことすら許さなかった。

 

「あの……カノンさん?」

 

「え?」

 

 いつの間にかシャルル様の言葉を無視してしまっていたことに気付く。

 

「も、申し訳ありません!」

 

「あ、いえ」

 

 シャルル様が不思議そうな表情でこちらを見上げている。

 

「その、どうかしましたか?」

 

 昔の事をつい思い出してしまい、それを消す。

 今、ワタシの近くにいるのはシャルル様だ。

 あの人達の事なんて、もうどうでもいい。

 

(だからもう、出てくるなよ。ワタシの頭の中にすら――)

 

 苛立ちが、消えただろうか。

 ちゃんと、シャルル様に笑顔を見せれているだろうか。

 そう思いながら、シャルル様の方を向く。

 

「すみません。ちょっと考え事をしていて」

 

「考え事ですか」

 

 シャルル様が、少し心配そうな表情になる。

 

「もし何か悩んでいるのでしたら、遠慮せずに言ってくださいね。僕では力になれないかもしれませんが」

 

「あ、いえ。恐れ多いことです」

 

 ワタシは頷きながら彼の髪をもう一度見やる。

 

「こんなものですかね?」

 

「えぇ。十分ですよ」

 

 シャルル様がにこりと笑う。

 その笑顔を見ると心が安らいだ。

 

 いつまでも、そんな笑顔を見ていたい気もするが、ここはやるべき事はある。

 

「あの。シャルル様」

 

「はい?」

 

「これは、この町に着いたら話すつもりだった事なのですが……」

 

 過去の王継の儀を調べているうちに、気づいた事だ。

 過去の王様達は、この王選の儀の最中に仲間たちを連れあるていたりする事があったことをだ。

 

「その、この旅はワタシ達――王族と騎士の異性二人だけ、である必要はないのではないですか?」

 

 大精霊との契約では、それが条件だとされている。

 他に支援を受けずに、片方が王族の異性二人で旅することが条件だと。

 だが、それを厳密に適用してしまうと、昨日の竜車の御者ですらダメだという事になってしまう。

 

「過去に他に一時的な連れがいたケースもあったようですが、別に問題なく王継の儀を終えています」

 

「……そうですね」

 

 シャルル様も顎に手を当てて考え込む。

 

「一体、どこまでが『支援』の範疇になるかまではわかりません」

 

「ええ。ですが、過去の例を見る限り数人程度の護衛がいても、問題はないと判断します」

 

 大規模な兵を引き連れていくのは、さすがに問題なのかもしれない。

 だが、数人程度ならば『支援』とは見なされず大丈夫なのだろうと、ワタシは思う。

 

「それで、なのですが。この町の冒険者組合に行ってみようと思っているのですが」

 

 冒険者と呼ばれる、いわば便利屋とも言われる存在が王国にはある。

 基本、お金次第で仕事をやるなんでも屋だ。

 そんな彼らの主な仕事に護衛の仕事がある。

 

「なるほど。冒険者の方を雇うのですね?」

 

 シャルル様も理解が早かった。

 

「私としても護衛を増やしてくれればその分、シャルル様をお守りするのに集中できます。少なくとも一人は欲しいです」

 

 ワタシは更に畳み掛ける。数人――二、三人ぐらいなら問題ないと思う。その程度ならばいざという時に意思の疎通もできる、複数人でいる方が刺客の類も手を出しにくくなる可能性だってある。

 一人より二人。二人より三人が安全。至極、簡単な足し算だ。

 

「確かにそうですが……」

 

 シャルル様は悩んでおられる様子だ。

 あまり知らない人が護衛として増える事に不安があるのか、それとも王継の儀の決まりに反さないのかという心配の方か。

 だが、やがて決断したようだ。

 

「その、一応見るだけ見てもいいですか?」

 

「ご理解、感謝します」

 

 ワタシは早速、行動を起こすことにする。

 こういった冒険者は、だいたいが集会場のような場所があり、そこに集っている。

 

「それでは、これから組合の方に行って冒険者を探してきたいと思います」

 

 シャルル様は頷いてくださり、ワタシも頭を下げる。

 

「ありがとうございます。シャルル様。ではさっそく、冒険者の候補を見てきますのでシャルル様はこちらに待機していてください」

 

「何を言っているんですか。僕も行きます」

 

「え?」

 

「当然でしょう。その冒険者の方は僕の護衛でもあるのですよ」

 

 さも当たり前といわんばかりに、言われるシャルル様。

 

「で、ですがその、こういった場所はならず者の集まりで……」

 

 そうは言うが、シャルル様は聞いてくださる様子がない。

 しょうがない。とりあえず行くしかないようだ。

 

「……わかりました。ですが危険ですので私の後ろについてきてください」

 

 これは言っても聞かないな。

 まあ、街中だし不安はないか――とそう考え、ワタシはシャルル様の考えに従うのだった。

 

「――御意」

 

 

 

 冒険者たちが集う冒険者組合の施設は町の中心にあった。

 

「うわ……」

 

 思わず声が出てしまった。外観は古びた木造建築で全体的に薄汚れている。

 冒険者といえば、荒くれ者というイメージがあるが、ここはまさにそうだった。

 周囲にはゴミや食べ物の残骸が散乱していることから、衛生面において劣悪な環境であろうことは容易に想像できた。建物の中へ入るとさらにひどかった。床には酒瓶の欠片が散らばっており、歩くたびにそれを踏んでしまう。あまり掃除もされていないのか、この朝に喧嘩騒ぎでもあったばかりなのか。

 どちらにせよ、安全とは言い難い場所だ。

 

 正直、今すぐにでもシャルル様は宿屋に引き返していただきたい――が、ご本人はこんなところを見るのは初めてなのか目をきらきらとさせている。

 とてもではないが、聞いてくれそうにない。

 

 奥の方にはバーカウンターがありそこでは男たちが酒を煽っていた。酒場も兼ねているらしく、酔っ払いが多い。テーブル席の方には、数十人の冒険者が屯しており大声で笑い合っている姿があった。

 

 室内は煙草の煙で充満しているのか視界が霞んでいるように見える。

 

「すごい場所ですね!」

 

 そんな場所にも関わらず、シャルル様の機嫌は良さそうだ。

 

「そうですね」

 

 ワタシとしても、そう答えるしかない。

 

「では、目的の場所に行きましょうか」

 

「はい」

 

 二人で建物内部を進むと、に入ると周りの視線が一斉に向けられる。服装の格好もあり、浮きまくっているから当然だろう。

 明らかにここは場違いだと感じる。しかしそんなことは言ってられない。王継の儀の為にも、護衛をとっとと雇う必要があるのだから。

 とりあえずは、受付の責任者と思しき中年の男に話しかける。

 

「こんにちは」

 

「ん? アンタ……何か用か?」

 

「護衛の冒険者を雇いたい。お勧めはないか?」

 

 酒を注文するように聞いてみる。

 周囲の好奇の視線も無視だ。彼らに長々と事情を説明する気は、ない。

 

「ああ。そういう類の依頼か」

 

 責任者の男も慣れているのか、話が早い。

 店主は書類の中から数枚のものを取り出す。。

 

「候補になりそうなのは、こんな奴らだ」

 

 一枚の紙に、はたくさんの名前が羅列されていた。

 どれもこれも知らない名前ばかりだ。

 正直、書かれてある実績や能力を見る限り大したことはない。

 

「なるほど――」

 

 そんな風に見ながらどうするべきかと、考える。

 一応、この冒険者組合は国営だ。あまりに度が過ぎるくらいにひどい者はいないのかもしれないが、初見の客相手となればこの程度の者しか無理なのかもしれない。

 

「あの――」

 

 そんな中、シャルル様が懐から宝石のついたペンダントを取り出す。

 

「これで、できる限り便宜を図っていただくわけにはいきませんか?」

 

「え?」

 

 責任者の男は目を丸くする。

 

「あ、貴方様はその――い、いえ。何でもありません」

 

 慌てた様子で、改めて書類をひっくり返す。

 そんな責任者を見ながら、シャルル様に訊ねる。

 

「あの、何を――」

 

「いえ。正体を話したりはしていませんよ? ですが、このペンダントは王家の極秘の命令を出す際に用いる者です。内々に便宜を図るように、と」

 

「なるほど」

 

 まあ、手っ取り早いしこの方がいいか。

 そんなやりとりをしている中、店主は慌てた様子で数枚の書類をまとめる。

 

「こ、こちらをどうぞ!」

 

 新しく用意された書類を見る。

 今度は、実力のありそうな者ばかりだ。

 

(まあ、権力が使えるなら使わないとな)

 

 万が一の事があっても困るし。

 そう思いながら、改めて書類を見る。

 

「例えばどんな感じだ?」

 

「はい。コイツは……」

 

 ワタシにまで丁重な態度になって、一人一人名前を告げていく。

 

(なるほどな)

 

 問題はなさそうだ。

 だが、

 

「責任者さん」

 

「は、はい!」

 

 シャルル様の言葉に責任者の男はびくりとなる。

 

「有力な方はこれで全部ですか?」

 

「え、まあ。単純な実力ならアイツが一番なのですが……」

 

「なのですが?」

 

「あ、いえ。忘れてください」

 

「いえ。興味があります。そんなに実力がある方なのですか?」

 

「そ、それが、その! アイツはその、色々と問題のあるヤツでして……」

 

 汗をかく男に、ワタシは告げる。

 

「そんなに問題があるのか?」

 

「い、いえ。まあ。素行が良くないといいますか……」

 

 そう言われ、ワタシはその候補に×印をつける。

 素行が悪いというのであれば、シャルル様の護衛には相応しくない。

 ではやはり、他の候補の中から選ぶか――と思ったところ、

 

「かまいませんよ。その方で」

 

「しゃ、シャルル様!?」

 

 驚いてシャルル様の顔を見返してしまう。

 

「そ、そのですがアイツは……」

 

「問題がある方、であったとしても自分の目で見て判断します」

 

 シャルル様のその言葉に、責任者は仕方なしといった様子で、その冒険者の名前を告げる。

 

「ヒナタというヤツです」

 

「ヒナタ……?」

 

「その名前の響きは、もしかしてヒスイ皇国の方でしょうか」

 

 ワタシに変わってシャルル様が訊ねる。

 

「ええ。最近、この町に流れてきたのですが」

 

 ヒスイ皇国はコランダム王国と同じように強力な戦力を抱える国。ただし、魔法による身体強化など使わない素の体力が桁違いなのだ。皇国とは関係が悪いとはいえ、こういった風に流れの傭兵を雇う事もある。

 

「この時間は、弟子の二人とこの時間は外で鍛錬してるはずですので。すぐ近くにいるかと」

 

「そうですね。皇国の方なら、すぐに外見で分かるはずです」

 

「……そうですね」

 

 シャルル様の言葉にワタシは頷く。ヒスイ皇国人は基本的に、黒目に黒髪といった外見の特徴。王国や帝国では珍しいものだ。

 

 そして、何より――いや、今はその問題の相手に会う事にしよう。

 ワタシは仕方なく、歩き出したシャルル様の後を追った。

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