男装騎士と女装王女   作:高見一樹

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皇国の女

 バケモノが、バケモノと戦っている。

 そして、その背後でそのバケモノを怒鳴るバケモノがいる。

 

「オラアァァ――ッ!! タマでもついとんのかー!!」

 

「押忍! 押忍押忍!」

 

「気合い入れろコラアッー!!」

 

「ぶち殺すぞ我エェェッッ!!」

 

 凄まじい怒声が響いている。

 

「オラオラオラオラーっ!!」

 

 凄まじい咆哮と共に繰り出される拳。

 組み手をしていた二人の女は額に青筋を浮かべながら互いの顔面を殴り合っていた。肉と肉がぶつかる鈍い音が空気を震わせる。

 

 そして、それを発しているのは三人。いずれも黒目黒髪というヒスイ皇国人の特徴。そして背が高い。ヒスイ皇国人の平均身長は180センチを超えるというが、あの三人は200センチすら超えているかもしれない。

 

 そして、直接組み手をしている二人と、それを見ている一人。『彼女』こそが店主の言っていたヒナタだろう。

 

「すごいですね」

 

「ええ。ヒスイ皇国人に間違いなさそうですね」

 

 ヒスイ皇国は、基本女性国家だ。女の仕事は闘い。戦争に行くのも女、政治をするのも女。男はお淑やかである事を大事にして、家庭を守るべし――。

 

 そうなるのも仕方がない。ヒスイ皇国人は女性の方が体力が圧倒的にあるし、体格も良い。彼女らの外見を見ればわかるように、いずれもムッキムキの筋肉ダルマだ。

 逆に男性は美しく、可愛らしい者が多い。ヒスイナデシコなどと呼ばれ、清楚な美しさや奥ゆかしさなどは他国からも有名なのだ。

 

 最初に皇国との戦線に行く王国の新兵は、まず相手を見て唖然とするらしい。知識としては分かっていてもだ。皇国の兵は女だけ。それも、王国の男よりもはるかに体格が良い筋肉の塊のような女ばかりとあっては。

 

 ただし基本的に気性が荒い、荒くれ者の集まりだ。脳を半分にする代償に筋肉を得た――などと冗談半分で囁かれるほどに。

 今、ワタシの目の前にいる彼女たちのように。

 

(はっきり言えばアレだ)

 

 正直に言えばアレだ。確かに強いだろう。王国や帝国でも通用するだろう。ヒスイ皇国人が強いというのは周知の事実だし実際に身体能力の高い種族である。

だが――

 

(気の合わなさそうな連中だな……)

 

 この典型的ヒスイ皇国人というべき彼女らと、仲良く一緒にやっていけるタイプではないと思わざるを得ない。

 組み手は更に加速していく。速い。二人の拳が互いの身体を打ちのめし合い皮膚が裂けて鮮血が迸る。吹き飛ばされても蹴りを受けてもなお立ち上がろうと歯を食いしばって耐えようとしていた。

 

「すごいですね。あれだけ傷ついているのにまだまだ動きそうじゃないですか」

 

「あのバケモノのような肉体、そして体力。皇国人の――いえ、皇国の女の特徴ですよ」

 

 ワタシの言葉に、シャルル様は感心したように頷く。

 

「……そうですか」

 

 改めて見るが凄まじい光景だと思う。

 あれがもし普通の人間だったらとっくに死んでいるだろう。ヒスイ皇国人は戦闘民族と言われているだけはあるということなのか。

 

「根性根性!! ド根性!!」

 

「オラオラオラオラーっ!!」

 

 凄まじい勢いで巨漢の女が殴り合っているのが続いている。

 戦慣れした兵士や騎士であっても話しかけるのを躊躇する凄惨な場だ。しかし、何のためらいもなくシャルル様は話しかける。

 

「あ――」

 

 止める間もない。

 だが、この堂々とした仕草にはシャルル様は紛れもなく王族としての器がある事が感じられた。

 

「失礼します」

 

「ああん!?」

 

「何じゃいオメエエはああぁぁぁ!!!?」

 

 組み手を続けていた二人と見学していた一人が一斉にこちらを見る。組み手をしていた二人は頬から出血しているし片方は鼻血も出ており壮絶な様相になっている。しかし息切れしている様子は見えない。どうやら大したこと無いようだ。

 そんな二人がシャルル様を圧迫してみせる。

 

 こいつら、距離が近いぞ――斬ってやろうか。

 

「やめろ」

 

 それを手で巨漢――低く響く制止の声。その一言で殴り合っていた二人は、ピタリと動きを止め、流れる血を拭うことすらせずこちらを睨みつけた。

 

(うわ……)

 

 改めて正面から見るとその威圧感は凄まじい。黒曜石のような漆黒の瞳は刃のように鋭く、太陽に灼かれた健康的な肌は鉱石のごとく鋼質だ。何より、最も特徴的なのは──その全身を覆う岩山のような筋肉だ。丸太のような二の腕は鎧袖一触で人体を粉砕できそうな暴力を秘めている。

 

(この女がヒナタか)

 

 一目で分かった。

 殴り合っていた女二人も相当な強者だろうが、この女は桁が違う。

 

 軽く手を前に出すだけで、シャルル様はぺしゃんこになってしまうだろう。

 そんな相手にも気圧されることなく、シャルル様は自己紹介する。

 

「はじめまして。僕はシャルルと申します」

 

「応。我はヒナタだ」

 

 巨漢はそう名乗り、腕を組んで見せた。

 

「こんな嬢ちゃ――いや、坊ちゃんだっちゅうのに、ウチの祖国の男のようにめんこい顔しとるのう」

 

 揶揄っているのか、褒めているのか。

 そのゴツイ面からは、どちらかもわからない。

 

 そんな相手にも表情を変えることなく、シャルル様は言う。

 

「はい。実は、あなたを護衛として雇いたいと思いまして」

 

「ほう、我をか」

 

「現状では、あなたがこの町で一番の実力者だと聞きました」

 

「まあ、今のところこの町に我の相手になるような骨のある女はいねえな。おっと、王国では違ったか。骨のある男はいねえな、か」

 

 そう言って、ヒナタはそのゴツイ肉体を揺する。

 どうやら、笑ってみせているようだが、その威圧感のある身体を見たらほとんどの者はすぐに逃げ出す道を選ぶ事だろう。

 

「目的地は、皇国の国境であるシオンまで。報酬はこれくらいを用意しております」

 

 そうして取りだしたのは、契約書だ。

 先程、ワタシも見たが、条件の良いものだ。

 

 だが、と不安もある。

 

(この手の類が、金がいいからといって素直に引き受けるものか)

 

 案の定、すぐに応諾する様子はない。

 この巨漢の女は口角を釣り上げ、ニヤリと笑う。

 

(クソ、だからこういう脳筋は嫌いなんだ)

 

 間違いなく、ろくでもない事を思いついたのだろうと分かった。

 

「条件がある」

 

「聞きましょう」

 

「金銭的な条件はそれで良い。だが、それ以外にも一つ条件がある」

 

「それは?」

 

「我と戦え」

 

 案の定、ろくでもなかった。

 

「シャルル様、行きましょう」

 

「か、カノンさん?」

 

 手を強引に引っ張るワタシにシャルル様が戸惑う。

 いや、確かにこんな事をするのは無礼かもしれないが、目の前の女と関わらせたくなかった。

 

「応。そこの従者。主の答えも聞かずに遮るたあ、無礼じゃあないか」

 

「無礼も何も、答えは決まっている。お前のような野蛮人のふざけた要求をのむ気はない」

 

「それに応じるか決めるのは、オメエさんのご主人様じゃあねェか」

 

 腕を組み、こちらを面白そうに見つめるヒナタ。

 

「必要ない。シャルル様の答えは決まっている」

 

「いえ、僕は問題ありません」

 

 だが、シャルル様はあっさりとそう答えてしまう。

 

「しゃ、シャルル様?」

 

「申し訳ありません。カノンさん」

 

 そう言ってワタシの方を申し訳なさそうに見てから、もう一度ヒナタの方を見る。

 

「それで、あなたに認めさせることができれば良いのですね」

 

「応。問題ない」

 

 そう言って、ヒナタは一本指を立ててみせる。

 

「1分だ」

 

 そして、その指をシャルル様に突きつけたから、言う。

 

「坊ちゃんよぅ。1分、我と戦え。それで降参せずにオメエさんが生き残っていたら、オメエさんの勝ちだ」

 

「な、何をメチャクチャ言ってるんだお前は!」

 

 無礼とは分かっていても、シャルル様に変わって怒鳴りつけてしまう。

 

「お前、恥ずかしくないのか! 皇国女子として、男子をいたぶろうなど!!」

 

「ははっ、威勢が良いの。オメエさん」

 

 そんなワタシを愉快そうに見やるヒナタ。

 

 「けどなあ、我はオメエさんじゃなく、オメエさんの主に聞いとるんじゃ。どうじゃ?」

 

「そうですね。ヒナタさん、今のそれが条件と判断してよろしいでしょうか?」

 

「しゃ、シャルル様!!?」

 

 その言葉にワタシは青ざめる。

 

「応。ハンデとして、我はこの拳しか使わん。オメエさんは魔法でも武器でも使っていいぞ」

 

 無茶苦茶すぎる。

 第一、ハンデになってない。

 皇国人は元々、素手で強いのだ。

 皇国の女は、純粋な身体能力が圧倒的に優れている。

 

「応。カオル、カオリ、線を引け」

 

「押忍!」

 

「姉貴、了解しました!」

 

 ヒナタの言葉に巨漢女二人が頷く。

 ヒナタの周囲に、小さな家くらいの白線が引かれる。

 

「この線の中で戦え。この外から出たらオメエさんの負けだぜ。もちろん、逆に我が出たら我の負けで良い」

 

 わずかに考えていた勝機も消えた。

 1分間、耐えれば良いという話であれば、ただひたすら逃げ回っていればと考えたが、この条件ではそれも無理だ。

 

「分かりました」

 

 そう言うとシャルル様は、平然と白線の内側に入る。

 

「シャルル様!」

 

 止めようとするワタシを、巨漢二人が止めた。

 

「押忍! 無粋である!」

 

「おいおいおい! ご主人様の決意に水を差すのはダメっすよ!」

 

「くそ、お前ら……っ!」

 

 強い力に阻まれ、シャルル様に近づくこともできない。

 

「さあ来い!! 我は、いつでもかまわん!!」

 

「分かりました。それでは……」

 

 シャルル様は静かに息を吸い込むと、

 

「始めましょうか」

 

 そう言った途端――ヒナタの拳がシャルル様の前に炸裂する。

 

 ドォン!! と大きな音が周囲に響き渡る。

 凄まじい威力だ。

 さっきまでの、この巨漢女二人の喧嘩なんて比ではない。周囲の地面が抉れ土埃が舞い上がる。

 

「……」

 

 舞い上がる土埃の中心で立っていたのは、ヒナタ一人だけだった。

 

「ば、バケモノだ……」

 

 そこには、凄まじい大穴があいている。少なくとも力自慢の王国男子でもできない。身体強化の魔法もなしに、これだけの拳を使えるのだ。

 だが、それを見てもなおも平然とシャルル様は、ヒナタを見据えている。

 

「オメエさん……」

 

 巨漢のヒナタが小柄なシャルル様を見つめる。

 そんなシャルル様の態度が予想外だとばかりだ。

 

「何で逃げねえ……」

 

 ヒナタの目元が少し動く。目の前でこれだけの力を振ったのに怯える様子もなく、堂々とした姿を見せるシャルルに不気味に思ったのだろう。

 だが、シャルル様は平然と答える。

 

「ヒナタさんからは、殺気のようなものが感じられませんでしたので。こうみえても、そういうものには敏感なんです」

 

 そういって、いつものような穏やかな笑みを浮かべる。

 

「皇国人は闘いを好みます。ですが、男子に手を出すは女の恥――それも今の僕のように無抵抗な相手となれば尚更です」

 

 皇国は女子が男子より強く育ちやすい事から女尊男卑が徹底している。それ故に暴力的な気質と荒い言葉づかいが目立つ。

 しかしそれと同時に高い責任感や規律を重んじるという特徴を持ち合わせているのだ。また礼節を重んじる民族であるという一面もある。そういった部分からも皇国では強さに加えて人格形成についてもかなり重要視されている。強さを過信しない謙虚さと他者への尊敬を忘れない事。そして己を律する精神性。これら三つの要素を満たさねば一人前とはいえない。

 

「我はそんな事も構わずにオメエさんをぶちのめしたいと考える狂戦士かもしれんぞ」

 

「確かにそのような方もいるでしょう。 ……ですが、ヒナタさんは違います」

 

「根拠は?」

 

「僕の勘です」

 

「ハッ! 男の勘ってヤツか。的外れかもしれねえぞ。そしたら、オメエさんは肉の塊だ」

 

「そうですね」

 

「……」

 

 あくまで笑みを崩さないシャルル様に、ヒナタは睨みつけるような視線を送る。

 

「……」

 

「……」

 

 さらに続く沈黙。シャルル様はああはいったが、これでもワタシは騎士だ。最悪の場合に備えて、飛び出せるようにする。

 

「……」

 

「……ははははっ!!」

 

 だが、やがてヒナタは笑い出した。

 

「はははははは!! オメエさん、おもしれェな」

 

 そういって、笑い続ける。

 

「はははは!!」

 

「あ、あの……」

 

 そんな中、弟子の女――確かカオルといったか――が話しかける。

 

「その、1分が過ぎちまいましたが……」

 

「応、そうか!」

 

 そんなカオルの言葉にニヤリと笑みを浮かべる。

 

「認めてやるよ。坊ちゃん。いや、シャルル殿だったか。いかに男子といえども、ただ怯えているだけの輩を守ってやる気にはなれねえが、それだけの度胸があれば十分だ」

 

「では、護衛の件、引き受けてくださるのですね?」

 

「当たりメェだ。女に二言はねェぜ」

 

 そう言って豪快に笑うヒナタ。

 

「シャルル様……」

 

 ホッとワタシは息をつく。

 

 予定通り、この力だけは強い女戦士を味方にすることができた。

 だというのは良かった――という気持ちだけはない。

 どこか釈然としない思いが、ワタシの中に残ったのだった。

 

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