話の冒頭は、シャルロット王女(王子)殿下と二人で会うことになった数日前に遡る。
コランダム王国騎士団団長室にて。
ワタシと大きな木製の机越しに向かい合っている人物は、サイモン騎士団長だ。
王国騎士団騎士団長という立場にあり、ワタシの上司だ。
背後の重厚な扉が閉まる音と共に、室内の空気がさらに張り詰めたように感じた。
(ワタシ、何かしちゃったかな?)
これでも問題児呼ばわりされるような事をした覚えはない。
まあ、親友といっていい間柄に問題児はいるけど。
彼のせいで、連帯責任で何度か怒られた事はある。
だが、今日は一人で呼ばれているのだ。そんな事はないだろう。
ふう、と一つ息をつき目の前の男性を見る。
執務机に向かう騎士団長サイモン――四十代半ばの男性だ。灰色がかった髪を整然と撫でつけ、騎士服を完璧に着こなし、まるで舞台俳優のような優雅な物腰でこちらを見上げている。剣を振るう騎士というより、書類を読み上げる文官といった印象だった。
「騎士カノン」
低い声だが淀みなく響く言葉に、ワタシは胸を張って答えた。
「はい」
改めて、緊張の為か心臓が高鳴る。
団長直々の呼び出しなど、滅多にない。
それだけに緊張で喉が高鳴る。
(どこかで正体がばれそうだから、ワタシは追放だなんて事にならなければいいけど……)
彼は、ワタシの性別を知る数少ない人物だ。
その件に関して彼は「バレたら庇わない。だが、バレない限りは普通の騎士として接する」との事。
事実、これまでそこまで団長と接点があったわけではないが、特別贔屓されているとも、冷遇されているとも思わなかった。
そんなサイモン団長は軽く眉を動かし、机上の書類をまとめながら続けた。
「キミはシャルロット王女殿下を知っているな?」
「え? ああ、はい。それはもちろんです」
現在、コランダム王国の元首は女王マリア様だ。老齢の先代国王陛下が再び、王座に返り咲く事もないだろうし、いずれはシャルロット様が女王となるだろうことは、誰もが知る事実だ。
「そのシャルロット様について話がある」
「は? その、それは何かの間違いではないでしょうか。ワタシはシャルロット様と接点など」
「そうだ。知っている。その上で、重大な話がある。先に言っておくが、今ここで何も聞かずに立ち去る以外に断る方法はない」
そう言い放つ彼の双眸には一切の感情が見えなかった。まるで計算機のような冷徹さ。
しかし、声音自体に威圧感はなく淡々としており逆にそれが畏怖を煽ってくる。
「……聞かせていただきます」
少し悩んだが、首を縦に振る選択をワタシは選ぶ。
これでも騎士だ。王族のことと聞いて、尻尾を巻いて逃げるわけにはいかない。
「良い答えだ」
そして、サイモン団長は口元をほんのわずか歪めて微笑んだように見えた。
相変わらず、表情の読みにくい御方だ。
だが今のは喜んでいる、のだろう――多分。
「さて本題に入ろるとしよう」
サイモン団長は椅子に腰掛けて腕組みしながら話を始めたのだ。
「単刀直入に言うと君には『王継の儀』の護衛として同行してもらう」
「……………」
唐突すぎて理解が追いつかない。
目の前のサイモン団長の姿形が、現実感を失っていく錯覚さえ覚えるほどの衝撃であった。何が何だかわからず、頭が勝手に認識した結果、無意識のうちに口を開いてしまっていたらしい。
「あのっ!」
慌てて弁解しようと声を発したものの、結局、言葉にならず喉奥から息だけ漏れ出てきたところ、サイモン団長はこちらを見据えたまま口を開いたのであった。
「何だね」
何とか自分を奮い立たせ、言葉を口にする。
「それは、その。歴代王族に伝わる魔法と、王位を継承するための儀式ですよね」
「そうだ」
「そ、そしてそれは異性二人で王国各地を回って契約をしていくというその、アレですよね!」
「そうだ。そのアレだ」
「えっと、それで、その……」
「落ち着きたまえ」
ワタシの言葉はなかなか形にならず、頭の中でまとまってくれない。そしてようやく、まとまった。
「その。団長はワタシの性別を知っている人間ですよね」
「そうだ。呆けたか」
「呆けてませんよ!」
何を言っているんだとばかりに、ワタシはつい叫んでしまう。
「ワタシは女で、王女殿下も女! 無理でしょ!」
「君は女で、王女殿下は男。だから問題ない」
「……は?」
いまいち理解ができていない。その様子を見抜かれているのだろう。サイモン団長が口角を少しだけ釣り上げる。
「もう一度言おう。王女殿下は『男性』だ。『彼』は本来王女殿下ではなく王子殿下なのだ」
「男性? 王子様? まさか」
「そう。彼――つまりシャルロット王女殿下は男だよ。少年だ。王子殿下だ」
「えええぇーーーーっ!!!!」
思わず大声を上げてしまうとサイモン団長が眉間にしわを作りながら溜息をつく。どうやら、ワタシが予想以上に大きな声量で叫んでしまったことに、ようやく気づいて恥ずかしくなる。
まあ、確かこの部屋は完全防音だとか聞いた事があるし、大丈夫だろう。多分。
いや、そんな事よりも――、
「君の反応を見る限り、知らなかったようだが」
「そうですよ! もちろん知りませんでした!! 知っているはずがないでしょう!」
「まあ知っている者は少ないし、当然の反応ではあるな――ともあれそういうわけで護衛兼相方として選んだのが君なのだよ。わかったかね、騎士カノン」
「いやいやいやいや待ってくださいよ! そんな大役なんてワタシには荷が重すぎますって!」
焦りながら反論を試みようとすると、サイモン団長は無表情のまま。
「先程も言ったと思うが、もう拒否は不可能だ。君の意思はすでに関係ない」
「う……」
「決定だ」
「く……」
「それ以上のことを言っても無駄なのであきらめてもらおうかね」
ワタシの反論はもう意味がないことを悟る。
なので、もう引き受ける前提で他のことを聞く事にする。
「……その」
「何だね?」
「そもそも、何でシャルロット様は性別を偽る必要が?」
そもそもはコランダム王国は必然的な男権国家だ。そのため、シャルロットの両親。現在の女王マリアよりも王配リチャードの方が実質的には力を持っている。
「君も王の魔法を知っているだろう?」
「え。ああ、はい」
それは、歴代のコランダム王家が引き継いできた特殊な力。この王継の儀によって、シャルロット様も引き継ぐはずの力だ。
「女であっても、王族は例外的にわずかではあるが魔法が使える。だが、それでも男ほど強力なものではない」
だからこそ、女王マリア様は王の魔法を引き継ぎながらもそれほど力を持っていない。そして、現在はサピルス宰相が実質的な国の支配者とまでいわれている。
「シャルロット様が産まれた当時は、今以上に政情が不安定だったのだ。産まれたのは男児であれば命を奪われかねないほどにな」
「それで、王子殿下ではなく王女殿下だと……」
「そうだ」
ワタシの言葉に団長は頷く。
「元々、王の魔法を使えなくとも王族は強い。特に男児はな。故に、王継の儀で男性王族の場合は適当な愛人を連れて行った歴代王もいたと聞く」
それはまた、すごい。色々な意味で。
「女性王族の場合は、そこまでではない。だからこそ、強力な男性騎士が護衛として必要だ」
「その、では失礼ながらシャルロット殿下はお強いのですか……?」
愛らしさでは誰にも負けないと思うが、彼が闘っている姿など想像もできない。
「さあ、な」
そういって首を左右に振る。
「不審を抱かれぬよう、まともな訓練などしてこなかったというからな」
「では、やはりその、失礼ながら……」
「戦力として期待はするな、ということだ。それとも、護るべき王族に逆に護ってもらいたかったのかね?」
「い、いえ。とんでもありません!」
やはり、ワタシが護らなければならない。いや、まあそれは当然なのだが。彼女――いや、彼は護るべき存在、王族なのだから。
「それで、この事を知っている者は? 騎士団では私だけ。それ以外は、身の周りの世話をする小姓や女官。それと家族だ。無論、シャルル様のご両親である女王陛下とリチャード様も含まれる」
「そうですか……」
まあ、それは当然か。それくらいはいないと秘密など守れるはずがない。
「あの、宰相閣下は……?」
この国の実質的な支配者と呼ぶ声すらあるサピルス宰相だ。彼も知らないのだろうか。
「さあ」
「いや、さあって……」
あまりにもいい加減な回答だ。
「彼には話していないはずだ。しかし、鋭い御方だからな。もしかしたら、何かしら気づいている可能性はある」
「そう、ですか……」
胃が痛くなりそうだ。
「回答は『はい』か『わかりました』か『納得しました』の3つから選ばせてやろう」
「う、く……」
最初に言われた通り、断るという選択肢はないという事のようだ。
そして、その理由もわかった。
これでやっぱりダメですなどとは、通じるはずがない。
「とにかく、だ。出立は一週間後だが、それまでに何度か、殿下と二人きりで会えるよう取り計らう。というわけで明日は丸一日予定を空けろ」
「は、はい!」
――そんなこんなでワタシの運命は決められてしまった。