男装騎士と女装王女   作:高見一樹

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調べ物と副団長

 シャルロット王女――否、王子様と会った翌日。

 

 ワタシは王城の近くにある王国図書館に来ていた。

 かなり古くに作られたらしく、まるで別の時代に迷い込んだかのような空間だった。天井まで届く巨大な書架が整然と並び、壁際には革装丁の古い書物が何十列も並んでいる。窓からは柔らかな陽光が差し込み、よく清掃されているのか埃とは無縁の本棚が並んでいる。

 

「まったく……どこを探せばいいのやら」

 

 ワタシは図書室の中央に位置する閲覧机の前で溜息をついた。昨日のサイモン団長との会談後、王継の儀についての情報を集めるべくここへやってきたのだ。騎士団の資料室では限界があった。

 

 王継の儀に関する本自体は、すぐに見つかった。

 ペラペラとページをめくる。

 

「いや、強すぎだろ王族」

 

 不敬ながら、ワタシの口からそんな感想が出てきてしまう。

 コランダム王家の王族は皆、強い。その事は知っていたがこの記録を見る限り、そんな限りではない。

 野盗の群れを一人で無双し、旅先で襲ってきたドラゴンを退治し、旅先の街の悪徳領主の悪行を暴いたら襲いかかられそれを撃退し――ほとんどが王族の武勇伝だ。

 ただし、女性王族の場合はそうはいかない。むしろ騎士の方が主力となる。

 

「むしろ参考になるのはこっちかな」

 

 ワタシは女で、シャルロット様は男だ。

 しかし、心情的にも王子様に闘って欲しくないし、闘わせるわけにもいかない。選ばれたのが、消去法で選ばれた騎士だろうがワタシが王子様の騎士なのだから。

 

 ワタシが闘わなければ意味がない。そのための事前準備だ。これでも鍛錬は欠かしていないつもりだし、隊内でもある程度は実力を認められている――と思う。

 

「それにしても……」

 

 ワタシは間近の先代の王継の儀について描かれた報告書を読む。

 

「マリア女王陛下か……」

 

 外見的にはシャルロット様と似ておられて、お美しい方だとは思う。だが、幸の薄そうな感じだ。王配リチャード様の方がよっぽど目立っているし、国民からも頼りにされているだろう。事実、戦争などでも陣頭に立って闘い、国民から慕われている。マリア様には悪いが、「王」と聞いてほとんどの民が思い浮かべるのが王配に過ぎないリチャード様の方だろう。

 

 王族は例外的に女性でありながら魔法が使える。

 だがそれは、男性と比べてはるかに弱いものらしい。

 それはマリア様も例外ではない。

 

 団長とも少し話したが、シャルロット様はほとんど戦闘訓練などされておられないだろうし、何より王の魔法はまだ継承していない。

 

(あんなかわいらしい御方だし、強いところ想像つかないな)

 

 不敬だろうと、そう思ってしまう。

 

 そんな時だった。

 その時遠くから、ゆっくりとこちらに近づく靴音が聞こえてきた。

 

「おや、カノン君。ここで会うとは珍しいね」

 

「あ――副団長」

 

 それは騎士団のキラ騎士団副団長だった。

 キラ副団長は17のワタシよりだいぶ年上だが、それでもまだ30前のはずだ。その若さで王国騎士団副団長という役職だけあって、その実力は折り紙付きである。

 副団長の髪は珍しい黒髪で、艶やかな髪を短く切り揃えている。整った顔立ちに涼しげな黒色の瞳を持ち、洗練された身のこなしには常に余裕が漂っていた。服装もシンプルながら高級感があり、その端正さは女官たちの間でも評判だ。

 

「その、何でしょうか」

 

 ワタシが首を傾げると、副団長は苦笑しながら近づいてきた。

 

「君が珍しい場所にいたものでね」

 

「珍しいって……」

 

 ワタシは少し恥ずかしくなる。確かにワタシは剣や体術を磨く事ばかりに夢中になりがちで、こういう知識的領域からは距離を置きがちだった。正直なところ、戦術書を読むのも億劫だったほどだ。今だって、必要に迫られたからやむなく、だ。

 

「図書館で真面目に勉強してる姿を見かけたってね。いつも稽古場で汗を流してるカノン君にしては意外だったのさ」

 

「あ、あはは……」

 

 つい図星を突かれ、ワタシは頬を掻く。

 この人は、ワタシの性別もシャルロット様の性別も知らない。当然ながら王継の儀も。

 信用できないというわけではないが、情報は隠す必要がある。

 

「それで副団長はどうされたのですか?」

 

 ワタシが尋ねるとキラ副団長は肩を竦めた。

 

「いや何、暇潰しでね。先日の一件以来少しばかり時間が出来たものだから」

 

 先日というのは先月起きた事件のことだ。

 国境付近で起こった小競り合いに派兵されていたのがキラ達だった。

 

「ご苦労様でした」

 

「ありがとう。でも僕としてはもっと現場で働きたいんだけどね。事務仕事は色々と、面倒だよ」

 

 そう言って彼は小さく笑う。

 

「そういえば、君は暫く任務だそうだね」

 

「はい」

 

「それも団長直属の命令とは」

 

「……はい」

 

 口数が減ってしまう。これは逆に不自然ではないか? そんな風に思えてしまう。だが、下手に口で誤魔化そうにもこの副団長を騙し通せるとは思えない。

 

(この人は一応、宰相派という噂だけど……)

 

 彼は名門貴族の出でありながら王国では初となる平民出身の宰相であるサピルスの派閥である宰相派に属すると言われている。

 

 とはいえ、話すのはまずい。

 王継の儀に関しては、騎士団内でも団長以外には話していけない事になっているのだ。

 

「ふむ……」

 

 副団長の細められた目が、ワタシの背後に積まれた歴史書の山に向けられる。王継の儀の本は、歴史書の間に隠した。

 副団長に気づかれない事を祈るしかない。

 

「もしかして、これに関係する任務なのかい?」

 

 そんな副団長の視線がその歴史書に向けられる。

 

「え……。あ、いや……」

 

 キラ副団長の言葉にワタシは慌てて否定しようとするが、声が上擦ってしまったようだ。咄嗟に何か言い訳を考えて口にしようとするが、言葉が喉でつっかえる。

 ワタシは嘘の類いはうまくない、というか下手だと思う。

 

「その、少し興味がありまして。改めて歴史を学んでみようというか……」

 

 視線が右往左往し、手にしていたペンを意味もなく何度も持ち替えるなどをしてしまう。

 第三者として今のワタシを見たら、間違いなく挙動不審だろう。

 

(ダメだ。キラ副団長を相手にワタシなんかの嘘が通じるはずがない……)

 

 そう思いつつも、口を塞ぐわけにもいかず、額に冷たい汗が滲む。

 

「ふむ」

 

 副団長の端正な顔が微かに傾げられる。その表情に変化はないが、ワタシの言葉に少し興味を持ったようだ。

 

「いつも訓練ばかりの君にしては珍しいじゃないか。まあ、そういった事に興味を持ってくれるのもいい事だと思うからね。君は王国騎士団の一員なのだからね」

 

 言葉は柔らかいのに、その視線が針のように刺さる。まるでワタシの小さな嘘ごと全てを見透かすような鋭さだ。

 

「あ、その……」

 

 必死に思考を巡らせても出てくるのは当たり障りのない言葉ばかり。この人の前では何を言っても裏を読まれそうな気がしてくる。

 

「ふふ。まあ、いいさ。何か相談したいことがあったらいつでも聞いてきてくれ」

 

 だが、以外にもキラ副団長の方から話を切り上げてくれた。

 

(……相変わらず油断できない人だな)

 

 別にキラ副団長は敵、というわけではないはずだ。

 だが、頑強に秘密を護らなければ――という気持ちになってしまう。

 

「それじゃ」

 

 立ち去っていく副団長の後ろ姿を見てワタシは安堵しつつ、心の中で小さく息をついた。

 

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