男装騎士と女装王女   作:高見一樹

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王女様と城下町(後)

「その少し思ったのですが」

 

 ふと思い出したかのよう、シャルル様にワタシに話しかけた。

 

「何でしょうか?」

 

「その格好だとやはり、違和感があります」

 

「そうなのですか……?」

 

 その気品溢れる姿はどう考えても平民の少年には見えない。もちろん平民の少女にも見えない。

 

 生まれ育った気品ともいうべきものがありすぎるのだ。

 逆に怪しすぎる。

 何らかの訳ありに見えてしまい、逆に目立つかもしれない。

 

「やはり、もう少し質の良いものにした方が良いのでは?」

 

「そういうものなのですか。難しいですね……」

 

 もちろん、王女としての正装姿というわけにはいかないが、庶民の少年として通すには無理がありすぎる。

 本番の王継の儀では、貴族の少年とその従者といった風に見える形にした方が良いのかもしれない。

 

「それなら……」

 

 ワタシは少し考えてから提案した。

 

「もう少し上等な、それでも王族とは思われない程度の服装に変えたほうが良いかもしれません」

 

「例えば?」

 

「下級貴族とか、それなりの商家の息子や地主の坊ちゃんみたいな感じです」

 

「ほう……」

 

 シャルル様は興味深そうに、少し考え込んでから答えた。

 

「つまり、それなりに良い服を着ていれば良いという事でしょうか?」

 

「はい。庶民すぎず、貴族すぎず。ちょうど中間ぐらいが良いかと」

 

「なるほど……」

 

 シャルル様は納得したように頷いた。しかし直後に少し不安そうな表情を見せた。

 

「ですが、どのようなものが良いのでしょうか?」

 

「それについては家臣の方々にお願いすれば良いのではないでしょうか」

 

 ワタシは素直にそう進言した。彼の身分を考えれば当然の提案だった。

 

「では、そうしましょう」

 

 シャルル様も同意したように見えた。

 しかし次の瞬間――、

 

「いえ、ちょっと待ってください」

 

 彼は突然立ち止まった。

 

「? どうされました? 何かまずい事でも?」

 

 ワタシが尋ねると、シャルル様は真剣な眼差しでワタシを見つめた。

 

「実は、カノンさんに選んでいただきたいのです」

 

「……はい?」

 

 一瞬何を言われたのか理解できなかった。

 

「ですから、僕の着る服をカノンさんに選んでいただきたいのです」

 

「えっ……!?」

 

あまりにも意外な依頼に思わず声を上げてしまった。

 

「何故ですか? そういった事でしたら、詳しい家臣の方々がおられるのでは?」

 

 ワタシが恐る恐る尋ねると、シャルル様は少し照れくさそうに笑った。

 

「理由ですか? ……それは」

 

 そこで一旦言葉を区切り、彼は再びワタシをじっと見つめた。

 

「一緒に旅をする事になるカノンさんが僕のために選んでくれた服なら、きっと安心できると思ったからです」

 

「っ……」

 

 その言葉に、つい胸が熱くなる。

 王子様からの、まっすぐな信頼が重くも温かい。

 

「それに」

 

 シャルル様はさらに続けた。

 

「カノンさんが選んでくれた服装で街を歩けたら、とても素敵だと思います」

 

「そう言われると断りにくいですね……」

 

 ナチュラルに口説いているのかな、この王子様は……。

 苦笑しながらも内心では喜びで胸がいっぱいだった。彼の信頼に応えなければならないという責任感も感じる。

 

「わかりました。それではワタシが精一杯考えさせていただきます」

 

 ワタシがそう答えると、シャルル様は満面の笑みを見せた。その笑顔があまりにも眩しくて思わず目を細めてしまった。

 

「ありがとうございます! よろしくお願いしますね」

 

 

 

 城下町のメインストリート沿いに、その店はあった。

 

(まあ、ここなら良いか)

 

 その店内は、上質な布地と洗練されたデザインの衣服が並べられていた。王都にある店に相応しいといえるが、さすがに王侯貴族が着るような者と比べれば少し劣る。

 要するに、今の目的に適しているといえる店だ。

 王族からすれば、格は低い。

 だが、庶民からすれば格の高い店だ。

 

「ここでしたら、良いものが見つかるかもしれませんね」

 

「はい。はじめて来るお店ですが、わくわくしますね!」

 

 陳列棚に、整然と並べられた服を眺めながらシャルロット様は目を輝かせた。

 

「うわあ、どれも素敵ですね!」

 

 それは、どういった意味での素敵、なのだろうか。

 彼からすれば、ここよりもっと格式の良い店を知っているはずであり、もしかしたら物珍しさからの発言なのかもしれない。

 

「まずは機能性を優先しましょう。王継の儀では歩き回ることも多いですから」

 

 王継の儀はある程度、危険な場所にも行く必要がある。

 全てを徒歩で行く必要はないようだが、それでもある程度は歩く必要がある。よく式典なので彼が着ているドレスのような服など論外だ。

 

 カノンはそう言って素早く店内を見渡し始めた。旅装にも合う軽量かつ丈夫な素材、王族の品位を感じさせつつも過度に目立たないデザイン。

 

「これなどいかがでしょう?」

 

 カノンが手に取ったのは青色のジャケット、上質なシルク混の白いシャツと、赤色のトラウザーズのセットだ。胸元には刺繍が施され、腰に巻くベルトは銀製の留め具が付いている。

 

「確かに素敵ですが、少し動きにくくないですか?」

 

「いえ、ご覧ください」

 

 カノンは服の裾を広げて見せた。通常よりも脇に余裕を持たせた作りになっており、太腿の部分には隠しポケットもある。

 

「これは旅装用の改良型です。見た目は上品ですが、動きやすいように設計されています」

 

「なるほど!」

 

 シャルル様は興味深そうに服を手に取った。

 

「それに」

 

 ワタシは静かに続けた。

 

「この生地には防刃加工が施されています。万一の事態にも備えられます」

 

「おお!」

 

 シャルル様の目が丸くなる。

 その赤と青の目を見つめながら、ワタシは続けた。

 

「シャルル様の瞳の色と同じ青と赤ですから」

 

 そう言ってジャケットとトラウザーズの色を見る。

 

「それから……」

 

 カノンは別の場所に足を向けた。

 

「このブーツもおすすめです」

 

 示したのは甲部に革の補強が入った編み上げブーツだ。一見普通の乗馬ブーツだ。

 

「これは衝撃に強く、なおかつ軽い素材で作られています」

 

 シャルロット様は感心したように頷いた。

 

「なるほど、ちゃんと実用性を考えて選んでくださってるんですね」

 

「当然です。護衛として殿下のお命を守ることがワタシの役目ですので」

 

「ありがとうございます! それでは他にも探してみませんか? 色々試してみたいです!」

 

「ええ。でもあまり長居はできませんよ?」

 

「大丈夫です! 早く決めちゃいますから!」

 

 二人が服を選び始めたその時——、

 

「もし、そちらのお客様」

 

 店の奥から店主らしき壮年の男性が現れた。身なりは良く整えられ、所作には紳士的な品格が漂っている。

 

「……何でしょうか?」

 

 少し騒ぎすぎたかと、ワタシは少し反省する。

 それなりに格の高い店だし、迷惑だったかもしれない。

 

 だが、どうやら違ったようだ。

 

「我が店をご利用いただき誠にありがとうございます。何か特別な目的でいらっしゃるのでしょうか?」

 

「ええ、こちら貴族の若旦那でして。自分はその従者です。見聞を広めるために、しばらく旅をする予定なのです」

 

「左様でございますか」

 

 店主は意味深な笑みを浮かべながらも、疑う様子はない。

 

「素晴らしいことですな。若い方こそ、旅から多くのことを学べるものです」

 

 カノンはホッとした。店主はおそらく何かしら事情があることは察しているのだろう。だが賢明にも深入りしない態度を取ってくれている。

 王都に店を出すだけあって、その辺りの危機管理はしっかりしている。

 

「それでは……」

 

 店主は声を低めて言った。

 

「本日入荷致しました品の中で、お客様にぴったりのものがございます。品を損なわず、それでいて実用性を重視されるお客様には、最適かと」

 

「本当ですか?」

 

 シャルル様が身を乗り出すと、店主は優雅に手招きした。

 

 店の奥には特別な展示スペースがあり、そこには数点だけ異彩を放つ衣類が並べられていた。

 

「こちらは、特殊な糸を織り込んだ最新の旅装でございます」

 

 店主が取り出したのは淡い灰褐色のジャケットとパンツのセット。表面は滑らかな生地だが、触れてみると信じられないほど軽く、それでいてしっかりとした強度がある。

 

「この糸は国外から輸入した極めて特殊な品でして……」

 

 店主の説明によれば、この生地は水を通しやすく湿気を逃がしやすい特性があるうえ、肌触りが非常に良いという。

 

「……なるほど」

 

 ワタシは店主の説明を聞いている。

 シャルル様も同様のようだ。

 

「……ふむ」

 

 顎に手を当てて考え込んでいる。こんなちょっとした仕草でも品のある事が伝わってくる。

 

「店主さん、せっかくのご紹介ですが、僕はこちらを選ばしていただきます」

 

「え?」

 

 そういって、先程のワタシが選んだセットをシャルル様は選ぶ。

 

「さようでございますか」

 

 店主さんは、それほど落胆している様子はない。

 自分のおすすめよりも、自分で選んだものを優先したいというお客さんは珍しくないのかもしれない――けど。

 

「あの、シャルル様。よろしいのですか?」

 

「何がですか?」

 

「その、こちらの方が良さそうに見えるのですが……」

 

 自分で選んでおいて何だが、店主さんが紹介してくれたものの方がよさそうに見える。

 だが、そんなワタシにシャルル様はひとつ息をつき、

 

「案外、わかってませんね。カノンさんは」

 

「? 何がですか」

 

「僕は良いものだから選んだのではなく、カノンさんが選んでくれたものだからこっちが良いといったんですよ」

 

 その言葉にワタシは、一瞬呆然とする。

 ワタシの頬にじんわりと熱がこもる。

 

(いや、動揺を出すなワタシ)

 

 恥ずかしがる様子を出すまいとするワタシの視界で、シャルル様の笑顔がうつる。

 その無邪気な喜びを見てしまうと、余計に照れてしまう。

 

「……その、ありがとうざいます」

 

 その言葉を吐き出すのがやっとだった。

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