王継の儀――出発二日前。
王都にある食堂。
騎士団でも通う者が多いここに、非番の団員たちの姿がちらほらと見える。
特に話しかける事はなく、ワタシは一人で食事を取っていた。
外の席には、昼下がりの暖かな日差しが当たっており、気持ちが良い。
どうせだからと、王都名物の食事を注文して食べていた。
出発は明後日。
明日はほぼ一日、準備に奔走する事になるため実質的にはこれが最後の休暇だ。
「よう、カノン。珍しいな」
視線を上げると、ペブルが食事中のワタシを見下ろしていた。
私服姿だが、彼の場合は騎士団の制服を着ていてもチャラそうに見えてしまう。
「……なんだペブルか」
「何だよォ。随分と不愛想じゃねぇか」
「いつもの事だろ」
ペブルはワタシの正面の椅子に乱暴に腰掛けた。
王都の理髪店で決めているなどと、聞いてもいない説明を自慢げにしながら、そのキザったらしく切り揃えた髪が額に落ちてくる。そして、慣れた手つきでその髪を掻き上げる。
彼の明るい瞳は常に自信に満ちていた。
これにクラッと来る女の子もいるのだろうか――まあ、ワタシはその無神経さに少しだけ苛立つだけだが。
「明日から忙しくなるんだ。ゆっくり食事をしたい」
「そうかそうか。お前明日から忙しいのか?」
ペブルはそう言いながら給仕を呼び止め、「パープルジュース」と大声で注文した。まったく緊張感の無い奴だ。
パープルジュースはこの国でも特に人気のブドウを用いたジュースだ。栄養満点で知られる野菜をタップリ用いたグリーンジュースは逆に人気がない。
「しばらく任務だ」
任務で暫くいなくなる事は、珍しい事ではない。ワタシもコイツも。
「あー、そっか」
ペブルも特にその辺りを追求する気はないようだった。
ただし、その瞳の中には確かに邪な感情のようなものがある。
「おい」
「何だ?」
「何か話したい事があるならとっとと話せ」
苛立ちながらも、こいつの顔を見るのも暫く見納めだからという気持ちになる。
何だかんだで良いヤツ――ではないかもしれないが悪いヤツではない。
コイツと暫く会えなくて寂しいという気持ちはなくはないのだ。
「俺も暫く任務だ。離れる」
「そうなのか?」
どこへ、などと馬鹿な事は言わない。
ワタシがシャルル様の事を言えないのと同じように、彼も言えない理由があるのだろう。
なので、できる事といえば――、
「旅先で子供を増やすなよ」
そんな風に皮肉を言うだけだ。
何せ、こいつの女癖の悪さは有名だ。
「任せとけ。お前とは違って俺は女の子にもモテるからな」
だから何なんだ、その自信は。ワタシだって、そこそこモテる――はずだ。
女の子に告白されたって正直、嬉しくないけど。そういう趣味はないし。
けどまあ、性別隠してるんだ。男の子から告白されるわけがない。
(――いや)
そういえば性別を知っている上で接する事になる男の子が、つい最近できたばかりじゃないか。
――ふと、シャルル様の顔を思い浮かべる。
全く何考えてるんだワタシは。恐れ多い。
大体、ワタシみたいな無骨な筋肉女、好みじゃないだろうし。
いや、そこまでムキムキなわけじゃないけど。力は強いけど。
「どうした?」
内心で言い訳めいたことを言っていることに察したのか、ペブルが怪訝そうな顔を浮かべる。
「……いや」
そんな素っ気ないワタシの返事を聞くと何を勘違いしたのかニヤニヤとした笑みを貼り付けてくる。
「そっかそっか。任務の最中でお前も恋をしたいと考えいるのか」
「違う!」
くそ、コイツどうして鈍いようで微妙に当ててくるんだ。
いや、シャルル様に恋してるなんて事ないからな。恐れ多い。
「そういえばお前さあ」
「何?」
「前に胸揉んじまった男の子いただろ」
思い出させるな。色々な意味で。
コイツがシャルル様の胸を揉んだ事を思い出しながらも、無関心を装ってたずねる。
「それが何か? 責任を取って腹を切りたいって話か? 介錯ならしてやるぞ」
「いやいや、何でそうなる!」
実際、それだけの罰を言い渡されても文句言えないぞコイツ。
相手は男だろうが女だろうが王族なんだ。
「何だ。ボクも多少は弁護してやろうか」
「あーもう、俺だって悪かったと思ってるよ。一応」
「……そうなのか?」
「ああ。それで今度会ったら謝っておいてくれないか? まあ、本当は俺が謝るのが筋なんだろうけど、今日から暫く王都を離れるからさ。あ、いやお前も王都から離れるのか?」
その通りだが、そのシャルル様とは明後日から当分一緒なわけだが。
その事はわざわざ言う必要はないか。
「わかったよ」
悪ノリしやすいヤツだが、一応度が過ぎれば謝ろうと考える程度の良識はある。
それだからこそ、何度か腹を立てた事はあるが、それでもワタシもコイツとの関係を切らずにいられるわけだが。
「で、あの子誰なんだよ?」
すぐに普段のノリに戻りやがった。
「誰って? お前がその手癖の悪い手で胸を揉んだ子の事か?」
「え? まあそうだけどよ」
「知ってどうするつもりだ? まさか惚れたなんて言うんじゃないだろうな?」
文字通りの意味で、その手で真相を確かめたのだ。シャルル様が男の子だと分かっているだろうに。
いや、もしかしてコイツそっちの趣味もあるのか?
それはそれで大問題だが。
「ちげぇよ! いや、なんていうかな。かわいい顔してたし、お姉さんか妹ちゃんがいたら紹介でもして欲しいと思っただけだよ」
「おい」
その図太さが心底うらやましくなる。
シャルル様は一人っ子のはずだ。だからこそ、彼の立場は重要なのだ。王家で唯一の正当後継者なのだから。
まあ、仮に姉か妹がいたら本物の王女様だ。
その王女様にコイツが手を出そうとしたら、まずいだろう。
万が一の奇跡が起きて、その王女様に惚れられるような事があっても、あきらかに身分違いだ。ろくでもない結果に終わるのは目に見えている。
「とにかく! あの子はもう放っておけよ」
「えー。なんでだよォ。すげえかわいかったじゃん。なあ?」
「そうだな」
適当に流す。任務関係の相手だという事だけでも話すか?
コイツもそういえば追求しないだろう。さすがにその辺りは弁えている。
だが意外にもペブルの方から話題を変えた。
「そうだ。せっかくだ。暫く会えないお前に餞別をくれてやるぜ」
そういって取りだしたのは、腕のサイズほどの小さな杖だ。
「これは――魔法の杖か?」
「ああ」
杖を用いて魔法を使う者は冒険者と呼ばれる職業にはいる。だが、騎士団にはほぼいない。絶滅危惧種といっていい。
理由は簡単だ。身体強化に魔法を用いて殴った方が手っ取り早いからだ。
そういった魔法を使うには、専門の知識と長い詠唱が必要となる。かつては、前衛に騎士達に守らせ後方で強力な魔法をぶっ放すような役割の魔法使いもいたようだが、今では魔導砲と呼ばれる魔力の塊を用いた新型の大砲も最近は開発されており、その需要も下がっている。
とはいえ、魔導砲は高価な代物であるため、民間の冒険者にはまだ魔法使いの需要はあるようだが。
「お前、多少は魔法が使えただろ」
「まあ多少は」
騎士団では身体強化の魔法ばかり使う者が多く、わずかでもそういった魔法を使える者は希だ。
「知っての通り、俺は身体強化しか使えないからな。最近、コイツを貰ったんだが必要なくてな。やるよ」
「いや、やるって言われても……」
突っ返そうとしたが、やめた。確かに何かの役には立つかもしれない。
「いや、まあありがたく貰っておくよ」
「そっか。じゃあ、任務の最中はソイツを俺だと思って頑張れよな!」
「キモいこというな」
まあ、感謝はしておいてやる。
「それじゃ、ボクからも餞別だ。お前も任務に行くんだろ? ここのお代はボクが持つ」
「え? マジか。なら色々と頼もっかなァ」
「いや、予算オーバーしたらその分はお前が払え」
「ちぇー、ケチくさ」
(まあ、ちょっとは落ち着けたか)
明日からの出来事を思うと、緊張してしまうがコイツにはそれを少しだけ和らげてもらえた。
その事だけは感謝しておく。
そんなやりとりをしながら、この日の午後は続いていったのだった。