男装騎士と女装王女   作:高見一樹

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第一章 西の皇国と異なる価値観
旅のはじまり


 王都を離れ、西の街シオンへと向かって竜車は動いていく。

 シオンまでは、数日をかけてこの竜車で移動することになり、いくつかの街を中継地点として通る必要があるのだ。

 

「――凄いですね」

 

 窓の枠を見ながら、シャルル様がそう言われる。

 

「シャルル様にとって、このランクの竜車など乗り慣れておられるのでは?」

 

 竜車を引っ張る竜は、陸竜と呼ばれる陸地に生息する竜だ。

 馬よりも強く、脚力もある。

 そして、そんな陸竜を調教して馬車のように牽引させているわけだが、この竜車を引っ張る陸竜は特に優秀なもののようだ。

 しかし、それでも王族専用の竜車よりはランクは落ちるだろう。

 

「いえ。外の景色などはあまり見ていなかったもので」

 

「そうなのですか?」

 

「ええ。竜車に乗る時は左右に護衛の方が座っていたので」

 

 そう言われてみてワタシははっとする。

 確かに、窓際の席は危ないのかも知れない。

 

 といっても、この竜車の中にいるのはワタシとシャルル様だけであり、左右にある二つの長椅子に向かい合うように座っているため、窓際も何もないのだが。

 それでも、窓際から離れていただいた方が安全のためなのは――とも思うものの、純粋な瞳で窓をのぞかれるシャルル様を見ると、その言葉も萎んでしまう。

 

(いや、やっぱり強く言った方が良いのかもしれないけど)

 

 ここは、シャルル様の事を思うからこそ、はっきりと言った方が良いのかもしれないとも思う。

 

「あ、あそこに野生の陸竜が見えますよ!」

 

 人間の澄む領域の近くにいる陸竜は、基本的に大人しい。そういった陸竜を調教してこういった竜車に使うわけだ。

 だが、シャルル様が指指した方角におられる陸竜は比較的荒っぽそうな性格らしく、他の陸竜と争っていた。

 

 何を目的に争っていたのだろうか。

 だが、この竜車の速度は速く瞬く間に駆け抜けてしまったため、その陸竜はどんどん小さくなってやがて見えなくなってしまう。

 

「どうやら、オスの陸竜がメスの陸竜をかけて争っていたようですね」

 

 そんなワタシに、シャルル様が解説してくださる。

 

(どちらに興味を持たれていたのだろうか)

 

 オスの陸竜同士の戦闘か。

 メスをかけて争うオスの様子か。

 

 ふと、昨日まで王女様の姿で過ごされていた王子様を見てそんな事を思ってしまう。

 

「……ふう」

 

 完全に見えなくなったためか、外から目を話して竜車内の椅子に座られる。この椅子の座り心地も良い。

 安い竜車だと、竜の希少も荒いだけでなく椅子も固いため、お尻が痛くて仕方がなくなる。

 

 まだ走り始めてさほど時間は経たないとはいえ、そういったことがないあたり、この竜車は一流のものだという事なのだろう。

 

 要人警護のため、高めの竜車に乗ったこともあるが、この竜車ほど快適なものではなかった。

 

 ワタシの視線は、再び窓へと向かい外の穏やかな景色を見る。

 太陽の日差しが、平原を照らしている。

 穏やかな午後の陽光だ。

 

 この辺りで、ピクニックでもしたくなる。

 

(いや、ダメだな。緊張感がなくなってしまって)

 

 旅立ちにあった緊張感が薄れてきているのを感じる。

 いや、常に気を張っていても仕方がないか。警戒心は解かずに適度な緊張感を持って――などと言うほど簡単ではないだろう。

 

「そういえば、カノンさんも今日は男物の服なのですね」

 

「え? まあ、そうですね」

 

 今のワタシは男物の貴族の従者が着るような服装だ。

 表向き、いいところの貴族の息子とその小姓といった装いにしているし、もし素性を聞かれた場合のカバーストーリーとして用意している。

 

「旅路はこの方が色々な意味で便利ですから」

 

 王国も王都付近はともかく、遠方となると決して治安がいいとはいえない。

 若い女の旅というものは狙われやすく、護衛をつける前提となる者ばかり。王国で女の平民の一人旅などを見かけたら、自殺志願者を疑うレベルだ。

 

 若い男の二人旅にしておいた方が、何かと便利だ。

 

「そうですね。ですので、これも必要な事なのでしょう」

 

 シャルル様は長い金色の髪の毛を弄びながら困ったように首を傾げる。

 そして、ご自身がかけている眼鏡を触って見せる。この眼鏡は魔法の仕掛けがあるものらしく、色覚情報を歪ませる効果があるらしい。そのため、シャルル様の両方の瞳の色が赤色に見える。

 

 左右で目の色が違う特徴的すぎるこの瞳は、さすがに隠した方が良いという判断でもある。

 王女様はあくまで「女」という先入観がある以上、早々に見破られることはないだろうが、念には念を入れる必要があった。

 

「いっその事、この髪の毛も切ってしまいたいところですが……」

 

「ダメですよ!」

 

 そんなに綺麗な髪の毛なのにもったいない。

 

「そんなに怒る事ですか?」

 

 可愛らしく首を傾げてみせるシャルル様にワタシは言った。

 

「その、せっかく綺麗なのに……」

 

「王継の儀が終われば、『男』の王子として表に立つことができます。そうすれば、女の子の格好をする必要もなくなるのですが……」

 

「男とか女とか関係なく、もったいないですって! こんな綺麗な髪の毛、芸術品ですよ!」

 

「そ、そうですか……?」

 

 困惑したように言うシャルル様。

 神秘的で月の光を集めたようなその髪の毛は、ワタシの密かなお楽しみだった。正直、これをバッサリと切られてしまうのは辛い。

 

「その、明日からは髪の毛もまとめる必要がありますし……」

 

 今のシャルル様は、髪の毛を後ろで束ねている。

 普段の長髪のままでは、万が一にも王女様と関係を疑うものがいるかもしれないからだ。

 

「わかっています。その役目はワタシがやりますから」

 

 今朝は、本来の従者たちがその役目をやったようだが、明日から――いや、今日からはワタシの役目だ。

 

「もちろん、シャルル様もワタシのような下々の者に宝物のごとき髪の毛を触られることは不快でしょうが……」

 

「いえ、そんな事はありませんよ。それに、わた、いえ僕はあなたの事をそんな風に思いません」

 

 ありがたくも、ワタシの卑下するような物言いにやんわりと注意するシャルル様。

 

「それじゃあ、今日の夜。いえ、明日の朝は楽しみにしております」

 

「そんなに楽しみにされても困るのですが……」

 

 シャルル様が困惑したように、その眼鏡ごしの視線をずらす。

 だが、ワタシとしてはその金の糸のようなシャルル様の髪の毛をいじれる名誉に、今から楽しみでならない。

 

「もう。シャルル様はその髪の毛がどれだけ美しいか理解されておられないのです」

 

「そ、そうですか……」

 

 ワタシの褒め言葉に口元を緩ませて、目を泳がせる。

 このような褒め言葉は慣れているのかもしれないが、こうもストレートに言われることはあまりないのかもしれない。

 

 そんな中、竜車の外を窓からちらりと見る。

 ガタリ、と竜車が揺れるが座席にある柔らかい素材が衝撃を緩和する。

 

(やっぱり、いい竜車だな。これは)

 

 一応、警戒のため周囲を窓越しに見渡す。

 ここでふと、大きめの橋が見えた。

 

(あの橋は確か――)

 

 目的地となる最初の街に行く直前にある橋だという事に気がついた。

 

(思ったよりも早いな)

 

 今日の夜頃を予定していたのだが、この竜車はそれよりもはるかに早く到達してしまいそうだ。

 

「カノンさん」

 

「はい?」

 

「そろそろ着きそうですね」

 

「はい」

 

 シャルル様の言葉に、ワタシは頷く。

 

「あの」

 

 何だろうか。

 少し恥ずかしそうに、顔を赤らめている。

 

「実は、言い出せなかったことがあるのですが……」

 

「何でしょうか」

 

 実は女ではなく男だった――などという衝撃的な告白をすでにされているのだ。ちょっとやそっとの事では驚かないつもりではいる。

 

「その、移動時間に暇ができたらこれで遊ぼうと思って用意していたのですが……」

 

 そういって立ち上がり、数十枚のカードが入った束を取り出す。見たところ、ごく普通の王国産のトランプのようだ。

 

「はい?」

 

「それで、もっと早く言い出そうと思ったのですが、そんな事をする暇はないとカノンさんに怒られてしまうのではないかと、なかなか言い出せなくて……」

 

 いや、別にそんな事で怒ったりなんてしないのに。

 そもそも、ワタシが王子様をお叱りするなんて事、できるのだろうか。ああ、でも女王様からは悪いことをしたら叱ってくれとは言われていたな。

 でもこれは、明らかに悪い事ではないし……。

 

「そ、その。ごめんなさい」

 

 そんな風に考え混んでいるワタシを見て悪い方に捉えたのか、シャルル様がいきなり謝られる。

 

「やっぱりその、迷惑でしたよね」

 

「あ、いえ。そのような事は!」

 

 慌ててワタシは首を左右に振る。

 

「その、ワタシ如きがシャルル様をお叱りするなど、できるはずがありません!  それに、その程度のことでしたらいつでもお付き合いします!」

 

「え? そうですか。その……」

 

 ここで少しばかり寂しそうな目をなさるシャルル様。

 いや、何か言い方を間違えたのだろうか。

 

「その、うわっ!」

 

 再びガタリと馬車が揺れる。

 立ち上がったシャルル様の身体がバランスを崩す。

 

「危ない!」

 

 シャルル様の身体を受け止める。途端にバランスを崩しそうになるが、堪えた。

 ふう、と一つ安堵すると共にシャルル様の身体の感触を強く感じてしまう。

 

「し、失礼しました!」

 

 慌ててシャルル様からワタシは離れる。

 

「あ、いえ……」

 

 だが、どこかワタシの言葉を聞いていないかのように上の空だ。もしかして、どこかぶつけてしまっていたのか?

 しかし、その視線に含まれているシャルル様の感情は、恐怖ではなく寧ろ羞恥によるものだったような気がする。

 

 そんな彼に安心感を与えるために意識的に柔らかな口調にして訊ねる。

 

「あの、もしかして本当にどこかお怪我を……」

 

「あ、いえ。本当に何ともありませんから」

 

 すると、シャルル様は俯き加減のまま躊躇いつつ言う。

 安堵感とともに吐息すると同時にシャルル様が申し訳なさそうに続けた。

 

「ごめんなさい。驚かせてしまって……」

 

 その言葉に対して首を振って答える。

 

「気にしないでください」

 

 と改めて励ますように優しく声を掛けると、今度はシャルル様の方もやっと嬉しそうに微笑むように口角を持ち上げてくれたので内心ホッとした。

 

「……あの、もしかしてワタシのような、無骨な筋肉の塊に直接触られて不快だったのでは?」

 

「え?」

 

 ワタシの懸念の言葉に、驚いたようにシャルル様は目を見開く。

 

「その、やはりシャルル様も柔らかな女性の感触の方が良かったのでは、と」

 

「い、いえ。そのような事はありません。というか、何を言っているのですかカノンさん」

 

 困惑した様子でシャルル様に言われる。

 

「……そうですか。いえ、何度かヤツ、ああいえ。シャルル様も会ったペブルとスキンシップといいますか、身体を触れられたりしたりしますが、一度も女だと疑われた事がなくて。アイツに触られても『いい筋肉してるな!』という感想ばっかりで」

 

「あの方ですか……」

 

 そう言うシャルル様の言葉には微かな棘があった。

 上品な微笑みの裏に、潜む冷たいものが見える。

 

「確かに……。その、あの方は少々粗野なところがありそうでしたね」

 

 語尾がわずかに上擦る。平静を装いながらも、明らかに不快感を滲ませていた。

 

「男性同士だと思っている以上、ある程度のそういった親密さは、許容されるのでしょうが……」

 

 言葉を濁すものの、その声には、確かな距離感が漂う。

 

「まあ、それでカノンさんが女性だと露見しなかったのは不幸中の幸いと申しますか……」

 

 視線が一瞬だけ逸れる。あの出来事を思い出したのだろう。

 

「……ですが」

 

 ふと声色が変わる。どこか遠くを見るような眼差し。

 

「それでも、ああいった親密さを示す行為は相手との距離感を考えた上で礼節の範囲内に収めるべきかと」

 

「あー……」

 

 ワタシは思わず天井を見上げた。

 

(やっぱり根に持っていらっしゃる)

 

「大丈夫ですよ。別に怒っていませんから」

 

 いや、これは怒っているな。まあ、初見の相手にいきなり胸を揉まれたのだ。性別関係なく怒るのは当然だ。

 だが、シャルル様のこんな顔を見るのは珍しい。

 ちょっとだけ嫉妬してしまう。こんな表情を引き出したペブルに。

 

 ……いや待て自分は何を考えているんだ。

 

「それでは、その……」

 そこでシャルル様は考え込むように眉根を寄せた。

 まさか、今になってやっぱりペブルを処罰しようなどと考えはじめたのではないか。

 

「申し訳ありません!」

 

「え?」

 

 頭を下げるワタシに対して、シャルル様は驚いたように見つめる。

 

「その、前もいいましたがアイツは良いヤツ――とは言い難いですが、そこまで悪いヤツではないのです! 罰を与えるのでしたら、止めなかったワタシに!」

 

「ええ!? ち、違いますよ!」

 

 シャルル様は慌てたように、両手を前に出して否定する。

 

「僕が言いたいのはそうではありませんよ。ペブルさんの事は――まあ、怒っていますよ。正直、今でも」

 

「それでは……」

 

「確かに驚きましたけどね。僕の正体を知らないとしても、あんな失礼な事をする人がいるなんて想像もつかなかったですから」

 

 確かにあいつの、いきなり他人の胸を揉むなんて行動は常軌を逸している。

 

「まあ、胸が掴まれるなんて初めての経験でしたし」

 

「申し訳ございません!!」

 

「だから、頭を下げないでください」

 

 苦笑するシャルル様に、ワタシは再び勢いよく頭を下げた。これ以上ない位に深々と頭を下げる。

 

「その、アイツも悪かったと言っていました。一応、アイツなりには反省しているんです!」

 

 謝罪の言葉を伝えてくれと言われていたのを思い出し、それを吐き出す。

 実際に謝ったところで許される行為ではないが、だからといって伝えないのも筋が通らない。

 

「いえ。カノンさんが頭を下げる必要はないですよ。というかカノンさんがそんな風に謝る必要なんてないですよ」

 

「ですが――」

 

「確かに、あの時は驚きましたが、もう済んだ事ですし」

 

 シャルル様は静かに笑う。

 

「それに、カノンさんとはこれから長く一緒に旅をすることになるのですから。過去の事でいつまでも不愉快な思いを持ちたくないのです」

 

「ですが、やはり無礼だったかと。無論、止める事ができなかったワタシも許されない事をしたと」

 

「もう。仕方がない人ですね。カノンさんは」

 

 ふと窓の外を見やるシャルル様。

 外の和やかな景色が視界に入る。

 

「そうですね。それでも、敢えて何か罰を与えて欲しいとカノンさんが仰るなら――」

 

 そういって、一つ息をのんでから続ける。

 

「今度、僕を叱ってくれませんか?」

 

「え?」

 

 あまりに意外な言葉にワタシは驚く。それでは、逆じゃないか。逆にシャルル様が罰を受けるみたいになっている。

 

「その、失礼ながら何かシャルル様は勘違いをされているのでは……?」

 

「いえ、間違いではありませんよ」

 

 そういって、どこか寂しげな笑みを浮かべるシャルル様。

 

「さきほど、僕を叱るなんてできるはずない――とカノンさんは言いました。それはその、あまり良くないと思うんです。僕は王族です。そして、カノンさんは騎士。どうしても、この間に壁があります。圧倒的優位な立場にいるのは僕だ。でも、だからこそ――」

 

 軽く頷いて続ける。

 

「僕が何か間違っていた事をしていたとしても、注意されることがない。それじゃあ、ダメだと思うんです。多分、そうやって許され続けたら、少し悪い事が、普通に悪い事、さらに悪い事になっていって、それでも叱れない状態が続いていってしまう」

 

「……」

 

「なので、ちゃんと叱ってください。僕が悪かったら。ダメですよって。そうすれば僕も、王族の立場に甘えずちゃんとごめんなさいと謝りますから」

 

 ワタシは自分の判断の甘さを恥じる。

 シャルル様はワタシなどより、ずっと立派な方だ。

 

「その、申し訳ありません」

 

「もう。謝らないでくださいよ。これじゃあ、僕が逆に叱っているみたいじゃないですか」

 

 苦笑いするシャルル様。

 

「ですが、その『罰』は確かに受けます。今後、何かシャルル様が道を踏み外すようなことがあれば容赦なく」

 

「ふふ、楽しみにしておきますよ」

 

 もう。叱られるのは楽しみにする事じゃあ、ないんだけどな。

 そんな風に笑みを浮かべるシャルル様を見て、逆にワタシの方がプレッシャーを受けてしまう。

 

(まったく。ペブルのヤツめ)

 

 あいつのせいで、とんだ罰を受ける羽目になってしまった。

 再会したら文句の一つや二つ、言ってやらなければ気がすまない。

 

「もう、叱られる事を楽しみにしないでくださいよ、シャルル様」

 

 呆れたように息を一つつく。

 だが、純粋そのものといっていい無垢なシャルル様の笑顔を見ていると何も言えなくなってしまう。

 

 窓から視線を外していた間に、いつの間にか橋を渡っているようだった。

 安定した走りを見せる竜車だ。

 

「水が綺麗ですね」

 

 窓から見える光景を見て、シャルル様はそんな感想を漏らす。

 確かに、その言葉通り、穏やかな日差しによって波打つ水面は美しく、煌めいている。

 

「はい」

 

 シャルル様はそう言いながら、軽く伸びをする。

 軽く欠伸を噛み殺しているようにも見える。もしかしたら、眠いのかもしれない。

 穏やかな日差しと心地よい揺れがそうさせているのかもしれない。

 

「少し眠られますか? シャルル様」

 

「……ですが、もう少しで到着しますし」

 

 瞼のあたりを軽くこすり、眠そうなまま言われるシャルル様。

 

「ちゃんと起こしますから、大丈夫ですよ」

 

 そう言って安心させるようにシャルル様に言う。

 

「それじゃあ、少し眠らせてもらいますね。ふふ、夢の中でカノンさんに叱られる夢でもみましょうか」

 

「揶揄わないでくださいよ」

 

 冗談めかして言われたその言葉に、思わず苦笑してしまう。

 

「では、少しの間」

 

 それだけ言って、目を瞑るシャルル様。

 

「はい、良い夢を」

 

 無防備な寝顔はあまりにも愛らしい。

 そんな中、竜車の揺れが相変わらず心地よい。

 彼の微かな寝息が聞こえてくる。

 

(まあワタシは眠るわけにはいかないか)

 

 この竜車に御者以外に人はいない。いざとなれば、即座にワタシが対応する必要がある。

 ワタシはこの方の騎士なのだから。

 この王子様がこの旅で無事に目的地へ到着できるように全力を尽くしたいと思っている。それは単なる仕事としてではない。心から願うことだ。

 

(さて、と)

 

 窓越しの景色を見つめる。

 まだまだ旅は長い。この旅を終えて、無事にシャルル様を送り届けるまでが任務だ。

 

(それまで――)

 

 まずは、この目の前の御方の寝顔を守り抜くことから始めよう。

 ワタシはシャルル様に軽く微笑みながら窓を開けた。

 

(おっと)

 

 起こさないように注意しながら、ひんやりとした外気と草花の香りを含んだ風、が車内に入り込む。

 竜車は橋を渡り終えたようであり、石造りの道を進んでいく。

 揺れと共に進む道の先には、目的地である最初の町が待ち構えているだろう。

 これからの道には、新しい出会いや試練もきっと待っているはずだ。

 

(どんな事が起きようと)

 

 決意を胸に秘めながら、ワタシは再び前方を見つめた。

 ワタシの瞳には、目を閉じて眠っておられるシャルル様の姿が映っている。

 

(この方を守り抜く)

 

 それが、ワタシに与えられた使命だからだ。

 竜車がまた小さく揺れる。遠くで鳥たちのさえずりが聞こえる。

 雲ひとつ無い晴れた空の下――旅はまだ長い。

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