太陽と月の食卓 作:AIすげーってなってる人
砂漠というのは、正直なところ好きではなかった。
アポロは額の汗を拭いながら、そんなことを思った。空は突き抜けるような青で、地平線まで続く砂の海は風が吹くたびに細かな砂粒を舞い上げる。日差しに容赦がない。革のリュックが肩に食い込み、腰に巻いた旅蜘蛛がじりじりと熱を持っていた。
「暑い」
「分かった」
セレナが短く答えた。
「いや、共感してほしかっただけで」
「分かってる。私も暑い」
二人は並んで歩いていた。セレナは日よけの布を頭に巻き、水筒を手に持っている。その歩みはアポロより幾分ゆっくりだが、文句は言わない。砂に足を取られながらも、黙々と前へ進む。
「次の街まであとどのくらいだっけ」
「地図だと半日くらい」
「半日」
アポロは空を見上げた。
「今が昼過ぎだから、着く頃には夜か」
「そうなるね」
セレナは少し先に視線をやった。砂丘が波のように重なり、その向こうに何があるか見えない。風が低く唸っている。
「……ねえ、アポロ」
「ん?」
「この砂漠、なんか捕獲レベルの高い生き物いるって聞いたんだけど」
「聞いた聞いた」
アポロはにやりとした。
「サファイアスコーピオン。捕獲レベル60の宝石蠍。すごいよな、外骨格がサファイアみたいな色してるって」
「うん。それで」
セレナはアポロを見た。
「あなた、さっきから何度も砂丘の陰に目をやってるでしょう」
アポロは少し黙った。
「……気づいてた?」
「幼馴染を何年やってると思ってるの」
アポロは苦笑いした。
「砂が、妙な動き方してる。風の流れと合ってない。何かがいる」
セレナは静かに水筒をリュックに仕舞った。
「どのくらい近い?」
「もうすぐそこ」
次の瞬間、砂が爆ぜた。
轟音とともに砂煙が舞い上がり、巨大な影が二人の前に立ちはだかった。
体長五メートルを超える蠍。全身を覆う甲殻は、太陽光を受けて深い青に輝いていた。サファイアというより、もっと濃い。夜の海のような、底のない青だった。二本の巨大な鋏が空気を裂くように広げられ、曲がった尾が天を指すようにそり返っている。尾の先端、針の根元に透明な液体が滲んでいた。
セレナが一歩後ろに退いた。アポロが一歩前に出た。
「……でかい」
アポロがつぶやいた。その声に、怯えはなかった。むしろ、どこか楽しそうな響きがあった。
「捕獲レベル60か。なるほど、この存在感は納得だな」
サファイアスコーピオンが鋏を振り上げた。砂を巻き込みながら横薙ぎに叩きつけてくる。
アポロは跳んだ。
真上に、垂直に。鋏が空を切る。着地と同時に腰の旅蜘蛛を解く。黒いロープが手の中に収まった瞬間には、もうアポロの体は動いていた。
「鋏からだな」
旅蜘蛛を右の鋏の関節に向けて投げた。ロープが正確に絡みつき、アポロはそのまま全体重をかけて引いた。巨大な鋏が内側に折れるように歪む。サファイアスコーピオンが低く唸った。
しかし次の瞬間、尾が動いた。
弾丸のような速さで尾が振り下ろされる。アポロは旅蜘蛛を手繰り寄せながら横に転がり、毒針が砂に深々と刺さる音を聞いた。
「速い」
一瞬で立ち上がり、今度は左の鋏へ向けて走った。サファイアスコーピオンが体ごと向き直ろうとする。その動きを読んで、アポロは逆方向へ回り込んだ。体の大きな相手ほど、懐に入ってしまえばいい。
旅蜘蛛を尾の付け根に巻きつけた。ロープが甲殻に食い込む。
「動くな」
アポロは腕に力を込めた。普通のロープなら千切れる。しかし旅蜘蛛はカーボンスパイダーとアラミドシルクワームの糸から作られた特別製だ。引けば引くほど締まる。サファイアスコーピオンが身を捩ったが、尾が封じられた状態では全力が出せない。
アポロは跳躍した。
サファイアスコーピオンの背に乗り、甲殻の継ぎ目を見極めた。首の後ろ、甲殻が薄くなっている場所。指を立てて、全力で打ち込む。
一撃。
轟音とともに、サファイアスコーピオンの巨体が砂の上に崩れ落ちた。
砂煙が広がる。静寂が戻ってくる。
アポロは倒れた蠍の上に立ったまま、息を整えた。
セレナが近づいてきた。倒れたサファイアスコーピオンを見下ろし、それからアポロを見上げる。
「怪我は?」
「なし」
「毒針、ギリギリだったけど」
「ギリギリじゃなかった。余裕があった」
「嘘をつかなくていいよ」
セレナは静かに言った。
「ちゃんと見てたから」
アポロは少し黙ってから、
「……ちょっとだけ焦った」と言った。
「うん」
セレナは微笑む。
「分かってたよ」
日が傾き始めた頃、アポロは大きな砂岩の影に場所を作った。
セレナはその間に火を起こし、携帯していた大鍋を取り出した。砂漠の旅は水が貴重だが、この先の街で補充できる見込みがある。今夜くらいは、惜しまずに使う価値があった。
「どう料理するの?」アポロが蠍を見ながら聞いた。
「まず茹でる」
セレナは答えた。
「甲殻類は茹でるのが一番、素材の味が出るから。毒針は先に処理するけど、毒嚢は取っておく。ちゃんと処理すれば薬の材料になるって聞いたことがある」
「無駄にしないんだな」
「捨てる部分がない生き物だって聞いてたから」
セレナは鍋に水を張りながら続けた。
「だったら全部、大切にしたい」
鍋が沸騰するまでの間、セレナは手際よく解体を進めた。巨大な鋏から、尾から、甲殻の継ぎ目に沿って丁寧に。アポロは火の番をしながらその手元を眺めていた。
「セレナって、何でも料理できるよな」
「何でもは言いすぎ」
「でも見てて、いつも迷わない」
セレナは少し考えてから言った。
「食材を見ると、どう料理したいかが先に浮かぶの。これはこうしたら美味しいはず、って。だから迷わないんじゃなくて……答えが最初から見えてる感じ」
「それ、才能じゃないか」
「あなただって戦ってる時は同じ感じでしょう?」
アポロは少し笑った。
鍋の水が沸いた。
セレナはサファイアスコーピオンの身を、ゆっくりと鍋に沈めた。
その瞬間だった。
深い夜の海のような青が、みるみる変わっていった。端から、じわりじわりと。青が薄れ、橙が滲み、やがて深い赤へと変わっていく。まるで夕焼けが甲殻の上を走っていくように。最終的に、鍋の中に浮かんでいたのは燃えるようなルビーの赤だった。
アポロが息を呑んだ。
「……きれいだな」
「うん」
セレナも静かに鍋を見ていた。
「さっきまで夜の砂漠に溶け込むような青だったのに、熱を通したらこんな色になるなんて」
「生きてる時の色と、料理された時の色が、どっちも宝石みたいなんだな」
「そう」
セレナはしゃもじで静かにかき混ぜながら言った。
「生きていても、食材になっても、美しいまま。素敵だと思う」
砂漠の夜が降りてきた。空には星が出始めていた。焚き火の光と、鍋の中のルビー色が、砂岩の影に揺れている。
茹で上がった身をセレナは丁寧に皿に盛った。といっても皿は木の板だが、ルビー色の甲殻がそれだけで絵になった。
添えたのは、砂漠の旅で集めていた乾燥スパイスを溶かしたソース。さっぱりとした酸味が、甲殻類の濃厚な旨味と合うはずだと踏んでいた。
「食べよう」
アポロは身を一口割った。白い、きめ細かな肉が現れた。湯気が立ち上る。
口に入れた瞬間、まず柔らかさが来た。噛むたびにプリプリとした弾力が戻ってくる。それから香りが広がった。海老に似た芳醇な香りだが、もっと複雑だった。砂漠の乾いた空気と、太陽の熱と、長い時間をかけて育った何かが混ざったような。
「……うまい」
アポロの声は、いつになく静かだった。
「本当に海老みたいな香りがする。でも海老じゃない。もっと、深い」
「砂漠の熱が凝縮されてるのかもしれない」
セレナも一口食べながら言った。
「何年もこの砂漠で生きてきた時間が、全部肉に入ってる気がする」
「さっきまで命がけで戦ってた相手を、こんなに美味しく食べてる」
アポロは空を見上げた。満天の星が広がっていた。
「いつものことだけど、なんか不思議だな」
「だから丁寧に食べる」
セレナが言った。
「戦って、倒して、料理して、食べる。全部つながってるから」
アポロはもう一口、身を口に入れた。
砂漠の夜は冷える。昼間の灼熱が嘘のように、空気が静かに冷たくなっていく。だが焚き火の前は温かかった。
星がよく見えた。砂漠の空は遮るものが何もないから、星が近い。
「ねえ、セレナ」
「なに」
「次はどこへ行こう」
セレナはルビー色の甲殻をしばらく眺めてから、ゆっくり言った。
「海、行ってみたいな。深いところにしかいない食材、たくさんありそう」
「海か」
アポロは目を細めた。
「いいな。行こう」
二人はしばらく無言でサファイアスコーピオンを食べ続けた。
砂漠の星空の下、ルビー色の甲殻が焚き火の光を受けて静かに輝いていた。
改行の感じとか安定しなかったらスミマセン……