太陽と月の食卓 作:AIすげーってなってる人
村に着いたのは、昼をすこし過ぎた頃だった。
小さな村だった。広場に井戸があって、その周りに石造りの家が並んでいる。村の外れには畑が広がり、遠くに森が見えた。旅の途中に立ち寄る村としては、ごく普通の、穏やかな場所だった。
アポロとセレナは宿を取り、広場のベンチで一息ついていた。セレナが水筒の水を飲み、アポロが大きく伸びをした。
「いい村だな」
「うん」
セレナは広場を見回した。
「のんびりしてて好きかも」
そのときだった。
「あの……!」
声がした。振り返ると、少年が立っていた。十二、三歳くらいだろうか。短く刈り上げた茶色い髪に、日焼けした顔。目が大きく、その目が今、信じられないものを見るような表情をしていた。
「もしかして……アポロさん、ですか」
アポロは少し目を丸くした。
「そうだけど、俺のこと知ってるの?」
「知ってます!」
少年は一歩前に出た。
「先月、東の砂漠の方でサファイアスコーピオンを仕留めたって話、聞きました!捕獲レベル60をロープ一本で!すごかったって、行商の人が言ってて……!」
アポロは頭をかいた。少し照れたような顔になった。
「……そんな話、広まってんのか」
「広まってますよ!」
少年の声が弾んだ。
「俺、美食屋になりたいんです。だからずっと憧れてて。本物に会えるとは思ってなかった」
セレナがアポロを見た。その口元が、かすかに緩んでいた。
「照れてる」
「照れてない」
「照れてるよ」
アポロは咳払いをして、少年に向き直った。
「名前は?」
「レオです」
「レオか」
アポロはレオをまっすぐ見た。
「美食屋になりたいんだって?」
「はい!」
「じゃあ一つ聞く。狩りはしたことあるか」
レオは少し黙った。
「……ないです。村の近くの森に入ったことはあるけど、獲物を捕まえたことは」
「そうか」
アポロは立ち上がり、リュックを背負った。
「折角だ、初めての狩りをしてみるか?」
レオの目が、大きく開いた。
村の近くの森は、浅くて明るかった。
木々の間から日差しが差し込み、地面に光の模様を作っている。鳥の声がして、風が葉を揺らした。深い森とは違う、穏やかな空気が流れていた。
「深いところには行かない」
アポロはレオの隣を歩きながら言った。
「今日の目標は木の実豚と明暮米。この辺の森なら必ずいる」
「木の実豚……」
レオはきょろきょろしながら言った。
「知ってます。村でも食べますよ、普通に」
「そうだろうな」
アポロは笑った。
「捕獲レベル1だからな。身近な食材だ」
「捕獲レベル60のサファイアスコーピオンを倒した人が、捕獲レベル1を狩るんですか」
「当たり前だろ」
アポロはあっさり言った。
「どんな食材でも、丁寧に向き合うのが美食屋だ。格下だからって雑に扱ったら、それは美食屋じゃない」
レオは少しの間、その言葉を噛み締めるように黙っていた。
セレナは二人の少し後ろを歩きながら、足元の草を見ていた。しゃがみ込んで、地面に群生している小さな植物を確認する。
「あった。明暮米」
レオが振り返った。
「それが明暮米? こんなところに生えてるんですか」
「どこにでも生えてるのよ」
セレナは葉を一枚摘んで、レオに差し出した。
「食べてみる?」
レオは少し躊躇してから、口に入れた。
「……あんまり美味しくない」
「そのままだとそうね」
セレナは微笑んだ。
「でも後でびっくりすると思う」
明暮米を必要な分だけ摘み終えた頃、アポロが足を止めた。
「いる」
低い声だった。レオも思わず立ち止まる。
少し先の木の根元、落ち葉の積もった場所に、丸々と太った豚がいた。体長一メートルほど。茶色い毛並みで、鼻をひくひくさせながら木の実を探している。その横に、もう一頭。
「木の実豚だ」
レオが息を呑んだ。
「レオ」
アポロが静かに言った。
「お前も少しやってみるか」
「え……俺が?」
「美食屋の一番最初は、自分で獲ることだ」
アポロはしゃがんで、レオと目線を合わせた。
「怖いか?」
レオは少し唇を結んだ。
「怖くないとは言えないです」
「正直でいい」
アポロは頷いた。
「でも怖いと感じることは悪いことじゃない。命をもらうんだから、怖くて当然だ」
アポロはレオに旅蜘蛛の端を持たせた。
「引く力だけでいい。俺が合図したら、思い切り引け」
二人は静かに近づいた。アポロの足音は完全に消えていた。レオはそれを真似るように、慎重に、一歩ずつ踏み出した。
距離が縮まる。木の実豚がこちらに気づいていない。
アポロが旅蜘蛛を投げた。ロープが正確に豚の胴体に絡みつく。
「引け」
レオは全力で引いた。木の実豚が動けなくなる。アポロが素早く近づき、一瞬で仕留めた。
静寂。
レオは肩で息をしていた。
「……やった」
「やったな」
アポロが立ち上がり、レオの頭をぐしゃりと撫でた。
「初めての狩りだ」
レオは仕留めた木の実豚をしばらく見ていた。その顔は、誇らしさと、何か複雑なものが混ざっていた。
「ありがとう、って言うべきですか」
レオが小さく言った。
「獲物に」
アポロは少し目を細めた。
「言えばいい。そういう気持ちを持てるやつが、いい美食屋になる」
村に戻り、宿の厨房を借りた。
セレナが調理を始めると、レオは邪魔にならないよう隅に座って、その手元をじっと見ていた。
まず明暮米を処理した。摘んできたものを軽く洗い、鍋で取った出汁の中に浸けておく。昆布と干した木の実から取った、甘みのある出汁だった。米がゆっくりと出汁を吸い始める。
「さっき美味しくないって言ってたでしょう」
セレナはレオに言った。
「このまま炊いても大味なの。でも出汁をたっぷり吸わせてから炊くと、全然違う」
「出汁を吸わせるんですか」
「この米はそういう食材なの。自分だけじゃ力を発揮できないけど、合わせるものがあると美味しくなる」
次に木の実豚を処理した。部位ごとに丁寧に分ける。今日使うのは肩肉とバラ肉だった。角切りにして、鍋に並べる。醤油ベースの煮汁に、少しの甘みと出汁を加えた。火にかけると、すぐに香りが立ち上った。
レオが鼻をひくひくさせた。
「いい匂い……」
「でしょう」
セレナは火加減を調整しながら言った。
「木の実豚は煮ると脂が溶け出して、煮汁に旨味が移るの。それがまた米に染みる」
しばらくすると、厨房中に香りが充満してきた。甘い醤油の香りに、ナッツ系の深い風味が混ざっている。アポロが厨房の入口から顔を覗かせた。
「いい匂いがするな」
「もうすぐできる」
レオは気づけば座るのも忘れて、鍋の前に立っていた。
肉丼が三つ、テーブルに並んだ。
出汁を吸って炊き上がった米の上に、煮汁で照り照りになった木の実豚の角切りが乗っている。煮汁がご飯に少し染みて、湯気の中にナッツの甘い香りが漂っていた。
レオは丼を前にして、少しの間動かなかった。
「食べてみて」セレナが言った。
レオはスプーンを手に取り、肉と米を一緒にすくって口に入れた。
最初に来たのは、煮汁の甘みだった。醤油の香ばしさと甘みが舌に広がる。それから肉の旨味。柔らかく煮えた肩肉が、噛んだ瞬間にほろりと崩れた。クルミに似た、丸みのある風味が口の中に広がる。米が煮汁と肉の旨味を全部吸い込んでいて、一口ごとに味が重なっていく。
噛み締めるたびに、口の中に幸せが溢れてきた。
レオは目を丸くした。
「……美味しい」
その声は、思ったより小さかった。感動が大きすぎて、声が出なかったのかもしれない。
「これ、いつも食べてる木の実豚ですよね」
レオはもう一口食べながら言った。
「いつも食べてるやつと、全然違う。なんで」
「同じ食材でも、料理の仕方で全然変わるから」
セレナは自分の丼を持ちながら言った。
「明暮米も、さっきそのまま食べたときと違うでしょう」
「全然違う……出汁の味がする。でもしつこくなくて」
「この米は出汁をそのまま閉じ込めるの。炊くことで香りが立って、ふっくらする」
レオはしばらく黙って食べ続けた。
「簡単に取れる食材でも」
セレナは静かに言った。
「心を込めて料理すれば、とっても美味しくなるでしょう?」
レオは顔を上げた。その目が、少し潤んでいた。
「……美食屋って、強い食材を獲るだけじゃないんですね」
「そうだ」
アポロが丼を持ちながら言った。
「どんな食材にも、ちゃんと向き合う。それが全部だ」
レオはもう一口、大きくすくって食べた。
翌朝、村を出るとき、レオが走ってきた。
息を切らして、広場まで駆けてきた。アポロとセレナが振り返ると、レオは少し照れたような顔をしながら立っていた。
「見送りに来ました」
「ありがとな」
アポロはリュックを背負い直した。
しばらく三人は立ったままだった。レオが何か言いたそうにしていた。
「あの」
レオが言った。
「俺、絶対に美食屋になります」
「なれるよ」
アポロはあっさり言った。
「昨日の狩り、良かったぞ。初めてとは思えなかった」
「本当ですか」
「本当だ」
レオはアポロを見上げた。その目に、何かが決まったような光があった。
アポロはレオに向かって拳を差し出した。レオは一瞬だけ驚いた顔をして、それからしっかりと拳をぶつけた。
「頑張れよ、レオ。もし美食屋になれたら、その時は俺たちに何かご馳走してくれよな」
レオは笑った。さっきまでの緊張が取れた、子供らしい笑顔だった。
「絶対にします。約束です」
アポロとセレナは歩き出した。村の道を抜けて、次の旅へ向かう。
少し歩いてから、アポロが振り返った。レオはまだ広場に立って、手を振っていた。アポロも大きく手を振り返した。
「いい子だったね」
セレナが言った。
「ああ」
アポロは前を向いた。
「美食屋になるよ、あいつは」
「どうして分かるの」
「目が良かった。狩りのとき、ちゃんと獲物を見てた。怖がりながらも、目を逸らさなかった」
セレナはアポロを見た。
「あなたも、昔そうだったの?」
アポロは少し間を置いてから、笑った。
「さあな。セレナが知ってるんじゃないか、俺より」
「そうだね」
セレナは前を向いた。
「あなたも目を逸らさなかったよ、いつも」
風が吹いた。道の先に、また新しい景色が続いていた。