太陽と月の食卓 作:AIすげーってなってる人
その木を見つけたのは、偶然だった。
山道を歩いていたアポロが、道の脇の茂みに目を留めた。小さな木だった。高さは二メートルほど、枝が細く広がり、その先々に赤い実がついていた。どれも必ず二つ一組で、短い軸の先で寄り添うように実っている。
アポロは足を止めた。
セレナが追いついてきた。
「どうしたの」
アポロは茂みを指さした。
「あれ」
セレナが目をやった。一瞬、息を止めた。
「……チェリーッシュ」
その声は、いつもより少し柔らかかった。
アポロとセレナが育った村は、山の麓にあった。
小さな村だった。家が十数軒、畑と森と川があって、子供が走り回るには十分な広さがあった。アポロはその村で生まれ育ち、物心ついた頃から森を駆け回っていた。
セレナの家は、アポロの家の三軒隣だった。
二人が初めてチェリーッシュを見つけたのは、七つか八つの頃だった。
村はずれの小川沿いに、一本だけ生えていた。アポロが先に見つけて、セレナを呼んだ。二人で眺めた。赤い実が二つ一組でついていて、なんだか面白い形だと思った。
「食べられるのかな」
アポロが言った。
「分からない」
セレナが答えた。
「取ってみよう」
アポロが手を伸ばして、一人で引っ張ろうとした。するとその瞬間、実がみるみる黒ずんでいった。腐ったような匂いがして、ぼとりと地面に落ちた。
二人は顔を見合わせた。
「なんで」
アポロが言った。
「……もう一個、試してみよう」
セレナが言った。
「今度は二人で」
残っていた実の一組を、二人で一つずつ持った。細い軸をそっと指で挟んで、せーので引いた。
ぷつ、と小さな音がして、実が取れた。
黒ずまなかった。真っ赤なまま、二人の手の中に収まっていた。
「取れた」
アポロが言った。
「うん」
セレナが自分の手の実を見た。
二人で口に入れた。
甘かった。とろけるような甘さの中に、程よい酸味があった。こんなに美味しい実があるのかと、アポロは思った。セレナも目を丸くしていた。
それから毎年、その季節になると二人でその木のところへ行った。二人で引っ張って、取って、食べた。それだけのことだったが、二人にとって夏の終わりの小さな儀式のようになっていた。
アポロが美食屋になると言い出したのは、十二の頃だった。
村はずれの川原で、二人で並んで水面を眺めていたときのことだった。
「俺、美食屋になる」
アポロはいきなりそう言った。セレナは川を見たまま、すぐには答えなかった。
「世界中に美味いものがあるだろ。俺はそれを全部食べたい。全部見つけたい」
アポロは続けた。
「だから美食屋になって、旅に出る」
「旅に出るの?」
セレナはそのとき初めてアポロを見た。
「ああ」
セレナはしばらく川を見ていた。水が石の上を流れていく音がした。
「じゃあ私も行く」
「え」
「料理人になって、一緒に行く」
セレナはアポロを見た。その目に、迷いはなかった。
「あなたが世界を見つけて、私が料理にする。それでいいでしょう」
アポロはしばらく黙っていた。それから笑った。
「お前、そういうとこあるよな」
「どういうとこ」
「決めたら絶対曲げないとこ」
「あなたの方がそうでしょう」
セレナは言った。
二人は川原でしばらく笑っていた。
その翌年、二人は村を出た。
「懐かしいね」
セレナが木の前に立ちながら言った。
「ああ」
アポロも木を見ていた。
「まさかこんな場所で見つけるとは思わなかった」
「取る?」
「当然」
二人は並んで木の前に立った。一組の実を選んで、一つずつ指で持った。細い軸の感触が懐かしかった。
せーので引いた。
ぷつ、と小さな音がした。
真っ赤な実が、二人の手の中に収まった。
アポロは自分の実を眺めた。昔と同じ色、同じ形。でもどこか違う気がした。実が少し大きい気がした。気のせいかもしれない。
「食べよう」
アポロが言った。
二人で口に入れた。
甘かった。
とろけるような、深い甘さだった。酸味がその甘さを引き立て、口の中でゆっくりと広がっていく。アポロは目を閉じた。あの川原の夏の匂いがした。水の音がした。笑い声がした。
目を開けると、セレナが実を口にしたまま、静かに微笑んでいた。
「うん、甘いね」
セレナは言った。
「……あの頃食べたものより、ずっと甘い」
アポロはセレナを見た。
セレナは木を見上げていた。葉の隙間から光が差し込んでいた。
「そうだな」
アポロは言った。
「ずっと甘い」
風が吹いて、木の葉が揺れた。赤い実が、光の中でかすかに揺れていた。
二人はしばらく、その場に立っていた。
旅はまだ続く。でも今この瞬間だけは、二人ともどこへも急いでいなかった。
チェリーッシュ
捕獲レベル5
必ず二又で先に一つずつ、合計二つの実がつくさくらんぼ。
実はとろけるように甘く、程好い酸味と合わさり非常に美味しい。
普通にチェリーッシュの木に生っているのだが、取るには特殊な方法がいる。
親愛、恋愛、友愛、慈愛、敬愛。
どれかをある程度持ち合った二人で、二又を片方ずつ持って引っ張る事ではじめて捥ぐことができる。
その方法を取らない場合(一人で取る、愛が足りない等)、その場で実が腐り落ちてしまう。
ひどく苦くなり、食べられたものではない。
取れたならそれだけで普通に美味しいが、取った二人の思いあう気持ちが深ければ深いほどより甘くなる。