太陽と月の食卓 作:AIすげーってなってる人
森に入った瞬間、光が変わった。
木々の葉が陽光を受けて緑に輝き、その隙間から差し込む光が地面に複雑な模様を作っている。足元に積もった落ち葉がふかふかと沈み、奥へ進むほど空気が澄んでいった。
「静かな森だな」
アポロが言った。
「琥珀鳥の生息地だから」
セレナは周囲を見回しながら言った。
「むやみに騒がしくしてはいけない場所なんだって」
アポロは頷いた。旅蜘蛛を腰に巻き直し、足音を抑えて歩く。
しばらく進むと、開けた場所に出た。
池があった。水面が鏡のように静かで、周囲の木々が逆さまに映り込んでいる。その池のほとりに、数羽の鳥がいた。
琥珀鳥だった。
体はハクチョウほどの大きさで、全身の羽が琥珀色に輝いていた。光の角度によって、金にも橙にも見える。水辺をゆったりと歩く姿は、まるで時間がゆっくり流れているようだった。
「きれい……」
セレナが息を呑んだ。
アポロも黙って見ていた。こういう生き物が世界にいる、ということが、なんだか不思議だった。食べたら美味いのだろうと思った。同時に、食べたいとは思わなかった。ただ、ここにいてほしいと思った。
琥珀鳥の一羽がこちらを向いた。丸い目がアポロを見た。怯えていなかった。ただ静かに、こちらを確認するように見て、また水辺に視線を戻した。
「人を怖がらないんだな」
アポロが小声で言った。
「昔は人間と共存してたって聞いたことがある」
セレナも小声で答えた。
「乱獲される前は、人里近くにも普通にいたって」
アポロはその言葉を聞いて、少し表情を引き締めた。
そのときだった。
森の奥から、騒がしい音が響いてきた。
バタバタと羽ばたく音、甲高い鳴き声、それから複数の人間の声。
琥珀鳥たちが一斉に首を上げた。
アポロとセレナは顔を見合わせた。
「行こう」
駆けつけると、木々の間に五人の男たちがいた。
大柄な男、細身の男、中肉中背の男が三人。全員が動きやすそうな暗い色の服を着て、腰に銃を下げていた。彼らの前には大きな鉄の檻が三つ置かれ、そのうちの一つにすでに琥珀鳥が二羽、押し込められていた。羽をばたつかせ、甲高く鳴き続けている。
「傷つけるなよ」
大柄な男が言った。
「羽に傷がついたら価値が落ちる。丁寧に扱え」
アポロは茂みから飛び出した。
「やめろ」
男たちが振り返った。
「琥珀鳥は国際指定保護動物だ」
アポロは真っすぐ男たちを見た。声は低く、しかしはっきりしていた。
「今すぐその手を離せ。檻を開けろ」
大柄な男がアポロを見た。値踏みするような目だった。
「なんだ、旅人か。運が悪かったな、見られちまった」
男が顎をしゃくった。合図だった。
細身の男が銃を抜いた。
引き金が引かれるより早く、旅蜘蛛が空を走った。
銃口に絡みついたロープが、そのまま銃を弾き飛ばした。乾いた音がして、銃が地面に落ちた。細身の男が目を丸くした。
「銃を持ち出すとは」
アポロは旅蜘蛛を手繰り寄せながら言った。
「本気でやるつもりか。いいぞ、こっちも本気でやる」
男たちが一斉に動いた。
大柄な男が正面から突っ込んでくる。アポロは半歩ずれてその腕をかわし、背中に手刀を入れた。どしんと地面に倒れる。残りの四人が囲もうとした。
旅蜘蛛を投げた。ロープが弧を描いて一人の足首に絡みつき、そのまま引いて転ばせる。倒れた体が別の一人にぶつかり、二人がもつれるように崩れた。その隙にアポロが踏み込み、立っていた一人の胸に一撃を入れた。
残る一人が銃を抜こうとした。
そのとき、セレナが動いていた。
男の背後から素早く回り込み、銃を持つ手首を両手でつかんだ。関節を逆に取る、護身術の動き。男が痛みで手を離した瞬間、銃がセレナの手に収まった。
「これは預かります」
セレナは静かに言った。
最後の一人がアポロを見て、それからセレナを見て、観念したように両手を上げた。
静寂が戻った。
アポロは旅蜘蛛で五人をまとめて縛り上げた。男たちは地面に座り込んで、黙っていた。
「強い……」
細身の男が呟いた。
「美食屋だからな」
アポロはあっさり言った。
「それより」
アポロは檻に歩み寄った。
中の二羽の琥珀鳥が、まだ激しく羽をばたつかせていた。怯えている。アポロは檻の前にしゃがみ込んで、ゆっくりと扉を開けた。
「出ていいぞ」
琥珀鳥たちはしばらく動かなかった。アポロは動かずに待った。
やがて一羽が、おずおずと外に出た。もう一羽も続いた。二羽は少し離れた場所に立って、アポロを見た。
「行け」アポロは言った。「もう大丈夫だ」
二羽は羽ばたいて、森の奥へ消えていった。
グルメフォンを取り出したのはセレナだった。
「持ってたの?」
アポロが言った。
「あなたが持ち歩かないから、私が持ってる」
「そうだったか」
セレナはグルメ警察に通報した。場所を伝え、状況を伝え、通話を終えた。
縛られた男たちは黙ったままだった。大柄な男が、くぐもった声で言った。
「……お前ら、なんで止めた。美食屋なら琥珀鳥の価値くらい分かるだろ。俺たちと組めば」
「黙れ」
アポロは静かに言った。怒鳴らなかった。ただ、はっきりと言った。
「美食屋は食材に敬意を払う。食べもしないのに、生き物を金のために乱獲するやつと、一緒にするな」
男は黙った。
セレナがアポロの隣に立った。二人で並んで、森を見ていた。
「琥珀鳥、怪我してなかったらいいね」
セレナが言った。
「してなかったと思う」
アポロは言った。
「傷つけるなって言ってたから、連中も慎重に扱ってた。皮肉な話だけど」
「うん」
しばらくして、遠くからエンジンの音が聞こえてきた。グルメ警察の車両だった。
引き渡しを終えたのは、一時間ほど後だった。
担当のグルメ警察官はアポロとセレナに礼を言い、男たちを連行して去った。森が静かになった。
アポロは大きく伸びをした。
「さて、行くか」
そのとき、足元で何かが動いた。
見下ろすと、琥珀鳥がいた。先ほど助けた二羽のうちの一羽だろうか。丸い目でアポロを見上げていた。
「お前……戻ってきたのか」
琥珀鳥はグワッと一声鳴いた。それから、自分のくちばしを羽に差し込んだ。丁寧に、一枚の羽を引き抜いた。琥珀色に輝く、美しい羽だった。
それをアポロの足元に、そっと置いた。
アポロは膝をついて、羽を拾い上げた。手のひらに乗せると、光を受けて金色に輝いた。
「……羽でお礼か」
アポロは小さく笑った。
「自分の価値がよく分かってるんだな」
琥珀鳥はもう一度グワッと鳴いて、今度はセレナの足元にも一枚羽を置いた。それから羽を広げ、空へ舞い上がった。木々の上を旋回して、森の奥へと消えていった。
セレナも羽を拾い上げた。光の中でそれをかざすと、琥珀色が橙に、橙が金に変わった。
「きれい」
セレナが言った。
「ああ」
アポロは自分の羽を見た。
「食べるより、ずっといいな」
セレナはアポロを見た。
「そう思う?」
「思う」
アポロは立ち上がった。
「生きてる方が、こいつには似合ってる」
二人は羽を大切にしまって、森を歩き始めた。
木漏れ日の中を、琥珀色の光が揺れていた。