推しを作ってはいけないと言われる異能力バトルモノの世界に無能力者として転生した(絶望) 作:聖成 家康
車に跳ねられて目が覚めたら、崩壊した日本が広がっていた。
頬をつねっても、腹を殴っても、その光景は変わらない。現実のようであった。
事故死という最低な最期を迎えた男は、どうやら転生したようだった(どちらかといえば転移だろうか)。
もう少し生きるはずだった。定年後は適当な家を山奥に立てて、動物たちと余生を過ごす……そんな未来を想像していたのだが。
しばらく歩いてみてわかったこと。それは、男が生前好んで読んでいた異能力バトル漫画『ハイハリード・アピール』の世界ということだ。
「うぎぃぃ? うぐ、うぐぐ」
男の目の前に現れた異形。人の顔に見えないこともないが、体色は紫色でどろどろに溶けたような見た目。受け入れたくはないが笑っているように捉えられた。
何がしたいのか、何が目的なのか到底理解不能なその異形は、彼の前でただ立ち尽くすのみであった。
「魔生物……」
男が口にしたのは、『ハイハリード・アピール』で登場する敵キャラの名前。
全くの不規則な周期で溜まりに溜まった人類の負の感情から生まれて、ウジのように湧き出す異形の存在だ。奴らの大量発生――“魔侵”と呼ばれる災害、それのせいでこの世界における人類文明は記録には残っていないが、何度も壊滅寸前まで追い込まれているようだ。それは、彼の周りを見てわかるとおり現在進行形で、である。
魔生物は基本は人類を皆殺しにするのが行動原理だが、運良く目の前の個体は人畜無害のようだ。
男がなんとかその場を立ち去ろうとした瞬間のことだった。
――閃光。
網膜が焼き切れるほど鮮やかで鮮烈な光が駆け抜けたかと思えば、魔生物は皮膚と骨をぶちまけながら消滅。辺りに残ったのは紫色の体液のみであった。
その閃光の出処を辿った彼の眼が納めたのは、禁忌に触れたと心胆から錯覚するほど、美しい女性の姿であった。
「大丈夫かな。今のは人畜無害に見えたけど、いわば品定めをしている状態だったから危なかったよ」
脚まで届くほど長い白髪に、宝玉のように煌めく白い瞳。平均的な男の身長を優に超える背丈ながら女性らしい体つきで、ローブのような白のワンピースを身に纏っていた。彼女は、機械でできた杖を頼りに歩みよってくる。
「
男は思わず口にした。
おそらく『ハイアピ』でも屈指の人気を誇るキャラクターだから、一瞬だが興奮せずにはいられなかった。
「あら、私も有名になったものだね」
「……失礼。腕の立つ魔術師と、風の噂で聞いたまでです」
角が立たぬよう、男は返答する。自分でも引くレベルの冷静さだった。
――なぜなら、この世界では冷静さを欠けば死なぬから。
「今の日本は何処も安全じゃないのは知ってるよね。こんなところを手ぶらで歩けるくらいには、なにか目的があったのかな?」
ごく一般的な可愛らしい女性の喋り方なのに、この世界を俯瞰的な立場から知った彼からすれば威圧感のある声色にしか聞こえなかった。
「…………俺はこんな世界でも生き残れる力が欲しい。魔術師の師を求めて、彷徨っていたところです」
固唾を飲んで彼は答える。
事故にあった瞬間のことが、不吉にも頭を過ぎったのだ。一瞬ではあるが痛かった、あらゆる負の感情が内側から湧き出た。あんな経験二度と御免だった。
「……呆れたよ。とんだ大馬鹿ものがいたものだね。こんな世界でも多少の通信技術は生きてるっていうのに……」
メシアはため息まじりに男を見下ろす。
「ついておいで。私がヒマで良かったね」
杖を基準に踵を返したメシアは、微笑みとともに男を一瞥する。
男は自分の冷静さが怖かった。
だがそれは『ハイアピ』の世界を良く知っているからこそと言える。
『ハイハリード・アピール』はファンからこう言われる“推しを作っていけない作品”と。
つまりは人が容赦なく、なおかつ惨たらしい死に方をするのが当たり前の世界ということだ。
彼が魔術師になりたい理由は、『もう一回死にたくないから』に他ならない。
しかも、二回目の死が惨たらしいものなんて絶対に御免だったからだ。
◇
「まず大前提……“魔術”というのは才能だ。生まれつき肉体に刻まれている先天性のもの。後天的に身につけることは不可能なもの。自分に魔術が無かったら、君はどうするつもりかな」
男は、メシアの住む家に招かれた。
あちこちで焚き火からの狼煙が立ち昇る荒れ果てた住宅街を基盤とした集落。その中で一際大きな、朽ちた豪邸がベースとなった廃材建築が彼女“たち”の家だ。
「仮に魔術は無くとも
「流石命知らずなだけはある。勉強してるんだね」
メシアは軽く拍手をするような仕草で彼を賞賛した。
吊るされたランプ一つの空間での彼女は、いっそう儚げに見える。
この作品は異能力バトルもの。“魔術”というのは簡単に言えば異能力。“
「あ、忘れていたよ。君のお名前は?」
(忘れるなよ)
メシアに聞かれ内心ツッコむものの、前世と同じ名前を使うのは気が引け返答に時間を要した。
「アルメンといいます」
「よろしくアルメン。君にご加護を授けてあげようね」
そうして、男――アルメンの魔術師になるための修行は早速幕を開けた。
そして早くも、幕を閉じそうになった。
基礎的なAE操作は、驚くほど早く覚えることはできた。メシアの教え方の賜物かもしれないが、自身を俯瞰的に捉えること、メシアに笑顔でビンタされ続けることで感情をコントロールすることを覚えたことが決め手だった。
それが仇となり、いざ魔術を使おうとなったところで彼は魔術なしであることが判明する。
ロンギヌスは酷く落胆した。同時に、深く絶望する。
異能力バトルモノで能力なしは流石に怖い。確かに無能力で能力持ちに立ち向かえるだけのキャラは原作にも何人かいるが、それはそれ、これはこれだ。
――駄目だ、生き残れる気がしない。
次の死に方を想像する。魔生物に群がられて半殺しのまま喰われる、ならず者魔術師にいたぶられながら出血死――考えれば考えるほど悪くなっていく。
「落ち込んでる場合かな。私は、修行する前のキミの言葉をよーく覚えているよ」
肩を落とす彼の傍らで、煽るように言うメシア。
魔術が使えないとなれば、魔術師として(もはや魔術師と呼べるのかは怪しいが)最低限戦えるようにするには基礎を徹底的に固めるしかない。AE関連の技術はいわば英単語や文法のようなもの。覚えれば覚えるだけ応用が効く。
「魔術なしの魔術師は何人か知ってる。彼彼女らが使うのは三つだ。AEを単純に形にするリバスト、AEで肉体を強化するパワバフ、AEで擬似的に魔術を再現するシミラムだ。それらを徹底的に身体に叩き込み、あらゆる場面で応用できるのが魔術なしの完成形だね」
淡々と説明するメシア。このセリフは、原作にもあったことを何となくで思い出し鳥肌が立つ。
ランプの灯が止められた。
暗闇が辺りを包み込んだかと思えば、廃材の隙間から煌めく羽衣が入り込んできて、闇に慣れようとしていた視神経を突き刺した。
「おやいけない。朝が来ちゃった。少し休憩しようか」
その光を見て目が覚めた。
一度決めた覚悟を、やすやす折るわけにはいかない。絶対に、この世界では長生きしてやるんだ。
◇
「メシア様……ようこそおいでくださいました。」
その日の昼食は集落で彼女が行きつけにしている飯処に連れて行かれた。
食欲を唆る良い香りを大気に放つ、廃材で作られた大きめの屋台のような憩いの場所だ。
「いつもの物でよろしいですな」
「ええ、この子にも」
「新しく"お作りになられた"のですか……?」
店主の不穏な発言も、原作を知るロンギヌスには何の驚きもないものだ。
「私はまだ、家族以外の男性と手を繋いだこともないのですよ」
「……おやおや、これは失礼しました」
そんなこと知る由もない彼女は、彼に配慮して場を濁す。
この集落を護る魔術師として、彼女は神のように慕われている。圧倒的な魔術の才、それを持ちながら高圧的でない態度を併せ持つのだから当然だ。
出された食事はどんぶりに敷き詰められた米の上に、特製タレを絡めて炒められた肉と野菜が乗ったもの。彼のより、メシアのもののほうが明らかに量が多い。
いただきます、と前世と変わらぬ礼儀を見せてからロンギヌスは空きっ腹にそれをかき込む。
せっかくの会話の機会。
「先生。なぜ俺を指導してくださったのですか? ならず者で流浪者の俺を」
「君が指導してくれと言ったからだよ」
「そうではありません。何かこう……先生なりの想いを聞きたいのです」
ロンギヌスの問いに、メシアは笑い捨てるように答える。どんぶりに目をやれば、いつの間にか半分無くなっていた。
「想いか。そういった類のものは、魔術師をやってると次第に分からなくなってくるんだよ。魔術なしの君は特にね」
魔術。その源は人間の感情だ。基本的には負の感情だが、魔術師をやる上では正の感情すらもAEに変換する。
「そうだね。強いて言うなら、私は何か安心が欲しいのかもしれない。こんな集落に身を潜めて自分のために生きる私が、大変な世の中に何か残したいという、捨てたはずの欲望を抱いているのかもしれない」
どんぶりを平らげた彼女は、長い睫毛の麓に輝きを伏せながら、儚げな声音を吐露した。
「ごめんね、正直なところ分からない。でも、私は君への指導をやめるつもりはないとだけ言っておく」
そう言って彼女は、ナプキンで口周りを拭った。
◇
一度彼女の家に戻り、消化を待ってから午後の修行に入った。
彼女の家、とはいうが玄関から入ってすぐの三部屋しか入れてもらえない。彼女の抱える秘密を知っている彼からすれば、納得のいくことであったが。
メシアに連れられてやってきたのは、集落から少し離れた都市部の残骸地。高層ビルが横倒れで立ち並ぶそこは、異様な気配が四方八方から危機察知センサーを煽ってきた。
「何もないところでAEを出したりするのはもう飽きたでしょう? 魔術師は実践あるのみ」
そう微笑むメシアが懐から取り出したのは、鞘に納められた剣であった。彼女の杖と同じく機械で作られており、日本という舞台に似つかわしくない西洋の剣だ。
ロンギヌスは鞘から刃を引き抜き、そこにAEを乗せてみる。
ぼんやりと眺めるように凝視すると、刃に纏わり付く赤黒いモヤが確認できた。成功だ。あとはこれを持続できるかどうか。
「じゃあ頑張って、死なないように」