一応天空闘技場編の構造は纏まりました!(頭の中に…)
あと前話の文も含めてサブタイトルを修正、統一しました
200階の観客席は、別世界だった。
下層の試合とは客層が違う。野次や黄色い声が飛び交う喧騒の代わりに、低く張り詰めた静けさがある。観客の一人一人が、それぞれの目的と理由を持ってここに座っている——そういう種類の緊張感だ。
カイウスは最上段に近い席を選んだ。全体を見渡せる位置。アリーナからは遠いが、それでいい。今日は戦いに来たのではなく、見に来たのだから。目に「凝」を施す。オーラを両目に集め、視野の解像度を引き上げる。遠距離でも念の動きを逃さないよう、感覚を研ぎ澄ます。
試合前、アリーナの中央に二人の男が歩み出た。
一人はヒソカ。言うまでもない。
もう一人——カストロ、という名の男だとカイウスは事前に聞いていた。ヒソカとは古い因縁がある、とも。体格は良く、鍛え抜かれた体躯には迷いがない。強い男の歩き方だ。だが——
(ヒソカの方が、一枚上だ)
立った瞬間から分かった。殺気でも威圧でもない。ただ存在の「密度」が違う。カストロが放つ念の圧は確かに本物だが、ヒソカのそれはその全てを包んで余りある。
試合開始の合図が鳴った瞬間——空気が変わった。
カストロが纏ったオーラが、突如として人の形を取った。彼自身と瓜二つの「分身」。具現化と操作の複合能力——分身は独立した動きでヒソカへ肉薄し、本体と同時に攻撃を仕掛ける。観客席がどよめく。
(面白い。攻撃の手数が倍になる。対処の難度は単純な二倍以上だ)
しかしヒソカは、笑っていた。
嬉しそうに、楽しそうに——あるいは退屈そうにすら見える表情で、分身の攻撃を捌いている。数合の交錯の後、カイウスにはおよそのことが見えてきた。
ヒソカは「本体」と「分身」を見分けている。どこかに識別の根拠がある。おそらく念の質——具現化した分身のオーラは、本体のそれとわずかに性質が異なるはずだ。念の「起点」が違う。
人間の意思から直接発せられる念と、能力によって操られた念の人形が放つそれとでは、根本的な流れ方が異なる。ヒソカはその差を直感的に掴んでいる。
(だとすれば、カストロはこの戦法を封じられている。分身の意味が、最初から半減している)
カストロも気づいているはずだ。だから——動き方が変わった。本体が後退し、距離を取り始める。長期戦に持ち込むつもりか。そこで、カイウスの「凝」が何かを捉えた。
——ヒソカの右手。ごくわずかに、何かが伸びている。
念の糸——いや、糸よりもずっと面積が広い。薄く、膜のように広がる何かが、ヒソカの掌からカストロの体へと、静かに、気づかれないように貼りついていく。
「隠」だ。
オーラを消している。表面上は何もない空間に見えるが、「凝」で見れば確かにある——粘性を持ったオーラの膜が、カストロの体のどこかに接着されている。
(あれが……)
カイウスは観客席で静止したまま、意識を研ぎ澄ませた。
変化系。オーラの性質を変える能力。あの粘膜状の念は、ゴムと同じ性質に変化させている——弾性と粘着性。伸びて、引き戻す。「バンジーガム」と呼ばれる能力。
しかし、カストロには見えていない。当然だ。「隠」で消してある。カストロが「凝」を使っていない限り、あの膜の存在に気づく術はない。問題はここからだ、とカイウスは思った。
(能力そのものは読んだ。だが、ヒソカがいつそれを使うかを悟らせない立ち回りが——)
見事だった。ヒソカは能力を使いながら、使っていない素振りを完璧に演じている。踏み込むタイミング、腕の振り、重心の移動——全てが「素手で殴りに行く人間」の動きだ。バンジーガムを張っている手の動作が、ただのフェイントや牽制に見える。
カストロは分身の制御に意識の大半を割いている。本体の防御も緩めていない。だが——その「守っているつもりの隙間」に、静かに膜が貼られていくことには気づけていない。
(巧い。能力を使うことと、能力を悟らせないことを、完全に切り離して制御している)
格闘技術でカストロを圧倒しながら、その陰でバンジーガムを仕込んでいく。前者が本命に見えて、後者が本命だ。しかもその構造すら、カストロには見えていない。
数合の激しい交錯があった。
カストロが距離を取ろうとした瞬間、ヒソカの指先がわずかに動く。次の瞬間、カストロの体勢が崩れた。見えない何かに引かれたように。
バンジーガムが機能した。体の軌道を操作されたヒソカの掌が、カストロの頭部を捉える。
轟音。
分身が霧散して、カストロが吹き飛ぶ。
観客席が静まり返った後、爆発的な歓声が上がった。カイウスは声を上げなかった。ただ静かに、目を細めてアリーナを見下ろしていた。
倒れたカストロを、ヒソカが見下ろしている。遠目にも分かる——あの男の目には、もうカストロへの興味が残っていない。勝負が決した瞬間に、全てが終わる。それがヒソカという人間だ。
(能力は読めた)
カイウスは静かに息を吐いた。
(「隠」の質も、バンジーガムの性質も、大まかには把握した。だが——)
それと、ヒソカに勝てるかどうかは、まったく別の話だ。
能力の構造を知ることと、その能力を持つ人間に対処することは違う。ヒソカの本当の恐ろしさは、バンジーガムそのものではない。あの「悟らせない立ち回り」——情報を制御しながら戦える、あの頭の回転と胆力だ。
カイウスの「解」も「隠」を使う。不可視の斬撃で相手の知覚を欺く。
だが、ヒソカが相手ならば——自分の「隠」も看破される。それは考えておかなければならない。
(すごい、とは思う)
カイウスは背もたれに体重を預けた。
(だが、あれが答えにはならない。少なくとも…俺の答えには)
「強い者を見つけてぶつかる、その瞬間のために」——ヒソカはそう言った。その生き方は純粋で、ある種の美しさすら持っている。だが、それはヒソカの答えだ。
自分の答えを、どこで見つけるのか。
カイウスはまだ、分からなかった。
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試合から数日後。
カイウスは空いたトレーニングルームを借り、一人で「解」の反復練習をしていた。
指を弾く。不可視の斬撃が空気を断つ。対象の練習用ダミーに、見えない切れ込みが刻まれる。何度目かの射出の後、カイウスは動きを止めて腕を下げた。
(カストロの分身を、ヒソカは見分けた)
そのことが、まだ頭の中にある。
「凝」——オーラを目に集中させることで、通常より精度高く念を看破する技術。念能力者ならば習得して当然の基礎だが、その精度は使い手によって天と地ほど差がある。ヒソカのそれは、おそらく常人の比ではない。
では「隠」はどうか。
カイウスの「解」が強力なのは、「隠」と組み合わせているからだ。斬撃を不可視化することで相手の知覚から切り落とす——理屈の上ではそうなる。しかし…
(ヒソカ級の「凝」を持つ相手なら、隠した斬撃すら見える可能性がある)
それは、カイウスが抱えていた課題だった。
「隠」は完璧な不可視ではない。念の流れそのものを消すわけではなく、あくまで「表面上のオーラを消す」技術だ。深度の高い「凝」を以てすれば、隠した念の輪郭を捉えることは理論上不可能ではない。
対策は二つある。
一つは「隠」の精度を極限まで上げること。
そして、もう一つは——速度だ。
どれほど精密な「凝」を持つ相手でも、知覚が追いつかない速度で放てば見切れない。念の流れを「感じる」前に、斬撃が届く。
(ただし、速度を上げれば威力が落ちる)
それが「解」の根本的なトレードオフだ。速く放つほどオーラを込める時間が減り、込めるオーラが少なければ威力は落ちる。威力を上げようとすればチャージに時間がかかり、相手に察知される隙が生まれる。
カイウスは再び指を構えた。
(速度と威力を両立させることはできない。それは発の構造上、変えられないことだ。ならば——「どちらを選ぶか」の判断精度を上げるしかない)
相手の能力、距離、状況、オーラの残量。それらを瞬時に計算して、最適な「解」を選択する。数撃を組み合わせることで、単発では達成できない効果を生み出す。
低威力・高速の見えない斬撃を複数連射して相手の注意を分散させ、その隙に中威力の一撃を差し込む。あるいは速射で相手の動きを誘導し、読んだ回避先に高威力の一発を叩き込む——。
(「解」は一発の砲弾じゃない。使い方次第で、弓にも罠にも、撹乱兵器にもなる)
カイウスは続けて十二発を連射した。ダミーに刻まれた切れ込みが、複雑な軌跡を描いていた。
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その翌日。
廊下でゴンとキルアに出くわしたのは、まったくの偶然だった。
二人は揃って真剣な顔をしており、どこかへ向かう途中らしかった。
「カイウスさん」ゴンが気づいて声をかけてくる。「今日、ウイングさんに「凝」と「隠」を教えてもらえることになったんです!」
「ウイング」
「ズシの師匠で、すごく丁寧に念を教えてくれる人で」
カイウスは少し考えた。ウイング——名前は聞いたことがある。しっかりした念の使い手だという評判だ。
「そうか。頑張れ」
「カイウスさんは「凝」できますか」
「できる」
「「隠」は」
「それも」
キルアは少し考えるような顔をした。
「……だよな。あの斬撃、見えないもんな」
「基礎の技術は、積み上げ方で全然変わる。きちんと習って損はない」
ゴンが「はい!」と元気よく答えた。キルアは無言だったが、微妙に態度が柔らかくなった気がした。二人が廊下を歩いていく。その背中を見送りながら、カイウスは思った。
あの二人の成長は速い。才能の密度が違う。自分も十八年かけて積み上げてきたが、あの黒髪の少年が持っているのは——積み上げた量ではなく、積み上げる速度の才だ。
どこまで伸びるか、まだ見当もつかない。
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その夜のことだった。
カイウスが食堂で一人、遅い夕食を取っていると、向かいの席に誰かが座った。
「隣いい?」
許可を求める言葉だったが、すでに座っている。
カイウスは顔を上げた。
二十歳前後の女性だった。肩のあたりで切り揃えた茶色の髪。緩い色のジャケットに動きやすそうなパンツ。格闘家らしい体つきだが、どこかふわりとした空気をまとっている。目がよく動く。好奇心の強い目だ。
カイウスは何かを言うこともなく、上げた顔を再び下げた。
「あー、やっぱり怒られるやつ?」
怒ってはいない、とカイウスは思ったが、訂正する気にもなれなかった。
女性はトレーを置き、箸を手に取った。まるで旧知の仲のような自然さで食事を始める。
「カイウス=ケイランでしょ。有名だよ、あなた」
「……そうなのか?」
「この階の念使いで知らない人いないと思うけど。見えない斬撃の全勝男、って感じで。あ、私はリラ。リラ=ファルツって言います」
「カイウスだ」
「知ってる」
リラ——彼女は名乗りながらも視線はスープに向けていて、威圧感というものが微塵もなかった。自然体、という言葉が体に染みついているような人間だ。「お前は強いのか?」と思わずカイウスは聞いた。
「そこそこ、かなあ。あなたほどじゃないと思うけど」リラは少し首を傾けた。
「変化系なんだけど、なんか「あなたは面白い相手と戦えるところに行け」って師匠に言われて、流れ着いたらここだった、みたいな」
「師匠に言われて来たのか」
「うん。あ、怒ってる?」
「怒ってない」
「なんか顔が怒ってる人みたいだから」
カイウスは何も言わなかった。よく言われることだが、反論する気も起きない。リラはしばらく食事を続けた後、ふと顔を上げた。
「ねえ、カイウスって、なんで戦ってるの」
「……なぜそれを聞く」
「なんとなく。あなた試合中も試合後も、ずーっと何か考えてる顔してるから」
カイウスは少し間を置いた。
「答えを探している」
「なんの答え?」
「力を、なんのために使うかの答えだ」
リラは「ふうん」と言った。怪訝でもなく、馬鹿にするでもなく、ただ聞いた言葉をそのまま受け取るように。
「それ、ここで見つかりそう?」
「分からない」
「正直だね」リラは笑った。気負いのない、明るい笑い方だ。
「まあでも、そういう答えって旅してたら転がってくるもんじゃないの。一個所にじっとしてたら転がってこないっていうか」
「旅か」
「うん。あ、ついでに言うと」リラは軽い調子で続ける。
「私、今パートナー探してるんだよね。一人より二人の方が都合いいことが多いから。どう?」
あまりに唐突な話の展開に、カイウスは少し面食らった。
「……俺と組むつもりか」
「候補の一人、ってことで。嫌なら別にいいんだけど」
「根拠は何だ。俺と組む理由がわからん」
「んー」リラは天井を見上げた。「あなたの「解」って、放出系でしょ。私の変化系と相性いいかなって。あと単純に強そうだし」
「単純だな」
「シンプルが一番じゃん」
カイウスは答えなかった。リラはさほど気にした様子もなく、また食事に戻った。
「急いで決めなくていいよ。しばらくここにいるつもりだから」
「……そうか」
カイウスはスープに視線を戻した。
断る理由を探したが、見つからなかった。強いか弱いかはまだ分からない。だが——この女性の「念の気配」を、カイウスはまだ正確に読めていなかった。「絶」を使っているわけでもないのに、念の輪郭が掴みにくい。変化系の、それも癖のある使い手特有の「ぼかし方」がある。
(侮れない、か)
「一度、お前の力を見せてもらう」
カイウスが言うと、リラはぱっと顔を明るくした。
「いいよ! 明日予定入ってないから、模擬戦でもする?」
「それでもいい」
「やった。楽しみ」
本当に楽しみにしているように見えた。
カイウスには、その感覚がよく分からなかった。強者と戦う高揚感ではなく、純粋に「やり取り」を楽しもうとする種類の感情。ヒソカとも、ゴンとも違う——もっと日常的な、屈託のない前向きさ。
(……変な奴だ)
そう思いながら、カイウスは黙って食事を続けた。
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深夜。
トレーニングルームで一人、カイウスはまた「解」を放ち続けていた。速射。中射。高威力の一発。連射からの誘導。繰り返す。繰り返す。
ヒソカ対カストロの試合は、一つのことを教えてくれた。
上位の念使いは、互いに「視る」ことと「隠す」ことの高度な攻防を行っている。カストロの分身は「見抜かれた」ことで意味を失った。どれほど精緻な能力も、その構造を見破られた瞬間に有効性は半減する。
では「解」は。
不可視の斬撃——それは「隠」に依存している。「隠」が破られれば、「解」は単なる遠距離の斬撃に成り下がる。それでも十分に強力だが、最上位の相手には通じなくなる可能性がある。
(ヒソカと戦うとしたら)
まだ遠い話だ。しかし考え続けることに意味がある。
「解」だけでは足りない場面が来る。まだ使っていない札はある。
それぞれをどう組み合わせるか——戦いは、発の性能だけでは決まらない。どの局面でどの札を切るか。その判断が、勝敗を分ける。
カイウスは最後にもう一発、高威力の「解」を放った。
ダミーは両断され、崩れ落ちた。
静寂が戻る。
明日、リラ=ファルツの実力を見る。パートナーに値するかどうか——それを、自分の目で確かめる。
そして、いつかヒソカと戦う。
その時までに、答えを見つけられるだろうか。
カイウスは照明を落とし、トレーニングルームを後にした。
勢いで登場させたオリキャラーーリラ=ファルツ
どういう立ち位置に落ち着くのか、私にもわからないッ!