翌朝。
カイウスが指定した時間に訓練室へ行くと、リラはすでに来ていた。壁際で軽くストレッチをしながら、カイウスを見てひらりと手を振る。
「おはよう。来てくれたんだ」
「来ると言った」
「来ないかもって思った」
「断ると言わなかった」
リラは「それもそっか」と笑った。
カイウスは室内を確認した。広さは十分だ。障害物はない。床はコンクリートで、天井まで六メートルほど。壁は念での破壊を想定した強化素材だ。この闘技場の訓練室としては標準的な仕様だった。
「ルールは?」とリラが聞いた。
「降参か、動けなくなるまで。殺傷は抜きで」
「了解。私から仕掛けていい?」
「好きにしろ」
二人は向き合い、間合いを取った。リラの念の気配が、じわりと広がってくる。昨夜感じた「掴みにくさ」が今は更に濃くなっている。変化系特有のオーラの揺らぎ——性質を変えたオーラは、本来の念の流れ方とは異なるパターンを持つ。それが「読み」を難しくする。
(どう来る)
カイウスが構えた瞬間——リラが消えた。
いや、消えたのではない。——跳んだ。
右の壁へ向けて踏み込んだかと思うと、壁面を蹴った足が異音を立てた。ゴムが弾けるような、圧縮された何かが解放される音。リラの体が壁から射出されるように飛ぶ。天井へ。天井を踏む。また弾ける音。今度は左の壁へ。壁から床へ。床からカイウスの死角——背後の斜め上から。
速い。
単純な移動速度というより、「軌道が読めない」速さだ。通常の人間は重力に従って動く。跳んだら落ちる。壁を蹴れば弾かれる。その物理的な予測が、リラには通用しない。壁や床を踏むたびに加速して方向を変え、三次元の空間を縦横に駆け回る。
背後上方からの拳。
カイウスは体を捻って回避した。直撃は免れたが、拳が肩を掠めた瞬間——
轟ッ‼︎
衝撃が走った。
掠っただけだ。それだけの接触で、オーラの爆発的な反動がカイウスの体を押し流した。命中時の破壊力は、これの数倍以上になる。
(なるほど。「反発力の圧縮」——衝突の瞬間に蓄積したオーラが一気に解放される)
着地したリラが距離を取る。息は乱れていない。カイウスは肩を一度回した。痺れが残っている。
「当たったね」リラが明るく言った。
「掠っただけだ」
「でも効いたでしょ」
否定はしなかった。
(三次元機動の軌道読みは難しい。だが——)
カイウスは指を揃えた。「解」。
低威力・高速の一撃を、リラの着地点の先へ放つ。不可視の斬撃は音もなく空間を走る。
しかしリラは着地せず、床への到達直前で再び跳んだ。床を蹴るより先に壁へ吸着し、軌道を変える。「解」は空を切った。
(吸着してから反発——切り替えのラグがほぼない)
壁に張り付いたと思った瞬間には、もう次の跳躍へ移っている。
だが——数度の跳躍を見ているうちに…
(接地の瞬間は、一拍止まる)
壁や天井を次の跳躍に使うためには、一瞬だけ吸着する必要がある。その「貼りつく瞬間」だけは、軌道が固定される。
カイウスは「解」を三連射した。ひとつはリラの現在位置へ。ひとつは右の壁、次に使いやすい跳躍ポイントへ。もうひとつはその先の天井へ。
リラが右壁への跳躍を回避する。天井も使えない。選択肢を潰した。
行き場を失ったリラが床に着地した瞬間、カイウスは踏み込んでいた。正面から間合いへ入る。右手を相手の左腕へ——。
「◾️」は今日は使わない。だが「触れる」ことの有効性を確かめておきたかった。リラは間合いを割られても慌てなかった。むしろ笑った。
「近距離も出来るんだ」
左腕をカイウスの手から引き抜きながら、空いた右拳を腹部へ。
オーラで固めた腕でブロックする。衝撃が走る。爆発的な反発力——それでもカイウスのオーラ量から生み出される「凝」の密度は、リラの一撃を受け切るには十分だった。
リラの目が、少し変わった。驚き、だろうか。いや、それよりもっと純粋な——感嘆に近い何かだ。
「……すごいオーラ量してるね、あなた」
「そうか」
「そうかって……普通さらっと受けられないよ、あれ」
二人は自然と間合いを離した。暗黙の了解で、一度仕切り直す。
カイウスは正直に言った。
「お前の機動力は厄介だ。軌道の読めなさは本物だ」
「ありがとう。でもあなたの「解」、三方向から来たときはちょっと焦った」
「吸着から反発への切り替え速度が上がれば、あの詰め方は通らなくなる」
「じゃあ鍛える」とリラはあっさり言った。
「接地の瞬間が唯一の隙だ。そこを消せれば、お前の機動は対処が格段に難しくなる」
リラは少し首を傾けた。「……課題を教えてくれるんだ」
「事実を言っている」
「いや、それ親切じゃん」
カイウスは答えなかった。
リラはふっと笑って、床に座り込んだ。「模擬戦、終わり?」
「お前が降参しないなら続けてもいい」
「私は続けてもいいけど——あなたが続けたいかどうかじゃないの?」
思ったより鋭いことを言う、とカイウスは思った。
「……一度で十分だ。能力の概要は掴めた」
「概要ね」リラは苦笑した。
「全部見えてたんだ。まあそんな気はしてたけど」
「全部ではない。反発力の上限と、連続使用時のオーラ消費量はまだ分からない」
「なんか解析されてる感じがすごいね……」
リラは壁にもたれながら天井を見上げた。
「で、どう? パートナーとして」
カイウスは少し間を置いた。
「悪くない」
「悪くない、か」リラは笑った。「褒め言葉として受け取っておく」
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模擬戦の後、一人でトレーニングルームに戻ったカイウスは、壁にもたれて腕を組んだ。
リラ=ファルツ。「流星遊戯(メテオ・ダンス)」。
反発力と吸着力を持つ弾性体へのオーラ変化。
ヒソカの「バンジーガム」と、根っこの構造は似ている。どちらも変化系で、どちらもオーラに弾性を持たせる。しかし目的がまるで違う。
ヒソカのそれは「相手に仕込む」ための能力だ。張りつかせて、引き戻す。相手の動きを操る、罠の性質を持つ。
リラのそれは「自分が使う」ための能力だ。自身の体に反発と吸着を宿して、空間そのものを移動のエネルギーに変える。攻撃時には打撃に反発力を乗せて破壊力を増幅する。
どちらも変化系の弾性能力だが、ヒソカが「罠師」なら、リラは「砲弾」だ。
(自分との相性は)
「解」は遠距離の不可視斬撃だ。相手に向けて撃つ。対して「流星遊戯」は三次元機動による接近戦と、近距離での爆発的打撃が主体になる。
遠距離と近距離。
「解」で相手の動きを制限し、リラが接近して仕留める——その流れは確かに噛み合う。あるいはリラの機動で相手の注意を引きつけている隙に「解」を叩き込む。
(組む価値は、ある)
決定的な弱点もある。リラの機動は「接地面」が必要だ。壁も床も天井もない状況——完全な空中では跳躍の起点を失う。そしてカイウスの「解」は、高威力になるほど発射までのラグが増える。超接近戦では高火力の一発は間に合わない。
互いの弱点を、互いが補う形になりうる。
——それは、悪くない関係だ。
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ある夜、カイウスは廊下でウイングと出くわした。
静かな目をした男だ。念の使い手として誠実な種類の強さを持っている。
「ゴンとキルアの師匠か」とカイウスが言うと、ウイングは少し驚いた顔をした。
「ご存知でしたか」
「二人から聞いた。凝と隠を教わったと」
「ええ。——あなたが彼らに「基礎をきちんと習え」と言葉をかけてくださったそうで。ありがとうございます」
カイウスは少し意外だった。ゴンが話したのか。「あの二人は、どうだ」とカイウスは聞いた。
ウイングはほんの少し間を置いた後、静かに言った。
「……才能という言葉が、陳腐に聞こえてしまうほどです」
それ以上は何も言わなかった。しかし、その一言で十分だった。カイウスは短く頷き、廊下を歩いていった。
翌日、ゴンとすれ違ったとき、何かが変わっているのが分かった。
念の密度が上がっている。「凝」の練度が上がったことで、逆にゴン自身のオーラ制御が洗練されてきている——基礎技術を学ぶことで、土台が整いつつある段階だ。
「カイウスさん!凝できるようになった!」
「見れば分かる」
「えっ、本当!?」
「お前のオーラの動き方が変わっている」
「へぇ~、そんなの分かるんだ」
ゴンは感心したように目を丸くした。
「でもキルアの方がもっと早かったんだ」
「お前も十分おかしい速度だ」
「え?」
「事実を言っている」
少し照れたように笑ってから、ゴンは続けた。
「もうすぐヒソカと試合なんだ」
「そうか」
「ずっと待ってたから、楽しみなんだ!」
「緊張する必要はない。今のお前がどこまでやれるかを確かめるための試合だろう。結果より、そこから何を持ち帰るかの方が大事だ」
ゴンは真剣な顔で聞いていた。それからゆっくり頷いた。
「行け。練習の時間を無駄にするな」
ゴンが駆けていく。その背中を見送りながら、カイウスは思った。
あの少年は、戦いながら変わっていく。ヒソカと戦うことで、また何かが変わるだろう。
(目的がある者の成長は速い)
それだけのことだ。
——なのに、なぜか目が離せなかった。
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その日の夕方、カイウスが廊下を歩いていると、前方に人影があった。
長身。白塗りの肌。ヒソカだった。
壁に背を預けて立っており、カイウスが近づいてくるのを最初から分かっていたような顔をしている。
カイウスは足を止めなかった。そのまま前へ進み、二メートルの距離で止まる。
「奇遇だね」とヒソカは言った。
「待っていたんだろう」
「さあ♣」
嘘をつくときでも、ヒソカは楽しそうだ。カイウスはそれを指摘する気にはなれなかった。
「カストロとの試合、見にきてたよね」ヒソカが言った。「なにか分かったかい❤︎」
カイウスは少し間を置いた。
「お前の能力の構造を、おおよそ把握した」
沈黙が落ちた。
ヒソカは動かなかった。表情も変えなかった。ただ——目の奥の光が、わずかに変わった気がした。数秒後、ヒソカはゆっくりと笑った。
「へえ」
低い声だった。楽しい、というより、深いところへ落ちていくような声だ。
「「おおよそ」ね♠ それは正直な答えだ。根拠のない自信を言わない人間は好きだよ」
「お前の立ち回りは読めていない。能力の構造を知ることと、お前に勝てることは別の話だ」
「それも正直だ」ヒソカの目が細くなる。「ますます楽しみになったよ❤︎」
カイウスはヒソカの視線を受け止めたまま、動かなかった。この男の前では全神経を保ち続けることが前提条件だ。わずかでも気を緩めた瞬間——何かが来る。
「——試合をしよう♣︎」ヒソカが言った。「この間と違う意味で、今度は正式に。予約だよ」
「受けよう」
即答だった。
ヒソカは少し驚いたような顔をした後、また笑った。今度は純粋に楽しそうな、子どものような笑い方だった。
「嬉しいね。日程は追って伝える。——それまでに、今より鋭くなっておいてよ」
「それはこちらの台詞だ」
ヒソカの眉が少し上がった。それからもう一度、静かに笑った。長身が廊下の先へ消えていく。
カイウスは一人残り、ゆっくりと息を吐いた。
心拍数が、わずかに上がっていた。
(ついに来たか)
ヒソカと戦う。それが決まった。
「解」だけでは足りない。さらなる手札を切ることも視野に入れる。だが。
(触れさせてもらえるかどうか、が問題だ)
ヒソカはバンジーガムを持っている。接触を利用してくる能力だ。こちらが触れようとすれば、それ自体がリスクになる。
かといって「解」の遠距離戦だけで押し切れる相手ではない。
(それを考えるための時間が、今できた)
カイウスは歩き出した。
トレーニングルームへ向かう。今夜は長くなる。
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深夜、訓練室でカイウスが「解」を繰り返していると、扉が開いた。
「まだやってるの?」
リラだった。タオルを首にかけており、自分もトレーニングの帰りらしい。
「ヒソカと試合が決まった」
リラは目を丸くした。それから、静かに表情を引き締めた。
「……本気で言ってる?」
「ああ」
「勝てる?」
カイウスは少し考えた。「分からない」
リラは黙っていた。しばらく考えてから、壁にもたれて腕を組んだ。
「何か足りないと思ってる?」
「接触の機会だ。「◾️」が使えれば局面が変わるが——ヒソカはバンジーガムを持っている。接触は相互リスクになる」
「じゃあ」リラはしばらく考えてから言った。「私が練習相手になる?」
「それは」カイウスは言いかけて、止まった。
「——これはお前の試合じゃない」
「パートナーでしょ」
「まだそうと決めたわけじゃない」
「決めてないの?」
今度は間があった。「……悪くないとは言った」
「同じじゃん、じゃあ仮採用ってことで!」
「勝手に決めるな」
リラは笑った。この女は、何につけてもよく笑う。
「でも」リラは真剣な目でカイウスを見た。「答え、見つかるといいね」
唐突な言葉だった。
力をなんのために使うかの答え——それを探してここへ来た、とカイウスが言ったことを、この女はまだ覚えていたのか。
「……ヒソカとの試合で見つかるとは思っていない」
「でも、何かのヒントにはなるんじゃないかな。強い人と全力でぶつかってみると、自分の中の何かが見えたりするから」
「それは…経験則か」
「うん。私もそうやって少しずつ分かってきたから」
リラはそれ以上は言わなかった。
「おやすみ、カイウス。怪我しないようにね」
扉が閉まる。静寂が戻った部屋の中で、カイウスはしばらくその場に立ったまま、右手を見下ろした。
指先にオーラを集める。「解」の手構え。
——今より鋭くなっておいてよ、とヒソカは言った。
(分かっている)
指を、弾く。
不可視の斬撃が、暗い訓練室の壁を断った。
来るべき一戦まで、残された時間は多くない。
原作のヒソカはでカストロ戦で9勝、ゴンに勝って10勝だったと思いますが、今作ではゴンに勝って9勝目となっています。そうしないとオリ主と戦えないからね!
みんなはもう、カイウスの2つ目の発。分かってるよね?w
リラ=ファルツ(変化系能力者)
発ーー『流星遊戯(メテオ・ダンス)』
◯能力
自身のオーラを「吸着」と「反発」の性質を併せ持つ弾性オーラへ変化させる
◯特徴
全身に纏ったオーラへ弾性を付与し、壁・床・天井などへ瞬時に吸着した後、強力な反発力によって自身を射出する。
通常の人間は重力や慣性に従って移動するが、接地面を利用して自由自在に軌道を変えることができるため、その動きは極めて予測しづらい。
三次元空間を縦横無尽に駆け回る機動力こそが、この能力最大の特徴である
同じ弾性オーラを扱うヒソカの「伸縮自在の愛(バンジーガム)」が、対象へ付着させることで戦況を支配する万能型の能力であるのに対し、
「流星遊戯」は自身の身体能力と機動力を極限まで高める近接戦特化型の能力である。
◯短所
・広大な平野や海上など、足場の少ない環境では能力を活かしづらい
・主戦場は近距離であり、遠距離攻撃への対応力は高くない
・高速機動を維持するためには常に周囲の地形を利用する必要がある