その後なんやかんやあり、運送会社【天運送】の上級天使として現在は働いている。
リブラ…アリアの相棒。人間の親から産まれた超純粋な混じりっけのない天然記念物の人間。この世界では親が人間のままでいることが珍しく、死ぬほどおかしいことだったりする。実は割とリブラ自体が厄ネタの宝庫。自分の健康を著しく害するものが好き(酒・タバコなど)。
基本的に不真面目で自堕落だが、それは幼い頃にある施設にて神様的扱いをされており、その時の反動によるもの。
機械的な天蓋を時々隙間に覗かせながら、もくもくと大きな雲が空を覆ってる。昨日見た
いいね。建物の白さも相まって、空と大地は白。そのまんなかに、真っ青で細い水平線ができている。
なんてことのない一風景だけど、ちょっときれいだなって思って、義眼に備わっているフォト機能でぱしゃ!っと写真を撮った。……保存しますか?って確認ログ、撮ってるんだからいらないでしょ。はいはい、保存しまよーぅだ。
ぼけーっと方舟の天盤に寝そべって、そんなことをしていると、明らかに人工雲じゃ味わえない目のしぱしぱを感じた。乾いて涙が滲む。ちょっと痛い。
このご時世、古くさいタバコの
「ちょっと、煙たいんだけどリブラ!」
「……労務規約に喫煙禁止の項目がねぇから、アタシのせいじゃねぇな。
文句あんならウチらの社長にヨロシクたのむぜ、アリア」
そんな屁理屈を持ち出して、吹き抜けになっている天盤に寝そべっていた後ろのわたしに向けて、ひらひらと手を振るリブラ。
喫煙禁止の項目が無いのはこの世界でもう吸うやつなんか居るわけないからなんだけど、リブラはいつもルールの隙間をすり抜けることだけは得意だ。
ちょっとムカついたので、わたしはリブラにお小言を入れやることにする。どこを取ったってお行儀の悪さの擬人化みたいな彼女だけど、今回ご高説を垂れたのは、とりわけ品のないタバコの噛み癖について。
「……現物にこだわるくせに、そうやってタバコを噛み潰すの、悪癖だからやめたらぁ?」
「あ゛──? ……なんかなぁ、なに口に含んでもダメなんだよなぁ、アタシ。 飴とか
「……え、菓子種食べたい。これ終わったら
意地悪のつもりで指摘したのに、リブラが懐かしいお菓子の話をするから、頭からそれが離れなくなって仕方がない。わたしは天盤から降りて、運転してるリブラの肩を叩く。
噛み潰されて少しはみ出た脱脂綿を口もとから行儀悪く覗かせながら、リブラはほうっ……と煙をはいている。
言葉にはしてないけど、この態度はめんどくさいってことらしい。
「…………使わずに余ってる上級天使の権限、使おっかな」
「────はぁ!? おいおい、タンマ! わぁーったって、行くから!」
そんなに公式熾令を出されるの、嫌がらなくてもいいじゃん。ほんとーに嫌なのか、リブラは慌てて方舟の送路に追加コードを入力し始めた。
「こういう時に職権乱用してくんのどーかと思うぜ、アタシは」
「職権乱用っていうけどさ、真面目に学業を取り組まなかったおサボりさんが悪いんじゃない? ほんとーはリブラだって上級天使になれたんだし。 サボらなきゃ、さ」
「……
どの区画も同じ構造をしていてつまらないんだけど、互いを繋ぐ送路を
天国。それがわたしたちの住む箱庭の名前。
E区に到着したわたしたちは、中継ポートに方舟を停泊して、今一度脳内に送られた依頼内容を確認する。意外と委託してくる企業はどれも有名どころで、失敗したら我が社の沽券に関わっちゃう。こーいうところは、しっかりしないとね。
今回のお届けものはE区の集合住宅地、整理番号にして5084に位置する建物に。方舟のトランクを開けて、予め情報圧縮しておいたお届けものを解凍する。
わたしは気持ちのいいドライブだったんだけど、リブラにとっては退屈だったみたいで、色々と作業しているわたしに遅れて、あくびをして方舟から体をゆっくりと出してきた。
「ふぁ〜〜あ……んで、ソレが今回のお届けもの?
「気をつけて触ってよね。 ここから地表に落としたら2週間は謹慎処分で暇になっちゃうんだから」
「ハッ……それこそ最悪、方舟に内蔵されてるデータベースからバックアップして再解凍すりゃいいハナシだろ」
「データログに残るから、それ」
「……あ、マジ?」
「大マジ」
……この感じ、リブラのやつ……わたしとペアじゃないときに何回かその手口をやってるな? いつまでも出世できずにヒラの運送天使のままなのが大いに分かる理由、発見。
社長がそれでもリブラを辞めさせないのは優しさからか、それとも……もはや絶滅危惧種として保護対象になった
わたしも後になって後悔した。世界の常識は子どもが18歳になったその瞬間から機械化を推奨してくるから、まわりに流されるようにしてわたしも脳から子宮に至るまで全てを機械に置き換えてしまった。
鏡を見たとき、自分が自分でなくなっていることにようやく気付いて、やっとそこでアリアという人間の終わりに直面した。どれだけ取り乱して、鏡を叩き割っても、その拳から赤々とした血が流れることはもう無くて。
どうにか元の肉付いた体を戻そうとしたけど、それでも半分は機械で、半分は人工肉でできた中途半端な状態にしかならなかった。リブラも言ったように、
機械でありながら、大昔の言葉で表現すると……オーガニック?的な思想に目覚めた、なんか意識高い感じのお利口さんに。先生たちからは、「自然主義を感じる試みで大変意欲的ですね」なんて、全く嬉しくないお墨付きを貰ったりしたっけ。
不思議なことに、わたしが
リブラはそんな中で親も人間の状態のまま産まれた、本当に純粋な人間。わたしの親は物心つく頃には機械化していたし、リブラのような純人間ではない。さしずめわたしは、画一的に統治された思考群からはぐれたバグみたいなものだろうか。
違和感を抱くはずのない部分に違和感を抱く、馬鹿げた社会の歯車。そう考えるなら、リブラという保護対象として認識されている『人間』っていう単語の意味も、少しわたしの認識している記号とは違うのかもしれない。
そーだなぁ……かなり昔にあったといわれる、動物園とかいうもの。アーカイブされている画像にあるような、檻に閉じ込められている絶滅した動物たちのような、そういうものの扱い。
愛玩物のような、ある種非人道性が垣間見える、そんな社会からの態度でリブラは生かされているのかも。明確にそんなことは言われていないし、当人であるリブラがどー思ってるかは分かんないんだけどね。
「散々落とすな、とかアタシに注意しておいて、アリアこそぼけっとしてんじゃねーか。大丈夫かぁ? アタシが持ってやろーか?」
「……うっさいな。 絶滅危惧種指定って窓際族みたいでいいなって思ってたの。 あーあ、わたしも早く人間に戻りたい……」
戻れたところでリブラのように絶滅危惧種指定はされないけど。純人間の『純』と付くように、わたしはもう純粋な人間とは言えないから。
「んなっ……デリケートなハナシしやがって! アタシゃそもそもンな保護条例要らねぇって突っぱねてんだぞ!」
ああ、意外と世間からの温情でこの仕事が続けられてることは気にしてたりするんだ。リブラって時々分からない。サボりたがってやる気なさそうなのに、なんだかちょっぴり承認欲求が強かったり。
一応仕事ぶりを認められたりでもしたらしっかりとした働き者になるのかな?一回褒めて褒めて褒めまくる方針でやってみたら、リブラってどうなるんだろう。あとで試そうっと。
E区-5084の『5』っていうのは5層を指す。無駄なく機能的に拡張された集合住宅地は各種とても広大な階層に分かれている。
じゃあ084ってそれぞれどんな意味があるのって?わたしにもわかんない。お届け先の隣の部屋は数字が地続きじゃなかったりするし、規則性は見当たらない。
具体的に教えてあげよっか?例えばだけど、右隣のお部屋の数字は、『E-5177』と書いてある。ね? わかんないでしょ?
「なあ、マジでここに注文者はいんのか? さっきから声かけても全く反応ねーじゃんか」
「……あれ? 聞かされてかったんだ。 わたしたちが今運んでるコレ……この住人の『電脳』なんだ」
本日二本目のタバコをうっかり落としそうになりながら、目を丸くするリブラ。天運送にNGはない。運べるものならばどんなものも運ぶ。
というか……おお〜、よく手でタバコをキャッチしたね! 床にも機械ケーブルが張り巡ってるからね、火の用心だ。ま、仕事中にタバコを吸うリブラがそもそもおかしいんだけど。
『電脳』……完全に機械化した人の、人間だった頃は脳を司っていた部分。残念ながら、どれだけ機械化が進んでも、人間は衰えや寿命というものを抹殺できはしなかった。
機械化された脳も、いずれは劣化して衰えていく。今回のお届けものは、数ヶ月前から新品取り替えを要望していた完全機械化した住民のもの。
「うげ……本当に落としたらダメな代物じゃねぇか……ふざけやがって! 天運送のクソ企業が!」
「いや、どんなものでも落としちゃダメだけどね。 まあでもたしかに、色んなものの中でもコレは一番だね」
依頼内容に添付されていたデータの中、別のページに注文者が書き記してくれていた、部屋の暗証番号を入力する。すると、うんともすんとも言わなかった『E-5084』の部屋の扉が自動で開いた。
中にお邪魔すると、生活的な空間はそこに広がってなかった。極限まで壁というものは除去されていて、一室の真ん中に巨大なCPUのような機械が青白いランプを不規則に点滅させて、暗がりで光ってる。
「はい、この
「…………ええっと、生きてんの? 生物としての様相は微生物レベルでドコにもねーけど」
「栄養も言語も、機械化したら全てが無用の長物だしね。
30年くらい前ではおじさんおばさんになったらこの姿になるっていうのが一般的だったんだって。だから、これでも生きてるし、元は人間だよ」
リブラは脳を電脳に置き換えていないから、些細な歴史のアーカイブにさえ接続できなくて、わたしたちの常識と思えるようなものでも全部新鮮にリアクションする。
……そうは言っても覚えてなさすぎ。一応学校の授業でも習ったことなんだけど。
注文者の素体に近づいて、ゴポゴポと電導性の高い液体に浸された、傍から見れば脳みそそっくりの生体機械が収納されているポッドを近づける。
顔認証ならぬ脳認証?っていうのかな。素体の方からピピ!なんて音が鳴って、ポッドが丁度収まるような穴が開いた。その穴に向かって右に回すように押し込むと、ある地点からするーっと自動で入っていって、カチッ!と気持ちいい音を鳴らして止まった。
[────再起動まで60秒。
識別個体@gqa#d%……>認証。
現在地:天国階層『E区-5084』……>認証。
電脳情報を更新:Evo社の最新型モデル……>認証。
!:検知 自身とは違う知的構造体をスキャン……>有害個体ではないと判断……>認証。
再起動します。ようこそ、天国へ─────]
「おお〜、とりあえず上手くいったみたいだねぇ」
「ッハ、アタシん家にある高性能家政婦AIみてーな起動の仕方してんだけど」
まったくリブラ! 機械化っていうのはそんなに良いものじゃないの!すぐにしゅいーん!って起動するようなものは世に流通していないし、そういった素体はごく一部の上位天使にしか供給されないんだから!
さては機械化という奥の深い技術をナメてるね、この女は。この注文者さんの性能が型落ちとは言わないし、なんなら一般的な機械化の素体の中では十分高性能だと思うけど、随分古臭いパーツばっかりなのは確かだよ?
ただ、下町根性侮ることなかれ。わたしたちはあるものを使って色々と良い素体に改造したり、時には企業から推奨されていない機能を搭載したりするの。だから下層市っていうものがあるわけ、わかるぅ?
「どれだけ自分の理想とする機械素体に改造できるか……そーいうのに魂かけてるオタクさんもいるんだよ、リブラ。 この人はその類だったんじゃない?」
[────起動完了。 公共ネットワークから、2体の知能構造体の名称を検索:上級天使アリア 及び 運送天使リブラ と考えられる……>歓迎]
「お招き頂きどーいたしまして。 ……つっても、届けモンはもうアンタに渡したから、すぐアタシたちは帰るぜ?」
[運送天使リブラの言及を精査……>理解。
今回の依頼による正当な評価を算出……>天運送とEvo社には報酬を3割増しで上乗せする]
「ええ〜!? いいの? 太っ腹だねぇ、お兄さん! あ、お兄さんでよかった?」
[性自認の確認……>男。
電子残高の確認……>使い道がなく、口座に腐っている。好きに使って欲しい]
「んじゃ、ありがたく受け取っておくか。 ……ただ、Evo社の最新型モデルを買うくらいの貯金は残しておけよ?
使い道がないってのは
[電脳を除くその他パーツの劣化状況を確認……>忠告感謝する。少しは手元に残す努力はする]
そんなほのぼのとした会話を挟みながら、最後までお兄さんの方に手を振ってお別れをする。きっとすぐにお部屋の扉を閉めることもできただろうに、出ていくまでずっと扉を開けていてくれた。
手足というものはお兄さんにないから、手を振り返してくれることはなかったけど、まあ似たようなことをしてくれたし、無くても手を振ってるって心で理解できたから、よし!
やっぱり天運送はいいね。もうあらゆる全てが進みすぎたこの世界には古臭い職業かもしれないけど、人と人の繋がりを強く感じられて、最後には胸がポカポカする。ま、わたしの心臓は半分鋼でできてるけど。
「……嬉しそうにスキップしちまって。 コケちまうぞ、アリア!」
「いや〜〜〜、わかる? わかっちゃう? 注文者のお兄さんがいい人でとってもやりがいを感じたわたしの喜びが!?」
「あ゛ぁ、 ひっついてくんな! 暑苦しいんだよ! なんで感情表現に合わせて体温が高くなるシステム取り入れてんだこのバカ!」
「あ! わたしがなけなしの給料つぎ込んで手術した感情連動温度調節機能のことバカにしたな!?
リブラはいいよねぇ! そーいうの無くても身体があったかくなったり、さむくなったりするんだもんね!!」
「…………キレるところ、そこか?」
っていうのをマジで書いて欲しいわけ、わかる?