その言葉は、まるで深い湖の底に重い石を投げ込んだかのように、リビングの空気を一変させた。
夕食後の穏やかな団欒──そのはずだった時間は、僕のたった一言で凍りついた。ハルマ父さんとカリダ母さんの表情には、狼狽と困惑が複雑に入り混じっている。
彼らにとって、僕が「プラントへ移住したい」と切り出したことは、単なる引っ越しの願いではないことを痛いほど理解しているからだ。
僕たちの出生の秘密、そしてコーディネイターという存在が、この閉塞した世界でいかに危ういバランスの上に立っているか。
プラントへ渡ることは、穏やかな月面都市コペルニクスでの『擬態』を捨て、不安定な政治の渦中へと自ら飛び込むことを意味する。
それは両親にとっては、我が子を戦火の火種へ突き出すような背徳と恐怖に他ならないだろう。
しかし、僕はもう止まれなかった。
「キラ……」
カリダが、すがるような声で僕の名を呼ぶ。彼女の瞳には、愛する我が子が燃え盛る火炉に手を伸ばしているのを見るような、鋭い懸念と、それを上回る深い慈愛が宿っていた。
「アスラン君と一緒にいたいという気持ちは、分かるわ。でも、プラントへ行くということは……もう、私たちが選んだこの『静かな暮らし』には戻れないかもしれないのよ。あなたは、それが何を意味するか……」
「わかってる」
僕は即答した。言葉にするたびに、喉の奥が熱くなる。
「でも、アスランがいない未来を想像するほうが、ずっと怖かったんだ。今まで、お父さんやお母さんを安心させるために『いい子』でいようとした。でも、これだけは譲れない。僕が僕でいられる場所は、アスランのいる場所なんだ」
それが、打算的な歴史改変の目論見なのか、それとも純粋に親友を失いたくないという少年の幼稚な執着なのか。
自分でも境界線は曖昧だった。
だが、アスランが見せてくれたあの必死な眼差しを思い出すだけで、僕は自分の心臓が、今までにないほど強く、激しく脈打つのを感じる。
それは、原作の記憶という重い十字架を背負った僕が、初めて自分自身の運命を掴み取るための鼓動だった。
ハルマは重い沈黙を守り、深く、苦渋に満ちた溜息をついた。
長い沈黙ののち、意を決したように僕の肩に手を置く。その掌は温かく、同時に震えていた。
「……キラ。お前がそんなに強い意志を、私たちに向けたのは、生まれて初めてだな」
「……ごめんなさい、お父さん」
「いや。……親として、お前を止める権利はないのかもしれない。お前はもう、自分の人生の舵を切ろうとしているんだ」
ハルマの言葉に、カリダが静かに頷いた。
彼女の目には薄らと涙が浮かんでいたが、それを隠すように、母親として精一杯の微笑みを浮かべる。
「わかったわ、キラ。……手続きを進めましょう。ただし、向こうへ行っても、何があっても、二人で助け合って生き抜くのよ。約束できる?」
「うん。……ありがとう、お母さん」
僕は全身の力が抜けるような安堵と、これから始まる未知への昂揚感に包まれていた。まるで世界が、僕の足元で新しい色に塗り替えられていくような感覚だった。
◇◇◇
その日の夕方。夕日に染まる人工の空の下、僕はアスランを公園のベンチへと連れ出した。遠くで街の喧騒が聞こえるが、この小さな空間だけは、二人の呼吸音に支配されていた。
「……え」
僕の言葉を聞いたアスランは、思考が停止したかのように目を丸くした。いつもどんな難題も涼しい顔で解決する彼が、これほどまでに隙だらけの表情を見せるのは珍しい。
「行けることになったんだ。お父さんとお母さん、すごくびっくりしてたけど……許可してくれた」
僕がそう言うと、アスランの顔が徐々に、じわりと熱を帯びて赤くなっていくのが分かった。彼は慌てて顔を背け、手に持っていた鳥型ロボット『トリィ』を弄り始める。
「き、急に……そんな。あんなにここでの生活を気に入っていたのに」
「アスランがいないと、毎日が退屈だからね。僕が怠けてる間、代わりに頭を使ってくれる人がいないと困るし」
わざとふざけた口調で言うと、アスランは「お前は本当に……」と呆れたように、でも、どこか照れくさそうに笑った。
その表情は、僕が知る『アスラン・ザラ』という厳しい戦士の顔ではなく、ただの少年としての柔らかなものだった。
「……ありがとう、キラ」
その言葉は、とても小さく、けれど確かに僕の心に深く刺さった。
僕たちは、コペルニクスの空の下で、同じ運命を共有することを誓い合っていた。原作のキラ・ヤマトが経験するはずだった『孤独な戦い』や『引き裂かれる友情』という残酷な脚本を、僕たちは自分たちの手で塗り替えようとしている。
これが正解なのか、それともより過酷な破滅への道なのかは分からない。遠からず、僕たちは互いの銃口を向け合う立場に置かれるかもしれない。それでも、隣にアスランがいるのなら。
僕たちの物語は、ここで大きく軌道を変えた。
人工の夕陽が、二人の影を長く地面に伸ばす。風が吹き抜け、桜の花びらが舞う。
僕たちはそれぞれの掌の中で、未来という名の小さな翼を抱え、未知なる宇宙へと漕ぎ出そうとしていた。
あっちで一旦物語の総集編振り返りをやったら、投稿登場プラント√が上手い具合に立てられなかったのが、頭の中に勝手に物語を組み立て始めてしまったので出力してみました。
手探りのあのころに比べでどんな兵器をどの程度出して良いのかという塩梅も見えてきてるので。
ぶっちゃけて言うと、ザフトはグレイズ教になるかも……。