プラント最高評議会議長、シーゲル・クライン。
アプリリウス市の中心にそびえ立つ議事堂、その豪奢でありながらも静謐な執務室の中で、彼はふと手を止め、重く冷たい溜息を深く吐き出した。
広々としたデスクの上に山と積まれた書類の束。その大半は、パトリック・ザラが率いる国防委員会から連日のように矢継ぎ早に送られてくる、巨額の新規軍事予算要求および開発承認の決裁書であった。
『TC-OS』の全面実装に伴う士官学校のカリキュラム改訂案およびシミュレーターの換装費用。
『フレック・グレイズ』の専用生産ライン構築のためのプラント工業区画の再編成計画。
戦略級強襲モジュール『ミーティア』に搭載される核エンジンの稼働実証実験の認可。
そして、極限の廃品利用兵器『ドラッツェ』の部隊運用ドクトリンの策定とパーツ回収部隊の編成。
たった一人の、それもまだ十三歳の少年の頭脳が、このプラントという国家の軍事バランスを、いや、地球圏全体のパワーバランスを根底から震撼させている。
書類に並ぶ無機質な数字と恐るべき兵器のスペック群は、その異常な現実をシーゲルに容赦なく突きつけていた。
平和な世界の片隅で、ただ心優しい両親に愛されながらひっそりと生きる。
そんな、一般市民としてのありふれた平穏を享受することすら、数奇な運命はあの少年に許さなかったらしい。
ナチュラルとコーディネイターの溝が決定的に深まり、混迷が渦巻き、今まさに取り返しのつかない戦火の大火とならんとするこの狂乱の時代にあって、運命という名の見えざる手は、あの類稀な才能を持たされた少年を歴史の裏側へ手放すことを決して良しとしなかったのだ。
シーゲルは、手元にある身辺調査報告書に目を落とした。
パトリック・ザラら強硬派のトップたちの手に渡り、彼らが信じて疑わないその公式書類には、「ヤマト夫妻は元オーブ国籍の一般人であり、少年はその属人的で突然変異的な才能を開花させた第一世代コーディネイターに過ぎない」と記されている。
だが、シーゲル・クラインは知っている。
それが、少年の身の安全を最低限保障するために用意された、精巧なダミーであるということを。
彼の本当の両親が誰であるのか。彼の真の出自が、いかなる血塗られた歴史の上にあるのか。
L4コロニー・メンデルにおける、生命の倫理を極限まで踏みにじった狂気の遺伝子研究。
ユーレン・ヒビキ博士が、数多の失敗と夥しい数の同胞の犠牲の果てに生み出した、人類の夢と業の結晶──『最高のコーディネイター』。
それが、キラ・ヤマトという少年の正体であった。
もしその真実が、遺伝子の優劣に固執し、武力による地球圏の制圧すら目論みかねないパトリックら急進派の連中に知れ渡れば、一体どうなるか。
あの心優しい少年は一生日の目を見ることはなくなる。
プラントの最も暗く冷たい地下深くの極秘施設に幽閉され、その人智を超えた頭脳が齎す圧倒的な利益と軍事技術を、文字通り最後の一滴まで搾り取られ続けるだろう。人権など存在しない、生きた演算装置としての地獄の惨状は、火を見るよりも明らかであった。
だが、運命の采配はシーゲルの予測を遥かに超えて、あまりにも皮肉で残酷だった。
何の因果か。プラントにおいて最もあの少年を危険に晒しかねない男、パトリック・ザラの実の息子であるアスラン・ザラと、あの少年は月面都市コペルニクスで出会い、誰よりも深く結びついた無二の親友となってしまった。
そして今、親友と両親を守るという無垢で切実な動機から、少年自らが「ヤマト家」という隠れ蓑を脱ぎ捨て、強硬派の最深部であるパトリックの懐へと足を踏み入れたのだ。
結果として彼は、プラントの軍事力を悪魔的に押し上げる巨大な歯車として、自ら進んで機能し始めている。
アスラン・ザラという不器用で優しき少年が彼を見出し、互いが半身のように惹かれ合ったのも、すべては計算を超えた時の運だと言うのならば。
神という存在は、どこまであの少年に辛辣で、悪趣味で、残酷なのだろうか。
「……愚かで罪深いのは、我々大人の方だというのに」
シーゲルは静かに目を伏せた。
戦争という巨大なうねりの中で、懸命に両親と友を守ろうと藻掻く幼き天才の姿。
その痛ましいほどの健気さと、これから彼が歩まねばならない凄惨な血の道のりを思い、最高権力者である政治家は、ただ己の無力さと居堪れない悲哀を深く、深く噛み締めることしかできなかった。
◇◇◇
モビルスーツの量産体制は、統合設計局の予測を遥かに上回るペースで順調に推移していた。
そして、その驚異的な生産効率を根底から支え、プラントの新たな軍事戦略の屋台骨となっていたのは、間違いなくあの異形の小型モビルスーツ『フレック・グレイズ』であった。
その戦略的価値は、単なるカタログスペックの高さを優に超えていた。
もっとも恐るべきは、その欺瞞性である。
装甲を外し、『モビルワーカー』として生産・流通させれば、プラント内に潜伏しているかもしれないプラント理事国の諜報員たちの目すらも完全に欺くことが可能だった。
ザフト初の本格的量産機である『ジン』の存在は、理事国への強烈な威嚇と牽制の意図を含め、大々的なプロパガンダと共に公表された。
しかし、このフレック・グレイズに関しては、その存在自体がプラントの最高機密として徹底的に伏せられている。
仮に凄腕のスパイが工業区画に潜入したとしても、彼らの目には「プラントがコロニーの修繕や資源採掘のために、安価で無骨な小型作業重機を大量生産している」ようにしか映らないだろう。
あの全高わずか13.8メートルしかない不格好な作業機械のどこに、戦艦の主砲たるビーム砲の直撃すら耐え凌ぐ『ナノラミネート装甲』をいつでも容易に着脱できる機構が備わっているなどと、誰が想像できようか。
ましてや、その気になれば核エンジン搭載の超大型アームドモジュール『ミーティア』と接続し、単機で艦隊を壊滅せしめる『強襲機動戦闘艦』に化ける悪魔の機体だとは、神すらも信じまい。
そして、狂気のような一ヶ月が過ぎた。
流石に四週連続となる新型機の図面はもたらされることはなかった。
いや、それが至極当たり前の、正常な現実なのだ。
一機の新型モビルスーツをゼロから構想し、コンセプトを固め、フレームの構造計算からOSとの適合、武装の搭載バランスまでを含めた緻密な図面を引くのに、一体どれほどの時間と、どれほど多数の専門家の頭脳を必要とするか。
それをまるで大衆向けの週刊誌でも発行するかのような異常なペースで、三週連続で叩きつけてきたアスラン・ザラとキラ・ヤマトという二人の少年が、根本的におかしいだけなのである。
とはいえ、彼らの驚異的な頭脳が「弾切れ」を起こしたわけでも、創造性が枯渇したわけでもないだろうことは、パトリック・ザラを始めとする軍の上層部も痛いほど理解していた。
アレほどまでにプラントの過酷な兵站と資源不足に寄り添い、泥臭いまでに合理的なリサイクルMSや、生存率を高める徹底したモジュール構造機を開発した少年たちだ。
その底知れぬ思慮深さを思えば、今は意図して「沈黙」を選んでいると考えるのが自然だった。
そもそも、現在のプラントは人的資源において地球連合に圧倒的に劣っている。
だからこそ、量産型モビルスーツという「絶対的な性能差」によって、メビウスやミストラルを蹂躙し、キルレシオ1対5から1対3という圧倒的な戦果を叩きつけ、来るべき独立戦争を短期決戦で有利に運ぶ算段を立てていた。
そこへさらに、ただのモビルスーツ一機を対MA戦どころか、単独での「対艦隊殲滅戦」を可能にする次元まで押し上げるミーティアという戦略級ジョーカーまで手元にもたらされたのだ。
軍は現在、提示されたこれら新型兵器の生産ラインの確保、量産体制の構築、そして実戦評価試験と並行した部隊運用ドクトリンの大幅な見直しに忙殺され、山積みの課題に悲鳴を上げている状態である。
今は逆に、これ以上新しい兵器の設計図を寄越されても現場の消化能力が追いつかない。
新たな着想を待つよりも、まずは彼らが提示したこれらの『福音』を、確実にプラントの戦力として消化・定着させる期間が必要だった。
それに、何よりも彼らはまだ、たった十三歳の子供なのだ。
祖国のために、あるいは愛する家族のために自らの頭脳を酷使し、未来の防壁を築き上げた彼らに、これ以上の無理を強いる必要はどこにもない。
プラントの大人たち、軍の首脳陣とて、血も涙もない鬼畜外道に堕ちたつもりはないのだ。
今はただ、休ませてやればいい。
来るべき苛烈な時代に向けて、少しでも長く、少年らしい穏やかな時間を享受させてやればいい。
それが、プラントという国家を救わんとする二人の天才に対して、大人たちが示せる唯一の、そして微かな良心であった。
◇◇◇
「はじめまして、キラ・ヤマトです」
「はじめまして。ジャン・キャリーだ。今をときめく君と出逢えて光栄だよ」
プラントの技術研究所の一室。
キラが出会ったのは、白衣を纏った一人の壮年男性だった。
ジャン・キャリー。地球出身の第一世代コーディネイターであり、優秀な工学博士である。
本来の歴史の軌跡において、彼は数奇にして波乱に満ちた運命を辿るはずの男だった。
両親の死を機に、反コーディネイター感情が吹き荒れる地球を離れてプラントへ移住したものの、やがて国内で異常に盛り上がるヒステリックな戦争機運に嫌気がさし、開戦とほぼ同時期に地球へと帰還してしまう。
戦争による憎み合いの連鎖をこれ以上広げないため、彼はあえて地球連合軍に入隊するという道を選んだのだ。
当時、独自のモビルスーツを持たなかった連合軍において、彼は鹵獲した『ジン』を真っ白に塗り替えた機体を与えられた。
その白い塗装は、コーディネイターである彼が戦場で裏切らないよう監視するための、謂わば『目立つ的』としての意味合いであった。
しかし、同胞と戦う己を「ジョーカーのような存在」と自嘲する彼は、戦場で煌めくその白い機体と自身のイニシャルである『J』を重ね合わせ、いつしか『煌めく凶星「J」』という二つ名で畏怖されるようになる。
その後、ロングダガーに乗り換えて参加したパナマ防衛戦では、原型機とも言えるデュエルガンダム・アサルトシュラウドを駆るイザーク・ジュールと互角に渡り合う。最後はザフトのEMP兵器『グングニール』によって機体が機能停止に陥り死を覚悟したが、味方であるザフト兵が降伏した連合兵を虐殺する光景に嫌悪感を抱いたイザークが、無抵抗の彼を攻撃することなく立ち去ったことで一命を取り留める。
ナチュラルでも操縦可能なストライクダガーが本格量産されると軍を追われる形となったが、ジャンク屋組合のロウ・ギュールに命を救われ、のちにラクス・クライン率いる『三隻同盟』に合流。
ここでも白く塗装したM1アストレイに搭乗し、第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦を戦い抜くこととなる。
さらに、恩人であるロウには自身が開発した強化型駆動システム『パワー・シリンダー』を提供し、パワードレッドの制作に多大な貢献を果たした。
戦後はジャンク屋組合に戻り、工学研究に専念しながらも、ユニウス条約の調印式を襲撃しようとしたザフト強硬派の武装勢力をミーティア改を使用して鎮圧するなど、平和のために尽力し続けた歴戦の技術者……それが、ジャン・キャリーという男の本来の姿である。
しかし現在、彼はまだプラントに留まり、こうして技術研究所でキラに穏やかな笑みを見せていた。
平和を愛する彼がプラントを出奔する理由が、未だに「発生していなかった」からだ。
その最大の要因は、他でもないキラとアスランだった。
国防委員長であるパトリック・ザラは今、国内の戦争機運を過剰に煽るような真似をしていない。
本来であれば、圧倒的な物量と人的資源を誇る地球連合に対抗するため、為政者は国民の危機感と敵愾心を極限まで煽り立てる必要があった。
しかし現状は違う。二人の少年から「週刊誌の新兵器カタログ」のように次々と提出された図面が、ザフトの部隊戦術を根底から見直すほどの劇的な変化をもたらしていた。
TC-OSによるパイロット育成の劇的な簡略化。そして、モビルワーカーとして民間市場に流通させながら、いざとなれば即席の予備兵と兵器に転用できる『フレック・グレイズ』の存在。
さらに、当初の予定の倍に膨れ上がった戦力見積もりの中に、単機で艦隊を殲滅し得る決戦兵器『ミーティア』が控えているという事実。
決して楽観視しているわけではないが、これらの圧倒的な軍事的アドバンテージが、パトリックの心に確かな「余裕」をもたらしていたのである。
国民感情をヒステリックに扇動し、無理に軍備増強へと走る必要性が消失したのだ。
さらに大きいのは、パトリック自身の憎悪が限界を突破していないという点だった。
愛する妻レノアは未だ健在であり、隣家にはナチュラルでありながらC.E.きっての人格者であるヤマト夫妻が暮らしている。
パトリックの中には、プラント理事国の横暴に対する強い憤りはあるものの、「地球のナチュラルをすべて滅ぼさねばならない」という病的な殺意にまでは至っていない。
故に、今のプラント国内は「憎悪による戦争熱」に浮かされているわけではない。目前に迫る国難に対して、冷静に結束し協力を要請する──そんな理性的で落ち着いた空気が保たれていた。
それこそが、心優しき工学博士ジャン・キャリーが、祖国を見限ることなくプラントの研究所に留まり続け、この日、キラ・ヤマトという世界を変える少年の手を取るに至った最大の理由であった。
キラが技術研究所へ自ら足を運び、一介の工学博士に過ぎないジャン・キャリーのもとを訪れたのには、明確かつ切実な理由があった。
議題は、彼が設計し、今まさに量産体制に入ろうとしている異端の小型モビルスーツ『フレック・グレイズ』の、物理的な限界と機能拡張の件である。
「……なるほど。全高13.8メートルという極限までのダウンサイジングとモジュール構造。確かにこれは、資源に乏しいプラントにとって革命的な設計だ。だが、君の言う通り『質量』と『トルク』という絶対的な物理法則の壁にはぶつかるだろうね」
ジャンの研究室。空中に投影されたフレック・グレイズのホログラムを前に、ジャンは顎に手を当てて鋭い考察を口にした。
機動性と整備性、そして生産性に全振りしたこの小型MSは、戦場で標準的な全高21メートルの『ジン』と対峙することを想定している。
格闘武装である小型ハンドアックスは、機体の圧倒的な旋回性能と遠心力を利用し、運動エネルギーを刃の一点に集中させることでジンの装甲をかち割るという、極めてピーキーな運用思想に基づいていた。
だが、それはあくまでシミュレーション上の「理想値」である。
実戦の泥臭い乱戦において、常に十分な助走と遠心力を確保できるとは限らない。
純粋な腕力による格闘戦にもつれ込んだ場合、機体フレームの小ささがそのままパワー不足という致命的な弱点として露呈してしまうのだ。
さらに懸念すべきは、あの戦略級モジュール『ミーティア』との連携時である。
ミーティアのウェポンアーム・ユニットは戦艦の主砲クラスの代物であり、それをMSの腕部で直接保持し、宇宙空間で自在に振り回すためには、ジンであっても関節部への負荷が凄まじい。
ましてや小型のフレック・グレイズのフレームと現行のサーボモーターでは、何回かの射撃姿勢の変更で駆動系が焼き切れるか、最悪の場合、腕部ごと自重でへし折れてしまう計算だった。
「ええ。だからこそ、そのパワー不足を根本から解決するための『外付けの筋肉』が必要なんです。……これを見てください、ジャン博士」
キラが手元のデータパッドを操作すると、ホログラムのフレック・グレイズの周囲に、巨大で無骨な新しい装甲パーツのワイヤーフレームが重なるように展開された。
「これは……強化外骨格か?」
「はい。アーマードモジュール『ボクサー』と名付けました」
映し出されたのは、フレック・グレイズの四肢をすっぽりと覆い隠し、機体そのものを一回りも二回りも巨大化させる局地戦用の重装甲パワードスーツ構想であった。
その最大の特徴は、肥大化した『巨腕』である。
フレック・グレイズ本体の腕部マニピュレーターは、このボクサーユニットの巨大なアーム内部のコントロールグリップと直接物理リンクする。
つまり、パイロットのTC-OSを介した精密な操縦信号と本体のモーター出力を、外骨格側の巨大な駆動系にそのまま伝達・増幅させるという、二重構造のパワーアシストシステムなのだ。
「これなら、普段は軽快なモビルワーカーや高機動機として運用しつつ、対艦隊戦や重力下での拠点制圧など、絶対的な『力』が必要な局面に限って、このボクサーユニットを着込むことができます。ミーティアとの合体時にも、この外骨格の腕部が緩衝材とアンプの役割を果たし、巨大なウェポンアームを難なく振り回せるようになるはずです」
「素晴らしい発想だ……。戦術に合わせて機体を着替える。これならば、限られたリソースで多様な局面に完全対応できる。だが……」
ジャンは技術者としての目を細め、ホログラムの関節部分を拡大した。
「問題は、このボクサーユニットの巨大な質量を、本体のフレック・グレイズの挙動と寸分の狂いもなく、かつ爆発的なトルクで動かすための『駆動系』だね。現行のザフトのサーボモーターの延長線上の技術では、このサイズに収まる出力限界を超えている。仮に無理に積めば、熱限界で直ぐに焼き付くだろう」
「その通りです」と、キラは身を乗り出した。
「だから、ジャン博士にご相談したかったんです。僕はプログラムや全体のフレーム設計は組めますが、素材工学や次世代の駆動系に関しては素人に毛が生えた程度です。博士が以前発表されていた、人工筋肉と電磁シリンダーを融合させた高出力アクチュエーターの基礎論文……あれを、このボクサーユニットに組み込めないかと思って」
その言葉に、ジャン・キャリーは目を見開いた。
彼が過去に細々と研究し、未だ実用化の目処が立っていなかった基礎理論。
後に『パワー・シリンダー』と名付けられ、ジャンク屋組合のロウ・ギュールと共にレッドフレーム・パワードレッドを完成させることになる、あの超弩級の出力強化システムの雛形である。
それを、目の前の十三歳の少年は、数多の論文の海から正確に拾い上げ、自らの思い描く機能のミッシングリンクとして提示してきたのだ。
「君は……本当に、恐ろしい少年だな」
ジャンは感嘆の溜息を漏らし、ふっと口元に柔らかい笑みを浮かべた。
「私のあの研究は、現在の人型兵器ではオーバースペックの無用の長物だと、軍の統合設計局からは見向きもされなかった代物だよ。だが……確かにこの骨格に組み込むものとしては、おそらくあれ以上のものはないだろう。君の望む理論値通りの絶対的なパワーを叩き出すことができるはずだ」
「……協力して、いただけますか?」
上目遣いで尋ねるキラの瞳には、兵器を開発することへの無邪気な狂気は一切なく、ただ純粋に「守るべきものを守るための力」を求める、切実な光だけが宿っていた。
ジャンは、戦争の足音に嫌気がさし、平和を愛するが故にこのプラントからいずれ去ろうとすら考えていた男だ。
本来であれば、これほどの破壊兵器の開発に加担するなど、彼の信条に反する。
だが、今彼の目の前にいる少年は、憎しみで兵器を作っているわけではない。
圧倒的な防壁を築き上げることで、結果的に全面的な殺し合いを未然に防ごうとしている。
その哀しいほどの優しさと知性に、ジャンは強く心を打たれていた。
「──もちろんだとも、キラ君」
ジャンは白衣の袖をまくり上げ、自らのデータ端末をキラのホログラム・コンソールへと接続した。
「私のシリンダー設計の基礎データを提供する。TC-OSとの同期シークエンスを一緒に詰めよう。君が描いたこのボクサーの腕に、ジンはおろか、戦艦の装甲すら素手で引き裂くほどの『力』を与えてみせようじゃないか」
プラントの片隅の研究所で、第一世代コーディネイターの天才技術者と、原作の記憶という特異な知識を持つ少年の知恵が、静かに、そして爆発的に交わった。
のちの戦史において、地球連合軍の大型モビルアーマーやモビルスーツすらも真正面からの物理的打撃で粉砕し、戦場に大いなる恐怖と絶望、そして戦争抑止の楔を打ち込むこととなる最凶の重装甲機動兵器『アーマードモジュール・ボクサー』は、こうして産声を上げたのである。