キラ・ヤマトになってしまった… プラント√   作:星乃 望夢

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PHASE-03 小型MSの可能性

 

「……これが、新たなる局地戦対応型モビルスーツか」

 

 パトリック・ザラは、執務室のメインモニターに映し出された設計図を前に、低い唸り声を漏らした。

 

 プラント最高評議会国防委員会は現在、地球降下作戦を見据え、汎用機であるジンでは対応しきれない特殊な局地戦に向けた機体の開発を統合設計局に命じていた。

 

 その第一の回答として上がってきていたのが、重砲撃型モビルスーツ『ザウート』である。

 

 ザウートのコンセプトは、歩行時の機動性を犠牲にする代わりに、ジンを遥かに凌ぐ重装甲と大火力を有するというものだった。

 

 両肩の四連装キャノンによる圧倒的な制圧射撃、そして下半身をキャタピラ駆動のタンクモードへと変形させることで、装甲重量による機動力の低下を補い、地上での高速移動と安定した砲撃姿勢を確立する。

 

 それは地球の重力下における拠点防衛や後方からの火力支援機としては、理にかなった手堅い設計と言えた。

 

 しかし、スラスター類を一切持たないため、活動領域は完全に地上に限定され、宇宙空間での運用は不可能という明確な弱点があった。

 

 そこに、またしてもあのヤマト家の少年から、パトリックの個人的なルートを通じて「最適解」が叩きつけられたのである。

 

『局地戦・特殊部隊用小型可変モビルスーツ──ロト』。

 

 モニターの中で回転するその機体は、ザウートの存在意義を根底から揺るがすほどの異質さと、合理性の極致を体現していた。

 

 全高はわずか12.2メートル。

 

 フレック・グレイズの13.8メートルをさらに下回る、異常なまでのダウンサイジング。

 

 ザウートと同様に、脚部を前方に投げ出し、内部に格納されたキャタピラを展開してタンクモードへと移行する変形プロセスを有している。

 

 だが、ロトの真価はそこではない。

 

 この極小の機体の内部には、パイロットの他に、なんと完全武装の歩兵四名を収容できる『兵員輸送スペース』が確保されていたのだ。

 

 これはモビルスーツという兵器のパラダイムを根本から覆す設計である。

 

 従来、兵員の輸送は装甲車や輸送ヘリの役割である。

 

 しかしロトは、自らが装甲と機動力を兼ね備えた「自走式前線基地」として機能し、敵の防衛線を突破して直接兵員を敵陣の奥深くへと送り込むことができる。

 

 武装も、そのサイズからは想像もつかないほど重武装かつ機能的だった。

 

 両腕はマニピュレーターを廃し、丸ごとミサイルコンテナへと換装されている。

 

 これにより、構造が複雑な腕部関節の整備不良リスクを排除し、圧倒的な生産性と整備性を獲得している。

 

 コンテナの先端にはレーザーバーナーが装備されており、敵基地への潜入時に隔壁を溶断し進入路の形成から、万が一の近接戦闘における格闘兵装としても転用可能。

 

 両肩には主兵装となる200mmキャノンを二基装備。

 

 さらに、左肩には夜間や暗所での作戦行動を支える大光量サーチライト、右肩には対人・対軽装甲用のマシンキャノンを備え、これらは任務に応じて容易に組み替え・換装が可能なモジュール化が施されていた。

 

 両肩の200mmキャノンをメガマシンキャノンに換装すれば、圧倒的な弾幕を展開する対空戦仕様としても完璧に機能する。

 

 フレック・グレイズで培われた『徹底したモジュールブロック構造』は、このロトにおいて、兵装の柔軟な換装という形でさらなる発展を遂げていた。

 

 そして何より、ロトがザウートに対して決定的な優位性を誇るのは、その活動領域の広さである。

 

 ザウートが地上専用機であるのに対し、ロトはその小さな背部バックパックにメインスラスターを、そして両肩や脚部の各所にアポジモーターを密かに内蔵していたのだ。

 

 当然、空間戦に特化したジンや高機動型のフレック・グレイズほどの空間戦闘能力はない。

 

 しかし、宇宙空間での姿勢制御と推進が可能であるという事実だけで、ロトは「コロニー内部の制圧」や「デブリ帯に潜む敵艦への強襲」といった、無重力空間での特殊任務をも単機で完遂できる能力を獲得している。

 

 純粋な装甲の厚さという一点においてのみ、巨躯のザウートに軍配が上がるだろう。

 

 しかし、兵器としての総合的な『戦術的価値』は比較にもならなかった。

 

 拠点防衛や後方からの定点火力支援しか行えない鈍重なザウートに対し、ロトは12.2メートルという極小サイズゆえに敵のレーダー網や目視から逃れやすく、タンクモードでの高速移動によって前線へと駆け抜け、歩兵部隊を敵基地の心臓部へ直接投下する。

 

 破壊工作や拠点制圧、両腕のミサイルコンテナと肩部のキャノンによる前線への飽和火力支援、そしてアポジモーターを駆使した機動戦を絡めながらの移動砲撃。

 

 これらすべてを、たった一機種で、しかもジンやザウートの半分近いコストと資材で実現してしまうのである。

 

「兵站、整備性、生産コスト、そして部隊運用の柔軟性……。またしても、私の、いや、統合設計局の想定を遥かに飛び越えてきおった」

 

 パトリックは、ロトの図面を食い入るように見つめながら、深いため息をついた。

 

 ザウートの生産ラインはすでに準備が進められていたが、即座に計画を白紙撤回し、このロトの量産へとリソースを全振りすべきだという理性が、軍トップとしての彼の頭脳に警鐘を鳴らしている。

 

 ヤマト家の少年──キラ・ヤマト。

 

 彼は一体、どれほどの戦場をその脳内に描いているというのか。

 

 フレック・グレイズによる圧倒的な量産・遊撃体制。

 

 ミーティアによる戦略級の艦隊殲滅戦。

 

 ドラッツェによる戦場リサイクルの極致。ボクサーユニットによる局地的な超物理破壊。

 

 そして今回、特殊部隊の運用と拠点制圧に特化した、戦場の「隙間(ニッチ)」を完璧に埋め尽くす極小可変機『ロト』。

 

 彼が引く設計図は、単なる兵器のカタログではない。

 

 それは、地球連合軍のあらゆる戦術、あらゆる物量を、最小の犠牲と最高の効率で完封し、プラントを絶対的な勝利へと導くための『完璧な戦争の脚本』そのものであった。

 

「……良かろう。このロトも、直ちに試作機の製造に入らせる」

 

 パトリック・ザラは、誰もいない執務室で、まるで神の啓示でも受け取ったかのような、冷徹で、しかしまったく新しい世界を夢見るような凄絶な笑みを浮かべた。

 

 プラントの未来は、十三歳の少年の手によって、今まさに恐るべき速度で塗り替えられようとしていた。

 

 

◇◇◇

 

 

「お前の頭の引き出しは、一体どうなっているんだ……キラ」

 

「え? なんか変かな?」

 

 ヤマト家にあるキラの自室。

 

 薄暗い部屋の中で青白い光を放つ擬似コックピットに座りながら、アスラン・ザラは深い溜息とともに呆れ声を漏らした。

 

 彼の目の前のモニターには、またしても親友の底知れぬ頭脳から生み出された、狂気じみた新兵装のデータが展開されている。アスランは今日も今日とて、その新型装備のテストパイロットを務めていたのだ。

 

 新たに提示されたのは、アーマードモジュール『ガンナー』。

 

 それ自体が4門の大型ビーム砲とマルチトレース・ミサイルコンテナ、さらには無数のホーミングミサイルを備えた、まるで重爆撃機のような代物である。

 

 最大の特徴は、その特異な合体方式にあった。

 

 ボクサーが外骨格として「着込む」タイプであったのに対し、このガンナーは、モビルスーツが機体後部にバイクのように「跨がって乗る」という方式を採用している。

 

 そのコンセプトの雛形として、戦艦クラスの大口径ビーム砲を機体中央に1門だけ搭載した『メガライダー』という機体の図面も同時に引かれていた。

 

 単一の破壊力と拠点突破力に特化したメガライダーか、あるいは弾幕と面制圧能力に秀でたガンナーか。

 

 アスランの見立てでは、アーマードモジュールの完成形として父・パトリック・ザラへ提出し、より強い関心を惹くのは間違いなく『ガンナー』の方だろう。

 

 MSを局地戦に対応させる際、本体の設計には一切手を加えず、外部ユニットによって機能を強化・拡張する。

 

 超大型強襲ユニットの『ミーティア』も、格闘戦とトルク強化に特化した『ボクサー』も、そして今回の長距離重爆撃ユニット『ガンナー』も、すべてはその思想に基づいている。後付けのモジュールを換装するだけで、一機のMSを瞬時にまったく別の戦術用途へと切り替えてしまうのだ。

 

 それは軍の兵站と運用効率を極限まで最適化する、まさに魔法のような拡張性だった。

 

 コックピットの中で操縦桿を握りながら、アスランの胸中にふと、微かな、しかしひどく人間臭い感情がよぎった。

 

 最近の父、パトリック・ザラはひどく機嫌が良い。

 

 以前のようにアスランに対して厳しく設計図や成果を要求し立てるようなこともなくなり、むしろテストパイロットを務めている息子に対し「あまり無理はするな」と、かつてないほど穏やかに労いの言葉をかけることさえあった。

 

 それは息子として、純粋に嬉しい変化のはずだった。

 

 だが──。

 

(……これらを設計しているのは、全部キラだ)

 

 アスランは、モニターの向こう側でのんきに首を傾げている親友の顔を見つめ、無意識に奥歯を噛み締めた。

 

 父上のあの機嫌の良さも、余裕も、すべてはキラが提供した圧倒的な軍事的アドバンテージがあってこそのものだ。

 

 父の関心は、そして期待は、実の息子である自分よりも、圧倒的な才能を持つ隣の天才少年へと向いているのではないか。

 

 自分は所詮、彼が引いた図面を動かすための「テストパイロット」に過ぎないのではないか。

 

 そんな、燻るようなコンプレックス。

 

 国家の命運を左右する軍事機密の只中にいながらも、アスラン・ザラという少年の中には、父親の愛と承認をひたむきに求める『子ども』の部分が、未だ色濃く残っていたのである。

 

「バカだなぁ、アスランは」

 

 ふにゃりとした、緊張感の欠片もない柔らかな声が、ヘッドセット越しにアスランの耳へと降ってきた。

 

「ばっ……バカとはなんだ! 僕のどこがバカだと言いたいんだ!」

 

 図星を突かれたような、あるいは己の小さな嫉妬を見透かされたような羞恥心から、アスランは思わず語気を強めて振り返った。

 

 しかし、モニターの向こう側にいるキラの表情には、親友を揶揄するような悪意など微塵もなかった。

 

 ただ、本気で呆れたような、それでいてどこか嬉しそうな、無防備な笑顔がそこにはあった。

 

「だって、アスランは全然わかってないんだもん」

 

 キラはコックピットの縁に寄りかかり、データパッドの数値を指先で弾きながら言った。

 

「僕がこうして次々と新しい機体やモジュールの設計を出せるのは、アスランがテストパイロットとして乗り回してくれているからだよ。アスランが極限まで動かしてくれるから、シミュレーション上での粗探しやエラーの修正が完璧にできる。それに何より……僕の引いた無茶苦茶なコンセプト通りに機体を動かしてくれるのなんて、世界中探したってアスランだけだよ」

 

「それは……僕が、お前の意図を読んでプログラムを調整しているから……」

 

「そう! それが凄いことなんだよ!」

 

 アスランの言葉を遮るように、キラは身を乗り出して力説した。

 

「これまで作ってきた色んなもの……ミーティアにしても、ボクサーにしても、このガンナーにしても。ポンと大人の軍人さんたちに渡して、すぐにコンセプト通りにちゃんと乗れると思う? 絶対無理だよ。みんな、今の『モビルスーツはこういうものだ』っていう常識に囚われちゃってるから」

 

 キラの指摘は、極めて残酷な真理を突いていた。

 

 人型兵器の枠を越えたミーティアや、外骨格による二重操縦を強いるボクサー。

 

 これらは、従来の操縦体系や戦術ドクトリンに染まりきった大人の正規パイロットたちでは、その真価を引き出す前に頭がショートしてしまうだろう。

 

「アスランは違う。僕が『こういう風に動いてほしい』って設計したものを、一切の先入観なしに、完璧な操縦技術とシステムへの理解度で体現してくれる。アスランの集めてくれるモーションサンプリングデータがあるからこそ、TC-OSは初めて完成するんだ」

 

 キラはそこで言葉を区切り、アスランの目を真っ直ぐに見つめた。

 

「お父さん……パトリック委員長だって、本当は分かってるはずだよ。僕の設計図がただの『絵に描いた餅』にならず、プラントの未来を救う現実的な兵器になり得ているのは、それを完璧に乗りこなし、実証している『アスラン・ザラ』という最高のテストパイロットがいるからだって」

 

「キラ……」

 

「僕一人じゃ、ただの妄想で終わってた。アスランが隣にいて、一緒に作ってくれるから、現実になるんだよ。……だから、バカなこと考えないで。僕には、絶対にアスランが必要なんだから」

 

 その言葉には、一片の嘘も、計算もなかった。

 

 ただ純粋に、己の半身とも言える親友への絶対的な信頼と依存。

 

 そして、アスランの存在価値を世界中の誰よりも高く評価しているという、真っ直ぐな想いだけが詰まっていた。

 

 アスランは小さく息を呑み、そして、自分の中に燻っていた仄暗いコンプレックスが、春の陽射しに当てられた雪のように、あっけなく溶けて消えていくのを感じた。

 

 自分の小さな嫉妬が、ひどく馬鹿らしく、恥ずかしいものに思えた。

 

「……お前ってやつは、本当に……」

 

 アスランは前髪を掻き上げながら、今度は隠しきれない照れ笑いをこぼした。

 

「仕方ないな。お前のその『妄想』に完璧に付き合ってやれるのは、確かに僕くらいしかいないだろうからな」

 

「へへっ、でしょ?」

 

 再び無邪気に笑うキラを見て、アスランは操縦桿を握る手にぐっと力を込めた。

 

 天才の横に立つのは、誰よりも彼を理解し、その才能を現実の世界へと繋ぎ止めるのは自分なのだ。

 

 その確かな誇りが、少年の胸に温かく満ちていった。

 

 

◇◇◇

 

 

 パトリック・ザラに提出された新たなデータディスク。そこに記されていた名称は、アーマードモジュール『ガンナー』であった。

 

「……アームド、ではなくアーマード、か」

 

 その文字面を見た瞬間、パトリックは一瞬だけ口元を緩ませた。先日の『ミーティア』に記された『アームドモジュール』と名称を混同し、誤字でもしてしまったのだろうか。

 

 世界を根底から揺るがす兵器の図面を連発する息子と隣家の少年にも、そんな年齢相応のうっかりとした可愛げがあるものだと、親としての微笑ましさを感じたのだ。

 

 だが、展開された設計データに目を通した直後、彼のその甘い認識は木端微塵に打ち砕かれることとなる。

 

 名称の違いは、決して子供の誤字などではなかった。それは、兵器としての運用思想の根本的な違いを明確に示すための、緻密に計算されたネーミングだったのである。

 

 一言で表すならば、このガンナーは『ミーティアのダウンサイジング・モデル』であった。

 

 機動性という点においては、戦艦クラスの大型推進器を強引に積んだミーティアには及ばない。

 

 だが、その火力と面制圧力は極力落とさないよう、兵装の配置とエネルギー供給ラインに異常なまでの工夫が凝らされている。

 

 最も特筆すべきは、モビルスーツがバイクのように機体後部へ跨って搭乗するという、その特異な合体方式だ。

 

 MSはガンナー側のグリップを掴んで姿勢を安定させることもできるが、TC-OSの高度なリンクシステムにより、基本的には「ハンズフリー」での完全制御が可能となっている。

 

 これが意味する戦術的優位性は計り知れない。

 

 ミーティアが、その巨大なウェポンアームの重量と反動をMSの腕部関節で直接保持せねばならないという「機体への物理的負荷」を抱えていたのに対し、ガンナーに乗るMSはそれらの負荷から完全に解放されるのだ。

 

 両手が自由になるため、MS自身が別の強力な携行火器を持つことができ、ユニット全体の火力をさらに底上げすることも可能となる。

 

 そして、パトリックが最も舌を巻いたのは、ミーティアと決定的に異なる最大の要素──ガンナーというモジュール自体にコックピットが設けられ、パイロットを乗せた『単一の重爆撃戦闘機』としても独立運用が可能であるという点だった。

 

「なるほど……。ならばわざわざMSを乗せる意味はどこにあるのかと思えば、そういうことか」

 

 パトリックは、恐るべき柔軟性を持ったその運用ドクトリンを読み解き、静かに感嘆の息を漏らした。

 

 これは、ただの強化パーツではない。完璧な『前線輸送兼航空支援機』なのだ。

 

 単体では長距離の大火力や高度な空中戦能力を持たないジンやフレック・グレイズを、このガンナーに乗せて戦域の奥深くへと輸送する。

 

 目標上空に到達した時点でMSを空挺降下させ、パイロットが搭乗しているガンナーはそのまま上空に留まり、絶え間ない爆撃で降下した味方機を直接援護する。

 

 宇宙空間においても、その戦術の凶悪さは変わらない。

 

 重装甲の巨大な一機の機動兵器として敵陣へ突撃し、乱戦の最中に合体・分離の連携行動をとる。

 

 敵からすれば、「一機の大型機を相手にしていたはずが、突然二機に分断されて死角から挟撃される」という、致命的な欺瞞戦術に陥ることになるのだ。

 

 それでいて、機体サイズはミーティアの半分程度に収まっているため、製造コストも抑えられており、量産化のハードルは劇的に低い。

 

 さらに極めつけとして、機体の周囲を特殊な波形のビームで包み込む対ビームバリア機構──『ビームコート』が搭載されていた。

 

 これを展開したガンナーは、戦艦の主砲クラスのビーム直撃にすら耐えうるというのだ。

 

「……恐ろしい少年たちだ。彼らの頭脳は、底というものを知らんのか」

 

 パトリック・ザラは、モニターの中で重厚な輝きを放つガンナーの図面を見つめながら、背筋に冷たい粟立ちを感じていた。

 

 戦術の幅をどこまでも広げ、兵士の生存率を極限まで高め、そして敵を理不尽なまでに蹂躙する。

 

 その完璧すぎる兵器体系の前に、プラント国防委員長の冷徹な心は、深い畏怖と震えるほどの歓喜で満たされていた。

 

さらに、パトリックの手元にはもう一枚の図面が存在していた。 

 

 フレック・グレイズが開示されてから、まだわずか一ヶ月しか経過していないというのに叩きつけられたその派生機の名は、『EWACグレイズF』。

 

 末尾の『F』が、ベース機であるフレック・グレイズを示しているのは明白だった。

 

 だが、その頭部はこれまでの無骨な四角いブロックではなく、誰の目にも明らかな円盤状のレドームと、高度な通信アンテナが生えた特異な造形へと変化していた。

 

 強力な電子戦能力を持たせたその頭部ユニットに換装するだけで、フレック・グレイズは瞬く間に「早期警戒・偵察用小型MS」へと様変わりする。

 

 13.8メートルという極小サイズは、敵のレーダー網や目視による発見を極限まで困難にし、隠密裏に敵陣深くでの偵察任務を遂行するにはこれ以上ないほどのステルス性を発揮する。

 

 さらに、非武装に近い偵察機の生存率と逃走能力を高めるため、背部には大推力の追加ブースターと、三次元的な姿勢制御を可能にするフレキシブル・バインダーが新たに装備されていた。

 

 本来、極限までダウンサイジングされたフレック・グレイズは、その代償として機体内部の余裕がなく「将来的な発展性や拡張性が乏しい」とされていた。

 

 ならばどうするか。少年たちが出した答えは、「機体を弄るスペースがないのなら、機能の異なるブロック(部品)を丸ごと造ってポン付けで載せ換えてしまえ」という、まるで子供のブロック遊びそのもののような、単純明快かつ乱暴なアプローチだったのだ。

 

 だが、百戦錬磨の軍事指導者であるパトリック・ザラは、この一見すると単なる「偵察用のマイナーチェンジ機」に過ぎない図面の裏に隠された、もう一つの恐るべき汎用性に気づいていた。

 

 もし、この機体の頭部をノーマルの戦闘用ブロックに戻し、背部の追加ブースターとフレキシブル・バインダーだけを装備させたならどうなるか。

 

 それだけで、空間戦闘能力を飛躍的に高め、ジンをも圧倒するであろう「高機動型フレック・グレイズ」が完成してしまうのだ。

 

 彼らが、その副産物的な効果に気づかずにこの図面を出してくるはずがない。

 

 あの底知れぬ頭脳を持つ少年たちが、そんな単純な計算を見落とすわけがないのだ。

 

(あえてその仕様書を同梱しなかったのは、我々を試しているのか……?)

 

 パトリックは、図面を見つめながら口元に微かな笑みを刻んだ。

 

 これくらいの応用は、現場の部隊で機体を組み替えて、自分たちで気づいて運用して見せろ──。

 

 それは、自室のコックピットから世界を俯瞰する十三歳の子供たちから、戦争のプロフェッショナルを自負するプラントの大人たちへ向けられた、無言の、そして静かで痛烈な『挑戦状』のようにも見えた。

 

 さらに、パトリック・ザラの驚愕は『ガンナー』という一つの解答だけでは終わらなかった。

 

 ガンナーという「MSを空中輸送し、同時に爆撃機として運用する」というアプローチ。それに加えて、パトリックの手元にはもう一枚、フレック・グレイズの重力下における運用を見据えた別バリエーションの図面が添えられていたのだ。

 

 それは、機体の背部に追加マウントする巨大なフライト・ユニット。

 

 大気圏内飛行を可能とする空力学に基づいた美しい流線型の翼と、専用の高出力ジェットエンジンを搭載。

 

 さらに、両翼下には空対空・空対地を問わず弾幕を形成する「5連デュアルミサイルポッド」を懸架した追加オプション装備──その名も『リフター』であった。

 

 これを取り付けるだけで、フレック・グレイズは単独での長距離巡航と、重力下における三次元空中機動戦を可能とするのである。

 

「……大気圏内での、モビルスーツの運用……」

 

 パトリックは額に手を当て、もはや呆れを通り越して、恐怖すら混じった笑い声を低く漏らした。

 

 現在、プラント統合設計局や軍上層部では、やがて来るべき地球連合との全面戦争──その最終段階となる『地球降下作戦』を見据え、「重力下において、モビルスーツの空中戦をいかにして実現するか」という難題に直面していた。

 

 数十トンの質量を持つ人型兵器が、大気圏内で自力で空を飛ぶなど物理法則に反している。

 

 大型の航空機型サポートメカを開発して乗せるべきか、それとも滞空は諦めて地表スレスレのホバー移動に留めるべきか。

 

 最高峰の頭脳を持つはずの大人たちが、連日のように会議室で侃々諤々の議論を交わし、遅々として最適解を出せずにいる膠着状態だったのだ。

 

 その最中に。

 

 あのヤマト家の密室で、親友同士で肩を寄せ合いながらキーボードを叩いている十三歳の少年たちは、ガンナーという『外付けの輸送機に乗せて飛ばす』解答と、リフターという『機体そのものに翼を生やして飛ばす』解答。

 

 方向性のまったく異なる「二つの答え」を、いとも容易く、同時に叩きつけてきたのである。

 

「専門家どもの苦悩など、あの少年たちからすれば、ただの『パズル遊び』に過ぎないというのか」

 

 パトリックは、空中に展開されたリフター装備型のフレック・グレイズの勇姿を見上げながら独りごちた。

 

 作戦の規模や航続距離、必要な火力に応じて、ガンナーに跨がって出撃するか、リフターを背負って単独飛行するかを現場で選択できる。

 

 徹底したモジュール構造を持つフレック・グレイズだからこそ成し得る、悪魔的なまでの戦術の柔軟性。

 

 まだ大人たちが「どうやって空を飛ばすか」というスタートラインで足踏みしている間に、彼らはすでに「用途に合わせて飛び方を変える」というゴール地点すら通過してしまっていた。

 

 プラントの未来は、もはや大人たちの会議室にあるのではない。

 

 パトリック・ザラは、来るべき地球との凄惨な戦争が、あの二人の少年の引いた図面の上で、ザフトの圧倒的な蹂躙劇として幕を開けるであろうことを、この日、完全に確信したのだった。

 

 プラントの未来を決定づけるであろう、数々の革新的な設計図群。

 

 その最後にパトリック・ザラが目にしたのは、機体の設計図ではなく、一つの企画書──あるいは、少年たちからの切実な「嘆願書」としての側面を持つテキストデータであった。

 

『現在の開発環境の改善と拡充、およびテストパイロットの増員を兼ねた、体感操縦型アーケードゲーム企画「バーニングPT(バーニング・パーソナルトルーパー)」の立ち上げを承認されたい』

 

 そのタイトルを見た瞬間、パトリックの脳裏には、先日アスランの自室で見せられた「手作りの擬似コックピット環境」がフラッシュバックした。

 

 市販の安価なモニターを並べ、フライトシミュレーター用のスティックコントローラーと、カーレースゲームに使うようなペダルコントローラーを無理やり繋ぎ合わせただけの、いかにも子供の秘密基地めいた代物。

 

 しかし、そこに『TC-OS』が組み込まれることで、あのガラクタの山は軍の最新鋭シミュレーターと同等、あるいはそれ以上の実用的なテスト環境として完璧に機能していたのである。

 

 少年たちの意図は、パトリックにも即座に理解できた。

 

 彼らはその擬似コックピット環境を、そのまま商業用のアーケードゲーム筐体としてパッケージングし、プラント市街地のゲームセンターに設置しようというのだ。

 

 目的はただ一つ。一般のプレイヤーたちにゲームとして遊ばせながら、TC-OSを最適化するための膨大な「モーションサンプリングデータ」を無意識のうちに収集することである。

 

 アスラン一人だけでは限界のあるデータ収集を、大衆の娯楽を利用して一気に加速させようという、実に合理的で抜け目のないアプローチだった。

 

 しかし。

 

「……流石に、無茶を言う」

 

 パトリックは低く唸り、渋面を作った。

 

 TC-OSは現在、プラントの最高軍事機密に指定されている。

 

 何しろ、ナチュラルであってもわずか一時間程度の訓練で熟練のコーディネイター兵士と同等の機体制御が可能になるという、戦場の前提を覆す悪魔のシステムなのだ。

 

 それを、いくらゲームに偽装するとはいえ、誰でも触れられる市井のアーケード筐体にインストールするなど、情報漏洩やスパイによるデータ強奪のリスクを考えれば、国防委員長として到底許可できるものではなかった。

 

 だが──。

 

 却下の烙印を押そうとしたパトリックの思考は、為政者としてのより深い思慮の淵へと沈み込んでいく。

 

(待て……。筐体側にOSのコアプログラムを置かず、軍の専用強固なメインサーバーで一括管理し、暗号化されたストリーミングデータとしてのみ通信を行えばどうだ? 強力なコピーガードと物理的な自爆・初期化プロトコルを筐体に仕込めば、機密漏洩のリスクは極限までゼロに近づけられる)

 

 技術的な課題がクリアできると仮定した瞬間、パトリックの視界が急速に開けていった。

 

 この企画がもたらす『真の恩恵』は、単なるOSのデータ収集などという矮小なものではない。

 

 フレック・グレイズを装甲を外して「モビルワーカー」として民間に流通させたとしても、有事にパイロットとして徴用できるのは、土木やインフラ整備に携わる一部の労働者に限られてしまう。

 

 だが、アーケードゲームならばどうだ。

 

 仕事帰りの大人から、休日を持て余す若者、そしてアスランやキラと同年代の幼い子供たちに至るまで。プラントに住むありとあらゆる層の人間が、自ら進んでコックピットに座り、熱狂しながら「ロボットの操縦技術」を身体に叩き込んでいくことになる。

 

 それはつまり、軍の予算や強制的な徴兵制度を一切使うことなく、プラント国民の大多数を『いつでも実戦投入可能な潜在的モビルスーツパイロット』へと育て上げる──空前絶後の『国民総教育訓練シミュレーター計画』に他ならなかった。

 

「フ、フフ……ハハハハハッ!!」

 

 誰もいない執務室に、パトリック・ザラの歓喜と戦慄が入り混じった高笑いが響き渡った。

 

 恐るべき少年たちだ。彼らは自分たちの「開発環境をもっと良くして遊びたい」という、子供らしい無邪気な欲求の延長線上で、国家の軍事教練システムすらも根本から書き換えようとしている。

 

 戦争の足音が迫る中、彼らはただ兵器の図面を引くだけでなく、それらを動かすための『人間』すらも、ゲームというオブラートに包んで大量生産する仕組みを考案してしまったのだ。

 

「……承認しよう。セキュリティの壁は、統合設計局と情報部に死に物狂いで構築させる。お前たちの望む通り、『バーニングPT』をプラント全土に普及させてやろうじゃないか」

 

 パトリックは、まるでチェス盤の上でチェックメイトを宣言するような静かな高揚感とともに、企画書に決済の電子署名を刻み込んだ。

 

 2人の少年たちは『2人だけだと戦術がマンネリ化してつまらない』という思いから生み出した小さな波紋は、プラントという国家全体を、誰も想像しえなかった形での『不可視の超軍事国家』へと変貌させようとしていた。

 

 

 




本当はD2も絡めたかったけど、フレック・グレイズのあの頭だと背中にキャノン背負って前に撃つのは無理だろうから断念──頭を小さくすれば行けるか?

ザウート君、出番もなく歴史の闇に消えるかも。

というか、このまま行くとジンの需要も危うく……。

そう言えばまだこの頃メイリンはまだ9歳ではあるけど、あっちではキラとハッキングで遊んだんだよな。

ふむ……。某掲示板ネタが想起されるな。
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