広い室内の中央で老人と少女が向かい合っていた。壁の側には性別年齢様々な男女が整列して控えている。
老人の名は
少女の名はエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。齢六百の真祖の吸血鬼にして、かつて六百万$の賞金がかけられていた伝説的な悪の魔法使いである。
経歴、種族、何もかもが違う二人は
しかし、一見親しげに会話を重ねていた。
「フォッフォッフォッ、エヴァンジェリンよ、辻君達にやられた後遺症でまだ身体は万全ではないのじゃろう。こうして出て来てよかったのかの?」
「わざわざ人を呼びつけておいてなんて言い草だジジイ。わかっているなら初めから言うな、不調も不調さ。だが死にかけた小僧共がピンピンしているというのに勝った側の私が何時迄も別荘で唸っていられるか」
辻達バカレンジャーとエヴァンジェリンの死闘は、一見エヴァンジェリン側になんのダメージも残していないように見えたが実際は違った。
そもそもエヴァンジェリンが辻達と死闘を繰り広げる前にかかっていた風邪にしても、別荘内に入ることで封印が一部解け、吸血鬼の身体と魔力を取り戻せるなら、体調を悪くする度に別荘内に入り、吸血鬼の治癒力で全快してからまた現実空間に戻ればいいだけの話である。
実際はそう単純な話では無く、別荘内で封印が解け一時的に体が復調しようと、再び封印状態になれば前の状態に体は引きずられる。それ所か、もし別荘内で何か体に負担がかかれば、仮にその場で回復しようと、別荘を出た時にひ弱な体になった瞬間、一気にその負担の後遺症が現れる可能性がある。
辻達によって負わされた負傷の数々などは正にこれに当てはまり、死闘が終わった直後、エヴァンジェリンはそのまま現実世界に帰還すれば、その瞬間に反動で死亡していた可能性すらあった。だからこそわざわざ別荘内にネギを呼んで取引をしたのだ。
そこから現実世界で一日強、別荘内時間にして一ヶ月弱の療養を経て、ようやく現実世界でもエヴァンジェリンは活動が出来る様になった。
それでもまだ完調では無く、重度の風邪のような疲労感が尾を引いている。
つまりエヴァンジェリンにとっても、先の死闘はそれだけのダメージだったと言うことだ。
「フム、勝者の矜恃というところかのう。…それにしても、辻君達がそんなに強かったとは…。全盛期状態で無く、五人掛かりだったとしても、エヴァンジェリンをあと一歩の所まで追い詰めるとは、いやはや驚いたわい」
「フン、それはこっちの台詞だ。どいつもこいつも戦闘力だけで言えば魔法生徒所か下手をすれば魔法教師クラス、その上魔法のまの字も知らん癖に妙に勘と動きと連携が良く、私の本気の殺気を受けても向かってくると来た。一体何の冗談だあの連中は?」
やっていられんとエヴァンジェリンがソファにもたれ掛かる。辻達は、場所を選べば現時点で充分裏の世界でやっていけるだけの戦力をその身に保有している。只の学生がこの能力を持っているのは、言うまでも無く異常である。
「杜崎君、君は彼らの担任で、広域指導員としてよく彼らを指導しているそうじゃの。君から見て、彼らはどうかね?」
近右衛門は壁に控える一人、杜崎 義剛に問いを投げる。杜崎は僅かに目を細め、淡々と答える。
「…連中の行動の問題性に関してはこの際無視して話しますが、実力に関してはかなりのものです。一対一ならほぼ確実に私が勝ちますが、二人掛かりなら劣勢、三人いればあちらが勝ちます。五人掛かりだったなら勝負にもならんでしょう。日頃私が奴らを鎮圧出来ているのは、あくまであいつらが主に逃げるだけなのと、武人としての矜恃らしく、こちらに
対して攻撃して来る時は一人ずつしか掛かって来ないからです」
杜崎の言葉に部屋の中にいる者達がざわめく。杜崎はここにいる魔法関係者の中でもかなりの実力者だ。その杜崎が、例え本気でも学生数人を倒せない、という事実がそれだけ彼、彼女らにとって衝撃だった。
そんな中、動揺を受けていない一人に近右衛門は更に問いかける。
「刹那君、君はあの五人の内の一人、辻
問い掛けられた少女ーー桜咲 刹那は一瞬身を固くするが、静かに、しかし良く通る声で話し始める。
「…私が部長…辻
「フォッフォッ、構わんよ。そもそも彼らは危険人物という訳では無い。少しでも目安になればよいと思ってのう」
「…わかりました。辻
「フム、気を用いぬとはいえ、刹那君から勝利を納めることもあると聞く。相当の腕前、ということかの?」
「…はい、少なくとも剣の腕前は。ですが、あくまで剣道での話です。実戦において同じ腕前が発揮できるとは思えません。一般人として見た場合、かなりの実力者と評価できるかと」
その言葉に近右衛門はフームと軽く腕組みをして唸り、
「数人で杜崎君を圧倒できる実力者を一般人の枠に収めて良いものかのぉ」
「杜崎先生とて、侵入者を相手取るように彼の先輩方に相対してはいないでしょう。あくまで魔法を知らない素人なのですから、過大評価はどちらの為にもならないかと」
「ムゥ…」
思案するように近右衛門が顎に手を当て、唸る。その時、室内に押し殺したような笑い声が響く。
声の主はエヴァンジェリンだった。エヴァンジェリンはくつくつと笑いながら刹那に顔を向ける。
「桜咲 刹那、随分とあの小僧共に辛い評価をつけるな。この私を相手に奮闘し、あわや勝利をもぎ取りかけた奴らだぞ?貴様が最初に言った通り、日常の鍛錬試合や教師との小競り合いなど基準になるまい」
言葉を投げかけられた刹那は、若干目を鋭くしてエヴァンジェリンを見返し、
「…油断があった。と先程ご自分で御認めになったと記憶していますが…?」
「フン、なら貴様は油断している私に一撃入れられたとしてその後私に勝てると断言できるか桜咲刹那?個々の戦力は貴様やそこのゴツいのに及ばんだろうが、あの馬鹿共は一揃いした状態で闘り合えば立派に
「…それは……」
刹那は言葉に詰まる。あくまで刹那が手合わせしたことがあるのは辻一人、それもお互いに気を使った勝負は数回しか行っていない。それにしても、あくまで試合の範疇でしかないものだ、辻の本気がどれほどのものなのかは刹那にもわからない。
しかし刹那には、エヴァンジェリンが下手な冗談や無意味な誇張をするような人柄で無いと理解していても信じられなかった。中村達四人について刹那は殆ど何も知らない、麻帆良で腕の立つ一般人の問題児という認識だ。辻がそれと同等だったとして、どうしてそれでエヴァンジェリンをたったの五人で打倒できるだろう。
…あの人のいい、優しい先輩が……
黙り込む刹那を見てエヴァンジェリンが笑う。
「随分と必死じゃないか、桜咲 刹那。クラスでも貴様と剣道屋は騒がれていたが余程あのお人好しが大事らしい。苦労している女は包容力のある男に弱いものだなぁ?」
「っ!………」
刹那はエヴァンジェリンを睨み付けるが気にした様子はない。
「エヴァンジェリン、あまり刹那君をからかわんでくれ。刹那君も、彼らの評価は全体の意見を聞いてから決めるとしよう。あまり先走らんようにのう?」
「フン」
「…申し訳ありません」
エヴァンジェリンは鼻で笑い、刹那は静かに頭を下げる。
近右衛門は頷き、全体に告げる。
「
「クククッしかし傑作だったな、あの武道家共を警備員としてスカウトしようとジジイが言った時の魔法使い共の狼狽えっぷりは」
「お主も趣味が悪いのう…流石にまだ時期尚早じゃったかのう」
会議を終え、学園長室にはエヴァンジェリンと近右衛門だけが残っている。
「無駄なプライドの高さと選民意識と正義感の強い
エヴァンジェリンは詰まらなそうに語る。
「エヴァンジェリンよ、彼等は一般人を危険に立ち寄らせぬ為に自分達で事を片付けようとする意識が高いだけじゃ。あまり悪い見方をせんでやってほしいのう」
近右衛門の言葉を鼻で笑い、エヴァンジェリンは告げる。
「ハッよく言うわ狸爺いが。私の封印が
エヴァンジェリンの言葉に近右衛門は一旦口を閉じ、再び言葉を紡ぐ。
「…彼らの中で
「フン、やりたくてやっている訳じゃ無ければ、命令されていれば、許されるとでも言うのか?大体所詮貴様も本国の傀儡だろうが?」
「…英雄の育成は今の世界にとって急務じゃ。儂は納得して事を行っておる」
近右衛門の言葉にエヴァンジェリンは溜息を吐き、
「まあいいさ、所詮私も自分の為に話に乗った時点で貴様らを糾弾する資格など無いからな」
エヴァンジェリンは席を立ち、扉に歩み始める。
ふと、エヴァンジェリンは足を止め、近右衛門を振り返り、告げた。
「桜咲 刹那やあのゴリラは詰まらん矜恃だけであいつらが裏の世界に飛び込むのを止めたのでは無いのだろうがな、あいつらの気持ちも貴様らを見ているとなんとなくわからんでも無いよ。…あの小僧共からすれば、貴様らは格好悪い大人だそうだ」
最もそれは私もだろうがな、と言い捨てエヴァンジェリンは学園長室を後にした。
残された学園長は文机に肘をつき、溜息を吐く。
「……若者の言葉はいつでも耳に痛いのう」
近右衛門はポツリとそう漏らした。
「おらぁぁぁぁぁモリーニョ‼︎捕まえたぞゴラァ‼︎」
騒々しい声に杜崎が振り返るとそこにはバカレンジャーが勢揃いしていた。
「…貴様らか、退院して早々喧しいことだ」
「な〜にスカしてやがんだこのゴリラ教師が、昨日の今日だ、忘れたとは言わせねえぞ。きっちりネギの件について洗いざらい吐いて貰おうかぁ‼︎」
通学路の真ん中、下校時刻から大分時間は経つがまだ人通りは多い。道ゆくせいと達はまたこの面子の騒動かとあるものは避け、あるものは今日はどちらが勝つか、いや逃げ切るかとトトカルチョを始める。
「…前にも言った。貴様らに話せることは何も無い」
「てめえ、その答えで俺らが納得すっと」
「待って中村。そんな喧嘩腰で聞いてももっさんは話してくれないよ」
いきり立つ中村を山下が宥める。
「杜崎教師、話せないと言うのならこれだけは聞かせて頂きたい。ネギが危険な目に遭ったとして、貴方達はそれが致命的な事態に発展しないよう万全の用意があったのか?」
「あるいは俺達がやったことよりも結果的によりネギに害が及ばなくなるよう、取り計らうつもりだったのか?それだったら俺らは、納得は出来ねえが、あんたを罵倒する資格はひとまず無え。大人しく矛を収めるぜ」
大豪院と豪徳寺の言葉に杜崎は溜息を吐き、不機嫌そうに言う。
「俺達は最終的にネギ・スプリングフィールドの
そう言い捨て、杜崎は背を向け歩き始める。
「おいコラ…」
「待って下さい、杜崎先生、答えになっていない」
中村を制しての辻の言葉に杜崎は一旦足を止め、辻達に向けて言い放つ。
「今回に至っては偉そうに説教などとても出来んが、こちらの道の専門家として言わせて貰おう。貴様らの行動は余りに短絡的で自己中心的だ。今回はいい方向に進んだが、あの女がもっと狡く、巧妙に立ち回っていればお前達の捨て身はなんの意味も無い所か少年をより追い詰める結果に終わっていた。自分に関係した問題で人が死んであの少年が気にしないとでも思うのか?自分達が損をするなら何をしてもいいのでは無い。相手の気持ちを考えろ。お前達がやったのは素人の考え無しの暴走に過ぎん」
「ぬグッ………」
「「「「…………」」」」
中村は青筋を立てながらも悔しげに唸り、他の四人も反論の言葉が見つからず、沈黙する。
「しかし」
杜崎は振り返り、真っ直ぐに辻達を見据え、言った。
「
「ゴリラ…」
「杜崎先生と呼べ、馬鹿者。…話は終わりだ」
杜崎は足早に歩き去った。
「…先生、か…」
歩きながら杜崎は吐き捨てる。
「今のお前にそう呼ばれる資格は無いだろうに」
舌打ちをして杜崎は職員室へと歩を進める。小テストの採点をしなければならない。
「…なんか、もっさんのあんな顔初めて見たね…」
「ついでに言えば褒められたのも初めてだな」
複雑な表情で呟く山下に豪徳寺が苦笑しながら言う。
「なーんか納得いかねえな畜生」
「話せる段階に無いと言うことだ、機を待つしかあるまい」
唸る中村に大豪院が溜息と共に告げる。
「…俺達が未熟者って言うのも言う通りだ。少なくとも杜崎先生は、まだ教師ってことだよ」
辻は頷き、皆に告げる。先程の説教は身に沁みた。辻達が結果死んでしまえば、何より自分を責めるのはネギだろう。現に、大怪我を自分達が負ったことで、ネギは激しく自分を責めていた。
…独りよがりだったなあ、俺達。
苦笑して辻は皆に言った。
「今日の所はこの位にしておこう。俺はもう行くよ。今日こそ部活に顔を出さなきゃ」
「ま、ご無沙汰だもんな、うっし、俺もたまには顔出すかい」
「じゃ、解散だな。俺も鈍ってるし、鍛え直すか」
「皆、無理はしないでよ?病み上がりなんだから」
「お前を含めて自らの体のこと位わかっているさ。では、また後でなお前達」
バカレンジャーは各々告げ、解散した。
辻は竹刀袋片手に剣道場への道を急ぐ。
「桜咲が言うにはちゃんと指導はあいつらしてたって言うけど、どうにも不安だ。部長としてこれ以上無責任な真似は…」
「部長」
突然脇からかけられた声に辻はビクリと身を竦ませる。
声のした方を見るとそこには刹那がこちらに向かって歩いてくる所だった。
「…桜咲か、驚いた。お前も道場に行く所か?」
「…はい、ですがその前に部長に一つ、お願いがあります。話を聞いて頂けないでしょうか」
「…ん?」
たった数日前のことだというのに随分懐かしく感じられるやりとりに非常によく似たパターンに辻は固まる。
「…桜咲、俺はまた何かやらかしたろうか?」
恐る恐る尋ねる辻に刹那は首を振り、
「いえ、今回も私の純粋な我儘です。部長にとって非常に迷惑な話なのですが…」
「わかった桜咲、皆まで言うな」
辻は刹那の言葉を遮り、頷く。
「よくわからんが、お前はしたいことがあって、それに俺が役立てるかもしれないんだろ?わかった、その頼み、受け賜るよ」
刹那は目を見開いた後、苦笑するように口端を歪め、
「…よろしいのですか、話を聞きもせずに引き受けて。私は何か、とんでもないことを頼みこもうとしているのかもしれませんよ?」
「お前に限って悪いことしようなんてあり得ないからな。俺は後悔していないとはいえ、お前との約束を一度破ってしまったし。だから桜咲の頼み事なんて貴重な申し出に俺が断るなんてあり得んよ。日頃から世話になっているんだし、なんでも言ってくれ。…あ、と言っても俺ができる範囲のことだぞ?」
「…本当に貴方という人は…」
何故か刹那は辛そうに俯き、
「…わかりました、ありがとうございます、辻部長。私などには身に余る信頼を預けて下さり、光栄です。それを裏切るような形になることは心苦しいですが、そんな貴方だからこそ、私はやります」
刹那は頷き、やや距離を取る。
対して辻は、なんだか物騒な台詞に顔を引きつらせ、
「…な、なあ桜咲。それで頼み事ってのは…」
「辻部長」
辻の目を見て刹那はきっぱりと言った。
「私と本気で闘って下さい」
「………why?…………」
辻はピキリと固まった。