お馬鹿な武道家達の奮闘記   作:星の海

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二章 古き都に咲く鋭き一輪の花
1話 真剣勝負 信用と信頼の差


麻帆良学園男子高等部、時は昼休み、購買へ走る者、弁当を広げ友人と談笑する者と、教室内は賑やかな空気で満たされている。

そんな中、辻 (はじめ)は端的に言って死んでいた。

「…おい、何があったのよ、(はじめ)ちゃんは?」

中村が余りにも空気の重い辻に引きつつ、山下に尋ねる。山下は困ったように笑いながら答えた。

「なんでも昨日桜咲ちゃんと試合したらしいよ」

「なんだよ、何時ものことじゃねえか」

横合いから豪徳寺が口を挟む。

「…それで負けて落ち込んでいるのか?あいつは」

大豪院の言葉に首を振り、山下は三人に告げる。

「僕も朝方に力尽きてる辻からちょっと聞いただけだから詳しくはわからないんだけど、なんでも桜咲ちゃんの方から気を使った真剣勝負をしようって言われて、辻はそれを受けたらしいんだ」

「なにぃ…?」

中村が怪訝な声と共に首を傾げる。他の二人も同様だ。

桜咲 刹那という少女は口数が少なく、どちらかと言うと社交的な人間ではない。故に辻を除くバカレンジャーは殆ど刹那と話したことは無いが、時折辻から出る刹那の話からわかる人柄は生真面目、律義、礼儀正しいなどどれも悪いものではなく、おおよそ真面な人間のそれだ。

「大豪院の嫁のバカイエローならわかるが桜咲がなんでんな真似を…」

「誰が誰の嫁だ?また宙を舞いたいか馬鹿」

「止めろ止めろ飯時だ。しかし確かに妙な話だぜ。それで叩きのめされて落ち込んでるのか辻は」

豪徳寺の言葉に山下は難しい表情になり、それがねー、と前置きして言う。

「…なんか、勝っちゃったらしいんだよね、辻」

「「「…はぁっ?」」」

 

 

 

「…無様だな……」

 

刹那はポツリと自嘲の呟きを洩らす。

昨日の勝負において辻は最初ゴネた。剣の腕前はまだ桜咲が上だ、後遺症の残る怪我でも残ったらどうすると、なんとか勝負を止めさせようとする辻に刹那ははっきりと言った。

「部長はエヴァンジェリンさんに致命の一撃を見舞ったとお聞きしています。あの闇の福音(ダーク エヴァンジェル)に不意を討ったとはいえそのようなことができるなら貴方は本気の私と同格以上、ということになります」

動きを止め、聞いてたのか、と呟く辻に刹那は頷く。

「部長、詳しいことは申し上げられませんが、貴方と、他の先輩方五人に今後、裏の世界に関わるよう打診があるかもしれません」

裏の世界?と問う辻に刹那は肯定し、話を続ける。

「言うまでも無く危険な話です。命が獲られても文句の言えない、殺伐とした世界に首を突っ込むことになる。私は、部長にそのような目に遭って欲しくはありません」

だからそのような提案をされた場合は、断って下さい、と刹那は辻に願い出た。それに対して、辻は申し訳なさそうに笑いながらも、言ったのだ。

 

「ごめん、桜咲。この前から色々心配してくれて本当に感謝してる。でもそれは約束出来ない。裏の世界っていうのは、ネギ君がこれから関わるかもしれないんだろ?俺も、多分あいつらも。…あの子が危ない目に遭うっていうんなら、きっと今度も関わろうとする。もう一回、不甲斐ない出来ながらも、助けてしまったんだ。素人のままでいられないなら、きっと俺は、俺たちはその申し出を受ける。だから桜咲、そのお願いは聞けないよ。…ごめん」

…そう言ったんだよな……

辻は全身ズキズキと痛む筋肉痛と断裂の痛みに小さく呻きながらも先日の一件を思い起こす。

…そうしたら桜咲は……

 

「そうですか」

刹那は頷いた。済まないな、と謝ってくる辻に刹那は決心する。

…やはり、この人はこういう人だ。

優しすぎるのだ、辻 (はじめ)という男は。あって間も無い少年の為に命を賭け、部活の後輩の為に、殆ど話したことも無いような少女に全力で協力する。

…おかげでお嬢様がまた話しかけてくるようになってしまったので、その点ではお恨み申し上げますが、辻部長。

ともかく話しをしただけで辻が止まらないのは刹那にはわかっていた。だからこそ、刹那は無理やりにでも辻を止めるのだ。

「…ならば我儘を通させて頂きます」

刹那が印を構え、何事かを呟くと、周囲の空気が変わる。

「結界を張らせて頂きました。これで人は寄り付きませんし、周囲に私達の様子も洩れません」

結界って、お前…と困惑したように刹那を見る辻に、

「勝負です、部長。私が勝ったら部長には今後裏の世界に関わらずに生きて頂きます。ご友人の先輩方が裏の世界に入ると言ってもです。ネギ先生のことは私も最大限助ける努力をすることを誓います。…貴方は裏に向いていない。それでも押し通すと言うなら、まずは私を倒していって貰います」

 

…無茶苦茶だよなー……

 

辻は溜息をつく。桜咲は辻が何を言っても応じなかった。あまつさえ、自分が負けたら部長の言うことをなんでも聞きましょう、などと宣ったのだ。

…女の子がなんでも言うことを聞くなんて言っちゃ駄目だぞ桜咲。

尚も渋る辻に刹那は木刀を放り投げ、自らも木刀を構えた。飛んできた木刀を受け取りながらも、やはり構えようとはしない辻に、刹那は襲いかかって来たのだ。

 

「構えないならそのまま倒させて貰います‼︎」

刹那は瞬動で辻の左後方に移動し、首筋を狙い打ち込む。辻は反射的に身を屈めながら前方へ飛び、素早く振り返ってようやく戸惑いながらも木刀を構えた。

 

…いい反応です。

 

余程普段から実戦に近い稽古を重ねなければ条件反射で体は動かない。辻が友人達とそれだけ厳しい稽古を積んでいるということだ。

 

…しかしこの程度出来るのは、初めからわかっています!

 

刹那は尚も打ち掛かる。全てが気の篭った本気の斬撃だ。辻は二撃目で木刀を弾き飛ばされそうになってから、全身を気で強化し、へし折られないよう木刀も気で強化する。だが、どちらも刹那から言わせればまだ甘い。

 

…これでエヴァンジェリンさんを倒したというのですか?……

 

確かに辻は防戦一方ながらも刹那のほぼ本気の打ち込みを凌いでいる。それだけでも大変な腕前だ。だがこれでエヴァンジェリンを倒せるかと問われれば否だ。無論、辻は戦意を今だ持ってはいない。まだ本気ではあるまい。だがそれを含めても刹那には辻にそんな飛び抜けた実力があるとは思えなかった。

 

…なにか奥の手を持っているのか、いや、ならそれで構わない……

 

例え辻に恨まれようと、憎まれようとも。刹那は辻を止めると決めた。本気を見せないならそのまま倒させて貰うまでである。

刹那は辻を全力の打ち込みで体勢を崩すと一旦飛び離れ大技の準備に入る。殺しはしない、骨くらいは折れるかもしれないが、最早刹那に慕う先輩を打つ躊躇は無い。

「神鳴流奥義‼︎……」

 

 

…重いな…!

 

辻は刹那の斬撃をなんとか受けながらも、その威力に舌を巻く。

元々乗り気ではなかった勝負だがそんなことを言っていられる状況では無い。刹那は当たれば骨の一本や二本軽く砕け散る威力で攻撃を加えてくる。その動きは辻も気で強化をしているというのに殆ど見切れない。捌くのに精一杯だ。加えて刹那の言った約束も辻にとって到底飲めるものでは無い。ならば辻は刹那に勝たなければならない。だが剣の腕でも気の習熟でも、勝てはしないとこの僅かな打ち合いで理解してしまっている。それに、

 

…桜咲を打つなんて、俺には出来ない。

 

こんなことをしてまで辻を心配してくれている出来すぎた後輩だ。辻には刹那を傷つけたくなどなかった。

だが状況は待ってはくれない。一際強い一撃で上体が泳ぐ。慌てて辻が構え直した時には、刹那は距離を置き、凄まじい勢いで気を刀身に収束させ、辻に打ち掛かる体勢を取っていた。

辻の感覚が告げている。あれ(・・)は受けられも、避けられもしないと。即ち、このままでは辻は負ける。

 

…負ける?俺が……?

…負けたらどうなる、ネギ君は、

 

…桜咲は。

 

裏の世界に関われないという事は中村達やネギのことだけでは無い。目の前の少女(・・・・・・)にも関われないという事だ。

 

…駄目だろ、それは。

 

…俺はお前も(・・・)助けてやりたいんだよ、桜咲。

 

 

この時折辛そうな表情(かお)をする少女に、裏の世界なんて下らないものが関わっているのなら…

 

 

………断ち割ってやる(・・・・・・・) 何もかも(・・・・)

 

 

刹那、辻の姿がかき消えた。

 

 

刹那は理解出来なかった。

辻に渾身の一撃を打ち込もうとしたその瞬間、刹那は顔に風圧を感じた。目の前には木刀を刹那の脳天の寸前で寸止めした体勢の、既に木刀を振り下ろした姿の辻がいた。

 

…………な…なんで………………⁉︎

 

刹那は油断していなかった。目を逸らしても、瞬きさえしなかった。

だというのに(・・・・・・)気がつけば刹那は辻に打ち込まれていた。あまつさえ、寸止めまでされて。

 

「………俺の、……勝ちでいいな?……桜咲…」

辻は全身に走る激痛に顔を歪めながら、息も絶え絶えに刹那に告げた。

止められない(・・・・・・)斬撃を無理に止めた(・・・)のだ。体のあちこち筋肉が断裂した痛みを伝えてくる。

やがて刹那は呆然としながらも、小さく頷き、木刀を下げる。

次の瞬間、辻は木刀を取り落としながら、地面に蹲ったのだった。

 

 

 

……あれは一体…………

 

刹那は考える。が、いくら思い返しても答えは出ない。

瞬動の入り(・・)が辻は完璧で刹那に全く悟らせることの無いまま、刹那に接近して一撃を見舞った。

…例えそうだとしても瞬動の抜き(・・)を行い、姿を現してから一撃を見舞ったのなら刹那は完璧でないにしろ受けるなり、躱すなり対応が出来る。だが辻は、まるで時間でも止めたかのように一瞬で刹那に一撃を入れ終えたのだ。

 

…あれが辻部長の本気、か……

 

刹那は理解出来ないながらも納得する。自分が認識すら出来ない一撃だ。あれならエヴァンジェリンも躱せないだろう。

兎にも角にも、辻は刹那に勝った。これで辻が裏の世界に関わることを刹那は止められない。それ所か刹那は辻のどんな要求でも従わなければならない。

 

…だというのにあの人は……

 

 

「……なるべくでいいから近衛ちゃんと仲良くしてやれ、か…。我ながら人がいいねえ」

 

タレながらも辻は苦笑する。はて、桜咲は約束守ってくれるだろうかと辻は考えながら外の景色を見やる。

すると、

「…おい」

声に振り返ると、辻の机の周りに暑苦しい顔が揃っていた。

「一人で悩んでんじゃねえ。桜咲関連だろ?茶化さねえと約束するから話して見ろよ」

中村の言葉に頷く面々。それを見て辻は笑う。

 

…馬鹿だけどいい友人持ったな、俺は。

 

辻は体を起こし、中村達に告げる。

「丁度いい、お前達にも関係ある話なんだ」

 

 

…どこまで人がいいんですか、貴方は。

 

刹那は溜息を吐く。どんな要求が来るかと思えば飛んできたのは仲直りの要望だ。しかも、辻は決して刹那に強要はしなかった。

 

……なんだか、馬鹿みたいだな、私。

 

世話になっている先輩を勝手に見下して、下に見て。偉そうに心配しつつ挑めばあっさり負けて。あまつさえ無礼を働いた本人に友人との仲の心配をされる始末。

 

……恥ずかしい。

 

刹那は顔を赤くして膝を抱える。

…それでも刹那は辻にこっち(・・・)に来て欲しくなどなかった。

 

…子どもか、私は。

 

自分から条件を出しておいて思う通りにならなければ不貞腐れる。よくも偉そうに先輩を諭せたものだ。

気持ちが沈む。自分は何をやってもこうなのだろうか、と悪い循環に陥るのを自覚する、だがどうにもならない。

 

…すみません、辻部長。

 

…今は約束、守れそうにありません。

 

 

 

「…とりあえず話を聞いてまず何よりも先に俺がお前に言いたいのは何故なんでもいうことを聞くと言った桜咲にエロいことを要求しなかったぁぁぁぁぁ‼︎上手くいきゃセック…」

 

ズン‼︎

 

三方向から打撃を喰らい中村が倒れる。

「茶化さねえと言ったろうが馬鹿」

「色々言ってる場合じゃ無いよ」

「そこで寝ていろ。…それにしても話が随分と大事になってきたな」

大豪院の言葉に辻は頷く。

「恐らくネギ君は今後ほぼ間違いなく何かに巻き込まれる。だから桜咲は俺をわざわざ止めに来たんだと思う。何か起こる確信が無ければここまで慌てて俺を止めに来ないと思うんだ」

「きな臭えな、どうにも」

渋い顔で豪徳寺が溢す。

「ようするに近いうちにネギ君に何か起こるってことだね」

「しっかしそう都合良く…」

「皆さ〜ん!」

唐突に響き渡る声にバカレンジャー全員が振り返ると、ネギが肩にカモを乗せ駆けて来る所だった。

「…噂をすれば何とやらだな」

「皆さん、退院おめでとうございます!体はもう大丈夫なんですか?」

ネギの問いかけに辻達は笑って応じる。

「伊達に鍛えてないからな。心配すんな」

「丈夫なのが取り柄だからね。それよりネギ君、僕達を探してたのかい?」

「はい、辻さん達が退院されたと聞いたので…」

「なんっつーかホント律儀だよなぁお前。十歳ってのが信じらんねーよ」

「確かにな」

「ははは…」

頭を掻いて苦笑いするネギに辻は尋ねる。

「ネギ君。変なこと聞くようで悪いけど、最近何か変わったことは無かったかい?」

「変わったこと、ですか?」

不思議そうに聞き返すネギに辻は頷き、

「変な格好した奴らに話しかけられたとか脅迫文を貰ったとか。襲われたりなんかもしてないかい?」

「え、えーと…」

「辻の旦那、そんなことを聞いてくるってことは旦那達の方で何かあったんですかい?」

唐突に物騒なことを聞かれ、やや混乱気味のネギに代わって、肩のカモが問い返す。それに対して辻は笑って首を振り、

「いや、何も無いよ。吸血鬼の魔法使いなんて凄いのに襲われたばかりだからちょっと過剰に心配しただけだよ」

辻達は相談の末、ネギ達には学園側の疑惑は伝えないことにした。理由は何か起こるとは確信が持てていないのと、不安を煽らない為だ。

辻の言葉にネギは笑顔で答える。

「心配してくれてありがとうございます、辻さん。あれから変なこともありませんし、エヴァンジェリンさんも授業に、ちゃんと出てくれるようになりました。僕の方は何も問題ありません」

「気を使ってくれたのにすいませんがあんな災難、そうそう降りかかりはしませんよ」

ネギとカモの言葉に辻は頷きながら心の中で胸を撫で下ろす。少なくとも今すぐなにか起こっている訳では無いようだ。

「まあまあ物騒な話題はこれ位にして近況でも聞かせてよネギ君。やっぱり教師は大変かい?」

山下も現時点では問題無しと判断してか、ネギ達の意識を逸らす為に話題を振る。それからしばらく、辻達とネギ達は談笑を楽しんだ。

 

「へぇ〜神楽坂ちゃん達と地下の図書館にねぇ。なんだか聞く限りじゃダンジョンにでも迷い込んだみたいな展開だね」

「はい、そうなんです。伝説の魔道書とか大きなゴーレムとか、兎に角凄いものが沢山あったんですよ」

「完全にファンタジーだな」

「まあ、それを言ったら俺らも気なんてもん使ってる時点で大分ファンタジーだがな」

「んなことはどうでもいい‼︎麻帆良図書館の秘密の部屋にはありとあらゆる本が有ると聞くぜ、ネギ、俺をそこに連れて行ってくれ‼︎きっと俺のまだ見ぬ超レア物のエロ本が眠ってる筈だ‼︎」

「お前は本当にぶれないな…」

「まあこうじゃ無かったら中村じゃ無いって気がするけどね。エロ本はともかく、僕も興味はあるな。よかったら今度案内してよ、ネギ君」

怪気炎を上げる中村をスルーしつつ、山下はネギに提案する。

「いいですね、僕や明日菜さん達が修学旅行から戻ったら、皆で行きましょう!」

楽しげに承諾するネギ。気になるオマケが台詞についてはいたが。

「修学旅行?」

「ああ、女子中等部はそんな時期か」

辻の言葉にネギは頷く。

「はい、うちのクラスは京都に行くことになってるんです」

「またベタだな…」

「去年の俺たちよりマシだろう。何故かうちのクラスに多数在籍する砂部の所為で俺達が行ったのはよりにもよってゴビ砂漠だ」

「うん、軽く地獄だったね、あれは」

遠い目をする大豪院達を見ていると辻も苦い所か痛い思ひ出を思い出すので極力視界に入れないようにしつつ、ふと辻は思いついたことを口にする。

「ねぇネギ君、日本には陰陽師って和風の魔法使いみたいな概念があるんだけどさ、ネギ君達が行く京都ってその発祥の地みたいなものなんだ。魔法使いがいるからって陰陽師もいたりしないよね?」

まさかなーと苦笑しながらネギを見やると、そこには見ていて可哀想な位にわかりやすく狼狽える少年がいた。

「……いるのかよっ‼︎」

「え?なに?また物騒なことになったりしないよねネギ君」

「いや、旅行に行くだけだし大丈夫なんじゃねえの?」

「わからんぞ。存在を秘匿している連中とは縄張り意識が強いのが相場だ」

「だ、大丈夫ですよ‼︎親書を届ければ西との仲は良好になりますから‼︎」

「「「「「親書?」」」」」

「あ…」

「兄貴ぃ…黙ってるって言ったじゃねーですか…」

不用意な発言にしっかり噛みつかれあっさり自爆したネギにカモがやっちまったとばかりに額を押さえ、嘆いた。

「ネギぃ、なんか隠してんだろ、お前」

「今更誤魔化しは効かん、キリキリ話せ」

「う………」

ネギは周りを見回すが、味方はいないことを悟り、がっくりと項垂れ、語り出す。

 

「馬鹿ガキが」

関西呪術協会の存在とその組織が関東魔法協会と仲が険悪な件。その為ネギがいる麻帆良女子中等部の京都入りを拒否した件。そしてネギが親善として関西呪術協会に親書を届けに行く旨を聞いた辻達、まず第一声は中村のそれだった。

「うぅっ……」

「だ、旦那方、兄貴を責めないでやって下せえ、兄貴は旦那方に心配させまいと、」

「それが駄目だって言ってんだよ」

項垂れるネギとそれを庇おうとするカモに豪徳寺がぴしゃりと告げる。

「ネギ君、僕らに迷惑をかけまいとするその心持ち自体は悪いことじゃ無い。でもいざ問題が起こった時にネギ君は一人で何もかも完璧に処理できる自信があるかい?」

「それは……」

言葉に詰まるネギに大豪院が頷き、言う。

「無いだろう?当然だ、俺達にだってそんなことは不可能だ。人間一人にできることなど限られているぞ、ネギ。お前は有能だがまだまだ経験が足りない。上手くこなせる自信があっても今のお前は多人数の生徒の責任を預かる立場だ。失敗してダメでした、と謝って許されはしないのだ」

「……はい…………」

すっかり落ち込んでしまったネギを見て辻達はバツが悪そうに顔を見合わせる。

…こんな説教、十歳児にする内容じゃ無いよな。

内心溜息を吐いてそう考える辻。

土台普通なら小学校に通うような年齢の少年に1クラスの担任を務めて、尚且つ魔法使いとしての修行に加え半人前とはいえ、追随する義務や責任を上手く纏めて生活するなど不可能なのだ。

ネギは下手に能力があり、優秀だからこそ、表面上なんとかしてしまう。だからこそ周りも天才だなんだと持ち上げてその身を誰も心配しなくなる。

…普通に考えて子どもに押し付けていい責任の域を大きく越えてるだろ。

魔法関係者とやらは何を考えてんだと辻は毒づく。

どう考えても見習いの、それも子どもに任せるような内容の任務では無い。まともに関係修復などを考えているとはとても思えない。

…ネギ君の話だとあっちの組織のトップと話はついてるって話だけど…

仮に親書が名目上のもので既に話はついている八百長的な親善だったとしても、わざわざネギに任せる理由は無い。

エヴァンジェリンの一件といい、ここの魔法使いという連中は妙にネギに苦難を背負わせようとしている。

…それは、何故だ?

しばらく辻は考えるが、やがて小さく首を振り、その思考を隅に追いやる。

…今は組織の陰謀を読み解くより、ネギ君の心配だな。

辻はすっかりしょげてしまったネギの頭に手を置き、軽く撫でながらネギに告げる。

「ネギ君、俺達は君が判断を間違えたから君を叱ったけど、それは君がまだまだ俺達を信頼出来ていないから起こったことでもある。そういう意味では、俺達にも責任はあるね」

辻の言葉にネギは驚いたように顔を上げ、反論する。

「そんなことはありません‼︎僕は辻さん達を凄く頼りにしてます。信頼してないなんてあり得ません‼︎」

辻達はそれを聞いてくすぐったそうに笑うが、辻が再びネギを諭し始める。

「そう言ってくれて嬉しいよ、ネギ君。でもね、ネギ君のそれはまだ信用(・・)であって信頼(・・)じゃあ無いんだ。君はエヴァンジェリン…さんとの一件を通して俺達を受け入れてくれた。でも同時に俺達が大怪我をしたことで君は俺達に負い目を持ってしまったんだ。だから君は薄々問題が起こるかもしれないと思っても、俺達を頼ってくれなかった。これは俺達がまだまだ未熟だから、君に俺達に何を任せても大丈夫だと思わせるだけの根拠を示せなかったからそうなったんだ」

辻は一旦言葉を切ってしゃがみ込み、ネギに目線を合わせる。

「でもね、ネギ君。俺達は君が思ってるよりもずっと、君の力になれる。信頼って言葉は、その人に全てを任せられるって気持ちを持つことなんだ。俺達は君に、絶対にこの人達は大丈夫(・・・・)だと思わせるだけの根拠を見せよう。だからネギ君。一度不甲斐ない所を見せた俺達だけど、今回も俺達に任せてみてくれないかい?まだ子どもなんだから、君はもっと我儘でいい。もっと気安く接してくれよ。なんだか不安だからついて来て下さいって感じにさ」

「……辻、さん………」

「うぅっ!旦那、なんつう器のでかい方だよ、あんたって人は」

ネギは今にも泣きそうな顔で辻を見やり、カモは感極まったように男泣きに泣いている。

…うん。ちょっと格好つけすぎたか。

内心冷や汗を流しながらも辻は微笑みを崩さない。大仰な言い方になったかもしれないが、正直な気持ちを伝えたつもりだ。

べそをかき始めたネギの頭を撫でながら落ち着かせようとしている辻を見て中村達は苦笑する。

「ったくカッコつけてくれるぜ(はじめ)ちゃんはよぉ」

「って言うか辻、僕らに一切振らずに僕らの総意みたいにネギ君に告げたよね」

「愚問だな、心は一つだ。それとも貴様らは行かんのか?」

「それこそ愚問だぜ、行くに決まってんだろ。まあでもちょっと先走る時あるよな、辻って」

「早漏じゃ桜咲に愛想尽かされるぞまったく」

直後中村に三人の拳が飛んだのは語るまでも無いことである。

 

「皆さん、本当にいいんですか?授業もあるのに……」

「ネェーギ、つまんねえこと気にすんなって言ったろが。俺らを誰だと思ってんだ。あの生物災害(バイオハザード)の授業を抜け出し制裁を加えられること既に数百回‼︎今更学校フケる位、なんでも無いわぁ‼︎」

「中村、自慢にも何にもならないことを堂々と言わないでよ。まあでも気にしないでいいよネギ君。中村じゃ無いけど、慣れてるし、うん本当に」

「本気で何かあったらヤバイだろ?俺らがボディーガードになってやるよ」

「備えあれば憂いなしだ。何も無いなら京都観光を満喫するさ」

「そういうこと。だからネギ君、君は君で出来ることを無理せず頑張って、その上で修学旅行を楽しむんだ。折角京都くんだりまで行くんだからね」

「……わかりました。皆さん‼︎よろしくお願いします‼︎」

頭を下げるネギに辻達は笑って声を揃えた。

…任せとけ‼︎

 

ネギが帰るのを皆で見送りつつ、中村がポツリと言う。

「…過保護過ぎっかねぇ俺ら?」

「どうだろうな?確かになにか起こると確実に言える訳でも無いんだが…」

「しかし辻が桜咲後輩に物騒な警告を得た昨日の今日でこれだ。この上なく胡散臭いのも事実」

「…まあいいじゃないか」

辻は言う。

「あんな小さいのにあれだけ大変な思いしてるんだ。俺達位は甘やかしてやろう」

辻の言葉に一瞬押し黙った後全員が笑う。

「…そうだな」

「ガキは遊んででかくならなきゃいけないしな!」

「…ふっ」

「さて、気持ちが一つになった所で現実的な話」

何と無く穏やかな空気が皆を満たす中、山下が真面目な顔で言う。

「…旅費を各々捻出する手段を考えよう」

「「「「…………あ………」」」」

どうやらまだ見ぬ脅威より先に片付ける問題があるようだった。

 

 


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