「元気だねぇ、あの娘達」
山下が呆れたような感心したような口調で言う。
ネギ達一行は既に京都に到着し、現在は清水寺を見学していた。
辻達は存在を気どられない様、ある程度離れた地点から観察をしている。ちなみに中村の格好は既に戦隊レッドの格好では無い、新幹線を降りた際に辻達四人が無理矢理に着換えさせたのだ。現在の格好は辻の予備のジーンズにフード付きのパーカーを着用している。山下と豪徳寺はまだしも中村は完全に目立ち方の次元が違うのが主な理由である。中村はゴネたが、二、三十発の誠意ある拳により一応の納得を見せた。
「にしても目立ってんなあいつら。スーツのガキが一定レベル以上の美少女大量に連れてりゃそらあ目ぇ引くけどよ」
「目立つ云々は俺らに言われたく無いだろうけどな、やっぱ山の妙ちきりんな着物の所為だぜ」
「言い掛かりはよしてよ豪徳寺。豪徳寺の一昔前のベテラン刑事みたいな格好が原因だってば」
「双方他人のことが言える格好か阿呆共」
大豪院が呆れたようにツッコミを入れた。
「もうこの面子がどう足掻いても目立つのは避けられないとして、油断はするなよ皆。悪戯みたいなものとはいえ、確かに妨害はあったんだから」
どうにも緊張感に欠ける空気を払拭する為、辻は再度注意を促す。今の所怪しい人物や不審な物体は見られないが、そもそも魔法や陰陽道について碌に知識の無い辻達には妨害方法の予想などできる筈も無い。結局注視して異変が起こったらその都度対応するしかないのである。
「わかってんよ。なんもなきゃあ観光気分で廻れたんだがまあ仕方ねえやな」
「白昼堂々襲撃なんて最悪なパターンまで想定する位が丁度いいかもね」
「だな。にしてもなにやってんだあいつらは?」
豪徳寺が不思議そうに呟く。視線の先には庭石のようなものに続く玉砂利の道を目を閉じながらフラフラと歩く数人の3ーA生徒がいた。
「ああ、あれは確か縁結びの恋石だよ。彼処からあの石まで目を瞑ったままたどり着いて石に触れれば恋愛が成就するんだって」
「成る程、一定の儀式的手順を踏むことで相手を状態異常:魅了にできる石か。便利じゃねえか、持って帰れねえかな?」
「台無しな言い方すんなボケ、言い掛かりも甚だしいわ。辻もやって来たらどうだ?」
「まだ言うか昭和ヤクザ」
「…凄い勢いで駆け始めた女がいるぞ」
「お、マジだ。目ぇ閉じてんよな、あれ?」
「…心眼って奴じゃない?」
「中学生がか?」
「…妙にスペック高い娘多いよなぁ、このクラス」
そうして眺めていたあやかとまきえの二人の姿が突然かき消える。
「「「「「⁉︎」」」」」」
辻達は驚愕する。
「おい待て何が起こった、キング・ク○ムゾンか⁉︎」
「阿呆なこと言ってんな、とにかくあっちに、」
「落ち着け豪徳寺、よく見ろ」
「ああ?」
大豪院が指を指す先を見ると、地面から手が生えている。否、地面に空いた穴から落ちた二人の手が出て来ていた。
「……落とし穴?」
「…これも妨害の一種かな?」
「いや、なんの意味あんだよこんなことして」
「と言うかこの寺国宝だぞ。勝手に穴開けていい訳無いだろ誰だよこんな悪戯みたいな真似するのにこんなとんでもない場所に穴開けた馬鹿は⁉︎」
辻が悲痛な声で叫ぶ。本気で洒落になっていない真似なのだから妥当な反応かもしれないが。
「…やらかしたことはとんでもないが、これがネギ達に対して堪えているかと問われれば、否、だな」
理解出来んといった顔で大豪院が言う。
「今の所妨害って言うより嫌がらせの域だよね」
「なんつうか想像してたのと大分違うな」
「こんなんじゃ俺達出る幕無えぞ」
「いや待てお前ら、油断は禁物だ」
辻は何と無く白けた空気の漂い始める中村達を叱咤する。
「確かに想定していたより低レベルというか馬鹿馬鹿しい内容の妨害ばかりだがだからと言ってネギ君達に何も危険が無いわけじゃ無い。今のだって、打ち所が悪ければ骨位は折れるんだ。このまま黙って見てる訳にはいかないだろ」
「…まあ、そうだな。でもどう防ぐんだこんなもん」
豪徳寺が途方に暮れたように言う。
「…足でカバーするしか無いね」
山下が顔を顰めながらも案を出す。
「どこに何が仕掛けられてるかわからないから彼女らが行きそうな所を手分けして確認しよう。怪しいものがあったら各自の判断で排除ってことで」
「うわー……」
「面倒臭ぇ…」
「手間だがやるしかあるまい、散るぞ」
「極力正体がバレないようにな!」
辻は3ーA生徒達を回り込んで音羽の滝へ向かう。歩きながら辻は周りを見渡すが、それらしい怪しげな人物は見当たらない。
「…まあ、余程の馬鹿でも無ければわざわざ目立つ格好で妨害なんて真似しないか」
…それを言ってしまえば、辻達はその余程の馬鹿に当てはまってしまいそうな気もするが考えないことにした。
道の感触なども気にしつつ、足早に音羽の滝まで辿り着くが、特に異常は見られない。
「…まさか湧き水に毒でも仕込んでないだろうな…」
音羽の滝とは三種のご利益のある湧き水の流れる、清水寺の名の由来ともなった清水寺きっての名所だ。
まさかとは思うが国宝の寺の境内に落とし穴を掘った罰当たりな輩である。
…充分にあり得るな。
辻は周りを見回し、人目の切れた瞬間を見計らい一息に跳躍し湧き水汲みの小屋の屋根上に着地する。
「………………………」
「おう、中村。そっちはどうだ?仁王門の周りには怪しいものは無かったぜ」
「こっちもだよアホくせえ。三重の塔だっけ?なんも無し」
「清水舞台の脇の方に回ってみたけど異常無いよ。大豪院は?」
「ネギ達が乗るバスにもその近辺にも怪しい人、物は無しだ。こうなると直接ついていった辻が臭いな」
「おっ、噂をすればだ。帰って来たぜ御一行が」
ネギ達3ーAが移動を始めていた。おそらく動きからして三重の塔を見た後に仁王門周りの売店で土産を買って帰るのだろう。
その少し後ろを、手に何かを抱えた辻が何処かトボトボと歩いて来た。
「よう辻。こっちは異常無いぜお前はどうだった?」
「っつーかなんだそりゃ?酒樽?」
豪徳寺と中村の質問に、辻は四斗樽程の大きな酒樽を翳しながら言った。
「…これが湧き水に混ざって流れるようになっていた……」
辻の言葉に全員無言になり、やがて誰からともなく口を開く。
「…なあ馬鹿なんじゃねえの関西何たらかんたらって奴ら?」
「さっきからやってることがセコいぞ」
「いや、これは案外馬鹿にならないよ。中学生が飲酒したなんて知られたら全員麻帆良に強制連行の上に停学だろうからね」
「…そうすれば当然ネギも京都には居られんという訳か。…まさかこれを本命として今まで馬鹿馬鹿しく見える悪戯騒ぎを起こし、こちらの油断を誘ったのか?」
「いや、考え過ぎだと思うが…兎に角馬鹿らしく見えても連中を放っておいたらネギ君達が方向性の違いはあれど危ない。俺らで事前に潰して行こう」
辻の言葉にげんなりした顔をする中村達。
「おい待てまだ京都見物一発目だぞ。こんな地道なこと一々やるってんなら下手に襲撃掛けられるよか面倒臭くね?」
「消耗戦って奴か…?」
「わからないけど思わぬ感じでキツくなって来たね…」
「想定していた事態とは違うが楽は出来んということか…」
「まあ兎に角」
辻自身もげんなりしつつ、
「まずは今日一日、乗り切ろう」
「やべえ…超疲れた」
精魂尽き果てた様子で中村が床に倒れ込む。
時刻は既に七時を回っていた。あれから円山公園、八坂神社、哲学の道、銀閣寺と3ーAは名所を回り、各所で同じ数の妨害行為を辻達は潰して来た。チンピラが生徒に絡む、昼食への下剤の混入、看板を入れ替え生徒を迷子にさせる、害虫の大量発生など、一々思い出すのも馬鹿馬鹿しい嫌がらせの数々を辻達はことごとく潰して来た。ネギにも逐次連絡を取り誘導し、3ーA一行は無事に初日の修学旅行を満喫したのであった。今頃夕食を終え、各自自由時間に入っている頃だろう。
「…もしかしたらこれが後四日か?…やべえ本当に襲って来られた方がナンボか楽だぜ」
「豪徳寺、不謹慎なこと言わない。…とはいえ本当に疲れたね」
「もう言うな、とりあえず食事にしよう。ホテルの女将に用意を頼むぞ」
因みにここはネギ達一行の泊まっている『ホテル嵐山』に隣接する『ホテル青山』の一室だ。なんでも露天風呂は共用で繋がっている姉妹旅館とのことである。
「…どうでもいいけどよくこんな立派なホテルの部屋取れたな。しかもネギ君達が泊まっている隣の旅館なんてベストな位置」
辻が尋ねる。何しろ辻達が京都行を決めたのは数日前の話である。普通に考えればこんなベストな位置取りは不可能だ。
「まーなー。俺のツテを頼ってなんとかなった。感謝しやがれよてめえら、料金も割り引いて貰ってんだからよ」
中村が軟体動物ように床で蠢きながら言う。
「なんか珍しく馬鹿が役に立ってるがツテってなんのだ?」
「説明すんのが面倒臭え。それより飯だ飯」
「…いや、俺は先に風呂に行ってくる。銀閣寺で仕掛けられてた炭酸飲料の大量爆発を処理した時に巻き添え喰ってさっきから気持ち悪いんだ。お前ら飯は先に食っていてくれ」
辻は立ち上がり風呂道具を片手に立ち上がる。
「あれ?今の時間ってお風呂入れるの?」
「女将さんの話ではあっちの嵐山では男の先生方の入浴時間らしい。それが終わると消灯近くまで生徒と女の先生方が使用するんで今を逃すと当分使えないらしいから今の内に行ってくる」
「おいおい大丈夫か?新田とかがいたらどうすんだよ?」
豪徳寺の言葉に辻は手を軽く降り、言葉を返す。
「その時は洗面所だけ使用して着替えて戻るよ。兎に角今は服を変えたい。ネギ君から何か緊急連絡があったら携帯に連絡をくれ」
「承知した」
「いってらっしゃい、ご飯は取っておくよ」
「大丈夫と思っていたら何故か女が入ってきてラッキースケベの起こるイベント期待してんぞ〜」
山下に頷き、中村に中指を立てて辻は部屋を後にし、露天風呂に向かった。
「…あれ、この服ってネギ君のだよな」
隣接している脱衣所に入った辻は脱衣籠に入れられている小さなスーツにを見て首を傾げる。
「ネギ君も入っているのか、ならある意味丁度いいな」
辻はネギと明日の予定の擦り合わせを簡単にここでやってしまおうと思い立つ。ネギは教員として遅くまで仕事があるのだから話は早い方がいいだろう。
辻は一つ頷き、手早く服を脱ぎタオル片手に露天風呂の入り口に足を向けた、その時。
カシャン‼︎と硝子のような物が砕け散る音と共に露天風呂が暗くなる。同時に誰かの鋭い詰問の声が引き戸越しに聞こえてくる。
…なんだっ襲撃⁉︎
辻は目を見開き、慌てて持って来ていた木剣を掴み取り引き戸を開け飛び込む。
「ネギ君大丈…」ズドォォォォォン‼︎
辻が飛び込むと同時に露天風呂中央の大岩が横に真っ二つになった。
…ハァッ⁉︎
見れば岩陰には小さな人影、こちらがネギだろう。ならば襲撃者は自動的に…
「そっちかぁぁぁぁぁ‼︎」
朧な月明かりにも微かに煌めく白刃を手に岩を両断した人影に向かい、辻は瞬動で距離を詰め、打ち掛かった。相手は真剣などとビビってはいられない。刃物相手なら尚更ネギを庇わねばならないのだ。
「えっ、また襲撃⁉︎」
「いや兄貴、今の声は辻の旦那の…」
ネギとカモの声を後ろに振り下ろした辻の大上段からの打ち下ろしを小柄な人影は刃を寝かせて受け、辻の胴体を横薙ぎに払う。
辻は木剣を削られつつも白刃を上に逸らし、素早く次を見舞おうとした次の瞬間、
「
ネギの声と共に人影の手に持つ白刃が明後日の方向に弾かれ、飛んで行く。
…よっしゃネギ君ナイス‼︎
辻は木剣を引き、襲撃者に全力の一撃を…
「……あ?………………」
打ち込む寸前辻は間抜けな声を上げ、硬直する。
その理由は人影の濡れた輝きを放つぬばたまのサイドテールの黒髪、そして夜目にも鮮やかな白い肌と微かに見えるその整った顔立ちは…
……桜咲ぃ⁈
余りの事態に辻は固まるがそんな迂闊な辻を目の前の少女は放っておいてくれなかった。
「…フッッ‼︎‼︎」
その少女ーー刹那は木剣に肘を叩きつけ辻の手から木剣を弾くとそのまま辻にしな垂れかかりながら足を絡め、辻を露天風呂の床に押し倒す。
「っ痛ッッ‼︎」
まだ混乱したまま、まともに後頭部を打って呻く辻に構わず、刹那は辻の首根っこを片手で圧迫しながら、野郎ならば誰でも余程切羽詰まった状況出ない限り遠慮して狙わないであろう男の
次の瞬間、露天風呂だけでなく二つの旅館の近辺まで響き渡る程の音量で、鶏が絞め殺されるような悲痛な絶叫が轟いた。
「…明日菜、なんやろ今の凄んごい悲鳴…」
「…わ、わかんない…」
丁度脱衣所の目の前にいた木乃香と明日菜は辻の悲鳴に固まり、
「…なんだ今の胸が締め付けられるような絶叫は」
「…露天風呂の方じゃない?」
「ってことは辻か今の⁉︎」
「確実になんかあったぞ‼︎ラッキースケベか⁉︎」
「こんな悲鳴が上がるラッキースケベがあるか阿呆!兎に角行くぞ‼︎」
中村達は尋常でない辻の悲鳴に駆け出した。
「つ、辻さーん!大丈夫ですか⁉︎」
「む、惨ぇ。なんつう恐ろしい真似を…」
ネギは凄まじい悲鳴を上げた辻を心配し、状況を察したカモは震えながら内股になる。
「動くな‼︎妙な真似をすればこいつの命は無い‼︎貴様ら何者だ、答えねば握り潰す…ぞ………?」
刹那は風呂の中にいるネギを牽制し、馬乗りになっている辻の顔を覗き込み恫喝をしようとして…固まった。
「……つ、………辻、部長?……」
辻は答えず、白目を剥いていた。