お馬鹿な武道家達の奮闘記   作:星の海

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一章 武道家達の未知との遭遇
1話 バカレンジャーとの相談


「シュッッ‼︎」

鋭い呼気と共に空手着を来た男の右上段回し蹴りが、空気を裂き対面の男の首目掛けて襲う。対する剣道着に木刀を持った男ーー辻 一 は左半身に木刀を立て、男の蹴りを受け止める。

ミシリ、と衝撃で木刀が軋む程の威力に辻は僅かに顔を歪めるが力を込めて蹴り足を弾き返し、その勢いを利用しての胴薙ぎを男に打ち込む。

男は弾かれた蹴り足を素早く降ろしつつ右の中段内受けで木刀の軌道を下に変え、同時に降りた蹴り足で地面を踏み込み、身体全体で回転する薙ぎ払うような左中段回し蹴りを辻に見舞った。

まるで曲芸のような動きだが、その一撃が虚仮脅しでないことをこれまで何度も手合わせを行った辻は知っている。鍛え抜かれた体幹とバネが不安定な体勢からでも強力な威力を生むのである。

「喰らうか‼︎」

気迫の声と共に辻は態と左側にバランスを崩し、右側から襲い来る蹴りを倒れ込むように躱しつつ、木刀から左手を放し地面に手を着く。同時に辻は木刀を右へ渾身の力で振り抜き、男の軸足を襲った。

「ちぃっっ!」

流石の男も左右2段蹴りを振り抜いた直後に軸足を浮かすことはできず、自らの蹴りの勢いに乗って体勢を崩し、横に一回転するような動きで足下への薙ぎ払いを躱した。

互いに体勢を崩した二人は、次の瞬間ほぼ同時に体を跳ね起こし、再び激しい打ち合いに入る。

お互い()を使用していないだけの限りなく全力に近い真剣勝負である。打ち身や骨折、当たり所が悪ければ病院送りになってもおかしくない稽古や鍛錬というには激しすぎるものだが、彼らは時間が合えば日常的にこんなことをやっている。巷で武道馬鹿とか呼ばれてしまう一因だろう。

やがて一際大きな打撃音と共に重なっていた二つの影の内一つが弾き出され地面を転がる、一応の決着だ。

 

「っ痛ぅ〜遠慮なくキメてくれやがって。お前武器持ってんだからちったあ手加減しろっつーの」

地面に転がった空手着の男ーー中村 達也(なかむら たつや)は、打撃をくらった右脇腹を押さえつつそう溢す。髪の毛は逆立ち、後髪を短い数本の三つ編みに纏めている。髪の色は鮮やかなオレンジ色に染め上げられており、格好だけを見れば到底武道家には見えない。顔はよく見れば中々整っているのだが、子どものように唇を尖らせ文句を言うその態度で色々と台無しである。

「その武器相手に平気で素手でぶつかり合ってる人間凶器が言うな、白々しい」

辻は鼻で笑ってそう返しつつ、持って来た荷物からスポーツドリンクのボトルを2本取り出し、1本を中村に放る。

「サンキュー。ま、お前長物無けりゃ単なる雑魚に近いからなぁ、言って見ただけだけどよ。それにしてもやけに今日は気合入ってたじゃねーの、なんかあったか?」

貰ったボトルの中身を早速流し込みつつ中村は尋ねる。やる気があるというよりは何かを振り切るように辻は勝負に打ち込んでいるように見えたからだ。

「うん、まあな。ちょっと後輩と不思議なやりとりがあったもんでもやもやしてたんだよ」

「おっ、なになに⁉︎ついにせったんと進展あったわけひゃっほう‼︎さんざっぱら囃し立てまくってた甲斐があったぜい、今夜は祝勝会だな!」

「待てや」

勝手にテンション上げる馬鹿に鋭く制止を入れる辻。相手をするのが面倒だからと放置すると話を最低10倍はでかくして周囲に拡散させるので、この男を相手にする時は逐一訂正と否定を入れながら話をせねばならない。もう一度言うが面倒臭い男である。

「なんで桜咲との話だと断言できるんだ、俺は後輩としか言ってない」

「何を仰るこの色男!せったんなんて崩した愛称を即座に桜咲刹那たんのことだと気づける程あのクール少女を想ってるんだからお前さんがあの子以外のことで時間置いてまで悩むはずなかろうに。それともせったんのことじゃあ無かったか?」

「………」

当たっているだけに反論のし辛い辻である。

「…とりあえずせったんは止めろ。絶対いい顔しないぞ、桜咲は」

「だろうからせったんの居るとこでは呼ぶ気はねーよ?ワタクシもその位は気遣い出来ますとのこと」

「信用ならないが…まあいい。確かに桜咲のことなんだけどな」

「告白なら麻帆良祭の世界樹の大発光まで待った方が良くない?」

「違えっつってんだろ話が進まないから黙って聞け‼︎妙なお願いをされたんだよ!」

したり顔で提案する中村に辻は目を向いて吠える。

「へいへいすんませんね、で、何よお願いって。様子からして色っぽい内容じゃないんだろ?」

「詳しくは言えんが特定の人物に会うのを止められた。それが評判悪い人間ならまだ分かるんだがどう考えてもそんな風じゃないしな」

「先輩っ!私以外の女に色目を使わないで下さ…解った解ったんな目で睨むなよ。ならば真面目に答えるけど、正直それだけの話じゃわけわからん」

「そりゃそうだろうがもう少しお前な…」

気持ち悪い裏声と共に身をくねらす中村に辻の若干殺意の篭った睨みが飛ぶ。流石に空気を読んだらしく多少真面目な顔になり答える中村だがその返答は身も蓋もない。辻もがっくりと来たが今の話しだけで解れという方が無理だろう。

「まあ、もうちょっと言うならあの子らしくねー物言いだよな。未来の旦那のお前相手とはいえ、あんま他人に干渉する子に見えねえもん」

「死ねよお前と言いたい所だがお前の言うとおりなんだよな…」

「未来の旦那が?」

「干渉云々の方だ脳足らず」

軽口を叩きながらも辻の思考は昨夜のやりとりに飛ぶ。辻は刹那を信用しているし約束を破る気もない。それでも信じることと思考停止するのは違うと辻は考える。止むに止まれぬ事情があってあんなことを言ったのなら、なんとか力になってやりたいと思う辻なのであった。

 

急に黙り込んで何事かーー十中八九刹那のことだろうがーーを考える辻を見て中村は笑う。巫山戯た態度ではあるがこの男なりに目の前の生真面目男を気にかけてはいる。面倒見のいい男なので厄介事を背負い込んでは苦労して、それでも愚痴をこぼさず他人を気遣えるこのお人好しを、口には出さないが中村は敬意を持ち、いい友人と思っているのだった。

 

「おーい手合わせ終わったか〜?」

後ろの方からかけられた声に二人が振り向くと、三人の男がこちらに近づいて来るのが見えた。

先頭で中村と辻に声をかけた男は丈が脛まである長ランに身を包んだ二メートル近い大男である。足には鉄ゲタを履き頭部で歩みに合わせ悠然と揺れるのはきっちりと整えられたリーゼント。本人の頭と同じ位の大きさがある誰がどう見ても立派なリーゼントであった。正確にはこの高く上げられた前髪はポンパドールと呼ばれるのだが言っても詮無いことだろう。

昭和の不良映画から抜け出してきたような時代錯誤な出で立ちの男だが続く二人も中々に人目を惹く姿であった。

一人は緋牡丹と紅椿が倒れ伏す白骨死体の眼窩や肋骨の間から咲き乱れる、着ている人間の神経を疑うような柄の着物を身に纏う細面の男である。鼻筋の通った涼やかな、整った容姿の為ある意味栄えた格好であり、似合っているかいないかならば似合うのだが、端的に言って服の趣味が悪い。容貌も手伝い却って悪目立ちしそうである。

最後の一人は前者二人に比べれば幾分まともで濃紺のカンフー服にカンフーシューズといった典型的な拳法家の出で立ちで目鼻立ちはくっきりと濃く、身体つきも逞しいので精悍な印象を与える。特徴としては唇が分厚い。ムッツリとした表情で静かに歩む姿は威圧感があるが、この集団の中では相対的にかなりまともに見えてしまう有様である。

名前はリーゼント長ランが豪徳寺 薫(ごうとくじ かおる)、悪趣味優男が山下 慶一(やました けいいち)

無愛想カンフー服が大豪院 (だいごういん)ポチ。

辻と中村を含めバカレンジャー(高等部ver)と呼ばれる五人組の集結であった。

 

「へ〜とうとう桜咲ちゃんとの関係に変化があったんだ。挑んでは倒され続けて早二年。ようやく切った張った以外のコミュニケーション取る気になったんだね」

「山ちゃん、バカ村にも言ったけどそんな和やかな雰囲気じゃ無いんだよ。なんか深刻そうなんだ桜咲」

「囃し立てるのは散々馬鹿がやったろうから俺らは真面目に考えるか。と、言っても俺に女子の気持ちなんて解るわけ無いしな。悪いが役には立てそうも無いぞ、辻」

「…そもそも詳しい話の内要もお前が語らんなら相談に乗る以前の問題だ。愚痴が言いたいなら聞いてやるがそういう訳ではないだろう?珍しく馬鹿が正しいぞ、辻」

「ああ、解ってる。でも桜咲の考えが解らない以上下手に話してあいつが誤解されるような事にはしたく無いんだ。相談しておいてろくに説明もしないですまんがここは譲りたく無いんだ」

「本人に聞きもしないで他人がどうだ、なんて決めつけねぇよ。と言いてー所だがいいんじゃねえか?お前以外はせったんとろくに付き合いねぇしな、よっぽど大事になんなきゃやりてーようにやりゃいいさ…それはそうとてめえら揃いも揃って俺をバカ扱いしてんじゃねえよ‼︎」

「今更だ、馬鹿。…まあめげずに話してみろよ、そんなこと態々言って来るんだ、少なくともどうでもいいとは思われてねえさ」

「寧ろ相当気にかけて貰ってるみたいだからね。あっちが折れるまで粘ろうよ」

「うむ」

「…そうだな。はいそうですかと引き下がれないなら、踏み込むしか無いか」

辻はひとつうなづき、決意する。結局最初から話は決まっているのだ。納得できないならできるまで行動あるのみである、この際妙な噂が立っている相手だからと関わるのに尻込みしてはいられないだろう。

「皆、ありがとう。俺なりにやってみるよ」

「応、がんがれよはじめちゃん!できれば問題解決と一緒にラブロマンスも持ってこい」

「こりねえなお前。よし、とりあえず目処が立った所で今度は俺と勝負だ辻!」

「その切り替えはどうなのさ豪徳寺。いまやっても辻は集中できないんじゃない?」

「それ以前に間も無く始業だ。先ずは学校に行くぞ」

「「うげぇ〜〜〜」」

「だな」

リーゼントと馬鹿のうめき声を余所に辻達は学校へと歩き出した。


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