お馬鹿な武道家達の奮闘記   作:星の海

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8話 少女の懊悩 少年の春

「スゴイスゴイ、みてください明日菜さん、わぁぁーっ⁉︎」

「はいはい、何やってんだか」

鹿がいる。それも当然、ここは奈良公園である。

「…ふ、何をやってんだかネギの野郎は。鹿ごときに醜態晒しおって、この中村様がお手本を…ふぎゃー⁉︎」

「はいはいお約束お約束」

鹿せんべいごと手を鹿に噛みつかれて慌てふためいているネギを鼻で笑った中村が、鹿せんべいの束を手に鹿の群れに突き進み、あっという間に鹿に薙ぎ倒され踏み潰されながら鹿せんべいを奪われる。それを見て山下が適当な拍手を送る。

昨夜の木乃香誘拐未遂事件から一夜明け、3ーAは修学旅行二日目に突入していた。

当然辻達は木乃香の護衛をする為、木乃香がいる5班について奈良まで同行している。

「流石に中村も何時も程のテンションが無えな」

「まあ動いているだけでも大したものらしいからなあ」

昨夜、中村は部屋に戻って程なく目を覚まし、本人曰く死ぬ程かったるい他に異常はなかった。

「だるいで済んでいるのが驚異的だそうだぞ。常人がまともにあれを喰らえば圧縮空気の衝撃波で全身へし折られた後に精神衰弱で一週間はまともに腕も上げられんらしいからな」

大豪院が呆れたように言う。

「色々普通でないと思っていたけど本当に規格外だよね中村は」

山下は笑って中村のトンデモっぷりを語る。

「あいつの精神の根幹たる煩悩の成せる業だな。それにしてもこんなのんびりしてていいんだろうか…」

辻が呟く。昨日あったような嫌がらせも無く、今の所平和に修学旅行を満喫している5班である。昨日の激戦を経たバカレンジャーからすればなんとも拍子抜けだが、敵側も流石に昨日の今日で直ぐ様襲撃できる程の戦力的余裕が無いのでは、ということらしい。

「まあだからと言って気を抜き過ぎる訳にもいかん。近衛後輩に張り付いているとするか」

大豪院の言葉に頷きつつ、ふと辻が思ったことを口にする。

「しかしなんか空気が妙に緊迫しているというかそれでいて何処か浮ついているというか…なんか変じゃないか?今日の5班の皆」

辻の言葉に首を傾げる三人。ちなみに中村はまだ鹿と死闘を繰り広げている。

「気の所為じゃねえの?普通に公園巡ってるだけだぜ。近衛が桜咲にグイグイ迫ってる位で何もおかしい所はねえな。

「ああ、桜咲ちゃんと言えば昨日の夜から何と無く元気なさげだけど真面目に護衛はしてるみたい。各班に式神を放ったから何かあったら教えてくれるって」

「ついでに言うなら宮…崎後輩だったか?大人しそうな少女だったが妙にテンションが高い。浮ついた空気とやらはこれが原因ではないか?」

「…うん」

辻は思った以上に詳細に返って来た現状報告に少々気圧されながらも返事を返す。

「なんにしろ関西呪術協会に関わりが無さそうならなにをしていても彼女らの自由か。荒事じゃないなら俺らは黙って見ていよう」

「だな」

「まあ昨日忙し過ぎたからね。多少はのんびりしようよ僕らも」

「張り詰めた弦はいつか切れる、か。まあ油断しすぎんようにな」

各々頷き、散開する。

「助けろやお前らぁーっ⁉︎」

無論全員がスルーした。

 

「気になるのは桜咲だな…」

刹那に話しかけようとする木乃香を撒いて、刹那を探している姿を後から尾けているという奇行をやらかしている後輩が辻は心配だった。なんだか隣にいる明日菜も本気で心配そうにしてるし。いや辻が心配なのは奇行がではなく沈んでいるように見える所がだ。

…昨日なんかあったのかな…

無論木乃香が誘拐されたという大事件はあった。陽動にまんまと引っ掛かったことを悔やんでいたとは豪徳寺達から聞いている、その関係だろうと辻は思うのだが、

「聞き辛いよなぁ…」

ヘタレなのは俺の悪い所だ、と自分の情けない様に溜息をつく辻。今は何もないが今後関西呪術協会の過激派とやらが何もしてこないなどということはほぼあり得ない。反省するという行為自体は悪いことでは無いが、気に病み過ぎるようなら一般人とかプロの護衛とかそういうのは関係なく、年上として先輩として諭してやりたいと辻は思っている。

「…うん、尻込みしてる場合じゃないか…」

辻は腹を決めて木陰の刹那と明日菜に向かって歩き出した。

 

「…辻部長、昨夜は本当にありがとうございました。先輩の機転が無ければ、みすみすお嬢様をかどわかされていたでしょう…」

「あ、ああ気にするなよ。俺にしたって足止め位しか真面にやってないし…」

「いえ、この前まで裏の世界も知らずにいたというのにそれだけ出来れば充分に過ぎます。それに比べて私は……」

…ヤバいどうしよう。後輩がガチで思い詰めてる。

颯爽と声をかけ、対話に持ち込んだまではいいが思ったよりも刹那の様子は深刻だった。

「…ね、ねぇ桜咲さん。木乃香は無事だったんだからそこまで落ち込まなくてもいいとあたしは思うんだけど…まあ何も出来なかったあたしに言われても説得力無いかもしれないけど、それでもよ」

明日菜もそんな刹那を見兼ねてかフォローに入る。

「…神楽坂さん、お気持ちは嬉しいですが、結果的に無事だったからよし。では済まされないのが護衛というものです。昨日の陽動にしても、存在を秘とする裏の世界の人間があそこまで派手に動いている時点で誘いだと気づかねばならなかったのです。偉そうに先輩達を諭しておきながら、私は…」

「桜咲」

堪りかねて辻は桜咲の言葉を遮る。刹那の生真面目さが悪いループを呼び込んでいる。正してやらねばドツボに嵌ると辻は確信した。

「そんなのは全部たら、れば、の話で今思い返してもどうしようもない事だろ?確かにお前は昨日最善手を打てなかったかもしれないがお前は全力で頑張ったんだ。重要なのは過程で無く結果守り通せたかどうかだろう?今はお前だけで護衛しているんじゃ無いんだ、もう少し気を楽に…」

「…頑張った、ですか」

辻の言葉を聞き、刹那が自嘲するように笑う。

「私は頑張ってなどいませんでしたよ、辻部長。自分可愛さに妥協した只の臆病な卑怯者です」

「桜咲…?」

「貴方との約束もこうして碌に守れず、護衛としてもこの有様、やはり私にお嬢様のお側にいる資格など無いのです…」

「っ!桜ざ、」

「あーっ!もうさっきから聞いてればグダグダネチネチうるっさいわねホントに‼︎」

辻よりも早く明日菜がキレた。

「先輩も言ってんでしょうが後悔してたって現在(イマ)がなんか変わったりはしないのよ‼︎駄目だったなら次頑張りなさいよ頑張れなかったなら頑張ればいいだけでしょうが馬鹿じゃないのあたしに馬鹿にされてどうすんのよ桜咲さんの馬鹿‼︎」

「……神楽坂さん…」

「か、神楽坂、なんて言うか落ち込んでる人間にはもっとデリケートに…」

驚いたように顔を上げる刹那にオロオロと明日菜を宥めようと辻が声をかけるが、明日菜は止まらない。

「大体お嬢様の側にいる資格ぅ?いい、わかってないようなら教えてあげる。友達が一緒にいるのに大層な理由も資格も要らないのよ‼︎別に今すぐ昔みたいに木乃香と接しろなんて言わない、でも護衛だから何だからって理由付けて会話自体拒否するならそんなの木乃香の為じゃ無くって桜咲さんの言ったとおり自分の為でしょ⁉︎護衛として駄目だったとか悩むなら護ってる木乃香にまず悲しい顔させてんじゃないわよ馬鹿ァ〜〜ッ‼︎‼︎」

よく通る叫び声が響き渡った後には気まずい沈黙が辻達を満たした。

…神楽坂ぁぁぁぁぁっ‼︎‼︎‼︎

辻は心中明日菜に全力抗議をする。いや、告げた内容自体はいいのだ。辻が言いたいことを大体代弁してくれたのだから。しかし、こういった相手への批判を含む忠告は伝え方というものがある。ここまで喧嘩腰に言ってしまえば刹那が更に落ち込んだり、場合によっては激昂して諍いになることも充分あり得る。だからこそ、辻はなるべく穏当な言い方で伝えようと思っていたのだが…

…馬鹿正直で真っ直ぐな気質が悪い方に出てしまった……

明日菜はどうなのよとばかりに刹那を睨み付けたまま視線を外さない。どうにかフォローせねばと辻が口を開きかけたその時、

「ふっ、く…っあは、ははははははっ!……」

刹那は顔を覆い、堪えきれないとばかりに身を屈め笑声を溢す。くつくつと口端からなおも笑いの欠片を漏らしながら、身振りだけで明日菜に謝った。

「…桜咲さん、あたし面白いこと言った覚え無いんだけど?」

目を物騒に細めつつ明日菜が尋ねる。刹那はようやく笑いを収めながら、改めて明日菜に謝った。

「…すみません、神楽坂さん。神楽坂さんを笑ったのでは無いのです。…何というか、本当にその通りだなって…ここまで言われるような様で、何やってるんだろうって、…思っちゃいまして…」

目元を押さえ、桜咲の声が掠れる。

うわ泣いてるって辻がキョドり、明日菜の顔を見るが、明日菜は困ったような顔になりながらも刹那に言う。

「…桜咲さん、私は桜咲さんにどういう事情があるのかも知らないし、私あんまり頭良くないから難しいことわかんないんだけどさ…。桜咲さんの悩みが木乃香に関係してるんだったら、木乃香にもちゃんと話した方がいいと思うわ。木乃香は勿論だけど桜咲さんもいい人だって私思うし…どっちにどんな理由があるのかわからないけど、絶対木乃香なら話せばわかってくれるわよ。もう少しさ、狡くなってもいいんじゃないの?一人で悩んで無いで、木乃香と一緒に悩みなさいよ。あの子そんな柔じゃないわよ」

「…わかってます」

小さく震えながらも刹那は言う。

「わかってるんです。お嬢様は悪く無いのです、…信じきれないのは、私の弱さです。全部わかってます、私が動けばいいだけなんだって……でもごめんなさい、私駄目です。……まだ、駄目なんです。………ごめん、なさい」

顔を覆ったまま刹那が体を折る。水滴が地面に落ちる音が聞こえてきた。

……どうするんだこの状況。

辻は自分の器量(キャパシティ)を越える事態に動くことが出来ない。明日菜を見ると、うーんと唸りながら頭を掻き、小さく溜息をついてから辻の方を見る。

「あたしじゃあこれ以上は、言えないわ。辻先輩、後任せたわ。桜咲さんのフォローお願い」

後輩がキラーパスを出して来た。

「おまっ……!引っ掻き回すだけ引っ掻き回してなんだその鬼振り⁉︎巫山戯るなよ‼︎」

「あたし程度の付き合いでこれ以上は言っていいことじゃ無いのよ!辻先輩ぶっちゃけ現在で木乃香をぶっちぎって桜咲さんと一番仲良いでしょ、なんとかしてあげてよ、お願い‼︎」

スパン‼︎と手を合わせ頭を下げて明日菜が頼み込む。

「いや、だからってお前…」

「じゃっ、あたしはネギの様子見てくるわ‼︎桜咲さん、ちょっと言い過ぎた、ゴメン。辻先輩、言い遅れたけど昨日は木乃香を助けてくれてありがとうございました。これからはあたしも頑張るわ!じゃあっ‼︎」

男前な後輩は言いたいことだけ言って颯爽と駆けて行った。後には辻と身を震わせる桜咲が残る。

…いや、無理だろう、これ。

辻は固まっていた体をようやく動かすことに成功したがそこからどうすればいいかわからない。周りを無意味に見渡すが当然解決の糸口など見当たらない。

辻はしばらくウロウロしていたが、やがて一つ息をつき、刹那の座っているベンチの隣に黙って腰掛ける。刹那は僅かに身を震わせたが、言葉は無い。

…拒否されないならそれでいいか。

辻は思い、黙ったまま刹那が落ち着くのを待つことにした。

…何も言えないなら俺が言うべき言葉は今は無いんだろう。

…桜咲なら、大丈夫だ。

黙って空を見る辻にやはり黙ったまま刹那が身を寄せ、その肩に頭を預けた。

…………あれ?……………

思ってもいなかった刹那の行動に辻は一瞬フリーズし、そろりと刹那の顔を覗き込むが、顔を覆ったままの刹那の表情は窺えない。啜り泣きだけがかすかに聞こえた。

……中学生だもんな、まだ。

まだまだ子どもなのだ、この少女も。

辻は何も言わずに空を向き、刹那も言葉を発さぬまま、辻の肩を枕に、泣いていた。

 

 

 

「…すみません、お見苦しい所をお見せしました…」

少しだけ目元の腫れた刹那が辻に頭を下げる。

「さて何の話か、空が綺麗だったので覚えて無いな」

辻はすっとぼけて答える。それを聞いて刹那は小さくではあるが、ようやく笑った。

「…辻部長」

「…なにさ」

「…約束、守れるよう、努力します」

「……そうか」

「はい」

しばらく二人は沈黙し、少ししてから揃って歩き出した。

「…大豪院も付いてたから近衛ちゃんは大丈夫だとは思うが、少々離れすぎてしまったな…」

「お嬢様には式神をつけてありましたが、そうですね、手早く戻りましょう」

歩きながら刹那が答える。

「…戻ったら隣で護衛するか?桜咲」

「…いえ、今日の所は……」

申し訳無さそうな刹那に辻はそうか、とだけ言って苦笑する。

「ですが…」

「ん?」

続けられた言葉に辻が刹那を見ると、刹那はぎこちないながらも笑みを浮かべ、

「…今日、ホテルに戻ったら…少しだけ、お嬢様と話してみます」

と、小さくだがはっきりと刹那は言った。

「…そうか…」

辻は笑顔を浮かべ、それだけ言った。

 

「…ネギ君、どうしたんだ、これ?」

何と無く穏やかな空気のまま木乃香のいる所まで戻ったら何故かネギが倒れていた。顔を真っ赤にしてうわ言を呟いており、完全に意識が朦朧としている。明日菜や木乃香は介抱しつつ声をかけているが、返事は無い。

「いやなんて言うかな…」

山下が形容し難い笑顔でネギに濡らして絞ったハンカチを額に当てながら、

「…ネギ君宮崎ちゃんに告白されてさ、知恵熱で倒れちゃったみたい」

「……はぁっ⁉︎」

辻の叫びに豪徳寺、大豪院も微妙な顔で頷く。少し離れた所で何故か伸びていた中村が、ボロボロの顔を僅かに上げ、

「……、リア充爆発、しろあーーっ‼︎‼︎」

叫んだ後また倒れた。

………今度はなんなんだ、この状況。

辻は空を仰ぎ見る。ムカつく程に晴れ渡った空がこちらを照り返していた。

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