「…さてどうしよう、ネギ君のこと」
二日目の修学旅行が終了し、ホテルに戻って来た辻は開口一番そう言った。
「…まあ、普通なら笑って暖かく見守ってやる所なんだがなぁ……」
豪徳寺が複雑な顔で呟く。
「状況的にネギ君に呆けられたままじゃちょっと所か大分困るんたよねぇ…」
山下も困ったような顔で言う。
「…宮崎後輩に判れと言うのが酷だが、空気を読んで貰いたかったものだ……」
大豪院は苦い顔で呟く。
「ちょっと大豪院、その言い草は無いでしょ。宮崎ちゃんは真剣に告白したんだよ、見てた僕には解る。こっちが立て込んでるからって恋する乙女に時間も場所も空気も関係無いんだから」
「だから宮崎後輩の気持ちを否定は俺もしない。しかし、やっと生徒達の引率をこなしているような十歳児に更に負担をかけるような真似はよして貰いたかった、と言っている」
「いや大豪院、言いてえことは解るが宮崎だって14のガキだ。そこまで考えて気持ちを押し殺すなんてのは無理だろ?」
山下達の言い合いを聞きながら辻も小さく溜息をつく。
…正直正真正銘の十歳児に本気で告白する女子中学生ってどうなんだろうとは俺も思ったけどなぁ…
まあネギ君は格好いいしな、歳の割りに。と辻はなんとなく納得する。歳の割に驚く程しっかりしているし、礼儀正しいし顔もいい。もう五年、いや三年もすれば女子が放っておかないのは理解していたが…
…今の時点でこれか……
正直将来のことを考えると恐ろしくなってくるが、今はそんな先のことを心配している場合では無かった。
「…どうでもいいだろうが、あんなガキのこたぁ…」
と、中村が寝転がったまま不貞腐れたような声を出す。
「まだ言ってんのかこの馬鹿は」
「中村、十歳の子どもに本気で嫉妬するってかなりみっともないよ?」
「状況を見てものを言え、
「中村、俺達がここに来た目的忘れたか?ネギ君のフォローする為だよ」
各々が飛ばす冷たい罵倒にもめげず中村が跳ね起きて吠える。
「うるせー‼︎只でさえクソダリィのにガキとはいえイケメンの野郎が希少価値の高い前髪系目隠れ美少女に告白されて困ってる、なんてリア充の勝利者的悩みなんぞ関わってられるかぁ‼︎お前らも放っとけや惨めな気分になるぞ⁉︎」
「惨めなのはお前の性根だよ」
「ネギ君そんな幸せそうな気分で悩んでないから。責任を取らなきゃとかそういう重い方向で悩んでるから」
「大体恋愛方面に全力で関われん状況だから悩んでいるのだろうが阿呆」
「関わりたくないなら寝てていいから黙ってろ小物」
集中砲火を喰らって倒れ伏す中村。それに見向きもせずに再び相談を始める一同。
「現状、麻帆良からの応援は期待できるか出来ないかはっきりしない状況らしい。やっぱりネギ君はあのままにはしておけないな」
「はっきりしないってのはどういうことだよ辻?」
辻の結論に疑問を上げる豪徳寺。
「桜咲からの情報だ。昨夜既に麻帆良の魔法関係者には連絡を取って現状を報告したらしいんだが、あっちも想定外な状態になってるらしく、対応して場合によっては応援を送るって話らしい。ところが一夜明けても手は打ったらしいが桜咲に何だかはっきりした説明が無いんだと。特に修学旅行を中止して近衛ちゃんを帰らせろとも指示は出てないし、そのまま護衛を続けてくれってことらしい。ちなみにネギ君が協力したことは報告したが俺らのことは報告していない。が、ネギ君も俺達も特にどうしろ、どうしたと命令や追求は無しだ」
辻の言葉に揃って胡散臭そうな顔になる一同。
「すこぶる違和感のある対応だな」
厳しい顔つきで大豪院が呟く。
「俺でもなんかおかしいってのは解るぜ、これは」
「大事なお孫さんが襲われたのに保護をしない、味方に自軍の情報をはっきり伝えない、見習いの筈の魔法使いが思い切り荒事に巻き込まれてるのに関わるのを止めさせず寧ろ巻き込もうとしてる節がある、か……やだなあ本来味方の筈の組織が信用出来ないって」
豪徳寺が呻く様に言い、うんざりした様に山下が畳に倒れ込む。
「………………」
中村も言葉は発しないが、真剣な顔で何事か考えていた。
辻自身もこれは本当にネギ君自身に何かあるかと思いつつも、現状どうするかに話を絞る。
「まあ、そんな訳だから増援は無い方向で考えていた方が変に当てにして対応を誤らなくていいだろう。で、宮崎ちゃんの件だけど…」
一同でうーむと唸る。
「…矢張り返事は最低でも修学旅行が終わるまで待って貰うのが無難では無いか?正直そんな場合では無い」
「いや、それじゃあ宮崎の奴が生殺しだろ。告白なんてことした以上は早めに返事が欲しい筈だぜ」
「と、言っても安易にYesともNoとも言えないよねぇ、ネギ君は。仮にも先生なんだからそれこそ責任問題になっちゃうし、かと言って脈が完全に無い訳でも無いみたいだし…」
一同の間に沈黙が降りる。辻も頭を捻るが有効そうな手段は思いつかない。
…どうしたもんかな……
「……そんなもん外野がどうこう考えたって始まらねえだろ」
「中村?」
黙って畳に突っ伏していた中村が不機嫌そうな声で言う。
「お前ら大分保護者的感覚になっちまってるからあれこれ言ってるけどよ。告白したのは宮崎ちゃんでされたのはネギなんだぜ?こんなもん結局はネギがどう思うかなんだよ。考えて付き合いたい、と思ったらハイ、駄目だと思ったらイイエ、そんだけの話だ。答えが出ねえならすいませんまだわかりません、時間を下さいでいいんだよ。正直告白に対する返事としちゃあ最低の部類だが、ネギまだガキだしな。宮崎ちゃんも言ってたけど自分の気持ちを知って欲しかったってのは、ネギが宮崎ちゃんを
中村が下らなそうに再び不貞寝に入るが、辻達からは答えが無い。奇妙に思った中村が顔を上げると、そこには愕然とした表情の四人がいた。
「……え?どしたのおめえら、凄え顔して…?」
中村の問いに、辻が震えながら、
「…お、お前誰だ?中村じゃ無いな⁉︎」
「はあ⁉︎」
「中村がこんな真面な意見を言うなんて信じられねえ…どっかで入れ替わったろ⁉︎何処のどいつだ‼︎」
「待って皆‼︎中村は昨日精神に直接打撃を喰らう魔法を受けてたよね、その衝撃で思考が一般的な意味で正常に戻ったのかも‼︎」
「だとしたら昨夜の敵はなんと素晴らしいことをしてくれたのだ……。中村、一生そのままでいいぞ。頼むから元に戻ってくれるな」
「巫山戯んなてめえらぁっーー‼︎‼︎人が珍しく真面目に考えてやったらなんだその反応は⁉︎俺が真面な事言ったらおかしいってかぁ⁉︎⁉︎」
「おかしいよ」
「おかしいぜ」
「おかしいね」
「おかしいな」
四人一斉の返答に中村ががっくりと倒れ伏す。
「まあ理由はどうあれさっきのお前は非常に良かったからこれからもその調子で頼む」
「おう、なんなら定期的に魔法を喰らって意識を正常にしようぜ」
「て言うか中村、さっきの真面モードだと恋愛事情に妙に詳しかったからあのままだと女の子にモテるかもしれないよ」
「怪我の功名とはこのことだな、だるさが消えたら言え。再びおかしくなったとみなす」
「……てめえら死ね。氏ねじゃなくて死ね」
中村は突っ伏したまま怨嗟の声を洩らした。
「じゃあ基本は中村の方針で。考えて結論出すだけでいいけど僕らが考えを誘導しないようにすること。これでいいね?」
「ああ」
「依存は無い」
「その方針で」
「勝手にしやがれ勝手に、ケッ‼︎」
山下の言葉に頷く一同。約一名完全にやさぐれていたが総意は総意である。
「じゃあネギに忠告しに行くか。流石に全員で行く必要は無えよな?」
豪徳寺の言葉に辻が頷く。
「行くのは一人でいいだろ。後は今夜こそ侵入されないようにホテルの周りでも見張っていよう。へばらないように交代制で」
辻の提案に頷く面々。
「じゃあ誰が行くかだが…」
「俺はぜってー行かねえ‼︎幾ら相手がネギと言えども俺はこれ以上この身から溢れ出す妬みの心を抑えられる気がしねえもん」
「もん、じゃないよ、もんじゃ」
「まあ、いいんじゃない?中村は発案者だしね、僕が行くよ」
「愛だの恋だの語るのは苦手だからな、頼んだぜ山ちゃん」
「右に同じだ、任せた」
「辻もそれでいい?」
山下の質問に頷く辻。
「ああ。俺も正直そういうの上手く説明できる気がしないからなあ。一番語って説得力ありそうなの山ちゃんだし」
「但しイケメンに限る、という奴ですね、わかりたくありません」
中村が吐き捨てるように合いの手を入れる。
「とりあえず真面目に寝ていろ中村」
「だな。お前はもう少し回復してから夜中廻った頃に見張り立って貰うからよ」
「じゃあ最初は俺が立つさ。大豪院、適当にローテーションの順番決めておいてくれ」
「心得た」
辻の言葉に大豪院が頷く。辻は日本刀と数本の木剣が入ったゴルフバッグを手に立ち上がり歩き出す。山下もネギに会いに行くべくそれに続いた。
「辻〜〜」
「ん?」
中村の呼びかけに辻が振り返る。
「…せったんは大丈夫かよ?」
台詞とは裏腹に真面目な顔で中村が尋ねる。
「…あいつは平気だ、強い娘だからな。万一駄目そうなら助けるさ、あいつは俺の後輩だからな」
後せったんは止めろ、と言い残し辻は部屋を出た。山下も一つ笑ってそれに続く。
残された三人は暫く無言だったがやがて中村が口を開く。
「…あいつあれで桜咲のことマジに恋愛感情無いと思うか?」
「本人に自覚が無いだけでとっくに惚れてるように見えるぜ、俺は」
中村が半眼で宙に向けて呟くと豪徳寺がやってられんとばかりに合わせる。
「程度の差はあれ桜咲も似たようなものだがな。全くある種面倒な
大豪院が呆れたように続けた。
「じゃあ山ちゃん、任せた」
「任されたよ。終わったら連絡するから」
辻がホテル周辺の見張りにつき、山下は適当な場所でネギと落ち合うべく、電話をかけながら歩き出した。その後ろ姿を見送りながら辻はホテル内の後輩達へと想いを馳せる。
…今頃桜咲は近衛ちゃんと話してるかな?
辻は経過が気になりはしたがやがて頭を振って見回りに戻る。
…仕事はきっちりやらないとな、それにしても……
「昨日の夜もさっきまでも凄まじく騒がしかったのに今は不気味な位静かだな…」
新田先生の雷が遂に落ちたか、と心中で合掌しながら辻はホテル裏口を確認しに行った。
「修学旅行特別企画‼︎『くちびる争奪戦、気になるあの人とラブラブキッス大作戦〜〜‼︎‼︎』」
モニター室に陣取り、マイクに向けて少女ーー朝倉 和美が
事の発端はある意味辻の予想通り新田先生の雷であった。昨日に続いて枕投げ、怪談話等、年頃の中学生らしく非常に姦しい夜を過ごしていた3ーAの騒がしさに学園広域生活指導員の鬼の新田の堪忍袋の尾が切れた。これにより3ーAの全員は各班部屋からの退出禁止、破った者はロビーで正座という厳しい制限がかけられたのだ。
当然大人しくしている気などさらさらない3ーAは朝倉の持ちかけたゲーム、くちびる争奪に乗っかり、夜を徹した大騒ぎを敢行しようとしているのであった。
しかしこのゲーム裏があり、表向きはホテル内を忍んで
カモは主の補助を主な役割とし、従者との契約において橋渡しを行う古くからある
朝倉がカモに協力しているのは、ネギの魔法関係に関するインタビューの独占権の為である。朝倉はネギが魔法使いだという証拠を偶然目撃してしまい、その衝撃的事実が自称記者魂に火をつけ、ネギに突撃インタビューを行った。が、ネギの癇癪によって失敗に終わり、一部始終を目撃していたカモが朝倉の手腕に目を付け、協力を見返りに情報を流す取引を持ちかけたことによりこの
「つーかカモっち、本当にあの先輩達巻こんじゃって大丈夫な訳?あの人達普段は馬鹿やってるけど怒るとメッチャ怖いよ?」
「大丈夫だ心配すんなブン屋の姉さん、旦那方には後で俺っちがきっちり説明しとくからよ」
微妙に不安そうな朝倉に太鼓判を押すカモ。今回のゲームはなんとネギだけが
…まあ実際旦那方はこんな行い絶対に認めやしないだろうけどな。
カモは内心そう考える。ネギの為に伝説の吸血鬼と殺し合い、明日菜を素人だからと荒事の場に絶対に連れて行かなかった辻達である。下手をすれば朝倉はともかくカモは抹殺、あるいは追放の恐れもある。
…済まねえな、兄貴、旦那方、そして巻き込んじまうことになる嬢ちゃん達。
…それでも俺は
カモは腹の底で決心し、朝倉について準備を進める。
…学園側の連中を俺も笑えねえ……
……つくづく格好悪い大人だぜ。
〜第一班〜
「あぶぶぶ、お姉ちゃ〜〜ん正座嫌です〜〜」
小柄な少女、鳴滝 史香が涙目で先を行く己と瓜二つな姉に告げる。
対して鳴滝 風香は自信満々に弱気な妹に宣言する。
「大丈夫だって、僕らは楓姉から教わってる秘密の術があるだろ」
「その楓姉と当たったらどうするんですかー⁉︎」
「なんとかなる‼︎」
史香の最もな疑問に根拠の無い断言をし、二人は突き進む。
〜第一班二班〜
「古、本当に参加して良かったのでござるか?」
長瀬 楓は矢鱈と気合いの入っている傍らの少女ーー古 菲に問いかける。
「勿論アル!ポチがわざわざこんな所まで現れたのなら勝負を挑まぬ理由が無いアルよ‼︎」
古は目にも止まらぬ速度で拳足を虚空に見舞い、闘る気全開で答えた。
「…では古の狙う対象は大豪院殿でいいのでござるな?」
「?、当たり前アル。ポチは普段
「…そうでござるか、ならば拙者は何も言わんでござる。古、応援しているでござるよ」
「わかったアル‼︎」
元気良く答える古に心の中で楓は疑問を溢す。
…古はちゃんとルールを理解しているでござるか?
〜第三班〜
「うぐぐ、なんで私がこんなことを……」
心底ダルそうに呟くのは長谷川
千雨。絶賛やる気0%の参加者である。
「つべこべ言わず援護して下さいな、ネギ先生の唇は私が死守します‼︎」
一方対照的にやる気どころか怪気炎を上げてやる気200%の雪広 あやかである。
「っつーかあのバケモンみたいな先輩達も参加してんだろこの馬鹿騒ぎ?普通に命が危ねえんじゃない?」
「あの方達はわざわざ挑みかかりでもしなければ女子どもに暴力は振るいませんわ、行きますわよ長谷川さん‼︎」
「うえ〜〜〜〜〜」
呻き声を上げる千雨を引きずってあやかは爆進する。
〜第四班〜
「まき絵、誰狙ってるの〜?」
「うーんやっぱりネギ君かなぁ?正直他の先輩は、ねぇ…?」
明石 裕奈と佐々木 まき絵はゲームで狙う対象を談議しながら進む。
「あぁ〜確かにねぇ。山下先輩とか凄い格好いいけど、流石にこんなゲームでキスなんてしちゃったら気まずい所の騒ぎじゃないもん」
「だよね〜……中村先輩は、無いね」
「うん、無いわ。顔は結構好きなんだけどねぇ…」
「と、いう訳で私はネギ君狙い。えへへーネギ君とキスかーんふふ♡」
にやけるまき絵をやや呆れ気味に祐奈は見やりながら進む。
〜第五班〜
「まったくウチのクラスは阿呆ばっかりなんですから…せっかくのどかがネギ先生に告白した日の夜にこんな馬鹿騒ぎを…」
「ゆ、ゆえ〜」
綾瀬 夕映は何時もの仏頂面を更にむっつりとした顔に変え、宮崎 のどかを連れながら歩いていた。
…それにしても、中村先輩などはまだわかりますが、辻先輩や大豪院先輩がこのような馬鹿騒ぎに参加するなど違和感が残ります…
と、夕映が考え込んでいるとのどかが夕映の袖口を引き、止めようとしてくる。
「ゆえゆえいいよ〜〜これはゲームなんだし…」
「いいえ、駄目です」
夕映は瞳を力強く輝かせ、のどかの言葉を遮る。
「…ネギ先生は私の知る中で最も真面な男性です。のどか、貴女の選択は間違って無いと断言しますよ」
「ゆ、ゆえ……」
感極まったように声を詰まらせるのどか。
「それに私達に有利な点はもう一つあるです。経緯はわかりませんが辻先輩達五人は今京都にいて、何故かこの馬鹿騒ぎに参加します。あまつさえ先輩達は昼間公園にいて、こちらの事情を知っているのです。訳を話せば悪ノリで参加しているだけの連中では無くこちらに協力してくれるかもしれません」
夕映は決意を込めてのどかの手を引き、一歩を踏み出す。
「絶対勝ってのどかにキスさせてあげます。行くですよ‼︎」
「う、うんーー!」
かくして役者は揃い、
騒動の種が芽吹く。
「では、ゲームスタート‼︎」
「…なんだ、あの光は?」