お馬鹿な武道家達の奮闘記   作:星の海

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12話 悲劇的 或いは喜劇的大騒動(下)

「中村、先輩…」

「下がってなリーダー、たったと片付けっから…よ‼︎」

言葉と共に胴を貫かれたまま不気味に蠢くネギ擬きに、中村は手加減抜きで蹴りをぶち込んだ。突き刺した手刀が外れ、蹴られた腹回りを凹ませながらネギ擬きが吹き飛ぶ。

「ポ〜〜チ‼︎そっちはどうだ⁉︎」

「問題無い、全員無事だ‼︎そしてポチと呼ぶな!」

のどかの手を掴んでいた一体を靠撃で壁にめり込ませ、残る二体を牽制しながら大豪院が怒鳴り返す。

「か、楓姉ぇ〜〜‼︎」

「ふええ、こ、怖かったですぅ〜〜‼︎」

「おお、よしよし、もう大丈夫でござるよ、二人共」

これまで堪えていた反動か、風香までもが泣きじゃくりながら鳴滝姉妹が楓に抱き着く。楓は二人を優しく抱き留めながらも、油断無くネギ擬き達の方を見やっていた。

「本屋!大丈夫アルか⁉︎」

「く、古さん…はい、大丈夫です」

のどかは掴まれていた手首を軽く振り、特に痛みなどが無いことを確認し、古に答えた。

「古」

「なにアルか?」

大豪院の呼びかけに古が答える。

「そこの双子と宮崎、綾瀬後輩を連れてロビーで温かいものでも飲ませてやれ。この場は俺と馬鹿で引き受ける」

懐から千円札を古に放りながら大豪院が言った。

「だな、楓ちゃんも行ってくれ、手間だけど怪しい気配を感じたらそっちの様子も見てくれねえか?」

「あいあい、了解でござるよ。しかし、そこのネギ坊主擬き、先輩方二人で大丈夫でござるかな?」

中村の言葉に鷹揚に頷きつつ、楓が尋ねる。

「あまり侮るなよ、長瀬後輩、この程度の相手…」

言葉の途中で襲い掛かってきたネギ擬きの一人に大豪院は踏み込む。ホテル内に一瞬振動が走り、体の内側からすくい上げるような裡門頂肘がネギ擬きを歪ませて(・・・・)吹き飛ばし、壁に二つ目のクレーターを作った。

「俺一人でも問題無い」

「ポチよぉあんまホテルの中ぶっ壊すなよ、弁償できねえぞ俺ら」

豪語する大豪院に中村がうそ寒気に言う。

「成る程、問題無いようでござるな。古、行くでござるよ」

「了解アル‼︎ポチ、私と楓も何か買ていいアルか?」

「好きにしろ」

楓が鳴滝姉妹を抱え、古はのどかと夕映の手を引き、歩き出す。

「ゆ、ゆえ〜、大丈夫?」

「問題無いです、のどか。…中村先輩‼︎」

「んあ?」

心配するのどかに夕映は返事を返して中村に呼びかける。

「…助けて頂き、ありがとうございました」

「おう、気にすんな。女ぁ助けんのは野郎の義務だかんな」

ケケケと笑って中村が返す。夕映は頭を下げてから、少し躊躇うように尋ねる。

「あの、…これは一体何なのですか?」

中村は少し困ったように頭を掻き、答える。

「リーダーよ、説明できる所は後できっちり説明してやっから、今は休んどけ。怖かったろ?…安心しろ、俺は変態だが、強えからよ」

夕映は暫く中村を見て、やがてもう一度頭を下げて踵を返す。

「行くアルよ、リーダー‼︎」

「はい‼︎」

足音と共に夕映達は去って行った。

大豪院が小さく笑い中村に言う。

「お前にしては格好のついた対応だったな」

「はあ?巫山戯ろ、俺は何時でも格好いいだろうが。ま、半分巻き込んじまったみてえなもんだからな。それに何より、女の子には優しくしねえとよ」

「…フン」

大豪院は笑い、ゆるゆると起き上がるネギ擬きに構える。

「しっかし何だと思うよ、ポチこいつら?」

凹んだ腹、骨格の歪んだ体を一切気にせず立ち上がるネギ擬き達を見ながら、中村が気味悪そうに聞く。

「さあな、詳しいことは解らんが関西呪術協会の攻撃では無いだろう」

大豪院は肩を僅かに竦め、答える。

「何でよ?」

「ネギの形をしているなら、ネギのふりをして俺達を奇襲するなり、生徒を人質にするなりもっと上手いやり様があるはずだ。意味も無く四人も同じものを作って無秩序に暴れている時点で計画的ななにか(・・・)とは思えまい?」

「あー、成る程」

中村は頷き、

「…じゃあなんだよこれ?」

「知るか、沈めてから考えるぞ」

ネギ擬き達がゆっくりと距離を詰めてくるのに合わせ、中村と大豪院も迎え討つ体制を取る。その時、

「ここにいたか‼︎」

「悪りい、遅くなったな‼︎」

辻と豪徳寺が通路の奥から駆けつける。

「遅っせーぞお前ら」

「すまん。長瀬ちゃんから大体の事情は聞いた。こいつらが暴れてるんだな?」

「ああ、辻、お前から見て何かわかるか?」

大豪院の言葉に辻は目を細め、

「全員まともな生き物じゃないな。多分、昨日の女の使ってた式神ってのと同じだ。それ以外はわからん」

「だったら襲撃か?これ。俺はあのお騒がせ女が何かしでかしたかと思ったんだがよ?」

豪徳寺の言葉に頷きつつも、中村が返す。

「なんにしろ専門家がいねえ状況で俺らが考えてもしょうがねえな。ネギやせったんはどうしたよ、(はじめ)ちゃん?」

「山ちゃんに連絡取ったらもう相談終わったとさ。簡単に事情伝えたら山ちゃんは念の為周辺警戒、ネギ君はホテル入ったらしい。桜咲は知らん、連絡つかなかった」

「OーKー、沈めてから聞こうやどっちかに」

話しながらも辻達はじりじりとネギ擬き達に距離を詰めていく。ネギ擬き達は人数が増えたことに戸惑った様に動きを止めていたが、やがてじりじりとこちらは下がり始め…

唐突に全員の体が淡く発光し、先を争うように非常口を叩き破り、外へと飛び出して行った。

「「「「は?」」」」

辻達は一瞬硬直し、

「って逃げんのかよ⁉︎」

「やべえぞあんな連中に一般ピーポー狙われたら‼︎」

「兎に角追うぞ、行け‼︎」

「って言うか、動き速くなかったか⁉︎」

辻達も続いて外に飛び出した。ホテルの中庭に着地し擬き達を見ると、庭と道路の境界線で外に出ようとしてもがいているが、見えない何かに弾き返されていた。

「ああ、そうか。桜咲がホテルの敷地に結界張ってるんだった」

「んだよビビらせやがって。バトルフィールド広くなっただけでこっち有利じゃねえか」

「しかしさっきの動き何なんだよ、今も光ってるしよ」

「恐らく残力エネルギーを過剰消費して一時的に身体能力を底上げしているか何かだろう。鼬の最後っ屁のようなものだ、長くは続くまい」

言い合い、辻達は距離を詰める。

「んじゃ一人一殺で」

「楽勝だな」

「油断はするなよ」

「うし、行くかぁ‼︎」

四人のネギ擬きに辻達はそれぞれ襲い掛かった。

 

 

 

「……何が起こってんだろ、さっきから?」

「ネギ君の偽物みたいなのが本屋達襲ってたかと思ったら、先輩達がバトル漫画みたいな攻防しだして、外に飛び出してったんだけど…」

「朝倉の実況無くなったし…なんかトラブル?」

「うわ、外でめっちゃドカバカやってる‼︎」

「なんかもう違うイベントになってない?」

「あ〜でも夕映ちゃん助けた時の中村先輩はなんか恋愛イベっぽかった!」

「あー確かに‼︎変態なのにちょっと格好良かったし」

「あれ⁉︎ネギ君が玄関から入って来てのどかと鉢合わせた‼︎こっち本物じゃない⁉︎」

「うわ、本当だ‼︎」

 

 

 

「…こっちか‼︎」

刹那はホテル内で戦闘音のするネギの部屋の近くに辿り着き、非常口が破られているのを見て外に飛び出す。

「…これは……」

そこには辻達がネギの姿をした何かと先頭を繰り広げている。ホテルの外には万が一にも逃げ出せないように山下が駆けつけて控えていた。

 

「らぁっ‼︎」

中村の大気を引き裂く右中段回し蹴りを両腕でガードするネギ擬きだが、衝撃を受け止めきれず体が左に浮き上がる。

「パワー上がろうが軽いんだよボケぇ‼︎」

中村の体が跳ね上がり、下方から凄まじい勢いで突き出された飛び膝蹴りがネギ擬きの顔面を撃ち抜き、頭の形が変わる程の衝撃を与えその体を吹き飛ばす。

「へっ!」

 

漢魂(おとこだま)ぁ‼︎」

気弾の爆発をなんとか躱すネギ擬きだが直後に飛んできたもう一発が真面に直撃し、爆発と共に空中へネギ擬きを吹き飛ばす。

極漢魂(きわめおとこだま)ぁ‼︎」

駄目押しとばかりに打ち出された巨大な気弾が空中でネギ擬きを捉え、爆発。ズタズタになったネギ擬きが庭木の一本に横から突き刺さる。

「弱ぇな」

 

(フン)‼︎」

大豪院の鋭い突きがネギ擬きの顔面を狙う。

ネギ擬きは頭部を掠めながらも一撃を躱し、大豪院に詰めて打撃を見舞おうとする。が、大豪院が更に踏み込み、躱された突きの腕が曲がっての外門頂肘がネギ擬きの頭を撃ち抜く。更に大豪院が距離を詰め、肩からぶち当たる靠撃がネギ擬きを吹き飛ばす。

「終いだな」

 

「…なんて言うかなぁ……」

辻の面打ちを肩に当て、半ばまで斬り込まれながらも殴りかかってくるネギ擬きに対し、辻は脇を締め、自重を峰に込めて 引き斬った 。刃物は、取り分け日本刀は引くことにより斬れる。打ち込んだ斬撃の威力が相手の硬度で止められた瞬間に、全体重を刀に乗せながら斜め下方に刀を引き、斬り裂いたのだ。

袈裟懸けに殆ど二枚に下ろされながら倒れるネギ擬き。

「…ネギ君二つにしたみたいで気分悪いなぶふっ⁉︎⁉︎」

唐突にネギ擬きの体が弾け、凄まじい爆発が起こり、至近距離で巻き込まれた辻は宙を舞った。

 

 

 

「つ、辻部長ー⁉︎」

刹那は宙を舞い、落下してくる辻を慌てて受け止め、地面に下ろして抱き起こす。

「大丈夫ですか⁉︎」

「…な、にが……起こった……?」

痙攣し、朦朧としながら辻が尋ねる。

「うぉぉーい⁉︎何がどうした‼︎」

「まさか倒すと爆発すんのか、こいつら⁉︎」

「ちょっとー!辻大丈夫⁉︎」

「お前は見張っていろ山下‼︎それにしても厄介な…」

口々に言う中村達の声を聞きつつ、刹那がふと爆心地を見やるとヒラヒラと何やら見覚えのある代物が地面に落ちた。

……まさか、あれは……!

「先輩方‼︎これは身代わりの紙方の暴走か何かです‼︎」

「ああ?」

「なんだそりゃあ⁉︎」

事態を何と無く把握し、青ざめながらも刹那は叫ぶ。中村や豪徳寺の問い返しに、片膝をついて辻の上体を横抱きにしながら刹那は説明する。

「本人の姿をそっくりに真似る低級の式です!ネギ先生に周辺警戒の助けの為渡したものが、理由はわかりませんが暴走したのかと‼︎」

「結局身内のトラブルか、笑えん、な‼︎」

尚も起き上がり、襲い掛かるネギ擬きを蹴り飛ばしながら大豪院が忌々し気に唸る。

「皆さん、ここは私が…!」

「いや、そのまま辻と下がってろ‼︎大した動きしてねえし攻撃も単純だ、爆発に気をつけりゃあ俺らで充分片が付く‼︎」

中村がネギ擬きを前蹴りで再び蹴り飛ばし、刹那に告げる。

「しかし…!」

「手はある、巻き添えを喰うぞ、言う通りにしろ桜咲後輩‼︎」

大豪院の言葉に刹那は歯噛みするが、辻を抱えてホテルの壁側まで引き下がる。

「よし、中村、山下、一箇所にまとめるぞ!豪徳寺、止めを刺せ‼︎」

「うるせえ命令すんなポッチン‼︎」

「はいよ、中村、ガキかお前は!」

「はいはい、今回何もやってないしね」

それぞれ返答し、大豪院と敷居を乗り越えた山下が庭の中心付近にいる二体に向かって距離を詰め、中村が庭木から降りた一体に向かう。

中村は暴れる一体を強引に捕まえると二人のいる中心に蹴り込む。大豪院は膝の関節を蹴り砕き、山下は逆腕を取って肘と肩の関節を破壊する変形の一本背負いで中心の二体を地面に沈めた。

そこに外側から飛んで来た一体が着弾し、三体のネギ擬きが一箇所にまとまった。

極漢魂(きわめおとこだま)‼︎」

そこにじっと気を集中させていた豪徳寺が特大の気弾を放つ。気弾はもがいているネギ擬き達に着弾し、大爆発を起こした。爆心地でネギ擬きが弾けて誘爆するのを中村達は視認した。

「うっし、やったか‼︎」

「中村が立ててるじゃん、やって無いフラグ」

「くだらねえ事を言ってねえでお前ら……」

「いや待て‼︎一体無事だ、ホテル側に飛んで行った‼︎」

「「「え?」」」

見ればボロボロになりながらも臨界点を越えなかったらしい一体が爆風で吹き飛んでいった。

図ったように辻と刹那の方へ。

 

 

 

誰が悪かったのだろうか。

後に辻は遠い目をして語る。

油断して爆発喰らって昏倒していた自分だろうか、ダメージ与え足りなかった中村達だろうか、気弾を放った豪徳寺だろうか、そもそもこんなものが出現する要因になったネギや桜咲だろうか、それとも馬鹿騒ぎを起こしたカモと朝倉だろうか。

…いや、それぞれに大なり小なり責任はあっても結局悪いのは運命だか偶然だかを司る糞ったれた神だか女神だろう。あの悲劇(・・・・)には何か大いなる者の悪意を確かに感じたんだ、と辻は力説した。

 

 

 

「くっ⁉︎」

刹那は歯噛みして迎撃に入る。

まさかかなりの距離を取っておきながら狙ったようにこちらに飛んで来るとは思わなかった刹那だが文句を言っても始まらない。

…辻部長を巻き込む訳にはいかない‼︎

辻を一旦下ろし夕凪で一撃を見舞おうとする。

 

「おのれ……!」

辻は怨嗟の声を上げる。不覚を取って吹き飛んだが意識はしばらくして明瞭になり、再びこちらに飛んでくるネギ擬きを辻ははっきりと視認していた。

…桜咲を巻き込んでたまるか‼︎

辻は桜咲の腕の中から跳ね起き、手に持つ刀で一撃を見舞おうとする。

 

二人が行動を起こそうとするタイミングは図ったように同時だった。

 

「「は?」」

 

刹那の辻を降ろそうとする動きと辻の跳ね起きようとする動きが拮抗し、更に体は二人とも前に出ようとしていた為体が縺れ、揃って転倒する。

「うわっ⁉︎」

「しまっ⁉︎」

刹那が辻に覆い被さるようにして転倒し、辻は咄嗟に刹那の体を抱きとめる。

「っ痛…」

「痛った…大丈夫か桜咲?」

「あ、はい…」

辻が見やれば桜咲の顔が自分の直近で止まっており、脂汗が吹き出るのを辻は感じた。

…危っぶねえぇぇぇぇっ‼︎危うくまた取り返しのつかない事故を起こす所だった⁉︎

一瞬でも刹那を辻が抱きとめるのが遅かったら古典的なラブコメ的ハプニングが起こっていただろう。

…だがそうそう何度も阿呆みたいな事故起こしてたまるか‼︎

危機はまだ去っていない、このまま呑気に二人で転がっていれば飛んで来るネギ擬きが自分達に着弾してラッキースケベ発生とかそういう流れだ。辻はきちんと危機を認識し、迅速にそれを防ごうと行動した。

「桜咲、離れろ‼︎あれが飛んで来る‼︎」

「っ‼︎はい‼︎」

至近距離で辻の顔を見て若干赤くなっていた刹那も辻の声を聞き、跳ね起きようとした。ここまで二人の対処にミスはなんら無い。だからやはり恨むなら天の悪戯なのだろう。

刹那が跳ね起きようとしたその瞬間、近づいていたネギ擬きが時間差で爆発した。臨界点ギリギリだった状態で余剰魔力を使い切ったのが原因である。

「う、わっ⁉︎」

起き上がりに上方から爆発を喰らい、刹那が辻の方に再び倒れ込む。

「ちょっ⁉︎」

辻の抗議の声が物理的(・・・)に途中で中断させられた。

 

 

 

「「「「……………………」」」」

一部始終を目撃した中村達は無言で佇む。ひたすらに重い沈黙が辺りを覆っていた。

 

「………やっちまった……………」

やがて中村が絞り出すように呻く。

 

辻と刹那は正面から真面に唇をしっかりと重ねていた。

 

 

 

「お、カードが出たぜ‼︎…あれ?ネギの兄貴はキスしてねえな、じゃあ誰の………………辻の旦那じゃあねえか、コレ…」

カモが手に取る仮契約(パクティオー)カードには一振りの日本刀を大上段に構える辻の姿が描かれていた。

称号は、『断斬弍分の執行者』

 


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