お馬鹿な武道家達の奮闘記   作:星の海

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閑話 二人の出会い

随分詰まらなそうな顔をした無愛想な女だ、と俺は最初に彼女を見た時に思った。

 

随分詰まらなそうに剣を振るうな、この人は、と私は最初に剣を合わせた時に思った。

 

 

 

その少女はまだ俺が随分と荒れていて、剣道にも今程熱心に打ち込んでいなかった頃に、俺の前に姿を現した。

「中学一年生の桜咲 刹那だ。京都からこちらに越して来てこの度剣道部に入部することになった。時期外れの入部だが、皆仲良くしてやってくれ」

その桜咲という少女は当時の部長に促され、一礼した後によく通る綺麗な、しかし冷たい温度を感じさせない声で言ったのだった。

「桜咲 刹那です、皆さんよろしくお願いします。早速ですが私は一身上の都合で滅多に部活動に加われません。顔を合わせる機会も少ないとは思われますが、どうかご了承下さい」

…正直に言って第一印象はあまり良くなかった。

まあ誰でも開口一番自分達が熱を上げる活動の場に加わっておきながら、事情か何か知らないがやる気はありませんとでも言うような人物に好感は抱かないだろうが。

桜咲は宣言通り部活動に顔を出すのは一月に数回あればいい方だった。 それを悪びれる様子も無く、誰と特別会話をするでも無く、ただ黙々と竹刀を振るう。そんな桜咲が孤立するのは当然だし、一部の部員のシゴキの対象にされてしまうのもまた、仕方のないことと言えた。当時の俺は表立って賛同こそしなかったが、内心少し喝を入れられて取っ付き易くなってくれないか、などとあまり褒められない思考をしていたものだ。

しかし、実際にシゴキが効果を発揮することは無かったし、桜咲の態度が軟化することも無かった。

理由は単純、桜咲は強かったからだ、同年代の同性の部員よりも、異性の部員よりも。先輩の同性、異性よりも、部長よりも、そして…当時高等部の一年にして部長から五本中三本を取ることが出来、次期部長は間違い無しと期待の星であった俺よりも、遥かに。

 

 

 

…何故この人は懲りずに私に挑むのだろうか?

…勝ちの目など到底単純見えないだろうに。

その辻部長、当時は只の辻先輩は最初に私と試合をして私があっさりと勝利した時に一際、下手をしなくても部を束ねる長としての矜恃が潰された時の当時の部長よりも愕然と打ち拉がれていたので印象に残っていた。

辻部長の当時の剣は、確かに高等部の部長に勝るとも劣らない高い技術を持ってはいたが、意外なことにその剣には凄みも熱意も気迫も、何も感じなかった。極端に言えば惰性で剣を振るっているような、そんな詰まらない(・・・・・)、とでも言うような剣を当時の辻部長は振るっていたのだ。確かに一般人としては当時から頭抜けた腕前だったので、高い実力に慢心し、熱意を失ってしまったのかと、当時私は思っていた。

辻部長は初めて私に負けた後、取り憑かれた様に何度も私に挑み、その度に負けて剣が乱れていった。最後の方は見ていられない有様であり、さしもの当時の私も、少しだけ悪いことをした、と思ったものだ。

最も、当時の私は先輩としてのプライドを潰してしまったことへの罪悪感もあまり強いものでは無く、実力を誇り鼻を明かしてやろうという野心も何も私の中には無かったのだけれど。

私が剣道部に殆ど形だけ入部したのは夕凪(・・)を持ち歩くのに言い訳がし易いから、それだけだ。剣道部で孤立していたのも、半分は性分だが、もう半分は態とだ。気に入らない後輩、と思われ、更に剣の腕でも敵わないとなれば、そんな存在に積極的に関わろうとする者などいないだろう。そうなれば、顔を全く出さなくなろうとも不自然では無い、そうなればお嬢様の護衛に専念できる。当時の私はそんな風に考えていたのだった。

…なんとも不遜で自己中心的な人間だったものだ、と私は当時の自分を思い出す度に後悔と羞恥心に見舞われる。どれだけ精神的に余裕が無く、未熟であったかが今ならばよく理解できる。

しかし、当時の自分にも一つだけ想定外の事態があった。

そして、それ(・・)があったからこそ今の私があるのだと確信して私は言える。

それが辻部長の存在だった。意外にもプライドが粉々になり、二度と挑んでこないだろうと思っていた辻部長は、周りが一度負け、二度負けて私を避けるようになっても、遂には話を聞きつけて大学部の先輩が顔を出し、私に挑み、ことごとくが敗れ去っても、辻部長は私が顔を出す度に、私が帰ると言い出すまで私と試合を続けた。どれだけ手酷く私が叩きのめしても、辻部長が創意工夫を凝らして対抗するために研鑽した努力の技、体捌き、戦法の数々を私が一蹴しても、辻部長は諦めず私に挑み続けた。

「やられっ放しじゃ格好がつかないんだ。なるべく顔を出すようにしてくれないか、桜咲?」

辻部長は決まって帰り際の私にそう言って私が部に顔を出すことを望んだ。

だから私は半ば惰性ではあるものの、部活に時折顔を出した。別に叩きのめすのが楽しかった訳でも、折れない辻部長に意地になっていたのでも無い。ただ只管に真剣に、全力で挑んでくる辻部長の熱意は、当時の自分には無いものだったから、何と無く当てられていたのかもしれない。

今ならわかるが、当時の私は辻部長と剣を合わせるのを、心の何処かで楽しんでいたのだ。

 

 

 

「情けねえなお前。三年も下の中学生に負けて負けて負けまくってよ。俺なら恥ずかしくて外歩けないわいやすげーすげー」

「キャンキャンうるさい馬鹿だな本当に。一昨日俺に負けて悔しそうにしていたのって誰だったかなぁ?どうも目の前にいる馬鹿みたいにオレンジっぽい髪の色してた様な気がしたなぁ」

「…ヤンのかコラ?」

「お前が売って来たんだろうが、猿」

当時は中村達とも今程仲が良くなくて、頻繁に殺し合いみたいな喧嘩をしていたっけな。俺が強くなれた一因はあいつら悪友のお陰でもある。桜咲の来ない日は部活の後にあいつらと闘り合って俺は腕を上げていった。

桜咲に叩きのめされた時は、正直に言ってあいつが憎らしかったし、プライドがズタズタで正直部活にも暫く顔が出せなかった。

でも俺は、今だから言えることだけれどあいつに叩きのめされて良かったと思う。当時の俺は実家から麻帆良に移って来てまだ間が無く、それまでやって来たことが続けたくなくなって、でも結局剣は捨てられなくて。腕前を誇って喧嘩紛いの決闘に明け暮れてあいつらと殴り合い憂さを晴らして。自分のやって来たことが無駄だと認められずに剣道で先輩達に勝利しては自分は凄い、誇れる力を持っているのだと小さな領域で自慢していた。

正直、小さい人間だったと思う。口に出さなくとも態度に出るのか、実力はあっても部活で親しい人間はあの頃はいなかった。スケールこそ違えど当時の桜咲と同じだったのだ、俺は。

年下の、それも少女に負けたことを認めたくなくて桜咲に勝負を挑んで。叩きのめされては悔しさに震えた後、がむしゃらに腕を磨いて再び挑んだ。周りはかつて強さを鼻にかけていた俺の醜態を影で笑っていたけど、そんなことも気にならない位、俺は桜咲に勝ちたかった。

やがて一年近くの歳月が過ぎて、俺はやっと一本、まぐれみたいな形だけど桜咲から一本が取れた。俺は嬉しくて嬉しくて、その場で飛び上がりそうな程だった。そんな俺に桜咲が、少し複雑そうながらも賞賛の言葉をかけてくれたのだ。

「お見事です、辻先輩」

当時、桜咲は俺が何か聞けば答えを返しはしたが、自分から俺に話しかけることは皆無と言ってよかった。だから俺は声をかけてくれる位には気を許してくれたのか、となんだか更に嬉しくなって、同時に気付いた。

俺の中には桜咲に対する負の感情はとっくに無くなっていて、いつの間にか負けたくない、強くなりたいとそればかりを思っていたのだ。

そして同時に桜咲は、俺が勝ったからもう部活に顔を出さなくなるんじゃないかと思って、気がつけば俺は桜咲に言っていた。

「いや、まだまだだ。やっと一本取っただけでお前には負け越している。だから桜咲、これからも相手をよろしく頼む。時間が空いたらでいいから、これからも部活に顔を出してくれよ?」

そんな俺の言葉に桜咲は少しだけ目を見開いて、すぐに済ました表情に戻った後、時間が空いたら顔を出します、と言ってくれた。

いつしか剣道部に俺を嘲笑う奴は居なくなり、俺に触発された、と以前よりも熱心に剣道に打ち込む連中が増えた。俺に指導を求めてきたり、打倒桜咲の為に協力してくれる奴らができた。俺はいつの間にか他人と普通に触れ合えるようになっていて、部の先達として確かな規範を示そうと自然に思えていた。そして変わらず、桜咲に挑み続けた。

俺はこの頃には、勿論負けたら悔しいが、桜咲との勝負を何処か楽しみに思っていたのだ。

 

 

 

「お前もよく付き合うよな、辻の奴に」

辻部長に十本に一本程は負けてしまう様になった頃、極めて珍しいことに辻部長以外の剣道部員から言われたのがその言葉だった。

そう言われて当時の私は疑問に思ったものだ。確かに、私は何故辻部長と試合をこんなにも行っているのかと。

お嬢様をお守りすることが、私に取って何よりも優先すべき使命であり、それは今も変わっていない。だと言うのに当時の私は、護衛を他の人間に任せ、暇ができれば部活に顔を出して、辻部長と打ち合っていた。当時はたまの休みを貰ってもお嬢様の護衛を自主的に行っていたというのに、だ。

自分の忠誠心が揺らいだのかと焦りを覚えたし、学園での神鳴流の先輩に相談もした。帰ってきた言葉は、

「貴女に取って悪い変化では無いから続けよう、と思う限りはその先輩との勝負を続けなさい」

というものだったが、納得と言うか、腑に落ちなかったのを今でも覚えている。

それでも、なんだかんだで辻部長と試合を続けたのだから、当時の私も本能的に理解(わか)っていたのだ。辻部長との時間は、幼い頃お嬢様と遊んでいた時間のような暖かさがあると。

その後も試合は続き、辻部長が少しずつ強くなっていくのを、私は見て、何よりも体で感じていた。

そうしてまた暫くの時間が過ぎ去った頃、事件が起こった。私が剣道部を完全に自分の居場所の一つだと思える様になったきっかけの事件が。

 

 

 

俺が桜咲と試合をした日は、必ずと言っていい程時間が遅くなる。俺は桜咲が夜道を帰るのを心配して。…たとえ桜咲が俺よりもずっと強くてもだ。心配して帰り道について行こうと声をかけていた。

桜咲は決まってそれを辞退していた、まあ、自分よりも弱い人間を護衛として当てにする者などいないだろう。立場が逆だったとして俺でもそうする。しかし、そういったものは気持ちの問題だ。俺は桜咲が何度拒否しても声をかけ続けて、ある日なんの気まぐれか、桜咲が俺についてくることを了承した。俺は理由がどうあれ、この取っ付きにくい後輩が僅かに心を開いてくれたような気がして嬉しかった。

夜道を二人で歩いて帰って俺と桜咲は帰ったが、会話らしい会話は殆ど無かった。俺は口が回る方では無いし、幾つか出した話題も桜咲の端的な返答ですぐに終わってしまったからだ。

俺が若干気不味い思いを感じ始めた時にその連中は茂みから姿を現した。どいつもこいつも手に木刀を引っ提げその数は十人以上。全員が歪んだ攻撃的な面をしており、明らかに穏やかな用件で待ち伏せていたわけでは無いことを示していた。

「…何か用ですか、先輩達?」

俄に緊迫した事態に身構えつつ、俺は尋ねた。そう、その集団はいずれも大学部の剣道部先輩方だった。

 

 

 

…ああ、やっぱりこうなったか。

その時の私はそう考えていた。

ある意味それは起こるべくして起こった出来事だった。普通に考えて、一回りも年下の、それも女相手に皆がいる前で言い訳のしようも無い程徹底的に敗れて、それを欠片も根に持たない男性がいるだろうか?その稀有な例外が辻部長であり、私に声をかけ続けてくれた優しい人だ。

しかし、そのような人間は圧倒的少数であり、中にはこうして恥をかかされ、プライドを粉々にされたことを恨み、報復を考える者も出てくるだろう。それが何と無くわかっていたからこそ、その連中と辻部長の会話を聞いていた時も私の中に動揺は無かった。

「お前に用は無えよ辻。用があんのはそっちの糞生意気な中坊だ」

「…桜咲は少し無愛想ですが、それ以外は真面目でいい後輩ですよ」

「ハァ?馬鹿じゃねーのお前。んなことを言ってんじゃ無えんだよこっちは」

「こちとら散々そこのガキに後輩やら女の前で恥かかされたんだ。ちょっとその上を立てられねえ非常識っぷりを矯正してやんねえと、と思ってよぉ~」

「こうしてわざわざ教育の為に集まった、って訳なんだわ、わかったか辻?お前には恨みも何も無え、大人しく引っ込んでな」

「お前もそこのガキに散々やられて正直ムカついてんだろ?安心しろよ、俺らがきっちり指導しといてやっからよぉ」

「なんならお前も混ざるかぁ?そいつ矯正した後はお楽しみ(・・・・・)の予定だからよぉ。なんなら一番は譲ってやってもいいぜ、顔はいいからさぞかし楽しめんだろうよぉ」

ギャハハハハ‼︎と下品な笑いが弾ける。

…下衆どもめ。

心が冷えていくのをその時の私は感じていた。先程まであった、何か掛け替えのない大切な何かが消えていくのを感じ取っていた。

…大した腕の人間は一人もいないな。

妖魔退治を仕事の一つとし、時に人外の群れに刀一本で挑む自分に対して、この程度の人数は相手にならない。そう確信していたからこそ恐怖は無かった。

同時に、日頃から叩きのめしている辻部長が自分に好感情を抱いている筈は無いと私は決めつけていたのだろう。だからこそ辻部長の言葉に、私はあれ程驚いたのだ。

 

「巫山戯んなゲス野郎共、汚ねえ言葉囀ってんじゃねえよ耳が腐んだろ」

 

 

 

「…今なんつった後輩君?まさかこの状況で喧嘩売る程馬鹿なわけ?お前」

「後輩とかもう呼ぶんじゃねえよ、今からあんたら全員もう剣道家でもなんでも無いんだからさ」

当時の俺はその時、とても腹が立っていた。目の前の元先輩連中の言動は勿論だが、何より桜咲がそんな風(・・・・)にしか見えていない節穴っぷりに、だ。

…こいつの剣に悪意は無い。少なくとも負けた相手をこいつは決して、見下さない。自分の腕に自負はあっても敗者への侮蔑は無い。そういう人間だ、桜咲 刹那は。

そんなことも解らずに、年下に負けたことだけを引きずって御礼参りなんぞを仕出かす目の前の屑共がどうしようもなく気に入らなかった。

「辻先輩、何を…」

「桜咲、後ろに下がってろ。こいつらの相手は俺がする」

桜咲は理解出来ない、とでも言いたそうな顔をしていた。それを見て更に腹が立った。要するに俺はこういう状況で逃げるか最悪あっち側に寝返るような人間だとこの後輩には思われていたらしい。だから俺はますます退く気は無くなった。まあ、何というか意地だったな、あの時は。

「…危険です。相手は十人以上、はっきり言います。私はこの程度、どうということはありません。辻先輩の腕前では無駄に怪我が増えるだけです。先輩は隙を見て逃げて下さい」

俺はそう言われて苦笑した。はっきり言うよな、この後輩は。

そう、その通り。桜咲は俺より強いんだからこの状況で俺が騎士(ナイト)よろしく出て行く事に意味は無い。守られるまでも無くお姫様(プリンセス)が強過ぎる。でもさ、桜咲…

…そういうことじゃあ無いだろう。

「桜咲、お前は俺にとってどういった存在だと思う?」

「は?」

「いいから答えろよ、お前俺にどう思われていると思う」

桜咲は暫く黙って考えた後、よりにもよって抜かしやがった。

「…いつか完膚無きまでに叩きのめしたい不倶戴天の憎っくき後輩、でしょうか?」

俺はズッコケそうになった。まあ、正直最初はそんな感じだったのであまり強く反論は出来ないが。

「…最後しか合っていないよ。お前は、俺の、後輩だ」

「…それが」

「黙って聞け。お前は強い。そこの屑共よりも、俺よりも、だ。そんなことは解ってる、俺程それを解ってる人間はいない。でもお前は俺の、後輩なんだよ」

当時の俺は、そこで目線を切って屑共の方に向き直る。

「後輩がこんな連中に絡まれるのを放って逃げるなり何なりしたらさぁ。俺は二度とお前の先輩名乗れないんだよ。こいつらと同じようにな。なんというか、意地だよ。先輩として、男として。後輩は、女の子は守ってやりたいものなんだ。お前が俺より強かろうと、そんなことは関係無い。と言うかな……

ナメんな後輩。いいから黙って守られろ、先輩命令だ」

 

 

 

私はその時、不思議と体が動かなかった。

目の前では、乱闘が繰り広げられていた。

「っけんじゃねーぞ糞餓鬼がぁっ‼︎」

耳障りな叫び声をあげながら男の一人が正面の二人と打ち合っている辻部長を後ろから脳天目掛けて振り下ろす。が、辻部長は正面の二人の木刀を力任せに薙ぎ払い、手から木刀を払い落とすと振り向き様に一閃、あえなく打たれた手首を砕かれ、男の奇襲は失敗に終わる。

情けない悲鳴を上げて蹲る男を容赦無く打ち据え、辻部長は次々と男達を叩きのめしていく。

私は驚いたものだ。戦えば勝つだろうとは思っていたが、もっと苦戦して、ボロボロになるかと思っていたから。明らかに辻部長は多対一の状況にも、剣道の試合とは違うルール無用の戦闘にも習熟していた。

それでも手傷は出来る。なのに私は、動かなかった。辻部長の言うことに納得した訳でも無いのに、こんな庇い立て、意味は無いのに。私はその時、最後の一人が沈むまで、黙ってその場で、辻部長の奮闘を見ていた。

 

 

 

そこから先は大した話では無い。士道不覚のカス共は広域指導員に引き渡され退学処分になり、ついでに当時の杜崎にズタボロにされたらしい。いい気味である。

桜咲はあの後格好をつけすぎです、と困ったような顔で俺に言ってきた。まあ正直、見栄を張りすぎた感はある。桜咲なら傷一つ負ってはいないだろうからとんだ道化もいたものだ。

しかし俺は、その時から現在に至るまでそれを後悔していない。同じような場面に出くわせば、何度でも俺は桜咲を庇うだろう。あいつは俺の、後輩だからだ。

それから桜咲は、前よりも剣道部に顔を出してくれるようになったし、俺が三年になって部長になり、中等部女子の指導を任せた時には多少ゴネはしたものの、引き受けてくれた。

全部が俺のおかげだなんて自惚れるつもりは無いが、桜咲が部の皆と触れ合うきっかけになったこと位は誇ってもバチは当たらないだろう。

 

 

 

桜咲、お前には感謝している。お前にへし折られなければ俺は他人も気遣えず、自分の腕前だけひけらかすような詰まらない人間になっていたよ。

 

 

 

辻部長、貴方には感謝しています。こんな私が、曲がりなりにも人と触れ合えるまで成長できたのは、そしてそれを楽しいと思えるようになったのは、貴方のおかげです。

 

 

 

そして二人は、やがて非日常にて交差する。

 


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