男は追い詰められていた。幾度も鋭い刃が体を掠め、全身が熱くまるで燃えているようだ、と男は思った。既に逃げ場は無いに等しい、慈悲を請い、這い蹲って許しを得ようとしても無慈悲な凶刃は止まらない。
ああ…………
「ひぃぃぃぃぃぃぃっ⁉︎旦那、お願えです、お慈悲をぉぉぉぉぉぉっ⁉︎」
「アンシンシロキサマヲコロシテカラオレモセキニンヲトッテハラヲワッテクレルワァァァァァッ‼︎‼︎‼︎」
「か、カモくーーーんっ⁉︎」
「まああれは死んでもいいとして、桜咲ー、辻の切腹をどうにか、って聞いてねーやこりゃ」
「完全に上の空だな」
「顔が何と無く赤いから昨日のことでも思い出してるんでしょ」
「まあ、それはさて置き安心しろ、貴様は斬り殺されはせんだろう、朝倉後輩」
「……いや、殺されなければいいって訳でも無いんだけど、先輩方…」
「半分は自業自得でしょ、反省しなさいよ、ったく…あ、本屋ちゃん、安心してねー、本屋ちゃんに危害は一切加えないから、落ち着いたら説明しようと思って呼んだだけだからねー」
「あわ、あわわわわわ………」
「のどか、気をしっかり持つです。それにしても、
昨夜の悲劇から一夜が明け、一同は3ーAの生徒の目を避ける為にホテル『青山』ロビーに集合していた。
現在、カモを視認した辻が
「
「茶化すな阿呆。そこの俗物はどうでもいいが昨日は大変だったのだ、また変に暴走したらどうする」
「何も言わずに遺書をしたためてから腹切ろうとしたからねぇ…」
「言っても聞かねえから一発ぶち込んで寝かしといたがやっぱ落ち着いてはいねえな…」
「旦那方ぁぁぁぁ‼︎呑気に話してねえで辻の旦那を止めてくれぇぇぇぇっ⁉︎」
カモの悲痛な呼びかけを聞いて中村達は五月蝿そうな顔をする。
「五月蝿えお前はそのまま死ね。この大変な時に下らねえ騒ぎ起こしやがって」
「ここのパパラッチも大概だが貴様の理由は聞いたぞ、金が入るそうだな」
「一般人を私欲の為に巻き込もうなんて奴はどう考えても悪だよね?悪党なら死んでも構わないよねぇ?」
嗤いながら口々に言う面々を見て朝倉が恐る恐る尋ねる。
「あの、先輩方、結構マジでピキッてる?」
「ったりめーだ‼︎」
「別にお前らだけに責任がある訳でもねえが今回は危うく、と言うか最悪死人が出ていたかもしれねえんだよ‼︎」
「というか朝倉ちゃん、真面にカモから説明されて無かったんだから仕方ないといえばそうなんだけど、それでも魔法なんて胡散臭い力、クラスクラスメートに安易に与えるもんじゃないって判断くらい普通に出来るでしょう?」
「あ〜、いや、はははは……」
「笑い事ではない」
誤魔化すように笑う朝倉に大豪院がピシャリと告げる。
「貴様も情報を扱う身だ、超常的な力、という不確定要素の塊、手に入れるに当たってなんのリスクも無いなどと本気で思ってはいまい?厳しい言い方をするなら貴様は好奇心で級友を売ったも同然だ」
「……それ、は…」
表情を固くし、言葉に詰まる朝倉に、珍しく穏やかな表情で中村が告げる。
「朝倉。俺はお前のそのノリ嫌いじゃねえよ。俺らなんざ時折お前以上に馬鹿やるし、他人の事は言えた義理じゃねえ。それでもよ、超えちゃいけねえ一線ってのはあると思うぜ?多分お前が思ってるより
中村は言葉を切って朝倉の顔を正面から見据える。
「何か起こった時に自分でなんとか出来ねえなら権利ってのは主張すんな。てめえの尻がてめえで拭けもしねえのに他人を巻き込もうとするな。責任が取れるかどうかすらわかんねえなら、お前は
何時もの巫山戯た様子は欠片も無く、真剣な顔できっぱりと中村は告げた。
「……………」
朝倉は中村の目を黙って見返していたが、やがて目線を下に落とし、自分の手を見つめる。
「…巫山戯てばかりの方と思っていましたが、あのような顔も出来るのですね……」
夕映は朝倉を諭す中村の姿を見て誰にとも無く独り言ちる。
「え?」
「なんでもありません、のどか。それにしても……私達の予想よりもかなり深刻な事情のようですね」
「う、うん…」
「朝倉、知りたいなら無理には止めねえ。だけど今回は真面目に下手に関わると命が危ねえ。麻帆良に帰った後にでもちゃんと説明してやる、修学旅行の間は、大人しくしてろ、いいな?」
中村の言葉に、ややあって頷く朝倉。
「…わかった。昨日も洒落になんない事故起こしちゃったしね、大人しくしてるよ、先輩方」
その言葉に頷く一同。
「さて、次はお前とネギだな」
「…言い訳の余地もありません」
大豪院の言葉にしようやく現実に帰還していた刹那は頭を下げる。
「うん、でもその前に辻を一旦落ち着かせてから纏めて話そう。ネギ君もあっちだし」
「テンチュウゥゥゥゥッ‼︎」
「ギャーーーーーッ⁉︎」
「カモくーーんっ⁉︎」
山下の言葉と同時にカモの体に朱の花が咲き、カモネギコンビの悲痛な絶叫が轟いた。
「中村、介錯を頼む。お前達と過ごした日々は悪くなかったよ」
「やらねえよ。普通に俺が捕まるだろうが」
透明な笑顔で話す辻にうんざりした顔で中村が返す。
「って言うか辻さぁ、もういいじゃない。今回は、いや今回もどっちかっていうと桜咲ちゃんの方に非があるじゃない」
「やかましいわぁ‼︎それでもやっちまったら責任取るのは野郎なんだよぉ‼︎」
辻は瞬間的に泣き顏になって吼える。
「泣くなよ‼︎全力で詫び入れて、それで相手が許したらいいじゃねえか⁉︎」
「うるせー‼︎それで済むような問題かぁっ⁉︎」
「ああ本当に面倒臭いな貴様‼︎」
「だったら放っておけ、俺は死ぬ‼︎」
「あ⁉︎ヤベぇこいつ予備で短刀を⁉︎」
ザクッ
「どわぁ〜〜〜っ⁉︎」
「つ、辻部長ぉぉっ⁉︎」
「辻さーん⁉︎」
「医者呼べ医者ぁーっ⁉︎」
「…と、いうことで辻部長。責任云々の話はまた後日改めて、としましょう。今はお嬢様の護衛を果たして下されば私は満足です」
微妙に目線を逸らして気まずそうにしながらも言った刹那にハイライトの消えた瞳のまま辻は頷く。
「わかった。この命、修学旅行が終わるまでお前に預けるぞ、桜咲」
わかりました、と引きつった顔で頷く刹那を見ながら辻を除いたバカレンジャーは囁き合う。
「…とりあえずぶん殴って麻帆良に連れて帰ろうぜ」
「だな。あの顔は死ぬ死ぬ詐欺じゃ無くてマジだ」
「責任感が強いって悪いことじゃない筈なのにね……」
「ドツボに嵌ると本当に面倒臭い奴だな…」
兎にも角にもひと段落つき、やっと全員で相談が始まった。カモは胴体に包帯を巻かれて痙攣していたが、ネギとのどかの他には誰も気にかける者は居ない。因みに、刹那が自殺志願者(by辻)の説得をしている間にネギは中村達に促され、魔法の存在と現在の状況をのどかと夕映に対して説明を終えていた。
「ともかく、急には受け入れられんかもしれないが魔法使い同士の派閥戦争のようなものに俺達は嵌まり込んでいて、非常に危険な状況にある。先程のお前達の反応を見るに、こっちの超常的な力には拒否感が無いらしいな。悪いことでは無いが、少なくとも修学旅行中は好奇心や勇み足でこちらに関わるような事はするな。脅すつもりは無いが、昨日のような事になるかもしれん」
大豪院の忠告に、やや顔色を悪くしつつも頷くのどかと夕映。
「わ、わかりました……」
「朝倉さんへの忠告を聞いていなかった訳ではありません。心躍るものは感じていますが自重は出来るです」
「ネギ君、桜咲ちゃん。もう強くは言わないけど、何故失敗したかはきちんとわかっている筈だ。気を引き締めていこう」
「は、はい‼︎」
「心掛けます」
山下の言葉に気合いを入れ直す二人である。反省会も終わり、頃合いを見計らってまだ少し生気の無い辻が全員に向けて話し出す。
「皆、情報共有の為に本日の目的を話しておくぞ」
「も、目的、ですかー?」
おどおどとしながらも問いを放つのどかに辻は頷き、
「大きく分けて目的は二つ、だけど目的地は一つだ。…俺達は今日、関西呪術協会総本山に向かう」
辻の言葉に一瞬沈黙して、明日菜が慌てたように反論する。
「えぇっ⁉︎ちょっと先輩、それって敵の本拠地って奴なんじゃないの⁉︎」
その言葉に辻は頷く。
「勿論、そうだ。しかし同時に…」
「…成る程」
夕映が何かに気づいたように目を見開く。
「話に聞いた限りでは木乃香の実家であり、お父様が組織の長を務めている、と記憶しています。だからですね?」
夕映の確認に刹那が頷く。
「はい。今御実家に近付くとお嬢様が危険だと思っていたのですが…状況を見れば長に直接話を付けに行くのが最善でしょう」
「あ…そっか、襲って来るのと味方が同じとこなのよね…」
明日菜も思い出した風に頷く。
「…あのさ、質問いい?そんな風に手早く話付けられるならちょっと無理してでも昨日のうちに話を付けに行っとけばよかったんじゃない?」
朝倉が懐疑的な表情で尋ねる。
「そうしようかと俺らも襲われた時点の翌朝には思ったんだけどよ」
中村が顔を顰めて言う。
「こっちの親玉の指示がその時から現在まではっきりしねんだわ。要約すると修学旅行を護衛しながら行え、とでも言うような感じでよ」
「あ、あの…襲われ、たのにですかー?」
のどかが中村に怯えながらも尋ねる。中村がのどかの様子にダメージを受けていたが皆が無視した。
「そうだ。応援が来るか話をつけるかするかと一日待って様子を見たが連絡は何も無い。ならばもうこちらで勝手に解決させて貰おう、という訳だ。あちらは東の魔法使いと和睦を結びたい側が主流、直談判してこちらの保護を嫌とは言えまい」
大豪院が後を引き取り、説明する。
「…それで、もう一つの目的というのが、これですね…」
ネギが懐から親書を取り出す。
「そういうこった。ナシ付けに行くところも届け物の場所も同じなら戦力を固めて襲われないように昼間っから行こうって方針だな」
豪徳寺が話を纏める。
「これ以上3ーAの娘達を巻き添えで危険に晒せないし、修学旅行中こんな風にギスギスしながら過ごすのはあんまりだ。今日で面倒臭い事は全部終わりにして、残りの日程を満喫しよう」
辻の言葉に頷く面々。
「それで、非、戦闘員の扱いだけど…」
「皆まで言わずともわかっています、先輩」
山下の言葉を遮り、夕映が発言する。
「木乃香を連れて危険かもしれない場所も行くのでしょう?少なくとも私、のどか、朝倉さんは別行動して巻き込まれないようにする、ですね」
夕映の言葉に笑顔で頷く山下。
「理解が早くて助かるよ、綾瀬ちゃん。言っておくけれど、譲歩の余地は無いよ?」
確認するように告げる山下に苦笑して頷く朝倉。
「わかってるよ先輩、流石に私も命危ないかも、なんて言われたら自重しますって」
「は、はい…わ、私も、足手まといになりますのでー…」
のどかも頷き、夕映は無論私も理解していますと首肯する。
「ええっと、先輩達、あたしはどうすればいいと思います?」
明日菜が困ったように手を上げ、発言する。
「神楽坂ちゃんは難しい所なんだよなあ…」
辻が唸りながら言う。
「明日ニャン、多分顔見られてっからなー。下手に隔離して人質にでも取られたら目も当てらんねえし…」
「かと言って連れて行けば普通に危険だ。只でさえ近衛後輩を護衛するのだからな…」
うーむと悩む辻達。出来ることなら置いていきたいが人数を裂く余裕は無い。連れて行けばそれこそ狙われて人質か何かにされそうである。
と、その時か細い声で提案が入る。
「とり、あえずじゃあありますが…対処方法として有効な手段が、ありますぜ……」
カモがなんだか凄く辛そうに告げて来た、大分深く刃は入っていたらしい。
「んだよ、また碌でもない話だったら今度こそ皮剥いで蒲焼きにすんぞ」
「お、脅かさねえで下さいや旦那。簡単でさぁ姐さんが兄貴と
カモの言葉に一斉に行動を始めるバカレンジャー。
「命が要らんというなら望み通りにしてやろう」
「いい度胸してんじゃねーか小動物」
「舐められたもんだな、俺達も」
「じゃあ僕、厨房から火を借りて来るよ」
「鉄串も忘れるな」
「ぎゃ〜〜〜旦那方、ストップストップ⁉︎ちゃんと今回は真面に理由があんでさぁ〜〜‼︎」
「言わんとすることは大体解る。正式にネギ君と契約を結べば魔力強化って奴も強力になるから差し当たり自分の身は守れるようにはなるかも、だろう?」
辻の言葉に頷くカモ。
「そ、そうでさぁ!だから」
「却下だ。初日にも言ったろが、神楽坂は素人の一般人なんだから訳わからない力を与えて深入りさせられっかよ」
豪徳寺がきっぱり却下して、他のバカレンジャーも頷く。
「己の私欲のみで発言した訳で無いのは解ったが、それでは駄目だ。なんとか別の方法を…」
「…先輩達」
明日菜が静かに言う。
「いいわ、私契約する」
「…あぁ?」
「あ、明日菜さん…」
中村が怪訝そうな声を上げ、ネギが驚いたように顔を上げる。
「神楽坂ちゃん。自分が負担になっているからってそう言ってくれてるなら、気持ちは嬉しいけど…」
「違うわ。先輩達の言いたいことも解ってる」
明日菜は山下の言葉を遮り、告げる。
「私は闘える訳でも無いし、ついていっても役に立てる、なんて言えない。それ所か足を引っ張っちゃうかもしれない。でも本屋ちゃん達みたいに引っ込んでることも出来ないなら、一緒に行くしかないでしょ?でもそれで負担になっちゃうなら私裏やら何やらに関って迷惑被るよりそっちの方が嫌よ。それに、木乃香はあたしの親友だもの。あたしだって何かしたいのよ。絶対無茶しないし、言われた通りに動くから、お願いします」
明日菜が頭を下げて、暫し場に沈黙が降りる。
「…心意気を汲んではどうだ…?」
やがて大豪院が嘆息して言う。
「…代案も無いしね……」
「で、でもいいんでしょうか?」
「本人が理解して関わること決めたなら止める権利は無えって言ったしなぁ、俺…」
仕方が無い、とでも言うような場の空気に明日菜が頭を上げる。
「OKって事でいい?」
「まあ、正直ついて来てくれるならこっちは助かるしね、でも神楽坂ちゃん、これだけははっきりさせておく」
辻は明日菜に告げる。
「諸々問題が解決したら既に契約しちゃってる宮崎ちゃんと一緒にこれからネギ君とどういう関わり方をして行くのかをちゃんと相談しよう。
辻の言葉に明日菜は真剣な表情で頷く。
「そういうことだカモ、お前の案を採用する。後でネギと明日菜の契約を取り行ってくれ」
「了解でさぁ!」
大豪院が頼み、カモが傷の痛みで唸りつつも元気よく答える。
「よし、方針は決まったな。詳細を詰めてから出発するぞ」
「ああ、旦那待って下せえ。兄貴と姐さんが契約してからにしようと思ってましたが、先に重要な説明をしときやす」
「なんだよ?」
中村が怪訝そうな顔でカモに尋ねる。
「
それから一同は、ネギと明日菜の契約を行い、カードの説明を受けてからそれぞれのアーティファクトの確認を行い、木乃香を誘い出発した。
「しっかし辻のアーテフクトとやらなんだったのかねえ。そんな凄えのか普通の魂って?有名な割りにはしょっぼい名前だよなあその刀」
「全然正確じゃ無いよ中村。まず普通じゃないし、魂じゃなくて御魂だからね?」