止まっていたら最初の時点で囲まれて潰される。
武道家達の共通認識だった。
「
「
バカレンジャーのうち最も外功に長けた二人が、己の放てる最大限の気弾を異形の群れの一角に打ち放つ。
『ム゛オ゛オ゛ッ⁉︎』
中村の
『なんと!』
『ほほ〜う』
見た目からは想像もつかない中村達の熟達した気の扱いに、大鬼が驚愕の声を上げ、荒法師姿の鴉頭が楽しげに声を上げる。
「走れぇぇぇぇぇぇぇっ‼︎‼︎」
山下が中央のネギ達に向かって叫ぶ。
「あ……は、はい‼︎」
「こっちよ、木乃香‼︎」
「う、うん!」
急展開に咄嗟に反応出来なかったネギが、一瞬惚けた後に慌てて動き出し、明日菜が木乃香の手を引いてそれに続く。向かうは中村と豪徳寺が気弾で開けた包囲網の穴である。
『そう易易と…』
『行かせるかい‼︎』
その眼前に立ちはだかるのは、真っ赤な肌をした鬼と、一つしか目の無い毛むくじゃらの大入道。
「そう易易と、は…」
ネギ達よりも先行して、大豪院が前に出る。鬼と一つ目入道は爪と拳を振り上げ、大豪院に向かって振り下ろす。
「こちらの台詞だ」
大豪院の震脚により、空間内が一瞬震える。踏み込んだ右足を軸に、体全体が半回転。振り落ろされる拳と爪に大豪院の背面が衝突し、豪打爆発。
「
鉄山靠による強烈な発勁が鬼と一つ目入道の腕をぐしゃぐしゃにひしゃげさせながら弾き返す。
『ガアッ⁉︎』
『なっ⁉︎』
驚愕の声を上げる両者の懐に、瞬動により音も無く踏み込んだのは山下。
山下は、仰け反った姿勢の鬼と一つ目入道のもう片腕を取り、身体全体を旋回。下半身からの捻じりの力が力学運動により、足、腰、背中、肩を伝わり、両腕に廻って来る。山下は掴み取った両腕を思い切り捻じり上げた。
次の瞬間、鬼と一つ目入道の体が、掴まれた腕を軸に、人形か何かのように半回転して逆さに宙を舞う。
『うぉぉぉぉぉぉぉっ⁉︎』
『ぬぉぉぉぉぉぉぉっ⁉︎』
仲良く悲鳴をあげる鬼と一つ目入道に対し、山下は笑って思い切り地面に振り下ろす。
「小手廻し投げ……な〜んて、ねっ‼︎‼︎」
グシャア‼︎‼︎と、スイカの潰れるような湿った音が鳴り響き、鬼と一つ目入道が頭を砕かれながら道路にめり込む。
「今の内に彼処まで走れ‼︎」
大豪院が指差すのは、道路から外れた雑木林の中でぽっかりと空いた比較的広い空間である。この空間内で逃げ回った所で、また違う場所から式神の群れに戻ってくるだけなのだから、せめて包囲がされ難いように開けた場所で体制を立て直す考えだ。
『待てい‼︎』
『逃がすとでも…』
「神鳴流奥義……」
後を追おうとする式神たちは、自分達よりも下の位置から響いてくる凛とした少女の声に、ギクリと身を震わせる。
「百烈桜花斬‼︎」
刹那の振った刀身から、まるで花びらが舞い散るような気の斬撃の嵐が迸り、式神達を切り刻む。無数の式神が痛みに悲鳴を上げ、追おうとした足が止まる。
「お前も早く来い、桜咲‼︎」
中村の声に一つ頷き、刹那は跳躍して崩れた包囲網を脱出し、雑木林内に避難した一行の元に降り立つ。
『おおう、必殺の包囲網が見事に抜けられてしもうたなぁ』
「ガキやからて舐めとるからこういう事になるんや。真面目にやりぃ、あんたら‼︎」
グハハハハハ!と笑う大鬼に青筋を立て、式神達を鋭く叱咤する千草。
「よっしゃ。ネギあれ使え、時間稼ぎ魔法。そこに近衛ちゃんと明日菜と一緒に入ってろ‼︎」
そんな千草達を他所に、中村はネギに対して指示を出す。
「えぇっ⁉︎だ、駄目ですそんなの!中村さん達も一緒に…」
「数分しか持たねえんだろアレ?その位の時間引き篭っていたって、あいつらが諦めて帰るわけねえだろ。俺達は護衛対象に危害の及ばねえ間にあそこのバケモン共を出来るだけ潰して、可能なら全滅させる。言い争っている時間は無ぇ、さっさとしろ‼︎」
中村の言葉にネギは反論を封じられ、無念そうに唇を噛む。
「済まんな。当てにしていないわけではないが、この乱戦の中で実戦に不慣れな者のフォローまではできない」
「頼んだよネギ君。万が一侵入してくる敵がいたら君と神楽坂ちゃんに任せた」
「安心しろ、こんな連中ものの数じゃ無ぇ。出てくる頃には終わらせといてやるよ」
他の面々も安心させようと、言葉をかける。
「…すみません、皆さん。木乃香さんには絶対、手出しはさせません‼︎」
「…先輩達、刹那さん。役に立てなくてごめん。キツい役任せちゃうけど、よろしくね」
ネギと明日菜は、頭を下げて中村達に託す。ネギはキッと目線を上げ、呪文を唱え始める。
「せっちゃん‼︎先輩達‼︎」
木乃香が悲痛な表情で、死戦に向かう中村達と刹那に対して叫ぶ。それに対して刹那は、安心させるように微笑み、木乃香に告げる。
「待っていて下さい、お嬢様。大丈夫です、この人達がいれば百人力ですから」
「……せっちゃん………!」
うっすらと涙を浮かべる木乃香に、笑って中村達は言う。
「甘ぇ甘ぇ、俺らがいりゃあ千人力だっつうの」
「不安になるな、と言う方が無理だろうが…任せておけ」
「この戦いが終わったら、皆で美味しい京都料理を食べに行こう。楽しみにしててよ、近衛ちゃん」
「死亡フラグ立てんな山下。安心しろよ近衛、俺ら…強いぜ」
「
ネギの魔法が完成し、ネギ達の周囲で急速に廻り始めた強い風が、たちまち竜巻のような凄まじい旋風となり、ネギ達を包み込む。烈風により、視界が閉ざされる寸前、もう一度頭を下げるネギと明日菜に、咄嗟にこちらに向かって手を伸ばす木乃香の姿が一瞬見え、風の中に消える。
「さーてじゃあ残り約百体、一丁やったりますかぁ‼︎」
パン‼︎と手の平に拳を叩きつけ、中村が笑って宣言する。
「…皆さん、解っているとは思いますが…」
「ああ」
対照的に緊迫した様子の刹那の言葉に、大豪院が頷く。
「中村と豪徳寺の全力の気弾で、十体もやられていない」
「少なくとも、麻帆良の副部長クラスの実力は全員あるってことだな」
山下と豪徳寺が、その絶望的事実を淡々と口にする。
「はい…いえ、多少気が使える程度の一般人の実力では明らかにないのですが…」
刹那が頷きかけて、その一見おかしく思える言葉に反論する。
「桜咲後輩…お前は仮にも麻帆良武道系部活の一つ、剣道部に所属していながら何もわかっていない…」
大豪院がやれやれと首を振って答える。
「
「え゛……」
中村の言葉に声を詰まらせる刹那。
「問題は見た所その部長クラスが、あっちの妖怪共の中に何体かいるみたいなんだよね」
厳しい表情で山下が言う。
「ああは言ったが、普通に軽く絶望的だぜこりゃあ」
苦笑して豪徳寺が呟く。
「だがやるしかあるまい。桜咲後輩、あの
「は、はい……全体的には鬼系の妖が多数を占めています。これは膂力だけが取り柄の肉弾戦闘系ですので、先輩達ならば対処を間違えなければ充分に渡り合えるでしょう。…鴉頭の人型も、空を飛ぶだけで脅威そのものは低いです。…問題は、妖術を使う特殊戦闘系でしょう。燃えているもの、体が木や石でできているもの、帯電しているもの。こういった連中は、見た目から大体想像できる通りの魔法のような攻撃を払ってきます。注意して下さい」
麻帆良に人外が群れているという衝撃的事実から、何とか立ち直った刹那が、最低限注意すべき点を中村達に伝える。
「
「…いや、注意しろって何をどう注意すりゃあいいんだよそれ?」
「豪徳寺なら大丈夫だよ、頑丈だし。中村、わかった?」
「…よくわかんねぇがとりあえずRPGの敵キャラと大体同じようなもんだってことだよな⁉︎」
「…来ます。構えて下さい!」
「あれ、スルーされた?」
間抜けな中村の呟きに、先頭にいる鬼の一体がゲラゲラと笑い、中村達に言い放つ。
『この数相手に、かかってくる気になっとるだけ大したもんや兄ちゃん達。おっとすまん。おぼこいが姉ちゃんもおったなぁ?』
「おぼこいって何だ?」
「幼い、って意味」
「辻の未来嫁、せったんを子供扱いするとは不届き千万な……やはり胸が」
「五月蝿いです、先輩。って言うか誰がせったんですか、誰が」
中村のそれこそ失礼千万な呟きに、刹那がかすかに青筋を浮かべつつ返す。
「ぬっ、しまった⁉︎本人のいない所でしか呼ばないという
「私、皆さんの間ではそんな呼ばれ方してるんですか⁉︎」
中村の大げさな嘆きの言葉に、刹那が目を剥いて叫ぶ。
「違う、違う」
「んな馴れ馴れしい呼び方してんのはそこの馬鹿だけだ」
「俺達は関係ないぞ。処刑するならばそこの馬鹿だけにしてくれ」
「あってめえら、裏切りやがったな⁉︎」
「裏切る、という単語の意味をもう一度調べ直してこい、カスが」
ギャーギャーと漫才のようなやりとりを続ける中村達に、一体の鬼が青筋を浮かべつつ大将格らしき大鬼に尋ねる。
『…舐められてるんすかね、俺ら?』
大鬼はガハハと笑って返す。
『戦の前にあれだけ体から力を抜けるのは大したもんや。それになぁ、まるきりこちらを警戒してない訳でも無いみたいやで。見た目よりもはるかに手練や。気ぃつけい、お前ら」
応、と歪な声が合唱する。それを聞いて中村が舌打ちをする。
「ちぃっ!舐めてかかってくれて最初の数体だけでも楽勝で潰せるかと思ったが、当てが外れたな」
…どこからどこまでが作戦だったのだろう?
傍目からは、最初から最後まで馬鹿をやっていたようにしか見えないバカレンジャー達のやり取りにがっくりと刹那が脱力する。
「んじゃ、行くべ」
「ああ」
「まぁそれなり以上に大変だろうけどよ」
「多分エヴァさんとの戦いよりは絶望的じゃないんだよねこれ」
…まぁ、ガチガチに緊張してネガティブな気分で挑みかかるよりも良いのかもしれないな。
不敵に笑うバカレンジャー達を見て、刹那はそんなことを思い小さくではあるが笑った。
「…ええ、行きましょう‼︎」
先陣を切る中村達に続いて刹那も夕凪を振り上げ駆け出した。
「本っ当に大丈夫なんだな⁉︎」
『私をなんだと思っている。この世に断てないものなど、それこそ、私のオリジナル位のものだ』
辻が現在全力で走りながら、総本山の方向へ向かっている理由は、総本山の近くまでタクシーを走らせている最中、タクシーがいきなり不自然な曲がり方をして最短距離へと続く道から遠ざかり始めたのを端と成す。異変に気づいた辻に、フツノミタマがおそらく結界か何かの類で、その道を認識できないか又は通りたくないと思わされているのだと答えた。ならばどうすればいいと尋ねる辻にフツノミタマは、こういった認識を阻害する類の結界は、はっきりとした目的意識を持つかそこに結界があること自体を把握している人間には聞きづらいので、車を降りて徒歩で行くしかあるまいと返した。
辻はタクシーをその場で止め、怯えるタクシードライバーに一万円札を釣りは要らないと言って渡した後、逃げるように走り去ったタクシーを尻目に、総本山の方向へ向けて全力で走りだし、現在に至るのだった。
「しかし説明されても言われている意味がよくわからないのだが…」
「まぁ、主は見た所魔法関係に立ち入った事は殆ど無い素人のようであるからな。魔法を日常とする者からの物の見方で説明されても実感は湧かんだろうが、見えぬものであろうと正確に認識しなければ私は扱えぬ。大事な話だ、もう一度繰り返す。たとえ目に見えずとも、五感に何も感じずとも、そこに
フツノミタマのスケールの大き過ぎる断言に、しかし辻はツッコまず、何事かを思案する。そして、真剣な声でフツノミタマに尋ねる。
「なあ。それは要するにそこに何かが
『そうだ。たとえそれが事実と異なる感じ方であっても構わない。
辻の言葉にフツノミタマは断言する。
「……そうか……………」
呟いたたきり、黙り込んでただ走る辻に、フツノミタマは不思議そうに尋ね返す。
『どうした主。まだ理解が出来ぬか?』
「いや。実際にやってみなければ何とも言えないが、言われた事は大体理解できた。ただな……」
『?』
頭の中に響く声が無くとも、何と無く不思議そうな気配を出しているのが早くも判ってきた辻は、苦笑しつつもフツノミタマに告げる。
「…これから試したいことがある。俺はちょっと他の人と違う所があって、おまえの言う認識にそれが役に立つかもしれない。
そう言って辻は心の中だけで続きの言葉を呟く。
…お前みたいなのが俺のところに来たって事は、運命なんてものが存在するなら、やっぱり俺は
それは嫌だなぁと辻は心底思う。
…あのキチガイ女を、キチガイと言う資格が無くなるじゃないか。
「
中村は、右掌打を振り切り扇状に気弾を飛ばし、数体の式神の体を抉る。
『舐めるな小僧ぉっ‼︎』
一体の鬼が胸に穴を開けながらも、中村に対しその剛腕を振り切る。
「てめえが舐めんな」
冷たく言い捨てると同時に、振り降ろしの一撃を中村は上段外受けで肉の軋む音と共に地面に叩き落とし、カウンターの逆突きを鬼の水月にぶち込んだ。
『ご、フッ⁉︎』
ゴキベキバキ‼︎という異音と共に体の内部が破壊され、鬼が血反吐を吐いて体を落とす。
「馬鹿力だけならボディビル研の連中の方が強えんだよ‼︎」
中村の左上段回し蹴りが鬼の首をへし折りつつその体を吹き飛ばし、吹き飛んだ方向の数体を巻き込みながら地面に転がす。
「はっ!どんなもん…うぉっ⁉︎」
蹴り足を下ろしつつ、勝ち誇る中村がふと視界の端に映るものに慌てて後方に跳躍しそれを回避する。
先ほどまで中村の立っていた場所に人一人程の大きさがある巨大な火球が着弾し、轟音を上げて燃え盛る。
「あ〜惜しいなぁ。反応いい坊やわ、ウチの狐火避けるなんて…」
火球が飛んできた方向から声を上げるのは、裾の短い着物を着て狐面をつけた、妙齢の女性に見える姿だった。だがその頭部と尻の部分からはそれぞれ、金色の狐のような耳と尻尾が飛び出ており、ただの女ではないことを示していた。
「ウチが遊んだるわ、坊」
西洋で言う
「…………………」
中村はしばらく黙り込み、左右から襲いかかる巨大な河童と、全身から刃を生やした人間の子供のような式神を、それぞれ手刀と足刀で一撃で首をぶち折って倒した後、全力のガッツポーズをとって叫ぶ。
「いやっはぁ〜〜〜‼︎京訛り狐耳美人キキ来ましたワァァァァァァァ‼︎」
「は?」
思わず素頓狂な声を出す狗族の女性に構わず、中村は両手をワキワキとさせながら女に向かって襲いかかる。
「じゃあお姉さん、俺とくんずほぐれつの取っ組み合いを一丁お願いしま〜〜す‼︎」
「ちょっ、なんやこの坊怖いんやけど⁉︎」
狗族の女は飛び下がりながら中村に新たな狐火を打ち込む。
「相変わらず阿呆やってんなあいつ、はっ!」
豪徳寺の剛腕が正面から突っ込んできた巨大な蛇の口内ににぶち込まれ、蛇の体を引き裂きつつ打ち倒す。
そして豪徳寺は高速で左右の拳から気弾を次々と撃ち放ち、絨毯爆撃を式神達に決める。
「
爆発の嵐に式神達は悲鳴をあげながら飲み込まれ、次々と倒れ伏す。
「どうしたぁっ⁉︎歯応え無えぜ‼︎」
『ナラバオデガイガゼデモラオヴ』
背後から響く濁った声に、豪徳寺は振り向きざま気弾をぶち込む。その巨大な影に気弾は着弾して爆発し、その体を弾けさせる。が、
「ああ……?」
豪徳寺が疑問の声を上げる。その巨大な影は、全体的にのっぺりとした印象の茶色い大きな鬼だった。だがその肩口辺りから上半身の半分程が砕けた体が、ボコボコと異音を上げながら再生していく。
「…再生能力でも持ってんのか?」
『ズゴシヂガウ』
茶色い鬼は笑って返し、自身の足元を指差す。豪徳寺が素直にそれに従い足元を見ると、足元の大地から土が鬼の体に次々と吸い上げられていく光景が目に入った。
『オデハドギョウノオニダ。イッギニゼンブヲ゛グダガネバ、オデハダオセナイ』
濁った声で自信満々に告げる鬼に、豪徳寺は肩を一回しして拳を構える。
「わざわざ教えてくれてありがとよ。なら一気にブチ砕いてやる」
「僕、こういう相手は得意じゃ無いんだよなぁ…」
上下左右前後からめまぐるしく襲いかかる式神達を、逸らし、捌き、時折手足を取って投げ飛ばしながら山下は溜息をつく。
山下の格闘スタイルは投極術である。人間よりもずっと頑丈な式神達は一発二発脳天から落ちた所で、直ぐに戦闘不能にはならない。倒すのに梃子摺っているうちに直ぐに次が押し寄せてくる為、山下は他の皆よりも苦戦していた。
「…苦手だからって文句言っていれば良いわけでもないんだよな……」
後輩の命がかかっているかもしれないのだ、泣き言を言って諦めている場合では無い。
「…じゃあ僕に出来ることをやろうか」
言うなり、山下は飛び上がる。通常ならば空を飛ぶ烏族達にとってのいい的だが、山下は何も無い空中を踏みしめ、方向転換して再びこちらに襲いかかろうとしていた一体の烏族に飛び掛かる。
『ヌゥッ⁉︎』
人が宙を走りこちらに突っ込んでくることに動揺しつつも、烏族は右手の剣を山下に向けて叩きつける。だが、山下はその剣が届く寸前にもう一度空中を踏みしめ跳躍。烏族の背後に取り付き翼を両の手で握りしめると、続いてそれに両足を絡め、体全体を捻って一気にその翼を根本からへし折る。
『ガァァァァァッ⁉︎』
片翼がへし折られ、当然飛べなくなった烏族は叫び声をあげながら落下していった。
「腕ひしぎ逆十字ならぬ翼ひしぎ逆十字?」
山下が誰にともなく呟いた瞬間、自分に対して甲高い風切り音と共に何かが接近するのを山下は察知する。
「くっ⁉︎」
山下が再び空中跳躍、八m程高度を上げて再び空中着地するが、そのニノ腕が浅くではあるが切断され、血が飛沫いている。
『…虚空瞬動、言うんやったか?』
問いかける声に山下が振り仰ぐと、そこには荒法師姿の鴉頭の男がいた。
「…さっきの烏頭とは格が違う感じだし、もしかして鴉天狗って奴?」
『ほう、若いのによく知っとるなぁ坊主。いかにもその通りや』
山下の問いかけに、鴉天狗は笑って肯定する。
『人が自力で空飛べるようになるとは、面白い時代になったもんや。おっちゃんと遊んでくれるかいのう?坊主』
「…拒否権ないでしょ、これ」
山下が身構えつつ、溜息を吐く。
「
大豪院の川掌が大柄な鬼の胴体を大穴を開けてぶち抜き、後方に吹き飛ばす。大豪院はそのまま流れるように次の動作に繋げ、踏み込んで突き出された裡門頂肘が隣にいた分厚い壁のような式神を正面から砕き割る。
『小僧ぉ‼︎』
全身ぼさぼさの黒い体毛に包まれた、狼男のような式神が素早く大豪院の横合いに回り込み、鋭い爪で抜き手を繰り出す。
「
大豪院は左腕を肩と肘を軸にして小さく円状に回し、式神の爪を体の外側に弾き飛ばす。そして腰を入れて突き出された冲捶が狼男の胸を拳大に陥没させ、林の向こうまで吹き飛ばした。
「…キリが無いな……」
大豪院は一つ息を吐き、油断無くあらゆる角度から飛び掛かってくる式神達に注意を配る。と、その時視界の端で何かが光る、その瞬間。
「がぁっ⁉︎」
唐突に大豪院の体を衝撃が走り抜ける。危うく膝をつきかけて足を外に踏み出し、堪えた大豪院は、光の飛んできた方向、式神の群れの奥からこちらを睨みつける瞳を睨み返す。
それは猿と狼を掛け合わせて無理矢理二本足で歩かせたような、異形の獣である。先程の光の正体は、その獣が全身に纏う放電現象が正体を現していた。
「…雷撃、か……」
『ヒヒッヒヒヒヒヒヒヒヒッ‼︎』
忌々し気な大豪院の呟きに、異形の獣は甲高い不快な声で笑い、再びその両腕に火花を散らし始める。
「…上等だ」
大豪院はそちらに向けて拳を構える。
『わははははははっ‼︎焦っとるなあ、神鳴流の別嬪さん‼︎』
「くっ⁉︎」
身の丈が二丈を越える巨大な鬼の振り下ろす鉄棍を、刹那は顔を歪めながらも受け流す。
戦いの始まった当初、刹那は順調に式神達をを斬り倒して行った。刹那は神鳴流剣士、妖魔退治は本業の一つである故、中村達よりも対処法は心得ている。刹那としては、いかに強かろうと魔法関係に関わって日の浅い中村達では思わぬ不覚を取り、命を失うことになる危険がある為、自分が一体でも多くの式神を倒さなければならないと考えていた。が、そこに割り込んできたのが、この式神達の大将格であるらしき鉄棍を巧みに振り回す巨大な鬼である。気を込めた神鳴流の斬撃を、同じく気を通した棍で力任せに、あるいは巨体からは想像もつかないような繊細な技術で受け流し、刹那に対して当たれば体ごと爆砕しかねないような剛撃を放ってくる。先程から刹那は足止めに徹している鬼に邪魔れて真面に他の式神を倒せていない。
…このままでは………………!
ふと浮かんだ不吉な未来の想像図を思考の外へ追い出し、刹那は全力の斬撃を放つ。
「神鳴流奥義、斬鉄閃‼︎」
「おおっと⁉︎」
文字通り鉄をも断ち切る斬撃は鬼の振り上げた鉄棍に阻まれ、胴体を掠めるだけに終わる。
「おお、危ないのう」
「…くそっ……」
大げさに息を吐く鬼に、刹那は舌打ちをして再び刀を構える。
…もう少しだけ堪えていて下さい、皆さん‼︎
刹那は再び鬼に対して打ち掛かる。
「…その調子や、お前ら」
千草は道路の上から、奮戦する中村達と、襲い掛かる式神達を眺め、汗の浮かんだ額を拭いながら、そう呟く。
油断をすれば倒れてしまいそうな凄まじい疲労感が、千草の全身を苛む。
…長くは持たへんな。
…頼んだで、
それぞれの思惑が交差し、戦場は加速する。