お馬鹿な武道家達の奮闘記   作:星の海

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3話 二人の少女 友情の確認?

活気溢れる大通りを様々な格好の女子達が縦横無尽に行き交う。

時間帯は放課後、部活に行く者や下校途中に友人と談笑する者など、それぞれの青春を謳歌する中、辻は一人浮かない顔で歩いている、原因は道行く女子達の視線だった。

麻帆良女子中等部は教師以外の男性の立ち入りを禁止していないが当然「女子」中等部である以上道行く人間の9割以上は女性である。男性であるというだけで否応なしに人目を惹くし、ましてや辻は麻帆良学園内でもどちらかというと悪い意味で有名なバカレンジャーの一員だった。もっとも当人はそんな不名誉な名称の集団の一員であることなど一度たりとも認めたことは無いが、そういった認定は当人が望む望まないに関わらず勝手に成されるものなので文句を言った所で意味は無いだろう。

兎に角始終喧嘩に明け暮れているだの女性にセクハラを繰り返しているだの教師達相手に乱闘を繰り広げただのといった外聞のよろしくない噂が立っている以上(半分以上は事実である上にセクハラ云々はほぼ一人の所為とはいえ行っているので反論の余地は無い気がするが)周りの目線があまり好意的でないのは当たり前である。これが普通の教育機関なら警備員を呼ばれて退出させられるレベルの悪評であろうから、こんな時ばかりは変人奇人揃いの為何かにつけて寛容な麻帆良の気質に感謝する辻であった。

 

「…やっぱり女の子達の目線がキツい…早まったかなぁ、高等部や大学部と違って詳しくやらかしたことの内容が伝わらないから女子中生には凄い評判悪いんだよな~、そもそも桜咲に話を聞こうにも部活に来ない日にあいつが何処で何をやってるかなんて聞いたことなかったしなぁ。

何処にいるかすら見当もつかん」

呟きつつ辻は辺りを見回す。目線の合った女子があからさまに目を逸らすのにちょっと傷付きつつも目当ての少女がいないかと目を凝らすが、

「見つかるはずないよなぁ」

当然の如く姿は見えず辻は溜息を吐く。そもそも探している少女は普段何かしらやることがあって部活を休んでいるのだからこんな所をぶらぶらしてはいないと辻も解っている。何か取っ掛かりを見つけなければこのまま訪ね損で終わるのは火を見るより明らかだろう。

「話を聞く、聞かない以前の問題だったな…」

あらためて自分は桜咲のことなど殆ど何も知らないのだと落ち込む辻だった。

 

「何をしているですか?辻先輩」

それでも探すだけ探してみようと気合を入れ直した辻に声がかけられる。

辻が振り返るとそこにはビニール袋を手に下げた、長髪のサイドを三つ編みにした小柄な少女が立っていた。

「ああ、綾瀬ちゃんか。久しぶりだね、元気にしてたかい?」

その少女は辻の知り合い、と呼んでいい桜咲 刹那のクラスメート、綾瀬 夕映(あやせ ゆえ)だった。

「おかげ様で、と言わせていただくです。今日はお一人なのですね、稀にこちらにいらっしゃる時はいつも初代バカレンジャーの皆さんと一緒なのに珍しいです」

「いや、その呼び方にも色々突っ込みたい所だけど、とりあえず俺とあいつらをセットで考えないでくれよ。その不名誉な集団に俺は所属していると認めた覚えはないんだから」

「何を仰るですか。桜咲さんに日頃から勝負を迫り俺が勝ったら嫁になれ、とのまこと男らしい宣言をなさっているのですから、馬鹿と言ってもいい意味での馬鹿呼ばわりでしょう」

「君までそんな事を言うんかい‼︎そんな阿呆らしい宣言をした覚えは一度たりとも無い、大体俺が勝ったらって桜咲には三本に一本は勝ってるからそれが事実なら何回プロポーズしてるんだ俺は‼︎」

「冗談です」

目を剥いて吠える辻に臆した様子もなく、表情一つ変えないまま夕映は言い切った。

「…そんなに俺が桜咲にどうこう、って噂は広まっているのかい?」

「ご安心下さい、事情通な人間の耳に入る程度の浸透です。私のクラスで最近噂になりましたので私も知ってるですが既に立ち消えた噂です。辻先輩はリアクションがいい上にツッコミが細かいのでついからかいに走ってしまったです」

「後輩にまで弄られるのか俺は…一回はクラスで噂になったということだし桜咲には申し訳ないし…まあそれはよくないけどいいとして綾瀬ちゃん、あまり年上の人間をからかうような物言いをしないようにね。俺相手ならいいけどそういうのに敏感な人間は物凄く腹を立てるから、トラブルにならない為にも気をつけて」

既に世話になっている後輩に実害が及んでしまっていた事実に打ち沈みながらも、相手によっては割と洒落にならない態度を取る目の前の後輩にとりあえず辻は忠告することにした。辻の悪友に比べれば可愛いものだが、あの常識が絶賛行方不明中の社会不適合のようになるかもしれないきっかけを態々見過ごすこともないだろう。

「ご忠告痛み入るです。私にはそもそも軽口が叩けるような相手も少ないのでつい調子に乗ってしまいました。失礼したです辻先輩」

「いや、さっきも言ったけど俺相手なら構わないよ。後輩との談笑で位は固いことを言いたくないし、TPOを弁えてるなら俺から言うことは何も無いさ。ただ桜咲の件はおおっぴらに広めないでくれ、桜咲の方に迷惑がかかってしまう」

鷹揚に返しながらも刹那の件ではしっかり釘を刺す辻にふと夕映は記憶を巡らせ、

「…話題になった時の反応からして向こうも満更でもなさそうですが」

「え?何か言ったかい綾瀬ちゃん」

「いえ、何でもないです。所で辻先輩、先程もお尋ねしましたがこちらには何をしに?まさか本当に桜咲さんにプロポーズしに来た訳ではないでしょう」

「うんとりあえずそのネタはもう蒸し返すな後輩。プロポーズ云々ではもちろんないけど桜咲に用事があって来たんだ」

何気にいい根性をしている夕映に辻は流石にぴしゃりと言い返し、刹那に話があって捜索している旨を告げた。

「そうですか、残念ながら心当たりはありません。私は桜咲さんとは余り面識はありませんので…」

「そっか、わかったありがとう。当てはないけど虱潰しに探してみるよ。それじゃあね」

情報が得られないことを残念に思いながらも辻は刹那の捜索に戻ることにした。手がかりが無いなら足を使うしかないだろう。

「待って下さい辻先輩、少しよろしいですか?」

「ん?なんだい綾瀬ちゃん」

最近よく後輩に呼び止められるな、と思いながらも辻は夕映の方を振り返る。

「辻先輩の用は急ぎですか?」

「ん?いや、なるべく早い方がいいけれど今日明日期限が迫っている類のものじゃ無いよ。でもどうしてだい?」

「そうですか。ならば好都合と言えるです。辻先輩、一つ私の頼みを優先して聞いていただけないですか?」

夕映の顔を思わず見つめる辻だがそこに巫山戯た様子は…ないのだろうか?少なくとも辻には夕映は表情の変化に乏しく見えるため真剣な顔も冗談を言う時の先程の顔も同じに見えた。

「…それは今すぐじゃ無ければいけなくて、ちゃんと俺に出来る範囲の頼みかい?」

「前者の問いにはYesと言い切れませんが、辻先輩もお忙しい身です。今後いつ時間を取って頂くにしても、それは作って、頂く時間でしょう」

夕映は作って、の部分を強調して言う。

「そして後者の問いには間違いなくYesです。辻先輩にしか出来ないですし辻先輩なら簡単にやって頂けることです。…前置きが長くなりましたので言いますが、辻先輩に会って頂きたい人がいるのです」

「俺に、合わせたい人?」

辻は疑問の声を上げる。

「…噂を聞いての興味本位とか、そういう話じゃ無いんだね?」

辻は尋ねる。夕映が用事のあると言っているのに物見遊山気分の人物の都合を優先させるとは思えないが辻に会いたい人物の用件など、それ位しか思い当たらなかった。

「もちろん違います。いえ、ある意味ではその通りですが、真面目な相談のお話です。急ぎの用事でないのなら、どうか時間を裂いていただけないですか?」

相変わらず表情は殆ど変わらなかったが声色だけは至って真剣だった。

辻は噂関係で真面目な話ってなんだと疑問に思ったがともあれ真面目な話というのは伝わった。

「わかった。余り長い時間は取れないけど大丈夫?」

「充分です。では今から呼びますのでそこの喫茶店ででもお待ち下さいです」

夕映は一つ頷き携帯電話でその誰かに電話をかけ始めた。

 

…どういう状況だ、これは。

辻は自問したが答えは見つからない。言われた通り喫茶店に入り、とりあえずコーヒーを注文して待つこと十数分。現れたのは腰まである艶やかな長髪の大和撫子、といった感じの穏やかそうな少女だった。

見覚えはかろうじてある。辻が夕映と面識があるのは何を隠そう、夕映をリーダーとした五人衆、バカレンジャー中学生verとして繋がりがあるからなのだが、(何度も言うが辻は認めていないし別にレンジャー同士で何か活動している訳ではない。奇人変人、あるいは馬鹿が纏めてそう呼ばれるのでなんとなく面識を持っただけの話だ)そのバカレッドと呼ばれる少女とよく一緒にいるので挨拶位は交わした事がある。しかし名前をかろうじて知っている位で個人で話しかけたことは一度も無い。一体何の用が自分にあるのか辻はとんと見当がつかなかった。

「木乃香、こちらが辻 一先輩です。辻先輩、彼女は私の友人で近衛 木乃香(このえ このか)です」

「…お久しぶりです、辻先輩。近衛木乃香です、忙しいゆうんに時間取ってもろてありがとうございます」

「ああいや、いいんだ。綾瀬ちゃんには言ったけど急ぎの用事ってわけでも無いから。相談に乗る位は全然問題ないから気にしないで」

夕映に紹介され、挨拶をする木乃香。なにやら思いつめたような表情で辻の記憶にある姿よりも明らかに元気がない。これは相当深刻な話だなと内心気を引き締めながらも、できるだけ気さくに返事を返す辻。

「…それで話っていうのは何なんだい?様子からして近衛ちゃんには大事なことみたいだけど」

「はい…」

「待って下さい。話が始まる前に私は席を外させていただくです」

辻が木乃香に水を差し向け木乃香がおずおずと話し始めようとした矢先、夕映が二人を遮り、席を立った。

「え?帰るのかい、綾瀬ちゃん」

「はい、木乃香にとって多分にプライベートな話になるでしょうから、当事者でない私はいるべきではないです」

「夕映…さっきもゆうたけど、おってくれてええんやで?」

「私が事情を尋ねた時、木乃香は話しにくそうでしたでしょう?仮にも友人を称していながら任せられない自分の器量不足には腹が立ちますが、それだけ木乃香にとって大事な一件ということです。話せる時が来たら話して下さい、木乃香。責めるつもりはありませんが、私も、皆も心配しているんですから」

少し悔しそうに、それでも穏やかな口調で夕映は言った。

「…ごめんな〜………」

「いいんですよ、それでは失礼します、辻先輩」

「ああ…大層深刻そうな悩みのようだが出来るだけ力になって見せるよ」

「お願いしますです先輩。お礼に先程私が購買で買っておいたジュースを…」

「いらんわ‼︎持って帰れ、なんだそのドドメ色の飲み物⁉︎大体喫茶店で飲み物を出すなマナー違反だ!」

「失敬な。非常に美味なる飲料ですよ?それにここは持ち込みOKな店です」

『衝撃のソーマ〜暗黒味をお上がりよ〜』と描かれた怪しいボトルに全力でツッコミを入れる辻と反論する綾瀬。先程までシリアスな空気だったのにぶち壊しである。やりとりを見て近衛が小さくではあるが笑っていたのでそれが狙いだろう。…恐らくは。

「不本意ながらジュースは不評のようですので私が帰ってから美味しくいただくです。それでは木乃香、辻先輩。お先に失礼です」

「うん、またな夕映」

「今日を境に君を見なくなったらジュースが死因と見なすぞ‼︎気をつけろよできれば飲むな⁉︎」

席を後にする夕映に別れを告げる木乃香といらん所で湧いて出た不安要素に律儀にツッコミと心配をこなす辻だった。

 

「それじゃ、改めて…。話っていうのは何だい?近衛ちゃん」

夕映が去った後辻は木乃香の分の飲み物を頼み、紅茶が運ばれた後におもむろに切り出した。

「はい…。ウチが話したいことゆうんは、辻先輩と仲がいいゆう女の子のことなんです」

「俺と、仲がいい?」

オウム返し気味に返してから辻は自問する。そんな女子いるか?クラスや部活ではそこそこ話すけど、特別親しい女性なんて…

とそこまで考えてから不意に辻は呼ばれた理由を思い出す。

…噂を聞いて話がしたいって言ってきたんだよな、この娘は。

だとしたらその親しい(と、されている)女子など一人しかいない。

「…桜咲について話があるってことかい?」

そう、尋ねる辻に、刹那の名前を聞いた瞬間ピクリと体を震わせつつ、木乃香は頷いた。

「はい…。せっちゃ、いえ桜咲さんについてウチ、どうしても聞きたいことがあるんです」

…………せっちゃん?

辻はやけに親しげな愛称に内心首を傾げる。ウチの馬鹿ではあるまいし、親しくもないクラスメートに気安い呼び方をする少女ではあるまい。と、いうことは……。

辻は半ば確信の元に言った。

「近衛ちゃんと桜咲は友達なのかい?」

木乃香はその質問に少し悲しそうな顔をして、

「…友達、やとウチは思ってます。でも、最近桜咲さんとは話せてないんです」

「…そりゃまたどうして?」

「…ウチがなんか、やってしもたのかもしれません。前はすっごく、仲が良かったんです」

ウチと桜咲さん、幼なじみなんですと木乃香は言った。

…すまん綾瀬ちゃん。俺が解決するには荷が重そうな相談だわ。

少し顔を引きつらせつつ辻はそう心中で夕映に謝った。


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