お馬鹿な武道家達の奮闘記   作:星の海

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4話 少女との談笑 少年と非日常

木乃香の話は要約するとこうだった。

幼い頃木乃香の実家で木乃香と刹那の二人は知り合い同年代の友人がおらず二人は非常に親しくなった。

川で二人して溺れかけるなんてショッキングな事件に遭いつつも二人は友情を誓い合った。

やがて木乃香は麻帆良学園に入学、二人は離れ離れに。

その後刹那も麻帆良学園に転入、二人は再開するが刹那は昔のように接してくれず、木乃香は避けられている節がある。

木乃香に心当たりは無く、なんとか昔のように刹那と仲良くなりたい。

仲直りする手段が見つからないまま現在に至る。

そんな折、刹那と頻繁に接し、真偽の程は不明だが付き合っているという話まである謎の男の噂が(←辻)

詳しく聞くと刹那の所属する剣道部の主将で一緒に歩いている写真も見せて貰ったのである程度仲がいいのは確かだと確認。

何か刹那のことで仲直りする為のきっかけが掴めるかもしれないので辻に会おうと木乃香が決心。

…で、現在に至ると。

辻はひとまず納得する。気持ちとしては充分理解できるし、力になれるなら協力するのに無論否やは無い。

だがまず何よりも先に突っ込む点が一つあった。

「写真ってなんだぁぁぁぁぁぁぁぁっ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎」

「ひゃっ⁉︎」

大音量でツッコミを虚空に入れた辻の剣幕に木乃香が驚く。

辻としてはびっくりさせてすまないと思うが生憎今の辻に態度に出して気遣う余裕は無いのだった。

周囲の客も何事かとこちらを見ているし、背後の客などは

「いや、本当になんですか写真って…」

などとこちらに対するツッコミだろう呟きを発していた。辻としてはこれまた申し訳なく思う。確かにいきなり 後ろで写真云々なんて叫びが大声で上がったらなんだそれはと思うだろう、辻は心の中で背後の客に謝った。なんだか聞き覚えのある声だった気もするが気の所為だろう。

 

「え、えーとな辻先輩。写真ゆーのはウチのクラスメートの朝倉って娘が持って来てくれた奴でな…」

「名前聞いたことあるぞ自称麻帆良のパパラッチだな、よし判った情報ありがとう近衛ちゃん。その娘には俺からきっちりお話しておくから気にしないでいいよ」

「…えーと、お手柔らかにしてあげてな?」

目が全く笑っていない笑顔を浮かべる辻に少し引きつった顔で木乃香は取り成した。

「気を取り直して、話はわかったよ近衛ちゃん。桜咲のことで何か近衛ちゃんとの関係で知ってることが無いか知りたいんだね?」

辻の問いに木乃香は頷く。

「はい、ウチ桜咲さんともう一度子どもの頃みたいに仲良うなりたいんです。せっかく一緒のクラスなのに、このままやったら寂しすぎます。せやから辻先輩、お願いします!なんでもええから、せっちゃんのこと教えてください‼︎」

そう言って木乃香は深く頭を下げる。途中から桜咲さん、がせっちゃんに変わっていた。無意識だろうがそれだけ必死なのだろう。

辻としてはここまで真摯に頼まれている以上、何とか力になってやりたい。しかし、

「…申し訳ない、近衛ちゃん。俺も二年以上桜咲と会話しているけれど、近衛ちゃんの話題が出たことは一回も無いんだ。桜咲からプライベートな話題が出るのは珍しいから話題に出ていれば覚えてると思う。だから、本当にすまないけど俺じゃ役に立てそうにないよ…」

心底悔しそうに辻は木乃香に告げる。ここまで必死な彼女に協力出来ないことが情けなくてならない。

…くそっなんで俺はもっと踏み込んで桜咲と会話していなかったんだ…

「そうですか……」

「本当にごめん」

二人の間に暗い雰囲気が漂う。

いたたまれない気分を辻が味わっていると木乃香が一つ被りを振って辻に向き直る。

「…せやったら辻先輩、ホントになんでもええです。桜咲さんのことで知ってること、教えて貰えませんか?」

「…近衛ちゃん」

「しつこくてすいません、先輩はせっちゃんと仲がええから、さっきまともに顔合わせたばっかりのウチに話すのは抵抗あると思います。でもウチこのまま諦めたくはないんです。嫌われてるんやったらそれでもええです。でも、もし違うんやったら、ウチが諦めたら一生仲直りなんて出来へんから。…お願いします、辻先輩」

揺れる瞳で、それでもしっかりと辻を見据え、木乃香は言った。

…強いな、この娘は。

さすが、桜咲の友人だ。

我知らず、辻は微笑んでいた。

「…先輩?」

「ああ、ごめん。わかったよ近衛ちゃん、俺が知ってることは全部教えよう。万が一後で桜咲に知られたら土下座して謝るさ。俺にとって桜咲は大事な後輩だから、君みたいな強くて優しい娘に仲直りして欲しいと、俺も思う」

臭いなーと内心苦笑しながらも辻は木乃香の頼みを快諾した。

「…ありがとうございます、辻先輩」

「お礼はいらないよ、さっき言ったろ、俺も仲直りして欲しいって。

そしてまず一つだけ、確実に言えることがある。」

再度頭を下げる木乃香に、辻は微笑み、後輩を安心させるため、辻の知っている彼女を木乃香に伝える。

「桜咲 刹那は理由も無く友人を嫌いになるような人間じゃない」

はっきりと辻は断言した。

「曲がりなりにも部活であいつと一番接していたのは俺だと思ってる。あいつは初めこそ、何処かよそよそしくて、試合で叩きのめした相手に声もかけない取っ付き辛い奴だった。それでもしつこく声をかける俺を邪険にはしなかったし、指摘をすれば素直に聞いてたよ。そのうち少しずつ周りと打ち解けていって、相変わらず口数は少なかったけど誰にでも丁寧に接するようになったよ」

昔を懐かしみながら辻は言葉を繋ぐ。

「恥ずかしい話、先輩で部長だって言うのに桜咲には負けっぱなしでさ。それが悔しくて随分しつこく付き纏ったよ。あいつは呆れながらも俺に時間を裂いて、指導をしてくれた。立場が逆だよね、これじゃあ」

「…せっちゃん、いえ桜咲さんは強いんですね」

話を聞いて、小さくではあるが微笑んで木乃香は呟いた。

「別にせっちゃんでいいと思うよ。呼びかけるのは仲直りできた時に取っておいてさ、本人がいない時くらい好きに呼んだっていいじゃない」

…中村は珍しく正しかったな。

「…そうですか?」

「そうさ。とにかく桜咲はちょっと話しかけにくい空気を纏ってるかもしれないけど、根はとても素直で優しい娘だと俺は思ってる。嫌われる心当たりがないなら、桜咲が近衛ちゃんを避けるのは近衛ちゃんに責任はないよ、きっと。何か止むに止まれぬ事情があるんだと思う。だから今は話しかけてもつれないかもしれない、でも近衛ちゃん、諦めずに話しかけ続けてみてくれ。本当に嫌いな人間に人はいつまでも同じ態度は取らない。姿を現さなくなったり実力で排除しようとするんだ。ただ避けているだけなら、今は話せないって。…ことなんじゃないかな」

木乃香は目を見開いて、辻の言葉を聞き続ける。どうかこの少女に伝わればいいなと、辻は自分の言葉を語る。

「俺は桜咲 刹那を勝手に信頼してる。だから勝手に、近衛ちゃんは仲直り出来ると、言わせて貰うよ」

その言葉に、木乃香は俯いて絞り出すように、言葉を零した。

「…ええんでしょうか」

消えいるように、小さく。

「…せっちゃんにウチ、嫌われてへんって。思ってええんでしょうか?」

言葉を受けて辻は苦笑する。

「あれだけ大見得きっておいて情けないけど断言は出来ない」

でもね、と辻は続ける。

「近衛ちゃんから話を聞いて、現在の桜咲を俺は知ってて。何となく思ったんだ、二人の縁は切れてないって」

説得力ないかな、と辻が笑っていると木乃香は顔を上げてふるふると首を振り、

「ううん、信じます。辻先輩、せっちゃんを凄いよう見てるって思いましたもん」

「いや、そんな大したもんじゃないよ」

大体その言い方だと誤解を招きそうだし…と、辻が口の中で呟いている内に木乃香は目の端に浮かんでいたものを拭い、少しだけ明るさを取り戻した笑顔で辻に話しかけた。

「辻先輩。せっちゃんの部活の様子、もっと詳しく教えてくれませんか?」

「ああ、もちろん。桜咲はね、最近は中東部女子の指導を任されるようになったんだ」

「せっちゃんが指導ですか!どないな感じなんですか?」

「結構初めは戸惑ってたけどね。元々俺に対して指導をしてたようなものだったからすぐに慣れたみたいで…」

二人はそれから、外が暗くなるまで一人の少女を話題に語り合った。

 

 

 

 

「すいません、辻先輩。こない遅くなってしもた上にごちそうしてもろて」

「いいのいいの。こっちも楽しかったよ。桜咲とよりを戻せることを祈ってるよ。もちろん何か協力できることがあったら言ってくれ。できる限り力になるよ」

喫茶店から出て礼を言ってくる木乃香に笑って応じる辻。それを聞いて何処か楽しげに笑う木乃香。

「ウチ、せっちゃんが辻先輩を慕ってる理由、なんとなくわかりました」

「は?」

辻は思わず間抜けな声を上げる。

「辻先輩がせっちゃんの彼氏さんに立候補するんやったらウチ、応援しますえ」

「え、何?なに言ってんの近衛ちゃん」

「木乃香でいいですえ、じゃあ、辻先輩、今日はホンマにありがとうございました」

ぺこりと頭を下げ、木乃香は奥の雑踏へ消えていった。 夕御飯の用意急がな〜という声が遠ざかって行く。

「…なに、十年来の親友にまで俺と桜咲は茶化されるわけ?」

何処か呆然と辻は呟く。

 

しばらくして気を取り直した辻は流石にタイムアップだと自分の寮へと帰り始める。

「結局桜咲とは話せなかったけど今日は来てよかったな」

辻は満足げに帰り路を急ぐ。何日も剣道部を休む訳にはいかないので明日はきちんと顔を出そうと辻は思い

昼間に比べれば幾分減った女生徒の間を通り抜けていく。 心なしか目線も優しいような気がするのは心が満たされているからか「きゃぁぁぁぁぁっ‼︎彼処にいるの一はじめちゃんよね⁉︎一はじめちゃぁぁぁん‼︎やっと逢えたわぁぁぁぁ‼︎」

周囲一帯に響き渡る気持ち悪い男の裏声に心が萎んでいくのを辻は感じた。

「気味の悪い声を出すんじゃねえよ変態馬鹿‼︎」

「あ〜視線が痛い。やっぱりここら辺僕達にとってアウェイだよね」

「9割方このカスの所為だがな」

聞き覚えのある声が続々と後ろから聞こえてくる、考えるまでもなくバカのレンジャー共だ。

「…なんて言うかいい気分で終わらせてくれないのかなぁ……」

「おーい辻ー、辻斬り野郎ー聞こえてんだろー、返事しやがれー」

「聞こえてるよ馬鹿野郎、不名誉な呼び方をしてくれてんじゃ」

半ばヤケクソ気味に振り返った辻はピタリと動きを止める。

原因は近づく変人集団の中央でロズウェル事件の宇宙人の如く両手を掴まれ連れられているスーツ姿の少年にあった。

「よう辻、こんな時間までご苦労さん、収穫あったか?」

「俺の状況報告より何より先に誰だ、その子は」

見れば妙な木の棒を背中の荷物から生やし子どもだてらに仕立てられたスーツを着ている。あどけないながら顔立ちは整っており利発そうな雰囲気の少年だった。

最もその少年の顔はお通夜の席のように暗く、青ざめている。格好だけ見ればとっ捕まった万引き少年のようだがそれならここまで中村達が引っ張っては来まい。よく見れば大豪院の手には紐で縛られた鼬の様な生き物が暴れては大豪院に締められてぐったりしている。

…ホントになにやってんだこいつら。

「辻、説明すると長くなんだが巻いて説明すっとお前追っかけてたら色々あってこいつ捕まえたんだよ」

「要約しすぎだわけわからん。いいから答えろその子は誰だ。君、大丈夫かい?君の右腕掴んでる変態に何かされなかったかい?」

「あ、いえ…」

「辻、その子は子供先生だ。聞いたことあるだろ、春から教師やってる10歳児の話」

「………なんだと?」

豪徳寺の説明に固まる辻。よりにもよって今凄まじく不穏な言葉をこのリーゼントは吐かなかっただろうか?

「…今なんて言った?」

「どうしたの辻凄い顔して、だから子供先生だよ。奇遇なことに桜咲ちゃんの担任やってるんだって」

「なぜその子供先生を捕獲しているのかについては複雑な事情があってな」

大豪院の言葉を半ば聞き流し、辻は俯き長いため息を一つ零す。そしておもむろに全員の顔を見て

「お前ら今日に限っては全力でいらんことしてくれたな‼︎」

「は?どうしたよ辻。興味ねえか子供先生」

「あるかないかで言えばあったがタイミングが悪いよ‼︎」

「え、何タイミングって。なにかまずいことでもあるの?」

「あるんだよ‼︎ちくしょうなんでこいつらはピンポイントな状況でピンポイントな人物を…俺は今日桜咲に不義理を働いてばっかりじゃんか」

「桜咲がどうかしたのか?ともあれ何か大変そうだが聞け、辻。こちらもこちらで大変な事態だ」

「何が大変だよ軽いノリで人に約束破らせやがって…」

「おい辻、マジで聞けって。すげえヤバイこと知ったんだよ俺ら」

怒ったのち嘆いていた辻だが中村の滅多にない真剣な声にようやく耳を傾けることにした。

「…だから何が大変なんだよ、子供先生に関係あるのか?」

「大有りだ。辻、マジで状況はシリアスだぜ」

「本当にシリアスか?」

「おう」

「ギャグじゃなくて?」

「そうだ」

「シリアスに見せたギャグじゃなくてか?」

「しつけえよ‼︎真面目な話だ‼︎」

怒る中村を見てどうやら本当に何かあったらしいと認める辻。

「あ、あの…」

「ん?」

小さくかけられた声に首を下に振るとすっかり存在を無視する形になっていたネギが恐る恐るという感じで辻に話しかけていた。

「僕、ネギ・スプリングフィールドと言います。中村さん達のいう話には、僕が関わっているんです」

「ついでにこの鼬もな」

大豪院が相変わらず元気に暴れている鼬を軽く掲げる。

「…一体なんなんだよ」

いよいよわけのわからない辻はこれ以上ないほど怪訝そうに聞き返す。

「まあ話せばマジで長いから結論だけ言うとな」

「中村、お前の使えないまとめはもういい」

「所が今回の話はちゃんと説明してもわかんねえと思うぜ」

「…何?」

「まあ聞け、俺たちは今日な…魔法を目の当たりにした」

「……………狂ったか。ああ、元からだな」

「違えよ!いいから聞け‼︎」

「寝言は寝て言え。俺は帰る」

「待てやコラァ‼︎」

押し問答の末喧嘩になり、事情説明が始まったのは十分後のことだった。


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