「…糞がっ‼︎」
短く悪態を吐き、小太郎は全力で道無き道を直走る。
「…シブトイ上ニスバシッコイナ、狗族トハ」
「んん、やっぱり男の子って元気いい方が可愛いわねえ」
藪の向こう側からくぐもった低い声と甲高いオネエ言葉が響いてくる、小太郎から然程距離は離れていない。
「張っとった…ちゅう訳かい、なんや端から欠片も信用しとらんのやないか、連中……!」
小太郎は苦々しく呟き、位置が捕捉されない様静かに、しかし高速で木々を掻き分けその場を逃れる。
京都での一件による懲罰から牢に入れられ、謹慎状態にあった小太郎の元へ白髪の少年がやって来たのは約一日前のことであった。
「…裏切れ、言うんか、あの兄ちゃん達を……」
「僕の発案じゃあ無いけれど決まった事だからね。彼らに取り入って学園への侵入及び特定対象の無力化に手を貸すならば君をここから出した上で
牢の木格子越しに強い視線で睨みやる小太郎を黙殺し、少年ーーフェイトは淡々と要件だけを小太郎へと伝える。
「…なんで俺にそないな話を持ち込む?お前らが自分でやった方が成功し易いちゃうんか?」
「それは君には関係の無い話だ。君が考え、そして答えるべきはこの一件を受けるか否か。それだけだよ」
わざわざ捕まっている自分を手間をかけてまで使いたがる理由が解らず、訳を尋ねる小太郎だが、フェイトはすげなく質問を無視して小太郎に決断を迫る。
「…一つ聞かせろや」
「なんだい?」
「千草姉ちゃんは俺を使うっちゅう事に賛成したんか?」
小太郎の問いにフェイトは軽く息を吐き、暫しの間を置いて答える。
「…いや。彼女は君を作戦に起用する事に最後まで反対していた」
フェイトの答えを聞き、小太郎は少し寂し気に、そうか…、と呟くが、暫くしてくつくつと笑い始める。
「…何が可笑しいんだい?」
「いやぁ、まあ姉ちゃんらしい答えや思うてな」
小太郎は笑みを噛み殺しながらフェイトに答える。
「俺を置いてく決めたなら姉ちゃんは今更俺を引っ張り出すなんちゅう半端はせえへん思とったわ、予想通りやな……先の話、答えはNOや。姉ちゃんが来い言うんなら俺は地獄の果てまで駆け参じたるが、俺に来んなっちゅうなら俺が行っても得ないわ。あの兄ちゃん達にはとびきりの不義理働いたんや。これ以上迷惑掛けんのは俺の流儀に反するわ」
「…そうかい、じゃあ別の手を考えるよ」
きっぱりと断る小太郎の返答に然程残念そうな様子も見せず、あっさりそう告げるとフェイトは踵を返し牢の出口へと歩いて行く。
「……おい‼︎」
呼び掛ける小太郎に対してフェイトは反応を返さないが、構わず小太郎はドスの効いた声で告げる。
「そっちが声掛けてスカウトしたんや、ちゃんと姉ちゃんに気ぃ使えや。…強いけど脆いんや、姉ちゃんは」
その言葉にフェイトは一旦足を止め、小太郎の方を振り返り告げる。
「彼女が僕達の目的に対して賛同し有用な戦力で有り続ける限りは、僕達も彼女の要求に出来得る限り答えよう」
そう言い放ち、フェイトは再び歩みを再開し、牢獄を後にする。
「……そら用済みになったらポイッちゅうことやろが………」
小太郎は吐き捨て、床に寝転がる。
「……やっぱ駄目やな、姉ちゃんをどうにか連れ出さなあかん……」
そして現在、小太郎は牢獄を脱走し、東の地、麻帆良に向けてひた走っている。恐らくフェイトの組織が掛けた追手らしき、複数の異形の影から攻撃を受けながら。
「…痛ぅ……このままやったら振り切れるか……?…妙に追撃が緩い気ぃするんは気の所為やとええんやが……」
背面の
…人や無いのは明らかやが、俺が普段仕事で相手取る妖の連中とも雰囲気が違う……やっぱあの白髪のガキの仕業やろな………
追手の正体を考えながら繁茂する雑草の中を走り抜けていた小太郎は、小さな泉の湧き出る小さく開けた空間に出る。
「…獣の水飲み場かい。熊とは言わんからせめて鹿やら兎でも居ってくれりゃあ腹拵え出来るんやが……」
ま、そう上手くいかんわな、と呟きつつ、小太郎は泉の水に口をつける。手早く水分だけでも補給して先を急がねばならないからだ。が……
「んぐっ…ふう……ん?」
水を流し込み一息吐いた小太郎は、泉の水面に己が起こしたもので無いさざ波が立っているのを見咎める。
「…地震……?…いや、これは……っ⁉︎」
小太郎は咄嗟に身を捻りながら飛び退り、
「っ‼︎……糞がぁ‼︎」
小太郎は転がっていた地面から素早く跳ね起きると、再び全速力で走り出す。
…早くあの兄ちゃんらに伝えんと……‼︎
「あー駄目ですよちゃんと狙って下さイー」
「いやいや私はちゃんと狙ったとも。ここは彼の反応の良さを褒めるべきだろう?」
「なんでもいいから追おうぜ、逃げちまう。伯爵、後ろの御二方にも本気ださセロヨ」
「…負け犬ならぬ逃げ犬?」
「篠村…お前自分の分ってもんをちゃんと弁えてるか……?」
そろそろ中年に差し掛かろうかという男性教師の、薄くなり始めた頭頂の下の両眼は、どう贔屓目に見ても好意的では無い視線を眼前に立つ篠村に向けていた。
…何時か釘刺されるとは思ってたが、面倒臭いことになったなオイ……
篠村は内心溜息を吐き、目の前で佇む数人の男女ーー何れも魔法関係者、それも先の一件でバカレンジャーに対してかなりの反発心を抱いている、麻帆良の魔法関係者の中でのバカレンジャー起用反対派の面々を見やる。
「自分の分…ですか、理解しているつもりですがね?私は何か皆様のお気に障る様な真似でもしましたか?」
「惚けるのはおよしなさい」
それなりに美人だが、ツリ目がキツイ印象を与える女教師がピシャリと言い放つ。
「ここ最近のあなたのネギ・スプリングフィールドへの干渉、及び辻
…まーるで俺が進んでちょっかい出したみたいな言い方されてんなあ……
実際は無理矢理引っ張り込まれたんだがなぁと篠村が小さく溜息を吐くと、それを目敏く見咎めた学園警備員の一人が怒鳴り声を上げる。
「貴様、なんだその態度は‼︎自分が重大な計画を破綻させかねない行動を取っているのが解っていないのか⁉︎」
「穏やかじゃ無いですねえ」
篠村は苦笑しながら言い返す。
「俺みたいな下っ端は上の命令にただ従うのみですとも。実際俺が何か命令違反を仕出かしましたか?」
「俺達が言いたいのは暗黙の了解を貴様が破った事だ‼︎」
ダン!と手元のテーブルを殴りつけ、警備員は怒号を上げる。
「ネギ・スプリングフィールドを正しい方向へ導き、尚且つ英雄として相応しい育成を施す‼︎貴様もその大役の任を請け負う為に、各方面が調整を重ねていた事を知らんとは言わせんぞ‼︎出しゃばっている素人共の事はこの際どうでもいい!所詮は魔法も碌に知らん一般人が偶々大層なアーティファクトを手に入れて偶然戦果を上げただけだからな‼︎だが貴様が抜け駆けをして教育者に収まっている件に関しては黙って見過ごしはせんぞ‼︎」
警備員の言葉を引き継いで、まだ歳若い、大学生と見られる青年が言葉を紡ぐ。
「篠村君が自分の不名誉なレッテルを何とか払拭したいというのは理解できなくも無いんだが…はっきり言わせて貰おう、魔法行使に欠陥を抱える君ではかの英雄の息子に対する指導者としては不適格だ。君の偏った教育であの子が歪んでしまう前に指導を中断し、私達が選出する者に後を引継ぎたまえ。ネギ先生は君に大層な信頼を寄せていると聞く、君の言うことならば素直に従うだろう?」
「大人しく指示に従うならば貴方の立場も一件の功労者とし、悪い様にはしません。貴方も公の為に働く学園の一魔法生徒ならば、身の程を弁えて…」
「ちょっといいですかね」
篠村は女教師の言葉を遮る。
…駄目だな、この連中は……
篠村は今度ははっきりと溜息を吐き、全体に向けて言い放つ。
「まあこの際私が落ちこぼれ呼ばわりを挽回したいと思ってるだの、評価を受けたいが為にネギ先生に関わりに行っただのといった言い掛かりに着いてはまあ、いいですよ。言っても無駄でしょうから」
ただね、と篠村は続ける。
「俺が教育役である事が不適格ってんならそれを決めるのは上の人でしょうよ?それとも貴方がたの言葉は、学園長辺りから同意を得ての意見ですか?」
「………いや……」
男性教師が苦々し気に否定する。
「ですよねえ、だったら俺は言っちゃなんですが、私と同じ一魔法教師や魔法生徒に過ぎない皆様のお言葉を聞く訳にいきませんねえ。皆様が知っている私の行動を真逆上の方々が知らない訳はありませんし。指示が出ていないなら上は俺が関わるのに文句は無いって事でしょう?というか、私がネギ先生達と修業始めてからそれなりに時間経ってますけど、今頃になって私個人を諌めようってのは、ひょっとして初めに上の方々に抗議してそれが通らなかったから私本人から辞退させようって事ですか?」
厳密に言ったらそれ上からの指示に逆らってる事になりません?と篠村は笑う、笑みの奥で嘲笑う。その場の全員を。
「黙れ‼︎」
警備員が怒鳴り散らす。
「そうだとして貴様が相応しく無いのは誰が見ても明らかだろうがこの落ちこぼれが‼︎上がどう言おうが教育に不適格な者を除けるのが何か間違っているか⁉︎」
その言葉に篠村は笑うのを止め、はっきりと全員に向けて告げる。
「まあ皆様の考える通り、そうでしょう、あの子は私のチンケな指導で伸びきる様な器じゃ無い。あの子の才能は桁外れだ。私より相応しい奴が居るのも確かでしょうよ」
「…ならば君は……」
「だったらさあ…」
何か言いかけた青年を遮り、篠村は続ける。
「あんたらが来いよ、直接。そんなに自分の方が上手く教えられると思ってならさあ。ネギ先生の所に顔出して指導役を申し出ろよ。相応しいかどうかは本人と兄貴分達が判断してくれんだろうさ……下らねえ本国への点数稼ぎに俺を巻き込むんじゃねえよ、
「…貴様!」
青年が杖を抜き掛け、眼前に突き付けられた篠村の
「遅えよ、わざわざ魔法発動媒体を弄って一々取り出す様な輩が俺にこの距離で喧嘩売んなよ……そもそもあんたらに胸張って指導出来るだけの実力が有るとも思えねえ、杜崎先生やら高畑先生やらに任せておいたら?功名心でガキの将来左右させんなよ、いい歳した大人共がよ」
篠村は踵を返し、扉へ向かって歩き出す。
「篠村っ‼︎」
男性教師の呼びかけに篠村は首だけで振り返り、告げる。
「上に言われただけで一人で行動も起こせねえ癖に偉そうに物申すんじゃ無えよ腰抜け共」
言い捨てて篠村は部屋を後にした。
「あ〜面倒臭かった、出世争いは他所でやりやがれ自分らが腐れてる自覚の無え正義馬鹿共が……」
「陰口を叩くのは止めなさい。自分で自分を、悪態を吐いた対象の連中と同じ位置まで貶める行為に他ならないわ」
部屋を出て暫くしてから一つ伸びをして、吐き捨てる篠村に声が掛けられる。
「…高音に、愛衣か。なんだ聞いてやがったのかもしかして?」
篠村が振り向くと、そこには厳しい表情の高音と珍しく怒り顔の愛衣がいた。
「追いてくるなって言ったろうが」
「何故私が貴方の命令を聞かなければいけないのかしら?」
「盗み聞きとは優等生の高音さんらしくもない下世話な行為ですことで」
やれやれと首を振りながら言う篠村に、高音の額に青筋が浮かぶ。
「…つくづく口の減らない男ね。先程の件にしても、黙って流していれば要らぬ反感も買わないでしょうに。気に入らない存在に喧嘩を売りたくなる子どもの様な精神性は全く成長していないわね、貴方は」
高音の言葉に、キツイねえと篠村が苦笑する。そんな飄々とした態度に高音が益々苛立ちを募らせ、何事かを言いかけるが……
「お兄様っ‼︎」
「うおぉ⁉︎」
大音量で叫ぶ愛衣によって遮られた。
「ネギ先生の指導、頑張って下さいね‼︎あんなお兄様の苦労も知らないで才能だなんだなんて上部の部分だけ見て、自分は何もしていないのにお兄様の努力を全否定するような連中を、ネギ先生を立派に育てあげて、鼻を明かしてやってくださいお兄様‼︎」
「だからなんでお前は高音は兎も角俺にまで尊敬通り越して崇拝が入ってんだ、そんな大した人間じゃないっつーの俺は」
「…ええ、まあそれはその通りね」
愛衣の様子に気が抜けたらしく、頭を押さえながら幾分口調を和らげ高音が言う、吐いた言葉の内容は辛辣だったが。
「五月蝿え。それから愛衣、ネギ先生をダシに連中見返してやれなんて事言うもんじゃ無えよ。それじゃあの子利用してのし上がろうとしてるあいつらと同んなじだろ?」
「う……ごめんなさい、お兄様……」
愛衣は篠村の指摘に素直に謝罪する。その様子を見て高音は、愛衣を励ます様に頭を撫でながら篠村に言い放つ。
「…あの方達の功名心の強さと他者を貶める精神性は私も好んでいないわ。そしてなんだかんだで貴方の実力は短くない期間チームを組んでいるから私も認めている。確かに愛衣の言う通り、才能がどうあれ貴方の
実力、の部分を強調しながら高音はそう言った。
「お、お姉様…‼︎遂にお兄様を認めて下さる気になったのですね‼︎」
「勘違いしないで愛衣。私が認めているのはこの男の実力
何やら顔を輝かせる愛衣を押しとどめ、高音は篠村の顔を見ながらきっぱりと言い切る。
「お、お姉様⁉︎」
「愛衣、落ち着きなさい。篠村、貴方は確かに現時点のネギ先生よりも実力は上でしょうし、高めた
「……お姉様…………」
高音の言葉に愛衣は何も言えなくなる。高音は単なる篠村への反抗心だけで言葉を発したので無い事は愛衣にも解ったからだ。
…まあ、正論だよな………
篠村は内心高音の言葉に賛同する。現在ネギに指導するにあたって、篠村が
…そんなのは指導しているなんて言えないわな……
遠からぬ内に篠村がネギに教えられる事は無くなるだろう。ならば高音の言う通り、指導役を選考してネギに紹介するのが一番ネギの為になるだろう。
しかし篠村が実際に吐いた言葉は単純に指導者を辞退するものでは無かった。
「高音、俺も全面的にお前の意見には賛成だ。俺が教えられる事はいかにも狭い、英雄がどうたらと言う事情は無視しても俺と同じ様な成長していい子じゃ無いよ、ネギ先生は。早めに真面な指導者を見繕うべきだろう」
だけどな、と前置きして篠村は高音に告げる。
「後一ヶ月と少し。その期間が過ぎるまで俺はあの子に指導を続けようと思う。だからそれまでお前も、上に物申すのは待ってくれるか?勿論それまでに指導者は探しとくつもりだからよ」
高音は黙して聞いていたが、篠村が語り終えると厳しい表情で問いを放つ。
「何故?いえ、理由は解るわ。その期間でネギ先生に、貴方の
「それが違うんだよ、高音」
高音の言葉を遮り、篠村は反論する。
「ネギ先生には
「…篠村」
「お前の言う事は一部の反論の余地も無く正論なんだが、今回ばっかりはその正論じゃまかり通らない、普通じゃ無い事情が有るんだ」
「篠村」
「納得しろって方が無理な話なのは解ってるが、これは俺の独断じゃ無くあの子を鍛えてる全員と話し合って決めた事で…」
「篠村‼︎‼︎」
篠村の言葉を今度は高音が遮り、その場は僅かな間静寂に包まれた。
「…色々言いたい事は有るけれど、先ず一つ答えなさい」
「…何よ?」
「それは本当にネギ先生自身が力を付けて解決しなければならない様な
曖昧な物言いや誤魔化しは許さないと目に力を込め、高音は篠村を睨みやる。対する篠村はひょいと肩を竦め、あっさりとした様子で答える。
「いいや全く?寧ろ
「っ‼︎…なら‼︎ネギ先生をわざわざそんな急場凌ぎの歪な鍛え方をする必要は全く無いでしょう‼︎貴方真逆、それを承知で本当に自分の汚名返上の為にネギ先生を利用しようと言うんじゃ無いでしょうね⁉︎」
「違う」
語気を荒げる高音の言葉を篠村は短く否定する。
「言っても女のお前には解らんかもしれないが、あの子は自分の為に強くなろうとしてる。…最も、
やれやれと篠村は軽い調子で語るが、その眼だけは軽々に受け流せない、強い光を讃えて高音に言葉を挟ませない。
「ただ、あの子が自力で何とかしょうと拘ってるのは、単なる出来た性分だけが原因じゃ無くて、意地っていうのも有ると俺は思うよ」
「……意地、ですか?お兄様」
それまで黙って話を聞いていた愛衣が聞き返す。
「ああ、男の意地、って奴。あんななりでも男の子でさあ。教えて出来なきゃ落ち込んで、それでもやって出来なきゃ悔しがる。そして弱いとズバリ言われればちゃんとムカついた顔するんだよ。ネギ先生が頑張ってる理由は、俺達に迷惑を掛けたくないって良識だけじゃ無くて、周りに負んぶに抱っこのままで居たく無いって負けん気もあると俺は思う」
「…だから黙って見過ごせと?俺
高音が辻達の事を引き合いに出して、篠村を問い詰める。が、篠村は怯まず、笑って言葉を返した。
「いや、あいつらは過保護な兄ちゃんのままさ。ネギ先生に危険が迫ったら、きっとまた身体を張ってそれを防ぐさ。…ただ少年の、強くなりたいって想いに応えようとしてるだけなんだよ」
篠村は高音から視線を外し、己の掌を見つめてポツリと言った。
「…その気持ちは俺も、よく解る」
「…………………」
「……お兄様……………」
高音はそんな篠村を黙って見やり、愛衣は瞳を潤ませながら悲哀に満ちた声で小さく呼び掛ける。
「…愛衣、何に感極まってるかは知らんがオーバーなんだよ一々お前は」
苦笑して己の後輩の頭を軽く小突いて、篠村は高音に改めて向き直る。
「俺に言えるのはこれで全部だ。これ以上はネギ先生のプライベートな話から何から、軽々に話せない内容のものがわんさか有るからな。…とはいえ、納得出来てはいないよな高音?」
「…そうね」
短く高音は肯定する。
「ならさ。お前も一度、顔を出してみないか、あの子と俺らの修業の場に」
「……何故?」
「百聞は一見に如かず、って言うだろ?実際に見れば納得出来る部分も新たに出てくるかもしれないぜ?それでも駄目なら直接尋ねればいいさ、別に疚しい事をしてる訳じゃ無い。……それに、あいつらはほぼ確実に俺らと一緒に働くことになるんだ。そろそろ蟠りを解いておくべきだと思うぞ」
「っ!……………」
高音は痛い所を突かれた様に小さく顔を顰め、篠村を睨みながら呟く様に問い掛ける。
「……私の謝罪も兼ねて、ということ?」
「自分も熱くなり過ぎた、って後に言ってたろうが。あの空手馬鹿も反省してたんだから、いい加減水に流せよ。自分の主張を譲れとまでは言わないし言う資格も無い、ただ非がある部分はきちんと認めなければ筋が通らない。違うか?」
高音は眉根を寄せ、暫し目を瞑って何事かを呟く。その後に目を見開いた時には、気持ちに整理が付いたのか、静かな表情で篠村を真っ直ぐ見据えていた。
「…解ったわ、都合を着けて私も顔を出しに行く。紹介はして貰えるのかしら?」
「そりゃあな」
「ならいいわ。どちらにせよ貴方から話を聞いただけではその情報が正しいかどうかもわからない。私自ら見聞きして判断するとしましょう」
「信用無えなあ」
「当たり前よ」
苦笑して言う篠村に高音はきっぱりと告げる。
「
その言葉に篠村は小さく顔を顰め、愛衣は咄嗟に何事かを言いかけてそれをぐっと堪える。
「…だったな」
「ええ、ただ私はそれで貴方を全否定する気は無いし私が全面的に正しいと言うつもりも無いわ。…貴方の言う通り、彼らに謝罪はするべきでしょうから。……話は一応わかったわ」
後で顔を出す日時を取り決めて連絡するわね、と言い残し、高音は歩き去る。珍しく愛衣を付き添わせ様とはしなかった。
「……お兄様」
「ん?」
高音が去って暫くした後、ポツリと愛衣が篠村を呼ぶ。
「…お姉様に本当の事を話すつもりは無いんですか?」
「無いなあ」
篠村は即座に、決して強い口調では無いがきっぱりと言い切った。
「それに愛衣、あいつの認識は間違ってる訳じゃ無いぞ。…青臭いガキの頃にやらかした、聞くに耐えない黒歴史だ」
「…それでも私、お兄様とお姉様がこのまますれ違ったままなのは嫌です」
「…こればっかりは、な……」
篠村は言葉を濁し、もどかし気な様子の愛衣を促して歩き出す。
……悪いな、愛衣。
「
「くっ⁉︎」
中村が弱めに放った気弾を間一髪でネギは躱し、杖を振り上げ単発だが出の早い光弾を撃ち出す。
「あらよっと」
しかし中村は光弾を喰らう寸前でひらりと身を躱す。光弾が後ろで弾けた頃には既にネギの懐まで中村は瞬動により潜り込んでいた。
「っ!
「ふんっ‼︎」
ネギが咄嗟に展開した風の防壁を中村の中段正拳突きが強引に打ち破り、僅かに勢いを緩めながらも尚人一人倒すのに充分な威力を持った拳がネギに迫る。
ネギは杖を地面に突き刺して両手を空け、中村の正拳を上段受けで辛くも流す。
「おっ⁉︎」
意外そうに声を上げる中村に構わず、ネギは両手で中村の打ち手を掴み、身体全体で地面に倒れ込む様に引き込みながら左足で中村の足を掛けて体勢を崩そうとする。
「ん〜そりゃ悪手だネギ」
しかし、中村が腰を落として払われかけた前足に重心を移すと、引っ掛けにいったネギの足が弾かれ、逆にネギがバランスを崩す。
「わっ…へぶっ⁉︎」
倒れ掛かる様な体勢が災いし、前につんのめるネギの頭を中村が押さえ、そのまま地面に押し潰した。
「勝負ありだ、ネギ」
「…はい」
「ネギきゅんや。体格差がある相手に対して下手に打撃勝負に持ち込まなかったのは丸をやるが、相手が少し体術が出来たりすると、ああいう風に「崩し」に対して抵抗出来る奴は結構いる。ましてや俺は日夜投げの達人山ちゃんと組手してんだ。お前レベルの投げじゃまだ決まらねえよ」
「はい……」
どんよりした様子でネギが覇気の無い返事をする。本日は外が大雨なので、一同は屋根付きのコートを借りて修業を行っていた。天候が悪いので主に女性陣を早めに返した為、残っているのはバカレンジャーの他刹那位である。
「そう暗い顔をするなネギ。体術の鍛錬を始めて一月足らずのお前が曲がりなりにも格闘戦が出来ているのは凄まじい事だぞ」
「そうだぜ、手を抜いているとはいえ中村の正拳を一撃捌けるのは
「そうだよネギ君、僕から見ても余計な力が入ってない中々見事な痛ぁっ‼︎」
大豪院、豪徳寺に続いて山下がフォローに入り、先程のネギの投げを再現する様に身体を落とした瞬間悲鳴を上げてばったり倒れる。
「や、山下さん大丈夫ですか⁉︎」
「おいおい生きてっかー山ちゃん?」
「だ…大丈夫。外されかけた肩と膝が力込めて痛んだだけだから……!」
ネギと中村の声に、山下は地面から顔を上げ、引きつった顔で笑いつつ答える。
「大丈夫とは言わないだろそれは」
溜息混じりに辻がツッコみ、山下の手を取って立ち上がらせる。
「ありがと。まあ覚悟はしてたけどエヴァさんの指導がキツくてね〜、オール実戦形式の曲げて捻じって投げて極めてへし折って、の連続だよ。受け身も出来てない奴が習ったら最初の一発で死ぬね、多分。少しでも気を抜くとグシャリかボキリだもん、もう片手で数えられない位には骨が折れたねぇ」
「物騒な…」
「やっぱあのババアに指導役頼まないで正解だったかもな…」
鍛えているのか処刑しているのかわからない山下の凄絶な稽古内容に引いた様子で大豪院と豪徳寺が囁き合う。どうでもいいが傍目には暑苦しい光景だ。
「皆さんの普段の手合わせも、それ程内容に差が無い気がしますが……」
苦笑しながら刹那が言う。ほぼ全力で闘り合って血塗れになりながら欠点を喧嘩腰で言い合うバカレンジャーの手合わせは、刹那からすれば先程山下が語ったそれと大差無い。
「…いや、かつての俺達の手合わせはもっと容赦が無かったぞ」
辻が当時の地獄を思い出してか、いささか顔を青ざめながら刹那に返す。
「だわなあ、闘り合うっつーか殺り合うって感じだったからなあれ」
「はははは今だから言うが本気で殺す気でやってたぞ中学の頃の俺は」
「ははははは気にしないでよ豪徳寺。僕なんかも、別に再起不能にしたっていいよな生きてても何の役にも立たないんだからこいつら、とか思ってたから」
「他人に喧嘩を売ってくるようなクズは、もし死んでしまったとしてもむしろ社会貢献だろうと考えて進んで殺しに行っていた俺が言えた台詞では無いが、当時の貴様ら荒み過ぎだろう」
「…これでも大人になったんだよなぁ、お前ら… 」
キレ易い十代所ではない犯罪者予備軍地味たことを言い合っているバカレンジャーを見て辻がしみじみと呟く。
「…因みに辻部長は当時はどのようなことを考えて、手合わせに挑んでいましたか?」
「…俺だけ武器を持っていて、警察沙汰になったりすると不利そうだから、どうやったらぶち殺してから正当防衛、もしくは過剰防衛を扱いにできるだろうかと」
恐る恐るといった様子で尋ねる刹那に対して、少し考えた後辻はそう答えた。
「わははは寧ろお前が一番タチが悪いじゃねえか
「チンピラ時代でもその後の身の振り方とか細々考えてる辺り、辻らしいよねえ」
「いや、んな感じで軽く流していい話じゃ無えと思うんすけど…」
笑いながら言う中村と山下にカモが冷や汗を流しながらツッコむ。
「え、ええと皆さん!今みたいに仲良くなったのは何かきっかけがあったんですか?」
何やら不穏な空気が漂い始めた会話の流れを変えるべく、ネギがまだしもも平和そうな方向へ話題を逸らす。
「仲良く?ふっ馬鹿言っちゃいけねえよネギきゅん。この頭脳明晰容姿端麗、完全無欠の王者中村 達也様とそこの犯罪者予備軍共を同じ次元で語って貰あべしっ⁉︎」
額にかかる髪をキザな仕草で掻き上げつつ語る中村に最後まで言わせずにバカレンジャー残り四人の拳と蹴りが飛ぶ。顎と鳩尾と腎臓と股間に同時に打撃を喰らった中村は地面に崩れ落ちて痙攣し始めるが、刹那すらそれを無視して話を続ける。
「まあ、今の喧嘩仲間みたいな感じには時間掛けてゆっくりなっていったんだが、きっかけはあったな、杜崎先生だ」
「だねえ。中学三年の春に突然赴任して来たと思ったら高畑先生に続く二人目の災害と化して…」
「殺し合ってる俺らを容赦無く纏めて潰してその上罰を与えやがる無敵のストッパーだったな、あの頃は」
「殺し合いをする人間を半殺しにしていくのだから何がしたいのかよくわからなかったな、あの暴力教師は」
物騒極まりない過去を懐かしそうに思い返すバカレンジャーに若干引きながらもネギが先を促す。
「…あの、それで……」
「ああ、悪いネギ君。まあそんな事が何度も続いて決着つける所じゃなくなってた俺達は、相談の末まず杜崎先生を殺そうという事になってな」
「結託してあのゴリラ教師に挑んだんだがこれが勝てねえ勝てねえ。それが悔しくて五人で打倒杜崎の為に協力して腕磨こうぜって話になった」
「後はいがみ合いながらも段々ウマが合ってきてね。それで全員腕が上がって来たら、今度は当時の麻帆良四天王を始めとする麻帆良武道系の化け物共に目を付けられてさ。毎日毎日杜崎を何とか撃退して部長クラス副部長クラスを返り討ちにするっていう何処かの世紀末世界みたいな生活をしてたよ。いや中学三年から高校一年位までが一番大変だったね」
「間違い無く単独で居れば誰かに潰される環境だったから嫌でも一緒に居ることになる、四六時中顔を合わせていれば仲は自然と深まるものだ。四天王全てを打ち倒し、二、三人の犠牲で杜崎教諭を追い返せる様になった頃には自然と丸くなっていたよ、俺達は」
人に歴史ありだな、と大豪院は締めくくる。
「…それは人格が成長して丸くなったのでは無く、戦いに疲れて精神が磨耗しただけでは無いですか?」
刹那が引きつった顔でツッコミを入れた。
「言うなよ桜咲、薄々思ってたことを」
どんよりした顔で辻が抗議する。
「まあ
「誰が復活していいと言ったカス村」
潰れた蛙の様に地面に倒れて沈黙していた所をいきなり上半身だけ跳ね起こし、逆エクソシストの様な体勢でのたまう中村を容赦無く踏み潰す辻。
「ぬむぅ……まあ碌でもない日々だったがよ、あの頃の殺し合いとゴリラとの遭遇と世紀末学園モードが無けりゃ俺らはきっとあのロリババアと殺し合った時に死んでたからな。そういう意味では強くしてくれた災難共に感謝だぜ」
仁王に踏みつけられた天邪鬼の様な体勢になりながらも、気にせず中村は語る。この男にしては真面目な話をしているのだが、体勢の所為で只管にシュールであるのがらしいと言えばらしいのだろう。
「…まあ確かにな」
「修羅場を潜った分強くなったなら本望だよねえ
「限度はあるけどな、京都のあれみたいによ」
確かになあ、と辻は豪徳寺の言葉に苦笑する。あんな生きるか死ぬかの大事件は正直生涯で二度と体験したく無いものだ。
『本当にそうかな、主?』
「…っ⁉︎」
辻の心臓が跳ね上がる。生じた動揺を押し殺しながら、唐突に思念を飛ばして来たフツノミタマに辻は小声で話し掛ける。
「…どうしたフツ、急に。……何が言いたい?」
『くくくく、いや何でも無いさ主。忘れてくれ、問うまでも無いことだ』
しかしフツノミタマは笑いながら返答をボカす。訳を語るつもりは無いらしい。
……厄介だなあ、この刀は………
辻は溜息を吐く。物凄く頼りになるのだが思考が物騒な方面に傾き過ぎている。その内フツノミタマの為だけに要らぬ血を流す羽目にならない様、辻は切に祈った。
「…やっぱり皆さんも沢山努力をして、沢山闘ったから強くなれたんですよね……」
ネギが真剣なーーというよりは何処か思い詰めた表情で誰にとも無く呟いた。
その言葉に辻達は顔を見合わせ、代表して辻がネギに告げる。
「ネギ君、まさかやらないとは思うが、俺達を見習って学園の連中に誰彼構わず喧嘩を売るのはやめておけ。中には冗談の通じない奴もいるから、リアルに殺されるぞ」
「え?」
ネギは一瞬言われた意味が解らずポカンしてから慌てて両手を振り否定する。
「ぼ、僕そんなことしませんよ‼︎辻さん達でも危ないなら今の僕なんかが挑んだら粉々にされちゃいますって‼︎」
「兄貴、魔王軍か何かに挑むんじゃ無えんだから……」
「…強ち話を聞いていると大差が無い様な気がしてきますが……」
「……何処の宇津帆島に立つトンデモ学園だよ、此処は………」
カモと刹那が煤けた空気を纏って会話をする。刹那は兎も角カモはそれなりに世の理不尽というものを知っている筈だが、麻帆良の非常識っぷりには多少の人生経験など免疫になりはしないらしい。
「まあネギよ。何を考えているのかは大体解る。傍目に順調に見えるが、お前は早くも自分の強さに伸び悩みを感じ始めている。違うか?」
大豪院の言葉にハッと顔を上げるネギ。
「何で……?」
「何故解るかと?恐らく強くなる為に誰もが体験する
大豪院は語る。
「個人差はあれど、鍛錬を続けていくと
「…僕は、どうすればいいんでしょうか?」
大豪院が滔々と語る話を噛み砕きながら聞いていたネギは、静かに問うた。
「お前がまずやるべき事は、以前出した
「…何故強くなりたいか、そして、どんな風に強くなりたいか、ですか……」
「そうだ。
だからネギ、と大豪院は屈み込んでネギと目線の高さを合わせ、告げる。
「何故お前は此処まで頑張る?それをゆっくり考えて見ろ」
「でえじょぶかねえ、あのガキは」
鍛錬が終わり、土砂降りの雨の中を疾走しながら中村が溢す。
「あの歳で理解しろという方が無理だろうよ。俺も開き直って己の道を進める様になるまでに時間が掛かったものだ」
隣を走る大豪院がそう返す。山下は買い物、辻は刹那を女子寮まで送迎、豪徳寺は飯を食ってから帰るとの事で男子寮に直帰しているのはこの二人だけである。
「所詮教えられた通りにしか教えられはせん。本人からすればたまったもので無いだろうが、停滞するならするで焦らずじっくり伸ばしてやるしか無かろう?」
「まっ、そうなんだけどよ…おっしゃ着いた着いた、いやー濡れ濡れだぜヒデえ雨だな」
中村は悪態を吐きながら男子寮の階段を上がり、大豪院もそれに続く。
「ではな馬鹿。一応身体をきちんと拭けよ、風邪を…馬鹿は引かんか。気にするな」
「ぶち殺すぞタラコ唇。じゃあ……むむっ⁉︎」
大豪院の言葉に中指を立てて返しつつ部屋に入ろうとした中村が、突然奇妙な唸り声を上げつつ周りを見渡し何かを探し始める。
「…どうした脳足らず、遂に狂ったか?」
「黙ってろソース顏。美少女…いや、美幼女の気配か?がするんだよ、なんか」
「どんな気配だ。ここは男子寮だぞ、居る訳が無かろう」
「いや、俺の美人センサーに間違いは無え……そこだあっ‼︎」
中村は唐突に飛び上がり、男子寮の廊下にある換気口に飛び付くとヘッドバットで金蓋を跳ね飛ばし、中に首を突っ込んで覗き見る。
「………誰も居ねえ」
「当たり前だ阿呆」
愕然とした中村の声に呆れて大豪院がツッコむ。
「おかしい…いや今は気配も消えているし俺としたことが本当に誤認を……?」
「気が済んだならとっとと降りろ、また取っ捕まるぞ。ではな」
大豪院は言い捨てて部屋に入り、中村も首を傾げながら部屋に戻っていった。
「…びっくりしましたー……よくわかりませんけど、只者じゃ無いのは本当みたいデスー」
「はははそう来なくてはね。やりがいのある仕事で嬉しいよ。では、最重要ターゲットの無力化に掛かるとしようか」
新たな
「…何やってんだ、お前ら。確かネギの奴のクラスだろう?」
「…あら、豪徳寺先輩、でよろしかったかしら?」
「あああの!何だか犬が倒れてて…‼︎」
閲覧ありがとうございます、星の海です。すみません、繋ぎの回だというのに5日近くも掛かってしまいました。一度描いたものが納得がいかず、大幅に書き直していたら此処まで引っ張ってしまい申し訳ありません。次からは話も一気に加速しますので、早めに上げられることかと思います。それではまた次話にて。次もよろしくお願いします。