お馬鹿な武道家達の奮闘記   作:星の海

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長らく間を開けました。戦闘回はこれで終了です。


15話 超常的な悪魔と非、常識的人間

それは年端もいかぬ幼い頃、遠く離れた故郷での忌まわしい出来事だった。

 

雪深い山奥の淋村、遠縁の叔父を頼って僕は其処に住んでいた。今にして思えば、歳の離れた姉と幼馴染の少女の他、村の皆は親切に接してはくれるものの、何処か隔たりのある。…悪く言うならば腫れ物に触る様な接し方をされて来たと今にしてみれば思う。

僕が両親のいない子供だからか、それとも村の人間にしてみればある意味馴染み深く、だからこそ今は亡き英雄の忘れ形見だからか。当時の僕は決してそんな環境を辛いと思った事は無かったが、きっと自らも意識していない所で不満はあったのだろう。だからこそ猛犬の綱を切ったり、真冬の湖で泳いでみせたりして父親を望んだ。

姉に止められて無謀な行動こそ辞めたが、心の奥底で僕は常に千の呪文の男(サウザンドマスター)とまで呼ばれた偉大な魔法使い(マギステル マギ)である父親の事を求めていたのだろう。別に赤の他人が嫌な訳じゃ無かった。ただ自分を構ってくれる人を望んでいた。まだ見ぬ父は、世界を救った英雄は。きっと優しい人だと、そう思っていたから。ただ一心に望んでいた、父親が飛んで来てくれるような情景を。

だからこそ(・・・・・)あんなことが起こった。僕は今でもそう考えている。

魔法旅団(マジックブリゲード)の一個大隊にもひけを取らない程の腕前を持った一廉の村の魔法使い達が為す術も無くやられていったあの悪夢の様な光景は、自分自身に罪咎の一端があるのではないかと。

 

 

 

『…張り合いの無い。こんなものか?それなりの実力者もいると聞いていたが?』

その異形の影、巨躯の山羊頭の眼光は比喩で無く視線の先を焼き焦がしていた。眩い光の中、手にしている巨大な剣が一閃する度に村の人達が血飛沫を上げて斃れていく。

 

『そんなこと言うもんじゃ無いわよ○△=*★≦¥。どれだけ手練れの魔法使いでも、こんな田舎に引っ込んじゃったら鈍らない訳無いんだから。大体脂が乗ってる時期は過ぎちゃってるお年寄りが大半占めてる集団相手に強さひけらかしたってそれこそ詰まんないと思わない?豊かさと平和は臆病者を作る…な~んて言うけれど、平穏は戦士を只の人に変えちゃうわねぇ……まあ穏やかな顔したロマンスグレーもアタシは割と好みの範疇だ・け・ど?』

炎上する民家の屋根の上、異形の甲冑が姿に似合わない甲高い声で笑う。戯けた態度の彼か彼女は、しかし異形の群を指揮しつつ、自身も多くの村人を踊る炎で、蠢く流水で、轟く雷で薙ぎ払ったのだ。

 

『やれやれ、二人共無惨に仕上げたものだね。私が奪えば(・・・)それで済むだろうに』

やれやれ、とでも語尾に付きそうな呆れた調子で、何処かユーモラスにも感じる卵状の頭部と丸い目を持った黒い影が言い放つ。その姿と穏やかな物腰は周りの惨状と乖離し過ぎていて、形容し難い禍々しさを生んでいた。

 

『先程はああ言ったが、片手間であしらえる程腑抜けた連中でも無かったのでな』

『だーいたい伯爵に掛かったら死ぬより辛い石佛(・・)行きじゃないのよぅ。…殺してあげた方が慈悲ってもんじゃないかしらぁ?』

魔眼の羊と甲冑の男女(おとめ)が嗤う。それを受けて伯爵と呼ばれた魔の者はーーその悪魔(・・)は口を愉し気に真横へと引き裂いた。

『例え既に選択肢の閉じてしまった壮年、老年の者達でも、己に明日(みらい)がもう来ないと理解する瞬間は実に良い表情(かお)を浮かべるものでね。余り年寄りの楽しみを奪わないでくれたまえ、二人共?』

『…あーら、それはゴメンなさい伯爵?』

『なんとも悪魔らしいことだ、貴殿はな』

揃った動作で肩を竦めつつ、二人の異形は言葉を返した。

 

僕はそんな悪夢の様な光景ーー血塗れの村人達が冷たくなっていき、彼方では恐怖と絶望の表情で固まっている(・・・・・・)。只の一人も生き残りの居ない炎上する村を、声すら漏らせずに震えながら目にしていた。

僕は、無力だった。

 

『……さて、少年』

悪魔の群の主が僕へ静かに呼び掛け、僕は身体を跳ねる様に一度震わせた。

『残念ながら君には特に念入りに眠ってもらわなければならない。二度と目を覚まさぬ程に、深くね』

そう言って悪魔は、再び凸凹の口を左右に裂く様にして、僕へと笑いかけた。

あるいはあの歪んだ笑みは、僕の醜態を嗤ったのかもしれなかった。

 

 

 

「……仇、だと………?」

異形の姿に変貌したヘルマン達に対する衝撃も抜けないままに言い放たれた更なる衝撃的な言葉の内容を、辻達は俄かに咀嚼して意味を飲み込むことが出来ず、動揺によって僅かに揺れた声で疑問を上げる。

ヘルマン達が人では無いであろうことは小太郎等から話を聞いて予想していた。しかしあまりにもその姿は人からかけ離れて、禍々しかった。

只、人の容姿と違う異形の造形をしているというだけならば辻達は今更怯みはしない。京都の一件だけでも鬼や妖狐等の妖達、挙句の果てには鬼神まで目にしているのだ。化物が現れただけならば麻帆良の猛者達をしてクソ度胸と言わしめるバカレンジャーが外見だけで竦む事などあり得ない。

しかし、ヘルマン達から滲み出る、形容し難い悪意そのものの様な重圧(プレッシャー)が、百を越える妖の群れに囲まれた時にすら感じなかった危機感を一行に与えていた。力の差云々では無く、もっと根本的な人としての本能が辻達に警鐘を鳴らしていた。

 

アレ(・・)に関わってはいけないと。

 

それでも、先のヘルマンの発言は聞き捨てならないと彼らは動く。

「…どういう意味だ?お前らが、ネギ君の仇っていうのは………?」

既にフツノミタマを抜き放ち、頭上に振り上げた体勢で辻は尋ねる。問いに対しヘルマンは、表情の伺えない顔の口元を歪めつつも答えを返す。

「言葉通りの意味だよ、 ツジ ハジメ君。私達はネギ君が今よりも一層幼き頃、彼の住まう村を襲い、彼と彼の姉以外全員の未来を奪った(・・・)。言葉にするなら只それだけの事だ」

ヘルマンの言葉に、青褪めた顔で目を見開きながら固まっていたネギが反応した。心根の優しい彼が、見たことも無い敵意と憎悪をその瞳に浮かべさせる。

「…それだけの事、ですって?」

「気に障ったかね、ネギ君?しかし事実だ。誰かの生を阻む事など、私達(・・)にとっては実に当たり前のことなのだよ」

ヘルマンは謳う様な声でネギに告げた。

 

「それが悪魔(・・)というものだ」

「…ッ‼︎ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ‼︎‼︎」

 

ネギは憤怒の叫びを上げた。杖を掲げると同時に、怒りによる制御し切れない魔力が身体の各所から小さな雷撃にも似た発光現象に具現化して弾ける。ネギは叫ぶ様に、己の持てる最大の魔法を詠唱し始めた。

 

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル‼︎来たれ雷精 風の精‼︎」

 

「おいネギ‼︎」

「落ち着けよお前…っ、駄目だ聞こえる状態じゃ無え‼︎」

「ネギ君‼︎」

「無理にでも止め……‼︎」

「駄目だ、止めろ旦那‼︎今の兄貴は普段じゃあり得ねえ位の過剰出力で魔法を編んでる!下手に詠唱を止めちまうと未制御の暴発魔力が兄貴を打ち据える‼︎‼︎」

「…っ‼︎見ているしか無いのか⁉︎」

 

辻達はネギを止めに入るが、ある種キレ(・・)た状態に分類できる今のネギに声は届かない。

辻達がネギを止めに入るのは、無論ヘルマン達の身を心配している訳では無い。ただバカレンジャーの全員は身に染みて理解しているだけである。

余程に相手の実力が低い様な場合を除いて、キレたら戦闘は終わり(・・・)だということを。

感情が理性を振り切って暴走すれば成る程、一時的に普段では持ち得ない様な馬力が出せる。勢いや強引さという要素は時に手詰まりに思えた戦況を打破する要因となり得るのは事実だ。

しかし無理矢理な力押しとは大抵の場合に置いて文字通り、何処かで無謀か無理をする事で成り立つものだ。そして冷静に状況を見極められる者は決してそれにより生じる隙を見逃さない。

だからこそ辻達はネギに指導をするにあたって、実力を伸ばすのと同等かそれ以上にネギに対して戰場での心構えの重要性を説いてきていた。

 

『戦いの場では考えることを止めるな。相手は自分に都合が良い様に動いてくれるお人形さんじゃ無え。予想外の動きをされたからって死んでやる訳にはいかねえだろ』『常に動きを止めず、まだ動いている敵には警戒を緩めるな。お前には強い意志があり、並大抵の事ではへこたれないだろう。しかし戦おうなんて奴は誰でもお前と同じ様に相応の負けられない理由を持って臨んでる。相手もお前と同等かそれ以上にへこたれなかったら気が緩んだ時にお前は死ぬんだからな』『敵を攻撃する時には決して容赦をするな。手加減や慈悲の心なんてもんを見せるのは、せめてお前が今の倍以上に強くなってから見せるもんだ』『油断を捨てろ、慢心を捨てろ。状況は常に自分にとって最悪に都合が悪い様に回ると思っている位で丁度いい。どんなに地力が有っても、人間は負傷すれば弱り、何れ死ぬ。戦いとは相手を倒すよりも生き残る事が肝要だ』『劣勢でも決して諦めるな、物分りの良い頭で自分の限界なんてものを考えるな、そして生きようとするのを止めるな。足掻いた人間にしか奇跡なんてものは降り注がない。何処ぞの監督も言ってる様に、諦めたらそれで可能性は零になるんだよ』

 

戦意を捨てない事は無論だが、同様に思考し、冷静に勝因を積み上げられなければ勝負に勝つことは出来ない。ましてや相手は未だ実力の全容を見せない、人外の悪魔の集団だ。闇雲に大火力をぶっ放してどうにかなる相手だとは到底思えないからこそ、明らかに暴発気味なネギの行動を辻達は正常に戻したかった。

しかしある意味皮肉なことに、完全に辻達の教えがネギの頭からトんでいた訳では無いからこそ、ネギは激しながらもある種冷静に攻撃の為、詠唱を行う事が出来たのだった。冷静でいろとの忠告こそ守れなかったものの、ネギは決して正気を失ってはいなかった。

 

「あらあらあらぁ…!以外と積極的ねえあの子っ‼︎怯えて竦んじゃうかと思ってたわアタシ」

「…一方で冷静では無いな。前衛との連携も距離を取る事も無しにいきなり大呪文の行使とは」

ニテンスとセルウァは言い合いつつもヘルマンの左右から抜け出て前方へ立ち塞がる。

「おや、中々大した威力の様だから、此処で手札を切って私が受けるのも視野に入れていたのだがね?」

首を傾げるヘルマンに、二体は軽く首を振って答える。

「駄〜目よ伯爵、最初っから女の子に無理させちゃあ。徐々に慣らして上げないと可哀想でしょ?…結構イイモノ持ってるわよぉ今のネギちゃん」

「過剰接触でトばれて外野に怒り狂われても説明が面倒だ。これ以上無粋な邪魔は要らん」

「……ふむ、ならば大人しく君達に任せるとしようか」

ヘルマンが軽く肩を竦めて出掛けていた足を戻すと同じくして、ネギの魔法が完成する。

 

雷の暴風(ヨウィス テンペスタース フルグリエンス)‼︎」

 

人の背丈を遥かに超える、巨大な雷撃の柱が一直線にネギの手から迸る。それは正しく雷の嵐。もしかすればその威力は、かの両面宿儺へ放った時の一撃よりも強力であっただろう。並大抵の妖魔百鬼ならば瞬く間に燃え尽き、吹き飛ばされるであろう情け容赦の無い一撃。

しかし。

ネギの前に立つ者は並では無かった。

「ベッロ・アドーネ・ダメリーノ 報復の主にして偽りなる慈しみの女神よ」

謳う様にセルウァが唱えると、セルウァの正面に蛇の髪と犬の頭部を持ち蝙蝠の翼を生やす、鞭を持つ異形の老女が描かれた歪んだ幕の様な鏡面が展開する。

 

「……詰まらんな」

 

「仇為す者へ正しき報いを」

 

復讐の女神(エクズィキスィ エリーニュース)

 

言葉通り興醒めした様にニテンスが吐き捨てると同時、ネギの雷の暴風(ヨウィス テンペスタース フルグリエンス)が歪んだ鏡に着弾、幕の鏡が吹き飛ばされる事も貫かれる事も無く一瞬震え。

 

次の瞬間莫大なエネルギーを秘めた破壊球に変化した雷撃の嵐は、通ってきた軌道をそっくりなぞる様に反転してネギへと襲い掛かった。

 

「………、あ……………?」

「ネギィ‼︎⁉︎」

 

己が放った魔法に自分自身が喰い尽くされようとしているその状況を、理解出来ぬとばかりにネギが掠れた疑問の声を洩らし、明日菜は楓と古に庇われた外野の場から悲痛な声を上げる。

しかし、己の魔法による自爆等というある種間抜けな結末を許す程、ネギの周りの兄貴分達は腑抜けていなかった。

 

「…っ‼︎裂空掌波(れっくうしょうは)ぁっ‼︎」

極漢魂(きわめおとこだま)ぁ‼︎」

()ァァッ‼︎」

 

中村の気功波動(オーラウェーブ)、豪徳寺の特大気弾が雷球と喰らい合って威力を減衰させ、大豪院の発勁が完全にそれを吹き飛ばす。

 

「あらぁ?」

「…ッ、フン‼︎」

 

同時に音も無くセルウァに迫り、手に持つ一刀でその身を二つに断たんと刃を降り降ろした辻の一撃が、一瞬でセルウァの前に立ち塞がったニテンスの巨刃に受け止められる。辻は舌打ちしながら下がる…と見せかけて背後から抜け出た山下がニテンスの握る大剣の端を掴む。

 

「ぬ…?」

「……っ‼︎はぁっ‼︎‼︎」

 

疑問の声を上げるニテンスに構わず、山下が裂帛の気合いと共に両の手で挟んだ巨大にして長大なる刃を一捻りすると、グラリとニテンスの身体全体が斜めに傾ぐ。

 

「っ⁉︎…ガァッ‼︎」

大きく片足を横に踏み出し、転倒を防いだニテンスに再度、踏み込んでの辻による斬撃と、上空からの雷撃が襲い掛かった。

 

「ちぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぃ‼︎‼︎」

「神鳴流奥義 雷鳴剣‼︎」

 

しかし、その二重連撃に対してニテンスは慌てずに大剣を頭上に掲げると、熾火の様に輝く両の瞳を辻に向ける。

次の瞬間、その両眼から軍用のサーチライト遥かに上回る、間近に太陽が出現したかの様な閃光が照射され、突貫する辻の目を灼いた。

「っ⁉︎ぐぁっ……‼︎」

反射的に顔を背けた辻は手元を狂わせ、直後に振り下ろした斬撃は軽く飛び下がるニテンスを捉えられずに虚しく大地を裂く。時を同じくして降り注いだ雷撃を大剣でガードしたニテンスは、一連の攻撃を結果としてほぼ無傷でやり過ごした。

 

「……やるな、貴様ら」

相殺仕切れずに焦げた両手を、光量の弱まった目で見やりながら愉し気に笑うニテンス。一方、反撃を貰わぬように後退した辻に、残心を終えた中村達が集まる。

「辻部長っ⁉︎」

「おい大丈夫か(はじめ)ちゃん⁉︎」

対して、辻は目元を押さえながらも頷きを返し、答える。

「大、丈夫だ、目は潰れていない。…ただ、流石に暫らく視界は戻りそうに無い……」

「…だろうな……」

「て言うか何今の⁉︎目玉の代わりにサーチライトでも入ってるの⁉︎」

「あんの山羊頭、デケぇ図体して狡い真似を……‼︎」

芳しくない辻の状態に悪態を吐く豪徳寺だが、そんな弱り目を悪魔一行は当然見逃すつもりは無いらしい。

 

「…さて、いささか私好みの趣向では無いが、一番の脅威対象を弱体化させることが出来た以上、ここは攻めさせて貰おうか」

「唯一の砲台も意識を何処ぞへ忘失中とは、確かに詰まらん展開だ」

「あらあら二人共、そういう発言敗北フラグよぉ?なんだかんだで一度は人質奪還されてるんだから、気合い入れて掛からないと駄目よん♫」

言い合いながらニテンスを先頭に、ゆるりと散開して距離を詰めてくるヘルマン一行。

 

「…立て直す時間はくれない、か…まあ当たり前だよね……」

山下は苦々しく呟く。出来る事なら明らかに暴走していたネギに言葉を掛けて落ち着かせ、一時的とはいえ視界を奪われた辻を下がらせたい所だったが、余裕綽々な態度を取っているとはいえそこで甘さを見せる気は無いらしい。

「…やるしか無いらしい‼︎」

「辻部長は私が‼︎遊撃役を買います‼︎」

「任せた正妻、サーチライトメェちゃんは俺がやらぁ‼︎」

「せっ……⁉︎」

「ツッコむな桜咲、ツッコんだら負けだ‼︎オカマ野郎はどうやら魔法使い系だ、ゴリ押すぞポチ‼︎」

「致し方ない、山下!済まんが変態のフォローと同時にジジイの面倒を頼む‼︎」

「…しょうがないね‼︎小太郎君、ネギ君を任せる‼︎」

即興で布陣を決め、辻達は襲い来るヘルマン達を迎え撃った。

「はは、起きて来ると思うかね、ネギ君は⁉︎」

「右から来ます、上段打ち下ろし‼︎」

「っぐぅ…‼︎……舐めるな、お前が思う程弱くは無いよあの子は‼︎」

ヘルマンが打ち下ろした拳を危うい所で躱しつつ、辻は刹那と同時に斬り掛かる。

 

「………っ‼︎…………」

その場の戦力で唯一、即座の反撃に移れなかった小太郎は不甲斐なさを感じると同時、目の前で攻防を行った敵味方双方の動きに戦慄していた。

 

……どっちも動きのキレ(・・)が半端無い。悪魔の連中はわからんでも無いが、あの兄ちゃんらは学生や無いんかい…………⁉︎

 

唯の一人で自分を打ち倒し、両面宿儺等という神話の怪物をも斃してみせた辻達の実力を侮っているつもりは毛頭無かった小太郎だが、同時に経験の浅い素人である為、突発的な襲撃等では裏でそれなりに年季を積んでいる自分がフォローしなければならないだろうと予想してもいた。

しかしいざ蓋を開けてみれば、辻達の援護をする所か、奇襲から救われる始末である。見栄を張りたくて同行した訳では断じて無いが、自らが事の原因の一つであるとの自覚がある小太郎は、現状役に立っていないことに忸怩たる思いを感じていた。

だが小太郎は暫しして頭を小さく左右に振り、頬をピシャリと叩いて己に喝を入れる。

 

……阿呆か、余計な事考えんな。…っちゅうかこの思考自体が無駄や。

…やれることをやる。これ迄そうしてきたし、それしか出来へん筈や、俺は…‼︎

 

小太郎は本格化し始めた戦闘を尻目に、魔法を弾き返された時点から動きの無いネギをフォローしに行く。

「おい、ネギ。大丈夫か…?」

しかし声を掛けられたネギは正に茫然自失といった体で、自らの手ーー魔法を撃ち放った手を見つめながら慄く様に声を上げている。

「あ……!あ、ああ…………‼︎」

「ち、ちょっとネギ!大丈夫なのアンタ⁉︎」

「ネギく〜ん⁉︎」

離れた位置に居る明日菜や木乃香が、尋常でない様子のネギに声を掛けるが、ネギは反応を返さない。

「あ……ぼ、僕は………‼︎」

 

…軽いパニック状態やな………

 

小太郎はネギの様子を見てそう判断する。恐らくは怨恨のあるらしいヘルマン達への怒りや、自分の抱いた敵意、或いは殺意やらが綯い交ぜになって混乱しているのだろう、と小太郎は推測した。

「ま、戦闘所か喧嘩すら碌にしたこと無さ気な顔しとるもんなぁ……」

小太郎は嘆息しつつ小さく呟き、

 

「呆けとる場合ちゃうんや起きんかい、ガキ」

 

ゴヅン‼︎という轟音と共にネギに対して頭突きをかました。

「はぅぅっ⁉︎」

強烈な衝撃に、ネギが打たれた額を抑えて呻く。暫し苦痛に震えてからネギは、驚きに見開いた目を自分と同じく額を抑えて呻く小太郎に向ける。

「っ痛ぅ〜なんやどんだけ石頭やねんお前。…まぁ頭でっかちでグダグダ考えそうな顔しとるからか……」

「…こ、小太郎、君……?」

「おうそうや、犬上 小太郎や。そういうお前は自分の事がちゃんと解っとるか?」

「え………あ、…僕は…………!」

小太郎の荒っぽい気付けによってパニックからは抜け出したネギだが、我を忘れた己の行動を思い出し、再び慄いた様子で小さく震える。

「そこまでや、落ち着きぃ。まあ、なんやあのジジイ共に因縁あるみたいやし、動揺すんなっちゅうんが無理やろな」

それでもや、と小太郎はネギの肩に手を乗せ、真っ直ぐにネギの眼を見据えながら、一言一言噛んで含める様にネギへ告げる。

「別にお前があのジジイ達に何かあるんは別にええ。神さんやあるまいし生きてりゃ恨み辛みもそりゃあるもんやからな。でもそれでキレるんは止めえ。よしんば普段で良くても此処(・・)では、駄目や」

「…此、処………?」

今だに呆然としたネギは、小太郎の言葉を鸚鵡返しに呟く。

「そうや。お前がどういう気持ちで此処に来たかは知らん。でも此の場は既に、大袈裟な言い方すんなら戦場や。呆けとる暇もグダグダ会話しとる暇も無い、鈍間と間抜けの生きてけん世界や」

小太郎の、肩を掴む力が強まる。

「無理でもなんでも、今は気ぃ鎮めるんやネギ。自慢や無いが俺はこの歳で結構危ない橋を渡って来た。だから理解しとる、キレ(・・)たら終わりなんや戦闘は。…今、お前があのジジイ達をぶっ飛ばしたいんか、それとも殺そうとした自分の行動を責めたいんか、それは解らん。ただ言えるんは、あの兄ちゃん達が()、闘っとるで、ネギ」

「っ‼︎」

小太郎の言葉に、ネギはハッと顔を上げる。

「あのジジイ達をどうしたいか決まっとらんなら、それならぶっ倒してから考えぇや、ンなもんは。少なく共、あそこの姉ちゃん達を連れ戻しとう無くなった訳やあらへんやろ?俺はこれから兄ちゃん達の加勢に入るわ。個人的な借りもあるさかいな。…お前はどうするんや、ネギ?」

問いを受けて、ネギは一度深く目を瞑り、聞き取れぬ程小さな声で何事かを呟く。暫しの間を置いて開かれたネギの眼には、迷いは消えぬものの、最早崩れそうな危うい何かは姿を消していた。

「…僕も行くよ、小太郎君。いや、僕に力を貸して欲しい。僕一人じゃまだ、あのレベルの闘いには割って入れないんだ」

「…へっ、上等や。ようやっとらしく(・・・)なって来たやんか、天才児?」

小太郎は不敵に笑ってそう返した。

 

 

 

「ゴアァァッ‼︎」

「くっ⁉︎」

「危っぶね⁉︎」

雄叫びと共にニテンスが横薙ぎに繰り出した大剣の一撃を、中村と山下が際どいタイミングで回避する。それを見てセルウァが豪徳寺の放つ気弾を跳ね飛んで回避し様、腰の落ちている中村達に紡いでいた魔法を解き放つ。

「…我が手に宿りて敵を喰らえ 黒き雷(フルグラティオー 二グランス)!」

セルウァの手から闇夜を凝縮したかの様な漆黒の雷撃が無数に飛び出し、二人へと網の様に広がりながら襲い掛かる。

「っ!裂空双掌(れっくうそうしょう)ぁ‼︎」

「っの‼︎」

中村が振り抜いた両の手から放たれる気弾が黒の雷と喰らい合うが、雷の一部が相殺仕切れずに二人へと抜けてくる。中村は気を込めた廻し受けで雷を弾き、山下は気を込めた両掌で雷を受け流すが、そのタイミングで辻の一時的な盲目状態により精彩を欠く、辻・刹那コンビの攻撃から後方へ飛んで逃れたヘルマンが、空中で拳からエネルギー波を更に追撃として打ち下ろす。

悪魔パンチ(デーモニッシエア シュラーク)‼︎」

「ぐばぁっ⁉︎」

「中村‼︎」

腕を翳して急所こそ護ったものの、衝撃の大部分を真面に喰らって中村が濁った悲鳴を上げつつ吹き飛ぶ。

「斬空閃‼︎」

「ふっ‼︎」

技後硬直を狙った刹那の飛ぶ斬撃を、翼をはためかせて躱すヘルマン。空中で両の腕が霞み、衝撃波の弾幕が援護に回ろうとした豪徳寺や大豪院に降り注ぐ。

「くっ!」

「ぬうっ⁉︎」

出足を挫かれた二人が呻き、一拍遅れて豪徳寺が巨大な気弾をニテンスに撃ち放つが、その一瞬で中村達の背面側に回り込んで気弾を回避したニテンスは、閃光の瞳で豪徳寺達の側を視線で薙ぎ払って追撃を封じつつ、倒れている中村を両断せんと、唐竹割りに大剣を振り下ろす。

「うぉぉぉぉぉぉぉ⁉︎」

「だぁぁぁぁぁぁっ‼︎」

一番距離の近かった山下が大剣の横っ腹に飛び蹴りを叩き込み、中村は山下の側へ全力で転がり込む。衝撃で僅かにブレた大剣は中村の横合い十cmの地面を叩き斬り、刀身の半ば迄を埋め込んだ。

「てめぇ死ぬかと思ったろがサーチライト山羊ぃぃぃぃ‼︎」

「ぬうっ⁉︎」

転がりながらも掌から撃ち出された気弾がニテンスの顔面を襲い、頭を逸らしてニテンスが躱した隙に、跳ね起きた中村は山下と間合いを離れる。

 

「とりあえずオカマの手ぇ塞げ‼︎純後衛の砲台はそいつだけだ‼︎」

豪徳寺が気弾を乱射して三次元的な動きで宙を舞うセルウァを牽制する。

「あ〜らアタシを御指名とは見る目有るわねぇ番長ちゃん‼︎でもいいのぉこんな堂々と浮気しちゃってぇ、彼女が見ってるわよん‼︎」

「那・波・は・俺の何でも無えっつうのぉ‼︎」

「あらぁアタシあそこの母性溢れる娘が見てるなんて言ったかしらぁ〜ん?」

「…ぶっ殺す‼︎‼︎」

誘導尋問に引っ掛かった豪徳寺が怒号を上げて連射の回転を上げる。一抱え程もありそうな気弾がさながら魔法の射手(サギタ マギカ)の弾幕並の群れとなってセルウァを急襲する。

「いやんもう、強引なんだから♡」

セルウァの眼前に再び歪んだ鏡面が展開する。

復讐の女神(エクズィキスィ エリーニュース)!」

鏡面に着弾した気弾の群れが、端から跳ね返され後の気弾と衝突して相殺、一部の気弾は正確に豪徳寺へと反射する。

「魔法だけじゃ無えのかよ弾き返せんのは⁉︎」

吐き捨てながら横っ飛びに自らの弾幕を回避する豪徳寺、更に動きの鈍ったその隙を悪魔の集団は見逃さない。

 

「避けろ豪徳寺‼︎」

「何…⁉︎…うあぁ⁉︎」

大豪院の警告に己が背後を振り仰いだ豪徳寺の目に飛び込んできたのは、閃光から閃熱に威力を上げた光の波である。反射的に顔を庇う豪徳寺だが、ニテンスの熱光線は御構い無しにその身体を焼き焦がして行く。

「豪徳寺…!…ぐぅ⁉︎」

助けに飛び込もうとした大豪院へ、ニテンスが首を振って閃熱の視線を叩き付ける。矢張り視界を庇い両腕の塞がった大豪院は、為す術も無く身体を焼かれる。

しかし大豪院は、豪徳寺と同じ轍は踏まんとばかりに顔を庇いながらも斜め前方へ疾走り、最前までヘルマンの居た方角へと移動する。同士討ちを避ける為か、眼光の光量が弱まり閃光程度となる。

 

「おおおおおおぉぉっ‼︎」

「ほう、賢い判断だ。しかしその状態で私の相手をしようとは…舐められたものだ、ね‼︎」

雄叫びを上げながら突進する大豪院へ言葉と共にヘルマンの腕が霞み、上位魔法に匹敵するであろう威力の衝撃波が己目掛けて突っ込む大豪院へと放たれる。

「…貴様こそ、俺達(・・)を舐めるな」

大豪院へと突き進む衝撃波の軌道上に、割り込む人影。それは閃光を真面に喰らって目が見えない筈の辻だった。

「何…⁉︎」

「そんなにデカい声で解説しながら派手な音立てて攻撃してくれるなら、見えなくとも位置調整くらいは可能なんだよ‼︎」

驚愕するヘルマンに嘯きつつ、迫り来る衝撃波の音に合わせて辻はフツノミタマを一閃。済んだ音と共に衝撃波は二つに断たれて霧散する。

「今だ桜咲ぃ‼︎」

「神鳴流奥義、雷光剣‼︎」

辻の声に従い、刹那の刀身から破壊的な威力を秘めた雷球が撃ち出されヘルマンへと突き進む。

「ぬうぅぅぅぅぅぅ‼︎」

ヘルマンは両の腕から衝撃波を放ち、雷球を撃ち落とそうとするが、フツノミタマにより断たれたヘルマンの魔力変換式 物理衝撃波は著しく威力が減衰している。相殺も碌にままならないまま雷球はヘルマンに直撃した。

「よっし‼︎」

「これで…待て、様子がおか…」

喝采を上げた中村に続いて安堵の息を洩らしかけた大豪院だが、ヘルマンを包む雷撃が揺らめき、端から霧散していくのを見て疑問の声を上げかけ、

 

「ひ、ぃやぁぁぁぁぁぁぁあんっ⁉︎⁉︎」

 

傍らで見守っていた明日菜が上げた悲鳴に掻き消される。

 

「ああ⁉︎」

「なんだよ⁉︎」

「神楽坂ちゃん⁉︎」

振り仰いだ一同の目に入ったのは悲鳴を上げて仰け反る明日菜の姿。尋常でない様子の訳は胸に付いたペンダントが激しく発光している故か。

 

「ふむ…伸ばし伸ばしになってしまったが、実験は成功の様だね」

散り散りに霧散した雷光の残滓を破ってヘルマンが姿を現し、

 

「そして隙あり、よん♫」

「迂闊と責めるのは酷だろうがな」

 

全員の視線が明日菜と無傷のヘルマンに集中した一瞬の隙に、辻達を大きく囲い込む位置へと、ニテンスとセルウァは移動していた。ヘルマンを加えれば、三者の配置はほぼ正三角形の、辻達を中に置く包囲網。

 

「しまっ……⁉︎」

 

「ベッロ・アドーネ・ダメリーノ 来たれ炎精 闇の精 蠢く闇従えて燃え盛れ 昏き世の煌炎 闇の火柱(イグナ トゥッリス オプスクーリタース)‼︎」

「………‼︎ 」

「カ、ハァッ‼︎」

 

セルウァの手からドス黒い巨大な火柱が、ニテンスの両眼からこれ迄で最大の閃熱が、ヘルマンの口腔から白濁した不吉な白い光の奔流が。

三方向から辻達に襲い掛かった。

 

…不味い……⁉︎

 

反射的に刀を構え、迎撃を試みようと動きながらも刹那は内心で焦燥の声を上げる。

完全に脱出路を全て塞がれた状態からの大技が三種類。刹那が現時点から対応出来たとして精々が一つに対して、それも不完全な成果にしかならないだろう。

如何に連携が上手かろうと近接戦闘を主とするバカレンジャーは、遠距離攻撃に対する有効な対応手段を持たない。唯一防御手段を持つ辻は目をやられている。

即ち、この多重攻撃を完全に防ぎ切るのは不可能である。

 

「ヤバいアル‼︎」

「せっちゃん‼︎」

「っ……!先輩‼︎」

 

傍らで崩おれた明日菜を支えていた古達も絶対絶命の辻達に各々声を上げるが、為す術は無い。

しかし荒い息を吐く明日菜と、明日菜の肩に腕を回していた楓はそれぞれがこの状況においても、笑みを浮かべていた。

「っ、はぁ…、舐めてんじゃ、無いわよあの変態爺い共」

「左様でござるなあ、幼子だからと言って侮り過ぎでござる」

二人の目線の先に居るのは、悪魔達が詰みの手に移行する直前に飛び出した二つの小さな影。

 

「「「「っらぁぁぁぁぁぁっ‼︎」」」」

雷の暴風(ヨウィス テンペスタース フルグリエンス)‼︎」

 

幾重にもその身を分かれさせた小太郎と、雷嵐の奔流を撃ち出すネギの姿だった。

 

影分身により五人に数を増やした小太郎の内分体の四人がヘルマンの吐き出した光の砲撃に突っ込み、その身を盾にして次々とぶつかり、弾け散る。

威力の弱まった光に対して最後尾の本体である小太郎が、腰溜めに手刀を構え、狼の形をした気弾を無数に撃ち放った。

「狗音噛鹿尖‼︎」

 

ネギの放った一撃は、セルウァの黒炎と真っ向から衝突し、ネギとセルウァのほぼ中間点で喰らい合いながら拮抗する。

「っ⁉︎やって、くれるじゃないチェリーボーイ‼︎」

「う、ああぁぁ……‼︎」

両者は自らの魔法で押し切らんと、更に術に魔力を籠めて威力を跳ね上げさせていく。

 

「ぼ、くは…もう、怯えて泣いてるだけの…子どもじゃ、無いんだぁぁぁぁぁっ‼︎‼︎」

ネギは何かを振り切る様にそう叫び、暴発寸前の魔法に対し更なる魔力の一押しを注ぎ込む。一歩間違えれば自らを弾き飛ばしかねない捨て身の一撃。

 

結果として小太郎の気弾の群れは白濁の光を蹴散らしてヘルマンに殺到し、ネギの雷嵐はセルウァの黒炎を呑み込んで突き抜けた。

 

「ぬうっ……‼︎」

「ちょ、嘘待っ……きゃあぁぁぁぁぁっ⁉︎」

ヘルマンへ襲い掛かった気弾は着弾寸前に次々と掻き消え、追撃で負傷を与えるには至らない。しかし、セルウァの方は迫り来る雷撃に目を剥き回避を試みるが、如何せん押し合っていた状態からでは体勢に無理がある。半端な姿勢で身体の大半を巻き込まれ、濁流に押し流される様にして後方へ吹き飛ばされた。

 

そして当然、三連撃から単発に減少した一方向からの熱波などを、馬鹿正直に喰らう辻達ではなかった。

 

裂空掌波(れっくうしょうは)ぁ‼︎」

(フン)‼︎」

極漢魂(きわめおとこだま)ぁっ‼︎」

 

中村と大豪院の一撃が閃熱を押し破り引き裂き、豪徳寺の反撃の大気弾がニテンスへ襲い掛かる。

 

「…チッ……‼︎」

舌打ちと共にニテンス大剣を掲げて一撃をガードする。

衝撃を流してニテンスが目を向けたその先には、セルウァが吹き飛んで広がった包囲網の穴から脱出し、ヘルマン達に対して油断無く身構える辻達の姿があった。

 

「っしゃ‼︎どんなもんや糞ジジイ、そないに簡単に決められると思うなやぁ⁉︎」

「はぁっはぁっ……み、皆さん‼︎」

ヘルマンに向かって中指を突き立てる小太郎と、二度の過剰出力による大魔法の行使で息を切らしながらも辻達へ呼び掛けるネギ。

「……へっ!呆けてたかと思いきや、オイシイ登場をしてくれるじゃねえかよネギ‼︎」

「済まねえな、助かったぜ小太郎‼︎当たったら不味いんだったなあの爺さんの光線‼︎」

「いや、そんなことよりネギ君、大丈夫なの⁉︎」

「落ち着け山下、…顔を見れば判る。色々言うことも問うべきこともあるが、これが終わってからだろう」

「そうだな。ネギ君、小太郎。…一緒に戦おう、力を貸してくれ」

「…はい‼︎」

「応よ‼︎」

ネギと小太郎は勢い良く返事をする。

 

二人の復帰に対して声を掛けてから、辻はようやく薄ぼんやりと物の輪郭が掴める様になった目をしばつかせ、隣で控える刹那に尋ねる。

「…一旦追撃が止んだ様だが、どうなっている、桜咲?」

「…奴等も奴等で集まって何事かを話しているようです。…残念ながらあのおかしな口調の悪魔も致命傷に至っていないようですし、確実に追撃は来るかと……」

心配気に辻を時折見やりながらも、警戒を怠らずにヘルマン達を監視しながら刹那は答える。

「…正念場、だな。お前ら、ネギ君達。聞いてくれ、勝つ算段を建てるぞ」

辻は暫し何事かを考えてからそう呟き、中村と豪徳寺の荒っぽい祝福から解放されたネギと小太郎を含めた全員に呼び掛ける。

 

 

「…さて、どう見るねこの状況を?」

ヘルマンは声に苦笑の響きを滲ませ、尋ねる。

「どうもこうも無いわよ伯爵、素直に想定していた以上の難敵だって認めましょうよん。…今に至るまで特別手を抜いたつもりはアタシ無いわよ?」

甲殻甲冑に無数のヒビを入れ、要所から煙を上げつつも笑ってセルウァが答える。

「…そうだな。伯爵、貴方にとっては喜ぶべき事かどうかは知らないが、連中は強い。…あの幼子も大分揉まれたらしいな」

楽し気に輝く瞳を揺らしながらニテンスは言う。

「愚問だね、ニテンス君。前途ある若者の輝かしい力の発起は、私にとって何より好ましいものだよ……些かクライアントの要望には応え難い状況であるのは確かだが、ね」

今度は明確に笑いの響きを滲ませたヘルマンは、自らを鋭い目で睨み上げるネギと、その周囲に身構える辻達へ呼び掛ける。

 

 

「見事なものだね、ネギ君。君の師であり頼れる兄貴分である辻君達は、実に優れた使い手達だ!徒党を組んでいる爵位級の上位悪魔三体を、倍程度の人数差で人間が互角以上に渡り合うとはねえ。私が断言しよう、|向こうの世界でも彼ら個人個人の力量は充分に一流の名を冠するとね!…惜しむらくは裏社会での実戦経験の少なさか、それとも武道家という生き様の性かな?」

「…何が言いてえんだよグダグダと。ンな事よりもてめえ今どうやってせったんの攻撃防ぎやがった?明日ニャンのさっきのあれが、関係ありやがんのか?」

 

話し掛けられて身を固くするネギの前に中村が立ってヘルマンの視線を遮り、低い声で唸る様に問い返す。如何に悪魔とやらが超常の存在でも、刹那の放った神鳴流の大技、雷光剣は上級クラスの妖魔にも重傷を負わせ得る一撃だ。不意を突かれて無傷で居られる筈は無いのである。加えて攻撃が炸裂したタイミングでの明日菜の悲鳴。関係が無いと思う方がおかしい。

 

「ああ、簡単な話だよ。私は今とある魔法具によってカグラザカアスナ嬢の力を纏っている。故に今の私に放出系の魔法や気は通用しないんだ」

「はぁ?」

あっさりと告げられた言葉に、中村のみならず外野を含めた全員が眉根を寄せて疑問符を上げる。

「…どういうことよ、エロジジイ?」

当の本人である明日菜が、無意識に胸元のペンダントを握りながら尋ねる。

「魔法無効化能力《マジック キャンセル》。向こうの世界でも最大限に希少(レア)な能力だ。先の京都の一件でも、それらしい心当たりが有るのでは無いかな諸君?」

ヘルマンの言葉に、中村達は白髪の少年の障壁を明日菜が軽々と打ち破った事を思い出す。

「それで……!」

「そうだ。余り私自身はこういう(・・・・)ものは好かないのだが、これもクライアントの意向でね。…さて、そちらの疑問に答えた所で、少々年寄りが口幅ったい事を言わせて貰うよ」

ヘルマンは教授でもするかと様に指を立て講釈を垂れ始める。

「君達は強いが、単純に惜しい。君達通称バカレンジャーの個々の戦力は恐ろしいことに我々一体と互角か少し及ばない程度だろう。つまり君達は戦力を単純に加算して考えるなら余裕で私達に勝っている。にもかかわらず、君達が寧ろ要所要所で私達に押されているのは何故だと思うね?」

答えは単純だ、とヘルマンは謳う様に告げる。

「君達はとても息の合った一団だが集団戦闘に長けていない。ただ限定的な一対一、若しくは一対多を繰り返し、誰かが危険になったらフォローをする。なまじ個々の戦力が強い為に成立こそしているが、その戦い方ではこれより先、ボロを出すことになるね」

足並みが揃っていても、連繋(チームワーク)がなっていない。ヘルマンはそう指摘していた。

辻達とて何も、馬鹿正直に武道家の理念に則って戦っている訳では無い。単に鍛えた技術(わざ)の方向性の違いであり、平たく言うならば『腕っぷしで最強になる』事を目的とする辻達は、兵士や傭兵の様な『何を持ってしても損害を軽微に抑えて対象を排除する』方面に長けてはいないというだけの話である。攻防の体系が己一人で完結している故に、連繋を組んで戦闘を行っても、極端に言えば一人がぶん殴ったら次が殴りに行く、という様な形になる事が多いのだ。

故にヘルマン達は、複数から攻撃を仕掛けられない様に動き回りながら、辻達に乏しい遠距離からの攻撃を主に行い、誰かが崩れたらでき得る限りそこに集中砲火を浴びせる事により、あわやネギと小太郎の助けが無ければ誰かが致命傷を喰らう域まで追い詰めた。

それは、戦闘力に格段の差があるとはいえ百を超える妖の群れにも出来なかったことであった。

 

「…で?それが正しいとして、俺らの欠点を指摘する事でてめえらに何の得がある?人を襲っといて一手御指南たあ、本当に何がしたいんだ、お前は?」

ヘルマンの言葉を受けて、豪徳寺が険しい表情で訊き返す。少なく共、口から出任せを言っている訳で無いのは雰囲気で判ったが、ならば尚更敵対する相手に指導めいた事をする理由が、豪徳寺には解らなかった。

 

「確かに、一見して私の行動は支離滅裂に見えるだろうね。しかし豪徳寺君、君は、君達は考えが若すぎる。私のような年寄りは単純な損得勘定だけで動きはしない、日々を過ごすのに刺激的な愉しみが必要なのだよ」

ヘルマンは両手を広げ、爛々と輝く瞳をネギ達に向けて語り出す。

「私は才能のある若者が好きだ。時に悩み、壁に当たりながらもまるで伸びゆく新芽の様に、殻を破り成長していく生命力に溢れた君達の様な者達を、とてもとても愛おしく思っている。どのような成長を遂げるのか何処までの高みに昇れるのか?…君達の将来を見てみたい」

しかし、とヘルマンは嗤う。表情の窺えない茫洋とした形状の顔であるのに、そこには明確に悪意が透けて見えていた。

「そういった才能が潰えるのを見ることを、私は何よりの楽しみとしている。年季を経て己の分を悟った者では、どれほどの力を持っていようと駄目なのだよ。己が何処までも伸びて行けると、自らの限界を定めない果敢な未来への挑戦者で無ければならない。…そんな若者が私に未来を奪われる(・・・・)時、将来に希望を持つ者程、成すべきことを大きく持つ者程、己が本懐を果たせなくなる失意、絶望、己の至らなさへの怒り、理不尽な終焉を突き付けてくる私への憎悪。といった様々な感情に彩られたイイ表情を浮かべる。…私はそれを見たくて生きている、といっても過言では無い」

ヘルマンは戯ける様に一礼し、己が胸に手を当て高らかに()を告げる。

「私は未来の狩り手。故に尊い玉体の君達には、最大限の可能性を発揮した上で散って貰いたい。私のより大きな快楽の為にね。…もっと全力で足掻きたまえ」

ヘルマンから発せられる不可視の重圧(プレッシャー)に、ネギや明日菜達は息を呑む。余りにも理不尽で傲慢なその物言いに、しかし反論が出来なかった。

 

成る程、と辻は奇妙な迄に凪いだ気分で静かな納得を覚える。

 

……これが悪魔(・・)と呼ばれるものか………

 

と。

 

「…てめえの青い果実主義はまあ、どうでもいいわ」

重圧を振り切る様に中村が静かに呟き、一歩前に出て構えを取る。

「ンなことよりよ、ジジイ。挑発のつもりか何か知らねーが、俺らのモチベ上げてえんならもっと単純な方法があっから、一つ答えろや」

「何かね?」

ヘルマンの促しに、中村は一段階低い声で問いを放つ。

「お前が、いやお前らがネギの仇ってのは、本当なんだな?」

その言葉にネギは顔を上げ、中村を見やるが、中村は視線を返さずにヘルマンを凝視している。ヘルマンは双眸を細め、静かに肯定する。

「ああ、本当だ。彼の村を焼き払い、村人達を石に変え、ネギ君自身の命をも脅かした。これで満足のいく答えになるかね?」

「おうおう、百点満点だぜ。回りくどい真似しやがってからによぉ…」

ヘルマンの重圧に負けず劣らず凄まじい圧力が、中村から噴き上がる。他の面々も戦意を表情に浮かべ、両者の間の空気が急速に張り詰めていく。

「一々確認しねえでも、こいつ(ネギ)は既に俺らの身内同然だ。…それの仇ってんならてめえを擦り潰す理由としては釣りが来んだよ、ボケ…痛めつけてぶっ殺してやらあ

、辞世の句でも読んどけや、糞ジジイ‼︎」

殺気地味た激しい闘気の発露に、悪魔達は身体を恐怖とは別の理由で震わせ、ニテンスを戦闘に展開する。

 

「良い気迫だ‼︎ならば因縁の決着をつけようか、千の呪文の男(サウザンドマスター)の後継とその友柄よ‼︎」

「最早語らず…闘争こそ我が存在意義なり‼︎」

「熱いわねぇ皆……ま、ガッチリ付き合っちゃう訳だ・け・ど♬」

 

両者は布陣を組み、ジリジリと間合いを詰めていく。

 

「戦力分析、先ず山羊頭」

「あの光る目ん玉を向けられるとまず間合いの近い攻防は出来ねえ。かといってスカすには奴の図体がデカすぎる、上手い対応策じゃねえが二人ばかりを足止めにしてなんとかあのサーチライト野郎を引っぺがそう」

「それしか無いか…オカマは魔法やら気弾をよりによって反射してくる。こっちも牽制は効き難い、前衛数人で引き剥がすしか無い、かな……」

「どうにも上手く無い。それが出来たとしてあの首領格は近接戦闘も強ければ口から吐き出すのは防御不能の一撃必殺だ。手数が足りんな」

「…あのヘルマンという悪魔の石化(ペトリフィケーション)は世界有数の治癒術師の解呪を持ってしても解くことの出来ない超高等の呪詛です。喰らえば終わりと、思って下さい」

「糞厄介やな…おまけにあの爺さん、あすこの姉ちゃんの力とやらのお蔭で魔法や気ぃは掻き消されるんやろ?…となると俺がネギの奴に渡したアレも通じへんのやろし……」

「結論としてヘルマン伯爵とやらにも近接戦闘によるゴリ押ししか対応策がありません。…三体中二体に魔法が通じ難いならば、山羊頭を私とネギ先生が相手取るのが順当でしょうが……」

「あのジジイの連繋云々の講釈は気にすんな、例え事実としても今直ぐなんとかなる問題じゃ無え。…(はじめ)ちゃん、良くも悪くもお前と武装系ヒロインフツちゃんが頼りなんだが、どうよ?」

「…輪郭ははっきりしてきたがどうにも網膜に光の残滓が焼き付いている。一対一なら兎も角、乱戦になれば足手まといだろう、俺は」

『…今にして思えば主に対しては妙に連中、牽制ですら遠距離攻撃を仕掛けていなかった。その上で不意を突いてのこの無力化、どうやら私と主は相応の対策を積まれていたらしい』

フツノミタマの思念を最後に、一同は暫し沈黙する。歯が立たないでは無いだろうがどうにも決め手に欠けた状態であり、このままゴリ押しで仕掛ければ相応の負傷を負う事になるのだが他に手段も無い。

「…やるしか無えか……‼︎」

中村の喝を入れる呟きに一同は頷き、改めてヘルマン達に向き直る。

 

「来るか…。私は不覚にも魔力の放出系を()たれて近接戦闘は兎も角遠距離支援が難しい。オーソドックスに行くとしようか」

()

「了解っ!」

ヘルマンに二体は短く答え、前衛のニテンス、後衛のセルウァ、遊撃役のヘルマンが中衛を兼ねて、二体の間に入る。

 

 

「…それ以上に近寄るならばこちらとしても荒っぽい対応をさせて貰うでござるよ」

緊迫した空気の漂う対峙を固唾を飲んで明日菜達が見守る中、やや離れた位置で観戦していたすらむぃ達が無造作に近付いて来たのを見咎めて、楓と古が構えを取りつつ警告する。

「気張んなよ、何もする気は無えからヨ」

「伯爵達は余裕見せてますけど、実質余裕はありませんからー。貴女達にまで参戦されると劣勢にも程があるので、牽制に来たんデスー」

「…シリアスな表情で金鯱付きパン(いち)姿…ウケる……」

フ、と無表情のまま笑声を洩らすぷりんに、すらむぃが関係無えこと言うナー!とツッコミを入れ、あめ子が笑う。

何処か毒気を抜かれる愛らしい様子に、敵意を感じなかった楓と古は一旦拳を下ろすが、警戒は止めない。

「…なーおチビちゃん達、ちょっとええかー?」

そんな中、木乃香が僅かに腰を落としながら、すらむぃ達に呼び掛ける。

「なんですカー?」

「…おチビちゃん達も、さっきあの悪魔の人が言ってた、ネギ君の仇、言うんに関係してるん?」

木乃香の問いに、三体のハイ・スライムは僅かに押し黙った後、言葉を返す。

「そうだぜ。村の襲撃に適した能力を持つってー使い魔(ファミリア)の契約で喚ばれたのがアタシらだったカラナー」

「お聞きしたいことは大体わかりますので先に答えますけど、私達はあの少年に悪いことをしたって自覚はちゃんとありますー。でも責任転嫁する訳じゃありませんが、私らが仮に契約を受けなかった所で結果は変わらなかったでしょうシー…」

「…どうせ伯爵達が負ければ虜囚の身。煮るなり焼くなり犯すなり、なんでもして憂さを晴らさせればいい。エロ同人みたいに、エロ同人みたいに…。……ふ」

一言余計ダー!五月蝿いデスゥー!と再びじゃれ始めるハイ・スライム達。木乃香は続けようとした言葉を飲み込み、明日菜達の方へ向き直る。

「…何も言えないなら言えないなりに、祈りましょうか。先輩達の無事を」

千鶴が穏やかで無い話に鼻の頭へ小さく皺を寄せつつ、やや疲労の濃い顔にそれでも笑みを浮かべて言う。

「むぅ…」

「那波さん、何だか余裕ある、って訳じゃ無いけど、凄く強いわね…あたしが初めてこんなのに関わった時は、もっとすっごくわたわたしてたもんだけど……」

木乃香が唸り、明日菜が何処か感心した様に千鶴に告げる。慣れない環境と未経験の暴力の場に晒された千鶴は、体力こそ消耗してはいるものの、常人ならば取り乱して騒ぎ立てかねない様な非日常そのものの光景を目にしても、千鶴の目は冷静さを保っていた。

「…見た目程冷静でも落ち着いてもいないわ。混乱しているし、怖いとも思っているもの。…それでも、一人の男に任せておけと、断言されちゃったから、ね……」

薄く微笑んで、千鶴は締めくくる。

「信じて待つのが、女の役目でしょう?だから信じて、祈りましょう」

千鶴の覚悟に、スライム娘達が感心した様にその身を揺らめかせ、楓は口元だけで笑みを作る。

「…いい觉悟(ジュエ ウー)アルな。流石は年の功アルか」

「古さん…何か仰いました?」

「なんでも無いアル‼︎」

顔の陰影が裏返った様な迫力ある笑みを浮かべて表面上穏やかに尋ね返す千鶴に、余計な事を呟いた古は背筋を伸ばして断言する。

「緊張感が無いでござるなー……む?これは………」

楓は苦笑しながらある意味何時も通りの光景を眺めやっていたが、ふと何かに気付いた様に梢の間の彼方を見た。

 

 

 

それ(・・)は今にも両陣営の先頭の間合いが触れ合おうとする、一触即発の状況において飛んで来た(・・・・・)

 

「…………ん?」

「……お?」

「…よし間に合った」

「………?……」

 

先頭に立っていた中村と豪徳寺は目にした光景にやや間の抜けた様な声を上げ、同じくそれを見た山下は明確に安堵の声を洩らす。中村達のリアクションを訝しく思ったか、同じくヘルマン(サイド)の先頭に立つニテンスは警戒しながらも目線を後ろに向け、驚愕に目から零れる光が増加した。

 

鈍い風切り音を立てながら、鈍色に輝く中型の普通乗用車(・・・)が緩やかに回転しながら、ヘルマン達に向かって飛んで来ていたのだ。

 

「…なっ⁉︎」

同じく振り返ったヘルマンやニテンスが驚愕に目を見開く中、動揺して声を洩らしながらもニテンスは飛来する乗用車を左の裏拳で殴りつけて横合いに吹き飛ばす。二トン近い重量があろうと重機並みの大きさとそれ以上の怪力を持つ今のニテンスならば造作も無い迎撃である。

しかし拳を振り切ったニテンスと眼下のヘルマン達は再度目を見開くことになった。ニテンスの迎撃が車体に炸裂し、車体がひしゃげて吹き飛ぶ寸前に、その後部座席(・・・・)から飛び降りた一人の若いスーツ姿の男性が居たが故に。

 

その男ーー麻帆良学園の魔法教師、皇至道 瀬流彦(すめらぎ せるひこ)は引きつった顔をしながらも、杖を体前に掲げながら詠唱(・・)を続け、ヘルマン(・・・・)に向かって落下する。

 

「っ⁉︎いかん‼︎」

「…に希望の川底、叫びの石より来れ、貪り喰らうもの‼︎」

 

状況を理解するよりも早く、本能が継承を発したヘルマンは衝撃波を打ち出し、瀬流彦を遠ざけようとするが、僅かにそれよりも早く瀬流彦の魔法が完成する。

 

魔狼囚えし縛鎖(グレイプニール)‼︎」

 

瀬流彦の持つ杖から迸る無数の光り輝く鎖がヘルマンの身体に纏わり付き、瞬きする間に複雑な編まれ方の緊縛となり地面に縫い付く。

 

「こ、これは……⁉︎」

ヘルマンが身体に魔力を充填させようとして、まず魔力の発現が行えない事に気付き、驚愕の声を上げる。

 

「…ゴアァァァッ‼︎‼︎」

「うぉ危っぶな⁉︎」

 

憤怒の声を上げながらのニテンスの斬撃を、障壁を砕かれながらも跳びすさって躱した瀬流彦は、冷や汗を流しながらも不敵な笑みを見せ、高らかに宣言する。

「…お前が例え老竜(エルダードラゴン)だろうが君主級一歩手前の公爵級だろうがそいつ(・・・)からは抜け出せないし如何なる能力も行使出来ない‼︎何せ対個人クラスの封呪・結界系ではこいつを越える魔法はこの世に存在しないからなあ‼︎」

瀬流彦はそのままジリジリと後退しながら、辻達に笑顔を向けて言葉を放つ。

「遅くなって済まない、君達‼︎魔法教師 瀬流彦‼︎生徒の窮地に、只今参上だ‼︎」

その大見得に中村が身体を震わせながら指を指し、叫ぶ様に言い放つ。

「嘘だ‼︎あ、あのイケメンの癖に残念臭漂って頼りねえセルピーが普通にちょっと格好良い、だと⁉︎」

「くっそ僕はやっぱりそんな評価か⁉︎まあいいや格好良く見えたならポイント上昇だよね‼︎」

 

早速漫才地味たやり取りを繰り広げる両者とは対照的に、驚きと怒り、そして僅かな焦りを浮かべながらニテンスが怒鳴りつける様に問い掛ける。

「馬鹿な、魔法教師だと⁉︎どうやってこの状況を察知した‼︎⁉︎」

それに対して瀬流彦は肩を竦め、ぞんざいな仕草で杖を振りながら言葉を放つ。

「答える義理は無いし、動揺して吠えてる暇があるのかな?僕が車と飛んできた、ってことは、車を飛ばした人間がいるとは思わないのかな?……杜崎先生、今です‼︎」

「っ⁉︎」

叫んで瀬流彦がニテンスの背後に向かって合図を送り、ニテンスが歯噛みしながらも急旋回、背後に対して刃を振るう、が。

 

「上々だ、奇襲による捕縛から言葉による狡い陽動。よくやったぞ瀬流彦」

 

そんな言葉と共に飛び出して来た杜崎の出現位置は、ニテンスの横合い(・・・)の茂みからだった。

 

「⁉︎」

「ニテンスっ…⁈」

「狡いは余計です…態々奇襲を声に出して知らせる訳無いだろうが、阿呆山羊頭」

戦いの旋律(メローディア ベラークス) 最大出力(ウィース マーキシマ)‼︎」

 

セルウァの警告は遅く、嘲る様に瀬流彦が吐き捨て。

顔を歪めるニテンスの土手っ腹に全身から激しく魔力強化の光を噴出する杜崎の殺人右フックが轟音と共に突き刺さる。

「ガッ……⁉︎」

「おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉっ‼︎‼︎」

苦鳴を上げるニテンスを他所にミシミシと全身を軋ませながらも杜崎は腰を軸にして上半身を捻転。雄叫びと共に右拳を振り切り。

 

ニテンスの巨体がくの字に折れ曲がって人形の様に吹き飛んだ。

 

「………うぉぉぉぉぉぉ………!」

中村が冗談の様なその光景に、引きつった声で呻き声を洩らす。何時も喰らっていた拳骨が、全くもって児戯に等しい超腕力である。日頃から打撃をよく喰らうが故に、他人事では無いらしかった。

 

「…ふむ、やっと真面にお前達を助けられるな。よく頑張ったぞ、お前達」

杜崎は魔力の残滓を身体中から零しつつ、穏やかな声でそう告げた。

「…もっさんよ、一つ聞いていいか?」

「杜崎先生と呼べ軍艦頭。なんだ?」

「…俺の記憶が間違って無えなら、今飛んできた車って変態只野のクルマじゃねえか?」

その問いに杜崎はあっさり首肯した。

「そうだ。あのクズの車なら別に壊れた所で心は全く痛まんからな。他に瀬流彦を入れたまま投擲武器として使えそうなものが無かったから投げた。それだけの事だ」

「やっぱりかよ‼︎」

「っていうか投げたのかよあの車⁉︎」

ギャアギャアと中村達が騒ぐ中、辻は前に出て杜崎と瀬流彦に頭を下げる。

「…よく来て下さいました、瀬流彦先生、杜崎先生」

安堵の息と共に辻は言い、他の面々も警戒は止めないながらも緊張が解けている。

「良かった良かった。間に合う確証も救援が来る保証も無い救助要請だったから当てに出来ないのはしんどかったよ」

「予想よりも寧ろ到着は早い。これで一先ず安泰だな」

「……す、凄いんですねやっぱり一人前の魔法教師は……」

「……あのゴリラみたいなおっさん本当に教師なんか?あのでかブツが玩具みたいに吹っ飛んだで……⁉︎」

杜崎と瀬流彦はゆっくりと残るセルウァへ拳と杖を向けながら歩んで辻達を守る様に立ち塞がり、最後通牒を突き付ける。

「「形勢、逆転だ(ってね」」

 

 

「え…え、えぇぇぇぇぇぇぇぇ⁉︎」

「………あらあら…………」

真逆のあっという間な逆転劇に、明日菜は混乱して叫び、千鶴は目を丸くして声を洩らす。

「げぇぇぇぇぇぇっ⁉︎どうなってンダ⁉︎」

「魔法使い達には連絡を入れてない筈ですよ⁉︎監視してたんですから間違いありまセン‼︎」

「…………奇襲からの輪姦?」

「いや、今迄以上に意味わからへんで〜?」

すらむぃやあめ子も同様に驚愕し、無表情ながらもしっかり動揺はしているのか、普段以上に支離滅裂なぷりんの呟きに、同じく驚いている筈の木乃香がツッコミを入れる。

「…事情を説明出来ず、済まなかったでござるな、皆。実の話、救援に来る前に魔法関係者に対して救援を求めていたのでござる」

「助けてからここまでは説明してる暇が無かたアルし、そこのぷよぷよ娘達が側で観戦してる以上迂闊に説明は出来なかたアル。許して欲しいアルな」

訳知り顔の楓と古に、すらむぃが猛然と噛み付く。

「馬鹿な、不可能だぜ‼︎魔法的な念話等の通信術式から、器用なセルウァの姐さんは局地的な電波妨害までしてたんだ‼︎魔法関係者の位置にも監視の目は置いてたから物理的にも接触はしてねえ筈ダゼ⁉︎」

その言葉に楓は一つ頷く。すらむぃの言ったように、通常の方法での連絡手段は警戒されていると辻達も予想していた為、そういった手段はそもそも試してすらいない。

そんな常識的な方法での連絡しか警戒していない時点で、思えばヘルマン達の敗北は決まっていたのかもしれなかった。

楓は苦笑しながらも、狼狽するスライム娘達に宣言する。

「…何処ぞの御仁も言ったらしいでござるが、麻帆良を舐め過ぎでござるよ、貴殿らは。…この都市には動物の言葉を理解する(・・・・・・・・・・)御仁が存在するのでござる」

 

 

 

「……いやしっかし驚きましたよ、獅子崎先輩が仲の悪い事で有名な犬飼先輩の頼みを聞き入れたのもそうですけど、()ライオン(・・・・)が鳴き声で意思疎通した上でそれを一語一句正確に読み取ることが出来るとか。…本当半端無いですね麻帆良の部長クラスって」

部屋の中、コーヒー片手に感心した様な呆れた様な声を上げる朝倉に対して、獅子崎はフン、と詰まらなそうに小さく鼻を鳴らして優雅な動作でカップに口を付け、些か煩わしそうにしながらも合いの手を入れる。

「普段なら頼み所か声を聞くのも嫌だけれど、非常事態のようだから、ね。私のネメアがあの下賤な犬コロの言語程度、理解出来ない筈も無いし、相棒(パートナー)の声も聞けないで闘獣士は名乗れないわ。……まあ、意思疎通を完璧に出来るレベルで動物を愛しているのは私と、癪だけれどあの男位だけれど、ね」

「………そうですか……………」

「すすす凄い、でですね………‼︎」

面白くなさそうに呟く獅子崎の足元で、金色の体毛も鮮やかな巨躯の獅子が喉を鳴らす。先程からのどかや夕映の発言が極度の緊張を帯びているのはそのネコ科猛獣が原因だが、獅子崎に気にした様子は無い。矢張り麻帆良(ここ)で何かが突き抜けた人間というのは、何処かがズレているらしかった。

「…大体私に言わせれば貴女が情報を受け取ってからの、あの異常な伝達速度と手段の多さの方こそ非常識よ。報道部期待のホープの異名は伊達じゃ無いわね」

呆れた様な獅子崎の声に、少し照れ臭そうにしながらも朝倉の自己評価は低い。

「いやいや私なんてまだまだですよ。ウチの部長なんか、世界中へ一時間以内には情報を伝えるだけじゃなくて刻みつける(・・・・・)までやってみせるでしょうから。右から左へ送る(・・)しか出来てない私はまだまだ修行の途中でっす‼︎」

朝倉のある意味物騒な発言に苦笑してネメアの喉を掻く獅子崎。巨大な獅子は気持ち良さげに猫の様な声を上げる。

「……動いてくれたでしょうか、関係者の方達は………」

「…ん〜それはまあ、全員は動かなくても何人かは大丈夫だよ、と……」

夕映の懸念に朝倉は難し気に唸るも、パラパラと手元の資料を捲りながら安心させる様にそう返す。

「何せ先輩達のお墨付き、あの生物災害(バイオハザード)にも連絡はしたし、何たってお師匠様(・・・・)にも送ったからねん」

 

 

 

「……やってくれるじゃないの、本当に…‼︎」

事のあらましを聞き、セルウァは憤りの声を上げる。

「強がっても無駄だよ、そこの妙な口調のオカマ。警備の関係上全員は動けなくても、間も無く更なる増援が来る。いくら爵位級でも今や二体、日本最大の魔法組織お膝元で生き残れるなんて思わないことだ」

「…それでハイそうですか、と俺達が引き下がると思うか組織のイヌ…‼︎」

ニテンスが脇腹を抑えながらも大剣を背負い、唸る様に反論する。

「思ってはいないとも、悪魔使いのイヌ」

鼻を鳴らして杜崎は告げ、ゴキリと肩を鳴らしながら拳を構えつつ、更なる言葉を突き付ける。

「思い上がるな化物共。脳みその総じて腐っている貴様ら悪意の塊に人間様が降伏勧告などしてやるものか……既にトップは拘束してある以上貴様らは用済みだ。痛めつけた上で暗く湿った故郷に叩き返してくれるわ」

「うっわ物騒な……」

杜崎の不敵な宣言に首を竦めさせながら瀬流彦がボヤく。

 

ジリジリと辻達も含めた包囲網が縮まる中、ある時期から微動だにしていなかったヘルマンが目を見開き、鋭い声で吠える。

 

「後ろだ、二人共‼︎」

「っ‼︎」

「またぁ⁉︎」

 

二体が振り向く先には、マスケラにも似た仮面を着けた巨大な使い魔を背中に負う、黒いデザインスカート姿の金髪の少女が影から湧き出る(・・・・)所であった。背後の使い魔は巨大な両腕を広げ、今にも殴り掛からんとする体勢に移っている。

 

しかし、奇襲を仕掛けられた二体は常人の及びもつかぬ爵位級上位悪魔。何度も単純な奇襲は通用しない。

 

「グルアァッ‼︎」

「…舐めんじゃ、ないわよ!…解放(エーミッタム)‼︎」

 

ニテンスは膨大な魔力を大剣に宿しつつ抜き打ち気味に大剣を薙ぎ払い、セルウァは無詠唱(・・・)で紡ぎ、遅延させていた大魔法を解き放つ。

大剣が使い魔に横合いから突き刺さり、黒い炎の奔流が本体の少女ごと爆炎で包み込み、後方の木々を焼き払いながら抜ける。

 

「おい⁉︎」

「ヤバイっ‼︎」

登場と同時に致命的な攻撃を喰らった少女に、血相を変えて中村達が飛び出しかけるが、杜崎が手を広げてそれを押し留める。

「おいゴリエッティ…⁉︎」

「杜崎先生だ変態が、何だその格好は?…なに、心配は要らん。彼女(・・)は防御だけなら学園屈指だ」

「それでも通常なら僕らも加勢に行くのが当然だけど…ある意味君達に実力を見せておいた方が今後(・・)仲良くし易いと思ってね」

瀬流彦の言葉と共に爆炎が流れ、噴煙を風が払う。

 

「な……⁉︎」

思わずセルウァが声を洩らし、ニテンスも驚愕に身体を一つ震わせる。

 

大剣の一撃は使い魔の腕を半ばまで切断しながらも黒い布状の防壁に巻き取られて静止し、少女の周りには焼け焦げながら今だ幾重にも数を重ねる同様の防壁が爆炎を完全に防いでいたからだ。

「…私の展開した八重奏(オクテット)の黒衣の盾は理論上極大呪文をも不完全とはいえ防ぎます。生憎ながら、火力不足(・・・・)、ですよ、悪魔達(ダィモンズ)

金髪の少女ーー高音の言葉と共に、使い魔の身体が中央から縦に割れ、中から黒髪の青年と赤毛の少女が飛び出す。

 

侵略の(デーウォワーレス エレメントゥムス)猛火(アグレッシオー)‼︎」

赤毛の少女ーー愛衣が紡いでいた大火の奔流が、攻撃直後で碌に防御も整わないニテンスとセルウァを真面に捉える。

 

「グ、アルァァァァ‼︎」

「キャアァァァァァッ⁉︎」

 

それぞれが苦鳴を上げながらも、魔法抵抗力を全開に高め、防壁を展開して耐えるニテンスとセルウァ。

しかし、ある種無常な事に愛衣の傍らの青年ーー篠村は悠長に攻撃の終わりを待たずに動く。

魔法の射手 連弾 光の101矢(サギタ マギカ セリエス ルーキス)

青年の周囲に光弾の群れが展開し。

「…貫通(トラーイキエーンス)‼︎」

更なる青年の力ある言葉により、光弾の全てが鋭い槍状に変形する。

「……⁉︎」

ニテンスが猛火の奥で目を見開き、今だ使い魔に突き刺さる大剣へと、焼け焦げるのも構わずに腕を伸ばすが。

「遅いんだよ」

青年の酷薄な呟きと共に光の槍が両者に向けて殺到した。

光の槍は間隔を置いて、ニテンスとセルウァの頭や胸等の急所へ突き進んで防壁と魔法抵抗を喰い破って消失。その着弾点に後続の槍が進出して、悪魔の強靭な肉体を破壊していく。

 

光の槍の射撃が止み、猛火が消え去る頃には、全身が焼け焦げ、頭部の半ばを失い胴体と手足の各所に大穴の空いた、変わり果てた姿のニテンスとセルウァがいた。

 

「…お、れが……こんな………‼︎」

「…駄ー目、ねぇ、これは……」

無念の声と共にニテンスが膝を付き、苦笑地味た響きの呟きを洩らし、大の字にセルウァが倒れた。

篠村は一つ息を吐き、仏頂面と輝いた表情の対照的な高音と愛衣を後ろに、辻達へと手を振り、言い放つ。

 

「…悪いな、美味しい所持って行って」

 

 

 

「…それで、お主らは抵抗するでござるか…?」

楓の問いに、すらむぃ達は両手を挙げて宣言する。

「降伏だ。逆立ちしても勝てねえシ」

「大人しく縛に着きますよー……勝算は充分にあった筈なんですケドネー……」

「…まあ悪役デスシ……」

「「ぷりんが普通に喋ッタ(リマシタ)⁉︎」」

そんなやり取りを他所に、千鶴が首を傾げて明日菜へ問う。

「…終わりということで、いいのかしら…?」

「あー……うん…」

明日菜は苦笑しながらも頷き、色々と怒濤の展開が過ぎたこの場に相応しい感想で締めくくった。

 

「…まあ、なんて言うか……やっぱりとんでもない所よね、麻帆良って……」

 




閲覧ありがとうございます、星の海です。…申し訳ありません、色々あってあり得ない程遅くなりました。最早何を言っても言い訳ですので、次回からの更新を頑張らせて頂きます。ご容赦を。これで原作八巻分が後日談を残して終了です。今回は反則級な能力や力を振るう、超常者である悪魔の力と、ある意味それ以上に一部で反則的な、麻帆良人の異常っぷりを強調しました。魔法関係者もようやく事件に関わり、ここから色々小話を挟みつつも学祭編に向けて、主人公達の周りは大きく動いていきます。相変わらず執筆ペースはダウンしていますが、気長にお待ち頂ければ幸いです。それではまた次話にて、次もよろしくお願いします。

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