お馬鹿な武道家達の奮闘記   作:星の海

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大変遅くなりました。これにて原作八巻終了です。


16話 それぞれの征く道

煌眼の魔人が剣を振るい、燃え盛る死の視線を浴びせるも、そのローブの男には何ら痛痒を感じさせられない。甲冑の魔道士が、触れた物を溶かし尽くす死の霧を放射するが、男のローブの裾すら害せない。二体と一人が激しく争うその下では、異形の悪魔達が残骸となり敷き詰められていた。

男の力は圧倒的で、人外の悪魔達よりもいっそ化物地味ていた。少年は悪魔よりも男に対して恐怖を覚え逃げ出して。その先で男が自らの父であると知った。

少年にはよく解らない。自分の故郷が襲われた理由も、父が自分の前から消えた理由も。自分に咎があるのか、ならばどうすればいいのかも、解らない。

ただ少年は、もう一度父に会いたかった。自分の側に居てくれなかった、しかし自分を助けてくれた。英雄と呼ばれる、自分の父親に。

 

 

 

 

 

 

「…これが事のあらましです。見聞きしてて愉快な話じゃ無かったと思いますが……」

「………………………」

悪魔達との闘争から一夜明け、ヘルマン達との間に何があったのかをネギは全員の前で曝露した。記憶の情景(・・・・・)と共に語られた、ネギの幼少期の惨劇を聞き終えて、バカレンジャーは皆が難しい、或いは沈痛な表情を浮かべている。感受性の強い女子達は目に大粒の涙を浮かべていた。

 

「……あんたの所為だなんて、そんな事ある訳無いでしょ馬鹿ネギ‼︎」

明日菜が目尻の涙を拭いながら叫ぶ様に言い放つ。世の片隅でひっそりと育ち、生きていただけのネギは純粋なる被害者であり、一端の責任もある筈が無い。少なく共それは聞いていた者の総意だった。

ネギは少し寂し気に笑い、言葉を返す。

「明日菜さん、ありがとうございます。助かったお姉ちゃんも、学校の先生達も、そう言ってくれました。でも、今回の一件であの悪魔達は、僕と、辻さん達についての調査を請負っていました。…調査を依頼したのが何者かはまだ解っていないそうですが、かつて村を襲った悪魔達が、その生存者である僕の元へ八年もの時を経て再び現れました。…僕はこれを、偶然だとは思えないんです」

ネギは俯きながら拳を握り締め、険しい表情で言葉を紡ぐ。

「…僕には何か(・・)があるのかもしれません。ひょっとしたら、今回の件だけじゃなくて、木乃香さんが攫われたことだって……!」

 

「そこまでだ、ネギ君」

 

辻は決して強い口調では無いが、きっぱりとネギの言葉を遮った。

「下手の考え休むに似たりって言うよ、単なる状況証拠だけで悪い方にばかり決め付けるもんじゃ無い。京都の一件と今回の事件が関連しているかもまだ解らないんだからね」

しかし、ネギを擁護する様な辻の言葉に、他ならぬネギ自身が納得しない。

 

「でも!実際に僕はあの悪魔達に…‼︎」

「止めい、ちゅうとろうが」

「はうっ⁉︎」

 

勢い込んで捲し立て様とするネギの脳天に、中村が空手チョップを叩き込む。

「な、中村さん⁉︎」

「…先輩、もう少しやり様があると思いますが?」

頭を押さえて抗議めいた響きの声を上げるネギ。ネギの過去語りで流していた涙も今だ消えやらぬままにのどかはアワアワと身を震わせ、夕映が目尻の涙を拭いながら非難する。

「口で言っても聞かねえだろがこんな状態だと。兎に角ネギよ、気にすんなっつってもまあ無理だろうが、そこら辺の裏事情だのなんだのは考えんな。(はじめ)ちゃんの言う通り話のウラもあの爺いからは取れて無えんだ、思い悩むだけ時間の無駄だ無駄」

あっけらかんとした中村の言葉に、ネギは抗議する。

「…そんなに簡単に割り切れませんよ。僕だって馬鹿じゃありません……一人前の魔法使いでも手に負えない様な規模の事件に、僕達は関わり過ぎています。何者かの作為を何と無く感じるんです、僕は……」

 

ネギの考えはある意味で正しい。少なく共ネギの所属する関東魔法協会は、ネギの成長を促す為に魔法使いとの交戦を仕組んだり、意図的に救援を遅らせることがあった。魔法使い達の思惑がどうあれ、半人前の、それも十に満たない魔法使いの少年に対して行う試練としては過酷に過ぎるものであり、仮に善意からの行いであったとしても、其処に有るのは悪意無き悪意だ。その上関東、関西の二大魔法組織を出し抜いて鬼神復活を目論んだ、得体の知れない凄腕の魔法使い達に今回の悪魔を遣わせた謎の術士。ネギの周囲は彼を害する意思に溢れていた。まだ幼く、基本として人を善意的に見る育ちの良い彼であってもそれ(・・)に感付く程に。

 

辻達は、そんなネギの認識を否定するつもりは無かったが、同時に事態を悲観的に見過ぎ無い様にして欲しかった。そもそもが所属している組織からして何やらきな臭いものが漂うが、杜崎の言葉などを鑑みるに決してネギに悪い扱いを望んで強いている訳では無い。自分達の他にも、この学園には魔法教師や生徒、そして逸般人の中にも、潜在的なものを含めれば多くの味方が居るのだと、ネギに理解(わか)って貰いたいのだ。

 

「…まあ、そうかもしれねえな」

故に語り出した豪徳寺は、ネギの言葉を否定しなかった。

「だけどよ、ネギ。仮にお前の言う通り、お前の因縁やら何やらが原因で妙な事件が起きているにしたって、お前がそれを何とかする必要は無えんだぜ?」

「……え?」

豪徳寺の言葉に俯いていた顔を上げるネギに、豪然と腕を組みながら豪徳寺は告げる。

「お前はさっき言ったよな、俺らが関わったのは一人前の魔法使い達でも手に負えない様な事件だって」

「…は、はい……」

「ならば」

大豪院が先を続ける。

「今だ半人前(・・・)のお前がそもそも事態を上手く収取出来る筈もあるまい。だというのにお前は事の責任の在処を思い悩む、矛盾しているぞお前の言動は」

大豪院の口調は厳しいものであったが、その表情はどちらかと言えば悲し気な、ネギのことを慮る様子のそれだった。

「前にも似た様な事を俺達はお前に述べたかもしれんが、お前が理解し、実感出来ていないならばもう一度言おう。ネギ、お前はまだ子供だ。その歳で魔法学校とやらを卒業していようが、相応の実力を有していようが、俺達はお前にケツを持たせる様な真似はしない。それはお前が、子供だからだ。お前の能力を、人となりを低く見積る訳では無い。十に満たない年齢でよくぞここまでやっている。…寧ろお前は良くやり過ぎている(・・・・・・・)のだ」

「……よく、解りません」

ネギは暫し悩んだ挙句、正直にそう溢した。

「よく出来ていては、頑張っていたらいけないって言うんですか…?」

「頑張る事、それ事態は勿論悪い事なんかじゃ無いさ」

途方に暮れているネギに山下が優しく言う。

「でもね、ネギ君。君は大豪院が言った様に少しばかり出来過ぎていて、頑張り過ぎてるんだ。俺達が君と出会ってから、まだほんの僅かな時間しか経っちゃいないけど、その僅かな間に幾つも大変な事があったね。…どれをとっても君どころか、幾らか長く生きていて荒事慣れしてる僕達を持ってしても、遥かに手に余る事件ばかりだ。はっきり言ってこれまでの事件、当事者になったとして真面に責任を取れる、事態を収集出来る人間なんて、世界全体を見渡したって殆ど居やしないと僕は思う」

僕達をもっと頼る様にしろなんて偉そうに言っておいて何だけどね、と少し恥ずかしそうに笑いながら山下は言葉を続ける。

「僕達が言いたいのはね、君より歳食ってる僕らでも帳尻を合わせることがやっとな塩梅なんだから、君が何にも出来なくたって気にするな、って事なのさ。君は子供だ、例え君がどれほど有能でも、君は周りで起こった事にまだ責任を取ろうなんてことは考えなくていい。子供の後始末は、大人が着けるものだよ。君は自分の手で仕出かした事には、きちんと始末を着けている。それさえ出来ない様な大人が世に蔓延してる中、君は本当によくやっている。……だからそれ以上は考えなくていい。君に、君の周囲に迷惑が掛からない様に、きちんと大人が身体を張るからさ」

「……そう言ってもネギ君は真面目で優しいから、納得しはしないんだろうけどね」

苦笑しながら辻が言葉を繋ぎ、戸惑うネギと視線を合わせる。

「君の出生を見聞きした今では尚更強く思うよ。ネギ君、君はもう少し好い加減(・・・・)に生きていい。やりたい事をやって、後の始末は大人に任せる位の心持ちで丁度いい位だ。…君が頑張る理由は何と無く解ったし、引き続き俺達は協力を惜しまない。でもいくらやりたい事と目的の為の手段(しゅぎょう)が一致しているからって、その歳で頑張ってばかりいるんじゃない。状況が中々許してくれないかもしれないけど、君は楽と遊びを覚えるべきだ」

 

 

 

「重症だぜあの坊ちゃんは」

ある喫茶店の屋外席にてふうと溜息を吐き、中村が珍しく低いテンションで呟く。

「皆の手前、真面な言及は避けたけど、突っ込み所満載だったからねえ、あの記憶映像は」

こちらも沈んだ調子で、山下が答える。

「幼稚園に通ってる様な歳で離れでのほぼ一人暮らし、同年代の友人は時折訪れる幼馴染の少女のみ、猛犬に悪戯しようと真冬の湖に飛び込もうと子供を『叱らない』大人達……言いたくは無いが環境が異常だ。あれではネグレクト(育児放棄)一歩手前だろう」

「仏や石になってる連中をあまり悪く言いたか無え。が、村での環境をスルーしても、あいつの今の状態を見るとあの事件の後も真面に精神面のフォローが入ってるかは疑わしいぜ…」

「…断定は出来ない、が……英雄の息子という色眼鏡が悪い方向に作用しているのかもしれないな……」

大豪院、豪徳寺に続いて重苦しい口調で辻が溢し、一同は沈んだ空気に包まれた。

 

「……俺らはあの悪魔爺いから聞いただけだから今一実感が湧かねえけどよ……」

「健やか且つ真面目に偉大な魔法使い(マギステル マギ)を目指す関心な魔法使い見習いの少年、と一概に肯定的な見方が出来なくなった感はあるわね……」

「……私達の対応、間違っていたんでしょうか………?」

 

対面にて愛衣を挟んで座る篠村と高音の三人衆も、場の空気を払拭出来ずに重い息を吐いていた。

 

ネギは結局辻達の忠告に対して、明確に肯定の意を返さなかった。始業の時刻が迫るが故に一行は解散したが、明日菜達にネギの様子をよく見て、思い詰める様な事の無いよう、バカレンジャーは頼み込んだ。3ーA女子一行は快諾し、一先ず時間を置く結果となったが、五人の内誰もがネギの心持ちは容易に変わらないであろうと感じていた。

 

ネギの境遇は悲惨の一言であり、そんな過去を背負っているにも関わらずその人となりは生真面目で早熟な努力家、という正常も正常な範疇だ。

しかし、ネギの過去を知る以前から辻達はネギの行動、言うなればその歳にして常軌を逸していると言っても強ち過言で無い責任感と向上心に対して、ある種異様なものを感じていた。優秀だ、天才だからだ、と断じてしまえばそれ迄であるし、実際に資質の高さも要因の一つだろうとは辻達も考えていた。

しかし人は理由無くして肉体、精神を年齢に比する以上に成長し得ない事を、彼らは実感を持って理解している。故にネギの根幹、其れ程迄にその身を駆り立てるのは如何なるものかと、辻達は疑問を抱いていた。

そして、その理由(わけ)第三者(ヘルマン)によって彼らの知ることとなった。決してそれが彼らがそうあってくれと望んでいた様な、幼さから成る純粋さ故の憧憬等では無かったとしても、否応無しに。

 

辻達は、ネギがある意味で心のバランスを崩していると確信していた。

まだ自我も確立仕切っていない様な幼少期に故郷の地、遠縁といえ育ての親、周りの知人といった、少年一人の世界を形成するほぼ全ての要素を失ったのだ。精神に対して何らかの悪影響が無い方がおかしいことであり、下手をすれば精神崩壊、PTSD等の日常生活も儘ならないレベルの障害を負ってもおかしくない。

幸いに、と言うべきかネギは人格が歪む様な事も無く、立派な魔法使いを目指す純真な少年としてこれまで生きてきた。

 

が、目立った異常が無い事こそが異常であり、変化は、歪みは確かにあった。

 

「ネギは、あの事件での悲惨な記憶を、全部引っくるめて意識しない様に心の隅にでもやっちまってて、空いた空白にその時助けてくれた親父への憧れとか愛情とかが殆どを詰めちまってるから、あんなに強くなろうとしてんじゃねえかな、って俺ぁ思うんだな……」

ぐで〜と行儀悪くテーブルに突っ伏しながらも声色と表情は真面目に中村は言う。流石にこの状況で中村が真面に話している事の異常をツッコむつもりは辻達にも無いらしく、相槌を打っている。そのお陰か、高音の評価は真面目な話も出来るのね、と少しだけ持ち直した様だった。

 

閑話休題(それはさておき)

 

「だから親父さんの事が言っちまえばネギの全部になっていて、そんな親父がバカ強えから自分が親父に追いつく為にああまでやってる、ってか?」

理由になっている様でなって無え気がするけどな、と豪徳寺は腕を組んで言い放つ。

「勿論、お父さんの事が全てなんていうのは極論だろうね。それならネギ君は、こんな所で教師として頑張ろうなんて考えちゃいないよ。…他人をあの子はしっかり思いやれているからこそ、ああやって一人で抱え込もうとするんだろうから、それも良し悪しだけどね」

山下が、苦笑と呼ぶには苦みの強い笑みを浮かべて答えた。そんなやり取りにやや躊躇いながらではあるが、高音が言葉を挟んでくる。

 

「ネギ先生は、所謂ACOA《アダルト・チルドレン・オブ・アルコホリックス》に近い状態にあると言いたいのかしら、貴方達は?」

「……高音、悪い。何だそれ?」

顔を顰めての篠村の質問に、高音はキツい目線を一瞬向けるが、バカレンジャーの大半も疑問符を頭に浮かべているのを見て、小言を少し述べるに留め、解説を始める。

 

「他はまだしも、貴方は将来NGO団体での活動を視野に入れての受講を共に受けているのだからこれ位は解りなさい。……幼い頃に家庭内の問題等で何らかのトラウマを抱えて育った子供が、成長した後に心の傷を負った幼少期と同じ様な環境にしばしば身を置いてしまう心理的な傾向よ。例えばアルコール中毒の親に苦しんだ少女が、成人した後にアルコール中毒の配偶者を得てしまう、といった具合のね。…ネギ先生は幼くして、魔法を暴虐を尽くす為の手段として振るう唾棄すべき魔法使いの鼻つまみ者により不幸な体験をしたわ。だというのにネギ先生は主に戦闘用の魔法をしばしば決まりを破ってまで習得しに走り、貴方達に強くなる為の修業を打診したのでしょう?貴方達の話を聞いた限りでは、幾分放置されて育った時点で家庭環境に問題無しとは言えないでしょうし、生命の危機なんていうとびきりの恐怖体験を肉親に助けられた。英雄ナギ・スプリングフィールドへの心理的な依存や、無意識での絶対者としての崇拝も併発しているかもしれないわ。魔法の暴力的な一面を目にしていながら自ら戦闘技能を高める。細かい差異はあっても症例は当てはまると思わないかしら?」

 

高音が水を向けると、中村と豪徳寺が轟沈していた。

「……話が難しくてよく解んねえ」

「…エロ親父を嫌う娘が買春しちまうみてえな例え話か?」

「え、ええと…大雑把に括るならそれも合っています…」

頭から立ち昇る煙が幻視出来る二人の様子を嘆息混じりに眺めていた大豪院が、話の筋を戻しに掛かる。

「心理学は門外漢故によく解らんが、あのままネギが進むのを個人的には良しと出来ん」

「ああ」

辻が頷いて大豪院に同意する。

「色々と身に覚えがある身としては憧れを目指すのも敵を見据えて報復の為に力を研ぐのも否定はしない、いや出来ない。でもその為に自分を削るのは駄目だ。…きっとあの子は、倒れるまで無理をするだろうし、それでは周りに心労と心痛を与えるだけだろうから」

辻の言葉に頷きを返すバカレンジャー。愛衣も賛成です!とばかりに首を縦に振り、高音も何か慮ることがあるのか、積極的に賛意は示さない迄も否定はしない。ただ篠村は難しい表情(かお)で一つ唸り、辻達に向けて言葉を放つ。

「言い分は良く解るし、方針自体は俺も賛成だ。無茶をすんのは若者の特権と言うがあの子供先生のそれはなんかベクトル違うからな。…でも脛に傷持つオーバーワークの先任者としては他人事じゃ無いから何と無く判るんだが…多分言った所で根っこの部分で納得しないだろ、ネギ先生変に頑固な所あるぞ?」

短い期間とはいえネギに師事をしていた篠村はネギの性分についてある程度理解している。ネギは基本的に素直で指導を飲み込み良く吸収するのだが、時折妙に自論を曲げたがらずに所謂自己流を通そうとすることがある。きちんと要不要や効率を説けば納得するものの、案外大人しそうな見た目と性格に似合わず我の強い一面もあるのだ。

 

……いや、ちょっと違うか…………

 

そこまで考えて、篠村は己の思考の流れに待ったを掛ける。

ネギのそれ(・・)は頑固と言うよりは単なる自信、とでも呼ぶべきものだ。本人に直接問えばアタフタとしながら否定するのだろうが、あれで案外ネギ・スプリングフィールドという少年は、己の能力に結構な自負を抱いているのである。

考えても見れば、ネギは魔法学校へ入学してから猛勉強に打ち込み、僅か数え年十歳にして首席での卒業を果たした紛うこと無き秀才にして天才なのである。その努力の陰には、己に降りかかった辛い惨劇を忘れる為の逃避的な意味合いとあっただろうが、それでもネギにとって魔法とは、物心ついて間も無い頃から一心に打ち込んで身に付けた、己の半身に等しいものだ。故にこそ未熟を認めながらも、ただ唯々諾々と物知らずな初心者の如く教えを受けるのが無意識的にしろ気に入らない部分があるのだろう。

辻達が一方的に構っているとはいえ、幾多の助けを受けておきながら傲慢とも取れる考えではあるが、

 

……傲慢っつーかガキなら当たり前なんだよなあ、自分の力を疑わないなんてのは…………

 

小学生をやっている様な年齢の頃から何に対しても自信の無い、ネガティブ意識に満たされた子供などまず居はしない。多くの少年少女は、幼さからくる全能感を持ち、自分には何でも出来る、叶わない夢は無いと無邪気に信じているものだ。

子供だ子供だと自分達で言っておきながら忘れそうになるが、ネギは幾ら優秀でも大人びていても、十歳に満たない少年なのだ。寧ろ負けず嫌いで自信家などという一面は、年相応な部分として喜ばしいことである。

 

「…まあ篠村の言うことも解る。が、それなりに俺達もあの子と付き合って人となりは理解してるつもりだ。元より一朝一夕にどうにかしようという気は無いよ。人一人の人生に関する問題だからな」

「…そうかい、なら俺は何も言わんよ」

辻の返答に、篠村は一つ息を吐き、この場での言及を終わらせる。

 

「…貴方達がネギ先生の将来について真剣に考え、真摯に教え導こうと心身を砕いているのは理解出来ました。改めて初対面での非礼を詫びましょう」

 

話し合いが一段落して暫し会話が途切れた後、高音は何処か渋いものを滲ませながらも、改めて己の落ち度を謝罪し、辻達バカレンジャーへの部外者扱いを捨てる。正義感の強さとプライドの高さから容易に下げる頭を持たない高音ではあるが、己の非も認められない程凝り固まった思考はしていない。

それでも、謝罪の後に上げた高音の双眸は、未だ友好的とは言い難い光を湛え、語気も鋭く問いを放つ。

 

「…それで、そろそろ私達(・・)をわざわざこの場に招いた理由を聞かせて貰えないかしら?今の話をするだけならば、顔を出していた篠村や愛衣はまだしも、私迄を呼び出す理由は無いでしょう。……何か聞きたい事でも有るのではなくて?」

高音は篠村が頭を下げてこの場に自分を呼び込んでくれたことを何と無く察している。やる気の無さそうな態度を普段取ってはいるが、細やかな気配りの出来る男だということを高音は知っていた。篠村との確執を未だ引き摺る身からすれば、それは複雑な気分にさせられるものであったが、プライドの高さを自覚している高音は、こんな機会が無ければ中々綺麗な関係改善が自分には出来ないだろうことも、また理解していた。

故に高音は、思う所はあれど辻達バカレンジャーに対して、己の立場からの分を超えない範囲で協力することを決めた。辻達は敵では無く、近い内に協力して仕事に当たることがほぼ決まっている、言うなれば既に同僚であり味方なのだ。己の非を棚に上げて感情的に相手を否定する程、高音・D・グッドマンという少女は愚かにはなれなかったのである。

 

……頭で割り切れても、私もまだまだ子供ね………

 

その上で威圧的な態度をつい取ってしまう所は、彼女が思うように未熟な部分であるかもしれなかった。

ともあれ、高音の言葉を受けて辻達は軽く目配せを交わし合うと、代表して向かいの位置にいる辻が答えを返す。

「…高音さんも既に知っていると思うが、今日の昼に改めて麻帆良の魔法関係者と俺達の間で話し合いの場がが設けられる。あんな事件が起こったばかりで急な話だが、その事件そのものの説明を兼ねてと、俺達の立ち位置が不明確だったが故に悪魔達への対応が後手後手になったのを重く見て、互いの関係性をはっきりさせようというのが理由らしい。…篠村から、俺達の今後の扱いについて話はそれとなく聞いている。ほぼ間違い無く俺達は再び勧誘を受けるだろうし、中村を含めてこっちは全員それを受けるつもりだ」

「……、そう。そこまで決めているなら、尚更何故私をここに?言っておきますが、共に働くことが決まったからといって私は立場を逸脱して何か情報を洩らしたりはしませんよ?」

辻達の真意が見えないからか、一層態度を硬化させる高音の姿に辻は苦笑するが、気にした様子も無く話を続ける。

「そんなことは考えていない。唯でさえ篠村には無理な頼み事をきいて貰って色々と苦労を掛けている。これ以上貴女達の立場を危うくする様なことは俺達も望んでいない」

「…今は熱を入れて指導をしてる身だから大きく言えんが……そういう真っ当な気遣いは俺を巻き込む前にしてくれよ……」

呻く様に愚痴を放つ篠村に辻は苦笑を深めて頭を下げる。

「悪いな。…俺が、俺達が聞きたいのはそういった組織の思惑などと関係の無い、貴女達自身の考えなんだ」

「……貴女()ということは、この男や愛衣をも対象にした質問、ということかしら?」

辻は高音の問いに一つ頷き、三人(・・)に対して言葉を告げる。

「…先に断っておくが、今からする質問は魔法使い達を否定したり侮辱したりする様な意図は無い。唯、これから魔法使い達とより深く関わっていくに当たって、どうしても知っておきたい認識の違いについてなんだ」

辻は一拍置いて静かに息を吸い込み、その質問を投げ掛けた。

 

「ネギ君は魔法使いを目指すべきだと思っているか?」

 

 

 

 

 

 

「どうだった瀬流彦、あの爺い悪魔の様子は?」

浮かない顔をして職員室の扉を開け、隣の机に着いた瀬流彦へ、テスト作成を片手間に杜崎は半ば答えの解っている問いを放つ。

「駄目ですね。普段とっ捕まえてる侵入者達みたいに何を聞いてもだんまりならまだやりようもあるんですが、あの爺さんときたら関係の無い雑談ばかりベラベラ喋くって、こっちが脅そうがすかそうがまるで堪えません。挙句の果てには僕の顔を見て、『おや、私を見事捕らえてみせた魔法使いだね、まだ若いのに大したものだ。時にあの魔法は防護用の御守(アミュレット)護符(タリスマン)の発動すら阻害して完全確実に対象を捕縛するかの名高い貪り喰らうもの(グレイプニール)の術式だね?』…なんて具合に逆に質問かまされる始末です」

あの余裕はなんなんですかねぇ、と溜息を吐き、机に突っ伏する瀬流彦。

「何をされた訳でも無いならシャンとしていろみっともない。…ふむ、あのでかブツとオカマも案の定再召喚(・・・)には応じんらしいしな……ハイ・スライムの三体はどうだ?」

「あっちのはエラく素直に尋問に応じてますけど……まぁ望み薄ですね。あの爺さん達は専ら移動及び偵察にしかあのスライム達を使役して無かったらしいですし、使い魔(ファミリア)だからといって大事な情報を共有してはいなかった様です。スライム達が言ってる通り、大した事は知ってませんね」

「もしやと思ったが流石に穴は無いか……元より爵位級、それも伯爵級なぞ捕縛して現界させている時点で出来過ぎの域だ。悪魔が一方的な交渉に応じる筈も無し、か……」

元より厳つい顔を更に険しくして杜崎が軽く息を吐く。

「杜崎先生杜崎先生。棺桶に片足突っ込んでる爺婆位だったら恐怖で昇天しそうな顔するの止めて下さいよ怖いですって本当に」

「黙れ。……この分では収穫無しのまま臨むことになりそうだな、まったく…」

「は?何が……ってああ、辻君達との交渉のアレですか。…あの子達、こっち(・・・)に来る気ですかねえ?」

僅かに表情を曇らせ、瀬流彦は尋ねる。

「…来るだろうさ。奴等はこの上無く馬鹿ではあるが愚かでは無い。そうした方がやり易いし、拒めばどうなるかも理解は出来ているだろう。…言っておいてなんだがまるでヤクザの恫喝だな」

只管に面白く無さそうな表情で杜崎が肯定する。それ以上の言葉は杜崎から発せられなかったが、明らかに百言を超す反対や文句がその仕事ぶりからは透けて見えた。

そんな杜崎を見て触らぬ神に祟りなしとでも考えたか、隣から発せられる圧力にやや肩を窄めながらも己の教師として残っている仕事に取り掛かる瀬流彦。暫し二人の間に会話が途絶える。

「……杜崎先生」

「…なんだ?」

どれほど時間が経った頃か、資料作成にキーボードへと打ち込む手をふと休め、呼び掛ける瀬流彦に普段よりも低い声で返事をする杜崎。

「なんていうか、僕は武闘派じゃ無いもんで辻君達の事、評判と遠目に暴れてる所を目撃した位でしか知らなかったんですよね」

「…それがどうした?」

視線を向けぬまま、僅かに訝し気な声で尋ね返す杜崎に、瀬流彦は苦笑しながら告げる。

「だからまあ、あんまりいいイメージは無かったんですよね。力ばかりは半端に一丁前なガキ共が狭い世界で粋がってるなあ、って具合に、正直言って見下した感じで見てました」

偉そうな考えでしたねえ、今にして思えば、と少し遠い目になる瀬流彦。

「そうしたらまあ、なんですかあの子達は。縁もゆかりも無いネギ君の為に吸血鬼にナシを着けて陰陽師に魔法使いに鬼神を叩きのめして。今回は爵位級の悪魔が相手と来たもんですよ。……あの子ら助けに行く前に遠見(・・)で、あの爺さん達に堂々と対峙してる彼らを見ました」

滲む苦笑が深みを増して、瀬流彦は呟く様に言った。

「…僕よりずっと、純粋に誰かを守ろうって気迫が伝わってくる感じがしました。……凄いですねえ、あの子達」

言葉を終えてパソコンに向き直り、仕事を再開する瀬流彦。杜崎は黙ったまま手元の参考書を眺めていたが、本を閉じる音を皮切りに、言葉が洩れる。

 

「…その真摯な心持ちを普段から発揮して欲しいものだな、まったく」

 

 

 

 

 

「…今回の一件は警備を掻い潜られた儂等に全面的な落ち度がある。京都の一件からこちら、不手際ばかりが目立って見える儂等に不満や不審は当然あるじゃろう。が、厚かましさを承知で言いたいのじゃ。儂等と君達の間で協力的な関係を築けておれば、此度の一件は未然に防げぬ迄も、もっと確実な勝算を持って人質の奪還に臨めたのでは無いかとのう」

昼下がりの学園長室、近右衛門の言葉が中央にて並び立つ辻達へ掛けられる。部屋の左右には魔法教師、生徒達があるものは興味深げな、またあるものは剣呑な光を湛えてバカレンジャーを見据えている。その中には杜崎や瀬流彦、そして刹那の姿もあった。

 

「…だから話を拗らせた発端のこちら側にも非はある、ということでしょうか…?」

嫌味な響きは無いが、探る様に辻が近右衛門に問う。近右衛門は仙人の様な顔を柔和に緩め、務めて柔らかい調子で辻に答える。

「それは誤解じゃ、先の話し合いにおいて君達に非が無い、とは言えんが元より急に事を運ぼうとしたこちらも配慮が足りなかったわい。…君達は本来この麻帆良学園に通う一生徒じゃ。裏の事件は儂等が対処をして当然なれば、孫娘の木乃香やネギ君、学園の生徒達の為骨を折ってくれた者達にこの上尻拭い等どうして行わせようか。この場に至る迄の因縁は清算されたものとして、話を聞いて貰いたいのじゃが……?」

如何かのう?と近右衛門は辻達に問い掛ける。

 

「……なんか譲歩された代わりに話を前向きに受けなきゃならなくなったみてえな感じじゃね?」

「単なる言葉の選択と話の持って行き方でそう感じさせられてるだけだよ。魔法使い側は非を認めているし、こっちを陥れようなんて意図は無いんだろうけど、それでもこれは交渉だ。ぼうっと聞いてられる話じゃ無いよ」

首を捻りながらの中村の疑問に、山下が緊張した様子で答える。

 

「…こちらの非礼にも目を瞑って下さるならば、私達としても異論はありません。お話というのは、私達を魔法関係者の一員として招き入れ、仕事の一端を担う代わりに、今後ネギ君へ関わる事を認めて頂き、また諸々の事情についてもお話し願える、という事で間違いは無いでしょうか?」

辻の確認に学園長は些か苦笑混じりの笑みを浮かべながらも、はっきりと頷いた。

「うむ。認識には少々語弊がある、と言いたい所じゃが…纏めるならばその様な条件になるかのう。長々とした丁々発止のやり取りを君達は好まぬ様じゃから、此方も単刀直入に訊かせて貰うとしよう」

近右衛門は文机に両肘をついて口前で手を組み、好々爺とした面立ちを鋭いものに変え、辻達五人に問い掛ける。

「既に並の魔法使い等及びもつかぬ様な裏の世界の修羅場を潜り抜けた君達じゃ、今更危険性だの覚悟の有無等といった野暮なことを訊くつもりは無い。百も承知の上で話を呑んでいるのじゃろうからな。じゃがそれでも、この世界は君達が思うより遥かに狭く深い穴が随所に空く所じゃ。気付かずに踏み出せば、後戻りの出来ん事態が往々にして起こり得る。曲がりなりにも組織に加わる以上は、嫌になろうとも後悔を得ようとも、簡単に抜けることは許されぬ。我を通すなというのでは無い、君達を懐柔したり飼い殺しにする気は儂等には無いのでのう。それでも、個人の力でどうにもならん事態に遭遇した場合、君達は苦渋の決断を強いられる羽目になるやもしれぬ。……そんな幸いならぬ未来を掴み取る可能性があると知った上で、君達は此方に組み入る事を望んでくれるかね?」

曖昧な誤魔化しは許さない、と言わんばかりの鋭い眼差しで近右衛門は答えを迫る。

それに対しての五人の答えは、即座にして簡潔なものであった。

 

「ここで引いたら悔いが残りますので」

「BADENDなんざぶん殴って追い返すよ俺ぁ」

「苦難上等、黙って乗り越えてこそ漢だぜ」

「はは、僕の場合なんて言うかもう手遅れっぽいんで」

見義不為、(ジィヤン ウィ ヴ ヴ ウェイ )無勇也(ウェイヴ ィヨング イェ)。一端の武道家を名乗る以上他に道はありません」

 

三者三様ならぬ五者五様な答えであったが、退かぬという点では一致したものであった。

 

周りに控える魔法関係者の中には、中村等の余りにも軽い受け答えに舐めているのかと憤慨する者も居たが、杜崎や瀬流彦、篠村達等一部の者は溜息を吐き、苦笑しながらも辻達を受け入れた。何より問うた近右衛門自身が何処と無く楽し気に言葉を返すので咎め様が無い。

 

「あい解った、ならばこれ以上何も言うまい。元はと言えば此方から願い出た申し出じゃ。歓迎させて貰うぞい、五人共。先の辻君の条件に幾つか補足と説明を加えるなれば、君達に行って貰いたいのは主に夜間の学園警備じゃ。詳しい内容は後々説明するとして、既存の班へ試験的に君達を個別に加えて防衛に当たって貰うつもりじゃ。その他にも細々と幾つかあるのじゃが、今はいいじゃろう。気にしていた犬上 小太郎君やあの悪魔達の処遇と今後の対処も、儂の口頭で説明するにはやや時間が掛かるのでの、解散した後にまた改めて場を設けよう」

「……、えー学園長先生よ、それらも気になるっちゃ気になるんすけど、俺らがいの一番に聞きたいのはネギに関するあれなんすよ。…今度は何聞いてもブチ切れやしませんし、失礼な真似はもうしないっすから、お願いしやす」

中村が焦れた様子で、朗々と話を進めていた近右衛門が一旦言葉を切ったのを機に口を挟む。見れば他の四人も、せっかちな中村の行動を睨んではいても止めには入らない。気持ちは、同じなのだ。

近右衛門は一つ頷き、それまでの話を切り上げて、言わばこの話し合いにおける本題に入る。

「うむ、まず其処を話さんことには君達も落ち着かんようじゃし、話すとしようかのう。ネギ君に対する我々の、君達からすれば奇異に映るであろう対応の訳を」

そこまで言ってから近右衛門は、俄かにしかつめらしい表情になり、真剣な響きの声で言葉を放つ。

「初めに言っておくが、これから耳にする内容がどんなに君達の常識からして馬鹿げた振る舞いをしている様に思えても、どうか魔法使いという存在全てを悪く思わんで欲しい。儂は他に比べて永く生きておるから解る…いや、比べられる故に歪さ(・・)を感じられる。じゃが、多くの魔法使いにとっては、その違いは常識に近いものでのう…此処に居る大半の者には、個人としての打算は大小有れど、悪意(・・)は無いのじゃ……」

 

その要領を得ない抽象的な前置きに、言葉の中で引き合いに出された当の魔法教師や生徒は、大部分が訳が解らない様子で僅かに狼狽える雰囲気が漂った。

しかし辻達五人は、まるでそれが予期していた話であるかの様に戸惑い無く言葉を受けると、山下が幾分力の無い笑みで返す。

魔法使い(・・・・)とは既に意見を交えて来ました。覚悟はしています、学園長先生」

「……そうか。ならば後顧の憂いは無いのう…」

近右衛門は笑み返し、ゆっくりと語り始めた。

 

 

 

紛争と迫害が絶え間無く続く、悲しみと憎しみの連鎖に彩られた疲弊する世界に必要なものとは何なのか?

言い換えれば人類の歴史における負の象徴足るこの問題に、唯一にして絶対なる解はおそらく存在し得ない。正解は一つでは無いが、答えの一つは象徴であり、強力なる絶対者の存在だ。人は人と解り合えぬ存在だが、皆に共通する何か(・・)という要素は時に強大な結束を生む。

その存在は、時に君主であり、神で、教祖であり、虐殺者であり。

 

そして英雄だった。

 

魔法世界(ムンドゥス マギクス)と呼ばれる世界(・・)がある。面積は約地球の三分の一、総人口は約十二億人。その名の通り魔法を要に置いた独特の法律体系、経済体系、交通・通信機構、教育制度を形成する正しい意味での異世界(・・・)であり、現在進行形で多くの地が戦乱を抱える、争いの世界である。

そんな世界はかつて一つに纏まりかけた時期があった。理由は至極単純、世界の終わりを防ぐ為に。

人と人が纏まりを得るには共通の敵を作る方法も挙げられる。敵の敵は味方、と言う様に、共通する敵対者は争いを止めさせる。それは新たな敵へと向かうだけで争いが無くなる訳では無いにしても、世界が南北に分断される大分烈(ベルム・スキスマティクム)戦争が終結し、曲がりなりにも諸国家が講和に至った訳に、世界の敵(・・・・)を無関係として語る事は出来ない。

矛盾した話だが、争い合いながらも平和を人は望む。望むが故に、平和の為に殺し合うのだ。

世界を再び一つに纏めるにはどうするか?ある者は考えた。共通の敵は最早いない、ならばその敵を斃した、平和の象徴を前に立てれば良いではないかと、その者は考えた。

しかしその象徴たる英雄達は、既に殆どがいない。存命する者達では足りない。人格が、実力が。足りないのだ。

象徴として世界を纏め上げ、救いに導くには矢張り()でなくてはならない。

一騎当千の猛者達の上に立ち、たった数人で世界の敵対者である大組織、完全なる世界(コズモ エンテレケイア)を打ち破った英雄の集い、紅き翼(アラルブラ)を率いた千の呪文の男(サウザンド マスター)

 

ナギ・スプリングフィールドでなくては。

 

されどナギは既に死んだと見られている。少なく共生きている証拠は無い。

 

ならば息子が居るじゃあ無いか。誰か(・・)が再び言った。

ナギ・スプリングフィールドの正統なる血縁者であり、彼に劣らぬ魔法の才を持ち、自身も父に憧れ立派な魔法使い(マギステル マギ)を目指しているという、誂えた様に後継者として相応しい息子が、と。

 

 

 

ならば、そうだ。

手伝ってやればいいではないか、彼は英雄に憧れているのだから。

 

 

 

「……本国はネギ君をナギ・スプリングフィールドの後継者として育成する事を望んでおる。先程話した通り、紛争の絶えない魔法世界(ムンドゥス マギクス)を平和に導く為にのう…。故に儂等はネギ君の心身に危険の及ばない範囲で魔法使いとして様々な経験を積ませようと、意図的に初動を遅らせたり、コントロール出来る範囲で事件を仕組んだりしていたのじゃ」

 

近右衛門の長い話が終わると、場には沈黙が降りる。それはあからさまに威圧を掛けている様な者がいないにもかかわらず、奇妙な迄に重苦しい空気であった。

実の所、辻達は何の為に(・・・・)かは解らないが、無用に面倒事を押し付ける様な魔法使い達の対応から、ネギに経験、又は実績を積ませて何かに利用しようとしているのではないか、と当たりを付けていた。だからこそ、予想以上理由のスケールは大きかったものの、それ程大きな動揺を現さずに済んだ。

しかし、予想出来ていた事と感情が納得するかという事は、また別の問題なのである。

 

……そんなとんでもない事をあんな子供に押し付けておいて、悪意が無い、か………

 

憤りにも似た感情が辻の腹の底を舐め尽くす。知らず知らずの内に力の入り過ぎていた拳を何とか開き、一つ息を吐いて頭の血を降ろす。

感情的になって暴れてはいけない。言うまでも無く立場を悪くするだけであり、それで何を変えられる訳でも無いからだが、理由はそれだけでは無い。

 

……立派な魔法使い(マギステル マギ)だの英雄だの。要は凄い魔法使いに関する認識ってものが、ズレて(・・・)いるんだ、俺達とは。

 

それを辻は、辻達は高音達(・・・)との話し合いで理解していた。

 

 

 

「なるべきも何も……ネギ先生にそれ以外の道が何か有るというのかしら?」

ネギが魔法使いになるべきか、という問いに対して、聞かれた内容(こと)の意味がわからない、といった様子で些か困惑気味に高音が答える。

「…いや、端から見ても魔法が関わる事で酷い目に遭ってんだから、魔法なんかには関わらせない様にしよう、って意見もあると思うんだけどよ…」

「…ああ、そういった意味合いね」

豪徳寺の言葉に得心がいったという様子で高音は頷く。

「確かに心的外傷を、程度はわからないけれど抱えているのがほぼ間違い無いのだから、余り直接的に戦闘行為に関わる様な指導、教育をするべきで無いということね。ネギ先生は術科全般において優秀な成績を納めていると聞くし、魔法理論の確立等を行う学術系の進路を視野に入れた方が良いのかもしれないわ。確かに貴方達の言うことにも一理あるわね」

しかし、豪徳寺の意見を受け入れた上で、高音の返答は何かズレていた。

「いやいや、もっと根本的に魔法使いを止めさせよう、って話にはなんねえのかと、俺らぁ言いてんだけどよ?」

中村の台詞に、高音はキョトンとした様子で目を瞬かせる。大人びた容貌を持つ彼女の何処か幼気なその様子は大変に可愛らしいものであったが、話の行末はそれ程に可愛い方向には向かわないようだった。

「……どういう意味かしら?」

「いやどうも何も言ったそのまんまの意味だがよ……?」

話の噛み合わない二人に、愛衣や豪徳寺が声を掛けようとした矢先、篠村がポツリと呟く様に言葉を洩らす。

 

「…ああ……そういうことか……」

 

静かだが何処か重い響きを持つその台詞に、高音や中村も続く言葉を飲み込み、篠村の方を見やる。篠村は相対している辻達の方を向き、言葉を放った。

「認識の違い、ってのはこのことだろ?お前ら、予想出来てたのか、この流れが?」

その問いに辻は首を振り、答えを返す。

「いや。ただ、此方にとって全く馴染みの無い、魔法(・・)なんてものを当然として生きてきたのが魔法使いなんだろう?…考え方というか、常識としているものが俺達とは大きく違っていても、おかしくは無いと思ってさ。…今回の話し合いで肝になる、ネギ君の話で関係のありそうな部分の、魔法使いとしての認識を知っておきたかったんだ」

その言葉に、篠村は苦笑いを浮かべて両手を軽く挙げ、降参のジェスチャーを取る。

「脱帽するよ、ご明察だ。普段バキドカやってる癖に、本当に一部は頭回るなお前達って」

くつくつと笑う篠村に、少し苛立った様子で高音が問い掛ける。

「…なんなの?一人で納得していないで説明しなさい、篠村」

「お、お兄様…私も解らないです、教えて頂けませんか…?」

「ああ、解った解った。今説明するよ、どっちにしろちゃんとした此方側(・・・)の見解、ってもんをレンジャーの皆さんに伝えなきゃいけねえからな。…あと愛衣、お兄様は止めろっつったろ」

篠村は愛衣に釘を刺してから座り直して、順を追っての説明を始めた。

「まずそちらの質問、ネギ先生は魔法使いになるべきかって質問にきちんと答えよう。言ってしまえば、その質問は魔法使い、って輩に対しては前提が先ず違うんだな」

「…どういうこっちゃ?解る様に言えよ魔法の射手の達人(サギタ マギカ マスター)

「その二つ名で次呼んだらブチのめすぞ鯱付きのパン一で闘う超色物の変態が。……話を戻すと、ネギ先生はまず魔法使いとして生きていくってのは当然も自然の大前提。魔法を捨てて生きるって発想が魔法使いには無いんだ。…何故かと言われれば、魔法使いにとって魔法、ってのは日常、非日常を問わずに、あまりにも当然として己の傍に在り続けるもんだからさ。空気の次位には在るのが当たり前で、尚且つ無くなることなんて想像もしていない。魔法使いの家に産まれ落ちて、魔法に一切関わり無く生きている奴なんて存在しないと断言してもいい位だ」

そうだろう?と篠村は高音や愛衣に尋ねると、ようやく話の軸が見えてきた二人は、難しい顔をしながらも問いに頷く。

「だからネギ先生がどんなに魔法関連で酷い目に遭っていようと、魔法使い達は魔法を遠ざけようなんて発想は浮かばない。魔法は在るのが当たり前だからな。…お前達からすれば歪な話だろうが、これを魔法使い達は意識すらしていない。常識以前にそういうもの(・・・・・・)だからだな。……ついでに言うなら、なんでネギ先生が親父さん、英雄ナギ・スプリングフィールド様に執着、と言っていい程拘って、あの歳であそこまで努力を重ねて立派な魔法使い(マギステル マギ)なんて大層なものを目指してるのか、お前達は疑問だったよな?」

「…ああ」

短く肯定する大豪院。篠村は理由となり得る一端を告げる。

「ネギ先生の理由(・・)に、お前らと高音が分析した過去の一件が強い起因になっている、っていうのは多分間違って無い。ただ、ナギ・スプリングフィールドに憧れる、立派な魔法使い(マギステル マギ)を目指す。…っていうのは、魔法使いからしてみればある意味珍しくない目標や夢なんだ」

篠村は魔法使いを語る。

「ナギ・スプリングフィールドっていう人物は、魔法使い達からしてみれば事実はどうあれ、大雑把に言えば一番凄い人、だ。こっちでいうなら大リーガーと大統領を掛け合わせたのと同等かそれ以上に凄い、ってイメージ。そんな人間に憧れるのはある意味当然だし、立派な魔法使い(マギステル マギ)の称号にしても、英雄の肩書きとして引けを取らない最大級の栄誉称号。お前達武道家がその道で天辺抑えた…は言い過ぎでもそれに近い名誉なものなんだ。ネギ先生は色々普通じゃ無いが、魔法使いの子供がナギ・スプリングフィールドに憧れてる、立派な魔法使い(マギステル マギ)になりたい。なんて言うのは、普通の子供が宇宙飛行士やプロサッカー選手に憧れて、なりたいと言うのと同じようなものさ。なれるかどうかは別として、多くが夢見る有名人と、有名職。…ネギ先生が父親に拘っているのは、親子だとか精神的な問題とかの他にも、魔法使いとしての育て方も一因だと思うぜ?」

参考になればいいけどな、と篠村は締めくくる。

「…篠村もその、魔法使いの家に産まれ落ちた魔法使い、なんでしょ?そんなに僕らと魔法使いの違いについてそこまで分析できるのは何故なんだい?」

疑問に思った山下が尋ねる。魔法使いの一員でありながら、篠村の目線はどちらかというと辻達の側に近い様に思えたからだ。篠村はあー、と言い淀んだが、四方八方からの視線に負け、渋々話し出す。

「…俺は早くに才能が無いって親に見限られてたから魔法使いとしての正しい教育ってのに余り縁が無かったんだよ。魔法学校に居た時も、正直何度も魔法を諦めて他の道へ進もうかと考えてたからな。魔法使いに染まって無い分、客観的な目線で魔法使いを見れるからだと思うぜ?」

「………………」

「……お兄様……………!」

努めて軽い調子で篠村は語るが、その言葉に高音は何か思う所があるのか無言で目を閉じ、愛衣は悲痛な調子で兄と慕う男に呼び掛ける。

「…お兄様は止めろよ愛衣…」

其処の変態が五月蝿えからな、と篠村は戯けて笑った。

 

 

 

事前に篠村達と話していたからこそ、バカレンジャーの五人は誰もが激昂せずに済んだ。篠村に言わせれは、麻帆良の、そして本国の魔法使いはこう言っている。

 

魔法使いとは公の為に正しく魔法を使用する者。ネギ・スプリングフィールドは偉大な父親に習い立派な魔法使い(マギステル マギ)を目指し、またそう成り得るだけの確かな才能を持った将来有望な少年だ。

ならば一時でも早く、ネギ・スプリングフィールドが英雄の後継として活躍出来るよう、その成長を手助けしよう。幼い少年にとっては少なからず大変な道程となるだろうが、それも本人の為なのだ。……と。

 

……巫山戯た話だとは思う。しかし、これは多くの魔法使いにとっての、正常な思考なんだ……

 

言ってしまえばどこまでも文化の違い。 例えば、オーストラリアの先住民、アボリジニはウォークアバウトと呼ばれる通過儀礼(イニシエーション)において、子供を過酷な原野で一人放浪させ、生きて返ってきた者を成人として迎え入れる。

ネギはあくまで魔法使い達により育てられた以上、どのような教育を受けても、どのように将来を望まれようとも、知り合ってまだ半年にも満たない辻達が文句をつける資格は無いのだろう。魔法関係者の中には、杜崎の様にやり方に不満を抱いている者も居る。京都の一件のようなトラブルが起こらない限りネギの身に危険は無いのかもしれないし、何よりもネギ自身が、父親の様に英雄となりたいかは別として、魔法使いとして力をつけたいと考えているのだ。一方的とは言えギブ&テイクの関係は成立しており、現状誰も不満は無いのだ。気に入らないからといって文句を付けるのは正しくは無いのだろうし、賢いやり方では無い。

 

しかし彼らは馬鹿であり、また武道家でもあった。

 

「…学園長先生、お話は解りました。色々と思う所はありますが、これからよろしくお願いします」

「…うむ、こちらこそよろしく頼むぞい」

 

辻が頭を下げ、近右衛門が応じる。残りの四人も頭を下げ、話し合いは終了した。その後、警備員として共に仕事をするであろう魔法教師、生徒の自己紹介があったが、五人の記憶には余り残らなかった様である。

 

程度の差はあれ、腑の中は大分煮立っていたからだ。

 

 

 

「やっぱ外道の群れじゃねえか巫山戯んなあの野郎共ぁぁぁ‼︎‼︎」

「大の漢が揃いも揃って‼︎ガキ一人の成長をチンタラ期待せねばやっていけんというなら今直ぐ滅びろそんな世界は‼︎」

「落ち着けよお前ら」

無事に?会談は終わり、校舎から男子寮に帰ってきた途端、烈火の形相で吠え猛る中村と豪徳寺を、疲れた声で辻が諌める。

「落ち着いてられるかこん糞ボケがぁ!あの場でキレなかった俺様を寧ろ褒めろや、なんなんだ魔法使いってイキモンは全員ドタマイカれてんのか⁉︎」

「知らないし落ち着けと言ったぞ俺は。…怒ってるのがお前らだけだと思うんじゃない」

辻の言葉に首肯する大豪院と山下。なんだかんだで全員鬱憤は溜っているのだ。

「…しっかしあの連中は。自演で事件起こしてガキ放り込んで放置ときた。しかもそれが本人の為とか頭沸いてんのか本気に?」

「はいはいムカついてるのは解ったからそれ位にしなよ。魔法使い(・・・・)って肩書きを全員が共通している故の連帯性の悪い方面が出てるんだよ。同じ(・・)魔法使いだから、自分の幸いは相手の幸いでもあるって論理だね。…ネギ君の親父さんは魔法使いにとっての尊敬と崇拝を一身に集める、言わば象徴(シンボル)だ。成れるものなら誰だってなりたい。だから成れそうなネギ君は、成ることこそが幸いでそれ以外に道は無いと考えてるんじゃないかな?」

「下らんな」

吐き捨てる様に大豪院が言う。

「そもそもなろうと思ってなるものではあるまい、英雄などというものは。職業で無く単なる肩書きであり、敬称なのだから」

「正しく山ちゃんの言う通り、象徴(シンボル)としての英雄を求めてるんだろうよ。自分達の意のままに動かせて、高い倫理観と責任感を持つ故に世界の生贄になることを拒まない、都合のいい偶像(スター)が。だからこそ、必要なのは英雄の息子っていう血筋と場慣れにある程度の実力、そして何よりも実績と。…それ位なんだろうさ」

「…けっ!」

中村が悪態と共に床に寝転がり、天井を睨み付けながら言い放つ。

「…兎に角、俺ぁあの連中の思い通りになんざさせるつもりは無えぞ。ガキの将来、大人が勝手に決めていいもんじゃ無えだろ」

「ああ」

「だね」

「偶にはいいこと言うじゃねえか馬鹿村」

中村の言葉に皆が頷いた。自らの人生は自らの手で切り開く。他人が敷いたレールの上で一流に成れはしないとは、この場の全員が思うことだ。

「別に魔法使い達の全てが間違っているとは思わない、けれどネギ君の人生はネギ君のものだ。…俺達はあの子に色んな事を教えよう、苦楽を共にしてこそ人生だ。…そうして広い世界を知った後に、あの子が改めて親父さんの後を継ぎたいなら、それはそれでいい」

「うん」

山下が頷き、眼前に掲げた手を握り締め、宣言する。

「皆であの子を、ネギ君を。自分で将来を選べる様に強くしてあげよう」

バカレンジャーは新たな誓いを胸に本日、魔法関係者の一員と相成った。

 

 

 

「はあっ‼︎」

「まだだまだだネギぃ‼︎そんな突きじゃ蝿も殺せねえぞこうだこう‼︎」

話し合いから一夜明け、ヘルマン達との死闘から早数日。激闘の後遺症の抜けたネギは辻達との鍛錬を再開していた。中村が矢継ぎ早に繰り出す拳足を必死に避けながらネギは懸命に反撃を繰り出す。

中村は休まず攻防を繰り広げながら、ネギに対して尋ねた。

「なあネギよ!お前なんか知らねえが偉い魔法使いになりてえんだよな‼︎ヌギステル・マギだっけ⁉︎」

立派な魔法使い(マギステル マギ)です‼︎中村さんじゃ無いんですから‼︎」

「お前も言うようになったなオイ‼︎……それがお前の現在(いま)の夢か?」

「…?、夢、ですか⁉︎」

「おう」

素早く足の甲目掛けて打ち出される足刀を半身に引いて躱し様、中村は尚も尋ねる。

「ポチのお前は何の為に修業を〜の質問の続きってことでもいい。やりたいこと、楽しそうなこと…別にそれを言ったから将来が決まっちまう訳じゃ無え。何でもいいからなんか無いか?」

その問いにネギは暫く手を休めないながらも沈黙していたが、やがて顔を上げ、中村の突きを捌いて距離を取ると、宣言する。

「…僕はやっぱり、父さんにもう一度会いたいです。話したいこと、聞きたいことが沢山ありますから」

「ん、そか…」

ある意味当然の主張に、予想していた中村は頷く。しかしネギはその後に一つ、やりたいこと(・・・・・・)を付け足した。

「後は……今の教師の仕事を、最後まで続けたいです。僕の生徒は、皆凄く良い人達で……教師をやっていて、大変なこともありますけど、楽しいでもから…」

「……へへ、そうかよ…」

「はい!…あの、この質問は何が…」

「気にすんな。…うん、いいぜネギ。今は(・・)、それでいい」

戸惑うネギへ満足気に笑いかけ、中村は両手を前羽に構えるとネギ目掛けて突っ込んだ。

 

 

「はぁ、はぁっ……はぁぁ……‼︎」

「やり過ぎだよボケ」

「悪りい悪りい、ついテンションが上がってよぉ」

息も絶え絶えに地面に生傷だらけで転がるネギ。半ば呆れた顔で豪徳寺がツッコみ、悪びれた様子も無く中村が軽く謝罪する。

「…まあ悪いニュースばかりでも無いさ。ネギ君、今日から修業仲間が増えるからそのつもりで居てくれ」

「……えっ…ゴホッ!……どう、いう……⁈」

「喋らなくていいから耳だけこっちに向けておいてネギ君。……ああ、丁度来たみたいだね」

辻の言葉に咳き込みながら言葉を返そうとするネギを山下制して、公園に繋がる一本道を指す。

 

道を歩いて辻達の方へ近付いて来るのは、篠村に愛衣、そして高音に小太郎の姿だった。

「…え、ええっ⁉︎」

ネギが驚愕の声を上げる中、その四人は足を止め、辻達の近くに佇む。

「ほら、高音さんや。お前が始めねえと愛衣も名乗れねえよ?」

「解っているから少し黙っていなさい…!…オホン、既に顔合わせは皆さん済んでいるようなものだけれど、改めて自己紹介をさせて頂きます。聖ウルスラ女子高等学校二年生、高音・D・グッドマンと申します。横のいい加減な男の指導の補佐を基本的にやらせて頂くつもりです、以後、よろしくお見知り置きを……ネギ先生」

「 あ、はい‼︎」

一礼して丁寧に自己紹介を終えてから、高音はネギに向き直る。

「本来ならば先生への指導は、心技体共に円熟した大人の魔法教師の方が行うべきと思います。が、私も多少なりとも事情を知る身です。少なく共学園祭が終わるまでこの体制を解けないというのならば、せめて私もサポートをさせて頂きます。私の魔法は個の才能が強く起因する、癖の強い魔法ですので余り直接的に先生の参考にはならないでしょうから、主に魔法知識の面でお役に立たせて下さい。…よろしくお願いします」

「いえ、そんな!こちらこそ、よろしくお願いします‼︎…あの、先日は助けてくれてありがとうございました‼︎」

どういたしまして、と笑って高音が退き、続いて愛衣が緊張した様子で前に出る。

「あ、あの…佐倉 愛衣と申します‼︎得意な魔法は火系統の攻撃呪文です、未だ指導役などおこがましい未熟な身ですが、精一杯やらせて頂きます!どうか、よろしくお願いします‼︎」

「…はい、よろしくお願いします、佐倉さん」

「…俺達と組んだ悪影響か、愛衣は火力バカな一面があるから、余り魔力の効率消費面以外で参考にするなよネギ先生」

「ちょ⁉︎その紹介の仕方は非道いですお兄様‼︎」

「お兄様は止めろっちゅうに‼︎」

「……全く、こんな時位チャラついた態度を改めなさい、篠村‼︎」

「なんで俺だけに言うんだよお前は‼︎」

ギャアギャアとネギや辻達をそっちのけで騒ぎ出した篠村を尻目に、やや呆れた目で脇の騒動を見つつも、小太郎が出てくる。

「ようネギ、兄ちゃんらも暫くやったな」

「こ、小太郎君、僕はてっきり京都に帰ったのかと……」

「俺達もそうなるのではと予想していたが、今回の悪魔襲来を通達しようとした件や、一般人救出に助力した件の功績が認められて罪一等、人出の足りん麻帆良学園での労働に着く事で贖罪とするらしい」

大豪院が困惑するネギに、先日の話し合いで決まった小太郎の処分について語る。

「なんや唇の兄ちゃん、俺の言うことが無くなったやないか。……ネギ、京都の一件、水に流せとは言わん。俺は姉ちゃんの為に動いた事を後悔しとらんからや。でもお前や兄ちゃん姉ちゃん等には悪いことをしたとは思っとる。グダグダ語るんは性に合わんから、詫びは行動で示すわ。…よろしゅう頼む」

「…うん!よろしく、小太郎君‼︎」

ガッシ!と手を組み合わせ、ネギと小太郎が笑い合う。

 

「……早乙女辺りにこの写真流せば高く売れると思わね?」

「…そうだ、お前が真面目に事を〆ようとする訳が無かったな……」

いつの間にか撮影していたデジカメ片手にニヤニヤと笑う中村に、疲れた声で辻がツッコんだ。

 

「…というか誰が唇の兄ちゃんだ」

 

 

 

夕暮れ時のとある小洒落たカフェテリア。テーブルの上には彩りよく取り分けられた料理が並んでいるが、席に座る二人の人物は手を付けようとはしない。それ以前にその片方、長ランにリーゼント姿の頭を下げる大男は、店自体にそぐわなかった。

 

「頭を上げて下さい、豪徳寺先輩。既に謝罪の意は充分に受け取りましたから」

向かい側に座る少女ーー千鶴の言葉にゆっくりと頭を上げる大男、豪徳寺。

「寛大な言葉、痛み入るぜ。今回みてえな一件で余り頭ばかり下げられんのもお前の本意じゃ無えだろうとは思ったが、なら頭を下げないでいいなんてことは断じて無えからよ。…受けてくれて感謝するぜ」

「あらあら、義理堅い方ですわね、先輩は」

千鶴はクスクスと笑いながらも、手早く小皿に取り分けた料理を豪徳寺に手渡す。

「さあ、折角ご馳走して頂けるのですから、これくらいにして食事にしましょう。どうぞ」

「悪いな。まあ女にじゃんじゃん食ってくれとは言えねえが、好きにやってくれ。これでナシにする気も無いからよ」

「では遠慮無く。…本当にお気になさらなくていいんですよ、先輩。あの場に私が居たのは私が無理を言った所為なんですし、先輩達はしっかり私を助けて下さいました。寧ろ私の方からお礼を伝えねばなりませんのに……」

「それを言うならあの爺さんがあそこに来たのは俺らの因縁の所為だ。お前は一切事情を知らずに押しかけたんだから危険かどうかの判断なんて出来る訳が無えよ。お前に責任は無い、俺の不手際だ」

頑なに己の非しか(・・)認めない豪徳寺に、千鶴は頬に手を当て息を吐く。

「…頑固ですわね、豪徳寺先輩」

「面倒臭い性分で悪いな、迷惑になっちゃあ本末転倒なのは解っちゃいるが、俺にとって筋を通すのは、譲れないことなんだ」

「そうですか……」

千鶴は仕方が無いですね、とでも副音が付きそうな顔で苦笑していたが、ふと良いことを思い付いたとばかりに顔が若干の喜色を帯びる。

「…それでしたら豪徳寺先輩。一つ私のお願いを聞いて頂けませんか?」

「お願い?」

唐突な提案に首を傾げる豪徳寺に対して、にこやかに千鶴は告げる。

「はい。それを叶えて頂ければ仰られる筋は通した、という事で如何でしょうか?私としても、聞いて頂ければ非常に嬉しいです」

千鶴の言葉に、豪徳寺は即座に戸惑いを捨てて快諾する。

「わかったぜ那波。その頼み、引き受ける」

「あらあら、まだ話もお聞きしていませんのに、そんなに軽々と受けてしまってよろしいんですか?」

軽く驚いたかの様に目を見開く千鶴に、骨太な笑みを浮かべて豪徳寺は頷く。

「当たり前だ。やらかしちまった漢に心の広い女が掛けてくれた詫び入れの機会、話聞いてから受けるのは野暮ってもんだ。俺に出来ることなら…なんて弱っちい台詞を吐く気は無え!なんでも言ってくれ、那波‼︎」

勢い込む豪徳寺に千鶴は笑みを浮かべ、上機嫌な様子で楽し気に返す。

「流石ですね、豪徳寺先輩。先輩ならばそう言って頂けると思っていました」

「応よ。それで、お願いってのは何なんだ?」

「ええ…」

千鶴は居住まいを正し、にこやかな表情のまま言い放った。

 

「今度の学祭で私のエスコートをして一緒に回って下さい。何処に行くかはお任せ致しますわ」

「………………、ん?…………」

 

耳にした言葉が理解出来ずに、豪徳寺は間抜けな声を上げる。千鶴は気にした様子も無く、理解をしていないであろう豪徳寺にあくまで微笑みながら、トドメの念押しを行った。

 

「ですから、今度の学祭で私をデートに誘って下さい、豪徳寺先輩?」

 




閲覧ありがとうございます、星の海です。本当に遅くなりました、申し訳ありません。出来栄えに納得がいかず、修正を繰り返していたらこんな時間になりました。GWに入ったらペースアップを図る予定です、ご期待下さい。
さて、学園側の思惑が判明した回となりましたが、今回で出た分だけで裏が全て判明した訳ではありません。今後の展開を楽しみにお待ち下さい。次回から日常編修業編を挟み、いよいよ学祭編に入ります。どうかお見限り無く、今後も本作をよろしくお願いします。

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