お馬鹿な武道家達の奮闘記   作:星の海

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前回と同じく、多少短いですが、キリがいいので投稿します。


3話 少年少女の恋模様 〜辻と刹那その2〜

「ギョッギョッギョッギョッ!其処の不純異性交遊男女、我が名は◯っとマスク!リア充への憎しみを燃やし己の中に存在する正義のみに従う性技(・ ・)の味方よ!そこなイケメン、我が怒りの正拳を喰らって反吐を撒き散らしたく無ければ、お前の女置いていけぇぇぇぇい‼︎」

 

バーン‼︎と◯ョ◯ョ立ち(東方 仗◯ver)でポージングを決めながらとあるカップルの前に現れたのは、真っ赤なパンツとリングシューズを身に付け、頭に白マスクを被った覆面レスラーの様な男だった。更には男の首の後ろ辺りで、不定形にして半透明な触手の塊の様な謎生物がウネウネと何処か卑猥な動きをしながら蠢いている。

結論を言えばどう控え目に見ても変態と痴漢の相乗効果を効かせた災厄の出現にカップルの女は悲鳴も上げられずに腰を抜かして座り込み、男の方は得体の知れない恐怖感を煽る変態の迫力に足をガクガクと震わせながらも、健気に彼女を庇って立ち塞がる。

 

「だ、駄目だよ誠君⁉︎私のことはいいから逃げて‼︎」

「そ、そんなこと出来る訳無いだろ‼︎腕っ節なんて全然でも、僕は男なんだ!こんな怪人の前に女の子一人放って逃げ出してたまるもんか‼︎」

 

震えながらも拳を握り、し◯とマスクを睨み付けるカップル男こと誠君。

 

「佳奈さん、早く逃げてくれ!何とか僕が時間を稼ぐから‼︎」

「……誠君…‼︎」

 

「イチャイチャしてんじゃねーー‼︎」

 

細い身体に精一杯の力を込め、毅然と言い放つ誠君の一世一代の漢気に、カップル女こと佳奈さんがこの様な危機的状況にもかかわらず、ポッと顔を朱色に染める。そんなラブい感じの雰囲気が気に入らなかったのかしっ◯マスクは覆面越しの双眸にドス黒い炎を燃やし、叫びと共に天高く跳躍。まるで怪鳥の様に両腕を広げながら誠君に向かって落下する。

 

「きゃあぁぁぁぁぁぁっ⁉︎」

「う、うぁ…っ!うおぉぉぉぉぉっ‼︎」

「きぇぇぇぇぇっ…⁉︎オバァ‼︎⁉︎」

 

佳奈さんの悲鳴が響き渡る中、恐怖に下がりかけた足を無理矢理前に出し、無謀な迎撃を試みようとした誠君の前で、雄叫びを上げながら落下してきていたし◯とマスクが、横合いから飛んで来た何か(・・)を真面に喰らって吹き飛んだ。その一撃は余程の威力だったのか、しっ◯マスクはクルクルと不規則な円運動を身体全体で行いながら放物線を描き、道端のガードレールへ轟音を上げながら衝突。暫くの間潰れたカエルの様にへばりついていたその身体が、力無く地面に落下する。

 

「………え、ええ?…………」

「い、いったい誰が……っは⁉︎か、佳奈さん今の内に!早く立って、此処から逃げよう‼︎」

「…あ、う、うん‼︎……う、ごめん誠君、腰が抜けて……!」

「ええ⁉︎えーと……っ!ごめん佳奈さん、少しの間我慢してて‼︎」

「え?……きゃあっ⁉︎」

 

誠君は意を決して足に力の入らない佳奈さんをお姫様抱っこの形で抱き上げ、顔の赤くして固まっている腕の中の彼女に構わず、ややフラつきながらも結構な速度でその場から逃走する。

 

「何処の何方か知りませんが、ありがとうございましたぁ‼︎‼︎」

 

必死の形相で走りながらも、誠君は変態を迎撃してくれた何物かに対して、去り際叫ぶ様にお礼を言った。

 

 

 

「………行ったか?」

「応ヨ」

「逃げてく方向にも警戒ポイントはありませんシ、大丈夫デスネー」

「…ふ。吊り橋効果でこの後ズッポシ」

「だとしたら後日改めて野郎の方だけ半殺しに行かなけりゃなあ…あらよっと‼︎」

 

カップルが去ってから暫く。先程◯っとマスクを迎撃した方向から年端もいかない幼女が二人、テコテコと歩いて来て死体の様に転がるし◯とマスクの前で立ち止まる。すると地面に転がってから身動き一つしなかったしっ◯マスクがムクリと半身を起こして幼女にカップルの塩梅を尋ね、し◯とマスクの首にくっついていた触手生物のコメントに物騒な返答を返して勢い良く立ち上がる。

 

「いや〜これにて一仕事終わりだな、これで7件目だっけ?真面目に働く俺って美男子はなんてイイ男なんだろうか……」

「今の茶番劇の何処らへんが真面目な仕事っぷりなんだよボケ」

「ついでに言うと美男子でも無いデスゥー」

「…エロウイルスによるパンデミック系エロゲで主人公の親友役で出てくる系の顔」

「ツッコミ辛え表現すんなやプリン体めが‼︎」

 

覆面を取り去ってキメ顔をキメる変態へ幼女二人と謎生物が総ツッコミを入れ、謎生物からの難解なツッコミにのみ反応して吼えるオレンジ髪の変態ーーそう、言わずと知れた中村 達也であり、傍目には幼稚園児にしか見えない二人と中村の首元の謎生物は、すらむぃ、あめ子、ぷりんのハイ・スライム三人娘であった。

ヘルマン伯爵をマスターとして悪魔達と共にネギ達へ襲撃を掛け、事件解決の際に捕らえられた筈の三人娘が何故に中村と行動を共にしているかと言えば、話は少々昔へ遡る。

 

 

 

「…このスライムさん、達の処遇…ですか?」

「その通りだ、ネギ先生」

 

麻帆良のとある校舎の一室にて、神妙な表情(ぷりんの顔は何時も通りの無表情だったが)で並ぶ三人娘を前にして、杜崎から告げられた言葉に戸惑うネギ。周りにはバカレンジャーと篠村、高音に愛衣の姿があった。

 

「このスライム達は人間並の知能こそ持ち合わせてはいるが、区分としては言うまでも無く魔物(モンスター)だ。通常ならば学園内に浸入した場合問答無用での駆除が許されている。ましてや悪魔に使役されていたとはいえ、魔法関係者に対して襲撃を行ったのだから尚更だ。知っての通り、このスライム達はネギ先生が過去に遭遇した悪魔襲撃事件に関与していた。その一件と今回の一件に関してこのスライム達が知っている事は全て聞き出した以上、こいつらは言ってしまうと用済みであり、殺処分が予定されている」

「…おいモリー……」

「杜崎先生と呼べ馬鹿村。最後まで黙って聞け、まだ話は終わっていない」

 

淡々と害虫駆除の様な口ぶりで話を進める杜崎に中村が抗議する様に口を開くが、杜崎はピシャリとそれを撥ね除けて話を続ける。

 

「しかし、こいつらの処遇を決めるのに当事者であったネギ先生とお前達を外して話を進めるのは筋が通らないと、一部(・・)の連中から意見が出てな。こうして意見を伺いに来たという訳だ。…本来ならば未だ成人を迎えていないネギ先生に、いかな当事者と言えど生殺与奪の決定権は存在しないのだが、見習いとはいえネギ先生は魔法学校を卒業した一端の魔法使いであり、そこに年齢差は理由とならない。故にこれを決める行為は、ネギ先生にとって権利であると同時に義務でもある」

 

ほんの一瞬苦々しい表情を浮かべた杜崎だが、直ぐに元の厳めしい顔に戻ると、ネギの顔を真っ直ぐに見据えて言い放つ。

 

「報復行為を助長する様な言動、平たく言うならば復讐を煽る様な行いは、公の立場に属する以上認められていない。故にネギ先生が過去にこのスライム達と何が有ろうとも、私怨に基づいた公正に欠ける処断を下してはならない……しかし、だ」

 

そこまで言ってから杜崎はフン、と鼻を鳴らし、それまでの厳格な話し方を放棄してネギに言葉を投げ掛ける。

「そんな建前(・・)はクソ喰らえ、とまでは言わんが、そんな綺麗事で納得出来る程聖人地味た思考はしていまい、ネギ先生?はっきり言って貴方はこのスライム達が、糞ったれた悪魔と比べて程度の差はあれ、憎い(・・)筈だ」

 

「…………、僕は………………」

 

オブラートに包まずに直球で投げられた問いに、ネギは顔を顰めて言葉に詰まり、明確な言語を紡げなかった。その様子を見かねてか、それとも有り体に言ってぶっちゃけ過ぎている杜崎の言動を咎めてか。傍らの高音が眉を顰めて抗議する。

 

「杜崎先生、そのような言い方では結局の所煽っているのと変わりありません。ネギ先生が心情を吐露してもいない内から決め付ける様な物言いは控えて頂けませんでしょうか?」

「……お前の真っ直ぐさは美徳だが、融通を少しは覚えんとこの先辛いぞ、高音。…まあしかし、正論だ。俺とて別に、ネギ先生に()と化せなどと言いたい訳では無い」

 

仄かに苦笑しつつも杜崎は高音の言い分を認め、改めてネギに向き直る。

「つまりはネギ先生、君なりにケジメを付けてみないかと俺は言いたいんだ。君の意見を確実に100%取り入れるとは言えないが、この件について君には少なくない発言力がある。…言い方は何だが、元々殺すのが自然な流れだ。君が仇討ちを望んでも誰も責めはしないし、君を悪く思う輩もおるまい。…許すというならば何らかの罰が下りはするだろうが、恐らくこいつらは死なずには済むだろう。所詮は単なる使い魔(ファミリア)だ、捕まえてある主犯(ヘルマン)に比べれば扱いは至極軽いものだからな」

 

杜崎が説明を終えると、その場には沈黙が降りた。ネギは唇を噛んで一心に何事かを考えており、そんなネギの思考に口を出す者もいない。

そのまま短くない時間が流れた後にネギは顔を上げ、おずおずと辻達に声を掛ける。

 

「……皆さん、僕は…」

「最初に言っておくよ、ネギ君」

 

迷いを伺わせるネギの言葉を辻が静かに制して、バカレンジャーは思い思いにネギへ言葉を放つ。

 

「俺達はネギ君に対して意見をするつもりは無い、必要な事は杜崎先生が言ってくれたからね。俺達だとどうしてもネギ君の側に立った判断を押し付けてしまうことになってしまうんだ」

「お前に一人で考えろ、なんて言いたかねえけどよ。多分必要なことなんだわ。あんま深く考えんなや、お前がそこのロリッ娘達をどうしたいのかを、素直に述べてみな」

「それでどうしても決められない、ってんならネギ。俺らに全部丸投げしちまえ。きっちり(ケツ)は持ってやるから」

「それで結果が如何あろうと、僕達はネギ君を恨まないし不利益を被ったら責任は取るよ。だからネギ君、この件に関しては周りのことは気にしないで、自分だけのことを考えてほしい」

「文字通りの意味で好きにしろ(・・・・・)、お前には決めない(・・)自由も有る。…俺達は味方だ、言うだけならタダだろう。思うままを告げるがいい」

 

「…………っ‼︎」

 

優しく突き離されて、いよいよネギは答えに窮する。そんなネギに声を掛けたのは、他ならぬ裁かれようとしている張本人(スライム)達だった。

 

「何をそんなに迷ってんだよ坊っちゃん。俺らが憎いだろうガ?イイ子ぶってねえで素直に殺させりゃいいじゃねーカ。お前が手を汚す訳じゃねえんダ、それで万事解決ダロ?」

 

すらむぃの言葉にネギは下がっていた顔を上げ、面倒臭いと顔に書いてあるすらむぃの顔をマジマジと見据える。

 

「おいコラ、お前等に発言権は無えぞ?」

「いいじゃないですカ、間怠っこしいのは嫌いデス」

「………早漏……」

「「お前は(ぷりん)は黙っテロ(ナサイ)」」

 

究極的に場の空気を読まないぷりん(不思議ちゃん)を揃って嗜めるすらむぃとあめ子に、ネギは少なからず困惑を露わにして問い掛ける。

 

「…どういう、ことですか……?スライムさん達は、命が惜しくないんですか?……」

「そりゃ惜しいサ。死にたいならわざわざ苦労してまで悪魔の使い魔(ファミリア)やってねえヨ」

「……ならどうして⁉︎」

「そうですネー……」

 

怒った様に声を荒げてのネギの問いに、あめ子はうーんと軽く腕を組んで小首を傾げ、やや間を置いた後に答える。

 

「人間の感覚で言えばお仕事(・・・)だから、というのが一番近いですかネー?…そこのマッシブな人の言う通り、私達はなまじ人間(ひと)並みに知能が近い分、価値観は違っても人の倫理観や道徳観といったものを理解は出来マス。だから非道い事をしたとは思ってますヨー、私だってすらむぃやぷりんが死んだら悲しいでしょうカラー」

「……なら、それが理解(わか)るなら!どうしてあんなことをしたんですか⁉︎」

 

ネギは悲痛に顔を歪めて叫ぶ。痛々しいネギの様子に、思わず愛衣が前に出掛けるが、それを篠村が制する。抗議する様な愛衣の視線に、篠村は緩やかに首を振り、呟く。

 

「…吐き出すのは必要なことだ。色々溜め込み過ぎなんだよ、あの子は。何より連中も口出ししたいのを堪えてるんだ。俺達が先走っちゃ、いけないだろう?」

 

その言葉に愛衣が辻達の方を見やると、皆一様に落ち着かなさ気な様子で身体を揺らし、顔を歪めながらも黙ってネギを見守っていた。それを目にして愛衣は、ややあって小さく頷くと、元居た高音の側に下がる。そんな健気な後輩の様子に高音は小さく微笑み、愛衣の頭を数度優しく撫でた。

そうしている間にも、スライム達とネギの問答は続く。

 

「どうして…か、答えはあめ子が初めに言ったぜ?仕事だから、ダ」

「……そんな、そんな理由が‼︎」

「馬鹿げた理由に聞こえるナラ、契約だから、と言い換えてもいいデス。私達は使い魔(ファミリア)として伯爵と契約を交わし、様々な恩恵を得る代わりに伯爵の手足となって働いていまシタ。これは一般的な魔法使いのそれと何ら変わりの無いごく平凡なものデス。ただやる事が貴方達の行う慈善行為では無ク、非道であるというダケ。…契約を交わした以上嫌な仕事だから止めますなんて、私達に言う権利は無いんデスヨ」

 

いきり立つネギに対して、あくまで淡々と事実のみを紡ぐあめ子。

 

「それに、だ。…これは決してオレ達の行いを正当化したいから言うんじゃ無えゼ?もし仮にオレ達が坊っちゃんの村を襲撃するのに加担しなかったとしてモ、結果は変わらなかったろうヨ。俺達位の助力なんゾ、有っても無くても伯爵達は仕事を完遂したろうサ」

「っ!…………」

 

すらむぃの言葉に、ネギは反論出来ず押し黙る。ネギの故郷を襲ったのは数百の下級悪魔(レッサーデーモン)と三体の爵位級上位悪魔(グレーターデーモン)である。すらむぃの言う通り、スライム達は襲撃に対して格別何かを成した訳では無いのだろう。

 

「……勘違いしないデ。だからといって私達に罪が無イ、なんて言いたい訳では断じて無イ」

 

それまで黙っていたぷりんが、無表情のままネギへと語り掛ける。無言のまま顔を向けるネギに、ぷりんは静かに言葉を紡いでいく。

 

「私達が主張したいのハ、私達なりに筋を通して生きてきたつもりだというコト。伯爵に拾われたカラ、上位種とはいえ一介のスライムにすぎない私達の様な存在デモ、一端の力を持つことが出来タ。望むことばかりやって生きていけないのは当然のコト、伯爵に恩義を感じていたからこそ、私達は襲撃に加担しタ。…私達は理由も無く人を襲う様ナ、知性の欠片も無い化け物じゃナイ。きちんと思考して物事に判断をツケ、自らの中に規範(ルール)を持って生きてキタ。…本位で無かったのは確カ。それでも私達は義によって自らの意思で非道に加担シタ。死にたくは無いケレド、己の罪を誤魔化すつもりも無イ。だから甘んじて裁きは受けル。君に決定権が有るのナラ、好きにすればイイ……私達が言いたいのはそれダケ」

 

滔々と語り終えたぷりんに対して、すらむぃとあめ子が近寄ると、それぞれがぷりんの口端を掴んで思いっきり左右に引き伸ばした。

 

「お前そんなに真面な語りが出来んナラ、普段からもっと意思疎通を明確にシロヨ‼︎」

「訳解らない謎言語を訳して伝えるのニ、私達が普段どれだけ苦労してると思ってるんデスカ⁉︎」

「…ふぇんはへいふひょうひょうほり(電波系無表情ロリ)。…ふふほへほくへい(ふふ萌え属性)

「喧しいわ貴様ら」

 

ドタバタと取っ組み合うスライム達の頭に杜崎が鉄拳を振り下ろすと、三人娘は揃ってグニャリと奇妙な形に頭を変形させ、呻き声を上げながらしゃがみ込んだ。軟体生物だからといって、完全に打撃が効かない訳でもないのである。

 

「貴様らにも言い分があるのは解ったが、あくまで貴様らは捕虜であり、また法に則った権利保護の存在しない魔物(モンスター)に過ぎん。余り調子に乗って騒ぎ立てるな、貴様らはあくまで裁きを待つ身だ。……ともあれ、被害者側加害者側から意見は大方出尽くしたな」

 

杜崎はネギに視線を移し、改めて尋ねに掛かる。

 

「この連中の主張を踏まえた上で、どうだネギ先生。こいつらを君は如何したい?先程馬鹿共が言った様に、君には主張をしない(・・・)自由もある。大体の物事は明確に方針を決めずとも、案外廻り廻っていくものだ。少なくとも俺は、それが悪いことばかりとは思わん。言われた通りだ、好きにしてみるといい」

 

ネギは先程までの昂った状態から既に落ち着きを取り戻しており、眼を瞑って何事かを考え込む。そんなネギに、今度こそ声を掛けるものはいない。皆、ネギの言葉を待っていた。

やがてネギは静かに眼を見開くと、

三人娘に視線を落としてゆっくりと口を開いた。

 

 

「……僕は、…………」

 

 

 

「……甘いですよネー、あの子…」

「ダナー」

「……チェリーボーイ…」

「喧しゃあ」

 

一仕事終えて告白生徒のパトロールを再開する中村の両肩と頭の上に腰掛けたスライム三人娘は、つい先日まで自分達が「襲う」側の立場だったというのに、現在こうして一般生徒を守る側に立っていることをふと可笑しく思いながら、仇である筈の自分達に、ネギが告げた言葉を思い出していた。

 

 

『…あの日の事を思い返していて、貴女達の話を聞いて。……僕は、貴女達がそんなに悪い人じゃないんじゃないか、って思います。悪魔達と違って村の人達に手を出しては居なかったし、さっきの悪いことをした、って言っていた貴女達は、嘘を吐いたり誤魔化しをしようとしている様には見えませんでしたから。…それでもまだ僕は、貴女達を許すとは言えません。怨みがないと言えば、嘘になります。……でも僕は、貴女達に死んで欲しくは無いんです。そんなことをしても、叔父さんやスタンさん、村の人達は喜ばないと思いますから。…だから、本当に貴女達が僕に、僕達に悪いことをしたって、思っているなら。…償う為に、何かをして下さい。如何すれば償いになるのかは僕にだって解りません、だから無責任な言い方になりますけれど…如何にか、頑張って下さい』

 

 

「如何にかしろ、か……難しい話ダヨナー」

 

右肩のすらむぃが顔を顰めてポツリと呟く。

 

「まあやるしかねえべやお前らは。実際ゴリラの台詞じゃ無えけど聖人レベルに甘〜い裁決だぜこりゃあ。ここまで来ると人間出来てる通り越してちっとおかしいあれだ。…ネギがそうなった原因の一端がおめえらにあんなら、出来ることからやってきやがれや」

 

中村はすらむぃの頬を指先でプニプニと突つきながらあっけらかんと告げる。触んじゃネーヨと指先を払い除けるすらむぃを余所に、左肩のあめ子と頭の上のぷりんは中村の言葉に応じて答える。

 

「解ってますヨ、多大な温情によって私達がこうして生きていられてるのハ。だからこうしてお仕事手伝ってるんですカラ」

「……兎にも角にモ、私達はチェリーボーイに全面協力を約束スル」

 

「ま、とりあえずはそれでいんじゃね?それから無表情軟体ロリ、チェリーボーイは止めれや確かにチェリーだろうけどよ」

 

ビシッとぷりんに突っ込みを入れつつ、中村は賑やかな学祭の喧噪を抜けて行く。中村の進行方向に居る人間がまるでモーセの海割りが如く左右に分かれて行くのは、覆面を被ったパン一レスラーが三人の幼女を乗せて闊歩しているという奇天烈な光景故にだろう。因みにスライム三人娘達はカモフラージュの為に肌の質感と色彩を人の肌のそれと変わりなく見えるように能力で擬装している為、見た目は唯の幼女である。だからこそ中村の見た目に犯罪性が増しているとも言えるが。

 

「まあ何はともあれ仕事じゃ仕事。給料貰ってる以上いかな俺とてやることぁやるぜい。次はより威圧感を出す為にお前ら全員触手に変形してカップル遁走させようぜ?」

 

「誰がやるかボケ」

「ヨゴレ系はぷりんと中村だけで充分デスゥ」

「……水をもっと蓄えないト、女の子のナカでクチュクチュさせたくても触手の強度が足りナイ。でも下手に水分子を圧縮した触手を作るト、何かの拍子に制御を失った瞬間、圧縮していた水が弾ケテ女の子のナカで炸裂……フフフ…」

 

「フフフじゃ無ーよ⁉︎リアル触手プレイ実現可能かと夢を膨らませていた俺の心を裏切るなぁぁぁぁぁぁ⁉︎⁉︎」

 

「……馬鹿ですネェ……」

「ダナァ……」

 

無駄に相性抜群な中ぷりコンビのコント地味たやり取りにすらむぃとあめ子が嘆息していると、パンツの中に仕舞い込んでいた中村の携帯がブーブー、とバイブモードで震えた。

 

「あふん‼︎」

「最悪デス」

「死ネ」

「…フル勃◯?」

「ちゃうわ」

 

奇声を上げて仰け反りつつ股間を弄って携帯を取り出す中村にすらむぃとあめ子が冷たく吐き捨て、放送禁止用語をサラリと口にするぷりんに通話ボタンを押しつつ中村がツッコむ。

 

「はいはーいこちらし◯とマスク。憎しみで野郎が殺せたらいいなと二十四時間夢見てる性技の使徒なり」

 

相も変わらず馬鹿なことを抜かしながら電話に出た中村だが、話を聞いている内、俄かに顔が真剣みを増して応答を始める。何やらキナ臭い雰囲気に、三人娘も空気を荒事のそれに切り替えた。

 

「…緊急事態だ、おめえらちょっと手ぇ貸せ」

 

通話を終えて携帯を仕舞った中村は、張り詰めた表情で三人娘に打診する。

 

「そりゃ構わねえケド…」

「一体何事デスカー?」

「…ハーレム野郎の殲滅?」

「なら良かったんだがな、事態はもっと深刻なそれだ……」

 

呻く様に中村は三人娘に告げる。

 

「せったんと絶賛青春中の(はじめ)ちゃんとこに京都で惚れられたヤンデレロリが現れた。修羅場ってんぞこれ……」

 

 

 

 

 

 

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ⁉︎⁉︎」

 

さて、刹那から想いを寄せられるだけに飽き足らず、ヤンデレ系剣鬼美少女月詠にまで愛を語られた現在絶賛モテ期到来中の辻 (はじめ)は、幸せ者の上げる嬉しい悲鳴……とは程遠い恐怖の絶叫を上げていた。建物の屋根から屋根へと飛び移り、道無き道をひた走りつつ。

 

「あら〜?どうなさりはったんです〜(はじめ)さん〜?」

 

対して至極楽し気に辻を追い回すのは、京都の一件で辻とやり合った際に、辻の一刀で頭を割られて(・・・・)辻に惚れた狂人、二刀使いの異端神鳴流剣士月詠であった。

 

「ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい‼︎⁉︎」

 

辻は半ば錯乱したかの様に喚きつつ全力疾走を敢行する。それは脇目も振らずという形容が相応しい完膚なきまでの遁走であった。

 

『…主よ、何故逃げる。あのイかれ女は以前に討ち斃しただろうに?加えて言伝の一つも残さずに走り出したが、小娘に連絡を取らんで良いのか?』

 

カードから刀に戻ったフツノミタマが、己が身体(刀身)をバトンの様に激しく上下に振りたくりながら疾走(はし)る辻に対して、訝し気に思念を飛ばす。辻はその疑問に口角泡を飛ばしそうな勢いで叫ぶ様に答えた。

 

「あんのなぁ‼︎あの女は殺されかけたってのに発情しながらその下手人である俺に対する好感度爆上げする様な完璧なイかれなんだよお前の言う通り‼︎狂ってる人間の思考回路なんざ読める訳が無いんだ、どんな些細な理由で機嫌損ねて周りの人間ブッスリやらかすか解ったもんじゃ無いだろう⁉︎俺が狙いなら一先ず人混みから引き剥がさなきゃいけねえだろうが‼︎…それから桜咲にはこいつの相手はさせられん、確証は無いがこいつ(月詠)の腕前、桜咲より上かもしれないんだ!何よりさっきまでデートしてた憎からず思ってる後輩をこんなイかれと引き合わせてたまるか畜生‼︎」

 

事情説明すりゃ駆け付けて来るに決まってるんだから、俺が一人で始末付けてみせる‼︎と盛大に震えながらも意気込む辻に、フツノミタマは暫し沈黙した後、何故かやや躊躇いながら思念を放つ。

 

『…主よ、気付いているか?』

「ああ⁉︎何が⁉︎」

『主は……』

 

フツノミタマが何事か伝えかけた瞬間。

 

「……あん、非道いですわ〜(はじめ)さん〜………」

 

そんな、つれない彼氏に対して軽く拗ね、構って貰おうとする様な、甘い響きの声が辻の直ぐ真後ろ(・・・・)から耳朶を震わせた。

 

「フツノミタマさんとばっかり楽しくお喋りされはって、ウチのことも構って下さいな〜〜?」

「っ⁉︎〜〜〜〜‼︎‼︎」

 

強烈な悪寒に従い、辻が身を捻って全力の跳躍を遥か下の道路に敢行した直後。ギャリィン‼︎と鋼の打ち合う高音を響かせて、一瞬前まで辻の居た場所を小太刀と短刀の非対称な刃の顎が斬り裂いた。

 

「〜〜‼︎あんのイかれ女ぁぁぁぁぁぁっ‼︎」

 

空中で蜻蛉を切って着地の体勢を整えつつ、辻は改めて月詠の異常性に身体を震わせる。

当たり前と言えば当たり前な話だが、辻は疾走しながらも常に背後の月詠を警戒していた。背後の気配を読み、殺気や戦意が膨れ上がる様なら何時でも振り向いて迎撃出来る様、辻は一瞬たりとも気を抜いてはいなかった。

だというのに辻が容易く背中に張り付かれ、あわや斬られかけた理由は、月詠が攻撃をするつもりで斬撃を放ったのでは無かったからである。

月詠は言葉通り、一心に追い掛けているというのに自分の事を一顧だにせず逃げてばかりの辻に不満を覚え、じゃれつく(・・・・・)様な感覚で斬撃(・・)を見舞った。

殺気が無いのも道理である。月詠にとっては構って貰おうとする為に斬り掛かるのは、なんらおかしなことでは無いのだから。

辻が路面に着地し、受け身を取って転がる間に、月詠もふわりと体重を感じさせない動きで少し辻から離れた場所に舞い降りる。

 

「くっそ……‼︎そこの連中、早く此処から遠ざかれ‼︎映画やドラマの撮影じゃ無いぞ、早く逃げろ‼︎」

 

中心街からは幾分距離を離したとはいえ、まだまだ郊外へは程遠い街の一角。当然それなりに観光客や一般生徒は点在している現状に辻は焦りを覚え、切迫した声色で呼び掛ける。

しかし、普段の麻帆良ならば兎も角現在は麻帆良学園祭の真っ只中。月詠の格好が多分に浮世離れしている事も手伝って、大多数の人間は祭りのイベントの一環だと認識している。辻の避難勧告も効果は薄いようだった。

 

「おい、洒落じゃ済まない状況なんだよ‼︎早く「ふ、うふふふふふ……大丈夫ですよ〜(はじめ)さぁん〜。…ウチ今は(はじめ)さんにしか興味ありませんから〜」…遠ざか、ってひぃぃ怖い!怖いぞこの女⁉︎」

 

大分テンパった様子の辻をおかしく思ってか、クスクスクスと笑いなからの月詠の執着宣言に、思わず周りへの勧告を中断して悲鳴を上げる辻。

 

『…埒があかんな。おい人斬り、貴様はそれで一体主に何用だ?下らん斬った張ったがしたいのならば余所のイかれを追い掛けていろ。主はそんな低俗な次元に収まる存在でないのだ』

「フツ!お前は常に上から目線でナチュラルに挑発的な物言いになんだから余計な事言うなよ‼︎こういった手合いは何がきっかけで暴れ出すか知れたもんじゃねえんだから⁉︎」

『わざわざ訪ねて来ている時点で穏便に帰りなどせんだろうさ。下らん手間をかけられるようならおめおめ危険人物を招いた警備の間抜け共に対処させれば良い』

 

多少ならず苛ついた様子でフツノミタマが思念を月詠に飛ばし、その一切遠慮の無い物言いに辻が泡を喰って制止に掛かるが、フツノミタマは素気無くあしらって現実的な対処法を示す。

 

「あ〜んもう、つれないこと言わんといて欲しいですわ〜フツノミタマさん〜。ウチ遥々京都(みやこ)から訪ねて来たんですから〜…(はじめ)さぁん、ウチとイイことしませんか〜?我慢は身体に毒ですえ〜」

「誤っ解を招く様な言い回しは止めろ‼︎誰がお前とチャンバラするか、他人害さなきゃ生きてけない様なお前みたいなのと一緒にするな」「嘘吐き」

 

辻が拒絶の言葉を吐き切る前に、何処か嫌な嗤いを浮かべた月詠の断定が突き刺さる。

辻の動きが、一瞬制止した。

月詠はそんな辻を愛おし気に見ながら、歪んだ世界を語り出す。

 

「ええんです〜(はじめ)さん、ウチ相手には取り繕わんでも。…この意味の見出せん世の中で、綺麗(・・)美味しそう(・・・・・)な人を見ると、斬りたくなりますよね〜?怨みやら怒りやら、後ろ向きな感情持たな剣も振るえん奴等と違うて、ウチらは人を斬るのに理由は要りません〜…斬りたいから斬る、それだけのこと。独りぼっちが寂しいなら、ウチを斬ればよろしいんですわ〜、そうしたらウチも、(はじめ)さんが愛しいから。…綺麗に(はじめ)さんを斬って差し上げます〜」

 

常人には、何がどうしたらそう話が繋がるのか理解の及ばない月詠の狂った理論に、辻は直前の取り乱した様子が嘘のような、奇妙に凪いだ表情で月詠を見返していた。ややあって、表情と同じく平坦な声音で辻は言葉を返す。

 

「…悲しいよ、イかれた屁理屈にも満たない()論が理解出来てしまう自分がな。…まあ、そうだ。考えてみれば、お前の頭叩き割る前からお前は俺を同類認定していたからなあ」

辻は疲れた様に一つ、息を吐く。

「お前の鼻は正しいよ。お前と俺は、違うけれど同じなんだろう…認めてやる。俺は確かに真面じゃ無い感性をしていて、箍が外れればお前みたいな通り魔に成り果てる。なにせ俺は、人は真っ二つになっている状態が一番美しいと、そんな認識が正しい(・・・・・・・・・)訳が無いと理解(・・・・・・・)っているのに(・・・・・・)本気でそう思(・・・・・・)っている(・・・・)様な奴だからなあ」

 

辻の曝露(カミングアウト)に月詠はさも嬉しそうに顔を輝かせ、嬉々とした様子で辻に尋ね掛ける。

 

「う、ふふ、ふふふふふ、そう…そうですか〜(はじめ)さんは竹割り(・・・)がお好きですか〜道理で…ふひひ……消えん傷を刻んでくれる訳ですわ〜……‼︎」

 

瞳孔を開き、時折笑声を漏らしながら喜悦する月詠の姿には、例えようも無い不気味な迫力が伴っていた。結局半ば観客(ギャラリー)と化してしまった元通行人達も、その狂態に不穏なものを感じてか、人集りの輪が大きさを増した。

 

「じゃあ先輩との逢引は辛かったんやないですか〜(はじめ)さん〜?あないに美味しそうな先輩なんですから、今日は…いえ〜今迄ずうっと、あない近くに居ながらお預け(・・・)やなんて……ウチやったら気ぃ触れてしまいますわ〜…」

 

一通り嗤い終えた月詠は、一転して 眉を顰め、さも心配そうに辻へ気遣う様な言葉を掛ける。

 

…感情の振れ幅が極端に大きかったり切り替えが早過ぎたりするのも、精神異常の一種だっけな………

 

辻は静かな心持ちでそんなことを考えながら応じて答える。

「既に半ばを越えた程度には触れ(・・)てる女が何を言う。…そりゃあ辛いさ、苦しいとも。欲望が果たせないことがじゃあ無く、本能と理性がてんで噛み合ってくれない自分という男が情けなくてな」

 

勘違いするなよ?と、辻は意外そうに目を見開く月詠へ強い視線を向け、決然と言葉を叩き付ける。

 

「我慢している身は辛くないか?笑わせるなよ、気遣うタイミングが十年遅いぞ?…物心付いてから俺はずっとこの有様(・・)で、イかれた感性を何年宥めて生きてきたと思ってる。俺は、異常だ。若気のいたり(・・・・・・)でやらかして、親にも半ば見限られてるロクデナシに過ぎない。でも、そんな俺でもそれなりに頑張ってやり直した結果、今此処(麻帆良)に居る。俺は馬鹿共と連んで馬鹿やって、可愛い後輩と放っておけない弟分を構えてる現状に満足してるんだ。…お前と俺が違う点はそこだよ月詠。お前の人生に何があって、どう歪んだ結果そう(・・)なったかは知らないし興味もさして無い。ただお前は、歪んでいる方の自分を肯定して生きてるんだろう?俺は異常な自分を否定して、普通な俺を肯定して生きている。真に狂った人間は自分をおかしいなんて認識出来ない、お前も俺も、狂い切ってなどいないんだ。やり直せた筈だし、俺はそうしてる。逸れ者同士馴れ合いか舐め合いがしたかったか、それとも理解者だからこそ殺し合いがしたかったか知らないが、俺はお前に付き合うつもりは無い。感慨も無く、とはいかないだろうが、普通の侵入者としてお前を捕らえるし、抵抗するなら抑止力(・・・)として刀を振るう。…思い通りになぞ、行かせるかよ」

 

長い語りを終えると同時に、辻はフツノミタマをゆるりと振り上げ、己が生家の流派、薬丸自顕流における右蜻蛉の体勢を取る。先程辻自身が言った通り、イかれた人間は何時どのような原因で弾ける(・・・)か解ったものではない。拒絶されたことによって月詠が激発し、周りの一般人達に襲い掛かるような場合を危惧した辻は、月詠が妙な動きをしたら即座に斬り掛かる覚悟でいた。

月詠は辻の言葉を黙って聞いていたが、戦意を漲らせるでも無く、落ち着いてフツノミタマを構える辻の姿に落胆したかの如く、目を伏せて溜息を吐く。

 

「……(はじめ)さん〜、ウチには態々堪え(・・)たがる心持ちなんてウチには理解出来ませんが〜…それを一生、続けられると思ってはりますか〜?」

「続けてみせるさ」

辻は断言する。

 

「俺は誰とも真の意味で比翼連理とはなれないかもしれないが、イかれた人間として生きるより独りの方がマシだ」

「……そうですか〜なら、仕方あらませんな〜〜…」

 

月詠は一つ息を吐き、ゆるりとした動きで腰の二刀を抜き放つ。

 

「……戦る気か」

「口で理解って頂けんなら、こっち()で語る迄ですわ〜。(はじめ)さんの言うてはることがどれだけ無謀で困難なことか〜…ウチが教えて差し上げます〜」

 

口端を三日月の様に吊り上げた狂笑を浮かべ、月詠は構えを取る。

 

『…主よ、殺るつもりか?』

「お前の口ぶりだと殺らない方が良い様な感じだな?……ともあれ、殺す気は無い。手足の一本斬り落としても、此処(麻帆良)なら何とか死なせずに持たせられそうだしな」

 

辻は矢鱈含みのある物言いをするフツノミタマを訝しみながらもそう返してから、随分と思考が物騒になっているな、と内心で独りごちる。

 

…引き摺られるな。箍が緩み出してる現状、下手打つと戻れなくなるぞ……

 

辻は自らを戒める様に自身へと言い聞かせ、目の前の月詠の動勢に全神経を集中する。

触れれば斬れそうな鬼気を発する辻を前に、月詠は意外な行動に出た。

 

「え〜〜いっ‼︎」

「……っ⁉︎」

 

気の抜ける掛け声と共に、月詠は軽く助走をつけた後に辻に向かって跳躍した。それも意表を突かんとする様な素早い動作では無く、ふわりと宙を漂う様に緩やかな放物線を描いて、辻の立つ位置へ斜め上方から緩やかに落下して行く。

言うまでも無く、方向転換の効かない空中でのそんな鈍間な落下はこの状況においては自殺行為である。

故に辻は刹那の時間迷いを得た。今の月詠は隙だらけ過ぎて、下手に斬撃を見舞えば殺してしまうかもしれない。辻の納める剣術は加減に向かず、また手にしている武器(フツ)も殺傷力が過剰に過ぎたのもこの場合は一因か。

それでも辻は、次の瞬間にはフツノミタマを唐竹割りに落ちて来る月詠目掛け繰り出していた。月詠の意図が読めない以上、単純に当て易さと相手の避け難さを重視して身体の中心線を狙ったその一撃は、この場合において妥当(ベター)な選択であっただろう。

しかし、機先を制されて更に奇襲めいた奇行により動かされた(・・・・・)形の辻のそれ(斬撃)は、拍子や動作こそ適切であれど、言わば気の抜けた一撃と相成ったのだろう。動揺が動作に見られずとも、かつて月詠の頭をかち割った時の一撃に比べて、あまりに今の辻は気迫に欠けていた。

故にだろうか。

月詠は豪速の斬撃を寸前で見切り、空中を蹴り抜いて辻の左後方へと跳躍。攻撃を回避すると同時に反撃を見舞うのに最適な死角へと廻り込んだ。

 

「っ‼︎……おぁあ‼︎‼︎」

 

しかし辻は己の一撃を躱された衝撃に浸ること無く、即座に振り下ろす最中のフツノミタマを手首を捻って横薙ぎの軌道に変化。同時に膝のバネと腰の超駆動で

、無理矢理に振り下ろしの一刀を月詠を追っての次撃に変える。無理な動きを課した身体の節々からは鈍い痛みが返ってくるが、その甲斐あって辻は月詠の振り上げた小太刀の一撃を受けることに成功する。

 

「あは♬」

「な……⁉︎」

 

しかし、決死の思いで防御に成功した月詠の一撃は、崩れた姿勢で受けを行った辻にして余りに軽い、牽制にも満たない様な粗末な斬撃であった。千載一遇の好機にそんな加減の過ぎる一撃を打ち込んでおきながら、何が楽しいのか裂けるような笑みを深める月詠に、辻が困惑の呻きを思わず洩らした、次の瞬間。

 

『…⁉︎、距離を取れ、主‼︎』

「っ⁉︎なん……‼︎」

 

フツノミタマの鋭い警告が辻の頭に響いたその時には、既に月詠の仕込み(・・・)は完全に辻を捉えていた。

辻が目にする、笑う月詠の姿が周囲の風景ごとグニャリと歪んだかと思うと、直後明瞭になった辻の視界に飛び込んで来たのは、燦然と輝く太陽と目の覚める様な青空だった。

 

「……は?………」

 

辻が思わず呆けた呟きを洩らした次の瞬間には、辻の身体は重力に捕らえられ、地上十m(・・・・)近い位置から正しく物理法則に従って落下を始めた。

 

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ⁉︎」

 

訳の解らない状況と落下の恐怖感から叫び声を上げつつも、辻は蜻蛉を切って落下の姿勢を整え、着地する体制に入りながら手に持つフツノミタマに問い掛ける。

 

「何がどうなったフツ⁉︎」

転移魔法符(・・・・・)とやらだ‼︎あの女は最初(ハナ)から主を飛ばす狙いで距離を詰める為にあのような奇行に出たのだろう』

「転移てお前、要するに瞬間移動か⁉︎何処だよ此処‼︎…って待て!あの女(月詠)一体何処へ……⁉︎」

 

ようやく事の元凶の存在を思い出しながらも、辻は迫る地面に膝のバネを活かして衝撃を殺しつつ何とか無傷で着地。素早く周囲を見回すと、其処は麻帆良の敷地内。諸学校と出店等の立ち並ぶ街路の丁度境目に位置する場所だった。

 

「……さっきの場所から距離にして一㎞少々って所か、然程離れてないぞ?」

『当然だ。転移符系の代物は特注の希少且つ高額な物を除いて、一般的に使われる様な代物の転移距離は精々が数百から遠くとも数㎞。ましてや此の地は結界が張られているのだから、敷地の外へは魔法具の類いを使っては出られぬよ』

「……だったら何だ?何の意味があってあの女は……」

 

(はじめ)さ〜ん、えろうすいませんでした〜、転移対象の(はじめ)さんが転移に同意を得とらんかった所為で、少々飛ばすポイントがズレてしもうたみたいですわ〜」

 

フツノミタマの解説に、益々月詠の意図が解らなくなり混乱する辻に対して、当の本人から声が掛かった。

辻はゆっくりと振り返り、相も変わらず楽し気に口端を吊り上げる月詠を睨み付けて問いを放つ。

 

「……お前一体何がしたいんだ?」

「う〜ん、言葉にすれば色々と長うなってしまうんですけど〜…一言で言うなら、(はじめ)さんに素直になってもらう為ですね〜」

 

月詠の返答に、辻は眉根を寄せてその言葉の真意を考える。要するに月詠は、一度拒絶された程度で諦める様な物分かりのいい輩で無いということなのだろうが、それと最前の移動劇にはどう考えても繋がりが見出せない。

 

「これから(はじめ)さんには、ちぃとばかし辛い目に遭って貰います〜えろうすいません〜……でも、(はじめ)さんが強情なんがあかんのですえ〜、ウチにあんまりつれなくするから〜〜…せやからこれは、お仕置きですわ〜〜」

「…訳が解らん上に勝手なことを…‼︎もう我慢ならん、今度こそ脳天かち割って『主よ』くれる、わって何だよフツ?」

 

謎めいた月詠の言動に苛ついた辻が戦意を露わに言葉を投げ付けていた最中、割り込んで来たフツノミタマの呼び掛けに気勢を削がれた形になった辻は、やや憮然とした声音で応じる。

 

『何か、聞こえぬか?主の腰元からだ』

「それが何だよこんな時に………いや…待て」

 

携帯か何かの着信程度の話かと、非常事態な現状を前に一蹴しようとした辻だったが、その聞こえて来た色気の無い、ピーピー、という無機質な電子音に引っ掛かりを覚えて、月詠の方を警戒しながらもポケットからその機器(・・・・)を引っ張り出す。

それはあくまで念の為に持って来たに過ぎない、告白行為要警戒者を探知する為の好感度センサーだった。画面の数値はとっくに危険域を通り越し、メーターの針は振り切れんばかりに右端で震えている。

 

……告白警戒者が、居るから何だって…言っちゃ何だが今それ所じゃ……待て、俺は何に引っ掛かりを覚えた?……

 

辻の頭は高速で回転し、センサーに関する事前説明の一項を脳裏に蘇えらせる。

則ち、センサーは好感度が高い数値を持つ告白警戒者が告白警戒ポイント内(・・・・・・・・・)に存在した場合においてのみ、警告音を発生させる。という条件項目を。

 

「……………っ!⁉︎…………」

 

明確に何が(・・)危険なのかをはっきりと形にして現せた訳では無い。

しかし、背筋を撫で上げる様な錯覚と共に襲って来た猛烈な悪寒に、辻は今直ぐにこの場を離れるべきだ、と理屈で無く本能で理解した。

だが、目の前の脅威(月詠)は生憎と、鈍間かな辻の決断を待ってはくれなかったようだった。

 

「止め……っ⁉︎」

(はじめ)さぁん」

 

蕩ける様な、上気した満面の笑みで月詠は。

 

(はじめ)さんが望むやり方(・・・)で〜…ウチのことを、愛して下さい〜〜……」

 

辻にとっての、破滅へのトリガーを引いた。

 

遠くで、世界樹が発光する。

 




閲覧ありがとうございます、星の海です。あまり話が進んでいませんね、申し訳ありません。月詠が最後にやらかして、次回本性を露わにする?辻と二人の恋する乙女の争い。援軍には馬鹿も駆け付けるやもしれません。今後の展開にご期待ください。それから、リクエストの件ですが、ものの見事にバラけましたので作者が一番気に入ったものを選んで描かせて頂きます。他のご要望も、時間が空けば執筆するか、本編に反映させて頂きます。時間はかかると思われますが、楽しみにお待ちください。それではまた次話にて。次もよろしくお願いします。

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