お馬鹿な武道家達の奮闘記   作:星の海

65 / 88
何やら思う様に筆が進まず、遅くなりました。恋愛描写って難しいですね……


4話 少年少女の恋模様 〜辻と刹那その3〜

物心付いた頃から、俺の眼に映る世界は自然に不自然だった。家族の身体にも、家や道場の壁面にも、庭の植木にも。家のテレビにも贈り物の銀食器にも森の中の岩にも近所の猫にも買って貰った絵本にも道行く自動車にも通行人森工場熊ビル道路小鳥時計台………………

眼に映るもの一切に、()が入っていた。他の誰に見えるかと聞いても皆が首を横に振る、対象の中心を縦に真っ直ぐ走った細くて黒い線が。

 

「……ねー、お父さん。なんで皆、お顔の真ん中に線が入っているの?」

「……何を言っているんだ?(はじめ)…」

 

どういう訳か俺以外に見えてはいないその()は無性に気になる代物で、堪らなくその境界から二つに分けたくなる衝動を沸き起こす。幼い俺は絵本や布切れ等、破れ易いものを弄んではそれを気味が悪い程綺麗に二つに裂いていたらしい。今にして思えば、気味の悪い子供だったものだ。

中でも俺は、小さい頃から鍛錬の一環で申し付けられていた、薪割りの手伝いが好きだった。

今でも初めて薪を割った瞬間のことを鮮明に覚えている。その幼い身体には持て余す両手持ちの重い斧をやっとの思いで振り下ろし、立てていた薪が鈍い手応えと共に真っ二つ(・・・・)になった時のことを。

刃が薪に喰い込んだ瞬間の感触に、何よりも二つに分かれて倒れた薪の形そのものに。言葉に表せない程の高揚と興奮を幼い俺は覚えたのだ。

 

剣の師匠にして実の父であるあの男の着ける鍛錬の日々は過酷にして厳しいものだったが、好きなこと(・・・・・)をより上手に、完璧に成せる様にする為にそれ(鍛錬)はうってつけだったから、投げ出そう等とは一度も考えず、只管に励んだ。俺は才にも恵まれていたらしく、中学生の半ばを越える頃には、腕前で俺に敵う様な人は師である父を含めて片手で数える程にしか居なくなっていた。

 

「兄さん……なんで、兄さんは……」

「…もう放っておけよ。俺がおかしいのは俺自身よく解ってる。でもしょうがないだろ、毎日毎日毎日毎日人と顔合わせる度に見える(・・・)んだ。お前にも解る様に言うなら、俺にとって()の入ってる人間は裸でいる女と同じなんだよ。更に言うなら好ましく思う人間ほど、俺はそれがたまらなくイイ女のように見える。俺はお前()のことすら今最も手を出したい、極上の美人に感じるんだ。…もう俺はどうにかなるよ。だから俺のことはもう、気にするな…(ひのと)

 

それと同じ頃だったろうか、何かを真っ二つにする行為に対して、高揚や歓喜の他に性的興奮(・・・・)を覚え始めたのは。 薪割りで興奮して股間を弄った思春期男子など全国広しと言えども俺位のものだろう。

その欲求が人を断ってみたい、とエスカレートするのに其れ程時間は掛からなかったし、色々悩みも躊躇いもしたが、結局あの時の俺は、衝動を我慢できなかった。

だってあまりに人の正中線を眩しく見せつけてくるあの()は、きっと俺の本能が見せている幻覚なのだ。ガイドライン(・・・・・・)を引いてやるから、やってしまえ(・・・・・・)と声無き声が俺に囁くのだ。

 

俺は弟の文字通り身体を張った制止によって踏み止まることが出来、家族の縁は遠のいたが、別の地(麻帆良)で再起も成せた。

 

「兄さんは優しい人だよ。だから僕に負い目があって出て行くのを否定はしない。…此処に居ても今は兄さんの方が辛いだろうから。でも兄さん。そうやって僕を気遣ってくれるんなら、兄さんには幸せになってほしい。いつか誇れるような立派なお嫁さんでも連れて、胸を張って帰って来てよ」

 

 

 

……悪いな、(ひのと)

 

…約束、守れないかもしれないよ……

 

 

 

 

 

 

 

「中村先輩‼︎反応は⁉︎」

「距離はもう三百も無えはずだ‼︎お前の位置からだとそこの角右の左で信号二つ目を右で多分らしい建物無えから上だ上‼︎」

 

刹那は電話越しに聞こえてくる中村の指示に従って、右手の細い路地を全速力で爆進する。通路中でどうやら昼間から酔っ払っていた中年親父が赤い顔を恐怖に歪ませて迫る刹那を見ていたが、生憎刹那には構っている余裕も時間も無い。地面を蹴って路地の左壁面に足を掛け、三角飛びの要領で酔っ払いを飛び越すと表通りに着地。再び左手に向かって疾走(はし)り出す。

中年親父の目から見ていたら、片手に日本刀引っ提げた焦りと怒りで顔が鬼の様な形相の可愛らしい少女があり得ない速度で突っ込んで来たと思ったら一瞬で掻き消えた様にしか見えなかったであろうから、酔い過ぎて幻覚でも見たようにしか思えなかっただろう。

豈図らんや、紆余曲折あったとはいえデートを乙女状態で全身全霊に満喫していた筈の刹那が何故右手に物騒なもの(日本刀)を持って恐い顔で急いでいるのかと言えば、それこそ言うまでも無く刹那の意中の人、辻 (はじめ)が恋敵?月詠に追い回されて何処かへ消えた旨を、出歯亀集団(剣道部員一同)から緊急報告として知らされたからに他ならない。

 

『桜咲桜咲ヤバいヤバい‼︎ゴスロリ来た日本刀持ってる、部長と話してる時の顔とかからして明らかにイッちゃってる系の白髪長髪女が刀抜いて逃げた部長追っ掛けてっちゃった⁉︎』

 

辻に贈る為のプレゼントを購入した直後に副部長(女)からそんな電話を受けて一瞬呆然とした桜咲は、直ぐに風体からそのゴスロリ女がかつて京都の一件で関わった逸れ(・・)の神鳴流剣士、月詠であると確信を持った。

 

…何故あの女が此処に……そして何故今……⁉︎

 

刹那は考えかけたが、何故今かは兎も角、何故辻の前に現れたのかは明白だと、混乱で頭の回らなくなっている己を叱咤して、刹那が辻と一旦別れた場所に集まっているという剣道部員一同と合流する為に走り出す。

 

そう、辻は京都の一件から暫くの間は折に触れてガタガタと震えながら刹那に弱音を零していたものだ。

 

『あのイカれ女は絶対にまたやって来る。他の馬鹿共は気にし過ぎだの怯え過ぎだの好き勝手言うが、あの女のあの時の狂態見てないからそんな事が言えるんだ。…頭かち割られて好感度上がるとかどう異次元にズレた世界のお人ですかぁ⁉︎…そんな女がまた顔を出すと言ったんだ、絶対に俺の心臓に悪い登場の仕方と台詞で俺の精神(こころ)を殺しに来る。例えば風呂上がりにバスタオル一丁で涼んでたらふと風を感じて振り向いて、閉めた筈の窓が細く開いてて訝しく思いながら閉めに立ったら窓越しに光が反射して映る背後の部屋の中で、ベッドの下から刃物片手に首だけ出してニタリと笑ったりとかヒィィィィ……‼︎』

 

等と、妙に具体的な例を上げながら頭を抱えていたが、要するに辻はかなり歪な形ではあるものの、月詠に好意を持たれて少なからず執着されているということである。刹那は辻の安否を様々な意味で案じながら焦りを押し殺して駆け付けると、待機していた剣道部員一同を代表して副部長,Sと何故か居た木乃香が矢継ぎ早に捲し立てる。

 

「二人共凄まじい勢いであっちの方へ駆けてった‼︎速過ぎて追いかけたウチの奴らも直ぐ見失ったんで今部長の携帯のGPSを探索中‼︎」

「私らこれ以上無い邪魔者が現れた感じだったから割って入ろうとしたんだけどその暇も無しに部長が逃げ出して……ゴメン桜咲、なんだかんだで尾け回してた件は後で幾らでも怒られるから今は協力させて!見た感じ、あの娘凄くヤバい感じだった。雰囲気っていうか、部長と話してた時の纏ってた空気が尋常じゃない!正直幸せ浸ってた桜咲に気付かれないように片付けたいとも思ったけど…多分私らじゃ相手になんない。部長を助けてあげて、桜咲‼︎」

「せっちゃん、ゴメンな〜…あの人、ウチの事件があった時の人や、間違いない。今手の開いとった中村先輩に連絡取って来て貰てるとこや。……行くんやろ、せっちゃん?ウチは止めへんよ、好きな人との恋路が賭かっとる。…でも、気ぃつけてな?」

 

色々と勢揃いしているこの状況に言いたいことは沢山あったが、今だけはその余計なお世話ぶりがトラブルの早期発見に繋がったことに感謝して、部員の一人が『物分かりの悪い奴が現れた時に手っ取り早く言う事を聞かせる為』携帯していた刃渡り二尺二寸の打刀を拝借し、刹那は駆け始めた。そうしてから連絡があった中村の指示で辻の位置目掛けて疾走(はし)る現在に至る。

 

 

『桜咲、これは決して巫山戯て言ってんじゃ無えが、もし(はじめ)ちゃん発見した時にRー18的な展開にヤンデレロリとなってても反射的に纏めて団子にしようとすんなよ?世◯様じゃ無えんだ、Bad Endだぞそれ』

「その言動が巫山戯て無くて何なんですか⁉︎縁起でもない話は止めて下さい‼︎」

『まあ落ち着け、まだ浮気相手…じゃねえ、ヤンロリが現れてからそんなに時間は経って無えそうだ。(はじめ)ちゃんの腕前ならこんな短時間でやられやしねえよ。魔法関係者の連中にも応援頼んだしきっと大丈夫だ。…流石に各所に散ってるレンジャーは間に合わ無えだろうが、場所が確定したら俺はそっちに飛べる(・・・)。冷静に行けよ、せったん』

「……とりあえずその呼び方は止めて下さい」

 

緊迫した状況にも拘わらず茶化す様な物言いを止めない中村に刹那は思わず電話越しに歯を剥くが、中村は口調を変えずに飄々と刹那を宥める。言葉通り落ち着かせてくれようとしているのだろうし、普段通りの言動を変えないのは、余裕を表して刹那に安心感を与える為なのだろうが、どうにも刹那はその気遣いをしてくる余裕(・・)が中村にある事自体にもどかしいものを感じる。

 

……解っている、言われる迄も無いことだ。非常時だからこそ冷静に力を振るい、十全を成す。私がこれまで当たり前の様にして来たこと、だ……

 

…なのに、何故。…こんなにも心が定まらない……剰え、歳上といえ遥かに私よりも()の経験が浅い中村先輩にまで当たりかけて……

 

……まるでこれでは、本当に唯の小娘でないか……

 

『せったん』

 

通りを駆けながらも己の変容に忸怩たるものを覚える刹那に、電話の向こうの中村が静かに呼び掛ける。

 

「……中村先輩、ですからその…」

「何考えてるか知らねえけど、好きな男の側に他の女の子が居て、しかも刃物持ってるシチュエーションで焦らねえ恋する乙女は居ねえからな?」

 

性懲りもなく妙な呼び名を続ける中村に力無く抗議しかけた刹那は、次の中村の言葉に口を噤む。

 

「…中村先輩……」

『照れ臭えんだろが今は変な誤魔化しは無しだ無し。…お前は焦っていいんだよ、せったん。プロっつーか戦うモンとしては確かに良い変化たぁ言い難いかもしんねえが、一つ教えといてやるよ』

 

中村は不敵な笑いと共に一旦言葉を切り、高らかにその言葉を電話越しの刹那に届かせる。

 

『この世で一等強え生き物は子供(ガキ)守るお母さんと恋する乙女だ。俺の母さんがそうだもん。母さんの乙女時代の武勇伝聞いて、俺を育ててる母親時代の母さん見てきた俺の言う事に間違いは無え』

 

自信満々に言い切った中村の自慢気な声音を余所に、刹那はガックリと脱力する。

 

「…中村先輩、それとこれとは……」

『話が別だ、って言いてんだろ?違わねえんだなぁコレが。まあ俺の母さんがどれだけもの凄ま美しいのかは今度ゆっくり聞かせてやんよ。今言いてえのはな、せったん』

 

中村は否定的な刹那の台詞を最後まで言わせずに掻っ攫い、言葉を続ける。

 

『さっきはBe cool くわいえっと的な感じのこと言ったが、せったんがあのヤンロリと対峙した時に発しなきゃいけねえのは腕っ節の強さじゃ無くて(はじめ)ちゃんへの想いの丈なのよ。……あのヤンロリは話聞いてっと中々重い感じにヤンでるけどよ、ヤンデレていようがツンデレていようがLOVEはLOVEなのよL・O・V・E‼︎』

「…それが…」

『聞け。…気持ちで負けちゃいけねんだよ、せったん。野郎と女が恋に落ちるのに時間も経緯も関係無え!大和撫子的な奥ゆかしさはこの際NG‼︎…何時もの自分じゃ無えなんてンなモン当たり前なんだよ。何処の世界に済ました顔で恋愛してる女の子が居んだ?これは侵入者の撃退若しくは捕縛なんつう色気の欠片も無え事態じゃ無え、恋の戦争だウラァ‼︎無様でも何でもいいから向こうの迫力にイモ引くんじゃ無……ああ⁉︎』

 

刹那に発破を掛けていた中村が唐突に言葉を切り、驚愕の声を上げる。

 

「⁉︎、どうしました、中村先輩‼︎」

 

只事でない様子のその声音に、刹那が俄かに緊迫して尋ねる。

 

…まさか月詠の他にも襲撃者が麻帆良の中に⁉︎

 

「中村先輩‼︎」

『…桜咲、お前んとこから見えるか、世界樹……』

 

やがて中村が呻く様な声で世界樹を注視する様告げて来る。

 

「…………?」

 

刹那は何の脈絡も無いその要請に首を傾げるが、冗談を言っている様子でも状況でも無いので、予め指示のあった裏通りへの曲がりを跳躍して屋根の上を通るルートに変更する。

 

「…っな⁉︎」

 

着地して世界樹の方角へ顔を向けた刹那は、思わず驚愕の声を洩らして足を止める。

 

全長百mを優に越える、青々と生い茂る枝葉を天に向かって伸ばす雄大な常緑樹。その迫力から通り名を世界樹、正式名称を神木・仙桃という、麻帆良の表裏を問わず象徴(シンボル)として其処に有る一本の巨大樹木。

その世界樹が、全体から淡い光を発光させ、光の粒子の様なものを輝く枝から麻帆良の一角へと、細く何かの(ライン)の様に、繋げながら降していた。

 

『例年の発光にゃ早えし、こりゃ若しかしなくても告白者出たぞ糞ったれ、こんな時だってのに……』

「…………中村、先輩…」

 

刹那は己の声が僅かに震えているのを自覚しながら、災難の畳み掛ける状況に愚痴を溢す中村へ呼び掛ける。

 

『……どした?』

 

只ならぬ様子の刹那に、即座に愚痴を切り上げて真剣な声で尋ね返す中村。

刹那は単に告白者が出ただけのことならば声音に現れる程の動揺はしない。ならば何が其れ程に刹那を揺るがしているかといえば、その答えは真に単純明解だ。

世界樹の放つ光の粒子は刹那の立つ位置からそう遠くない所に細く降り注いでいた。平時ならば通学路の一本なのだろうその通りの中心では

、遠目に薄らと見える刀を手に持つ男性(・・・・・・・・)がその光の粒子に包まれていたのである。

 

「…中村先輩、辻部長は今何処へ⁉︎」

『おう⁉︎……すぐ近くだ、お前んとこから北東に数百……待て、オイもしかしてこれ……⁉︎』

 

その、悲痛な響きさえ混じる刹那の問い掛けに気圧され、やや慌てて辻の位置を確認した中村が告げた言葉は、半ば事実だと理解(わか)っていた最悪の状況が本当に起こり得ているだと確信させるものだった。

 

「…私は行きます‼︎中村先輩も早く‼︎」

『ちょい待て慌てて突っ込むな桜…⁉︎』

 

最早電話を切るのももどかしく、刹那は打刀を手に全速力で月詠と対峙する辻の元へ駆け出した。

 

 

 

「気分は如何ですか〜(はじめ)さん〜?」

 

月詠がまるで、ご馳走を前に「待て」をさせられている犬の様に、愛欲の滲み出る期待で歪に歪んだ笑みを浮かべながら弾んだ声で問う。それに対して辻は、世界樹の魔力が身体に浸透仕切ってから伏せていた顔を上げる。

別に、辻の顔には思わず逃げ出したくなるような凶相等は浮かんでおらず、従来の柔和な表情を浮かべたままだった。

 

「っ‼︎あは、あはは‼︎ええですよぉ(はじめ)さぁん‼︎ますます素敵にならはりましたわぁ〜‼︎」

 

にも関わらず、その佇まいには、人を見ただけで不安にさせるような、得体の知れない何か(・・)があった。

例えるならば、折り目正しいスーツ姿の男性が町中に立っていても何ら違和感は無い。しかし、同じ姿の男性が鬱蒼と草木の生い茂る暗い森の中から現れたら、不気味なものを感じるだろう。

今の辻はそのような、歪にしてその場にそぐわない、いてはいけないもの(・・・・・・・・・)であると人に感じさせるような雰囲気を漂わせているのである。

そして月詠はそんな不気味な辻の変貌を心の底から嬉しく思い、祝福していた。

 

「……月詠…」

「はい〜」

 

静かに、それまで一度も真面に呼びはしなかった名を呼びかける辻に、うっとりしながらツクヨミが答える。

 

「…いじらしい奴だな、お前は…こうまでして俺の気が曳きたかったのか?」

(はじめ)さんが先輩とばかりイチャイチャしてるからいけないんですわ〜あないに仲睦まじい様子を見せつけられたら、やきもち焼くに決まっとります〜」

 

ぷう、と可愛らしく頬を膨らませる月詠に辻は優しく微笑みかけて、

 

「そうかそうか。確かにお前を邪険にし過ぎたなぁ、悪いことをしたよゴメンな月詠」

 

お詫びと言っちゃ何だけど…、と辻は少し気恥ずかし気にはにかみながら静かにフツノミタマ(・・・・・・)を振り上げる(・・・・・・)

 

 

「お前をもっと綺麗(・・)にしてやりたいんだ、いいかな?…お前は殆ど完璧に綺麗な対称の面立ち(シンメトリー)をしてるから、これ以上無く綺麗な分かれ身にしてやれると思うんだ」

 

 

お前さえ良ければだけれど、どうだろう?と照れ臭そうに顔を赤らめつつ告げる辻。

その様子は、彼女とショッピングをしている最中にプレゼントをしたいと提案している彼氏そのもの(・・・・)だった。

辻は本当の本気で、好意的に思っている対象に好意を表す手段として、対象自身の両断する(・・・・・・・・・)という行為を選択することを、欠片も疑問に感じてはいなかった。

 

「はい…はい〜‼︎無論ですぅ勿論ですぅぅぅぅぅっ‼︎(はじめ)さんのがウチをお頭から端ない股座までおろして(・・・・)くれるなんて、そんな素敵な愛のお言葉ウチ産まれて初めてですわぁぁ、あはははははははははは‼︎……来て下さいぃ、(はじめ)さぁん。ウチもキッチリお返ししますからぁ〜、斬って斬られて愛し合えるなんて夢みたいですぅ〜〜…ウふ、うひはあはははははははぁ‼︎‼︎」

 

狂わされた男の言葉に狂った女が答え、二人の周囲は薄気味悪い迄に濃密な、言葉にするならば愛念と欲情とよく解らない何かがグチャグチャに混ざり合ったとしか形容出来ない感情の渦に満たされる。

辻が微笑みながら傍目にはそれと解らぬ、その軋みを挙げかねない程に柄を絞り込み、蕩けた表情(かお)の月詠へ斬り掛かろうとした、正にその瞬間。

 

「済まんな、主」

「……っ⁉︎」

 

何の前触れも無く辻の真横に出現(あらわ)れた長い黒髪の女(・・・・・・)が辻の(かいな)に己が両腕を絡み付け、腕の自由を奪った上でフツノミタマの刀身を持つ辻の手に、袴に包まれた膝をかち上げた。

結果天高く跳ね上がったフツノミタマの刀身。それに素早く反応したのは月詠であり、回転しながら放物線を描いて辻の斜め前方に飛んで行くフツノミタマへ飛び付く様に跳躍し、手の中に収めようとするが。

 

「お呼びで無い、失せろたぶれ(・・・)が」

「な……っ⁉︎」

 

瞬間移動したかの様にフツノミタマの柄を逆手に取った体勢で空中から滲み出る様に現れた黒髪の女に蹴りの一撃を喰らい、敢え無く地面に叩き落された。見れば、拘束を振り解こうともがきかけていた辻の傍らから、既に黒髪の女の姿は無い。

そう、一触即発の状況に割り込み、辻を武装解除して月詠を蹴り剥がしたのはフツノミタマの擬体である女性の魔力構成式擬似人体だった。

フツノミタマは己が本体を掌上でくるりと反転させて順手に持ち替えると、余分な力の抜けている堂に行った青眼の構えを取り、辻と月詠を底角とした二等辺三角形の頂角地点で二人を睥睨する。

 

「……フツ、何をするんだお前。どうして邪魔をする?」

「……なにしてくれはるんですか〜〜フツノミタマさ〜ん……?」

 

辻が戸惑った様な表情で、月詠が俄かに殺気を帯びた、細めた目の顔でそれぞれ抗議の言葉を送る。フツノミタマは構えを崩さないまま僅かに肩を竦め、月詠を視線すら向けずに黙殺して辻のみに答えを返す。

 

「決まっているさ、貴方に其処のたぶれを断たせない為だよ主」

「……だから、何故だ?よもやお前が、人を断ってはいけないなんて言いはしないだろうに。…お前は俺の斬撃に、惹かれているんじゃ無いのか?」

 

辻は怒気こそ発していないが、その顔には少なからず苛立ちが浮かんでいる。一般的な感覚で言うならば、恋人との触れ合いに突然割り込まれた様なものなのだから、怒らない方がおかしな話だろう。

 

…それでも尚、短慮に向かって来る様な事はしない、か。…矢張り人格を変えられたというよりは、一部の認識をズラされた、といった感じなのだろうな。…面倒な事態に陥ったものだ……

 

あくまで物腰自体は以前と変わらぬ辻の言動にそう見立てを付けて、フツノミタマは嘆息でもしたい気分に駆られる。

それでも尚、彼女(フツ)には彼女(フツ)なりの譲れないものがあった。

 

「ああ、そうだ。確かに私は貴方の一閃に惚れ込んだ性質(タチ)さ、主。しかし生憎私は好みが五月蝿く理想の高い面倒な地雷女でね」

 

戯けた物言いとは裏腹に、凍える様な視線を据わった目付きの月詠に向けてフツノミタマは語る。

 

正気(・・)の貴方に振るわれるならば例え何千何万だろうと、人風情(ヒトふぜい)など藁束の如く掻っ捌いてくれて構わないさ、如何でもいいことだからな。しかし今の主は正気で無い。自らの意思で他人を断つと、定めていないのだよ。私と貴方の栄えある第一歩を、其処のたぶれ如きの姑息な仕掛けで台無しにしてたまるものか。…やっと見つけた()の主だ。詰まらん真似は、させもやらせも、してたまるものかよ……‼︎」

 

だから生憎だ、たぶれ。と嘲る様にフツノミタマは月詠へ告げる。

 

「主はお前程度と堕ちる(・・・)には勿体無さ過ぎる良い男だ。好きにはやらせんよ、失せるがいい」

「…………鬱陶しい女やなあ、自分…………‼︎」

 

月詠は崩れた口調で軋る様に呟き、瞳孔の開いた崩れた表情(かお)でフツノミタマを殺気の篭った視線で突き刺す。

 

「落ち着くんだ、月詠。フツはこういう所がある奴だからな、俺も時折振り回されるんだ。フツはやると言ったら殺る(・・)からな、無闇に突っ掛けたりするんじゃないぞ?」

「……(はじめ)さぁん…………」

 

そんな今にも弾けそうな月詠を優しく制したのは他ならぬ辻であった。僅かに殺気を収め、拗ねた様に名を呼ぶ月詠に微笑みかけてから、改めて困った様な顔で辻はフツノミタマへ言葉を投げ掛ける。

 

「フツ、俺は正気なつもりだぞ?そう頑なにならずに、お前で月詠を断たせちゃくれないか?お前じゃ無いとこう、入ってから胸骨へイッた辺りでの抜ける(・・・)感触が違いそうなんだよ。今迄人を斬ったことは無いけれど、何と無く解るんだ、そういうの。お前が一番気持ち良さそうだし、綺麗に出来そうなんだ。なあ、頼むよフツ」

 

全くの正気で狂気を吐く辻にフツノミタマは静かに首を振り、答える。

 

「本当に正気で吐いてくれたならば嬉しい言葉だったのだがな、主。造られた認識(想い)で無く本心だと理解していても、貴方が望んで吐いたので無くば、その言葉を受け入れる訳にはいかんよ主」

「…………そうか…………………」

 

フツノミタマの言葉に辻は残念そうに肩を落として、

 

「じゃあしょうがない、本意じゃ無いが手荒(・・)に行くしかないな」

「……っ⁉︎」

 

そう言い終えるか終えないかの内に辻はフツノミタマの懐近くまで踏み込み、無造作な抜手の一撃をフツノミタマの水月辺りに突き刺していた。

 

 

 

刹那がその場へ飛び込んだ瞬間目に入って来たのは、辻と月詠がフツノミタマを二人掛かりで潰そう(・・・)としている光景だった。

 

「……っちぃ‼︎」

「あははははははぁ‼︎これはこれで愉しいですわぁ、宛らデェトみたいですぅ〜〜‼︎」

「やり過ぎるなよ、月詠。擬体とか言ってるけど、ダメージが入り過ぎたら何か悪影響があるかもしれないからな」

 

舌打ちをしながら滑る様な動きで後退するフツノミタマに左右から襲い掛かる辻と月詠という状況に、刹那は理解が追いつかずに思わずその場に立ち竦む。そうしている間にも奇妙な戦闘は激化していった。

フツノミタマは一切の容赦無く月詠に斬撃を見舞うが、月詠は興奮してテンションが振り切れていても思考そのものは冷静らしく、刀の間合いギリギリから牽制をかけるだけで決して無理に攻撃を仕掛けようとはしない。対して辻はフツノミタマを殺そうとはしていないらしく、攻撃そのものに殺気は無いがその代わり一切の容赦が無い。目にも止まらぬ踏み込みからの拳足は徐々にフツノミタマの擬体にダメージを蓄積させて行く。

 

 

……なんだ……これは………

 

……辻部長が…違っている(・・・・・)…………⁉︎

 

 

刹那はこの状況がどういう経緯で成り立っているのか、見当すらもつかない。つくよみの狂態は兎も角、目の前の辻は、振る舞いがあまりに普段とかけ離れてしまっている。

まぎれもなく辻本人だと理解していながら、刹那には目の前の辻が別人のように見えて仕方がなかった。

 

「……っ‼︎、辻部長ぉぉぉぉっ‼︎‼︎」

 

様々な意味で目の前の光景を見ていられなくなった刹那は、あらん限りの大声でフツノミタマへ飛び掛からんとしていた辻に呼び掛ける。

 

「あや〜?」

「……小娘?」

 

「………桜咲」

 

思いがけない闖入者の登場に月詠とフツノミタマが目を見開く中、辻は躍り掛かろうとしていた体勢をピタリと止めて刹那に向き直り、静かにその名を呼ぶ。刹那は自分の方を見向いた辻の姿を見て小さな、されど無視することの出来ない違和感を感じた。

 

……当たり前だが、姿形は変わっていない。物腰も先程までと変わりない。…普段の辻部長だ………

 

しかし(・・・)

 

その普段通りの辻が平然と忌避していた月詠と並んで自らの相棒(パートナー)と言ってもいいフツノミタマを痛めつけているという矛盾に、刹那は全身の産毛が逆立つ様な緊張と、恐怖を得ていた。

 

「……何を、しているんですか。辻部長……?」

「………あー……」

 

僅かに掠れた刹那の問いに辻は気まずい様子で頬を掻き、困ったように一つ呟いてから話し出す。

 

「なんというか、すまん桜咲。そうだな、何も言わずにお前を放っ出して、何やってるんだなんて当然の疑問だよなぁ……うん、本当にすまなかった桜咲。急に月詠が押し掛けて来たから伝言する余裕も無くてな。…それで、何だ、桜咲。重ねて本当に申し訳ないんだが、この後お前と学祭を巡れるか保証が出来なくなってしまってさ……」

「そんなことは‼︎……如何でもいいとは言いません、…でも私はそんなことを聞いているんじゃありません‼︎」

 

よりにもよってデートが中断したことを詫び、更に今後の予定が立ち行かなくなるかもしれない旨を謝罪してくるズレた辻に、堪り兼ねて刹那は叫ぶ様に告げる。

 

()をこれから!しようとしているんですか辻部長‼︎」

 

辻はむ、と呻いて再度頬を掻き、眉根を寄せて言葉に詰まった様子を見せる。

すると言い淀む辻の後方で、油断無く刀を向けるフツノミタマに、こちらも二刀を構えて対峙していた月詠がクスクスと笑声を洩らす。そのまま月詠は、一歩の踏み込みで斬られないよう用心深く距離をフツノミタマから取りつつ、刹那へと声を掛ける。

 

「あんまりそないにして(はじめ)さんを急かしたらんであげて下さい〜先輩〜?」

「月詠………‼︎」

 

矢鱈と辻に対して馴れ馴れしい月詠の言動に小さくない苛立ちを覚えながらも、刹那は月詠(事の元凶)へ鋭い舌鋒を返す。

 

「…貴様、辻部長に何をした」

「……ん〜、惚ける意味もありませんからお答えしますけど〜多分、先輩が聞いてももう、如何にもならしはりませんえ〜?」

「いいから答えろ‼︎」

 

のらりくらりと間延びした調子で話す月詠の何処か堪に障る薄笑いに、冷静で居ろと自身を戒めながらもつい語気の荒くなる刹那。

 

「苛ついてますな〜先輩〜?…まあお気持ちは解ります〜、愛しい人が他の女と仲良うしとったら気に喰わんのは当たり前の話ですわ〜……でも先輩が(はじめ)さんとデートしはっとるんを見た時は、うちもそういう(・・・・)気分になったんですから、これでおあいこですえ〜〜?」

「……っ‼︎」

 

あくまでも本題に入らず、挑発する様な言葉を投げ掛けてくる月詠に、刹那は思わず一歩足を踏み出しかける。

 

「止めておけ」

 

しかし、月詠の注意が一旦逸れた隙を突いて刹那の側に瞬動を用いて現れたフツノミタマが、刹那の肩に手を置いて制止する。

 

「…‼︎フツノミタマさん、これは一体…⁉︎」

「話せば長い様で短いが……簡単に纏めるならば、今の主は正気に見えて正気じゃ無い。あのたぶれ女の策略で世界樹の魔力の影響を受け、一部の認識が書き換えられて暴走している状態だ」

「っ‼︎……やはりですか……‼︎」

 

駆け付ける前に見ていた光景からしてそうではないか、と予想していた事を肯定されて、刹那は歯噛みする。

しかし、元凶の月詠と他ならぬ辻本人によってフツノミタマの説明は否定される。

 

「その言い方はあんまり適切やありません〜フツノミタマさん〜。確かに世界樹の魔力をウチは利用しましたけど〜、ウチがやったんは、単に辻部長を素直(・・)に振る舞える様にしただけですえ〜〜?」

「……そうだな、月詠の言う通りだ。確かにきっかけこそ後押しされてだけれど、これは紛れも無く俺の意思なんだよ、桜咲」

 

「………、何を…………⁉︎」

 

要領を得ない二人の言葉に、刹那が混乱する。その横でフツノミタマは目を細め、不機嫌な様子で鼻を鳴らして言葉を返す。

 

「何をほざく。貴様は主に自分を愛する(・・・)様思考を誘導していただろうが。……小娘、私からすれば貴様の心情など如何でもいいことだが、主がそれを望まぬ以上急速に暴露を進めることを私はしなかった。…しかしどうせ主は今日にでも話すつもりだった様であるし、今は非常事態だ。私の口から告げさせてもらうぞ」

「……何の話をしようと言うのですか?」

 

自己完結の感が著しいフツノミタマの言葉を聞いて、先程から話にさっぱり要領を得ない刹那が戸惑った様子で問い掛ける。フツノミタマはフン、と鼻を鳴らし、辻にとっての重大な秘密を刹那に対して語り出す。

 

「話を手早く進める為に状況説明を先に進めるぞ。主は現在あのたぶれ女に、主のやり方でたぶれ女を愛してくれ、という一種の告白を受けて世界樹の魔力によりそれを実行する為行動している」

 

その台詞に刹那は歯噛みするが、直後に状況の異常性に気づき、問いを重ねる。

 

「……ならば何故、辻部長は月詠と結託してあなたを襲っていたのですか?」

「それだ」

 

苦々し気にフツノミタマは言葉をはき捨てる。

 

「…通常ならば貴様らが警戒していた凡人共の様に、主があのたぶれ女に愛の言葉でも囁いて、貴様辺りがやきもきするだけで終わったのだろうよ。…しかしそういった方面の感性において、主のそれ(・・)は些か異常に過ぎたのだ」

 

「……如何いう……」

「いいよ、フツ。そこから先は自分で言うから」

 

中々本題に入らないフツノミタマの説明に業を煮やし、先を促しかけた刹那の言葉に、辻の静かな宣言が覆い被さった。

刹那が思わず視線を辻に戻すと、辻は何処か寂し気な微笑みを浮かべながらも、しっかりと刹那を見据えて言葉を紡いでいた。

 

「…本当なら学祭を廻り終えた後辺りに伝えるつもりだったんだけどな。こんなことになってしまったから、この場で言わせてもらうよ、桜咲」

 

俺はさあ、と辻は両手を広げ、まるで己の恥部を晒しているかの様に、恥ずかし気に顔を染めながらも、刹那にその秘密を告げた。

 

「人や物が真っ二つになった姿に興奮を覚えるんだ」

 

「……………は?…………………」

 

告げられた言葉の意味が俄かに理解出来ず、刹那は呆けた疑問符を返すことしかできなかった。その様子を見て辻は口元に苦笑を浮かべ、そうだよなぁ、と呟きを洩らす。

 

「まあ、理解出来ないよな。当たり前の話だ。俺自身もこれが真面で常識的な感性だとは思っていない。……ただ、まあ俺から言わせて貰えば仕方が無いんだよ。イカれた嗜好と理解(わか)ってようが、どんなに生きていく上で害にしかならない代物だと解っていても………」

 

希望を持つことを投げ出してしまった様な、諦念に満ちた寂しげな微笑みを浮かべながらも、辻ははっきり言ったその言葉を言い切った。

 

好き(・・)なものはしょうがないんだよ」

 

「…………辻、部長………………‼︎」

 

いろいろ聞きたいことがあった。言いたい事はそれ以上に。

しかし刹那は、その憂いを帯びた表情を確かに過去、豪雨の降りしきる中、女子寮の前にて見たことがあったが故に、辻が紛れもなく正気で、かつて話すことのなかった本音を語っているのだと、理解してしまっていた。

 

「……俺は他人に好意を抱けば抱く程、そいつを頭頂から股下まで一直線に斬り下ろしたくなる。中村達馬鹿共も、ネギ君も杜崎先生も近衛ちゃんも明日菜ちゃんも綾瀬ちゃんも宮崎ちゃんも朝倉も古ちゃんも那波ちゃんも長瀬ちゃんも小太郎君も篠村も高音さんも愛衣ちゃんも相坂ちゃんも……そしてお前もだ、桜咲」

 

イかれてるだろう?と辻は苦笑を深めて呟く。

 

「言うまでもなく人は半分に分かれてしまったら生きていられないよな?…だから俺は今まで、欲求を押し殺して生きてきた。笑顔で他人と接している裏で、他人を斬り殺すことしか考えていない、正真正銘の異常者が俺だ。…だからお前といい加減に離れなきゃいけないと思っていた。このまま接していたら、いずれ歯止めが効かなくなるのは目に見えてたからな。…見方によっちゃあ、丁度良かったんだと思うよ、この一件は。勝手な事を言っているのは承知の上だけれど、もう俺に構うな桜咲。お前に好意を抱くからこそお前を殺してしまいかねない俺の様な異常者なぞ見限って、もっといい男を見つけてくれ。お前なら、男なんぞ引く手数多だろうから、さ……」

 

俺は俺で、相応しいだろう相手が見つかったからさ、と、辻は若干寂し気に笑いながらも月詠へ向き直る。月詠はそんな辻を愛おし気に見返した後、呆然と立ち竦む刹那へ憐れむような視線を向け、言葉を投げ掛ける。

 

「そういうことです〜先輩〜。いきなりこないなフラれ方してお気の毒ですけれど〜、(はじめ)さんの言う通り、先輩と(はじめ)さんが付き合うんは、無理があったんやと思いますわ〜。…先輩、(はじめ)さんの普通と違うトコ、その様子やと全く理解してませんでしたでしょう〜?(はじめ)さんを単に優しくて包容力のある人、なんて風に見てはりましたなら〜先輩に(はじめ)さんの相手は到底務まらんと思いますわ〜。ですから先輩、悪いことは言いませんから…「五月蝿い黙れ」……っ⁉︎」

 

唐突に発せられた、斬りつける様な低く、短いその一喝に、捲し立てていた月詠は思わず口を噤んだ。

それ程の威圧感が言葉を発した刹那からは発していた。思わず辻が振り返り、傍らのフツノミタマが目を見開いた後に薄く微笑む程の。

刹那は完全に据わった目付きで月詠を睨み付け、更には横の辻をも冷たく見据える。

 

「……先ずは辻部長、貴方の言葉が十割私への気遣いから出たものだと私は勝手に確信していますが、間違ってはいませんよね?」

「……桜ざ、」

「黙っていて下さい」

 

ピシャリと何事かを告げ様とした辻を制して、刹那は手に持つ打刀を辻に突き付けると、怒気の混ざった声で辻を糾弾する。

 

「今度ばかりはその空回りぶりに怒りが込み上げましたからはっきり言わせてもらいますが、辻部長。…私ってそんなに頼りないですか?」

 

刹那は怒っていた。下手をすれば木乃香が攫われた時と同等か、それ以上に。

 

「三年近くも同じ部活動に所属してお互い腕を磨き合って。頼んでもいないのに人の交友関係をわざわざ気にして裏から手を回して仲直りまでさせて、私の親友と私自身を英雄(ヒーロー)みたいに助けて見せて。挙句の果てに私が嫌っている化け物地味た外見まで受け入れて!……貴方は其処までやって見せて、私が貴方の異常的(アブノーマル)だか少数的(マイノリティー)だか知りませんが、たかが少々一般的じゃない性癖(・・)一つで貴方を病的に毛嫌いするようになるとでも?…どれだけ私を安い女だと思っているんですか」

 

実のところ刹那は、辻が何か普通ではないものを抱えていて、辻がそれをひた隠しにして周りと付き合っているのを何とは無しに察していた。

それは中村達が時折辻に対する言動に不自然な遠慮が見え隠れしていたからかもしれないし、あるいは刹那自身が重大な隠し事をこれまで続けて、人生を過ごしてきたからこそかもしれない。

いずれにせよ刹那は、辻に対してそれ(・・)を無理に聞き出そうとは思っていなかった。刹那の問題に対して、辻は決して無遠慮に踏み込もうとはしていなかったし、何より辻はそれを隠すことに少々の無理はしていても、隠し続ける行為自体を厭うてはいなかったからだ。

 

「先ほど語っていただいたことがあなたの秘密であり負い目だと言うのなら、それを隠していたことを私は不義だとは思いませんし、それ一つであなたの価値を決めようだなどとも思わない。……貴方の図抜けたお人好しぶりが、ただの演技だったなんて私は思えない。貴方自身が理解していないのなら、私がはっきりと断言して差し上げます」

 

刹那はその両眼に強い意志の光を込め、辻の両の瞳を見て宣言する。

 

「貴方の本性が人でなしに近いそれなのだとしても、貴方という人は紛れも無く立派な人間だ。私はあなた程優しくて、頼りになって、…格好良い人を他に知りません。寧ろ貴方にも疚しい部分があると知って、私はホッとした気分です。欠点の無い人なんて、付き合っていても息苦しいですから」

 

そうして刹那は、呆然と目を見開いている辻から視線を月詠に移し、その目線に激しい敵意を乗せて、言葉を叩きつける。

 

「先ほどは随分と私に対して、辻部長の事で偉そうに講釈を垂れていたが、貴様こそまだ出会って如何程の言葉を交わしたわけでもない顔見知り程度の付き合いで、辻部長の何を知っていると言うんだよ勘違い女。貴様はたまたま感性がほんの僅か似通っているから、此の人の心をわずかに揺らせただけの話だろ?…現にお前は世界樹の魔力に頼って姑息に辻部長を洗脳して、無理矢理本懐を遂げようとしているだけじゃないか。辻部長は貴様の誘いに乗らなかったのだろう?内に秘めたものがどれだけ周りと外れていようと、その上でどう生きるかは本人の勝手だ。…お前の独りよがりで辻部長を碌でもない道へ踏み外させようとするな、イかれ女が」

 

刹那は一方的に吐き捨てると月詠の返事も待たずに、再度辻へと向き直る。

 

「今現在正気でもない貴方にこんなこと(・・・・・)を伝えて、どれほどあなたの響くかなんて判りませんけどね、辻部長……」

 

……ああ、こんな滅茶苦茶な状況で、ムードの欠片も無い緊迫した空気の中で。更には外野が一人と一刀も居るのに、言ってしまうのか、私は。…勢いで………

 

あんまりと言えばあんまりな自分の恋外下手さ加減に思わず苦笑が滲み出る。

 

……でも、いいか…………

 

元より上手な駆け引きなんて自分に出来るとは思っていない。好きならば方振り構っていられないと言ったのは、木乃香だったろうか、それとも明日菜だっただろうか。まさしく今、そういう気分だった。

それに、と、刹那は辻を見据えていた視線を僅かな間だけ横合いに居る月詠に移し、顔から完全に笑みの消えた、なんとも厭な視線を向けてくる気に入らない顔を視界に収め、新ためて強く思う。

 

……こんな女に辻部長(愛する男)は渡せない………‼︎

 

だからこそ、刹那は想いの丈を吐き出した。

 

 

「…私はもう、自分でもどうしようもない位に……貴方のことが、好きなんです」

 

 

辻は目を見開いた驚愕の表情で固まっていた。やがてその身体は瘧が掛かったかの様に震え始めて、辻は頭を両手で抑えて譫言の様な呟きを洩らし始める。

 

「俺、は…俺は桜咲が……でも俺は月詠を愛していて、でも、俺桜咲と…なんだ、なんで俺、二人のことが………⁉︎」

 

「………辻部長……」

「無茶な描き変え(認識変更)が魔力によって為された所為で生来の主の性格と思考形態に齟齬が生じて混乱し始めているな。まぁ主の性分からして二人の女を同時に愛する様な甲斐性は様々な意味であるまいから当然の矛盾だな」

 

様子のおかしい辻の安否を気遣う刹那の横で、それまで特に興味も無さ気に刹那の告白を聞いていたフツノミタマが形だけの嘆息と共に言い放つ。

 

「……小娘。正直貴様の恋慕の情が実るかどうか等は私にとってどうでもいい話だが、あの勝手にヒトの主を誑かすたぶれ女に持っていかれる(・・・・・・・)よりは貴様のほうが幾分マシだ。…主をこれから正気に戻す、手伝え」

「貴女は貴女で気に入らない物言いですが…同じくあのイかれ女よりは貴女の方が万倍はマシです。貴女が言い出さなければ私が申し出ていましたよ、異論などある筈がありません」

 

刹那の返答にフツノミタマは僅かに目を細めて頼もしいことだ、と嘯き、肩を並べて策を語る。

 

「策という程のモノでは無いがな。私が主を断てば(・・・)それで終わりだ」

「……辻部長に浸透している世界樹の魔力のみを断ち切る、ということですね?…出来るのですか?」

「愚問だな、私が出来ずに他の誰が出来得る?或いは極まった主ならば可能かもしれんがな。…問題は一つ、だ」

「ええ……現状不安定な辻部長は兎も角、あちらは確実に邪魔をしに来るでしょうから、ね……」

 

言葉と共に刹那が目線を向けると、其処には能面のような無表情の中両の瞳に物騒な輝きを秘めて、月詠が刹那とフツノミタマを見据えていた。

 

「……あ〜〜………正直言ってムカつきましたわ〜、(はじめ)さんもこないになってしまいましたし〜〜…他人を斬る理由に怒りがついてくるなんて、本当に何年ぶりでしょうか〜〜……」

 

月詠はぬらりとした輝きを放つ小太刀と短刀を眼前に掲げ、首をゴキリ、と音を立てて鳴らしながら真横に頭を傾けると、殺意に濡れた声音で宣言する。

 

「人の恋路を邪魔しはるなら〜、蹴られる前にウチが掻っ捌いて差し上げますわ〜〜……‼︎」

 

「……だ、そうだぞ小娘?」

「流石キチガイは言うことが自分本意に過ぎますね……‼︎」

 

刹那はフツノミタマと頷き合い、同時に辻と月詠目掛けて踏み込んだ。

 

 

「たぶれ女を止めていろ!手早く決着(ケリ)を着けてやる‼︎」

「辻部長は任せましたよ、フツさん‼︎」

 

叫び様刹那は瞬動で一気に打刀の届く間合いまで距離を詰め、容赦の欠片も無しに月詠へと神鳴流の斬撃を打ち込んだ。

 

「神鳴流奥義、斬岩剣‼︎」

「…ざ〜んが〜んけ〜〜ん‼︎」

 

大上段からの一撃を同じく気の込められた右手の小太刀で打ち流した月詠は、左の短刀を逆手に持ち替えて振り上げ、刹那の内腿を裂きに行く。

軸足を変えて踏み込んだ足を引き、反撃を躱した刹那は胴薙ぎの一撃を見舞う。地を這う様な低姿勢で斬撃を潜った月詠は二刀を輝かせ、伸び上がりながら必殺の連撃を見舞う。

 

「にと〜れんげきざんてつせ〜ん‼︎」

「っ!神鳴流奥義、拡散斬光閃‼︎」

 

螺旋状の斬撃を二刀から連続で飛ばし、たとえそれらを交わしたとしても距離を詰めた月詠が体勢を崩した相手に致命の斬撃を見舞う詰み(・・)の連撃。生来の神鳴流では成し得ない圧倒的な手数を誇る月詠だからこそ可能とする物量の暴力に対し、刹那は真面に全ての迎撃をしようとはせずに手にした打刀を横薙ぎに一閃。瞬時に発生した拡散する光の刃が遅い来る螺旋の斬撃とぶつかり合い、双方が弾けて消える。

相殺された互いの気がまるで靄の様に散る中、刹那は挟み込むように左右から斬り付けて来た月詠の二刀を後ろへ退いて躱し、逆袈裟の斬り上げを打ち込むが、月詠は滑るような動きで身を捻って躱し、突きで反撃。捌いた刹那も斬り返す。

徐々に大きく場所を動かないようになった二人は、火花の散るような剣戟の応酬を始めた。

 

「貴様は‼︎…一体何がしたいと言うんだ月詠ぃ‼︎」

「先輩に言うても解らへん話ですわ〜」

 

至近距離から顔面への短刀による突きを鍔元で弾き返し様、刹那は月詠を怒喝するが、その圧力に全く怯んだ様子の無い月詠は飄々と返し、斬撃を見舞う。

 

「何やら綺麗事でええ感じに纏めてはりましたけど〜、(はじめ)さんは紛れも無く此方側(・・・)の人間です〜〜……あのまま善い人続けさせとると、いつか絶対に(はじめ)さんは壊れてしまいますよ〜?…理解(わか)っとらんのは、アンタの方や」

「……それであの人の認識まで弄って手を汚させた挙句に心中か?巫山戯るな‼︎死にたいならば勝手に他所で野垂れ死ね‼︎」

「そないなことを言うとるから、先輩は理解(わか)っていないと言うんです〜〜」

 

激昂する刹那に対して月詠は嘲る様に嗤い、歪んだ想いを叩きつける。

 

 

「この意味のない詰まらん世界で、何かを成す事になんて意味はあらしません。人はただやりたいことをやって、それなりに生きて死ねばいいんですわ〜〜……その最期が愛する人に斬られて、愛する人を斬って終われるんだったら…それはなんて素敵なことなんでしょう〜〜……」

 

 

「っ‼︎………異常者め‼︎」

 

クスクスと楽し気に嗤う月詠に、最早言葉は通じないと悟り、一層激しい剣戟を見舞う刹那。月詠は刹那の気迫に応ずる様に一層楽しそうな笑顔となり、両の手が霞むほどの勢いでの斬撃の嵐によって応える。

 

「先輩も素直になれば楽しいですえ〜?先輩のそれは義憤や正義感なんて嘘臭くて薄っぺらいものやありません〜…愛しい人の側に他の女が寄り添ってることが死ぬほど気に喰わんで燃え盛っとる…只の女の嫉妬ですわ〜〜」

「知ったような口を叩くなぁぁ‼︎」

 

表と裏、二人の神鳴流剣士の戦闘は激化していく。

 

 

 

「……やれやれ、小娘に大口を叩いた以上さっさと片付けたい所だったのだがな……」

「……フツ、邪魔を…するなよ…‼︎俺は、そうだ。……月詠を、月詠を愛してやらなきゃ、いけないんだよ‼︎」

「…主よ。正直今の貴方は見るに堪えんし聞くに値しない。元に戻してやるからそこに直るがいい」

 

己が斬撃を易々、と言えるほど余裕のある動きでは無いが、それでも身体に掠めもさせずに躱し続けてみせる辻の歪んだ表情を見やりつつ、フツノミタマは一つ息を吐く。

辻は現在真面な武器を所持しておらず、近場に散乱していた屋台の支柱かか何かの余りなのであろう鉄棒をー本手に持っているきりだ。当然ながら気を込めていようともフツノミタマの刀身と打ち合える様な代物では無く、先程から辻はフツノミタマの繰り出す斬撃を真面に受けもせず、無理な回避を続けている有様である。

とはいえ、状況はフツノミタマにとってそれ程有利に傾いている訳では無かった。

 

……当たらん、な。主の実力を舐めていたつもりは無かったが、一流前衛クラスの技術が備わっている私の全力で真面に当てられもせんとは……それだけならばまだしも、下手に獲物が半端な所為で主の斬撃に加減が一切無い。今の状況で擬体を潰されては終わりだというのに……

 

そう。決戦兵器級のアーティファクトたるフツノミタマの能力を十全活かせ、剣の腕前でも一流選手のそれに何ら劣るものの無い、端的に言って最強の一角に名を連ねる程度には手の付けられない反則的戦力を持つフツノミタマと、片や万全な状態とは程遠い、魔法の存在をつい最近まで知りもしなかった一剣士に過ぎない辻 (はじめ)

両者の戦闘力は、この場に限り拮抗していた。

 

辻は目にも留まらない運足を用いての瞬動で自在に間合いを操っている。フツノミタマが踏み込めば逃げ水の如く遠ざかり、かと思えば遠間から稲妻の様に、コマ落としのフィルム宛らの様子で瞬時に懐近くに現れ、強大無比な一閃で頭部を叩き割ろうとしてくる。相手取るフツノミタマが擬体であり、身体を損壊させても死に至る事は無いと、辻が理解している事を差し引いても遠慮容赦の欠片も無い殺す為の戦闘法だ。

 

……これが本来、と言っては何だが、殺す事を前提にした場合の主の実力、か………

 

些か想定が甘かったな、とフツノミタマは内心で臍を噛む。

最もフツノミタマが辻を単に殺せばいいだけならばここまでフツノミタマは苦戦していない。剣の技術だけで言えば現時点でフツノミタマが上であるし、遠間からの全力を持ってする一刀(雲耀の太刀)以外に辻の技術で驚異と呼べるものは無いのだから。

しかしフツノミタマは辻を斬り殺すのが目的では無く、辻の体内に浸透している世界樹の魔力のみ(・・)を断ち斬る為に対峙している。断つものを限定するのは非常に高度且つ繊細な技術が必要であり、いかなアーティファクトそのものであるフツノミタマ自身でも鼻歌交じりの片手間で行える代物では無い。故にその余計な手間(選別行為)が剣の冴えを僅かに鈍らせ、結果としてその差が戦況を拮抗状態に追い込んでいた。

 

……分がいい賭けとは言えんが、捨身になる必要がありそうだな………

 

フツノミタマの攻撃はギリギリで躱される。辻の斬撃は何時までも躱し続けられる保証が無い以上、遠からぬ内にこの拮抗は崩れ去る。フツノミタマは一撃で擬体が破壊されるだろうことを理解しながらも相討ちを検討し始めていた。

 

「……やれやれ、世話の焼ける主だよ、貴方は………」

「フツ……退いてくれないなら、潰して行くぞ」

「遠慮無しにやっても(・・・・)殺すことが無いと解った途端に強気だな主?そんな相手によって態度を変えるようなチンピラの如き体たらくならば、前の甘い状態の方が幾らかマシというものだ」

 

一旦動きを止め、天に向かって獲物を伸ばし、低く腰を落とした右蜻蛉の姿勢を取る辻。その表情には未だ迷いが見て取れたが、動きを止めるつもりは無いらしい。

これまでとは違う、全身全霊の一撃が来るとフツノミタマは悟り、後の先を取ることに方針を決める。

 

……私の斬撃が届きさえすれば、それで私の勝利条件は達成だ………

 

フツノミタマは剣先をだらりと脇に下げた無形の構えを取り、飛び込んで来る辻を待ち構える。フツノミタマを持ってしても辻の雲耀(・・)は見切れ無いが、擬体がダメージで崩壊する前に一撃を決める目算である。

 

「「………………………っ‼︎」」

 

暫しの沈黙が両者の間に満ち、やがて辻が雄叫び地味た猿叫と共に神速の踏み込みに移ろうとした、正にその瞬間。

 

 

「呼ばれて飛び出てぇぇぇぇぇぇぇっ‼︎‼︎」

「……ジャッジャジャジャーン」

「ビミョーに違エ‼︎」

「どうでもいいデス‼︎」

 

「……っ⁉︎」

 

 

ゴパァッ‼︎という、液体が高圧を掛けられて弾けた様な異音と共に、辻の斜め下方、雨水管に繋がるマンホールの蓋が爆発したように吹き飛ぶ。

その内部、半透明の液状物質が織り成す渦の中から高速で飛び出して来たのは、白覆面にパンツ一枚の怪人だった。

 

「事情はサッパリ呑み込め無えが取り敢えず美人に獲物振りかざしとるお前が悪で決定じゃあぁぁぁっ‼︎」

「っ‼︎…あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ‼︎‼︎」

 

極めて主観的かつ横暴な台詞を吐き出しながら躍り掛かる覆面レスラーに、辻は助走と共に振り下ろす予定だった鉄棒を、身体毎大地に投げ出す様な勢いで、全身の捻りを使って打ち下ろす。刀と共に腰から落ち、打ち込んだ瞬間に左膝が大地に着くその一撃は紛れも無く薬丸自顕流が雲耀の太刀。「一の太刀を疑わず、二の太刀は負け」なる、一撃必殺の精神を尊ぶ万物を断ち斬らんとする一刀だ。

しかし。

 

「……っ‼︎……へっ、如何したよ(はじめ)ちゃあん……?」

「……っ‼︎」

 

その一撃は覆面レスラーこと中村が頭上に掲げた両腕。空手にに言う十字受けにてしっかりと防禦(うけ)られていた。

 

「随分ヌルい一発じゃあ無えか?これなら中坊の頃の方がまだ怖え一刀だったぜ」

「中、村……‼︎邪魔を……‼︎」

 

「良くやったぞ変態。褒めて遣わしてやる」

 

左腕に走る激痛に顔を歪めながらも、気迫の篭っていないその一撃を嗤った中村に、辻が負けず劣らずその細面を歪め、何事かを吐き出そうとしたその時には、既にフツノミタマが辻の背後へ瞬動にで廻り込んでいた。

 

「……⁉︎フツ……‼︎」

「悪い悪夢(ユメ)だったのだよ、主。……暫し眠れ」

 

フツノミタマの一刀が、辻の身体を袈裟懸けに斬り下ろした。

 

 

 

 

 

「……すまなかった、桜咲。……結局こんなことに巻き込んでしまって…………」

「……辻部長に責任はありませんよ」

 

とある美麗な情景の臨める夕暮れ前の公園のベンチにて。打ち沈んだ表情の辻を、少し悲しげな微笑を浮かべつつ刹那が慰めていた。

 

あの後、結果として辻は暫しの昏倒の後に正気となって目覚め、事態は一応の落着を得た。

月詠は辻がフツノミタマに斬られるのを見るなり、刹那の追撃を振り切ってあっさりと麻帆良を後にした。

『また逢いに来ます〜』という極めて不穏な言葉を残して。

辻立ちに非は無いとは言え、世界樹の魔力に関する事件を引起こした張本人である辻達は、遅れて駆けつけた魔法教師達に半ば連行のような形で保護。処罰などは何もくだされなかったものの、長い長い事情聴取をつい先程終えたばかりの辻と刹那は、事件における精神的な疲労も相まってグッタリと憔悴していた。

因みに中村とスライム娘達は事情聴取が終わった時点で、『他の連中への説明は任しとけ』との言葉と共に、ネギ達の元へ赴いており、フツノミタマは既に擬体を消し去って辻の懐に収まっている。

 

 

『…………中村、迷惑を掛けた』

『ったりめえだ馬鹿野郎斯くなる上は学祭期間中限定販売の映研自作裏ビデ百選奢りやがれ‼︎……と言いてえとこだがまあ気にすんなや、あんなもん防ぎようが無えべ。…俺に謝るぐれいだったら、せったんへのフォロー頑張んな。……あのまま放っぽっとくのが無えってこと位はお前も解んだろ?』

『………………ああ………………』

 

 

……そうだな、ケジメを着けるよ中村…………

 

去り際の中村との会話を思い出し、辻は内心でその場に居ない友人に対して語り掛けた。

 

「……桜咲………」

「……はい………」

 

二人はどれほどの時間を、麻帆良のまるで異国の様な街並みを眺めて黙りこくって居ただろうか。

静かに名を呼び掛けて来た辻に、刹那は一瞬の間を置いて答える。

 

「……事情聴取でも言ったけどさ…正気を無くしていた頃の記憶はしっかり残っているんだ、俺は……」

「っ‼︎…………はい………………」

 

辻の言葉に刹那は僅かに身を跳ねさせ、如何にも気不味い表情を浮かべて小さく返事をする。

辻に一連の記憶が残っているということは、刹那が辻へと行った告白の記憶も当然残っている、ということである。

 

「……すみません、と謝るのも妙な話ですが…世にも最低な告白に、なってしまいましたね……」

 

短くない沈黙を挟んだ後、意を決して刹那は言葉を紡ぎ、己が告白をしたことを確かに肯定した。

 

「……それに関しちゃ原因の一端である俺の方が謝らなきゃいけないだろうけどな……確かに、頭を下げるのは何か違うな……………いや、違う。こんなことが言いたいんじゃ無いんだよ…………」

 

苦笑と呼ぶには如何にも苦味の強い、力無い笑みを浮かべて辻は語っていたが、台詞の途中で僅かな笑みすら顔から消し、片手で顔を押さえて消え入る様に呟く。

 

「…………辻部長」

 

そんな辻を刹那は痛まし気に見ていたが、やがて小さく(かぶり)を振って微かに震える身体を宥め、小さな声で、しかしはっきりと辻に呼び掛けた。

 

「……宜しければ私に、返事(・・)を聞かせて頂けないでしょうか?」

「……………………桜咲」

 

その言葉に、今度は短い沈黙を挟んだ後、辻は尋ねる。

 

「問いに対して問いを返すことになるし、こんなことを尋ねるのは無粋の極みだと解っているんだが……お前は一体、俺の何処を好きになってくれたのかな?」

「…………そう…ですね…………」

 

刹那は僅かに空を仰いで、早くもその姿を浮かび上がらせている朧の月を視界に入れたまま考えていたが、程無くして顔を辻の方へと向け直して、口端を僅かに上げた小さな笑みと共に、想いを語る。

 

「……思い返せば、大学部の悪漢共から庇って頂いた時にはもう惹かれていたのかもしれません。貴方はお世辞にも可愛気が有るとは言えない私を、嫌な顔一つせずに面倒を見てくれました。……私、中々屈折して育ってしまいましたから。お嬢様の時と、似ているのかもしれません。優しくされるのに、弱いんですよ。私が心無い扱いをしても、どんなに迷惑を掛けても。…人でない姿を見せてすらも、貴方は私に優しく接してくれました。…理由なんて、それだけで充分です。貴方程私を受け入れてくれる男性を、私は他に知りません」

 

それが私の理由です、と刹那は告げた。

 

「……ですから辻部長、教えて下さい」

 

「如何して私を受け入れてくれない(・・・・・・・・・)のかを」

 

俄かに二人の間に、張り詰めた空気が流れ始める。

 

「……俺はまだ、答えちゃいない筈だったんだけどな…………」

 

如何して解った(・・・・・・・)?と、辻は尋ねる。刹那は眉根を下げて、表情を落胆と悲しみに染めつつも、その理由(わけ)を語る。

 

「……何と無く、としか言い様がありません。きっと今日が始まる前の私ならば、理解(わか)りはしなかったのでしょう。……ただ今は、知らなかった貴方を知ることが出来ましたから。…その上で貴方が何を考えているのか、大体予想が着くんです」

「…………そうか、解った………」

 

辻は目を伏せて小さく頷くと、刹那を拒む理由を明かし始める。

 

「……俺はさ、異常な男だよ。お前の事を、多分普通の人間と同じ様な感覚を元に好きだと思っている。お前は真面目で、責任感があって。友達想いで、とても凛として強いのに、年相応に脆い所があってさ。…お前を見てるととてもいじらしくて、支えてやりたくなる。俺は、桜咲 刹那という女の子が大好きだ。寄り添って、生きて行きたいと思っている……」

「…………辻部長………………」

 

もはや愛の告白としか思えないその言葉に、されど刹那は胸を熱くするよりも先に奇妙な焦燥感を抱いた。

それは語っている辻の顔が、想いの丈を伝える表情としてあまりにもふさわしくない、とても悲痛に歪んだものであったからかもしれなかった。

 

「……だが、俺はそれと同時にお前に対して歪んだ欲望を抱いている。こうしている今、この瞬間もだ。……お前を頭頂から股間まで、綺麗な対称形(シンメトリー)に断ち分けたい。二つに分けたお前の身体の真ん中に挟まって、零れ落ちる内蔵や血に浸りたい。左右に分かれたお前の唇に順番に接吻(キス)をしてやりたい。……他にも、とても口に出せない様な薄汚い欲望が、お前と接して(・・・・・・)いる時は常に(・・・・・・)俺の頭の中で渦巻いているよ」

 

その、人としての感覚からすればあまりに悍ましい歪んだ熱の篭った言葉に、我知らず刹那は息を呑み、小さく身体を震わせていた。

それを見ても辻は怒りはせず、寧ろ労るような視線を刹那に向けて、項垂れる様に頭を下げる。

 

「……ごめんな、気味が悪いよなあ、こんなことを言われたら。…でも、今のは紛れも無く俺の本心なんだ。お前を幸せにしてやりたい俺と、お前を二つに断ち割りたい俺は、俺の中で同時に存在していて、矛盾だらけなのに相反せず収まってる。…お前は昼間に俺を擁護してくれたけれど、月詠の言うことが正しいんだ、きっと。……今現在俺は、お前のことは勿論だけれど、他人を害するつもりは無い。真面に生きていきたいと、俺は思っているから。…でもそれが一生続く保証なんて、無いだろう?何かの拍子で誘惑に負けてしまったら、俺はもう、唯の異常快楽殺人犯、だ。……だから、だから桜咲…」

「言わないで下さい」

 

声を上擦らせながらも決定的な一言を口にしようとした辻にしがみつき、辻の胸元に顔を埋めて刹那は懇願した。

 

「……私には、辻部長の感覚が理解できません。それがどれほど耐え難くて、どれほど苦しいことなのか、想像すら出来ない……‼︎」

 

だけれど、と刹那は必死に続ける。自分が途轍もなく自分本意で、辻にとって残酷なことを言おうとしていると理解しつつも、刹那は辻を、目の前の愛しい男を諦められなかった。

 

「…それでも、辻部長は今まで立派にやってこれていたじゃないですか‼︎…恥ずかしいけれど、私は今話を聞くまで、貴方が其れ程苦しんでいることを知りもしなかった‼︎…辻部長なら…大丈夫だって、私……‼︎…………私もこれから、貴方を支えますから!……苦しい時は、側に居ますから、だから……‼︎」

 

言葉が進むにつれて支離滅裂になりながらも、刹那は辻に縋った。自分の言葉が何の気休めにもならないと、頭の隅の冷静な部分で理解できていても。

それでも諦め切れない程、桜咲 刹那は辻(はじめ)のことが好きだった。

 

辻は苦しそうに眉を歪めて、そっと縋り付く刹那を抱き締める。

辻とて刹那のことを愛しく想っていた。出来ることならば、異常な自分を一生押し殺してでも、刹那の側に辻は居たかった。

それでも現実は、残酷だった。

 

「……無理なんだ、桜咲……。……両面宿儺を断った辺りからかな…俺の中で、タガ(・・)が外れて来ている感覚があるんだ。前まで堪えられていた欲求が、徐々に強いものになってきている。…暴走するつもりなんて無い。でもそれには何の保証も付いていない。…確証がないのに試してみて駄目で。…お前が死んでしまったら、それこそ俺は死んでも耐えられやしない」

 

辻はそっと懐から刹那を引き離し、泣きそうな顔で顔を見上げてくる刹那に優しく微笑んだ。

 

「……俺のことは、忘れてくれ。お前なら、俺みたいなイカれた男よりも、もっと良い人を見つけられるさ」

「……居ませんよ、そんな人が、居る筈がありません‼︎」

 

刹那の双眸から、遂に涙の雫が零れ落ちる。辻の両腕に取り縋る様にして、刹那は叫ぶ。

 

「貴方の他に、私を受け入れてくれる人なんて居ない‼︎」

「居るさ、必ず居る」

 

辻はキッパリと言い切り、刹那を腕から引き離す。

 

「恨んでくれ、憎んでくれ。期待をさせるだけさせておいて、想いに応えようとしない最低な俺のことを。……酷い先輩で、すまない、桜咲」

 

辻は一度、深く頭を下げると、踵を返して歩き出した。

 

「辻部長‼︎‼︎」

 

叫ぶ様に名を呼ぶ刹那に、しかし辻は振り返らずに公園から歩き去った。

 

 

「……他の連中からも絶交されるかもな………俺の、自業自得か………本当にごめん、桜咲…………」

 

 

 

辻が去ってから暫くの間、刹那は力無くベンチに腰掛け、啜り泣いていた。

 

……私、………フられちゃったんだ…………

 

刹那は次から次へと溢れ出る涙を拭いもせずに、虚ろな眼を空へと向ける。

理解(わか)っていた。辻は刹那のことを想うからこそ、己の側に置かないことを選択したということは。

事の問題は人としての本能に根付く、努力をしてもどうにもならない根幹の問題だ。実際に刹那にも、問題を解決する為の方法など思い浮かびはしない。

 

……じゃあ、どうしようも、ないんだろうか…………

 

辻は優しく、強い男だ。刹那の命が賭かっているのならば、情や欲に絆されて前言を翻すことなど決してありえないだろう。

 

……駄目……なのかな…………

 

刹那が絶望に沈み掛けたその時。刹那の中の深い場所で、囁くような声が、洩れた気がした。

 

 

 

『じゃあ、また独りになるんだ、お前は?』

 

 

 

「………違う、私には、お嬢様が、明日菜さん達が、居る………‼︎」

 

『そうだね、だけれどお前が今欲しい愛って…友達(・・)で満たされるものなの?』

 

「……それは……でも、しょうがないだろ、こんなもの……‼︎」

 

『何が?お互いがお互いを好きなのに、何がしょうがないことなの?』

 

「……私は‼︎」

 

『要するにさ。……諦められるの?あの人(辻 一)のことを?』

 

それは刹那の声だった。

刹那が嫌う、(けだもの)としての自分の声だった。

 

「……………諦め、られない…………」

 

初めて人を、好きになったのだ。

 

「………諦められる、訳が無い…………!」

 

彼以外に、誰がこんな自分を受け入れてくれるというのか。

 

「……許さない……認めない……‼︎」

 

例え好きな男自身が望んだことだとしても、別れ別れになる事など冗談ではない。

 

 

「……貴方を何処にも、行かせない」

 

 

刹那はゆっくりとベンチから立ち上がり、涙の残滓を拭って歩き出す。

 

「……少しだけ、お前の言っていたことが理解(わか)ったよ、月詠………」

 

「愛する人と共に居られるならば、確かに死ぬかもしれない位は大した事じゃあ無いな」

 

刹那の眼には、何かを決意した強い光が宿っていた。




閲覧ありがとうございます、星の海です。刹那が病み気味になりました。……なんでこうなったのかよくわかりませんが、描いてる内にこれが自然な形だと何故か思えて来たのです。実際刹那って、幼少期に迫害されて孤立していたみたいですから、人間関係に対する依存度は相当高いと思うんですよね。原作でも木乃香に対しての愛情というか執着心がちょっと異常な域ですし。好きな男に拒絶されたらこんな感じになるんじゃないかと思います。嫌われているならともかく、辻も刹那のことが好きだってはっきり言葉にしてましたから尚更でしょう。
それから辻の認識異常について少々補足を。辻は物心付いた時から眼に映るもの全ての中心に、縦へと走る黒い線が見えています。直◯の魔眼の様にモノを断ち易い場所が線に見えている訳では無く、単純に物体の正中線が脳の認識異常で形となって見えているだけなので、オカルト要素はありません。要するに辻は、モノの中心を見分ける天才というだけの話です。これの恩恵により辻は、物体を正確に二つに出来ますし、戦闘においては対峙する者の正中線の動きが正確に解る故に動きを先読みしやすいですし、目に見えているものなら中心を走る線を基準に全体を把握しやすいが故に、フツノミタマを振るう時に認識し難い魔法等も断ちやすいのです。更には辻の眼に見える黒い線は、人によって感じるイメージが異なるので、辻は線から検討をつけて変装などを見破ります。純粋にメリットだけを考えれば、中々役に立つのが辻の認識異常です。稀代の真っ二つマニアは、両断という概念に愛されているが故に、薬丸自顕流の武家に生まれつき、断ち切る概念そのものであるフツノミタマを呼び寄せたのかもしれません。辻の剣の才能はいいところで上の下から上の中ですが、真っ二つにすることの才能に関しては文句無しに世界一です。
次からは辻と刹那の状況を一旦置いて、豪徳寺と千鶴のデート風景の描写とする予定です。こちらは普通にラブコメをやっている筈ですので、物騒な展開には多分なりません笑)それが終われば遂にまほら武道会予選に入りますね。辻と刹那の因縁も加わって、益々混沌とした大会風景になるかと思われます、ご期待下さい。ちなみに十万突破記念のSSについてですが、各カップルのイチャイチャ話が見たいというリクエストを複数頂きましたので、純粋なラブコメ話を現在執筆中です。他のリクエストに関しても、本編でなるべく描写を行うように調整を致しますのでどうかご了承下さい。なるべく早くに描き上げて投稿したいと思います、楽しみにお待ち下さい。それではまた次話にて。次もよろしくお願いします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。