お馬鹿な武道家達の奮闘記   作:星の海

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遅くなりました、これにてデート編は終了し、次回からまほら武道会編と相成ります。


6話 少年少女の恋模様〜 豪徳寺と千鶴その2〜

「フム……流石と言うべきか、世界全体の常識とは余りにも懸け離れた非常識振りを発揮してくれるネ。決して馬鹿にする意味で言うのでは無いが、天才の天敵は何時の世も馬鹿ということカ」

 

どう思うネ?と無数の画面に囲まれながら彼女ーー超 鈴音は後方の一人と一体に軽い調子で尋ね掛けた。

 

「どうと言われましてもあれですよー、あの人達の行動の全部が全部超さんの計画において邪魔になっている訳でも無いですから何とも言えない、っていうのが正直な感想ですねー。現に『まほら武道会』の件なんかはほら、此方が動くまでも無くM&Aが進んでましたから、此方は主催者との交渉だけで済んだじゃ無いですか」

 

考え過ぎじゃ無いですかねー?と、ややサイズの大きい白衣を纏った丸眼鏡に三つ編みの少女ーー葉加瀬 聡美は手元のタブレットに目を落としながら気の無い様子で返した。超はフム、と肯定とも否定とも取れない相槌を打つと、機械とケーブルに埋め尽くされた部屋の中央に座る無表情な少女ーー否、女性型人造人間(ガイノイド)、先程は言葉を返さなかった絡繰 茶々丸へと再度問い掛ける。

 

「茶々丸はどう思うネ?」

 

「…申し訳ありません、超。私には 超の言う『馬鹿』がどの様な意味を持つのかが理解出来ません。故に先程の質問にはお答えしかねます」

 

表情を動かさずに淡々と返してくる茶々丸の、あまりと言えばあんまりな無機質的返答に、超は振り向かぬまま苦笑を浮かべる。

 

……さて、これは本来の歴史(・・・・・)と比べて茶々丸の心は発達していないと見るべきか、それとも()の影響で違う方面へ育っていると見るべきかネ……?

 

超は自問し、直後にこんな適当な質問一つで判断出来るものでも無いとその無意味な思考をshutoutしてから超は質問の仕方を変える。

 

「ならば茶々丸、何でも構わないヨ、彼ら(・・)について何か思う所は無いカ?全員に対してでも個人に対してでも、計画に関係有ることでも無いことでも何でもいい。どうカナ?」

 

アバウトと言えばアバウト過ぎるそんな問いに茶々丸は暫し沈黙して何事かを思考する。ハカセ、要るカナ?ああ、ありがとうございます、と超が容器から移したコーヒーを自らと葉加瀬へ用意するだけの時間を掛けた後僅かに顔を上げた茶々丸は、彼女にしては珍しく躊躇う様な素振りを見せながらも静かにそれを口にした。

 

「個体としての感想では無く希望となりますが……」

 

「ホウ、それは興味深いネ?」

 

「…強いて挙げるのならば、山下先輩の従者及びメイドとして今後駆動して行く未来を望みます」

 

「「ぶふぅっ⁉︎」」

 

完全に予想外だったその台詞に、超と葉加瀬は揃って口にしていたコーヒーを噴き出した。幸いにも彼女らが使用しているパソコンやタブレットは彼女ら特製の代物であり、コーヒーの飛沫程度ものともしない防水性に優れてはいたが、そんな備品の些末時などこの時の二人からは抜け落ちていた。

 

「ちょちょちょ、茶々、茶々丸⁉︎それどういう意味で言ってるのちょっと⁉︎」

「ハカセ、落ち着くヨ。スマナイ茶々丸、何がどうしてそういう結論に至ったのか説明してくれないカ?」

 

動揺の余り手にしていたコーヒーカップから中身を床にぶち撒けつつ堰を切ったように問い掛ける葉加瀬を超はパソコン群の前から立ち上がって制し、ハンカチで口元と、序でに動揺からか額に浮かんだ汗を一拭いしてから茶々丸へ告げた。茶々丸は表情は変わらないまま僅かに首を傾げると、言葉にも若干ながら疑問を乗せて返答する。

 

「?、…了解しました。約三日と三時間二分三十二秒前において二人に話した山下先輩とマスターの間柄に関する話を覚えているでしょうか?」

「三日前…ああその話カ。……成る程、言わんとすることは解たヨ茶々丸」

「え⁉︎解ったんですか超さん⁉︎そりゃあ私もあんなインパクトのある話忘れちゃいませんけど、どう繋がるかが今一理解出来ないんですけど!」

 

己が創造した言わば我が子に等しい茶々丸の非常に思わせぶりな発言に未だ混乱したままの葉加瀬に超が小さく息を吐いてから落ち着くヨ、と再度声を掛け、コーヒーを淹れ直して葉加瀬に手渡しつつ、超は茶々丸へ確認する様に言葉を放つ。

 

「要するに茶々丸はエヴァンジェリンさんと山下さんが結ばれることを願う、という訳カ」

「現時点において山下先輩が最もマスターの侶伴として相応しいと判断しました」

「……ああ、山下先輩がエヴァンジェリンさんと上手く恋人…夫婦かな?になったら山下先輩はセカンドマスターとでも言うべき存在になるから、茶々丸は山下先輩の従者になる。だから山下先輩のメイド云々…ってこと?茶々丸」

「はい」

 

端的に肯定の意を返してくる茶々丸に、葉加瀬は一気に脱力した様子でぐでりと傍らのテーブルに寄り掛かった。

 

「なんだもうビックリしたー…まさか人工知能が一足跳びで恋に至った、なんてよくあるSFストーリーがまかり間違って展開したかと思ったよもう……ていうかこんな誤解を与えかねない様な言語パターン組み込んだっけなー、言語アルゴリズムに則って常に最適な解答を算出できる茶々丸に限ってこんな…いや学習サンプルの類型が極度に偏れば…いやでも……」

「ハカセハカセ?…まあいいカ、差し迫った案件は無いしネ。なんにしても茶々丸、お前の創造に関わた者の一人としては喜ばしいが、エヴァンジェリンさんは山下さんを拒んでいた筈ネ。定めた主人(あるじ)の意に反する様な発言になるが、いいのカナ?」

 

愚痴る様に疑問を呟く中で明後日の方向に閃きを感じ、タブレットに別の画面を展開させてブツブツと何事かを呟きながら高速で打ち込みを始めた葉加瀬。超は幾度か呼び掛けるが、反応が返ってこない様子に嘆息すると茶々丸へ向き直り、揶揄う様にそう尋ねた。茶々丸の、一聞して主人や先輩の恋愛成就を願っている様に聞こえる先程の台詞には、彼女の女性型人造人間(ガイノイド)という性質に鑑みれば驚いて然るべき意味合いが込められているからだ。

SF作家アイザック・アシモフの小説においてThree Laws of Robotics(ロボット三原則)という概念が登場する。フランケンシュタイン・コンプレックスをテーマとした作中のロボット達への安全装置として設定される、人間への安全性、命令への服従、自己防衛がその内容だ。この概念は現在のロボット工学にも深い影響を与えている代物であり、最新鋭の工学技術(+魔法)を用いて創り出された世界最高峰と言っても過言で無い茶々丸に対しても、一部を改変、或いは細分化したプログラムが組み込まれている。

茶々丸は自らの意思を無視して主人と定めた対象へ盲目的に従う、といった様にはプログラミングされていない。しかし超や葉加瀬の知る限りで、茶々丸はエヴァンジェリンに提案や補足は行えど、命令に逆らったり意に添わぬ真似をしたことは一度も無い。そんな茶々丸が、主人の拒んだ男を傅く主人の一人として迎えたいなどと言うのだ。超が興味を抱くのも当然と言えよう。

茶々丸は超の問い掛けに、無表情ながらも困惑した様に小首を傾げ押し黙る。再び短くない時間の沈黙が流れるが、超は茶々丸を急かす様な真似はせずにニコニコと微笑みながら黙して待つ。やがて首の角度を戻した茶々丸は、尚も迷う様にその動作にぎこちなさを残しながらも超へと向き直り、はっきりと言葉を返す。

 

「…超。確かにマスターは山下先輩を受け入れてはいません。…然し、現状においてマスターを対等の立場で支えられる存在は、山下先輩を置いて他に存在しないと私は判断します」

「フム、ナギ・スプリングフィールドは駄目カ?」

 

超は笑みを浮かべたまま、腕を組んで尋ねる。

 

「はい。ナギ・スプリングフィールドは以前にマスターを受け入れず、依然として拒んだままと記憶しています。またそれ以前の問題として、現在行方不明の人物に何か期待を抱くのは愚かなことかと」

「確かにネ」

 

ピシャリと言い切る茶々丸に笑みを苦笑へ変えて超は肯定した。

 

「しかし聞いた話ではよりにもよって私の(・・)大会で闘い、決着と来たものダ。出来るカナ?山下さんニ」

「……可能性は低いかと。然し、私の判断は彼我の能力差を分析して数値を比べただけの机上の計算です。山下先輩を含め、あの方達の特異点、敵方に回った場合においての脅威は、数値として表せない部分にあるものかと」

「……フフフッ!」

 

茶々丸の言葉に超は笑声を溢し、愉快気に会話を締め括った。

 

お前の口から(・・・・・・)そんな言葉を聞けて嬉しいヨ茶々丸。矢張りお前は成長していないのでは無く、私の知るお前とは異なるお前に成り行く最中なのダロウ。ならばお前に影響を与えたのは紛れもなく彼ら(・・)ダ。常識に縛られず諦念を打ち破り周りヲ無理矢理引っ張り上げル、得体の知れない力ヲ持ったお人好し……自分達との利益が一致した場合において、それを英雄(・・)と表す人がいるヨ、茶々丸」

 

楽し気に超は自分のパソコンへ向き直り、何事かを入力しながらポツリと呟く。

 

 

「……さて、貴方達は私の敵カ味方カ。どうなるのカネ…(イェン)

 

 

 

 

 

 

「ぬああああああああああああっ‼︎‼︎」

「連打終了まで後三十八秒です、頑張って下さいね豪徳寺先輩♬」

 

ズダダダダダダダダッ‼︎と豪徳寺の両掌が霞む程の速度で目の前の太鼓の形をした入力デバイスへと振り下ろされ、画面には Full hit 一分三十二秒目 の文字が踊る。その傍らで千鶴は意外に手際の良い動きで、豪徳寺側の延々と続く黄色い連打コマンドに伴って流れてくる赤色、青色の時折風船形状、芋形状等が入り混じって流れてくる入力コマンドを見事に打ち漏らし無く入力していた。

筋肉ダルマ共の魔窟を出てから、二人はちょっとしたショッピングを経て、現在はゲーム制作部の主催する一大ゲームパークで音ゲーに興じていた。

 

「なん…なんだよこの、終わり無い連打コマンドはぁ⁉︎もう…一分半は‼︎…叩き続けてん、ぞぉ‼︎」

「難易度で『鬼』を選ぶと!…この曲は最後のサビ迄の間奏が二倍に伸びてしまうんだそうです、よ‼︎」

 

半ば以上人を止めていると称される豪徳寺の身体能力を持って尚、Best hitを保ち続けるには過酷過ぎる連打速度要求を前に、息も絶え絶えになりながらそれでも途切れ途切れに悪態を吐く豪徳寺に、同じくこちらも絶え間無く押し寄せる膨大な数の入力コマンドを処理するのに必死な千鶴が、額に汗を浮かべながらも何処か楽し気に答えた。

 

『さあーっ今の所点数状況では歴代3位を叩き出している嵐の如きNew gamersは何処までポイントを稼げるかぁ⁉︎『鬼』難易度の難所、心臓破りの連打坂を見事Full hit状態のままラストパートに入れるかぁ‼︎』

 

「「「うおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉっ‼︎」」」

 

「あらあら、何だか注目、されていますねっ!」

「知った事じゃ無えぇぇぇぇ‼︎那波ぁっ最後の津波みてえな、二人同時の!……追いてこいよぉっ‼︎」

 

初参戦とは思えない二人のハイレベルなplayに湧き上がる外野の喧騒の中、豪徳寺と千鶴はfinale(終焉)に向けて加速する。

 

 

 

「……なあ、同志よ…………」

「……なんだ、同志………………」

「誰もが心沸き立つこの麻帆良学園祭の活気溢れる世界の中、ああやってはしゃいでいるカップルを黙って物陰から眺めている我々は一体何なんだろうな……」

「言うな‼︎……惨めな気持ちになるだろうが…………!」

 

巨大なるゲームパークの中央人集りから約十mの距離を置いて物陰から監視及び盗撮を続けているし◯と団の面々は、揃いも揃って暗澹たる面持ちでボソボソと言葉を交わしていた。

女心を欠片も理解し得ないであろう軍艦頭の不良と如何にも良家のお嬢様然とした美少女という、コテコテの少女漫画世界の中でも無ければ到底上手く行かないであろう二人のデートは、多分な願望の混ざった非モテ集団の予測を裏切り順調に進んでいた。とは言っても、別に豪徳寺のエスコートが特別上手いものだったと言う訳では無い。傍目に見れば豪徳寺の先導は、千鶴に気を使う素振りこそ見せはするものの、如何にも言葉足らずであり不器用であり、恐らく世間一般に言う年頃の女学生を相手にしていたならば目も当てられない結果に終わったであろうことは想像に難くない。そういう意味ではしっ◯団の面々は、其れ程根拠の無い予測を立てていた訳でも無い。

しかし豪徳寺の連れ合いは那波 千鶴。変わり者揃いの3ーA内でもある意味一目置かれている女傑とも言うべき存在であった。男性経験そのものは皆無にも関わらず、その感性は矢鱈酸いも甘いも噛み分けた大人のlady(淑女)に通ずるものがあり、上辺の容姿と言動に左右されずしっかりと豪徳寺の解り難い(・・・・)良い所を見出して、実に心地良さ気に時に身を委ね、時に委ねられを繰り返していた。有り体に言うならば、二人の相性が良かったということなのだろう。

 

「糞……これでまだ昼食も済んでいないとはどういう拷問だ……」

「ああ…なんというか楽しそうだな……」

「……俺も、あんな風に女の子と遊んでみたかった……な……」

「落ち着け同志達よ、段々素に戻ってきているぞ」

 

元々ネガティヴこの上無い動機で集まっているだけに、指を咥えてリア充の青春風景を見ている現状にテンションまで落ち始めてきた◯っと団である。白マスクの一人が胸の奥から湧き出てくる虚しさを飲み込みつつ士気高揚を図るが、効果は薄いようだ。

 

「もういい…今回は見逃してやるからとっとと終わりやがれ畜生め……」

「要領が良くてお羨ましいことだ、男は所詮顔なのか……」

「俺は太っているんじゃない、骨太で元々太い体格なんだ…今時のチャラチャラした女共は外見しか見ようとしねえ……」

「…………う、むぅ………」

 

……いかんな、同志達のダメージも限界に近い………

 

いっそのこと何時もの様に突撃出来るものならば、突っ込んで豪徳寺に返り討ちに遭った方が何倍もマシだと男達は考える。しかしデートの邪魔をすれば巷で噂の岩どころか鉄柱ネジ曲げる中村の正しい拳、則ち正拳が炸裂する。結局の所黙って盗撮と監視を続ける他に選択肢は残されていないのである。

 

「…ああ、何しに生まれて来たんだ俺は………ん?……同志達よ、どうやら移動する様だ」

「漸くか……」

「時間的に食事所だろう。一旦離れるとしようか」

 

周囲の観客から大歓声を浴びながら豪徳寺と千鶴が人混みを掻き分けて移動を始める。しっ◯団が失意のドン底にいる間に複数のゲームをプレイし、時に観客の中から現れた挑戦者(チャレンジャー)を打ち負かしていた二人だが、時間帯が午後一時半を過ぎるに至り、流石に昼食へ向かうつもりのようであった。

 

「……しかしあの娘はあのリーゼントの何がいいのだろうな………」

「矢張り顔か。あの化石番長は見ての通り頭を下せば精悍なイケメンだからな」

「ああ見えて女には丁寧だからな、ギャップ萌えという奴か?」

「知らんし如何でもいい……動くぞ」

 

 

 

「流石に少しはしゃぎ過ぎましたね、付き合ってくれてありがとうございます」

「気にすんな、俺も中々楽しかったからな。…しかしお前の台詞じゃ無いが本当乗りに乗っていたなお前は。実はゲームの類いとか好きだったのか?」

 

大学部の料理研究部が催している小洒落たレストランへ入った豪徳寺と千鶴。席に着いて注文を終え、人心地ついたという風情で軽く息を吐き、微笑みながら告げる千鶴に豪徳寺も口端をニヤリと持ち上げ返してから、予想以上の積極性を見せた千鶴の姿を思い返してふと尋ねる。すると千鶴は僅かにバツの悪そうな表情になり、気不味そうに言葉を紡ぐ。

 

「…いえ。あの様なゲームと名の付くものを触った事自体、殆ど初めてのことです」

「あん?」

 

豪徳寺は千鶴の言葉に首を傾げる。

千鶴のそれは初めての体験にしては矢鱈堂の入った動きではあったが、別に豪徳寺はその点に疑問を覚えた訳では無い。所詮はゲームであり、要領の良いものは何をやらせても少しコツさえ掴めばあの位の動きはするからだ。豪徳寺が首を傾げた理由は千鶴の如何にもきまり悪気な態度にである。

豪徳寺の怪訝そうな態度を察してか、千鶴は苦笑を浮かべながら説明を始める。

 

「すみません、己の痴態を思い返して、少々呆れを抱いたものですから。…私にあの様な奔放な振る舞いは似合わないとお思いでありませんか、豪徳寺先輩?」

 

千鶴の問いに、豪徳寺は顔を顰めると諌める様な言葉を紡いだ。

 

「あのなあ那波、折に触れて何回も言ってるだろうが。お前は幾ら外見がちっとばかし育っていようが齢十五の乙女だ、羽目を外して何が悪いんだよ?立ち振舞いに似合おうが似合わまいが、お前がやりたいならやっていいんだよ。それだけのことでお前を嘲る様な詰まらない奴は自分から縁を切っちまえ。…どうせ嫌でも大人になるんだ、大っぴらにはしゃげるのなんざ逆に現在(いま)しか無え…なんて風に考えてみたらどうだよ、那波?」

 

この日何度目かになる『外見不相応』へのコンプレックスについての千鶴の言葉だったが、豪徳寺に同じ様な話を繰り返されることへの苛立ちは無い。それだけ千鶴にとっては根の深い問題であり、それならば一朝一夕に知り合って間も無い男の言葉一つで簡単に覆る道理は無いと考えているからだ。

それでも、千鶴の弱音にも似た独白についてキッチリと豪徳寺は否定を送る。人における大概の悩み事に対して言えることだが、端から見れば些細な問題でも、当人の中で大袈裟に捉え、必要以上に思い悩む傾向は誰にでも多かれ少なかれある。千鶴のそれは根も葉も無い被害妄想の類いでは無いにしろ、他人の振る舞いに態々ケチを付けて悪意を振り撒く程大多数の人間は暇を持て余しても非、常識敵でも良心が無い訳でも無いのである。千鶴の状態は一言で言うならば気にし過ぎというものだ。

しかし、千鶴は豪徳寺の言葉を受けて僅かに頬を緩めはするものの、その顔から完全に暗いものが消えはしなかった。

 

「……解ってはいるつもり、なのですけどね。幼少期から培った可愛気の無い猫被りは、簡単に覆る代物でも無いみたいです…」

「……まあ、青春期間ってのは長い様で短いが、それでもまだ時間はあるんだ。俺からすれば姉さん肌で面倒見の良い普段(いつも)のお前は嫌いじゃあ無えし、別に嫌々やっている訳じゃあお前も無いんだろうが?…時折羽目を外したくなるってのは誰にでもあるこった。今回はしゃげたのは祭りの空気も手伝ってんだろうが、細かいことを気にしねえ俺の前だから、って面もあると思うぜ」

 

だからよ、と豪徳寺は言葉を切ってズドン!と重く鈍い音を上げさせながら分厚い胸板を拳で叩き、少し驚いた様な顔の千鶴へ宣言する。

 

「息が詰まるなら俺に言え。ガス抜き位なは何時でも何処でもどんな時でも、サッと連れ出して、遊んでやるよ」

 

伊達にアウトローは気取って無え、と豪徳寺は不敵に笑んでそう締め括った。

 

 

……全く、この人は…………

 

食事が運ばれて来て一旦会話が打ち切られ、デンと豪快に盛り付けられた山盛りのご飯と刺身の丼物、『海山道楽』を、意外に丁寧な箸使いながらモシャモシャと凄まじい勢いで平らげている豪徳寺を見やりながら、千鶴は最前の会話を思い返して苦笑する。

仮にも人の数年越しの悩みに対して、随分簡単に言い切ってくれるものだ、とも思ったが、別に千鶴のことを適当に軽い考えであしらおうとしているわけでは無いのだろう。

それ位のことは軽く成し遂げてみせると、自分に対して絶対の自信を持つからこそ、あっさりと千鶴にそう告げられるのだ。自信過剰と言えばそれまでの話だし、根拠を示せと言われれば恐らく具体的な何かは出てはこないだろう。

それでも、いやだからこそ千鶴は、そんな風にゴチャゴチャと理詰めで考えずに自分を信じられる豪徳寺を羨ましく思った。

 

……男女の恋愛の相性は類似性か相補性 の関係が望ましい、なんて聞くけれど…本当なのかも知れないわね……

 

似た者同士や性格が真逆、正反対の対極的なカップルなどがうまくいき易いという、ヤンキーとお嬢様、ギャルと仕事人間の組み合わせに代表される、人間は自分が持っていないものを 持っている人に魅力を感じる心理傾向の一種を思い出しながら千鶴はクスクスと笑み溢す。

 

「おい、どうしたよ那波?早いとこ食わねえと冷めるぞ」

「ええ、そうですね、失礼しました」

「いや謝ることじゃ無えけどよ……」

 

訝し気な豪徳寺の表情にまた溢れそうになる笑みを抑えて、千鶴は己の食事に箸をつけ始めつつ、益体も無い思考を及ばせる。

 

……普段の格好の先輩をお父様に紹介したら、どんな反応が返ってくるかしら……

 

 

 

「……なあ、同志よ…………」

「…………なんだ、同志よ……」

「……楽しそうだな…………」

「…………ああ………………」

「……何を、しているんだろうな……俺達は………………」

 

食事を終え、何時の間にか自然に豪徳寺の腕を取って楽し気に話し、笑う千鶴。時折顔を顰めながらも同じく笑んで歩く豪徳寺。デートを始めた当初はぎこちない所もあった二人だが、今では周りの男女と比べても遜色無い、一組の立派なカップルであった。

そんな二人を尾け回すし○と団の面々は、相も変わらずこの上無く低いテンションで沈んだ様子であったが、その空気には最前迄の妬み嫉みに満ちたものとは些か方向性の異なるものである。

 

「……なんて言うか…小さいな、俺達……」

「ああ……会話を聞いていて情けなくなってきたよ…………」

「度量の違いか器の違いか……解らないけど何と無く理解(わか)ったよ、なんで自分がモテないのか………」

「惨めな気分だな……凄く自分が卑小な存在に感じるぞ……」

 

元々が嫉妬の心を抑えられずにカップルを闇討ちする様な忍耐力の無い集団である。揃いも揃ってカップルをここまで長時間観察するなど彼らは行ったことが無かった。現実の恋愛とは楽しいことばかりとは限らない、千鶴の苦悩と豪徳寺の真摯にある種の尊さを見出した○っと団の面々は、二人と比しての己らの所業に居た堪れないものを感じていた。

 

「もう……止めるか?軍艦頭はまだしも、心からデートを楽しんでいる様子のお嬢さんに悪い」

「だが……そんなことをすれば馬鹿から制裁を…」

「俺は…構わんよ。今迄のツケが回って来たとでも思うさ…」

「……いいんだな?」

 

白マスクの一人が発した確認に、各々首を縦に振る。そうか、とマスクの下で微かに口端を曲げ、便宜上まとめ役を担っていた白マスクは解散を宣言するーー

 

「……それでは同志達よ、これにて…」

「待て、同志よ。何やら様子がおかしいぞ」

 

寸前、一人が発した言葉に白マスク達は揃って豪徳寺と千鶴の方へ向き直る。

 

「……あれは⁉︎」

 

そこには、着崩した服装に鉄パイプな木刀で武装した、見るからにガラの悪そうな集団に半包囲されている二人の姿があった。

 

 

「……なんだてめえら、遊んで欲しいなら余所へ行きやがれ。生憎こちとら女連れなんだよ」

 

豪徳寺は低く唸る様な声で周りのチンピラへ言い放つ。周囲を非、友好的な輩に囲まれつつも、千鶴が然程怯えを見せていない様子で無ければ豪徳寺の沸点をアッサリ越えていたであろうことを鑑みれば、チンピラ達は運が良かったと見るべきだろう。なにせ本物の悪魔につい最近攫われたばかりなのだ、元より肝の据わり方が一般女子中学生の比では無い千鶴からしてみれば、単なる粋がっているだけの一般人など脅威に値しなくて当然だ。

それでも実際に武力を持たない身としては不安なのか、僅かに表情を曇らせながら手に取っている豪徳寺の腕に込める力が強まる。

 

「……久方ぶりの御対面だってのに随分なご挨拶じゃねえかよ、豪徳寺ぃ?」

 

素っ気ないにも程がある豪徳寺の面倒臭そうな台詞に囲んでいるチンピラ達の殺気と怒気が一段階強くなる。そんな中で豪徳寺の正面に位置するチンピラ達が左右に分かれ、後ろから現れた、金髪を肩まで伸ばしたガタイの良い男が態とらしい猫撫で声で言い放つ。それなりに整った表情を怒りによって醜く歪ませていることを見ても、上辺だけの冷静さであることは明白である。

 

「……?、誰だてめえは、とは言わねえよ。集まってる頭の悪そうな顔々と祭り時(・・・)の麻帆良なんてタイミングであからさまにチンピラ然とした振る舞いしてる物知らずっぷりと命知らずっぷりからして、余所からやってきた…多分俺がヤンチャしてた中学の頃に潰した族かなんかだろお前ら?悪…いとも思わねえが、面ぁ覚えてねえのは本気(マジ)だよ自意識過剰野郎」

 

最も豪徳寺からすれば脅威どころか文字通りの木偶の坊が人数分立っているに等しい、お話にならない雑魚集団である。外のチンピラ複数程度に遅れを取っていてはこの武道家限定での無法都市、MAHORAにおいて半日たりとも生きてはいられないのだから当然のことだ。故に馬鹿にしている所か相手にもしていないことを隠そうともせず無造作に吐き捨てる。

 

……チンピラ共がキレたら飛び上がって那波だけでも逃がすかな………

 

やれやれと溜息を吐くヤル気の無いことこの上ない豪徳寺であったが、当然敵対している側はそんな舐めた態度を取られて平常心ていられる訳も無い。

 

「ンだとゴラァ‼︎」

「調子こいてんじゃ無えぞウドの大木野郎がぁっ‼︎」

「女連れて随分余裕じゃねえかよ状況解ってんのか、ああ⁉︎」

 

「五月蝿えぞてめえら‼︎…相も変わらずナメた野郎だなぁ豪徳寺。てめえから喧嘩売っといて面も覚えてませんてかぁ?」

 

いきり立つチンピラ達を制して、リーダー格らしき金髪が亀裂の入った様な歪んだ表情で軋る様に呟く、最早溢れる怒気を隠そうともしていない。対する豪徳寺は安心しろ、とばかりに千鶴の背中をポン、と軽く叩きながらどうでも良さそうに返答する。

 

「るっせえなあ、俺は闘り合って強かった奴の面は忘れて無えよ。ってことはお前ら雑魚だったって事だろが?御礼参りに来たってんならハッキリ言ってやる、話にならねえから回れ右して失せやがれ。こちとら見ての通りエスコート中なんでな、お前らに構ってる暇は無え」

 

豪徳寺の言葉に、ブチンと金髪の聞こえる訳の無い、頭の血管が切れる音が響き渡った様にその場の面々は感じた。

 

「っ等だ時代錯誤の糞番カラがぁぁぁぁぁぁぁぁっ‼︎‼︎」

「「「っらぁぁぁぁ‼︎」」」

 

崩れた言葉を吐き出しながら真っ赤な顔を憤怒に染めて、一斉に四方八方から豪徳寺目掛けて襲い掛かるチンピラ達。

 

「………ふぅ…」

 

豪徳寺は溜息混じりに右手へと気を集中させようとするが、

 

「豪徳寺先輩、逃げますよ‼︎」

 

千鶴の台詞に伏せがちになっていた目を見開き、驚愕の表情で千鶴を見やる。

 

「……はぁ⁉︎」

「早く‼︎」

 

思わず千鶴へ問い質そうとする豪徳寺だが、千鶴が一歩も退かない、とでも言わんばかりの真剣な表情であるのに加えて、今の会話で迎撃のタイミングを逃してしまった点を踏まえ、豪徳寺は舌打ちすると素早く千鶴を抱え上げる。

 

「……掴まってろよ‼︎」

「っ、はい‼︎」

 

一息に豪徳寺は千鶴を抱え上げたまま高さ三m、飛距離七m程の大跳躍によりチンピラ達を飛び越えて近場の平屋建ての建物へと着地する。豪徳寺はすぐ様千鶴を屋根へと下ろすと、怒ってこそいないものの眉根を寄せた表情で千鶴を諭しにかかる。

 

「那波、心配すんな。あんな十把一からげのチンピラ共一発で伸して…」

「豪徳寺先輩」

 

豪徳寺の言葉を遮り、千鶴は足元へ群がって口々に喚き散らすチンピラ達も気にせずに、激しくは無い、されど強い視線で豪徳寺を射抜く。思わず豪徳寺が続く言葉を飲み込んだのを尻目に、千鶴はハッキリとそう、口にした。

 

「豪徳寺先輩、教えて下さい。…先輩は今、何をなさっている最中ですか?」

「………それは…だけど那波……」

 

豪徳寺は千鶴の台詞を、折角のデート中に喧嘩騒ぎを起こすとは何事か、という咎め立ての意味に取って、それでも向こうが襲って来るんだからしょうがねえだろ、と言葉を返しかけてから、千鶴の言葉の意味(・・)に気付く。

豪徳寺は目を見開き、僅かに身体を揺らしてから片手で顔を覆い、深々とした溜息を吐く。無論、自らに対してだ。

 

「……そうだなあ。俺は、お前をエスコートしてる最中だったよ」

「はい」

 

苦笑と呼ぶには苦みの強い、引き攣りの様な笑みを浮かべて豪徳寺が洩らすと、千鶴は表情を微笑みに変えて満足気に肯定した。

 

「向こうから絡んで来たとはいえ嘗ての自分自身のツケ。それも明らかに格下の雑魚相手に僕ちゃん強いでしょ?とばかりに女の前で大暴れ、か……確かに、無えなあ」

「そうですね……ふふっ、言ってしまうんでしたら、()のする事じゃあありませんよ?豪徳寺先輩」

 

千鶴が少しだけ悪戯っぽい表情に変わって告げたその言葉に、豪徳寺は呵々と大口を開けて笑い声を上げる。

 

「ははははは‼︎そりゃあ駄目だな、漢らしく無え俺なんざ死んだ方がマシってもんだ‼︎…悪かったな、那波。自分で言い出したことだってのに、無下にするとこだったぜ」

「いいえ、寧あれだけで察して頂けたなら、寧ろ気分が良いものですよ」

 

上機嫌に笑い合う二人の耳に、ガタガタと耳触りな物音が響く。見れば自分達を無視して呑気に会話をしている豪徳寺と千鶴に業を煮やしてか、チンピラ達が建物の上へと這い上がって来るのが顔を向けた二人の目に入った。

 

「やれやれ……ヤンチャのツケを払ってやんのはまた今度、だな。今更聞き入れる連中じゃ無えだろうから、逃げるぞ那波」

「わかりました。…とはいえ、中々簡単に逃がしてくれなさそうですね?」

「まあな。……いざとなったら抱えて逃げるからな」

「あらあら、嬉しいですね。お姫様抱っこって密かに憧れだったんですよ?私」

 

目前に差し迫ろうとしているチンピラ達への不安や緊張を全く伺わせずに二人が手を繋いで逃走に移ろうとした、その時。

 

「せやあぁぁぁぁぁっ‼︎」

「あ?…っ⁉︎、ぶぁぁぁぁぁぁぁっ⁉︎」

 

二人の元へいち早く到達しようとしていたチンピラが、雄叫びと共に跳んできた(・・・・・)人影の飛び蹴りを喰らい、濁った悲鳴を上げながら吹き飛んだ。

 

「……あん?」

「…あら?」

 

いきなりな展開にキョトンとする二人を尻目に、他のチンピラ達へも次々と高速で動く人影が襲来する。

 

「てめっ…⁉︎」

「口を閉じて頷かねば脳挫傷でくたばるぞチンピラァァァ‼︎」

「ぐああっ⁉︎」

 

ある者は屋根に登ろうと上半身を縁に預けていたチンピラを見事なそり投げで地面に叩きつけ、

 

「ンだてめえ…⁉︎ぶはぁ⁉︎」

「口を開く暇があるならば拳の一つでも振るってみたまえ」

 

ある者は屋根へ上がってきたばかりのチンピラに太い体躯から繰り出される張り手を顔面に決めて吹き飛ばし、

 

「っだテメ殺っぞボゲェェェェエベァ⁉︎」

「そんな雑なパンチが当たるものかよ」

 

ある者は激昂して喚きながら振るわれたチンピラの拳に鮮やかなクロスカウンターを炸裂させて大地に沈めた。

 

「……⁉︎、なんだ、てめえらぁ‼︎邪魔すっと砂にすんぞ、あ゛あ゛⁉︎」

 

呆気にとられて立ち竦む豪徳寺と千鶴を守る様に立ち塞がった複数の男達の異様な迫力に、リーダー格の金髪が顔に焦りを滲ませながらもドスの効いた声で吠える。

それに対して、その白マスク(・・・・)の集団は憎たらしい程余裕のある仕草で一斉に肩を竦め、何やら大仰なポーズを全員で決めると、高らかに宣言した。

 

「「「…愚昧の集よ、この二人へ危害を加えんとするならば、我々を倒してからにするがいい‼︎」」」

 

ズバーン‼︎と効果音の聞こえてきそうな白マスクの集団、そう。言わずと知れたし○と団であった。

 

「…お前ら……何やってんだ?」

 

驚愕から立ち直った豪徳寺がジト目でツッコミを入れると、白マスクの面々が振り返り、矢鱈威勢の良い口調で言い放つ。

 

「早くそのお嬢さんを連れて行くがいい、元軍艦頭‼︎」

「この場は我らに任せて先に行け‼︎」

「貴様のことは如何でもいいが、綺麗な娘さんを悲しませてはいかんからな‼︎」

「なあに心配は無用!我らは無敵のしっ○団、嫉妬の心は父心よぉ‼︎」

 

「誰がてめえらの心配なんざするか阿呆共。普段なら寧ろてめえらこのチンピラ共に便乗して襲い掛かって来そうなクズの群れだろうが、どういう風の吹き回しだよ?」

 

猜疑心に満ちた豪徳寺の問い掛けに、白マスク達は自嘲する様な笑みを浮かべて(マスクで見えはしないが)、静かに語り出す。

 

「そうだな、我らのこれまでの所業を鑑みれば信用されぬのも無理はない、いや当然だろう」

「しかし番カラよ。いかな屑とて年中朝から晩まで屑のままで居る訳でも無いのだ。我々は今、そういう気分になっているのだよ」

「今回に限っては裏も何も無い。早くこの場を立ち去り、お嬢さんとデートを続けるがいい。我らのせめてもの罪滅ぼしだ」

「後ほど菓子折りでも持参して謝罪に行かせて貰おう。その場限りの勢い任せで反省した気分になっている訳では無いと証明する為にもな!」

 

「何を訳の解らん……待てよ、このタイミングの良さといい訳知り顔での語りといい、てめえらまさか覗いて…‼︎」

 

真相に気付いたらしい豪徳寺が目を剥いて何事かを言いかけたが、そのタイミングで困惑から立ち直ったチンピラ達が怒りの表情で突っ込んで来る。

 

「さあ、行くのだ豪徳寺!このチンピラ共の相手は我らが受け持った‼︎」

「憎たらしいがデートを満喫していたのだろうが!こんなことで詰まらんケチを付けるでない、行けぃ‼︎」

 

正面に向き直り、各々構えを取りつつ叫ぶし○とマスク達に、豪徳寺は顔を歪めて何やら唸っていたが、

 

「……豪徳寺先輩?ここは御言葉に甘えましょう」

「…………しょうがねえ……」

 

千鶴の言葉に顔を上げ、徐に繋いだままだった手を引いて走り出す。

 

「てめえら後できっちり話付けっからな‼︎」

「ありがとうございました、この御恩は忘れません!」

 

「無論のことだ元軍艦‼︎我々は逃げも隠れもせん‼︎」

「そのお気持ちだけで十二分に我らは満たされますよお優しいお嬢さん‼︎」

 

去り行く二人に各々が言葉を投げ、未だ三十人は下らないチンピラ達をしっ○マスクは迎え撃つ。

 

「「「さあ‼︎あの二人を追いかけたいのならば、我々を倒してからにするがいい‼︎」」」

 

「っめんじゃ無えぞ変態っ郎がぁぁぁぁぁぁ‼︎‼︎」

 

 

 

「……はあ…はあ。……地味に強かったな、このチンピラ共」

「全くだ。リーダー格らしきこの金髪に至っては未熟とはいえ気を使いおったし」

 

激戦の後、死屍累々という言葉が相応しい様子で地面に横たわるチンピラ達を背景に、ボロボロになった○っと団は白目を剥いているリーダー格の金髪を踏み付けつつ言葉を交わしていた。

 

「やれやれ、割に合わんな正義の味方とは。広域指導員の連中を尊敬するよ」

「しかし、悪くない気分だ。そうだろう?」

 

嘆息する白マスクの一人に対して、ニヤリと笑った(見えないが)もう一人がそんなことを言う。

 

「……そうだな、嫉妬に溢れ、リア充野郎に八つ当たりをしていた頃よりは、清々しい気分になったな」

「これしきのことで許されたとも生まれ変われたとも思わんが、一歩前進という所か」

 

なんだかんだで豪徳寺と千鶴を助ける方向に向かったし○とマスク達だったが、人間そう簡単に変われるものでは無い。今でも彼らはリア充男子が憎いし、他の同志達を否定し切れはしない。それでも、今までの様に妬み嫉みを隠さずに通り魔の様な真似をする気にはなれなくなっていた。

 

「……あの変態(中村)に制裁を喰らうかなぁ…………」

「幾ら何でもあんまりだとは思うが、覚悟の上でやったことだろう?」

「……そうだな」

「俺、なんとかあの二人の制裁を生き延びたなら、彼女を作る為に頑張るんだ…」

 

「ほう、学生らしく健全な目標で何よりだ変態マスク共」

 

唐突に白マスク達の後方から響き渡った低く野太い声に、全員がビクーン!と電流が流れたかの様に一瞬痙攣し、カタカタと身体を震わせながらゆっくりと振り向く。

白マスク達の視線の先で佇んでいたのは、丸太の様な腕を巌の如き体躯の前で組み合わせ、ゴリラにも似た厳しい容貌の中目を細めて、お世辞にも友好的とは言い難い視線でし○と団を射抜く、麻帆良学園における災害の化身(ヒューマノイド ディザスター)広域指導員杜崎 義剛その人であった。

 

「…さて、この状況について何か申し開きはあるか?」

 

杜崎の静かな圧力が込められたその一言に、し○とマスク達は一斉に土下座の姿勢を取ってから必死に弁解を始める。

 

「待ってくれ、いや、待って下さい杜崎先生‼︎我らは今回に限って非は無いのだ‼︎」

「目撃情報を募ってくれ!諸悪の根源はチンピラ共であり豪徳寺なのだ‼︎」

「只でさえ軍艦頭と超絶変態からダブルコンボで制裁を喰らいそうなのに、この上暴虐武人(アウトレイジ)の軍隊殺人コンボなんて幾ら何でもあんまりだ‼︎」

「御慈悲を、どうか御慈悲をぉぉぉぉ‼︎」

 

「喧しいわ貴様ら‼︎‼︎」

 

徐々に喧騒と化していく○っと団を一喝で黙らせる杜崎。ビクリと震えて黙り込む白マスクの変態達を目にして、盛大な溜息と共に杜崎は肩を落とす。

 

…もう少しあらゆる方面について真面なやり方は出来んのか、この街の阿呆共は…………

 

普通にしていても厄介事を呼び込んでそれを更に傍迷惑な鎮圧方法で消し去りに掛かるバイオレンスがデフォルトの無法都市、MAHORAのトンデモぶりに暗澹としたものが腹の底辺りから湧き上がって来る様な錯覚を覚える杜崎だったが、いい加減に馬鹿の相手がウンザリだと思った所で目の前の惨状が消えて無くなりはしないのである。

 

「……状況と通報者の証言からして貴様らに情状酌量の余地はあると認めてやる。今回は厳重注意のみに留めてやるから伸びているチンピラ共の搬送を手伝うがいい」

 

苦虫を噛み潰した様な顔で唸る様に告げられた温情あるお言葉を聞いて、パッと顔を輝かせた(しつこいようだが見えない)しっ○団の面々は口々に噎び泣き、感謝を口にする。

 

「Sir Yes Sir‼︎杜崎大提督、直ぐに取り掛かるであります‼︎」

「慈悲深き杜崎大明神に満腔の感謝を‼︎」

「いやはや心がお広い、この様な海より深く山よりも高い果てしなき器を持つからこそあの様な美人の奥様を迎えられるのですなあ」

「その調子で普段の取り締まりにおいても僅かばかりの御心添えをお願いします!」

 

「見え見えのおべっかを使うなシリーズ人間の屑共‼︎グダグダ喋くってないでさっさと働けぃ‼︎」

 

「「「了解しました申し訳ありません‼︎」」」

 

バネ仕掛けの人形の様に跳ね起きてチンピラ達を担ぎ上げ始めた白マスク達を見て、杜崎は再び嘆息して憎らしい程に晴れ渡った青空を見上げた。

 

「やれやれ、馬鹿共が無茶をせんように格闘大会迄顔を出さねばならんとは、つくづく今年は厄介事の火種と火元に困らんな……」

 

 

 

「……よし、ここまで離れりゃあ大丈夫だろ。那波、立てるか?」

「はい、問題ありません。…ふふっまるで映画のワンシーンみたいでしたね」

「劇場にしちゃあキャストの一部が変態に過ぎるがなぁ……あの野郎共が、後でギタギタにしてやるから覚悟しときやがれ……!」

「一応は助けて下さったのですから、程々にしてさしあげて下さいね?」

 

結局距離を稼ぐ為に千鶴を抱き上げて疾走した豪徳寺は、騒ぎが起きた場所から数ブロック離れた所で千鶴を降ろした。悪漢に追われてお姫様抱っこで男女が逃走などという、ある種ベタな状況に笑みこぼれる楽し気な千鶴とまんまとストーキングされていた事実に顔を歪ませる不機嫌そうな豪徳寺が実に対称的である。

 

「わかったわかった……何にしても悪かったな、詰まらねえ因縁に巻き込んだ」

「お気になさらないで下さい、誰にでもヤンチャな時代はあるものですから。…とはいえ、豪徳寺先輩は今でもヤンチャ盛りなのかしら?」

「ぐっ⁉︎…………ぬぅ……」

 

コロコロと軽やかに笑う千鶴に物申したい豪徳寺だが、毎日毎日喧嘩三昧に近い日々を送っている身としては概ね事実その通りであるし、その所為で先程千鶴を巻き込んでしまったのも事実なので反論の余地は無かった。

 

「……仕方ねえだろうが。喧嘩、っつーか子ども地味た言い方になるが、強くなりたいってのは最早俺の人生そのものと言っていいものなんだ。呆れられようが馬鹿にされようが、今更止められ無えし止める気も無いんだよ」

 

口にするにはどうにも面映く気恥ずかしい豪徳寺の想いであったが、誤魔化しの一切無い正直なものだ。

 

「…………そう、ですか…………」

 

しかし、千鶴は豪徳寺の台詞を聞いてそれまでの笑みをふと曇らせたかと思うと、少しして囁くような小声でそう呟いて、何事か思案しているらしき表情のまま押し黙る。

 

「…いやな、那波?俺も年がら年中こんな風じゃ…結構あるかもしれねえが、だからってそればかり考えている訳じゃ無えんだよ。勘違いしないで欲しいんだが……」

「……あ、いえ。違います豪徳寺先輩。確かに諸手を上げて賞賛出来る様な思考だとは思えませんが、殿方はそういうこと(・・・・・・)がお好きだとは知識として知ってはいますので。このことで豪徳寺先輩に悪感情を抱いたりした訳ではありません」

 

流石に仮にもデートの最中で女に大してする様な話じゃあ無かったか、と悔やんで思わず弁解地味た言い方になる豪徳寺だが、そんな豪徳寺を見て誤解に気付いた千鶴は、やや慌てた様子でそう告げる。

 

「……ただ、理解(わか)らないなあ、と思ったんです。所詮私は女ですから、殿方の考えなど理解出来なくて当然、と言われてしまえばそれまでなのですが。……馬鹿にするつもりは毛頭ありませんけれど、そこまで争い事に傾倒出来る豪徳寺先輩のお気持ちが私にはよく、解らないんです。喧嘩なんて、痛くて辛いものだとしか私には思えませんから。……豪徳寺先輩は、どうしてそんなにも強くなりたいと思うのですか?」

 

千鶴の問い掛けに対して、豪徳寺に戸惑いは無かった。唯、どう説明したらいいか解らないとでも言いたげに暫し豪徳寺は沈黙していたが、やがてポツリポツリと、言葉に出して自分の想いを形にするかの様にゆっくりと豪徳寺は語り出す。

 

「……そう、だな…………お前の言う通り、男女の違いと言っちまえばそれまでの話なんだろうな……。…どんな男でも、素手喧嘩(スデゴロ)最強って響きに心惹かれない奴は居ないと思うんだ。こればかりは、説明しろと言われても上手く言葉に出来る気はしねえ……」

 

只な、と豪徳寺は苦笑いの様な顔で千鶴を正面から見据え、自らの想いを吐露する。

 

俺は(・・)、その憧れを現実にしようと踏み出したんだ。努力に努力を重ねても、一向に見えちゃ来ない、頂きに到達する為にな。お前の言う通り、痛くて辛くて、碌でもねえ思いばかり始終味わっていて、その癖見返りなんて時には僅か程も感じられない、割に合わねえ道さ。……なんでこんなことやってんだろうな、って、俺でも考えることはある」

 

でも、それでも憧れるんだよ、と豪徳寺は笑って言う。

 

「痛くても、辛くても。身に付けた力は誇らしくて、その力で誰かの為になれば、俺の努力は無駄じゃ無かったんだって、言葉に出来ない充足感を得られる。そんな人間の中で、トップに立てるなら一生を捧げてでもやる価値はあるって、俺は思えるんだ。……時代錯誤な考えだってのは百も承知だ。それでも俺は、強くなりたい。誰に何を言われようとも、この生き方を貫き通したいんだ。…この想い、理解(わか)るか、那波?」

 

語り終えた豪徳寺の言葉を受けて、一瞬迷う様な表情を浮かべた千鶴だったが、やがて力無く首を横に振り、言葉を返す。

 

「…すみません、豪徳寺先輩。私にはよく、理解(わか)りません」

 

千鶴の言葉を受けて、豪徳寺は僅かに寂しそうな表情を浮かべる。しかしそれを笑みで塗り込めた豪徳寺は、徐に一枚のチケットを懐から取り出し、千鶴へ告げる。

 

「……気にすんな、那波。おかしいのは俺の方で、正しいのはお前の方なんだ。…俺は口が達者な方じゃ無え。これ以上はお前に、上手く説明出来る気はしねえんだ。……渡そうかどうか迷ってたが、なんだかお前には、俺の、俺達のことを理解して貰いたくなったんだ。……今日の日暮れ頃から、龍宮神社で格闘大会が行われる…お前に俺の、闘いぶりを見て欲しい。那波の趣味じゃ無えのは百も承知だ。…それでも、俺の闘いを見せれば、言葉よりも雄弁に、()を伝えられる気が、するんだ」

 

来てくれないか、と豪徳寺は千鶴にまほら武道会のチケットを差し出す。

千鶴は直ぐにそれを受け取らず、豪徳寺を真っ直ぐに見て問い掛ける。

 

「…私は、貴方を憎からず想っています。自惚れと思いたくはありませんが、貴方も同様に想っているとも」

 

貴方のことを、もっと知りたいんです、と千鶴は静かに告げる。

 

「……貴方は、私に貴方(・・)を見せてくれますか?」

 

これ以上無く真剣な顔での千鶴の問いに、豪徳寺は力強く頷く。

 

「…お前の知りたい、俺を見せると、約束する」

 

その言葉を聞いて、千鶴は僅かに表情を緩めると、笑顔で豪徳寺の差し出たチケットを受け取る。

 

 

「楽しみにしていますよ、豪徳寺先輩?」

 

「任せときな。最高に格好良い、俺を魅せてやるよ」

 

 

 

かくして各々の甘い一時は終わりを告げ、血で血を洗う、闘争の宴が幕を開ける。

 

 

 

まほら武道会の、幕開けだ。




閲覧ありがとうございます、星の海です。豪徳寺と千鶴のデートは、一部でトラブルもあったものの、概ね円満に終わりを告げました。辻と刹那はさぞかし羨ましがっていることでしょう笑)し○と団の面々は豪徳寺と千鶴を庇った功績に免じて中村からの制裁は避けられました。彼らは以後嘗ての同志達に目を覚ませるべく終わりなき闘いへ身を投じる予定です笑)はてさて、いよいよ作者待望のまほら武道会に次回から突入して行きます。キワモノが大挙する大層カオスな話になるかと思われますが、楽しみにして頂ければ幸いです。次回こそは早めに上げます‼︎楽しみにお待ちくださいませ。それではまた次話にて、次もよろしくお願いします。

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