お馬鹿な武道家達の奮闘記   作:星の海

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何時もより少しは早い……でしょうか?何だか書いていていて文量が膨れ上がるばかりなので、開き直って予選会中編の2です。このまま幾人かに分けて戦闘シーンを投稿させて頂きます。ご了承下さい。


10話 まほら武道会予選 (中 その3)

「ハッ……ハッ……ハ、ァッ………!」

 

ネギは己の荒い息遣いを煩わしく思った。

 

ここ数ヶ月で、何度も何度も辻達に組手をして貰った。辻は丁寧に、中村は戯けながら、豪徳寺は豪快に、山下は優しく、大豪院は厳しく。

そして全員に共通して、ネギには必要以上の無茶を決してさせなかった。ネギがまだやれる、もっと頑張れる、と幾ら言い募ろうとも、辻達はネギが修練だけに傾倒するのを許さなかった。

ネギが自分の父親、ナギ・スプリングフィールドの手掛かりを得る為にまほら武道会へ出場を目指す段階になっても大きくは変わらなかった。確かに修業の内容は数段厳しくはなったが、それがネギが耐えられ得る最大限かと問われれば、ネギは否と答えるだろう。

何故ならば、理解(わか)ってしまうのだ。辻達が己に課す修業を見ていれば、否応無しに。

始めて辻達の修業風景、組手を見学した時に、ネギは冗談でも何でも無く、本気で殺し合いをしていると思った。一切の手加減無く(ネギが端から見ていてそう感じただけだが、実際に当たったら身体が弾けて四散するだろうというレベルの技を禁じている他は何でも有りという殆ど殺し合いに近いものらしい)急所を穿ちに行き、その動きに遠慮は欠片も見出せない。呆然と血が飛沫き、肉が弾けるその光景を目にしていたネギは、我に返り思わず止めに入ったのは良いか悪いかはさて置き、忘れられない思い出である。

 

『いや、流石に修業の時間内全てをこんな風に全開で飛ばしちゃいないよ?いくら俺達でも身体が保つ訳無いからね。精々ほぼ全力のぶつかり合いは一日一度出来ればいい方かな?大概は誰かが組手中に骨や内臓痛めるのがしょっちゅうだからやっぱり毎日はやってないね。それに矛盾した表現だけれど、俺達はこの組手、殺すつもりで打ち込んでいるけど殺す気は無いんだ。だから大丈夫、じゃ無いけど見た目程危なく無いよ』

 

等と素面で言ってのける辻と、平然とその無茶な言い分に頷いている他四人を見て、ネギはこの人達は人として何かがズレている、と幼いながらに確信したものである。

だからネギは自分が未だ強くなれたとは思っていない。これまで一度は敵対者として向かい合ってきたエヴァンジェリン、天ヶ崎 千草、白髪の少年、黒髪の青年、両面宿儺、そしてヘルマン達悪魔。

それらの強さには及んでいない筈の目の前の武道家に、ネギは畏怖(おそ)れを感じている。

 

 

「オウ……ショーネン、怖いカ?ソウネ、ワタシテカゲン、ヘタクソよ。殺すキで蹴れ、言われてきたからネ。だからショーネン、ギブアップしてくれる、助かるヨ。ショーネン蹴トバスノ、キ、ススマナイネ」

 

 

ニコニコと、人好きのする邪気の無い笑顔を浮かべながら、ウッティ・チャイーームエタイ部の部長は朗らかに告げる。その様子からは、とても格闘大会の予選の最中という、暴力の渦巻く非日常的な空気は感じられない。顔だけを見れば友人と談笑中だと言われても皆が納得するだろう。

しかしネギは、チャイが間合いに入るなり、その柔和な笑みを微塵も崩さずに、欠片程の戦意や殺気を感じさせる事無く、空気が千切れて甲高い悲鳴を上げる程疾く、強烈な蹴りを見舞って来た事を知っている。

辛うじて風盾(デクレシフォー)による減衰が間に合い、腕でブロックして衝撃に逆らう事無く自ら飛び、威力を殺す事に成功したものの、闘技場の端近く迄吹き飛んでしまう様なその一撃は、減じて尚ネギの左腕を満足に動かさせない程のダメージを与えていた。

ネギは素早く立ち上がり、前に出たものの、笑顔のままジリジリと間合いを詰めて来るチャイの不気味な迫力に気圧され、自ら仕掛ける事が出来ないでいたのだ。

チャイの纏う空気には、敵意も殺意も無い。ただ其処にあるのは、目標に向かう己の障害となる対象を排除しようという、冷たく乾いた拒絶の意志だった。

 

……敵意じゃ無いけれど、これは本気で僕に、敵対している…この人は、僕と、真面目に闘おうと、してるんだ…………‼︎

 

ネギに足りないものは実戦経験だ、と辻達は口を揃えて告げた。どれだけ力を付けようと、それを実戦で十全に振るうには相手の敵意や殺意に耐え、また自らも相手を打ち斃す、という意思を己の中に沸かさねばならない。

そればかりは修業や組み手では体感出来ないものだから、と辻達は告げ、ネギに噛んで含める様に言った。

 

『確かにこの大会であの怪しい魔法使い?に勝てなければ情報は手に入れられない。そういった意味では次があるから気楽に行けとは確かに言えないな。…でもネギ君、それでも言わせて貰うよ。君が頑張らなくとも、俺らの誰かが必ずあのクウネル・サンダースを斃してみせる。もうネギ君が武道会に出るのを止めはしないけど、それならいっそ自分の力を確かめる程度の、ある程度気楽な心持ちで挑んでくれ。君が一人で頑張らなくても、俺達がいるから。実戦ではやって来たことしか発揮出来はしないけれど、平常心で臨まなきゃやって来たことすらも半分も発揮出来やしない。だからネギ君、重く受け止め過ぎずに、気楽に行きな』

 

駄目でも何とかしてやるから、という笑い顔を思い出し、ネギは跳ねる鼓動と纏まらない思考に喝を入れる。

辻達なら、本当に何とかしてくれるのではないか、という、最早確信に近い思いがネギにはある。しかし、だからこそネギはその頼り甲斐のある兄貴分達に、ただ寄り掛かるだけの現状を良しとしたくは無かった。

 

……子どもは大人に素直に頼ればいい、って、何度も言われている……

……でも、それなら僕は、いつ大人に成れるんだ?このまま辻さん達の負んぶに抱っこでいたって、僕は成長(・・)出来る筈が、無い……‼︎

 

ネギは畏怖(おそ)れを戦意で拭い払う。

 

「……貴方を倒して、()へ進みます‼︎」

 

最早逃れぬと不退転の決意を秘め、ネギはジリジリと迫るチャイに、確かな声でそう告げた。

対するチャイは、その宣言を聞いて笑みを微かに薄いそれに変えると、俄かに真剣味を増した固い声で応じる。

 

「ソ、ウカ……君はヨイ戦士(ナックモエ)、ナレルネ……ショーネンのトシで、ソウ言う。…とてもユーカンヨ。だからモッタナイ思うネ、でも……」

 

ワタシ、テカゲンは出来ないヨ。と締め括り、チャイは一歩を大きく詰めて。

次の瞬間、ネギの首目掛けて全力の回し蹴り(テッ)が放たれた。

 

ムエタイの蹴りは空手等の様にスナップを効かせず、腰を回してその勢いで放たれる、体重を乗せた重い蹴りだ。それでいて相手の急所への最短距離を駆け抜ける為に速度をも兼ね備える、立ち技最強を謳われるにも説得力に足るその一撃。鍛えた武道家をして視認すら碌にままならぬその一撃を、しかしネギはその身を屈め、紙一重といえど避けてみせた。

チャイは僅かに舌打ちをして蹴り足を引く。その引かれた足に合わせてネギが両腕を掲げ顔面を護りながら一気に突っ込んだ。

が、素早く引かれたチャイの右足が地面に着くが否や、間髪を入れずに左ローキック(テッカーサイ)が飛び、ネギの足をへし折りに掛かる。

ネギは左に踏み込む足を大きく逸らし、半ば飛び込む様にチャイの右側面へと移動することにより、薙ぎはらう様な次撃を何とか躱す。

 

「甘イ」

「がっ…⁉︎」

 

しかし。それでもチャイの懐へネギは届かない。空振った足を即座に引き戻したチャイは、三度前蹴り(ティップ)を無理な機動でバランスを崩したネギの胴体にぶち込んだのだ。

ダメージを与えるに有効な距離(ヒット ポイント)にはやや近過ぎる距離であった為にどちらかといえば押し出す様な、吹き飛ばされた事によって逆にダメージの分散する様な蹴りであったが、それでも未だ身体が未成熟であり、魔力による強化にも限度のある発展途上なネギの肉体には少なくないダメージが通っていた。

そもそもをしてネギの体躯は年齢に違わぬ小学生並みのそれだ。然程体格が良いとは言えぬチャイをして、その体重差は二倍以上。軽さは衝撃を逃がすには適した利点と言えど、同時にその体躯はリーチの短さという欠点を同伴する。攻撃の度に吹き飛ばされていては攻勢に転じることなど叶わないネギは、新ためて己の体格差というハンデの大きさに、咳き込みながら歯噛みする。

 

一方チャイも、易々と懐に飛び込まれかけた不甲斐なさに内心で軽く臍を噛んでいた。体格の違いは、何もチャイだけに一方的な恩恵を与えるものでは無い。ネギの小さな身長は、蹴りの連打で接近を阻むムエタイの蹴りにおける上、中、下の蹴り分けを殆ど無意味なものとしていた。バリエーションの減った攻撃は、本来満足に防がせない程の力量(レベル)差があるネギでも何とか凌げるものとなっている。

 

「…マ、イイさ。それならフツーにヤるダケよ」

 

しかしチャイは焦らず、再び距離をゆっくりと詰め始めた。確かにネギは体躯が小さい割に動きは麻帆良における副部長クラスでも上位の代物、というやり難い相手だ。しかしその程度のアドバンテージでは、チャイは無傷で勝つ事こそ不可能であろうが、後に響くダメージ無しにネギを降すことは可能だと判断した。

 

そう、その程度の厄介さ(・・・)を持つ選手等、このまほら武道会には幾らでも存在()るのだから。

 

ゆっくりと、しかし確実に近付いてくるチャイの貼り付いた様な笑みを見やりながら、ネギはタイミングを伺っていた。

ネギは篠村の熱心な指導により、既に魔法の射手(サギタ マギカ)を無詠唱で即座に三矢、格闘戦で実用可能な限界時間、一秒から二秒程度で五矢を展開可能である。故にネギはチャイが態々近付くのを待たずに、雷の矢で感電させ動きを鈍らせるなり、戒めの風矢(アエール カプトゥーラエ)で拘束するなり、自分から攻めに出る選択肢はあった。

しかし、ネギは待ち(・・)を選択肢した。武道会が始まる直前、小太郎と共に、辻達及び篠村や高音から告げられた忠言を思い出した故に。

 

 

『無詠唱からの魔法の射手(サギタ マギカ)を初見で見切って対応してくる一般人なんて、幾ら腕っ節が強くてもまず存在しない。だから近接技術で及ばなくとも、ネギ先生は積極的に攻めに走るのも一つの手だ。格上相手に防戦主体で挑んでも結局はジリ貧だからな』

 

『しかし、だ』

 

篠村の語尾に被せる様に、中村は言った。

 

『副部長クラスなら正直スペック的に互角以上なんでゴリ押しも出来らぁな。…でも部長クラス、それも単に部活内で技術と肉体極めただけじゃ無しに、しっかりモノにした上で麻帆良ストリートファイトに明け暮れてるタイプには恐らく通用しねえぜネギ。麻帆良の猛者の強さは千差万別だ。この無法地帯じゃ何が起こってもおかしく無えってのを骨の髄まで沁み入る程奴等は理解してる。だからネギ、部長クラスの猛者達に相対してまだ(・・)、勝つ気があったなら頭を使え。普通に攻めても攻め切れ無えからな、加えて今のお前の手札じゃ一回しくじれば次は無え。奴等ぁ一度受けた攻撃は直ぐに対応すっからな。初見殺しの必討法ってのを考えてみな』

 

 

チャイは幼い頃から生活を掛けてムエタイに打ち込み、麻帆良に来てからも実力の研摩を怠らず異種格闘技戦(ストリートファイト)に精を出す、紛れも無い部長クラスの上位実力者である。加えて今迄ネギと相対してきた武道家達と違い、最低限の手加減すらしていない紛れも無しの真剣勝負。ネギは未だ経験の乏しい未熟な己の殻を破る為に、一世一代の大勝負を仕掛けた。

 

「っっ‼︎……シュッッ‼︎」

 

チャイがネギを捉え得る蹴りの間合いの数歩手前。それまでの緩やかな足取りとは一線を画する爆発した様な踏み込みで残りの間合いを一気に詰めたチャイは、斬り付ける様な鋭い呼気と共に渾身の右ミドルキック(テックワァー)を放つ。

颶風と共に高速で迫る蹴り足を前にしたネギが取った行動は、迎撃でも反撃でも、回避ですらも無く。

 

風香・風障壁(フランス バリエース アエリアンス)‼︎」

 

今の己が全力を用いての防御(・・)であった。

 

「……っ⁉︎⁉︎」

 

チャイの蹴り込んだ右脚が、10tトラックの衝突すらも完全に無力化する超圧縮され最早質量すら持ち得る風の壁に阻まれる、無理矢理停止させられた脚をチャイ自身の凄まじい脚力による莫大な負荷が襲い。

 

鈍く乾いた音と共に、チャイの右脚の骨に亀裂が走った。

 

「ガァッ⁉︎………ッ⁉︎」

 

幼少期からバナナの樹を蹴り続け、今や鋼鉄の鞭と化した己の脚に疾走る、数年振りの激痛。

思わず苦鳴を上げて硬直したチャイは、片脚を中途な位置で振り上げた無防備な体勢を晒す己の懐に、小さな影が潜り込んで来たのを霞む視界の中知覚する。

 

「ああああっ‼︎」

 

ネギは雄叫びと共に、魔法の射手(サギタ マギカ)を纏わせた光る拳をチャイの身体目掛けて突き出した。

しっかりと前後に踏ん張り、重心の落ちた身体から下半身の捻りと共に打ち出されるのは中村に教わりし空手の正拳突き。しっかりと脇の締まった鋭い一撃は、片足立ちで移動する術の無いチャイの鳩尾に吸い込まれる様に突き刺さり、骨の砕ける感触がネギの拳に伝わってくる。

 

「…っ‼︎……舐めるなよ(ドゥートゥーク)少年(デック プーシャーイ)‼︎」

 

それでも。

肋の骨を砕かれながらもウッティ・チャイは斃れない。するりと蛇の様に翻った両腕が、残心を取って退がりかけたネギの首に、後頭部毎ごと抱え込む様に廻される。

 

ムエタイ選手の闘士を相手取る際に注意すべきはその鉄鞭を叩き付けられる様な蹴りの嵐。そしてもう一つが、首相撲(モエパン)と呼ばれる至近距離での組み付きからの、膝蹴り(ティーカウ)肘打ち( パンソーク)だ。

 

中途に浮かんでいたチャイの右脚が跳ね上がり、天を衝く膝蹴りがネギの顔面目掛けて跳ね上がる。加減の欠片も無いそれは、当たればネギの顔面を破砕し、頭蓋を陥没させるであろう、殺意を込めた本気の一撃だ。

 

『ムエタイの部長辺りは当たったら無理しねえで避けとけよ。あいつなんかはガチに腕一本でメシ食ってた野郎だ。反撃されて手負いになると、途端に本気で潰し(・・)に来るからな』

『中学の時の山ちゃんや大豪院と同じ壊し屋ってことさ、ネギ君』

『『喧しいわ(よ)‼︎』』

 

「っ………‼︎」

 

高速で自分の顔目掛け跳ね上がって来るチャイの尖った膝頭を、頭を固定され身動ぎの取れない状況で見るネギの脳裏に、辻達のそんな忠告が走馬灯の様に過りーー

 

「ギァアッ⁉︎」

「がっ……⁉︎」

 

ーーネギの()にチャイの膝が突き刺さり、双方(・・)の悲鳴が闘技場内に響き渡った。

 

チャイはネギへ膝蹴り(ティーカウ)を決める寸前、右脚の皹が入った脛骨中心辺りが締め付けられ、後ろに引き寄せられる様な感覚が生じた。

それによる一度目を遥かに上回る途轍も無い激痛により僅かに体勢が狂い、また引っ張られて威力の死んだチャイの膝蹴り(ティーカウ)

更に防御として張られた風盾(デクレシフォー)と着弾寸前に頭を振り、額で受け止めたネギの二重の防御によって、チャイの反撃はネギの命を刈り取ることも、意識を飛ばすことすらも出来ずに終わる。

 

「っ………⁉︎」

 

チャイは慌てて己の右脚を見下ろし、皹の入った右脚の中心辺りに巻き付いた光り輝く帯状のものを視認して、普段細めている目を限界まで見開く。

それは魔法の射手 戒めの風矢(サギタマギカ アエールカプトゥーラエ)。ネギが首相撲(モエパン)に掴まるのとほぼ同時にチャイの右脚目掛け無詠唱で放った一撃だった。

 

「…っ‼︎」

 

一方ネギも、二重三重に威力を軽減して尚有り余る破壊力を持つチャイの膝蹴り(ティーカウ)に額を割られ、軽い脳震盪を起こしていた。が、ネギは揺れる視界と定まり切らない思考に鞭を打って動く。チャイは現在片足を拘束され、自分の渾身の反撃を堪えられた衝撃によって隙が出来ている。ここで攻めねばもう付け入る好機(チャンス)は無いとネギは半ば本能的に理解(わか)っていた。

ネギは体前に浮いているチャイの右足首を両手で取ると、左肘の内側にチャイのアキレス腱上を挟んでホールド、右手でチャイのつま先を掴んで折り込みながら身体全体を思い切り捻った。

元より蹴りを放った直後で片脚立ちのチャイは急激な重心移動にバランスを崩し、横向きに倒れ込む。

 

「っ‼︎(メン)‼︎」

 

ネギの狙いを察したチャイは悪態を吐きつつ、足を伸ばし切られる(・・・・・・・)前にネギの下半身を蹴ってエスケープしようとするが、

 

「グ、アアッ⁉︎」

 

足の先から伝わって来た激痛に蹴りが目測を誤り、ネギを引き剥がすことに失敗するチャイ。

妨害を目論むチャイの動きを封じる為に、ネギが右手で折り込んでいたチャイの足先の指を掴み、力任せに捻り折ったのだ。

 

「……褒められた、闘い方で無いのは、承知の上、です……僕は何としてでも勝つやり方を、教わって来たんです‼︎」

 

揺れる思考の中、言い切ったネギは、地面に着いてから回転し、仰向けに倒れたチャイの足首を極め、思い切り上体を後ろに倒した。

柔で言う足首固め、総合格闘技やグラップリングではアンクルホールドと呼称()ばれる関節技が、チャイの足首を軋ませる。

 

「っ〜〜〜〜〜〜〜‼︎‼︎」

 

チャイの口から声にならない悲鳴が上がる。ネギの肩口を無事な方の脚で蹴って再度エスケープを試みるが、その度にネギが手挟んでいる右脚を捻り、折れた脛骨に刺激を与えてチャイに激痛を味合わせる為に上手く力が入らない。

ミシミシと、不気味な軋みと共にチャイの足首が駆動域を越えて捻じ曲げられ、靭帯が悲鳴を上げーー

 

「っ‼︎………ワカッタ!タップだ、ギブアップヨ、ショーネン‼︎」

 

ーー脛と足指に続いて足首が破壊される前に、地面を数度叩いてチャイは試合放棄(タッピング)をした。

 

「……‼︎………ふう………………!」

 

ネギはチャイの降伏宣言を聞いて一瞬身を固くするが、次の瞬間には全身の力を抜いてチャイの足首を解放し、へたり込む様にして尻を着くと、空を仰いで大きく息を吐いた。

 

「イ、タタタタ……‼︎……アー、カンパイよショーネン。油断無かタいわないが、ココまでヤラレル、私マケね」

 

チャイが右脚を抱える様にしながら座り込み、ネギに声を掛けると、ネギは上体を起こして、申し訳無さそうに眉尻を下げて言葉を紡ぐ。

 

「あの、僕………」

「イイてコトよ」

 

皆まで言わせずにチャイはネギの言葉を遮った。

 

「コッチもコロす気でケッタね。オトナゲ無い、私ヨ。何でもあり(バーリ トゥード)なら、ショーネンはマチガテ無いヨ」

 

それより、とチャイはネギに問い掛ける。

 

「私の膝蹴り(ティーカウ)…アー……ヒザケリ。ヨンデたか?」

 

慣れぬ日本語で、首相撲(モエパン)からの膝蹴り(ティーカウ)に繋げた自分の反撃を読み切って対応したのかと尋ねるチャイ。

 

「……接近した際に反撃が来るとしたら、ムエタイはまず肘か膝。…身長差から僕を持ち上げる為に一手損する肘よりも、身長差を逆に活かして急所の頭部に入れられる、膝だと予想してヤマを張りました」

「……フ、ハハハ‼︎…そうか、そうカ…………‼︎」

 

ネギの返答を聞いてチャイはさも楽し気に笑い転げ、暫しの間を空けてから左脚のみで軽快に立ち上がる。

 

「ナットクだ、バカレンジャーがミコンダことあるネ。……私にカッタ、ショーネン。マケル、ダメよ?」

 

にこやかに言い捨て、ヒョコヒョコと右脚を引き摺りながら闘技場の外へ向かうチャイに、ネギは頭を下げて別れを告げる。

 

「僕と闘ってくれて、ありがとうございました‼︎」

 

応えて、ヒラヒラと後手に手を振り場外に消えたチャイの背中を、ネギは暫くの間見つめていた、が。

 

「おぉ〜〜〜〜ぅい、子供先生〜〜」

「素晴らしい激闘の余韻に浸ってる所悪いけれど、ちょっといいかな〜?」

 

後ろから掛けられた複数の野太い声に、ギクリと身を強張らせながらネギが恐る恐る振り返ると。

そこには満面の笑みを浮かべるマッチョと武装集団がひしめき合い、ネギの事を熱い視線で射抜いていた。

 

「あのムエタイ部部長をグラウンドで仕留めたその腕前に感服した‼︎今度は俺と闘って貰おうか‼︎」

「いや、俺が先だ‼︎君の様な強者と渡り合ってこそこの武道会に参加した意義があったというものだ、さあ行くぞぉ‼︎」

 

「うわーん⁉︎」

 

雪崩掛かって来るお肉の塊達に、ネギは全速力で踵を返した。

 

 

 

 

 

 

刃が翻る。機械の様に効率的な軌道で、最小限の弧を描き。されど無機質な絡繰り(ガラクタ)などには決して表せぬであろう、幽玄の美を備えながら。

 

「……っづぁぁっ⁉︎」

 

何度目になるだろうか、正面から踊り掛かる、と見せかけて大きく左から廻り込んで低いタックル。と、その動きすらも囮とした二重のフェイントを掛けた後に渾身の瞬動を行い、刃の射程外から背後を取ろうとした小太郎は、瞬動の入り(・・)から抜き(・・)の着地に繋げるその前。高速での移動中に土手っ腹へ凄まじい衝撃を受け、逆方向へと吹き飛ばされた。

もんどりうって闘技場の床を転がった小太郎は、何とか受け身を取ることに成功し、擦過音を上げながらも爪と靴底でブレーキを掛け、ギリギリの所で場外を免れる。

 

「あ〜〜またダメかあ……私子供は大好きだからあんまり闘いたく無いんだけどなぁ…それにしても丈夫だねー犬耳君。手加減してるとはいえもう四発目?五発目?…あれぇ?……まあいいや、兎に角いっぱい私の打ち込みを喰らってるのにピンピンしてるじゃない。うーんやっぱり辻君が目を掛けてるだけの事は有るんだねえ、あっちの子供先生もチャイチャイ君相手に頑張ってるしねぇ」

 

のほほん、とした口調で長大な刃ーー薙刀を上段に構え直しつつ、薙刀部部長 太刀嵐 大蛇が小太郎と遠くのネギを賞賛する。まだ子供なのに大したもんだ、と上からの目線で。

 

「……はっ、どうにもナメられとるみたいやな、俺も」

 

小太郎は痛む肋を押さえつつ立ち上がりながら毒付くが、その声音には隠し切れない焦燥と緊張が滲んでいた。

 

「あ、ゴメンねぇ。馬鹿にしてる様に聞こえちゃったかなあ?」

「…まんまやろが、お姉さん。アンタは俺を、下に見とるんちゃうんかい?」

「あ、うん。下には見てるよ」

 

あっさりと大蛇は肯定した。

 

「事実君は私より地力で及んでない。これでも指導してる身だからねぇ、目利きは確かなつもりだよぉ。ただ私は君を舐めてはいない、君はその歳にして下手な部長クラス位の実力はあると見てるよ。あっちの子供先生は実戦経験が無いのかな?動きが少し固いし、危なっかしさがまだあるけど、もう少し慣れれば君と互角位。凄いねぇ、ホントに凄いよ、その歳で」

 

でもそこまで、と大蛇はフワリと微笑みを浮かべる。

鮮烈で凛とした出で立ちの中で黒髪の美麗な容貌を持つその可憐な笑みは、戦場に咲く一輪花を思わせて。とても美しいと思わせるものであったが、何故か小太郎は背筋に怖気の走る何か(・・)を、その弧を描く口元に感じ取った。

 

「君達は若い所か幼いのに、とても良い鍛錬を積んでいる。しかし、それは私達(・・)も同じ事。君達よりももっともっと、下手をすれば物心付く前から一つの武に打ち込んで、唯の一日も休まずに腕を磨き続けて。尚且つその中で才能(・・)の有していた人間がね」

 

フォン‼︎と、鋭い風切り音を上げて刃が踊る。大蛇を中心として、円状の刃の檻を描き上げる。

 

「舐めているのはお前だ餓鬼。積んで来た年季は伊達じゃあ無い。無駄では無い。武の世界は上を見ればキリが無い、私は辻 (はじめ)敗北()けた。内臓を泥塗れの靴底で踏み躙られたみたいに悔しかったし、才能なんて安っぽい響きでは到底表し切れないその()に足元が崩れ落ちる様な絶望も味わった。それでも私は弛まず、挫けずに腕を磨いて此処に来た。大袈裟で無く人生賭けているんだよ、此処にはそんな人間が集っているんだよ」

 

何時しか笑みの消えていた大蛇の顔には冷たく乾いた月の裏側の如く。凍える無貌が貼り付いていた。

 

「才能も努力の量も私は絶対の要素とは言わないし思わない。私自身が辻 (はじめ)に地力において勝ったとは言えないから。でも(・・)私は勝ちに来たよ。言葉に表し切れないもの(・・)を積み上げてね。君達に負けた連中は思い入れが少ない。全くもって、執念(・・)が足りていない、だから壁を越えられてもその先には行けない。…腕試しなんてヌルい言葉が吐けている段階の連中には、実力の優劣なんてものとはもっと前の段階の要素で、私は負ける気がしない。……君はどうなんだ、少年?信念、強くなりたい理由、負けられない理由(わけ)。…言葉にすれば安っぽいが、そんなものが有るか?無いのならば少年、君は私に敵わないので無く適わない(・・・・)。今すぐ此処(闘技場)を降りるがいい、これより私は…本気で行く」

 

その眼に、全身に。熱を孕みながらも裏腹に冷たく言い捨てた大蛇は、唐突にほにゃりと柔らかく笑み崩れ、纏う空気を最前までの暖かいものに変えた。

 

「……な〜〜んてね!ゴメンよ犬耳君、怖かったかい?つい熱くなっちゃったけど、要は甘く見てると怪我するぜい、って言いたかったのさ私ぁ!それ以上打つ手が無いなら降参するのも普通に有りだとお姉さん思うよぉ?君はまだ若いんだ、鍛え直して出直せばいいさ、未来のチャンピオン‼︎」

 

小太郎は、大蛇の言葉にただ呑まれて聞き入っていた訳では無かった。

勝手に自分を決め付けるな、お前だけが譲れないものを背負っているんじゃない、等と、反論して吐き出したい言葉は幾つかあった。

 

……でも、上手く伝えられる気はせえへんな…………

 

難しい事は解らない、と小太郎は改めて思う。一緒に頑張っている頭でっかちのお利口さん(ネギ・スプリングフィールド)の様に自分は頭が良くないのだ、と内心で呟き、忸怩たる思いが無いではないが、同時にそれでいい、とも小太郎は思う。

 

…豪徳寺の兄ちゃんも言うとる、漢はゴチャゴチャ語らんもんや……

 

だから小太郎は拳で語ろう、とそう決意して構えを取り、ただ誤解を受けない為の最低限の想いを口に出す。

 

 

「……勝ったもんが正しい。悲しいけれどそんな世の中や……。だから俺は、押し通る。アンタは俺にとって、邪魔やから」

「…………そうかい………………」

 

決意を秘めた小太郎の燃える双眸に最早言葉は不要と、大蛇は薙刀を持つ手に僅かな力を込めた。

拳と長刀をそれぞれ構え、少年と女は対峙する。

 

 

 

……この姉ちゃんは完全な後の先型や。獲物構えて待ち構え、間合いに入ったモンを問答無用に斬って捨てる…………

 

小太郎は大蛇に相対する以前に薙ぎ払われていた他選手と、己が身体で味わった撃を思い返し、小太郎は考える。

踏み込み、持ち替え、出鼻、払い、巻き落としの技……薙刀には状況に応じて様々な技が在る。

その中でも特に持ち替え技を駆使して、二連、三連とその圧倒的リーチから遠間において連続で攻撃を仕掛けられるのが薙刀の強みの一つ。

しかし大蛇の薙刀の技は、そんな領域には収まらない。脛への下段薙ぎから跳ね上がった刃が顔面を襲い、躱しても刃が反転し、唐竹割りの一撃を。それを躱しても極小の弧を描いて地面近くを疾走り、のの字を虚空に刻んだ刃は胴を横薙ぎに。躱されても脚を、躱されても更に胴を。と、無限とも言える連撃の嵐によって反撃を許さず、呑み込むが太刀嵐 大蛇の結界刃(・・・)

例え複数からあらゆる方向に於いて襲われ様とも、神速で翻った刃があらゆる角度から間合い内に入った対象を薙ぎ払う、正しく薙刀の間合いがそのまま結界の如き不可侵領域。

 

……隙は無い。せやから裏ぁ掛かん!持てる技で勝ちに行くしか、俺に取れる手段は無いんや…………‼︎

 

もっと塾考を重ねて対象法を見出す道は在った、が、それは自分の流儀で無いと小太郎は感じていた。

 

……其の場凌ぎの浅知恵で乗り越えられても、俺が俺のまま姉ちゃんを連れ戻したいんやったらそれは取っちゃアカン手や‼︎

 

己を先に繋げる為。小太郎は今の己の全力で、真っ直ぐ前に疾走った。

 

 

 

………真っ直ぐな子だねえ、うん……勝負の場じゃ無きゃ、すっごく可愛がってあげたいんだけどなぁ…………

 

大蛇はふ、と口元だけで微かに苦い笑みを作るが、その迎撃に最早容赦は存在しない。

通常薙刀において上段の構えは試合等ではまず使われない。振り上げた薙刀は攻撃が大振りになり、動きを読まれやすい上に防御に繋げ難い故に。

しかし大蛇は主に相手が単独の場合、上段の構えからの渾身の打ち落としを大概選択する。

その理由は………

 

……コレ(・・)が一番敏捷(はや)いから、さ………‼︎

 

剣撃において最も速度が乗るのは当然、体重を乗せ易く、重力に逆らわず寧ろ加速させる上から下への振り下ろす一撃である。まして盤石の体勢から麻帆良随一の薙刀使いである大蛇が重く、長大な薙刀の重量(おも)さと遠心力を駆使しての全力の振り下ろしは、人間(ひと)の動体視力なぞ軽く凌駕する。

稲妻が閃いた様な超速度の斬撃は、真っ向から突っ込んで来た小太郎の左肩口に突き刺さり、容易くその身体を二つに裂いて。

柔すぎる(・・・・)その手応えに大蛇が眉根を寄せた瞬間、断ち割られた小太郎を含めて七人(・・)の小太郎が出現(あらわ)れ、その全てが正面から大蛇に殺到した。

影分身。気を用いて己の分け身を創り出す、忍びの者の(わざ)を源流とする東欧の神秘的秘技である。優れた術者が用いれば思考力、判断力を有し、本体の知識、技術をそのまま継承した、真の意味での分身(・・)を創る事が可能だというその高等技法。小太郎のそれは自立思考こそ有するものの、判断力、戦闘力共に本体には一歩以上及ばない未熟なものではあったが、それでいて尚、小太郎には勝算があった。

 

……このお姉さんの異様な迎撃速度は、一撃をただ単発の一撃として振るわんで力の反動、打ち終わり後の軌道修正なんぞを駆使して力のロスを極力避け、少ない力での連撃を行うことに主眼を置いとるこそや………‼︎

 

その流れる様な高等技術を駆使した息も吐かせぬ嵐の連撃は確かに恐ろしい。が、裏を返せばその連打は力や瞬発力を用いた強引なものでない以上、一定以上軌道()を描いて振り回す(・・・・)必要のある斬撃には、同一方向からの迎撃可能な数に限度がある筈と小太郎は睨んだのである。全てが正面から、地を這う様な突撃が二、真正面からの特攻が三、飛び掛かっての上方攻撃が二。全てを一撃で同時に薙ぎ払うが不可能な以上、どれかの小太郎の手は絶対に大蛇へと届くと小太郎は確信していた。

斬撃を振り下ろした直後の大蛇は、巧みな捌きで重い薙刀を飛燕の如く弧を描いて閃かせ、下段から斜め上方への薙ぎ払いで左方下から突っ込んで来た小太郎と正面の二人、空中で軌道修正の出来ない一人の計四人を一息に斬り裂いた。が、そこまで。斜め上に振り切った薙刀が再び翻るよりも残り三体の小太郎の攻撃が大蛇の元に届く方が早い。

小太郎が貰った‼︎と、そう、確信したその瞬間。

小太郎達の目前に在った大蛇の身体が唐突に掻き消え、三体の攻撃が空を切った。

 

…………あ?………………⁉︎

 

小太郎は瞠目する。

大蛇は正確には掻き消えたのでは無い。距離にして踏み込み幅約七歩。小太郎達の数m()に大蛇の姿はあった。

即ちそれは後退して小太郎の攻撃を躱した、という事になる訳だが、問題はその速度(・・)である。

少なくとも小太郎には下がり始めた瞬間はおろか、何時立ち止まったのかも全く視認出来なかった神速の後退(・・)。そんな動きが可能となるのは唯一つである。

 

「………瞬動…いや、縮地……‼︎」

「正確に言葉として表すなら縮地じゃ無くて()地かなー?」

 

戦慄めいたものが背筋を駆け抜ける中、絞り出す様に口を開いた小太郎の言葉に、のんびりとした語調で大蛇の返答が返った。

 

「そんなに驚かないでよー、辻きゅんに見せて貰った事無い?彼は全力の振り下ろしで無ければこうして縮地の応用で下がれるよー。何せ教えたのは私みたいなもんだからねぇ」

 

薬丸自顕流、二の太刀要らずの斬撃に本来後退はあり得ない。

ある意味己の血肉を捧げてまで鍛え込んだ己の剣に愛着が無いからこそ出来得る神速で踏み込んで一撃の後神速で退く辻の反則的な攻勢。

しかし(・・・)、何故薬丸自顕流という生家の剣術を除けば、精々剣道の技法を取り込んだのみの辻がその様な後退を身に付けられたのかという疑問に対する答えが、太刀嵐大蛇その人なのだ。

 

「結局これ(・・)が有っても負けちゃったから私は連撃を磨いたんだけどねー、君は凄いよ、この武道会で退がらされた(・・・・・・)のは君が初めてだ」

 

でも、私に勝つのはまだ早い。と、大蛇は笑い、瞬時に距離を詰めての踏み込み面で中央の小太郎の脳天に一撃、更にそこから斜め下方に落ちての下段薙ぎ払いが一人の足を掬い上げて転がし、そこから更にアッパーカットの如く跳ね上がった刃先が最後の小太郎の顔面を打ち抜いた。

 

……終わりか、な…………⁉︎

 

全ての小太郎を打ち倒し、残心に移りかけた大蛇は、己の背後(・・)から差し迫る一つの影を知覚し、僅かながら身を固くする。

小太郎がやられた隙を突いて他選手が大蛇を倒しに来たのか?…答えは否。

 

「オラァァァァァァァッ‼︎」

 

雄叫びを上げつつ爪を振り上げ、抜手を突き出すのは紛れもなく犬上 小太郎その男であった。

 

……今迄のが全部分身…………⁉︎

 

今度は大蛇がその眼を見開く。全ての対象を迎撃した、というその一瞬の有るか無いかの気緩みを突いた渾身の奇襲。大蛇が知覚したその時には、小太郎は薙刀の刃の射程遥かその内に踏み込みを終えている。今更薙刀(得物)を用いての迎撃は不可能である。

 

だから(・・・)大蛇は薙刀には頼らなかった。

 

「は、あぁぁぁぁぁぁぁっ‼︎」

 

大蛇は手から薙刀を放り捨て、小太郎の突き出された抜手をその両手で掴み取る。鋭い鉤爪に二の腕を抉られるも、小太郎の勢いを利用してその身体を地面から引っこ抜いた大蛇は、その勢いのまま小太郎を一本背負いで地面に叩き付けた。

 

「ガッ………⁉︎」

「生ー憎ぅ………」

肝が一瞬竦み上がったことを自覚し、またそれを認めながらも、大蛇は笑みを浮かべて叩き付けた小太郎にまるで己が名を表すが如く絡みつき、胴巻き裸締めを極めた。

 

「…犬耳君の用心深さには恐れ入るけれど、武器が無くなったら闘えませんなんて言ってたら、とても麻帆良じゃやってけないのさー………」

 

だからやっぱり私の勝ちだよぉ、と、大蛇が両腕に力を込め、小太郎を締め落としに掛かる。と……

 

「……の…けや………」

「んん?なんだい犬耳君?」

 

後数秒で落ちる、と確信を得ながら大蛇は途切れ途切れに聞こえた小太郎の声に反応し、耳をそば立てる。

 

 

あんたの負けや(・・・・・・・)、言うたんやろ、俺の分身(・・・・)はな、お姉さん」

 

 

その声は、大蛇の真後ろ(・・・)から聞こえて来た。

 

大蛇がゆっくりと視線を後方に向けると、そこには小太郎が腹を抑えながらも残った片手を引き絞り、大蛇に対して突き付けていた。

 

「……これも、分身かぁ…………凄いねぇ、本体の君は今迄安全圏で気配を潜めてたってこと?」

「違うわお姉さん。アンタが退がってから踏み込んで来ての薙ぎ払いで、二番目に潰されたんが本物の俺や。潜ませとったんは分身(・・)や……アンタが今抱えとる俺の事を分身やって気付かれたら負けやったろうから、正直こんなん一か八かの博打に勝っただけで後味良く無いんやがな………」

 

アンタの流儀なら、勝ちに優劣は無いんやろ?と小太郎は締め括る。

それに対して大蛇はうっすらと笑んで頷き、朗らかに言葉を投げる。

 

「舐めては、いなかったつもりだよ。油断はあったのかなあ?……まあそんな言い訳はカッコ悪いから、御見逸れしたよ、と言っておこうか犬耳君。…君の名前、なんて言ったかなぁ?」

「……犬上 小太郎や」

「そっか……覚えて、おくよ‼︎」

 

言葉が終わるか終わらないかの内に大蛇は分身の小太郎を放り捨て、爆発した様な踏み込みで上体を撃ち出し振り向き様に渾身の抜手を放つ、が。

その貫手が届くよりも一瞬早く、小太郎の気が集中した右の正拳が大蛇の鳩尾に突き刺さっていた。

 

「…………、ゴホッ……‼︎……あー、あ……私は、耐久力は無い、からなぁ…………悔しいね、悔しい、けれど…これは負け、だねぇ………!」

 

一塊の血塊を吐き出して、大蛇は苦笑を浮かべると共に前のめりに倒れ掛かり、小太郎にその身体を抱き留められる。

 

「……済まん、女の腹ぁ殴るんは本意や無いんやが………そこで漢ぉ魅せられる程、俺はまだ強ぉ無いわ………」

 

謝らんけどな、と、小太郎は眉尻を下げながらも毅然と言い放った。

 

「……はは、カッコいいねぇ、小太郎君……将来、楽しみなベビーフェイス、だぁ…………」

 

 

 

…………あーあ、辻君へのリベンジは、また今度。だねぇ………………

 

 

 

言葉の最後で力が抜け、意識を失った大蛇の身体を抱き抱えて小太郎は歩み、闘技場外のスタッフを招き寄せるとその身体を丁重なな動作で預けた。

 

「……ったく……女だてらにこないゴッツいたぁ、先は長いなぁ、ホンマ…………」

 

踵を返し、闘技場内の選手達を睨み付けながら小太郎は独りごちる。しかし言葉の内容とは裏腹に、その表情には溢れんばかりの闘志が漲っていた。

 

……上等や‼︎どんな奴が相手やろうが、必ずや喉元喰い破って下剋上かましたるわい…………‼︎

 

序盤の連闘、大蛇に喰らった夥しい薙刀の打撃と小太郎も最早ベストとは程遠いコンディションであり、一、二箇所の骨に皹位は入っている。しかしそれよりも尚酷い重傷を負った経験が小太郎には無い訳では、ないのである。

太刀嵐 大蛇が一つ見誤ったとするならば、犬上 小太郎はその幼さにして、暴力の支配する裏社会を曲がりなりにも切り抜けて来たというその底力を見抜けなかった事だろう。

 

 

「うし、大分数も減ったみたいやしこのまま一気に……」

「うわーーん‼︎‼︎」

 

小太郎の呟きに被さる様に甲高い悲鳴が響き渡った。

その幼子特有の高いソプラノを上げる様な年端もいかない男児など、このブロック内どころか武道会全般でも一人しか存在しない。

 

「……ネギ、何を(なっさ)け無い悲鳴上げて………⁉︎」

 

激戦を制した後に自分と同じく不利な条件下を潜り抜けて来ていた筈の同志の醜態に、多少の苛立ちを感じながら小太郎が振り返った小太郎の視界に、複数の武道家達に追い回され、全力でブロック内を逃げ回るネギが己の方へ向かって突っ込んで来る光景が飛び込んで来た。

 

「…ああ⁉︎小太郎君、助けてぇぇ⁉︎」

「おわぁぁぁこっち来んなやアホー⁉︎」

 

済し崩し的にデストレインに巻き込まれ、肩を並べてひた走る小太郎とネギ。

 

「何をやっとるんやお前は⁉︎」

「そ、それがムエタイの強い人をなんとか倒した直後から周りの人達に目を付けられちゃったみたいで……幾ら何でもこんな数を相手にしてたら僕やられちゃうじゃないか‼︎」

 

面倒な事態に巻き込んでくれたネギに小太郎は怒号を上げるが、ネギは悲痛な声で反拍する。

 

「てめえらしつけえぞ、あの子と次に闘るのは俺だすっこんでろ‼︎」

「巫山戯るなよ子供先生は俺の獲物だ、貴様を先に沈めてやろうか⁉︎」

 

一方ネギ達を追い掛ける武道家達は別に協力してネギを叩き潰そう等とは誰も考えていないらしく、小太郎が合流した先から互いに啀み合い、一部は戦闘を始めて徐々に数を減らしていた。

その様子を走りながら首を後ろに捻じ曲げて無言のまま見ていた二人は、同時に顔を前方に戻すと互いに大声で声を掛け合う。

 

「……これこのまま逃げていれば上手い具合に戦闘数を減らせるんじゃないかな⁉︎」

「同感や!些かセコいっちゅうかビビりな選択やが、此処の連中一人一人がヤバいしここはこのまま……⁉︎」

 

戦略的闘争ならぬ逃走を提案したネギに同意しかけた小太郎は、前方で両手を広げて半円状の布陣を組み、ネギ達の逃走経路を塞いでいる武道家達を視界に入れ、思わずネギの首根っこを掴んで真横に思い切り跳躍した。

 

「う、わぁ⁉︎」

「黙っとれ、舌噛むわ‼︎」

 

盛大な擦過音を上げながら着地して僅かに咳き込むネギを下ろした小太郎は、得意気なドヤ顔を見せつけてくる武道家達を睨み付け、言葉を投げる。

 

「……なんのつもりや?」

「ふふん、少年達よ。そのまま逃げ回ってタイアップ作戦たぁちょっと消極的過ぎるんじゃねえか?特に犬耳の学ラン少年‼︎あの『結界刃』を打ち倒した君の強さには俺達とっても惹かれるものを感じているんだ‼︎……闘ろうぜ俺とぉ‼︎」

「それにそっちの子供先生はあのチャイを倒したんだろ?どっちもオイシイ獲物だぜぇ……俺が貰った‼︎」

「馬ー鹿俺が先だよ」

「まあまあ、それでは早い者勝ちという事で」

 

イイ笑顔を浮かべて迫り来る武道家達に、ネギは半眼で小太郎を見やる。

 

「……小太郎君…………」

「巻き込んだのはお前が先やろが⁉︎それに元から追い掛けて来とったんが反対側からも来とるぞお前も同罪や‼︎」

 

最早逃げ場は無く、四方八方からジリジリと間合いを詰めて来る飢えた猛獣の様な目付きの武道家達を前に、ネギと小太郎は同時に盛大な溜息を吐くと背中合わせに構えを取った。

 

「……しゃーない。ネギ、啀み合っとる場合や無い。一時共闘してこの戦闘狂(バトルジャンキー)共ぶっ倒すで」

「だね。……さっき追い掛けて来た人達の様子を見るに、半分以上は同士討ち?で減ってくれる筈だから、基本的には動き回って乱戦に持ち込もう。基本的に一対一を良しとしてる人達だから袋叩きにはされ難いし、勝手に争い合ってくれる筈だよ」

 

二人は同時に駆け出し、暴徒の群れに突き進む。

 

 

 

「「僕(俺)は、こんな所(予選)で負けてられないんだ(や)‼︎」」

 

 




閲覧ありがとうございます、星の海です。いやはや予選が終わりません。ちょっとモブ連中が強過ぎる所為で文量が増えまくりです、まあ自業自得ですが笑)その様な訳で、キリのいい所まで書いてから、と何時ものパターンでは下手をすると何時迄も更新出来ませんので、武道会編は暫く一万字以上を目処として幾人かの描写をキリよく仕上げ、逐次投稿していくパターンに切り替えさせて頂きます。話数ばかり膨れ上がり、長引く展開になりそうですが、どうかご了承下さい。……文章をもっと整理して書きたいです。
さて、今回はネギと小太郎です。何だか二人の相手の描写量がこれまでのモブに比べてダントツに多いですが、それはネギと小太郎が実力的に辻達よりも下で、モブ武道家達と戦力が拮抗している為に所謂いい勝負、というものになっている故です。魔法や忍術、犬神のアドバンテージがあるとはいえ、地力でネギ達が下なのに描写をさっさと済ませて簡単に勝負がつくのはおかしいので、二人の描写は長引きました。次からはバカレンジャーや楓達なので、一人一人に此れ程文量は膨れないと思われます。次からはもう少しバランス良く仕上げますので、楽しみにお待ち下さい。
最後に、新しいネギま小説を上げました。最近見た夢が原因となって書き上げたギャグ中心?の小説です。宜しければそちらも是非。こちらの更新のペースは意地でも落としません故、ご安心を。
それではまた次話にて、次もよろしくお願いします。
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