お馬鹿な武道家達の奮闘記   作:星の海

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まず最初にお詫び申し上げます。遅れて申し訳ありませんでした。


11話 まほら武道会予選 (下)

 

「ははははっ!随分と優雅さに欠ける荒々しい奔流であることだ‼︎ネムの花が如きその憂いを帯びた美貌には些か相応しくないのではないだろうか、mademoiselle(マドモアゼル)桜咲?」

「………………………………」

 

 

フェンシング部部長 水仙華・エミール・雅美がその豪奢な金髪を揺らしながらキザったらしい微笑みと共に告げるが、刹那はそれを黙殺し、黙って木剣を構え直す。

 

刹那は予選開始と同時に流水の如き動きで武道家達の間を疾走り抜け、鎧袖一触に嵐の様な剣撃で戦闘不能者を山と築いて来た。

そうしてブロック内の人数が半数以下になった辺りで正面から刹那に向って来たのがこの水仙華であった。

 

「つれないね、まあ mademoiselle 桜咲には想い人がいるというのは周知の事実。他人の手中の珠に触れる様な不粋な真似をするつもりは元より無いが……おっと⁉︎」

 

水仙華の言葉途中で刹那が瞬動を用いて懐近くまで踏み込み、斬撃を胴目掛け薙ぎ払う。しかし水仙華は手に持つ優雅な護拳付きの細剣(レイピア)を翻し、斬撃を受けに入る。

優男の見た目に似合わず鍛えられた強靭な手首(リスト)と、柔軟な肘、肩の関節が衝撃を柔らかく吸収して斬撃の威力を殺す。

 

parade(パラード)!」

 

威力の死んだ斬撃が外に払われ、刹那は僅かに目を見開く。その時には水仙華の細剣(レイピア)は飛燕の如き速度で正面に戻されており、次の瞬間予備動作も先触れも無いに等しい、高速の突きが刹那目掛けて打ち放たれた。

 

riposte(リポスト)‼︎」

 

鈍く、重い音が響き渡り、刹那の身体が弾かれた様に二歩、三歩と後退する。

その体前には、しっかりと掲げられた木剣が打ち込まれた箇所から白煙を上げていた。

 

 

「ははっ‼︎ très bien(トレビアン)‼︎ mademoiselle 桜咲、私のriposte(返突)を真面に受けられるものなど部員の中でも殆どいないというのに‼︎…やはり君はカルミア ラティフォリアの桃白の花が如し、美しくも危険な女性だね。とはいえ会話の最中に襲って来るとは些か典雅な振舞いには欠けるというものだよ?」

「……武道家という括りの貴方がたからすれば無粋な行いであることは認めます。……ですが私は今、どうでもいいんですよねそういうの」

 

私は、何としてでも本選に上がらなければいけないので、と刹那は切れ長の瞳を一層鋭く細めて、木剣を身体の右側に立てた状態で寄せ左脚を前に出す、八相にも似た構えを取った。

 

「ほう……重い野太刀を己が牙とするのに、消耗せず構えを保つ為の構えかい?……生憎だが私の学ぶフェンシングとは剣技中最速とも謳われる。最短動作からの一瞬の閃光の如しfente(ファント)は到底見切って刃を返せる様には、成り得ない。あのまま嵐の如き連撃で泥臭い乱戦に持ち込むのが君の唯一垣間見える勝因かと思っていたがね?…否、矢張り可憐な花は散り際に於いても己を貶める様な……」

「御託は充分です、何時でもどうぞ」

 

水仙華の言葉を遮り、刹那は素っ気無く先手を譲った。

 

「………これは失礼。ならばその刃の如き美貌に相応しき覚悟に……敬意を表そう‼︎」

 

水仙華は僅かに目を細めて音も無く切っ先を僅かに擡げーー

 

ーー次の瞬間細剣(レイピア)を保持する腕とは逆側の高く掲げられていた腕が後方に大きく振り切られ、後足の下腿三頭筋と前足の大腿四頭筋が爆発的に伸縮。水平に跳躍したと錯覚しそうな鋭い踏み込みから、後手を振り切った反動を利用してより鋭く伸び上がった突き手が稲妻の如く打ち出された。

フェンシング部部長 水仙華・エミール・雅美が現状において繰り出せる全力のflèche(フレッシュ)。常人所か生半な武道家ですら視認を許さぬその一撃は、彼が単なる伊達男で無く此処麻帆良の数多の頂点が一つである証である。

しかし。

 

「か、はっっ……⁉︎」

「……申し訳ありませんが………」

 

水仙華が気付いた時には刹那の姿は己が視界から掻き消えて後方へ抜け、胴体に走った衝撃に五体から力を奪われて為す術無く倒れ伏していた。

視界が暗転し、世界が遠ざかっていく中で、水仙華は刹那の冷たい感想(・・)を耳にした。

 

 

「確かに速い突きですが、辻部長の片手平突きの方が倍は速いですね」

 

 

 

『水仙華選手ダーウン‼︎桜咲選手、小柄で可愛らしい見た目とは裏腹に凄まじい剣の冴えです!各所で噂の辻選手以上の腕前を誇るという噂は本当なのかぁ⁉︎』

『なにやら鬼気迫る様子に見えられますが何かあったのでしょうかねえ?』

 

『『『『ワァァァァァッ‼︎‼︎』』』』

 

「わ〜解説の人!そこ触れたらアカンとこやで〜⁉︎」

「こ、木乃香ちょっと落ち着いて‼︎」

「……ゆえ〜、何なのかな麻帆良の人達って………」

「人外の者としか最早思えないですよ、のどか……それにしても余す所無く地獄絵図ですね………」

「……凄いとしか言い様が無いわねえ、私なんかだと…それにしても凄い盛り上がりだわ……」

観客席で見守る明日菜達の困惑混じりな雰囲気を余所に、見た目に派手な武道家達のぶつかり合いによって他の観客のボルテージは否応無しに上がっていき、大歓声による喧騒が辺りを包み込んでいる所為で通常の音量では会話も儘ならぬ程であった。

 

「あ!み、皆さんこちらにいらっしゃいましたか‼︎すみません、色々やることがありまして……‼︎」

「オツ〜〜」

「エラいことになってますネ〜」

「乱交……」

「いやだから五月蝿えよ⁉︎」

 

「あれ?愛衣ちゃん……とあんたらも……」

 

そこに観衆を掻き分けて現れたのは荒い息を吐く愛衣だった、後ろには頭にカモを乗せたすらむぃ達を連れている。

 

「お仕事て、やっぱり超ちゃんのアレ(・・)なん、愛衣ちゃん〜?」

 

刹那のいるブロックを心配気に見ていた木乃香が視線を外し、小首を傾げて愛衣に尋ねる。それに対して愛衣は息を整えながら暫し迷った様子であったが、ややあって躊躇いがちに頷く。

 

「…はい、正確には超 鈴音(チャオ リンシェン)…さんの起案したこの大会全体への対策ですね。本来でしたら一般の方には漏らせない機密事項なんですけど、皆さんはもう半分関係者みたいなものですから……」

 

どうか内密にお願いします、と手を合わせる愛衣に各々頷きを返す。

 

「なに考えてんのかしらね、超さんって……」

「実は単なる格闘観戦マニアやとか〜?」

「え……?で、でもそれだと、詠唱の禁止、とか……」

「ですね。発言から鑑みるに秘匿されている魔法について詳らかにしようという意思が見られます」

「……状況から考えてみると、魔法関係者の方々に大会で活躍でもして欲しい、みたいな感じね……?」

 

夕映と千鶴の言葉に、愛衣が俄かに慌てた様子で口を挟む。

 

「え……⁉︎そ、それはつまり、魔法の存在を曝露しよう、とか……⁉︎」

「愛衣ちゃん落ち着いて、声大きいわよ」

 

明日菜が愛衣の身体を制して落ち着かせに掛かる。

 

「仮にそうだとシテ、ンなことやってあの団子頭になんのメリットがあるのかって疑問は残るけどナ〜?」

「色々考えられますケド、過去の過政者やら革命家やらが散々挑んで無残に散っていったのと同じ道を歩もうとする程あの人は馬鹿だとは思えませんしネ〜」

「テロ……?」

 

「……判断するには、材料が少な過ぎる、ってことですね……」

 

愛衣が軽く唇を噛み締めながら呟く。

 

「……お兄様とお姉様、大丈夫でしょうか……?」

「んー……まあ大丈夫じゃない?なんか格闘大会っていうか特撮ショーみたいな有様になってるけど圧倒してるし、高畑先生達の所は漫画みたいに人吹き飛んでるし……っていうか高畑先生あんな強かったのね……」

「衝撃映像のはずですが、今迄先輩達のトンでもバトルを見てきただけに感覚が麻痺していますね……」

「ネギ君もコタ君も頑張っとるし、きっと大丈夫や愛衣ちゃん〜」

「はい……」

 

「大丈夫よ、愛衣ちゃん。篠村先輩達の事は、あの人達が助けてくれるわ。先輩達は負けないから」

 

それでも浮かない表情をしている愛衣に千鶴が微笑みながら告げた。

千鶴は視線を闘技場へ戻し、そっと呟く。

 

「格好良い所、見せてくれるって言いましたものね……豪徳寺先輩……」

 

 

 

 

 

 

(おぉーとこ)っ‼︎漢漢漢漢(おとこおとこおとこおとこ)漢漢漢漢(おとこおとこおとこおとこ)漢漢漢漢(おとこおとこおとこおとこ)漢漢漢漢(おとこおとこおとこおとこ)漢漢魂(おとこおとこおとこだま)ぁぁっ‼︎‼︎‼︎」

 

「「「「おわぁぁぁぁっ⁉︎⁉︎」」」」

 

豪徳寺は()叫びと共に両手から直径一mを超える気弾をグルグルと回りながら全方位へ乱射。秒間五発を越える絨毯爆撃としか表現しようの無い光の爆撃が闘技場内全てを蹂躙していた。

爆発に呑み込まれ、成す術も無く吹き飛ぶ武道家達の悲鳴が幾重にも木霊する。

 

『こ、これまた格闘大会とは思えない壮絶な光景ーっ‼︎さながらその姿はB-52かはたまたAS-90か⁉︎人と兵器が闘っているとしか思えぬ蹂躙具合だぁー⁉︎』

『豪徳寺選手の異名に相応しい暴れ具合ですねー、放たれている光の弾は所謂遠当て、と呼称()ばれる気を用いた遠距離攻撃です。既に今大会でも何人か使い手が居ましたが…はっきり言ってこれは威力、連射力、効果範囲全てに於いてレベルが違い過ぎますね。豪徳寺選手は気の総量が極めて大きいらしく、並みの使い手ならばとっくに疲労困憊で意識を失う程の気を涼しい顔で行使出来るとのことです』

 

「どうしたどうしたてめぇらぁ‼︎幾ら何でもこれだけで全員沈んでやしねえだろうなぁ⁉︎このブロックは雑魚ばかりかオラァァ‼︎」

 

豪徳寺の戦略は至ってシンプル。莫大な量の気に任せて目に見える対象全てに只管気弾を叩き込むことであった。

細かい格闘技術に乏しく、乱戦となればバカレンジャーの中で一番消耗が激しいだろうと自覚のある豪徳寺は、ある意味で他の選手達を土俵に立たせないことを決意したのだ。

 

……絨毯爆撃喰らった経験のある奴はこの麻帆良なら居ねえとはいいきれねえ、が、対応出来る奴ってなら限られるぜ。雑魚相手に削られていい余裕は無え‼︎……

 

……ネギの為、も一つは癪だが、那波の為‼︎格好つけると言っちまった以上、全力で挑まねえのは漢じゃ無え‼︎

……

 

尚も気弾の連射を続ける豪徳寺だったが、弾幕により木片と白煙、気の粒子が飛び交う中、それらの幕を引き裂いて一つの大柄な影が豪徳寺へと迫る。

 

「っ‼︎漢魂(おとこだま)ぁっ‼︎」

 

豪徳寺はその影に対して都合六発のm級気弾を撃ち放つ。数歩と離れていない近距離からの回避しようが無い弾幕を、その影はグローブ(・・・・)をはめた両手を構え、迎撃に掛かった。

 

「ッ!フッッ‼︎」

 

気を帯びて光り輝くグローブが閃き、目にも留まらぬ速度で繰り出されたjab(ジャブ)が全ての気弾を叩き潰して破裂させた。

 

「うぉ……‼︎……っ⁉︎」

一斉に爆裂した気弾が衝撃波と爆風を撒き散らし、撃ち放った豪徳寺をも襲う。思わず腕を掲げて顔面を護った豪徳寺だが、それをものともせずに全てを切り裂き、懐に飛び込んで来た影ーーボクシング部部長 拳螺 一番の姿に上げかけた声を詰まらせる。

 

「ッ、フンンッ‼︎‼︎」

 

 

拳螺はピーカブー(いないいないばあ)ガードで固めていたガードを解き、大きく足のスタンスを開くと腰を支点に上半身を捻転。斜め下方から掬い上げる様に振り切られた左ボディブローが豪徳寺の肝臓を正確に打ち抜いた。

 

「ゴ、ァ……ッ‼︎」

 

ミシリ、と浮動肋骨の軋む音と内蔵の歪む激痛(いた)みを身体の内部で豪徳寺は感じる。鍛え込んだ武道家をして、一撃で反吐を撒き散らしてダウンしかねない強烈なリバーブロー(肝臓打ち)だった。

しかし豪徳寺は強靱(タフ)さではバカレンジャー(いち)の半ば不死身とすら称される男、如何な強力であろうと単発の一撃では倒す所か怯みもしない。豪徳寺は拳を振り上げ、真正面から打ち下ろし気味に拳螺の顔面へとパンチを繰り出した、が。

 

「…舐めるな」

 

拳螺は左拳を引き際その勢いを利用して頭で小さく右回りの弧を描き、豪徳寺のパンチを躱し様にスイング気味の右フックでカウンターを決めた。衝撃で仰け反り、たたらを踏む豪徳寺の懐に再度飛び込んだ拳螺は、左ボディアッパーから右ストレート、完全に体勢が崩れた豪徳寺に右ボディアッパーを至近距離で抱きすくめる様にめり込ませ、巻き込む様なトドメの左フックで米神を打ち抜いた。もんどりうって地面に転がる豪徳寺を冷めた目付きで見下ろしながら、拳螺は言い放つ。

 

「…どれほどパワーがあろうがそんな大振りのテレフォンパンチでは俺を捉えられはしない。喧嘩殺法でボクサー(殴り合いのプロ)に敵うと……⁉︎」

「グダグダ五月蝿えよ」

 

言葉の途中で拳螺は目を見開き、慌ててスウェーで寝たままに豪徳寺の放った気弾を躱す。どれをとってもKO級の連打を喰らったにも関わらず、まるで堪えた様子も見せずに豪徳寺は無造作に身を起こした。

 

「無様な所は見せらんねえと思った矢先に張っ倒してくれやがって、覚悟しやがれよ拳螺てめえ」

「……格好を付けている余裕があると考えているならば、矢張り舐められている様だな、俺は」

 

ボヤく様な豪徳寺の言葉に硬質な声で返答し、拳螺は再びピーカブーガードに構えた状態でジリジリと豪徳寺へ距離を詰め始めた。

 

「…ならば受けてみろ。反撃の機会すら許さない、真のコンビネーションってものを」

 

言うが早いか、拳螺はガードを固めたまま一直線に豪徳寺の懐へと突き進み拳を閃かせる。

左右のボディブローが豪徳寺の土手っ腹に突き刺さり、返しの左フックが入り様に右のボディストレートが真面に豪徳寺の鳩尾を抉る。僅かに前屈みになった豪徳寺の顔面目掛け、拳螺は渾身の一撃を撃ち放った。

突き出した腕の筋肉が伸び切り、インパクトの一瞬前に 肩、肘、手首が拳螺の膂力における全力で思い切り身体の内側へと捻られる(・・・・)

グローブの親指面が下を向く程に腕全体が強く、捻り込まれる。その捻る動きにより肘が上を向き、打ち下ろしの打撃となる事によりパンチの威力を増す拳螺の切り札、コークスクリューブロー。

渾身の気を込められたその一撃は、旋回する腕に螺旋状の気が纏わり付き、まるで竜巻を叩き付けるかの様な大迫力のそれだ。

黄金色の竜巻は、これ以上無い程にしっかりと豪徳寺の顔面を捉え、爆発の様な轟音と共に豪徳寺の頭を捩じ切れんばかりに後方へと跳ね上げた。

 

 

『決まったーっ‼︎ボクシング部部長拳螺選手、目にも留まらぬコンビネーションからの文字通り回転羽根型推進機(スクリュー)の如き激烈なコークスクリューブロー‼︎豪徳寺選手の顔面が弾け飛んだーっ‼︎』

『単なる喧嘩屋と手のみを使った熟練格闘競技者の差が現れた形ですね、単なる殴り合いならば豪徳寺選手は拳螺選手に勝ち目は無いでしょう』

 

「うわちょっと豪徳寺先輩大丈夫⁉︎」

「ひゃーゲームの必殺技みたいなん当たったで〜‼︎」

 

ピンポイントに豪徳寺(先輩の一人)の状況を実況解説されていたおかげで注目していた観客席一同はどう考えてもヤバそうな一発を真面に喰らった豪徳寺の安否を気遣う。

 

「ひゃぁぁぁ⁉︎あ、あの那波さんお気を確かに……‼︎」

 

ある意味非常に衝撃的光景を前に、愛衣は思わず隣にいた千鶴へ声を掛ける。

篠村達及び辻達から豪徳寺との近況を教えられ、愛衣は既に二人が学祭デートまでしている仲なのを知っている。想い人が滅多打ちにされた挙句に殺人パンチを喰らった光景など目撃したら倒れてしまうのでは無いかと、安否を気遣った愛衣の考えは至極真っ当なものだろう。

 

「大丈夫よ、愛衣ちゃん。ここから豪徳寺先輩だったら格好良く逆転してくれるでしょうから」

「え、えぇ……?」

 

しかし、予想に反して千鶴は豪徳寺の惨状に小さく眉を顰めて心配気な表情こそ浮かべてはいたものの、慌てふためく愛衣を優しく制して微笑みかける程の余裕を保っていた。

 

「あ、あの……那波さんは、なんでそんなに余裕がおありなんでしょうか……?」

「勿論、心配は心配よ。気になる殿方が血飛沫上げて気に病まない女は居ないだろうから」

 

でも、これでやられちゃったならあんまり格好良くは無いでしょう?と愛衣の頭を撫でながら千鶴は笑い、闘技場の方へ再び視線を向ける。

 

「だからきっと大丈夫、あの人、約束はちゃんと守りそうな人だもの」

 

 

「な…………⁉︎」

「漸く、捕まえたぜオラ……‼︎」

 

拳螺は驚愕していた。渾身のコークスクリューブローにより仕留めたかと思った次の瞬間、豪徳寺の手が振り抜いた左腕をがっちりと掴み万力の様な力で締め上げてきたからだ。

拳螺は振り解こうと左腕を力一杯に引き、右腕で豪徳寺の顔面や鳩尾、肝臓付近を滅多打ちにするが、豪徳寺は微塵も腕の力を緩めない。

 

「最後のは特にいいパンチだったがよ、俺を鎮めるにゃ足りねえんだ、なぁ‼︎」

 

豪徳寺は拳螺の掴んだ腕を思い切り引き、前のめりに体勢を崩した拳螺の鳩尾目掛け、掬い上げる様な大振りのボディアッパーを繰り出した。

 

「ぐ……っ⁉︎」

 

咄嗟に空いた右腕によるエルボーブロックで一撃を受け止めた拳螺だが、その強烈な衝撃により身体が浮き上がる。その時には豪徳寺は拳螺の左腕から手を離し、両拳に気弾を展開していた。

 

漢魂(おとこだま)ぁっ‼︎」

「がぁぁ…っ⁉︎」

右、左拳と振り切られ、放たれた気弾が拳螺へ直撃する。ピーカブーガードで受け止める拳螺だが、弾けた榴弾の如き破壊力に腕が軋み、その身体は数m程も吹き飛んでいく。

 

「くっ…………⁉︎」

 

回転して落下しそうになる身体を制御して何とか着地した拳螺だが、その目の前には既に無数の気弾が迫っていた。

 

漢漢漢漢(おとこおとこおとこおとこ)漢漢漢漢(おとこおとこおとこおとこ)漢漢漢漢(おとこおとこおとこおとこ)漢漢漢漢(おとこおとこおとこおとこ)漢漢魂(おとこおとこおとこだま)ぁぁっ‼︎‼︎‼︎」

「が、ああああぁぁぁぁぁぁっ⁉︎⁉︎」

 

爆撃に次ぐ爆撃。最早ガードに意味は無く、衝撃の浸透に吐血して吹き飛ぶ拳螺は、霞む視界の中、自分に向って己の身長を遥かに超える一際巨大な気弾が迫って来るのを知覚した。

 

二重極漢魂(ふたえきわみおとこだま)ぁぁぁぁっ‼︎‼︎」

「っ……………………‼︎‼︎」

 

最早悲鳴も無く、直撃した大爆発に拳螺は闘技場はおろか、龍宮神社の境内外まで吹き飛び、意識を失った。

 

 

『な、情け容赦の無い絨毯爆撃ぃーー‼︎拳螺選手、遥か場外彼方まで吹き飛んだぁぁぁぁっ⁉︎』

『これが豪徳寺選手の真骨頂にして二つ名の由来ですねー、どれほど強烈な攻撃を喰らわせてもケロリとして反撃に出て来る。不沈艦だけ(・・)ならばまだしも彼の火力は戦艦主砲並み。故に五強の一角、『不沈戦艦』……いやはや下馬表通りと言ってしまえばそれまでですが、強いですねえバカレンジャー』

 

「……ね?大丈夫だったでしょう?」

 

唖然とする愛衣に対して、千鶴はクスクスと笑いながらそう言った。

 

 

 

『他の選手も決して悪くない、所か一騎当千の古強者ばかりです。ただ…………』

 

解説席にて喧囂は微かな笑みを浮かべ、言葉を放つ。

 

『決して馬鹿にする意図がある訳てはありませんが、はっきり言って格が違う』

 

 

 

「……本当に、言いたかねえがその通りだわな…………‼︎」

「どうしたの、来ないならこっちから行くよ?」

 

額に汗を滲ませながら、古武道部部長 東雲 慶は手に持つ鎖分銅を構え直した。対面に立つ山下は、対照的に緊張した様子も無くいっそ朗らかですらある笑顔のまま静かに一歩を踏み出す。

山下の居るブロックはリーゼントが爆撃を起こすでも無く、対峙し合った内の片方が沈んで行く静かなものだった。

しかし、その中での山下の相手を打倒する速度は異常と言えた。

 

 

『……こちらは何とも静かな空気のEブロック、既に選手の九割近く(・・・・)がリタイアしています』

『その内の約半数が山下選手によるものですね、何せ回転率が違う。殆どの選手は組み合う、または獲物や拳足にて初撃を打ち込んだ瞬間に舞わせられ(・・・・・)、場外となっています』

 

 

……そう、はっきり言って勝負になっちゃいねえ…………

 

東雲はゴキリと大きく音を立てて首を回し、手中の鎖分銅を静かに旋回させ始めた。

 

「……山下、正直に言うが、俺は今、闘り合っても勝ちが薄い(・・)と感じている」

「へえ、それなら棄権してくれないかなぁ東雲。僕も君にまず間違いなく勝てるだろうとは思うけれど、本選を見据えて消耗はしたくないから」

「………はっ!」

 

意外な台詞にも動じず笑顔で舐めた口を利く山下に、しかし東雲は寧ろ己の惰弱さに失笑する。

 

……下に見られちまう程、差を作っちまったかよ…………

 

「……サボっていたつもりは断じて無え。何で差が付いちまったかなぁ……オイ……」

「……経験の違いかなぁ」

 

山下は答える。

 

「都合三回程…もっとかな?死闘なんて表現すると安っぽいけれど、死にかけながら闘ったからねえ。やっぱり実戦知らないと武道家は武道家たり得ないのかも……それに加えて僕は今回の大会に人生賭けてるから、さ」

 

其れこそ死んでも負けられないんだ、と山下は笑みを消して言い放った。

 

「……心構え、か……必死と決死は、そりゃあ違うわなぁ…………」

 

納得は今一出来ねえがよ、と東雲は笑って、

 

「らぁぁっ‼︎」

 

前触れも無しに何時の間にか先端が視認出来ない速度にまで加速して旋回(まわ)っていた分銅を、山下の顔面目掛け撃ち出した。

弾丸の様な速度で己の顔へ迫った分銅に、山下はそっと掌を翳す。分銅が掌に触れたか、触れないか、の域まで伸び切った、次の瞬間。

分銅は見えない壁に弾き返されたかの如く反転すると、撃ち出された以上の勢いで東雲目掛け襲い掛かった。

 

「けっ‼︎」

 

しかし東雲はまるでその魔法が如き反撃を予期していたかの様に動じた様子を見せず、鎖を握っていた手を複雑に拗らせた(・・・・)

その途端、矢の様に真っ直ぐ東雲へと突き進んでいた鎖分銅がくねり舞い、まるで蛇が鎌首を擡げるが如く、その先端を跳ね上げて天高く上昇する。

 

「おお!」

「あんま舐めんな」

 

まるで生き物の様な鎖捌きに山下が小さく感嘆の声を上げると小さく鼻を鳴らして東雲が吐き捨て、鎖を持つ手を振り下ろす。

途端に分銅は急速落下、東雲が小さく手を拗らせる度に千差万別に起動を変えながら山下を襲った。

しかし山下は、頭に落ちると見せて大きく直前に弧を描き、左膝頭を襲う。と見せかけて更に鎌首を擡げて鳩尾へ突き進んで来た、見切ることなど不可能に等しい分銅へ刹那の遅滞無く掌を翳し合わせ、触れた瞬間にその手を閃かせる。

直後、轟音と共に分銅は床を爆砕しながら地中深くへめり込んでいた。逸らしたり返したりすればその度分銅を返される、と判断しての山下の武器殺しである。

しかし、分銅が闘技場の床を叩き割ったその瞬間には、既に東雲は鎖を手から放り捨て山下へと突貫していた。

腰元から太刀を引き抜き、東雲は突きの姿勢で一心不乱に山下へと突き進む。

 

……及ばなくてもな!勝負を途中で投げろと教わった覚えは無えんだよ‼︎………

 

「おぉぉぉぉあぁっ‼︎」

 

裂帛の気合いと共に渾身の瞬動で距離を詰め、山下の胴体目掛け東雲は突きを放つ。

 

「お見事」

「…………っ‼︎‼︎」

 

しかし、刀身が届く、かと思った次の瞬間には、東雲は刀を突き出した体勢のまま宙を旋回して、場外目掛け吹き飛んでいた。身体に痛みも、負傷も無い。タイミングはおろか何処を掴んで投げられたかすら解らないが、東雲は己が軽くあしらわれた事だけは理解していた。

 

「………強えな糞が………畜生め………………」

 

己が非力を嘆きながらも東雲は場外に着地し、この瞬間Bブロック十六人目の敗退者が決定する。

 

 

『東雲選手、場外‼︎底知れぬ強さだ山下選手、人をまるで人形の様に容易く宙を舞わせるその腕前!まるで映画か漫画の世界だぁーっ‼︎』

『とても闘っている様には思えない、いっそ優雅ですらある合気と柔の技。『流麗舞闘』の名に相応しい圧倒的な実力ですね』

 

 

実況と解説の声を遠くに山下は一つ息を吐き、闘技場内を見据えながらもポツリと呟く。

 

「やっぱり、楽じゃあ無いね麻帆良の武道家達は……」

 

 

 

「……(フン)‼︎」

 

「ご、バァァ⁉︎」

 

大豪院の打ち込んだ双撞掌が防御に回された半月刀とマン・ゴーシュを諸共に打ち砕きながら男を凄まじい勢いで吹き飛ばす。

 

「野郎っ……⁉︎」

 

道着姿の男が鋭い踏み込みと共に、縦拳、リードストレートとも称される直突きを大豪院目掛けて打ち放つ。しかし、大豪院は拳が己に届く寸前に鋭く一歩踏み込んで絡み、纏わせる様な腕の動きで拳を受け止め、横に払う。

嫋やかな動きとは裏腹な重い払いに弾かれて体勢を崩した男目掛けて、大豪院は闘技場の床に亀裂が走る程の重い震脚と共に靠撃を繰り出した。

 

「がぁぁぁぁぁっ⁉︎」

 

咄嗟に男は防御を試みたが、自動車に跳ね飛ばされる様な衝撃に腕ごとへし折られて弾き飛んだ。

 

「…手応えが無いな、貴様ら。俺達(・・)に挑戦しに来たのだろうが?」

 

もう少し根性を見せてみたらどうだ?と、大豪院は腰を落とした原初の姿勢に戻る。

 

「……では私が。挑ませて頂きますよ、大豪院君」

「……ああ、確かサバットの、常道先輩だったか……?」

 

挑発めいた大豪院の言葉に呼応したかの様に、軽やかな足取りで大豪院の前に立ち塞がった三つ揃いの背広を着こんだ男ーーサバット部 部長 常道 優也だった。

 

「ええ、その通りです。顔と名前程度は覚えて頂けていた様で安心しましたよ」

「当時はまだ貴方は副部長だったな、確か。成る程腕は上げたらしいが………まあ、いい」

 

言葉は無粋か、と小さく呟き、大豪院は僅かに前足へ重心を移す。

次の瞬間には弾かれた様な速度でありながら、床面を滑り移ったかの如くぬるり(・・・)とした動きで大豪院は常道の懐近くまで移動していた。

 

「……!、瞬動‼︎」

「いや、探馬歩の発展形だ」

 

言い捨て様に大豪院は槍の如き横突き、冲捶を常道の胴体目掛け突き込む。

 

「……ふっ‼︎」

 

しかし常道は素早く半身になりつつ身体を左に捌いて大豪院の一撃を躱し様、手に持つ(ステッキ) ー鉛入りー にて大豪院の頭部目掛け横薙ぎに振り抜いた。

 

「…っち……っ⁉︎」

 

大豪院は上体を沈めて薙ぎ払いを躱し、常道の動いた側へ踏み込み肘の打撃を見舞おうと前進する。

しかし、直後に常道が打ち放った横蹴り(シャッセ)が大豪院の肩口付近に突き刺さり、杭打ち機(パイルバンカー)に一撃された様な重い衝撃に大豪院は踏み込みを断念して構え直す。その隙に常道は数本退いて距離を取り、(ステッキ)を構えた戦闘姿勢を取った。

 

「……良い蹴りだ。棒捌きも素人では無いな」

ボックス・フランセーズ(手足が届く間合いの打撃技法)しか教えていない現在の競技的なサバットと違い、麻帆良(うち)のサバット部はカンヌ・ド・コンバット(杖を用いた牽制術)リュット・パリジェンヌ(至近距離での投法、関節技法)をも継承している紳士の護身術にして総合格闘技(・・・・・)ですからね。この格好も意識してのものなんですよ」

 

背広の襟を軽く摘みながら常道は微笑んでそう告げる。

 

「それでは、白黒付けましょうか大豪院君。salut(サリュ)en garde(アン ギャルド)?」

「…望む所だ」

 

大豪院は深く腰を落とした半身に近い姿勢となり、強い視線にて常道を促す。常道は笑みに獰猛なものを一瞬滲ませ、高らかな叫びと共に躍り掛かった。

 

allez(アレ)‼︎」

 

常道はフェンシングの如く(ステッキ)を長い片手握りに手挟み、飛び込む様な遠間からの踏み込みで大豪院の顔面へ先端を突き込む。

しかし、大豪院は円を描く様な腕の振りで(ステッキ)を横から払い、緩やかな動きとは裏腹の強い一撃によって常道の手から(ステッキ)を弾き飛ばした。

 

「……ッ!アァィッ‼︎」

 

それでも常道は動じずに飛び込みによって詰めた間合いを更に一歩踏み込み、大豪院の拳足が届く一歩外の間合いから渾身の廻し蹴り(フゥェテ)を放つ。それも大豪院は僅かに上体を引いて躱すが、常道は想定内だとばかりに刹那の遅滞も無く連撃を放った。

それは一見して始めの方に繰り出した横蹴り(シャッセ)の動き。実際にサバットの試合においても廻し蹴り(フゥェテ)からの横蹴り(シャッセ)定石(セオリー)となるコンビネーションの一つであり、手合わせが初めてでは無い、ましてや先程横蹴り(シャッセ)を喰らったばかりの大豪院ならば疑い無く胴体、もしくは顔面への蹴りだと判断してもなんら不思議は無いだろう。

しかし、常道の蹴り足は大豪院の胴体目掛けて突き進む最中に後ろ回し蹴りでも打つかの様に小さな弧を描いて斜め下方に落ち、大豪院の前足大腿部に突き刺さった。

近接から相手の腿や膝を踏み込む様に蹴り下ろす、骨法などでも見られる摺り蹴り。サバットにおいてはcoup de pied bas(クゥ ドゥ ピェ バ)呼称()ばれる一撃である。

大腿部は筋肉の塊に思えるが、膝のすぐ上から中央にかけて急所の集中している、人体構造において弱点の多い箇所だ、踏み抜けば激痛の疾走(はし)り続け、真面な足は使えなくなる。

常道は至近距離での強烈な一撃を主とする八極拳使いの大豪院相手に間合いを詰めすぎての勝負は危険と判断し、大豪院の足を殺してからサバットの得意とする遠間からの蹴りによって仕留めようという戦術を立てていた。

 

「………っ⁉︎」

「先にも言ったが、良い蹴りだ」

 

しかし。

大豪院の腿へ突き刺さった常道の蹴り足は、まるで布団に包んだ鉄柱へ蹴り込んだかの様な柔硬併せ持つ感触と共に跳ね返され、常道はバランスを崩してたたらを踏む。

 

「しかし俺にとってはまだ……軽いっ‼︎」

 

動作に支障無く大豪院の前足が常道の至近へ振り下ろされ、闘技場の床を粉々に砕く震脚がブロック内全体を地震の如く揺るがす。直後打ち放たれた鉄山靠は常道の身体を木の葉の様に軽々と吹き飛ばし、肋骨を纏めてへし折られ内蔵にもダメージを喰らった常道は、血反吐を吐きながら場外彼方の壁に叩き付けられた。

 

「……硬気功の一種だ。前に出足を潰されて痛い目に遭っているのでな」

 

大豪院は僅かに自嘲気味に口端を曲げると、静かに闘技場内の他選手に身体を向ける。

 

 

「……さて、次は誰が来る?轢殺されたい奴から来るがいい」

 

 

 

『……大豪院選手、凄まじい踏み込みからの強ぉー烈な体当たりぃーっ‼︎トラックに撥ねられても人はこう景気良くは吹き飛ばないでしょう‼︎今大会優勝候補とされるバカレンジャー、五人が五人とも人間辞めすぎです‼︎』

『因みに今の大豪院選手の踏み込みは震脚、体当たりは鉄山靠と呼ばれる技です。中国拳法の一種、八極拳の技であり、その破壊力は麻帆良No. 1とも謳われます。そのあまりの威力から山を崩し、海をも裂くと噂された故に大豪院選手の異名は『崩山裂海』……如何ですか、不思議と名前負けには聞こえないでしょう?』

 

喧囂は愉快気に卓上へ肘を付いてゲ◯ドウポーズを取り、各ブロックを見渡してからポツリとマイクを通さずに呟く。

 

「…そろそろ大詰め、か。勝ち上がりで全くの想定外は……一人二人、居るな……全くの下馬表通りにはいかない、か……」

 

その視線の先には人が疎らになり始めた複数のブロックがあった。

 

 

 

ただ只管に、あらん限りの力で薙ぎ払い、打ち崩し、突き穿つ。

 

エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルの存在するブロックの他選手達は、まるで嵐の海に翻弄される小舟の様であった。

 

「ガハッ⁉︎」

「ギィィ⁉︎」

「ギャアァ⁉︎」

 

腕を掴まれたまま玩具の様に、力任せに投げ出された軍服の男が道義姿の男と衝突して鈍く、湿った音と共に両者が潰れ、目一杯に振るわれた技術も何も無い、ただ荒々しいだけの腕による薙ぎ払いがトランクスの男のガードした腕をへし折りながらその身体をボロクズの様に吹き飛ばす。

 

『ディ、Dブロックのエヴァンジェリン選手…可愛らしいお人形の様な見た目とは裏腹の、悪鬼羅刹の如き暴れ振り‼︎体格差二倍以上の男達が鎧袖一触と薙ぎ払われるぅぅぅぅっ‼︎そ、それにしても何という怪力だぁぁぁぁ⁉︎』

『事前の情報ではエヴァンジェリン選手は高度な武術の使い手との触れ込みでしたが……まるで野獣の如き荒々しさですね』

 

……悪いな、貴様ら。普段ならばもう少し真面に相手をするんだがな…………

………鬱屈としているんだ、苛ついているんだよ私は。訪れない待ち人に、無謀に愛を謳う若僧に………

 

……そして何より無様に揺れ動く、自分自身に、な………………‼︎

 

「運が無かったな、貴様ら。……八つ当たりに付き合って貰うぞ」

 

底冷えのする声音で静かに宣言したエヴァンジェリンは、浮き足立つ武道家達目掛けて全力で突っ込んだ。

 

 

「……貴様ぁ!一体何者だ、名を名乗れ‼︎」

「いやはや困りましたね……先程から申し上げている通りですよ、勇ましいお嬢さん。私の名はクウネル・サンダース、ある図書館でしがない司書を営んでいます」

「その何から何まで胡散臭い名乗り上げの何処を信用しろというのだ巫山戯おってぇぇぇぇぇっ‼︎‼︎」

 

闘技場の中央にて悠然と佇むフード付きのローブ姿の怪し気な人物ーークウネル・サンダースの口上に先程から頭に血を昇らせた様子で叫ぶのは、二mを超えるであろう黒鋼の重装板金鎧(スーツ アーマー)に身を包み、全長五mを越す長大にして巨大なハルバードを構えた、空想世界(ファンタジー)の悪役としてでも登場しそうな重戦士がいた。

なんとこれで中身は女性であり、肩書きは刀剣甲冑部部長、名を鎧塚 彩華という。麻帆良武道家の武器使用組(暫定)No. 1の辻にライバル意識を燃やす怪力熱血少女であった。

 

鎧塚は予選が始まって以来、その重装備を苦にもせずに高速で動き回り、暴風の如き斧槍の一閃にて数多の武道家達を鎧袖一触と薙ぎ払って来た。

そしてブロック内の人数が元の半数以下に減少し、この調子ならば本選通過は堅い、と鎧塚が喜色を露わにしかけた時だった。クウネルと名乗る謎の人物が鎧塚の前に立ち塞がったのは。

何事かをペラペラと唱えるクウネルの言動に一切頓着せず、鎧塚はハルバードを胴体目掛け横薙ぎに振り抜いた。

身体は何方かというと細身の少女だが、内気による身体強化においては麻帆良有数の使い手である鎧塚の力は、大岩を容易く粉砕し自動車を軽々と放り投げる荒唐無稽な代物だ。クウネルがどのような使い手であろうが、真面に直撃すれば刃が潰してあるとはいえ胴体が断裂しかねない超常の一撃である。

しかし、為す術無く両断されたかに見えたクウネルの身体は、ハルバードの刃が当たったかどうかという時点で霞の様に掻き消えた。驚愕した鎧塚は刃を慌てて引き戻すが、それよりも早く鎧塚は、背後から巨大な鉄槌に殴られた様な一撃を喰らい前方へ転倒した。

鎧塚が跳ね起き、後ろを振り仰げば其処には無傷のクウネルが突き出した掌底を引き戻す所であった。

 

それから優に数分が経過し、クウネルを裁断せんと斬撃、打撃、刺突を嵐の如く叩き込んだ鎧塚だったが、その何れもが躱し、捌かれ、直撃したかと思われた一撃も気付けばクウネルの身体には負傷どころか身に纏うローブに綻び一つすら無い。単に強いという言葉で括るには余りに異質で底知れない何か(・・)を持つクウネルに、鎧塚は憤怒と微かな怯えを抱いていた。

 

……底知れない。動きを見れば素人で無いのは解る、しかし、私の攻撃は確かに当たっている……何故、それでこの男?は倒れないどころか傷一つ、負っていない…………⁉︎

 

ギシリ、とハルバードの柄を握力により軋ませる鎧塚に、クウネルはあくまで穏やかな調子を崩さずに語りかけた。

 

「混乱するのも無理はありません。私のこれ(・・)は言わばズル、の様なものでしてね、表の世界に身を置く貴女方にすれば未知を通り越して異質の領域に有るものですからね。…貴女の実力は素晴らしい領域に達しています。裏の世界を通しても一角の代物であると、私が太鼓判を押しましょう。ですから、私に屈してもどうか腐ること無く精進を続けて下さいね」

 

「……私を。…………この、私を前に、私が五体満足のこの時点で、勝利宣言か?………………」

 

クウネルの、その幼子を諭すかの様な優しい、丁寧な調子が。

鎧塚の心の、柔らかい部分を刺激した。

 

「っ〜〜〜〜‼︎‼︎………この、鎧塚 彩華を、……舐めるなぁぁぁぁぁぁっっ‼︎‼︎‼︎」

 

空気を引き裂く様な怒号と共に。

鎧塚の纏う重装板金鎧(スーツ アーマー)の各所から湯水の如く黄金色の気が溢れ、漆黒の甲冑は輝く光を纏った。

甲冑の関節部が啼き叫ぶ様な音を立てて軋みを上げた瞬間には、鎧塚の全身は颶風を纏ってクウネルへと一直線に突き進む。

 

「ルァァァァァァアァッッ‼︎‼︎」

 

裂帛の気合いと共に放たれた斬撃は一呼吸に五撃。100kgを優に越す重量武器をまるで枯れ枝の如く振り回しての全方位攻撃は、例え辻達であろうとも迎撃に困難を窮まるであろう鎧塚渾身の一撃がクウネルの全身を叩き斬り刻み。

 

次の瞬間クウネルの身体は鎧塚の頭上に出現(あらわ)れていた。

 

「……素晴らしい攻撃でした」

 

クウネルの手から不可視の何か(・・)が放たれて。

次の瞬間、巨人の掌に圧し潰されたかの様に鎧塚の全身は地面に墜落し、爆砕して木切れと化した闘技場の床材を巻き上げながらその下の地面に巨大なクレータを作りあげ、沈んだ。

 

もうもうと白煙を上げる巨大な穴を見下ろしながら宙に浮かぶ(・・・・・)クウネルは、緩やかな下降を始めながら、ローブの奥の目を微かに細め呟きを洩らす。

 

「……申し訳ありません。私も負けられない事実があります故に…………」

 

地面に降り立ったクウネルはもう一度地中に倒れ伏す鎧塚に目線を落とし、目礼を行ってから残る選手へ対峙すべく身体を廻して。

 

次の瞬間眼前に迫っていた褐色の巨体に目を見開き、僅かに身じろぎをした直後に訪れた莫大な衝撃に、全身を歪めながら(・・・・・)宙を舞っていた。

 

 

 

『よ、鎧塚選手を謎の攻撃により打倒したクウネル選手、ボディビル研部長 金剛選手のショルダータックルにより宙を舞ったぁぁぁっ⁉︎』

 

「アイヤ、モロアル。あんなの私が喰らたら全身複雑怪奇骨折アルよ」

「う〜む、金剛殿の馬鹿力は下手をすれば中村殿の全力打撃に比肩し得るかもしれんでござるなぁ。この武道会の選手は何れも一騎当千の猛者ばかり、拙者はまこと井の中の蛙でござったなあ」

 

朝倉の興奮した様な実況のシャウトを耳にしながら、古と楓はそれぞれテコンドー部部長 天越 修斗と忍術部 副部長 忍野 瀧姫を足にて踏み付け、または腕を捻り上げて拘束しつつ言葉を交わしていた。

 

「ぐぁ……っ‼︎てめえ古 菲‼︎止めも刺さずになんのつもりだてめえ⁉︎」

「ム?あらかた倒し終わて楓と一息吐いてる所に襲い掛かて来る方がいけないアル。とはいえ对不起(ドゥイ ブゥ チィ)、確かに武道家の振舞いでは無かたアル、(ハイ)ィッ‼︎」

「ゴッ⁉︎」

 

天越の怒りの声に対して素直に詫びた古は気合いの声と共に延髄へ足刀を落とし、速やかに 天越の意識を刈り取った。

 

「うむ、藪蛇でござったなぁ」

「……私のことも、さっさとケリを着けたら如何かしら楓さん?私の負けよ。あの隠形を察知されては私に勝ちの目は何一つ無いもの」

 

白目を剥いて崩折れる天越を呆れた様な目で見やる楓に、微かに目元と口元を歪め悔し気な表情を浮かべながら忍野が言い放つ。

 

「あいあい、拙者は本選に必ずや出場()る心積もり故に、一つ質問に答えてさえくだされば言われずともそうさせてもらうでござるよ」

「……何かしら?」

「何故忍野殿は拙者を付け狙ったでござるか?拙者も忍術部の誘いを無碍にした身、恨まれる当てはないでは無いでござるが、何故今になって、という点が腑に落ちぬのでござる」

 

楓の問いに忍野は一つ息を吐くと切れ長の瞳を楓に向けて、普段よりも一層抑揚の無い声で言葉を放った。

 

「勘違いよ、楓さん。忍術部一同の総意はあの時忍足部長が告げた通り、来る者は拒まず、去る者は追わず、そして望まぬ者には強いらず、よ。私が貴女を目の敵にしたのは、あくまで私個人の理由からだわ」

「なんと!………拙者其処まで恨みを買う様な真似を、何か忍野殿にしてしまったでござろうか?」

 

以外な忍野の台詞に、楓は糸目を見開いてやや急いた様に尋ねる。

 

「……貴女に非は無いわ、勝手な私の、逆恨み。……忍足部長が、何かにつけて貴女の腕前を誉めそやすのだもの。嫉妬したのよ、貴女に」

 

「…………ござ?……………」

「アイヤ楓、大丈夫アルか?」

 

果たして告げられたあんまりと言えばあんまりな理由に、楓は妙な呟きと共に固まり、古に心配される。

 

「……元々必要な時以外は喋ってくれない人なのに、私が頑張って訓練の事なんかで話しかけても引き合いに出すのは貴女のことばっかり。いくら貴女が強くて上手いからって、部長にその気が無いって解っていたって。…面白く無いし、寂しいのよ。だから貴女に勝ったらもう少し位私のことを見てくれるかな、って思ったから、勝負を挑んだの。悪い事をしたとは思っているわ、迷惑を掛けたわね楓さん」

「……いや……そういう事情ならば、拙者も気持ちが解らなくは無い気がしないでも無い故………。仕方が無いでござるよ」

 

目を伏せて謝罪する忍野に、楓は脳裏にボンヤリと一人の男の姿を思い浮かべながらそう告げた。

 

「………そう、ありがとう……」

「……失礼は承知の上アルが、あんな仮面男の何処がいいアルか?」

 

古がおずおずとした調子でそう尋ねる。忍野は少しばかり目を細めて古を睨み付けるが、軈て頬を微かに朱に染めて語り出した。

 

「……忍足部長って、何方かと言えば小柄な方でしょう?」

 

「…む。まあ、平均やや下くらいでござるか?」

「チビでは無いアルが、麻帆良の男の中では小さいアルね」

 

唐突な忍野の台詞に、二人は首を傾げながらも同意する。忍野は我が意を得たりとばかりに頷き、若干弾んだ声音で告げた。

 

「……あの人は意外に可愛らしい顔立ちをしているの。寡黙だけれど面倒見が良くて、強くて優しい。凄い器を持っていると思わない?……それなのに私の胸に収まる位小柄で、可愛い顔をしているんだもの。……そのギャップにハートを撃ち抜かれたのよ」

 

「顔見たアルか⁉︎」

「……そうでござったか……」

 

麻帆良の百は超えるであろう不思議の一つを知ったという忍野に、古は驚愕し、なんと答えて良いか解らなくなった楓は何とか相槌を口にした。

 

「……拙者、気になる男性がいる故忍野殿の障害になるつもりは無いでござる。しからば、これにて」

「……そう。無礼に温情を返してくれてありがとう、楓さん」

 

タン、と延髄に振り下ろされた楓の手刀にて意識を飛ばされる忍野。

楓は一つ息を吐いて古と顔を見合わせてから互いに苦笑し、言葉を紡ぐ。

 

「…何にしろこれで本選出場決定でござるな」

「どいつもこいつもタフ過ぎてスゴく苦労したアル!陸上部の部長とか、すれ違い様に蹴りを入れたら脚ごと持てかれそうになったアルよ‼︎」

 

自分達以外は誰も意識を保っているものの居ない死屍累々とでも表現出来そうな空間を見渡しつつ古は語る。

 

「……他のブロックもほぼ決まった様でござるな」

「あ、ホントアル。……(ハオ)‼︎ポチは生き残てるアルね!皆も大体健在アル…後は………」

「真名が脱落()ちているのは意外にござるが……」

 

楓と古の視線は唯一戦闘音の響く一つのブロックに注がれていた。

 

「クウネル・サンダース。あの御仁は生き残るでござるかな?」

「あの筋肉ダルマが負けるのはちょと想像出来ないアルが……此処で負ける位ならとんだ赤恥アルよ、あの男。金剛には悪いアルが、残ると思うアル……」

 

 

 

「フン、ンンンンンンッッ‼︎」

 

金剛の繰り出した掬い上げる様なラリアートがクウネルの胴体に斜め下方から炸裂し、その身体をくの字に折り曲げつつ天高く吹き飛ばす。

と、思われた瞬間その姿は空間に溶け崩れたかの様に掻き消え、次の瞬間には死角からの強烈な打撃を喰らって金剛の巨体は闘技場の床を転がる。

既に片手の指で余り始める程には繰り返されたそんな光景だったが、急所である筈の延髄に強烈な掌打の一撃を入れたクウネルの、ローブに隠れた表情は冴えない。

 

「HAHAHA!これが全力のattackかい、hermit殿?至高の筋肉に守護(まも)られる私にはhair程も効いてはいないよ?」

 

動作に刹那の遅滞も無しに平然と身を起こし、暑苦しい笑い声と共にサイドチェストを決める金剛。人間(ひと)とは一見して思えぬその巨体の全身は小山の様に盛り上がり、纏う光(・・・)を身体中に塗りたくられたオイルが照り返して不気味な輝きを放っている。

ボディビル研部長 金剛 力也。自他共に認める麻帆良No.1の膂力を持つ男であり、その最大筋力は莫大な重り(ウェイト)の負荷に耐えられる器具が未だ存在しない故、最早本人にも計り知れない。

一つ言えるのは、彼は大型トラック程度(・・)ならば両手で掴み振り回すことが可能だという事である。

その極限まで鍛え込まれた肉体は当然のことながら気を発現しており、金剛が身体強化により防御に徹した場合、かのバカレンジャーや死の眼鏡(デスメガネ)すら意識を刈り取れる確証は持ち得ないとコメントする。

 

「……凄まじい肉体と、身体強化ですね。今し方の一撃などは、年甲斐も大人気も無くこの身体での本気(・・)で打ち込んだものですが……本当に、大したダメージは無い様ですね」

 

感心を通り越して半ば呆れた様にクウネルは呟く。

確かにクウネルの本業(・・)は前衛で無く後衛寄りであり、その格闘技能と身体能力は()一流程度(・・・・)でしか無い。

しかしそれは、裏の世界で一握りの本物(・・)を除けば誰とでも最低限互角以上には渡り合える、ということであり、普通に考えれば表の世界、それも日本という各種安全の保証された先進国の学生が主体となる学祭で催される大会などで発揮される様な実力では断じて無い。

 

「…例年の学祭や体育祭を通して、麻帆良の学生達の異常振りは充分に理解していたつもりでしたが……どうやら私の認識はまだ甘かった様ですね」

「HAHAHAHA!褒め言葉と受け取っておくよ‼︎」

 

何処か力の無い声でそう独りごちるクウネルに、テンション高く応じる金剛。

 

「……しかし何ともmysteriousな技術を使うねhermit殿?私は確かに貴殿をこの筋肉に捉えた瞬間take effectを感じている。つまりは貴殿は瞬動なる気の技術にてescapeしている訳では無く、またliving bodyの感触である以上は私の様にnonstandardな防御力で耐えている訳でも無い、ということだ……まるで to be deceived by a fox(狐に化かされている)な気分だよ」

 

金剛は笑みを消し、悠然と佇むクウネルへ向けて舌鋒を飛ばす。

 

going right to the point(単刀直入)に尋ねるがね、hermit殿。如何にも貴殿からはjoin battleの意志を感じられない。私は武道家では無く、筋肉の力強さ、美しさといったvalueを他人に知らしめる為のartistであり、propagandistだ。しかし武道家(彼ら)の灼けつく様なvictory or defeatへの情熱は、今迄打倒して来た者達へのcourtesyとしてよく、理解しているつもりだ」

 

金剛は指を突き付け、クウネルへ向けて鋭く言葉を叩きつける。

 

「seriousnessになりたまえよ‼︎貴殿は先程倒した鎧塚君にpay one's respects to(敬意を表する)の為にその頭を下げたのだろうに!貴殿がこちらを見下しているので無くばそれがcourtesyというものだ‼︎」

 

そうで無くば貴殿の倒して来た武道家達が浮かばれまい‼︎と、言い放ち、金剛は全身の筋肉を隆起させる。

 

「私はこれよりmaximum powerにて貴殿を攻撃する。貴殿にbe unbeatableな理由があるならば、先ずは私の屍を越えて行きたまえ‼︎」

 

金剛の宣言に、クウネルは暫しの間微動だにせず押し黙っていたが。

 

「……私に返す言葉はありません、貴方の言葉は最もでしょう。真剣にこの大会へ挑んでいる方達からすれば私の行為は唾棄すべきものでしょうから、ね」

 

しかし貴方の言う通り、私には私なりに負けられない理由があります、とクウネルは唱え、その身に不可視の重圧を纏わせる。

 

「故にせめてもの礼儀として、私なりの全力でお相手しましょう。貴方の強靭さならば、耐えられるでしょうからね」

 

「……フフン、上等だとも。この至高の筋肉、penetrate出来るものならばしてみるがいい‼︎」

 

金剛は言い放つが早いか、全筋力を用いての己が身体自体を凶器と化した最も単純にして原始的な攻撃、体当たり(チャージング)を敢行した。

たかが突進と侮るなかれ、重量400kgを超える重く、分厚い肉の塊が凄まじい速度でぶち当たるのである。金剛の瞬発力、気の強化による肉体強度を併せて鑑みれば、その破壊力は大型トレーラーの衝突を遥かに上回るだろう。

まほら武道会最重量のその巨体が掻き消え、無防備に佇むクウネルへと高速で突き進む。その身体がクウネルへ届き掛けた、その瞬間ーー

 

「遅い」

 

ーークウネルがこれまでで最大級の()を解き放ち、金剛の身体は一瞬で闘技場の床を貫通して地面に両脚を半ばまで埋もれさせる。

 

フウ、と息を吐きかけたクウネルは、猛烈な違和感に一瞬動きを止める。

そう、金剛は極大の重力力場(・・・・)を浴びたにも関わらず、地面に身体を付けずに両の脚で立ち続けていたのだ。

 

 

……貴殿はattackを受けてもstrangeな回避を行う。ならば貴殿()attackを行っている最中でもescapeは可能かい?………‼︎

 

軋む全身に喝を入れ、金剛は綿毛を鉄塊の如き重量に感じる重圧の中、腕を引き絞り渾身の力を込めて突き出した。

豪腕は確かにクウネルの顔面を捉え、確かな手応えと共にその身を吹き飛ばす。

 

 

「……ふ、む……やった……かな……」

「いいえ、残念ながら」

 

 

その身を襲っていた重圧が消え去り、圧力によって無理矢理下降させられていた血液が頭へ昇ってくる鈍痛に額を抑え、霞む目を開きながら呟いた金剛の背後にて、終焉を告げる声が響く。

 

「…mortificationだねえ……」

 

悔し気に呟いた金剛の身体は、次の瞬間二度目の重力力場に圧し潰され、地面に叩き付けられた。

 

 

「月並みな賛辞となりますが……素晴らしい闘志です、見事な闘いぶりでした。………ですが、今はまだ、私には及びません」

 

 

 

『……それまで‼︎金剛選手の戦闘不能を以ってAブロックの本選出場者二名が決定、全てのブロックで選抜が終了した為、まほら武道会の予選を終了します』

『平凡な感想になってしまいますが、どれをとっても凄まじい闘いばかりでしたね。観客の皆様にも大いにお楽しみ頂けたようです』

 

 

A〜Hブロックの生き残り二名が闘技場を離れ、各々解説席前の壇上に集う。

 

『それではこの猛者達が集う群雄割拠の予選にて本選出場の栄光を勝ち取った強者達の紹介を行います‼︎Aブロック代表、クウネル・サンダース選手!豪徳寺 薫選手!』

 

「……やっぱてめえは気に入らねえな」

「おや、それは至極残念です」

 

『Bブロック代表、大豪院 ポチ選手!桜咲 刹那選手!』

 

「……桜咲後輩…………」

「……今は、何も聞かないで下さい」

 

『Cブロック代表、ネギ・スプリングフィールド選手!犬上 小太郎選手!』

 

「…………ネギ、生きとるか……?」

「……何とか、ね…………」

 

『Dブロック代表、中村 達也選手!エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル選手!』

 

「ぅゎょぅι゛ょっょぃ」

「黙れ」

 

『Eブロック代表、辻 (はじめ)選手!山下 慶一選手!』

 

「辻、悪いけど僕桜咲ちゃんの味方かな」

「……ああ、文句を言う資格は俺には無いよ」

 

『Fブロック代表、篠村 薊選手!高音・D・グッドマン選手!』

 

「あ゛〜〜〜〜マジで疲れた、つうか余裕で何回か死にかけた………」

「私が……コスプレイヤー…………ふ、ふふふ…………!」

 

『Gブロック代表、長瀬 楓選手!古 菲選手!』

 

「お互い、目当てと当たるまでは負けられんでござるな古」

「無論アル‼︎首を攫って待てるアルよポチ‼︎」

 

『Hブロック代表、高畑・T・タカミチ選手!杜崎 義剛選手!』

 

「ものの見事に知り合いばかり残ったものだ。…確かに、持っていますね、ネギ先生は」

「はは、小太郎君とコンビだったのが功を奏したのもあると思いますよ」

 

『以上十六名が明日の本選より鎬を削り合います‼︎皆様、各選手の健闘を祈り盛大な拍手をお願いします‼︎』

 

万雷の拍手が鳴り響く中、中村が一際ズタボロのネギと小太郎に声を掛ける。

 

「よー、やったなオメェら。鍛えといて何だが抜けて来ると思わなかったわ」

「……いえ、心底思い知りました。僕らなんて、まだまだだったんですね」

「俺を含めんなや……と言いたいとこやが同感や。正直、最後まで残れたんは運があったわ」

「それが実感出来たならば一歩成長だ」

 

大豪院が薄く笑みながら会話に加わる。

 

「にしても恐れ入ったぜ、魔法使いは全員勝ち残ってんな。杜崎と死の眼鏡(デスメガネ)は……うはは、随分ボロボロだなオイ」

「先生を付けろ軍艦頭。貴様こそボロ雑巾の分際で偉そうな口を利くな」

「……何だか僕達は広域指導員(取り締まる側)だからか、日頃の仕返しとばかりにそっちみたいに一対一で無く集団で仕留めに来てね……」

 

高畑があちこち破れたスーツを悲しげに見下ろしながら力無く呟く。

 

「全く、これだから貴方達(バカレンジャー)の同類は!無法者と変わりないじゃないこれじゃあ‼︎」

「オイオイ高音、同類呼ばわりは流石に………、…いや正当な分類か………」

「まあ日頃の行いからして反論は出来んでござろうなぁ」

「アイヤ、友人付き合いしてる自分が恥ずかしいアル」

「「「てめぇ(貴様)も同類だバカンフー娘が(めが)‼︎」」」

 

中村達が会話に花を咲かせる間、辻と刹那。山下とエヴァンジェリンはそれぞれ無言のままに見つめ合っていた。

 

 

「……諦める気は、無いか…………」

「当然です」

「……ならば………」

「……ええ…………」

「「勝負だな(ですね)」」

 

 

「う〜ん、あっちは驚くことに今勝負で決めようって話になったみたいだねえエヴァさん」

「……他人を気にしている余裕があるのか?」

「…いや、正直あんまり無いね」

「だろうな、私もだ」

 

 

「「「「……………………」」」」

 

そんな緊迫感に満ち満ちた四人の空気に、残りの人間も当てられて会話が途絶える。そんな中唯一泰然とした空気を纏ったままなのはクウネルだ。

 

「…(おやおや、この距離でキティが私に気付かないとは、余程山下君のことで頭が一杯なようですね)

……おやおや、正直私に勝つどころの騒ぎでは無いのでは?皆さん」

 

口の中で小さく呟いてからクウネルは柔らかな笑みを口元に湛えて中村達へ言い放つ。

 

「五月蝿せー謎イケメン‼︎、こちとら色々取り込み中なだけだボケ‼︎」

「てめえなんざ俺ら……いや俺だけで充分なんだよ優男‼︎」

「貴様ら速攻で挑発に乗るな馬鹿共が………」

「フフフ………」

 

ギャアギャアと中村達がいがみ合っていると、突如何も無い空中に映像が浮かび上がり、名無しのトーナメント表が浮かび上がる。

 

『皆様、どうか空中の映像をご覧下さい‼︎本選形式は1DAYトーナメント!組み合わせは完全なるランダムにて決定します。間も無く一回戦、全八試合が決定されます、ご注目下さい‼︎』

 

朝倉の説明が終わるか終わらぬかの内、空白の選手名枠に文字が浮かび上がり始めた。観客席から喧騒が消え、無数のざわめきに変わる中、舞台上の選手達は固唾を飲んでトーナメント表を注視する。

 

やがて、枠内の文字が完全に露わとなった。

 

 

 

まほら武道会本選 Aブロック

 

第一試合

 

⚪︎辻 一

⚪︎桜咲 刹那

 

第二試合

 

⚪︎山下 慶一

⚪︎エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル

 

第三試合

 

⚪︎中村 達也

⚪︎長瀬 楓

 

第四試合

 

⚪︎クウネル・サンダース

⚪︎豪徳寺 薫

 

 

 

まほら武道会本選 Bブロック

 

第五試合

 

⚪︎ネギ・スプリングフィールド

⚪︎高畑・T・タカミチ

 

第六試合

 

⚪︎高音・D・グッドマン

⚪︎杜崎 義剛

 

第七試合

 

⚪︎篠村 薊

⚪︎犬上 小太郎

 

第八試合

 

⚪︎大豪院 ポチ

⚪︎古 菲

 

 

 

「「「「………………………………………………………………」」」」

 

オオオ‼︎と湧き上がる観客を余所に、海よりも深い沈黙が舞台上の選手達を包み込んでいた。

 

中村が無言のまま左を見ると、そこには辻と刹那が肩を並べながら物騒な形で目付きを細め、互いに無言のまま嗤っている。

その光景からそっと目を逸らし、中村が右を見やるとそこには山下とエヴァンジェリンが並んで佇み、顔を見合わせながら苦笑していた。一見して和やかだが、瞳の奥には鋼の様な硬質の煌きが宿っている。

 

無言のまま顔を正面に戻した中村は深く嘆息し、乾いた声でポツリと呟いた。

 

 

 

「この大会、一試合目か二試合目か、或いは両方で死人が出て中止になるんじゃねえの……?」

 

 

 




閲覧ありがとうございます、星の海です。大変申し訳ありませんでした、シルバーウィーク前に仕事でトラブルが起こり、ここ暫くは携帯やパソコンに殆ど触る暇もありませんでした。遅れないと謳っておきながらの横紙破り、深くお詫び申し上げます。次こそは早くに仕上げたいと思います、お見限り無く本作をよろしくお願いします。
さて、漸くまほら武道会予選が終了しました。軽い小話を挟んでいよいよ本選となります。試合の順番から顔触れから、全く原作とは異なるものとなりました。取り敢えず切羽詰まっている二組が一、二試合目です笑)
それではまた次話にて。次もよろしくお願いします。

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