「……ゴ主人ヨォ、モウイインジャネーカ?」
麻帆良武道会本選開催日の早朝、身仕度を整えてログハウスを出ようとしているエヴァンジェリンに、チャチャゼロはそう告げた。
「……何がだ」
「勝負ノ話ダヨ。ゴ主人ハアレダ、迷ッテンダロ?ナラモウソノ時点デ答エハ出テルンジャネーノカヨ」
チョコチョコと短い足取りでエヴァンジェリンの横へ移動しながら、チャチャゼロは語る。
「モット小狡ク立チ回レバイイダロ。山下ノ野郎ヲ受ケ入レテ、駄目ナラ捨テリャイイダケノコッタ。ソントキャ改メテアノ阿呆ヲ追イカケリャアイイ。割リ切レヨ、ゴ主人。二度ト裏切ラレルノモ、待ツノモ御免ダロウガ?俺ハ少ナクトモ、アノ優男ハ本気ダト……」
「そこまでだ、チャチャゼロ」
エヴァンジェリンはチャチャゼロの言葉を途中で遮り、チャチャゼロへ一瞥も向けないまま扉を開いて外へ出た。
「……ゴ主人ヨオ!」
「
続いて扉を潜り抜け、小走りに追い掛けながらチャチャゼロはエヴァンジェリンに呼び掛ける。抗議の声を黙殺して、エヴァンジェリンは静かにそう呟いた。
「
己を
「
クツクツと笑いを溢すその顔は、しかしまるで泣く寸前の様で。
「所詮あいつにとって、私は旅の連れ合い程度にしか見て貰えなかったのだろうなぁ。餓鬼扱いして欲しかったのでは無い、輩が欲しかったのでは無いんだ。……世紀を幾つも跨いだ年寄りの、本当に年甲斐も無い恋患いと
「……ゴ主人…………」
チャチャゼロは、何時もの憎まれ口を叩けなかった。何十年、否。何百年ぶりかに見えた、外見相応の幼い少女そのままの如きエヴァンジェリンのか弱い素の顔に、何処まで連れ添おうと人形に過ぎない彼女には、掛けるべき言葉は見出だせなかったのである。
「あいつは何処の誰とも知らん女と結ばれ、似ても似つかん餓鬼をこさえた。言われなくとも解っていた。それで終わりだ、私の恋は、
「……ソコマデ
チャチャゼロは声を荒げる。
「イイジャネーカモウ!!信ジテナクテモイイ、一緒ニ居テミロヨ山下ト!!知ッテンダロ、時間テノハ残酷ダガ、詰マラネエ感傷モ埋メテクレンダ!!ゴ主人ミテエナ地雷女ニ、モウ奴ヲ除イタラ誰ガ寄リ添ッテクレンダヨ!?」
「あの場で山下に言った通りだ、ぐちゃぐちゃなんだよ私はもう」
エヴァンジェリンは、泣きそうな顔を元に戻して、儚い笑みをチャチャゼロに向ける。
「口では先程ああ言ったが、私は言葉程割り切れていない。私は幸せを求めるべきでないとも矢張り思うし、ナギに私はまだ未練がある。私が私で在る限り、吹っ切れはせんのだろう。こんな気持ちのまま誰と何処へ居ても、幸せになど私はなれん。だから今日、己自身に引導を渡しに行くのだ。…もう、諦めたいんだよ。踏ん切りのつかん現状と自身の無様が、私は厭わしくてしょうがない。……山下には悪いが、良い機会だ」
「……ソウカヨ。モウ、本当ニドウシヨウモネエンダナ…………」
チャチャゼロは己の言葉は届かないと悟った。これ以上の説得は無駄だとも。
「ああ、奴もこれ以上こんな女に付き合わせるのは偲びないからな。変わっているが、良い男だよ奴は」
話は終わりだ、とエヴァンジェリンは前に向き直り、歩み出した。
チャチャゼロはそんなエヴァンジェリンの横を追従しつつ、ポツリと告げる。
「……ナラヨォゴ主人。山下ノ奴ガゴ主人ニ勝ッタラドウスンダ?」
「有り得ん話だ。奴では私に勝てんよ」
「モシ、ノ話ダヨ」
「……そんなこれ以上が起こり得るなら、信じてもいない神とやらの慈愛を信じてやってもいいな。こんな私に、人生の侶伴が出来るというのだからな」
「回リクデエ返事ダナ、受ケ入レルッテ事デイインダロ?」
「そこまでの奇跡を起こしてみせるならばお手上げだ。喜んで貰われてやるさ」
「ソウカヨ、妹共モ喜ブゼ」
「有り得んと言ったろうが、ボケ人形」
ハン、と鼻を鳴らすエヴァンジェリンの横顔を仰ぎ見てから、チャチャゼロはフワリとした笑みを浮かべる優男の顔を思う。
……悪イナ山下。ヤッパオ前ニ任セルシカ無エミテエダゼ…………
「…………何か申し開きはあるか?」
「「一切ありません、申し訳ありませんでした」」
会場医務室の並んだベッドにて寝かされている、全身包帯塗れの辻と一見して胴体と右手の包帯を除いては無傷に見える刹那は、横になった姿勢のまま、せめてもの反省の意思として首を曲げて仁王立ちに腕を組んで佇む杜崎に頭を下げていた。
「……全く貴様らは。もう一度言うぞ、厳重注意で済んだのははっきり言って単なるコネの成果に過ぎんからな!色々譲れんものがあったのは理解してやるが、明らかに全ての面においてやり過ぎだ特に桜咲!貴様だ貴様ぁっ!!」
「はい……本当にすみません…………」
杜崎の一喝にどんよりとした空気を纏いつつ刹那は項垂れる。
辻は辻で下手をしなくとも相手が死んでしまいかねない様な容赦の無い試合運び、
麻帆良住人の大半はノリと勢いで納得していたが、外来の観光客や一部の住人からしてみれば刹那の獣化や飛行、神鳴流の技の数々は余りに常識から逸脱し過ぎている理の外にあるものだった。
「……俺からしても其処の面倒臭い男を他にどう射止めると問われれば代案は思い付かん。どうせ貴様は今過去へ戻る事ができたとしても同じ方法を取るのだろう」
「反省はしている、しかし後悔はしていないって奴だなブヘッ!?…そこまでおかしな事言って無えだろ俺!!」
「気にするな、単なる憂さ晴らしだ」
裏拳を喰らった頬を押さえながらの中村の抗議に教師の言葉とは思えない台詞を平然と返してから、杜崎は改めて刹那を睨み付ける。
「情状酌量の余地はあると認めてやる。が、それを踏まえても多大な温情の元にお咎め無しとの
「「返す言葉もございません……」」
杜崎の怒喝に悚然として小さくなる辻と刹那であった。
「まぁまぁ杜崎、そん位にしてやってくれよ。辻のヘタレと桜咲の地雷っぷりが事態を悪化させたのは確かかもしれねーが二人共、特に辻は早くも絶対安静なんだ。説教は大会終わって元気になってから頼むぜ」
「それにもうじき第二試合目の開始時刻です。到底空気を読んで大人しく闘ってなどくれないだろう二人に注意を払った方が良いのではないですか?」
「そうだぜゴリエッティモリモリ。ロリババアはどうせ自重しねえし山ちゃんは手加減する余裕なんざ無えだろうからよ。次も同じ様な事が起こるんだから目くじら立てんなやどうせそこのバカップルこの後木乃香ちゅわんから新めて説教あっし」
「反省が無いと言うのだ貴様らの様な常習犯の物言いは!!」
ガン、ゴン!と豪徳寺と中村の脳天に拳骨を落としてから杜崎は怒れる足取りでズンズンと医務室を後にする。
「何でポチだけ殴らねえんだよ!?」
「貴様らと違って俺を舐めた呼び方をせんからだ、先生を付けろ豪徳寺!!」
「俺をポチと呼ぶなと言っているだろうが!!」
「痛ってえ~、まあ
中村を殿としてバカレンジャーも医務室を後にし、最後に残されたのはこの上無く膨れっ面を形成している木乃香だった。
「…………え、えぇ~っと、近衛ちゃん………………?」
「お、お嬢さ、いや、こ、このちゃん、あんな………………?」
「……二人共………………!!」
どう見ても爆発寸前の木乃香の怒りを少しでも緩和しようと、辻と刹那は引き攣った顔へ懸命に笑みを浮かべて宥めに掛かろうとする。が、残念ながら活火山の噴火はその直後に始まったのだった。
『自分等の世界勝手に酔うていちびっとるんや無いわ阿呆共ぉぉぉぉぉっ!!』
「うわぁ…」
医務室の扉を挟み、既に十mは離れているにも関わらずはっきりと響き渡ってきた木乃香の怒轟に中村が呻き、大豪院と豪徳寺も首を竦める。
「普段怒らない娘程怒った時が恐ろしい、ってなぁ」
「男女は問うまいよ」
「自業自得だ思春期共が。恥を偲んででも先ずは大人に相談しろ、
やれやれ、と杜崎はやり切れない様子で息を吐く。
「貴様らがいくら殺しても死なんとはいえ対外的には最早組織の一員だ。そこの馬鹿でもその辺りは理解出来ているだろう?……余り無茶を仕出かすな、尻拭いをしてやるのにも限度はある。 世の中とは無条件でお前達の味方でいるわけでは無いぞ 」
杜崎の言葉に、中村達は珍しくバツの悪い様子で顔を見合せた。
「……まあこれでも迷惑掛けたのは自覚してんだよゴリポン」
「つってもまあ、あれだ。意地になってたつもりは無えんだが、どうもガキ共の上に立ってるとなぁ……」
「些か矜持を尊び過ぎたのは認めましょう。
「俺からすれば貴様らも変わらずガキだ半人前共。しかし厄介な事に組織の歯車は勝手には動けん、
やれやれと首を緩く左右に振りながら杜崎は足早に選手席へ続く通路を曲がり掛け、ふと首を巡らせると同時にピタリと足を止めた。
「どうしたよモっさん、括約筋がピンチか?」
「黙れドドメ色の脳味噌。……なに、折角だから控室の山下に激励を兼ねた
軈て曲がる筈の通路を無視してそのまま山下が待機している側の控室に向かい歩を進める杜崎が告げる言葉の
「なる。これは確かに一肌脱いでやらねえとな」
「馬車馬の如く働かされてんじゃねえのかよあの野郎……」
「大方警備の名目で
「加減はせんでいいぞ。大会終了まで現世に還って来させんつもりでやれ」
物騒な笑みを揃って浮かべつつ、四人は山下の控室からほど近い柱の影に身を潜めた。
「……さて、行きますか」
控室の置時計が予め指定されていた入場時間の五分前を指し示したのを見て、精神統一の為に座禅を組んでいた山下は軽く伸びをしながら立ち上がった。
軽く手足を伸ばし、身体全体を軽く動かして何処にも不調が無いのを確認しながら、ゆっくりとした足取りで山下は出口へと歩き出す。
……最後の最後迄粘ってはみたけれど、やっぱり厳しい所じゃ無いねえ。強敵を通り越して難敵ってレベルだ、エヴァさんは………
絶対に
………まあでも、やるしか無いなら全力で闘るだけさ………………!
されど諦念も絶望も心の内には置かず。
静かな闘志を両の瞳に宿して、山下は控室の扉を開けた。
「我が愛しき
直後、山下の視界に飛び込んで来たのは、両眼を危険な角度にまで吊り上げた鬼の形相の、光の宿った杖の先端を槍の如く突き出して己目掛け突進して来る学園史上最悪の変態教師ーー
疾風の如き速度で山下へ躍り掛かった只野の一撃は、山下の顔面に突き刺さるかと思われた瞬間、横合いから伸ばされた野太い腕にて万力の様な力で掴み取られる。
「何……!?」
「死に晒すのは貴様だ性犯罪者……
その腕の持ち主は杜崎 義剛。驚愕する只野の身を杖ごと引き寄せ、光り輝く拳にて渾身の一撃を見舞った。
「ゴ…………!?」
ピンボールの様に吹き飛び、高速で通路の奥へと錐揉み回転しながら吹き飛ぶ只野、その突き進む進路上には、腰溜めに拳を構える中村の姿があった。
「んじゃ死んどけロリコン野郎。破砕正拳、
「ごぶふっ!?」
やや斜に構えて打ち込まれた爆撃の如き一撃に打ち上げられ、血反吐を撒き散らしながら只野は放物線を描いて通路の開け放たれていた格子窓を潜り抜け、建物の外へと抜ける。
「おし、来たな…。……ぶっ飛べやあぁぁぁっ‼︎
「が、はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?」
ゆっくり落下する只野であったが、窓の下にて待機していた豪徳寺の撃ち放つ巨大な二つの気弾の大爆発によって空高く打上げられた。
高速で空へと舞い上がる只野であったが、龍宮神社の屋根上にて腰を沈め待機していた大豪院はそのまま飛んで行く事すら許さない。
「ではな変質者。…………
「……っっっ‼︎‼︎」
大豪院の全力の裡門頂肘にて只野は起動を無理矢理水平に変えられ、ボロ屑の様になりながら遥か彼方へ吹き飛んで行く。ゆっくりと回転しながら只野の身体は遠ざかり、軈て高度を徐々に下げながら森の中へ消え去った。
「……うん、何やら助けて頂いてありがとうございます?」
「気にするな。
怒涛の展開に付いて行けなくなっていた山下は、それでも未然に脅威を防いで貰った事には思い至ったらしくゾロゾロと集合して来た中村達を背後に従える杜崎にペコリと頭を下げるが、杜崎は実に爽やかな微笑みを浮かべてそう返した。
「これであのカスはまあ流石に試合中には復活しはしないと思うぜ山ちゃん。まあ気張って来いやどう足掻いても絶望だけどよ」
「さらりとモチベーションを下げようとするな馬鹿が。 山下、為せば成るとはこの国の言葉だ、死力を尽くせ」
「まあなんだ、勝てなきゃ後悔するぜ山ちゃん。勝てよ」
「……ありがとう皆。勝って来るよ、なんとしてもね」
山下は激励に笑って答えた。
「……山下。正直な話俺はあの女の何処が良いのかは
「…お〜いモッさん、初耳なんだけどその話?」
「恋愛って単語がこれ程似合わねえ面してんのに激しく意外だな」
「……いや、良く考えてみれば杜崎教諭の様な人間が結婚するのならば逆に恋愛結婚以外は有り得まい。仮に政略結婚だの何だのといった話があったとして大人しく従う訳が無いのだからな」
「「……あぁ〜〜………」」
「五月蠅いぞ外野共。……兎に角だ、山下。教師として、組織の人間としては自重の二文字を告げたい所ではあるが、お前にとっては人生の正念場だ、野暮は言わん。これだけは言っておくが……余り無理をし過ぎるな。そして、死ぬなよ」
「………はい」
重々しい杜崎の言葉に、小さく頷いた山下。
「……そろそろ試合開始だな、行って来い」
「んじゃ俺ら選手席行ってんわ」
「応援声援なんつうと陳腐な響きだが、俺らが付いてんぞ山ちゃん」
「
「安心して、勝つよ必ず………文字通りの命懸けで、ね……」
送り出された山下は、己にしか聞こえない様な程に小さく、後半の言葉を呟いた。
迷いの無い足取りで通路を進んでいた山下だが、朝倉と喧囂の前口上により賑わう会場内への入場口手前でピタリと足を止めた。
「試合に向けて集中している所申し訳ありません。少しで良いのでお時間を頂けますか山下君?」
薄暗がりの隅に溶け込む様にして佇んでいたローブ姿の年齢人種性別素性、その他一切が不明の目下、ネギ達一行にとっての打倒目標クウネル・サンダースが声を掛けて来たからである。
「……戦線布告をあれだけ辻を筆頭に堂々としておきながら申し訳ないけど、今は貴方の事は眼中に無いんですよ。今から行う試合に、僕は大袈裟でなく人生を懸けているつもりですから、ね………」
「ええ、勿論。存じ上げているつもりですよ。あのエヴァンジェリンを相手に一歩も退かず、この場に漕ぎ付けた貴方を私は非常に高く評価しています」
返されたクウネルの言葉に、山下の眉が僅かに動き、目が細められる。
「……薄々考えてはいましたが、ネギ君のお父さんの情報を貴方が知っている、というのは、貴方自身がナギさんと知古の関係だから。…今の口ぶりからして、もしかしてエヴァさんとも知り合いなんですか?」
クウネルは静かに笑んでその視線を受け止め、答えを返す。
「古い友人。…と私は捉えています。どうにもキテ…いえ、エヴァンジェリンには苦手だと思われている様ですが」
「…そうですか………………それで?」
「ありがとうございます、では単刀直入に」
肯定の言葉に山下は一瞬目を閉じて、相槌の後にややあってクウネルを促した。クウネルは見えている口元だけで微笑み、言葉を紡ぐ。
「何故山下君はエヴァンジェリンに惹かれたのでしょうか?気を悪くするかもしれませんが、彼女は色々と
「……それを貴方に語る必要や義理が?」
山下は少しばかり皮肉気に目を細め、敢えて冷たくそう返した。
……よく解らないけど、癇に障るね、本当にこの人?は…………
理由は上手く言葉に出来ない。しかし山下だけでなく中村も、豪徳寺も大豪院も辻も。バカレンジャー全員が相容れないものを感じているのである。
……この、見透かした様な存在をね…………
「ありませんね、これは単なる私の下世話な好奇心に過ぎません。低俗な動機で申し訳なく思いますが、私は私なりにあの不器用な昔馴染みに対して好感を抱いているものでして。どうしても気になってしまうのですよ」
「……エヴァさんに僕が相応しいかどうかを見極めよう、と?友人として………」
探る様な睨む様な目付きで山下はクウネルの隠された顔を伺うが、そこからはなんの感情も見出せない。ただその時ばかりは、クウネルは明らかにそれと判る苦笑と、僅かな自嘲の気配を滲ませて答えを返した。
「その様な偉そうな行為に及ぶ資格は私にはありませんよ、山下君。
「っっ!?」
その言葉に、山下は僅かに身を強張らせた。
「……僕は………」
「ああ、勘違いなさらないで下さい。皮肉や嫌味で述べた言葉ではありません。……私なりにエヴァンジェリンを静観した
山下が何か言う前に、クウネルは笑ってそう述べた。
「だからこそ、資格が無いのは承知の上で御節介を焼きたくなるのですよ。相応の覚悟や想いが無ければ例え結ばれたとして、貴方と彼女は孰れ辛い離別を味わうでしょう。…貴方にエヴァンジェリンを想い続けられる、確固たる理由はありますか?答えを返せないのならば、山下君。貴方は…」「五月っ蠅いな」
滔々と述べるクウネルの言葉を遮って、山下は言葉をぶつけた。
「理由なんて知るか。好きになったから好きなんだよ」
惹かれた理由を言葉にしようとおもえば不可能では無いのだろう。きっかけやこれまでの過程を思い返せば、幾らでもそんなものは見つけられる。
純粋に一人の男を想う姿に胸打たれた、自らの言葉を曲げない気高い様子に惹かれた、普段は冷静を通り越して冷徹で、済ました表情を浮かべているのに、何か想定外の事態が起こる度にコロコロとよく
それらの理由は間違いでは無いが、何故エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルが恋しいのかという問いに対して相応しい答えとして返すには余りに
「アンタには僕に何か言う資格が無いんだろ?だったら説教臭い台詞を向けるのは止めて欲しい。困難だか倦怠期だか知らないけど、そんなものは起こったときにどうにかするよ。
山下は真っ直ぐにクウネルを見据えて、言った。
「人を好きになるのに理由なんか要らないでしょうが?」
山下の宣言を受けて、クウネルは暫くの間無言で佇んでいたが、軈て僅かに身を震わせながら口元に笑みを浮かべた。
「……馬鹿にされてますか?」
「…いえ、失礼しました。寄る年波を実感して、若さが羨ましくなりましてね。……仰る通り、無粋な口出しは撤回させて頂きますよ。この上無く余計なお世話だった様ですからね」
クウネルは睨む山下を涼し気に宥めて一礼し、壁際に張り付くと片腕を掲げて入場口へと山下を促す。
「貴重な時間をありがとうございました。間も無く試合開始の時間でしょう、健闘を祈りますよ」
「どうもと言っておきますよ、一応」
山下は一つ息を吐いて顔を引き締めると、足を踏み出す。クウネルはすれ違い様に元の柔和な微笑みを浮かべ、山下へ言葉を投げ放つ。
「いえいえ、本心からの言葉ですよ。エヴァンジェリンはナギを追い掛けたとして、幸いに至ることは無いでしょうから」
「………訳知り顔でのその口振り。本当に色々知っていそうですね?」
「貴方がたの誰かが私に勝ったならば、全てお話致しますよ」
「上等だ」
勝つべき理由が増えたよ、と笑って、山下は歓声の降り注ぐ闘技場内へ歩み去った。
「……頑固なのですよ、年寄りは。ねぇキティ?………素直になれれば、お互い楽でしょうに」
『さぁーーっ‼︎麻帆良建築部のめざましい八面六臂の大活躍によって僅か十分少々によって再構築された闘技場をご覧下さい‼︎これよりまほら武道会第二試合、『流麗舞闘』山下 慶一VSエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル選手の試合を開始します‼︎‼︎』
『『『『ウォォォォォォォォォォォォォォッッ‼︎‼︎‼︎』』』』
そして、万雷の歓声が降り注ぐ中、山下とエヴァンジェリンは闘技場の中央にて向かい合った。
「さて、じゃあ闘ろうかエヴァさん」
「……覚悟は決まったか?」
「何のだい?身を固める決心と覚悟なら大分前からしていたけれど?」
「………馬鹿だな、貴様は………」
戯けて小首を傾げてみせる山下に、エヴァンジェリンは目を細めて薄く笑みを浮かべる。
「ああ、そうだエヴァさん。口が聞ける内に言っておくけれど」
「…何だ?」
「あちらのローブ男。ナギさんの情報知っているっていうのはあの人だから、僕に勝ったのなら締め上げてみるといいよ。何だか古い友人らしいからね」
「ほう?私に友人はいない筈だがなぁ」
エヴァンジェリンは多分に自虐的な言葉でそう笑うと、覚えておこうと締め括る。
「……何だか反応薄いねぇ?」
「正直な、半ば頭から消えていたとも。山下、お前との試合に集中していたからなぁ……」
嗤い顔でエヴァンジェリンは山下の顔を下から見上げる。
「……そこまで僕に夢中なら、試合はもういいんじゃないかなあ?」
「生憎だな、私は面倒な女なのだよ………もう、いいな?」
「ん、語り残した事は今更無いね」
「いいだろう。……おい、審判。待たせたな、始めていいぞ」
互いにこれから死闘を交わすとは思えない軽妙な笑顔を向け合うと、互いに踵を返して試合開始線に移動しながら、エヴァンジェリンが朝倉を促した。
「…もう殺し合いみたいな試合は勘弁、って言いたいけど……まぁ私が口出せる領域じゃもう無いよねぇ………はぁ」
重い溜息を一つ吐いて、死なないでよ二人共、と朝倉は小さく呟いてから
『それでは皆様‼︎お待たせ致しました、間もなく試合開始となります!予選では華麗なる武術と荒々しい力押しという対照的な闘い方を見せたこの二人ですが、果たしてどの様な試合を魅せてくれるのでしょうか!?』
『事前情報によればエヴァンジェリン選手は山下選手と同じく合気柔術の使い手との事です。第一試合以上に体格差のある組み合わせとなりましたが、エヴァンジェリン選手の予選で見せた武道家(笑)顔負けの怪力もありますので、寧ろ純粋な真っ向勝負では山下選手が不利な可能性もありますね』
『おいコラ喧囂ぉーっ‼︎なぁーにが(笑)だ、馬鹿にしてんのか!?』
『アジテーター一歩手前のハイエナが舐めんなやぁーっ‼︎』
『いえいえ、私が(笑)と称したのは女子中学生や女子高生の割合が本選出場者の半数近くなっている現状を作り出した予選落ちの皆様に対してのみに向けられたものですので悪しからずご了承下さいませ』
『『『『上等だゴラァァァァァァァァァァァァァ‼︎‼︎』』』』
「…真っ向勝負では分が悪い、だぁ……?有利不利どころじゃ無ぇ、勝算が皆無なんだっつーの」
テメエ大会終わったら便所で待ってろ‼︎等と口角泡を飛ばしている観客席(with武道家)を横目に見やりながら、中村はボヤいた。
『え、あの中村さん。エヴァンジェリンさんってそんなに強いんですか?』
隣をフヨフヨと漂いつつも、ボルテージの高過ぎる周りの観客席を恐々と見やっていたさよが驚いた様に尋ねて来る。
「ん〜あのエバーちゃんが強えのは勿論なんだけど、単純に山下が相性悪いってのもあんだよさよちゃん」
「……相性とは何ですか中村先輩?山下先輩がエヴァンジェリンさんに合気柔術の手解きを受けているのは知っていますので、単純に腕前に於いて山下先輩がエヴァンジェリンさんに及んでいない故の不利だと私は考えていましたが……?」
「んん、それは間違いじゃ無えよ夕映っち。まあ山ちゃんも急速で腕上げてっし、言う程最早差は無えと俺は考えてっけどまあ、少なくとも近接技術じゃ山ちゃんは勝ってはいねえ」
ただなぁ、と中村は顔を顰めて続ける。
「ぶっちゃけ山ちゃんは
「そういうこった」
と、豪徳寺が先を引き継ぐ。
「呪文詠唱禁止なんて言っても、あの女なら幾らでもやりようがある筈だぜ、歴戦の超ベテランなんだからな」
「更に
「あ…………!」
大豪院の言葉に、ネギが何事かに思い当たり、声を洩らす。
「そういうことだ、ネギ。色々山下のは逸脱して来てはいるが、合気柔術とは文字通り柔法であり剛法では無い。関節を極めた所で、骨をへし折った所でいとも容易く元通りになってしまう相手と山下は闘わねばならん」
「しょーじき俺らん中で一番あのロリババアに勝率低いのが山ちゃんなんだわなぁ。しょうがねえ事だけど山ちゃん火力低いんだよ。こんなモンレベル三十のぶどうかとレベル四十のけんじゃからてんしょくしたレベル三十二〜三位のぶどうかが闘うみてえなモンだぜ?」
ぶっちゃけ勝てる要素が一つも無え、と中村が天を仰ぐ。
「確かに、これは厳しい所の騒ぎでは無いでござるな」
「要はほぼ完全劣化版アルか山下?」
「いやだから最初から俺はそう言ってんだろアレは
「落ち着きなさい篠村!……でも、そうね。悪いけれど実態を知っている
「……せめて、山下先輩に魔法が使えれば上級魔法の使えないこのルールでは有効だったんですけれど……」
バカレンジャーだけでなく、楓達や魔法使いサイドの篠村達から見ても一様に勝率は著しく低い、との見解である。
「え……ちょっと、じゃあ山下先輩まず負けるってこと!?じゃあなんで試合に出てるのよ‼︎」
「舐めんなや明日菜の姉ちゃん‼︎負ける思うて勝負事に挑む男はおらんわい!山下の兄ちゃんは死中に活を見出す気や、実力差はまんま勝敗に直結する訳や無いんや‼︎」
「とはいえ、紛れとは中々所か滅多に起こり得んから紛れなのだがな。無策で挑むならば十中八九負けるぞ、これは」
鼻息荒く明日菜に反論する小太郎の首根っこを摘み上げて抑えながら、杜崎は溜息混じりに呟く。
「高畑先生………」
「……僕からも、厳しいとしか言えないね」
「……そ、そうですか〜…………」
苦い声で呟く高畑に、尋ねた夕映も聞いたのどかも顔が曇る。
「ダメですよ、応援する側が先に諦めちゃ。私は格闘技の事や魔法使いの事は解りませんけど、山下先輩は勝つ気で彼処に居るんでしょうから」
しかし、千鶴は暗い雰囲気になった周りを鼓舞する様にそう言うと、足元にいたスライム三人娘を抱えて客席に載せてやりながら微笑む。
「貴女達も山下先輩を応援してあげてくれないかしら?」
「…イヤ、こんなナリしてっけど俺らガキじゃ無えカラナ?」
「マアマア。さて置きキツいのは百も承知ですが私は山下さん応援しますヨ〜、ぶっちゃけ伯爵達上位悪魔三体に襲われるのだって充分な無理ゲーデス。この人達なら何とかするんじゃないかと私思いますカラ」
「……勝ったら金髪ツンデレ合法ロリが手に入るなんてオイシイ状況、石に噛り付いてでも勝たなきゃ男じゃ無イ………」
「その通りだ!流石解ってんじゃねえかよプリン体‼︎」
ぷりんを持ち上げて頭の上に置きながらの中村の戯けた言葉に、若干だが空気が緩む。
「元より負けると断言はしていねえ!山下ならやるぜぇ‼︎」
「無策で挑む程間抜けでもあるまい。曲がりなりにも一度闘った相手、此方にとって有利な点は皆無では無いからな」
「うら勝て山ちゃ〜〜ん‼︎」
「二度もそんなちんちくりんに負けられねえぞぁぁぁぁぁぁ‼︎」
「多くは語らん、男を見せろ山下‼︎」
「賑やかな事だ」
「悪い気分じゃ無いよ、僕はね」
向かい合った二人へ、朝倉の声が降り掛かる。
『試合、開始ィ‼︎』
閲覧ありがとうございます、星の海です。例の如く開始までに一話まるまる使ってしまいましたが、今大会におけるバカレンジャー青春枠その2の山下×エヴァンジェリンです。ある意味妥協してへし折れてくれた辻と違ってエヴァンジェリンは絶対に折れてはくれないでしょうし、中村達が語った様に難易度ルナティックですので、間違いなく山下にとっては人生最大の試練です。無理ゲーを通り越して死にゲーの感が増してきた オイ)まほら武道会第2試合、次回には決着付きます、長期戦なんてかませば山ちゃんは勝機がゼロですので。全力全開の山下が起こすかもしれない奇跡にご期待下さい。最後に、只野の変態はこの試合中には復帰しないのでご安心下さいませ笑)
それではまた次話にて、次もよろしくお願いします。