お馬鹿な武道家達の奮闘記   作:星の海

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遅くなりました、第2試合決着です。


15話 まほら武道会本選第2試合 山下VSエヴァンジェリン(その2)

試合の開始宣言と同時に、エヴァンジェリンから見て右側へ体軸を傾けた山下がその姿を掻き消す。

 

「む…………!?」

 

お世辞にも気負っている様子を、少なくとも表面上には欠片も見せていなかった山下の、開始早々に瞬動を用いて積極的に攻めに入る姿勢にやや意表を突かれた形になったエヴァンジェリンは、上足底を擦る様に動かしたその僅かな動きだけで自身の右側に身体の正面を向け。

直後向き直ったその方向に、山下の姿を影も形も確認出来ず、エヴァンジェリンは己の失策を悟る。

 

「チィィッ!?」

 

己の背後へと急激に振り返ったエヴァンジェリンは、映った視界にマイクを構える朝倉の姿しか闘技場内へ見出せない事に思考が一瞬困惑により停止する。

直後、身体に影が射したとエヴァンジェリンが認識したその瞬間に、上方(・・)から槍の様な勢いで降って来た山下の蹴り下ろしが、エヴァンジェリンの身体へと突き刺さった。

 

『か、開始直後に山下選手の急襲ぅぅぅぅぅっ!?奇妙な体勢からの高速移動の直後、空中に飛び上がった後空中を蹴っての飛び蹴りだぁぁぁぁっ‼』

『以前解説した瞬動と、空中を蹴ったあの動作は、何も無い宙空にて固めた気を放出、それを足場とする事により方向転換を可能とする虚空瞬動と呼称()ばれる技術です。恐らく奇抜な動きで意表を突いた後に死角である空中からの奇襲を仕掛けた、という所でしょうか?』

 

「……まあ七十点ってトコか?」

「ほぼ正解でいいだろうが」

「え、どういうこと今の!?」

 

地面にもんどりうって転がってから綺麗な後ろ回り受け身を取り、素早く跳ね起きるエヴァンジェリンへ着地をする間も惜しんで再度空中を蹴って追撃に掛かる山下を落ち着かなさ気に見やりながらも、明日菜が中村と豪徳寺に言葉の真意を尋ねる。

 

「山ちゃんが瞬動かます一瞬前に左側へ走り抜けそうな構えしたろ?山ちゃんの技術(テク)は俺ら一だ、あんな解っかりやすい予備動作は必要無え」

「エヴァンジェリンから見て右側に行くと見せて逆側へ後ろ向き(・・・・)に瞬動かましたんだよ。その上でエヴァンジェリンが反射的に右側向いた一瞬で空中に飛び上がって二重に裏を掻いた上で全力の一撃決めに行った訳だな」

「初っ端から随分と飛ばしているが、元よりエヴァンジェリン女史は格上も格上。短期決戦で決着()めに行かねば潰されるだけだと理解(わか)っているのだろう」

 

「……解説お前らがやった方がいいんじゃねえの?」

「黙って見ていろ篠村……動くぞ」

 

呆れた様な篠村の言葉を遮っての杜崎の言葉に全員の視線が闘技場に向いたその瞬間、闘技場内で()の爆発が花咲いた。

 

 

「……っ‼もうか‼」

「出し惜しみする理由も無い。貴様と組手勝負をすると言った覚えは無いぞ?」

 

休み無く拳足を見舞い、エヴァンジェリンの腕を取ろうとした間際に無詠唱で放たれた氷爆(ニウィス カースス)を間一髪横っ飛びに躱して難を逃れた山下だったが、温度差により生まれた水煙を裂いてエヴァンジェリンの貫手が迫る。

 

「くぅっ………っ!?」

 

鋭い鉤爪の生え揃う刃の如き一撃を辛くも流した山下は、お返しとばかりに伸び切った腕が戻される前に腕を取ろうと両手を閃かせ。

見えない壁(・・・・・)に阻まれて、指一本を触れる事すらも許されずにその手を弾かれた。

 

「…そもそも貴様。私と相対するだけの実力があるのか、山下?」

「っっ‼‼」

 

攻めに出掛けた中途半端な姿勢の死に体を晒す山下の宙にある片腕に、エヴァンジェリンの両手が蛇の如く絡み付き、次の瞬間山下は轟音と共に床へ叩き付けられた。

 

 

『腕取り一閃んんっ‼車の衝突した様な物凄い音と共に、山下選手床面を破壊しながら吹き飛ぶぅぅぅぅっ‼』

『直前の爆発といい、不自然に固まった山下選手の姿勢といい、どうやらエヴァンジェリン選手は多くの隠し玉を持っている模様ですね』

 

「あ〜こりゃ駄目か」

「駄目っぽいな」

「無念だが相手が悪過ぎたか……」

 

「だから兄ちゃん等が先に諦めてどうすんねん!?」

「山下さんまだ元気ですよ‼」

 

常人ならば五体がバラバラになりそうな凄まじい投げだったが、山下は口元から血を流しながらも闘技場の端まで床板を巻き上げながら静止。直後に跳ね起きて飛来する光の矢(サギタ マギカ)を回避しながら再びエヴァンジェリンに突っ込んでいる。ネギや小太郎の言う通り、誰がどう見ても劣勢ではあるが山下に深刻なダメージが入った訳でも無いこの段階での、中村達のコメントは早計に思える。

 

「阿呆、今のは受身取ってたから見た目派手だがそんなに効いて無えのは解ってらぁ。俺等が言ってんのは障壁だ障壁」

「柔術家が組み付け無えでどう闘えってんだ。しかもあっち(エヴァンジェリン)はただ亀みてえに守るだけじゃ無く任意に障壁解いて殴る投げる魔法を撃つとやり放題だってのに」

「先にも言った通り、山下にはあのレベルの障壁を破る火力は無い。せめてこちらの土俵で勝負してくれるならばまだ芽はあったのだろうがな……」

 

「…ですが、中村先輩‼」

「落ち着け夕映っち、俺等が駄目っつってんのは山ちゃんがこのまま(・・・・)闘うんなら、だ」

 

前回の辻と刹那の試合とは裏腹に余りにも見切りを付けるのが早いその物言いに、夕映が抗議の声を上げかけるが、中村はそれを手で静止する。

 

「向こうだって全力じゃねえ。流石に空飛びながら魔法で絨毯爆撃かます程不粋じゃ無えし、ルール破る気が無えなら大火力はあっちも出せねえ。俺等が闘り合った野生のエヴァンジェリンじゃ無く、公式戦エヴァンジェリンなら穴を突けるかもしれねえ」

 

連打で障壁を穿とうと激しく攻め込む山下を真っ直ぐに見つめながら、中村は締め括った。

 

「予想よか厳しいが、勝負を投げちゃいねえなら何かしらやるぜ、山ちゃんは」

 

 

「どうした!?これで終わりならば拍子抜けにも程があるぞ山下ぁっ‼」

「く………っ!?」

 

数条の魔法の射手(サギタ マギカ)を回避し、後から高速で迫るエヴァンジェリンの薙ぎ払いを捌き。襟刳を掴まれての投げも振り切った山下だったが、駄目押しに至近距離で撃ち放たれた氷爆(ニウィス カースス)を躱し切れず、氷片に身体を刻まれながら爆風に吹き飛ばされる。

 

『エヴァンジェリン選手の怒濤の連撃ぃぃぃぃっ‼光の矢に氷?の爆発!更には剛柔兼ね揃えた体術と手数が圧倒的に違います‼山下選手は先程から防戦一方だぁぁ‼』

『氷というよりは極低温が瞬間的に発生している、といった感じでしょうか?急激な気圧と温度差によって空気が動かされ、擬似的な爆風になっている様です。液体窒素でも霧状にして散布しているのでしょうか?速度は違うとはいえ光る矢の方は予選で本選出場の篠村選手が使っていたそれに酷似していますが…これも遠当ての一種かそれとも異なる技術か。何れにせよ前回の試合に続いて格闘技の大会とは思えませんなこれは』

 

「まさかあれは氷結能力(パーゴスキネシス)……!?気をつけたまえ山下君‼分子運動を彼女が制御しているのならば発火能力(パイロキネシス)も使い熟すやもしれないよ‼」

超研(超能力研究会)は黙ってろ!ンな真似出来んのはてめえ等の副部長から上位だろうが‼」

「負けんな山下ぁーっ‼それでも俺等抑えて勝ち上がってんのか馬鹿野郎‼相手は幼女だぞ幼女!?」

「そんな大道芸人擬きに負けないで山下君〜〜‼」

「テメエそのまま負けたらテメエがロリコンだから本気出せねえで負けたって今日中に学園全体に言いふらすからなぁぁ‼」

 

「……はは、そりゃ御免だ。どうせロリコン呼ばわりされるなら、晴れて告白成功させてから堂々と呼ばれたいもん、だね…………!」

 

急激に体温が低下した所為で早くも鉛の様な疲労がのし掛かって来た手足に喝を入れながら山下は起き上がり、己に向ってゆっくりと歩み寄って来るエヴァンジェリンに構えた。

 

「…もう止めておけ山下。今の攻防で理解(わか)った筈だ、お前は私を倒す所か反撃すら儘ならぬとな」

「はっ!冗談キツいねエヴァさん。立場が逆ならエヴァさんは諦めるのかい?」

 

氷片と水煙を纏いながら、何処か憂う様な表情で山下に降伏を促すエヴァンジェリンだが、山下は鼻で笑ってそれを拒否する。

 

「諦めない。……と言いたい所だがな、生憎今の私ならばどう答えるかは解らんよ。…ともあれ、まぁ貴様がこの程度で諦めんのは承知の上だよ山下。死に掛けながらも意地を通した馬鹿集団の一人だ、多少痛め付けた所で折れはすまい。……だから」

 

と、エヴァンジェリンは淡く発光する右手を山下へ突き付け、薄笑いと共に告げる。

 

「人の抵抗力ではまずどうにもならんクラスの封氷魔法で凍結してやろう。なに死にはせんから安心しろ」

「僕にとっちゃあ死刑宣言も同じだ…よっ‼」

 

山下は言葉の終わりと共に飛び出し、エヴァンジェリンの側面に瞬動で潜り込みながら掌打の一撃を叩き込む。

 

「無駄……っ!?」

 

無視して魔法を撃ち放とうとしたエヴァンジェリンは、障壁越し(・・)に己が胴体へ響いて来た衝撃にたたらを踏み、驚愕に目を見開いた。

 

「何……っ!?」

「あぁぁいぃっ‼‼」

 

裂帛の気合いと共に山下は両掌をエヴァンジェリンへ翳し、両脚を深く踏み下ろした。ズン…‼と、腹の底に響く様な振動が闘技場の床を伝わって場外の水面に波紋を作り、観客席をも僅かに揺るがした。そうして一拍の間を置いた後、エヴァンジェリンの身体に刹那波紋が走り、小柄な体躯が後方に吹き飛んだ。

 

『こ、これはぁーーっ!?』

『恐らくですが中国拳法における発勁の一種です!山下選手、畑違いな分野ながら凄まじい隠し玉を持ち合わせていました‼』

 

「やっ……!…ってもいねえな」

「ああ、あんま意味無えぞ」

「だから余り意味は無いと言ったのだ俺は」

 

「あれポチの仕込みアルか!?」

「意味が無い、というのはどういう意味ですか?豪徳寺先輩」

 

大豪院の呟きに古は驚愕し、千鶴は派手に吹き飛ぶエヴァンジェリンの姿に軽く眉を顰めながらも隣の豪徳寺に尋ねる。

 

「あれはアレだ、浸透勁って奴だ、中国拳法のな。物理障壁通るかどうかはまあ賭けだったが、気の防御と根っこが同じなら通るだろうって理屈だ」

「え、あの…それなら障壁を無視して攻撃出来るって事じゃないですか!意味が無いって……?」

「全く無い訳ではない。しかし初撃で不意を突いてアレならば決め手には到底なり得んのだ」

 

困惑した様な愛衣の問い掛けに渋い表情で大豪院は返す。

 

「俺がしたのはあくまで始めの手解きだけだ。山下が習得にどれ程時間を掛けたかは知らんが、充分実用レベルといえ所詮は付け焼刃、障壁越しでは動きを止めるか意識を刈り取る迄いかん。二度も三度も無防備に喰らう程あの女は優しく無いぞ」

 

大豪院の言葉通り、尚も前へ出る山下に対して闘技場の縁で身体を起こしたエヴァンジェリンは再び氷爆(ニウィス カースス)を巻き起こす。寸前で瞬動を用いて横っ飛びに爆風の範囲から逃れた山下だが、着地地点にエヴァンジェリンの放った無数の魔法の射手(サギタ マギカ)が殺到してした。

 

「く、そぉぉっ‼」

 

些か焦りの混ざった声とは裏腹に、身体全体を踊る様にうねらせながら山下は弾幕の隙間を擦り抜け、尚も身体に迫る数発を、気を纏わせた両の手で捌き、或いは散らしてエヴァンジェリンへ迫る。喰らえば終りの氷結魔法がエヴァンジェリンにはある以上、至近距離にて呪文構築の時間を与えずに攻め勝つしか山下に勝機は無かった。

 

「な……ぁっ!?」

 

しかし、打ち払ったと思った魔法の射手(サギタ マギカ)の一矢が、帯状になって山下の右手に纏わり付き地面に突き刺さって拘束され、その光景に選手席の篠村は瞠目した。

 

「げ、戒めの風矢(アエール カプトゥーラエ)……!?…あの吸血鬼弾幕ん中に一矢だけ紛れ込ませるとか俺みてえな真似を……‼」

 

「狡い小技で済まんなぁ、山下‼」

 

エヴァンジェリンは嗤い、光る右手を山下へ突き付ける。

 

「喰ら、…うかぁ‼」

 

山下は叫んで戒めの風矢(アエール カプトゥーラエ)の一端が突き刺さる床へ思い切り足を振り下ろす。轟音と共にその震脚で床が砕け、光の帯が解け散るが……

 

「逃すか」

「ガァ……ッ!?」

 

三度放たれる氷の爆裂が今度こそ山下を中心として吹き荒れ、冷気と衝撃に山下が白景色の中で仰け反る。

 

「……終わりだ。凍てつく氷柩(ゲリドゥス カルプス)‼」

 

エヴァンジェリンは山下の姿に一瞬目を細めた後、力ある言葉を解き放つ。

霧に煙る視界が晴れる中、中央には苦悶の表情のまま文字通りの氷の柩に閉じ込められた山下が、直立した体勢のまま突き立っていた。

 

『…!…き、巨大な氷の柱が突如として闘技場中央に出現‼山下選手、氷漬けとなったぁぁぁぁぁぁっ!?』

『…解説不能ですね。少なくとも私の知る限りにおいて、人一人をこうまで瞬時に凍結せしめる手段は存在しません』

 

「や、山下さぁーーん!?」

「アカンかなり高位の魔法やで!?」

「きゃあぁ山下先輩!?」

 

傍目にも衝撃的な光景にネギ達からは悲鳴が上がる。

 

「……糞が、負けか山ちゃん………!」

「無茶も無理も承知の上だけどよぉ……呆気無さ過ぎんぞ山下ぁ‼」

「…………いや、待て!」

 

そんな中、大豪院が鋭く上げた声にネギ達のみならず近くの観客までもが何事かと顔を向けて。

 

 

「……審判、見ての通りだ。どう見ても試合続行は不可能だろう?さっさと私の勝ちを宣言しろ………」

 

何処か投げやりな様子のエヴァンジェリンが朝倉にそう言い放つ。が、朝倉は掛けられた言葉に反応せず呆けた様に上を見上げている。

 

「……おい、何を………っ!?」

 

様子がおかしい事を見て取ったエヴァンジェリンが天を振り仰ぎーー

 

「………あ…」

 

ーー朝倉の口から呟きが洩れたその時には、音も無くエヴァンジェリンの背後に山下(・・)が上から落下し、背中合わせに着地をしてみせていた。

 

「な………!?」

「エヴァさん」

 

山下はエヴァンジェリンが振り向き切る前に、背を向けたまま後ろ向きに両腕を繰り出してエヴァンジェリンの頭を両手で掴む。

 

「あんまり舐めるなよ僕のこと」

 

山下はそのまま屈み込むと同時にエヴァンジェリンの頭を肩越しに斜め下方へと思い切り引き下げた。

 

「ゴ……!?」

 

ゴキリ、と、エヴァンジェリンの首が山下の肩を支点にして乾いた音を立ててへし折れ、濁った音がエヴァンジェリンの喉から洩れ出る。山下はそのまま片腕を首に回し、もう片方の腕をエヴァンジェリンの細い片脚へ巻き付けると身体全体を抱え上げ、同時に片足を床へと振り下ろした。

足が踏み下ろされた地点を中心に、闘技場の床が白い()の光に包まれる。山下はその二m四方程の光る床へと、自らも身体毎飛び込もうとするかの様な凄まじい勢いで、エヴァンジェリンを頭から急角度で叩き付けた。

バッシャアン‼と、中身の詰まった重い肉厚の水袋を叩き付けた様な鈍く、重い音が鳴り響き、首がへし折れて支えが無い為に側頭部から斜めに落ちたエヴァンジェリンの頭蓋骨が爆ぜ割れて脳漿が溢れ出る。叩き付けられた衝撃は頭部だけを破壊するに留まらず、折れていた首を蛇腹の如く滅茶苦茶に折り砕きながら胴体へ伝播して両肩の骨とその下の脊髄、肋骨を砕きながらその小柄な体躯を歪に歪めた。

会場の観客達が挙げていた喧騒が潮を引く様に遠ざかり、シン……とした静寂が全体を包み込む。

山下は周りの反応に一切頓着せずに、着ていた上着を脱ぎ取ると高所からの落下死体さながらの様子になっているエヴァンジェリンへそれを投げ掛け、身体を覆い隠した。

 

『あ、あの……山下選手………』

「朝倉、カウント取って。ダウンだよ。大丈夫、エヴァさん立つから」

 

僅かに身体を震わせながら恐る恐る、といった体で問い掛けて来る朝倉に山下はあっけらかんとそう返し、倒れた所に布が被さっている為にで死体が安置されているような状態のエヴァンジェリンへ顔を向けると言い放つ。

 

「立ちなよエヴァさん。再生(・・)、あと十秒以内に出来るでしょ?これで敗けを認める、って言うんならそれでいいけどね」

 

 

「……何を考えてんだあの野郎は………全力で勝ちに行ってるんじゃ無いのかよ………?」

 

篠村は大打撃を与えた一大好機になぜ山下がわざわざ相手を気遣う様な言動をするのか意味不明だった。

 

「……いやな。それに関しちゃまあ、考えてる事は解るんだけどなぁ………」

「どうするんだよ山下、ここから勝ち目はあんのか?」

「……ちょっと待ちなさい、何一つ解らないわ。そもそも首を折った迄はよくないけれどいいとして、あの床を光らせてからの投げ技は何なの!?」

「今は其処は重要ではないと思うが……単純だ、気で床を強化して砕けない様にしてから投げ落とした。前の試合の辻の様に投げ落とされて作ったクレーター。実に凄まじい破壊力を伴っている様に見えるが、その実床は砕ける事によって衝撃エネルギーを吸収してしまっているのだ。マットやトランポリンの様な柔らかい地面で無くとも、衝撃の大きさに耐えられず下が砕けてしまえば、投げ技の威力は半減と迄行かずとも減少する。山下は気で砕けない床を作って衝撃を余す所無くエヴァンジェリン女史へ伝えただけの話だ」

「まあ殺人技だわな、ババアが相手じゃ無きゃやんねえ技だよ山ちゃん」

 

「……なら、なんでそんな決め技放っといて山下はエヴァちゃんに立つ様言うアルか?」

「………恐らくだけれど、ね…………」

 

古が腑に落ちない、といった様子で洩らした言葉に、何処か苦し気に聞こえる声で高畑が答えた。

 

「エヴァは本気を出して、いや出せて(・・・)いない。山下君は全力のエヴァに勝つつもりでいるんだ………」

 

 

『え、エヴァンジェリン選手、カウント八で上着を跳ね除け立ち上がったぁぁぁぁっ‼命が危ぶまれるレベルの怪我に思えましたが………!?』

 

「……何のつもりだ、山下……?」

「決まってる、白黒はっきり着ける為だよエヴァさん」

 

脳漿の一部と粘る血液で斑に染まった金髪を一振りし、静かに問い掛けて来たエヴァンジェリンに、同じくそっと山下は返した。

 

「塩を送ったつもりか?貴様……」

「自分でもう理解(わか)ってるだろエヴァさん。何だよその体たらくは、偉そうに格上宣言しておいてもう何回僕に裏掛かれた?……理由は何でもいい、結局迷ってるだろエヴァさん。動きにも判断にも今一つ切れが無いんだよ」

「…………………………」

 

山下の言葉に、エヴァンジェリンは反論しなかった。

 

 

(はじめ)ちゃんとせったんの場合もそうだけどよ、元々勝った負けたで付き合うか付き合わないか決めるって無理あんだろ。気持ちで何か割り切れねえからそんな話になってんのによ、無理矢理決着付けた所でシコリは残らぁな」

「まぁそういうのは時間が解決してくれる場合もあんだろうけどよ、あの女そこら辺を凄まじく引き摺る性質(タチ)だから此処まで話拗らせてんだろ?明らかにノリ切れてねえ状態で決着つけても、その後円満に行くとは思えねえわな?」

「だから山下は、あの欠片も余裕の無い状態で敢えて喝をエヴァンジェリン女史に入れた訳だ。…気持ちは解る、理解も出来る。が、今のが奥の手ならば勝機は無いぞ………」

 

「…奥の手……そ、そう言えばあの氷漬けの山下先輩は一体………?」

 

大豪院の呟きに、夕映がふと未だに氷に包まれたままのもう一人(・・・・)の山下を見やり、疑問の声を上げる。

 

「あれは身代わりだ。型紙か影分身かは知らんが、あの水煙を目眩ましに上空へ逃れていたのだろう。……成る程確かに百戦錬磨の元賞金首が散漫にして隙だらけな事だ」

「アレは影分身でござるな、拙者がコツを教えたでござるよ。まさかこの短期間で一体といえ創り上げてみせるとは驚きでござるが………」

 

 

「本気で来いよ、エヴァさん。じゃなければこんな茶番に意味は無いだろ!アンタをこの先、引っ張っていけると理解(わか)らせる為に僕は命張ってるんだよ‼何処かで敗けてもいいと思ってんなら、最初(ハナ)から僕の手を取れよ‼……未練が残っているっていうなら、悔いが残らないよう思いっきり来いよ‼」

 

それが出来なきゃ、この場に立つな‼と、山下は嚇怒の咆哮を上げた。

エヴァンジェリンは温厚な山下の現す激情を受けて僅かに目を見開くと、やがて顔を片手で押さえてクツクツと笑い出した。

 

「……やはりお前も馬鹿の仲間だな。…本当に馬鹿だお前は………」

「馬鹿はお互い様だろエヴァさん」

「…一緒にするな、いや、してやるな。お前達の為にな………私は唯、歪んでしまっただけだ…………」

 

覆っていた手を除けたエヴァンジェリンの顔は何かが吹っ切れた様な微笑みを浮かべていて。

 

「後悔するなよ?」

「上等」

 

斑の金糸が風にはためき。

血を吸う鬼は嵐と化した。

 

 

 

縦横無尽に撃ち放たれる魔弾の豪雨、幾重にも折重なり凍氷を撒き散らす氷の爆発、目には映らぬ透明な絶対零度の霧。颶風を纏い振るわれる手足は触れる者全てを薙ぎ裂き、かと思えばその繊手は添えられた次の瞬間優雅とさえ言える技術(わざ)を繰り出す。

 

 

『…エヴァンジェリン選手、大打撃を被った事により箍が外れたか!先程よりも更に勢いを増して山下選手を攻め立てるぅぅぅぅぅっ‼』

『先程までと戦闘法自体は変化(かわ)っていません。違うのは、言わば気迫でしょう。必倒、いや必殺の意志が攻防の一つ一つに表れています』

 

「山下ぁぁぁぁ気張れやぁぁぁっ‼テメエ此処で負けたら一生節目で勝ち切れ無え負け犬だオラァァァァ‼‼」

「山ちゃんオラァ死ぬ気で躱せぇぇぇぇぇ‼態々本気にさせといて負けましたなんつったらお前只の阿呆だ阿呆ぉ‼死ぬまで馬鹿にされたくなきゃ何でもいいから勝てやぁぁぁぁっ‼」

「これがお前にとっての分水嶺だ‼死力を尽くせ、あるか無いかの隙を見極めろ‼勝てねば一生後悔するぞ、一生だ山下ぁぁ‼」

 

「お前等極限状態の人間に重圧(プレッシャー)重ねんな!?こういう時はポジティブな事言ってモチベーション上げさせるもんだろがぁ‼」

「というかあの蝙蝠ババァ魔法の秘匿とか此方側(魔法使い)への配慮を最早欠片も考えておらんな!?」

 

激励しているのか脅迫しているのか解らない中村達の厳しい激に篠村が目を剥いてツッコみ、余りに堂々とした魔法の行使に杜崎が青筋を浮かべて掴んでいる木柵に罅を入れる。

 

「さっきから山下先輩、殆ど反撃出来て無いわよ!?これじゃあ……!」

「あのクソッタレた障壁がある以上山下の兄ちゃんは付け焼き刃除いて真面に攻撃通せんのや‼もう打つ手無いんかい兄ちゃん!?」

「掴まれた時にしか反撃の機会は無い…けれどエヴァンジェリンさんが近接戦闘をするのは決まって魔法で山下さんの体勢を崩して優位に立っている時なんだ!一撃毎の間隔もどんどん狭まっているし、浸け入る隙が無いよ!!」

 

ネギ達が歯噛みして見ている間にも、死角から襲って来た糸に足を取られ、身体の沈んだ山下の横腹にエヴァンジェリンの拳が突き刺さった。観客席にまで届く乾いた枝のへし折れる様な異音と共に山下は血塊を吐き、闘技場の端まで吹き飛んで水面に着水した。

 

 

「オーオー、ゴ主人モ容赦無エナ。イヤ容赦無クサセタ(・・・)ノカ山下ガ。……阿呆ガ、必要ッテモテメエガ負ケチマッタラ意味無エダロガ」

 

闘技場の入場口の壁に凭れ掛かりながら試合の推移を静かに見守っていたチャチャゼロは、山下へ小さく悪態を吐く。

状況は素人目に見ても、最早山下に勝ち目がある様には見えない。意地を貫いて山下が倒れた所でエヴァンジェリンは辻のように絆されたりはしないとチャチャゼロは自信を持って言える以上、山下が勝たねば話は終わりなのだ。

 

……オ前ナラ、ト思ッテタケドナ。ヤッパ無理ガアル、カ…………

 

チャチャゼロは小さくかぶりを振って吐けもしない溜息でも出た様な鬱屈とした気分を追い払う。

 

「ヤレヤレ、妹共ニハコノ分ダト良イ報告ハ……………ア……?」

 

そこまでを呟いて、ふとチャチャゼロは動きを止めた。

そう……。

 

 

「………(茶々丸)ハソウイヤ何処ニ居ッテヤガル…………?」

 

 

 

「最終調整完了、何時でも撃て(・・)ますよ茶々丸さん」

「ありがとうございます」

 

ヘルメットに白衣姿の研究員らしき男の言葉に、絡繰 茶々丸は一礼して手に持つパソコンの端末部に己の首元から伸長したケーブルを突き刺さした。

龍宮神社から北東に役2.5kmの草原にそれは設置されていた。

それは一見巨大なクレーン車に似ている。しかし、天高く聳えている機械の巨腕は起重機(クレーン)とは異なる蛇腹の様な何節もの関節を持ち、先端にはフックの代わりに外から内に掛けてサイズの異なる金属の爪が幾何学模様の花柄の如く生え揃っていた。

 

「……しっかしこんな実用性皆無のアホ兵器、よく取ってありましたねウチ」

「温故知新、麻帆良の最新化学技術で古代兵器を作ろう!……だっけな。因みにこの機械制御式投石機(カタパルト)のスペックは最大射程7km、有効射程がその半分位(3.5km)。投擲精度は有効射程内ならば誤差50cm以内でピンポン球から直径10m超のウニみてえな形した鉄塊までを形状、重量を問わずに精密射撃……っていうか投擲か?が可能だとさ。ああ、因みに最大射程やら何やらは飛ばす事の出来るmaximumの重量での話だそうだ」

 

二人の研究員らしき男達が呆れた表情で、四方にパイルを打ち込んで地面に固定されている牽引車両一体型投石機(カタパルト)の巨体を見上げる。

 

「トン単位の重量物をどうやってキロ単位で飛ばすんですか?」

「電磁加速関連の技術が密接に関わってるらしいが専門分野外だ、よく解らん。それより俺は何だってあんな馬鹿デカいガラクタを建物に向かって投擲するのかが気になってしょうがないんだが……ああ、始まるみたいだな」

 

男の言葉の途中で、低く重い起動音と共に倒れ込み、機械の爪で投擲物を確保(ホールド)した。巨大なアームはゆっくりと後方へ倒れ込み、幾重もの関節を折り曲げた、人の身体に例えるならばブリッジでもしている様な形状で先端が地面に付く。

 

「間も無く指定された時刻を迎えます。対象を投擲した後は速やかな撤収をお願いいたします」

 

唸る様な機械音と共に細かい振動が軽く地面を揺るがす中、茶々丸の平坦な声が周りの作業員達に届く。

 

「了解です、茶々丸さん!……所でこんなものを撃ち込むなんてどういったイベントですか?神社(・・)ですよ彼処」

 

バチが当たらないですかね?と冗談めかして言って来る作業員の一人に茶々丸は顔を向け、平然と言い放った。

 

「奇襲及び援護を目的とした支援行為です。私のマスターの人生が懸かった一大事ですので、苦情や二次被害に於ける対応及び損害賠償は後程受け付けます」

 

「「「「……え…………?」」」」

 

その不穏な台詞に、作業員達は一拍遅れて乾いた声を洩らす。

 

「投擲時刻まで十五秒前、衝撃波発生の恐れがある為、皆様退避をお願いします」

 

茶々丸は端末を介して気候状況の微細な変化に合わせて投擲角度を微調整しつつ呼び掛ける。

 

「…いやいや待った、待って茶々丸さん…………」

「まさかこれって……」

「許可取って無いんですかぁ!?」

 

「謝罪は後程致します……主犯の方と共に。皆様、重ねて申し上げますが退避を」

「だあぁぁぁぁもぉぉぉぉぉぉっ!?」

 

抗議の叫び声を上げつつも蜘蛛の子を散らすように逃げ出した作業員達を余所に、茶々丸は淡々と作業を進める。

 

「秒読みを開始…3.2.1……発射(ファイヤ)

 

一際高い機械の唸り声が響いたその瞬間。風船の割れる音を数千倍にした様な甲高い音が周囲を襲い、視認不可能な速度で撃ち出された物体(・・)は空の彼方へ小さい影と成り果てた。

 

 

「……御武運を。貴方様の勝利を願います……山下様(・・・)

 

 

 

「……‼…っしゃ来たぁぁぁぁっ‼‼」

 

氷の爆風に呑まれつつ、山下は空を仰いで歓喜(・・)の叫びを上げた。

 

「………あぁ……?…………っ!?」

 

叫んだ直後に跳躍し、更に虚空瞬動で空へ昇る山下に、エヴァンジェリンは疑念の声を上げた直後。目を見開き驚愕の呻きを洩らす。

 

『こ、これはぁぁぁぁぁぁっ!?何か巨大な物体が、闘技場に……!?』

 

急速に斜め上方から降って来た(・・・・・)それは、鉄骨や金属球、種類の判別出来ない機械の部品からボルトや薬缶に至る迄、あらゆる金属が滅茶苦茶に溶接された10m近い歪な球体だった。

山下は高速で落下して来る巨大な鉄塊に取り付き、身体全体を一回転させる様に激しく身を振りたくると同時に虚空瞬動の応用で宙を踏み締めた。超重量の鉄塊には撃ち出された速度に重力加速度迄もが加わって凄まじい運動エネルギーを有している。

その落下位置に干渉しようとする山下の全身は激痛(いた)みと共に悲鳴を上げた。筋肉の幾つかが断裂し、何処かの骨が外れる乾いた音を山下は激痛に霞む思考の中知覚する。エヴァンジェリンからこれ迄に受けたダメージも相まって身体がそろそろ限界に近い事を山下は否が応でも自覚させられた。

だが、それでも。

 

飛竜(ドラゴン)投げといてコレが投げられない、道理があるかあぁぁぁぁぁぁっ‼‼」

 

咆哮(さけ)びと共に山下は闘技場の中央に向けて落下しようとしていた鉄塊の落下角度を、約5.2°という数字で表せば極小さい範囲でズラした。 しかし、それによってもたらされる結果は凄まじいものとなった。

高位魔法使い(ハイマジックユーザー)の多重魔法障壁を打ち破る最も単純な方法の一つは、大質量による純粋物理打撃である。

 

「こ、の馬鹿、がぁぁぁ……っ‼‼」

 

軋みを上げて破砕されて行く己の物理障壁を目前に、エヴァンジェリンは驚愕と怨嗟の呻きを洩らす。

 

『え、エヴァンジェリン選手、山下選手により空から降って来た鉄塊を投げ付けられ、え、耐えてる!?っていうかこれ大丈夫なのちょっとぉぉぉ!?!?』

『ルール上は刃物じゃ無いから問題無いかな?どちらかというと鈍器だろうしこれ。…まあ空から大質量物体持ち込んではいけませんなんてルールが無いのは、そんな馬鹿な真似誰もしないという前提あっての事ですが。ともあれ朝倉、逃げろ。観客の皆様も一時退避をーー』

 

「言われんでも逃げるわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

喧囂のいっそ狂気を感じるこんな状況でも冷静な解説に全力で闘技場から遠ざかろうとしている最中の観客の一人が叫び返す。

 

津波が来る前に引いた海面の如く周りに人の消え失せた闘技場の端に次の瞬間鉄塊が突き刺さり、隕石が衝突したかの様な凄まじい衝撃が龍宮神社全域を揺るがした。

 

 

「…あんまりウチ(龍宮神社)の敷地にダメージを与えないで欲しいものだけどね、前の試合の刹那といい………」

 

観客席の後列で椅子の後ろに伏せて衝撃と水飛沫をやり過ごした真名は苦笑しながら身体を起こした。

闘技場は鉄塊の炸裂した片側が完全に地盤毎砕け割れ、原型を留める面積が三分の一程度しか残っていないという燦々たる有様だった。

 

『朝倉ー、生きてるかー?』

『……生きてますよ!っていうか殺す気か!?咄嗟に鉄塊が落ちて来るのと反対側の水堀に飛び込まなきゃ死んでたでしょ私!?』

 

もぬけの空となり、衝撃波で半ば砕け、水浸しになった解説席に堂々と鎮座したままの喧囂は、ずぶ濡れのまま朝倉に呼び掛ける。それに対して朝倉は、水堀の中から上体を引き上げつつ半ばヤケクソ気味に応答した。

 

『まあさて置き実況だ朝倉。山下選手、エヴァンジェリン選手に組み敷かれています。奇想天外な手段を用いて勝負に出た山下選手でしたが、これは決着となるでしょうか……』

『……え?ちょっと待って!?何時の間にそんなことになってるの!?』

 

随分と小さくなった闘技場にて、山下は首を両手で、左肩を両脚でエヴァンジェリンに極められた状態で床に倒れ伏していた。

 

 

 

時間はエヴァンジェリンが鉄塊を障壁で受け止めていた時分まで遡る。

 

「こ………のぉっ‼‼」

 

エヴァンジェリンは咄嗟に魔力を込め直し己の障壁を強化したが、初めから最大規模の物理障壁を展開していたなら兎も角、後付けの強化では破られると瞬時に悟った。

故にエヴァンジェリンは砕ける障壁をそのままに、素早く鉄塊の落下範囲から逃れに掛かる。瞬動で横っ飛びに飛び離れ、抑えを失った鉄塊が闘技場の床に衝突したその瞬間。

空から山下が逆落としにエヴァンジェリンへ襲い掛かった。

 

「読んでいないとでも、思ったかぁ‼」

 

しかしエヴァンジェリンはその奇襲を看過していた。確かに大質量での純粋物理攻撃は自分の障壁を砕き、ダメージを与えるに値する一撃ではあるが、エヴァンジェリンは単純な物理攻撃では全身を破砕された所で数秒あれば再生する不死者(イモータル)である。故に質量攻撃が有効打に成り得ても決定打とならないであろう事を理解している山下が何故それを行ったかと言えば、答えは単純である。

 

……私の障壁が邪魔だから、だろう…………!?

 

山下はエヴァンジェリンの障壁を砕くためだけ(・・)にこの一撃を放った。と、エヴァンジェリンは読み取っていた。故に障壁が砕け失せたこの一瞬に山下は必ず仕掛けて来ると、エヴァンジェリンは警戒を切らなかったのであった。

 

「……っ‼」

「残念だったな、山下ぁ‼」

 

目線が合い、顔を歪める山下に叫ぶ様に言葉を叩き付け、エヴァンジェリンは瞬時に展開した氷爆(ニウィス カースス)を放つと同時に糸を操り、例え虚空瞬動を用いても逃れられぬ様四方八方から山下を捕縛しに掛かった。

魔法と糸、二重の包囲網に対して好機から一転、詰んだ状況と成り果てた筈の山下は。

何故か懐に手を入れながら、エヴァンジェリンに対して笑みを向けた。

 

「…………っっ!?」

 

まるで立場が逆転したかの様なその笑みに、理由も理解(わか)らずエヴァンジェリンの背中が総毛立った。そうして氷の爆発と糸の檻が山下を捉えるその寸前。

山下の身体が、まるで霞の様に掻き消え、エヴァンジェリンの全ての迎撃は空を切った。

 

「……な…………!?……っくうっ‼‼」

 

あり得ないその事実に刹那の間呆けたエヴァンジェリンは、落下した鉄塊が闘技場を破砕する地震の様な衝撃にたたらを踏む。

そうして体勢を完全に崩したエヴァンジェリンの背後に、山下は出現(・・)した。

 

「……っ、らあぁぁぁぁぁぁっ‼‼」

「が、アァァァッ!?」

 

山下の渾身の気を込めた抜き手の一撃が、エヴァンジェリンの背を突き破り、心臓に突き刺さる。完全に知覚外からの不意打ちにエヴァンジェリンが血塊を吐き散らしながら仰け反る中、貫いた抜き手にてそのまま身体の内側を掴み取った山下はその身体を担ぎ上げ、逆落としにエヴァンジェリンの身体を地面へと叩き付けた。

 

「グ……ッ!?」

 

後頭部から床に叩き付けられ、首の骨をへし折りつつ脳挫傷を起こしたエヴァンジェリンがくぐもった声で呻く中、山下はエヴァンジェリンの関節(・・)を極めに掛かる。

エヴァンジェリンは真祖の吸血鬼であり、関節や骨を外した所でへし折った所で立ち所に再生する、そんなことは山下は百も承知の上である。

 

……それでも、もうこれ以外に僕に勝つ方法は無い…………‼

 

エヴァンジェリンは身体が動く内に敗けを認める事は絶対に無い。ならばエヴァンジェリンに勝つには戦闘不能に追い込むしか無いが、例え全身を潰そうと再生するエヴァンジェリン。物理的なダメージで倒し切るだけの火力は山下には無い。

故に、山下はエヴァンジェリンにどう反撃されようと関節を極めた状態でダウン状態を取り続け、審判のカウント10による判定勝ちに望みを賭けた。

 

……これで貴女が納得するかは判らない、勝ち切れるかどうかすらも‼…それでも、これが僕の精一杯だ、エヴァさん………‼

 

山下は投げられた後に仰向けに崩れたエヴァンジェリンの右腕と首を抱え込む様に捻り上げ、逆手で両足を外側から絡めて固定しながら覆い被さる、所謂縦四方固の様な体勢を取りに掛かった。

 

「オ、ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ァァッッ!!!!」

 

しかし、極めが完成する間際に喉が破けて血が滲む程の凄まじい絶叫を上げたエヴァンジェリンが唯一無事な左腕を振り上げ、山下の顎部を横合いから殴り付けた。

 

「が、ぐ……ぅっ!!」

 

しかし山下も、この機会を逃せば勝ちの目が無い事を理解している決死の身である。揺れる視界の中、力が抜けそうになる両手を初めとした身体全体に喝を入れ、力付くで極めに掛かる。

 

「…っ!!、氷爆(ニウィス カースス)!!」

 

しかし、エヴァンジェリンの動きは山下に輪を掛けて強引だった。己が傷付くのも構わずに魔法を連続で唱え、掴まれた片腕に負荷が掛かって骨が折れるにも頓着せずに全力で山下を撥ね退けようと藻搔いた。

 

「ぐ、ぁぁっ!?」

 

脇腹にエヴァンジェリンの鋭い爪が突き刺さった直後に氷爆(ニウィス カースス)の爆風が頭部を直撃し、山下の意志とは無関係にその腕から力が一瞬抜ける。

 

「ガァァァァァァァァァッ!!!!」

「ぐっ……!?」

 

エヴァンジェリンはその機を逃さずに両手足を撥ね上げて山下の上体を弾き飛ばし、獣の様に俊敏な動作で跳ね起きると膝立ちに近い体勢で仰け反る山下へ掴み掛かり、首投げの要領で山下を地面に叩き付けた。

残った闘技場の床に亀裂が走る程の勢いで叩き付けられ、山下の肩甲骨と肋の数本に罅が入る。肺の中の空気を吐き出して悶絶する山下の首をエヴァンジェリンはそのまま捩り上げ、左腕に両足を絡めて身体を旋回、山下を俯せに引き倒すと同時に首と肩を極め、闘技場の床に腰を着けたのだ。

 

エヴァンジェリンの動作には余裕の欠片も無く、それは山下の猛攻に紛れもなくエヴァンジェリンが追い詰められていた事を示していた。

しかし、結果的には山下の渾身の一手はエヴァンジェリンを詰み切るに至らず終わりを告げた。

 

 

 

「……あと、もう少しで…………!!」

「…………無念だけど、これは終わり(・・・)だ……………糞っ…!!」

 

医務室のベッドの上でそれぞれ半身を起こしてモニターで試合を見守っていた辻と刹那は、唇を噛み締めながら言葉を絞り出した。

 

「……で、でも、山下先輩空から落ちて来た時に、瞬間移動みたいな事してたんやし、これも…………!」

「無理です、お嬢様……!エヴァンジェリンさんの攻撃を躱して山下先輩が背後に移動した際に、札の様なものを捨てるのが見えました。…恐らくあれは転移魔法符(・・・・・)です。どこのツテを頼って手に入れたかは解りませんが、稀少性が高く高価な代物です。乱用せずにあの場面で漸く使ったという事は、一枚きりの切り札だったのでしょう…………!」

 

刹那の傍らで椅子に座っていた木乃香が両の拳を握り締めながら希望を唱えるが、刹那がそれを苦し気に否定する。

 

「あの体勢で下手に動けば死ぬ。……言いたくは、無いが………………っ!!」

「そんな…………!」

 

血が滲む程に唇を噛み締めながらの辻が発した、山下の敗北宣言に、 木乃香は悲痛な声を上げた。

 

 

 

「……っ!!山ちゃん逃げろぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」

「無茶言うな!!首が極められてんだぞ!?」

「藻搔けば藻搔く程首が締まり、終いには頸椎がへし折れる!……勝負、ありだ…………!!」

 

「そ、そんなぁ…………!!」

「や、山下先輩!!」

 

選手席、観客席でも辻の見立てと同様であった。明日菜達はこぞって山下へ声を上げるが、最早決着が着いたのは誰の目にも明らかだった。

 

そう、唯一組伏せられた当の山下を除いては。

 

 

『こ、これは完全に極っている様です!空から鉄塊が落ちた後の一瞬で凄まじい密度の攻防があった模様です!!』

『空白の攻防が知りたい方は試合終了後に再現映像を御覧下さい。山下選手は動けませんね、動けば首の骨が折れます。といって動かず耐えても絞められれば意識が落ちますね。これは決着でしょう』

 

「……解説の男の、言う通り、だ……!…お前は、手足の一本程度をへし折った位では、続けようとするだろうから、な…………!これで、終りだ山下ぁ………………!!」

 

一部の隙も無く極めた山下の頸部へじわじわと力を込めながら、抱え込む様になっている山下の頭へエヴァンジェリンは荒い息のまま囁いた。これで山下が降伏せずとも、エヴァンジェリンの腕は頸動脈をも締め上げに掛かっている。あと数秒あれば、朝倉が始めたカウントが10を数えるよりも早く、山下は意識を手放すだろう。

 

「……、…………なよ……」

「…何だ?」

「舐めんなよ、って言ったんだよ!!」

 

だから(・・・)山下は意識が落ちる前に渾身の力を全身に込めて動き出した。脚で極められていた左腕が一瞬で嫌な音を立てて肘関節からへし折れ、ミキミキと頸部から軋みを上げさせながら、山下は無理矢理上体を起こす。

 

「お"あ"あ"あ"あ"ぁぁっ!!!!」

「っ!?……こ、の、馬鹿がぁっ!?」

 

危険な角度に曲がった山下の首を抱えたまま、その首だけに全体重を支えられ宙に吊り上げられたエヴァンジェリンは文字通りの自殺行為に及んでいる山下を一喝した。反射的に緩めそうになる腕の力を込め直し、エヴァンジェリンは一層肘の内側を絞り上げた。

山下がこのような無茶をするのは、エヴァンジェリンが山下を殺したり再起不能な怪我を負わせて迄勝とうとはしていない事を見抜かれているからだ、とエヴァンジェリンは判断した。

下手をすれば死んでしまいかねない状況で動き、エヴァンジェリンに極めを解かせて反撃に出る。山下の考えをその様に判断したエヴァンジェリンは、山下を死なせない為、されど反撃の隙を与えもさせない為に、その体勢のままでの決着を急いだ。頸動脈を締めて血流を止めきり、意識を奪い取る。既に締めがはっきりと入っている現状、あと数秒で山下は落ちる為である。

しかし、エヴァンジェリンは山下の覚悟を読み誤っていた。彼は試合前に中村へ告げた言葉の通り、文字通りの死ぬ気(・・・)で最後の反撃に出ていたのであった。

 

ゴキリ、と。乾いた音が鳴り響いた。

 

山下が首を抱えたエヴァンジェリンの身体に手を回し、自分の首に掛かる負荷を一切気にせずにエヴァンジェリンを引き剥がした結果、山下の首の骨がへし折れた音だった。

 

「な…………あ、あぁっ!?!?」

 

エヴァンジェリンは目を見開き、愕然と首がほぼ直角に折れ曲がった虚ろな瞳の山下を凝視する。その瞬間のエヴァンジェリンは茫然自失という言葉が相応しい様子で、山下の腕の中で何をする事も無く、ただ身体を小さく震わせた。

 

「っっ!!山ちゃん!!!!」

「おい山下ぁっ!?」

「山下……愚蠢(ユイチュン)が!!」

「あの、馬鹿が…!!」

 

「っ、きゃあぁぁぁぁぁぁっ!?!?」

『……!救急車、早く!!試合終りょ…』

 

何処をどう見ても致命傷の山下に、中村達は絶叫し、戻り始めていた観客達の間から悲鳴と怒号が響き渡る。

しかし、山下の状態を見た朝倉が顔色を蒼白に変えながらもスタッフに指示を出し、試合を終わらせようとした、その時。

 

そのまま崩折れるかと思われた山下の身体が動作に一切の遅滞無く閃き、エヴァンジェリンの右腕を掴むと同時に脇固めの要領で腕をへし折りながら、エヴァンジェリンを闘技場の床に押し潰した。

 

「が、ぁぁぁぁっ!?!?」

 

顔面から床に叩き落とされたエヴァンジェリンは、しかし反撃に移る事も極めを外そうと藻搔く事もせず、ただ訳が解らないといった様子で首を捻じ曲げて山下を呆然と見上げる。首が横を向いたままの山下はそんな呆けるエヴァンジェリンの様子に一切構わず、へし折った右腕を左脚でフックして折れた状態のまま固定し、無事な右腕を伸ばしてエヴァンジェリンの左腕を後ろ手に捩り上げ、容赦無く関節を外す。同時に右脚を首に巻き付けながら跪く様な体勢で腰を降ろした山下は、ものの二秒も掛からずにエヴァンジェリンの動きを完全に封じた。

 

「ふ…ヴッ!!ゴ、ガハッッ!!!!」

 

息を吐こうとして激しく咳き込み、赤黒い血塊を縦向きになった口から吐き出す山下。グラリと傾ぎ掛けた身体全体を半ば落ちる様に向け直した山下は、首と頭に淡く光る気を纏わせると同時に肩を怒らせて、これ以上頸部が曲がらない様に固定した。

 

「…あ"…っヴンッ!……朝、倉……カウント、頼む、よ…………!!」

「……っちょ、先輩!?」

 

そして山下から掛けられたまさかの言葉に、朝倉はマイクを通しての実況も忘れて叫び返す。

 

「そんなこと言ってる場合じゃ……!首、首の骨折れて「朝倉!!」…っ!?」

 

狼狽する朝倉の言葉は、山下の一喝に遮られた。

 

「後生だ、頼むよ」

「っっ~~~!!この、馬鹿男は…………っ!!!!」

 

朝倉は目尻に浮かんだ涙を乱暴に拭い取り、マイクを通してあらん限りの大音量でカウントを開始した。

 

『ワーン!!、トゥー!!』

『…審判のカウントが開始されました。まさかの捨て身行為で首の骨を自らへし折ってまで山下選手がエヴァンジェリンを極め切りました。このまま10カウントを向かえられれば山下選手は勝利します!』

 

喧囂の解説から告げられた、山下の文字通り決死の覚悟で勝機を引き寄せてみせた勝利への執念に、観客から幾重ものどよめきが上がった後、爆発した様な歓声と声援が山下に向けられた。

 

「山下ぁぁぁぁっ!!死んでも放すなぁぁぁぁぁ!!」

「これ逃したら終わりだぞぉぉぉぉぉ!!」

「ちょっと、マジでヤバいってアレ!?」

「五月蝿え黙ってろ!!ここで止めてみろ、俺がてめえをぶち殺すぞ!?」

 

 

「おい、幾らなんでもよぉ!!」

「止めに入んな、止めたら俺等がぶち殺して、その後復活した山ちゃんがお前を殺すぞ」

 

そして、選手席では腰を上げかけた篠村達や杜崎に高畑、ネギ達の前に中村、豪徳寺、大豪院が立ち塞がって動きを封じていた。

 

「豪徳寺……」

「豪徳寺君!」

「口を利く気は無え、行きたきゃ俺を潰してから行け」

 

「大豪院さん!!」

「ポチの兄ちゃん!なんぼなんでもあれはヤバいわ!治療始めんと後遺症残るか、下手すりゃ死ぬで!?」

「奴は覚悟の上だろう」

 

「あと、少しなんだ…………!!」

 

中村は血の滲む拳を前に突き付け、泣きそうに歪んだ顔で、全体に言い放った。

 

「俺等の親友(ダチ)の本懐だ!!邪魔する奴は許さねえぞ!!!!」

 

 

 

「……貴様、どういう原理で生きている!?」

「小技と、後は根性、だねぇ……!頸骨が完全に、折れる前に頸椎を外しちゃえば、神経系が断裂する迄の骨折には、行き難いものさ……ゲホッ!!…………まあ確証は無かったし、普通に致命傷、だけどねぇ…………!!」

 

進むカウントに漸く我に返ったエヴァンジェリンは、射殺す様な苛烈な視線を無理矢理首を捻じ曲げて山下に向けるが、山下はどこ吹く風とばかりに殺気立ったそれを受け流し、顔色を徐々に蒼黒く染め始めながらも飄々と答える。

 

「馬鹿な!死ぬぞ山下ぁ!?」

「言ってなかったかな?…死ぬ気(・・・)で勝ちに来たんだよ、僕はぁっ!!」

 

口端から、全身の裂傷や貫通痕から止めどなく血を零しながらも山下は最後の力を振り絞って全身を気で強化し、改めてエヴァンジェリンの全身を極め直す。

 

『シーックス!!』

 

「勝たせて貰う、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル!!」

「やら、せるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」

 

朝倉のカウントが進み、決意の宣言を告げた山下に対して、エヴァンジェリンは追い詰められた獣の咆哮の如く、絶叫にも似た声を上げた。

 

轟音が多重化して重なり、闘技場に氷の嵐が吹き荒れた。情け容赦の欠片も無く打ち付けられた氷片と爆風に、山下は血反吐を洩らすが、腕を、脚を。放さない。

 

『ッ!…エーイト!!』

 

「あ"あああああああああっっ!!!!」

 

エヴァンジェリンの絶叫と共に、空に大小様々な鋭い刃を供えた美麗な氷の槍が出現(あら)われる。質量と速度で敵を貫く魔法、氷槍弾雨(ヤクラーティオー グランディニス)だ。

 

「…殺すぞ」

「やるなら殺れよ」

「脅しと思うか?」

「そうまでして拒むなら、しょうがないさ。……貴女に殺されるなら、悪くは無いよ」

「………、馬鹿が」

 

『ナイン!!』

『上空に槍の群れが……!?』

 

朝倉のカウントと喧囂の声が響くと同時に、氷の槍が驟雨の如く山下とエヴァンジェリンに降り注いだ。

 

 

『っっ……!!…テン!!エヴァンジェリン選手、10カウントダウンです!!』

『……これは…………!』

 

爆発した様に木切れと粉塵が舞い上がる、最早残骸と表現するのが相応しい闘技場。その中央では、朝倉によって10カウントが告げられたその瞬間まで、山下はエヴァンジェリンを押さえ込み続けていた。

 

そして、降り注いだ氷の槍達は全て、山下の全身を掠める様にしてギリギリの所でその身体を貫いてはいなかった。

 

「……僕の、勝ちだ……ね?エヴァさん…………?」

「………………ああ、お前の勝ちだ、山下」

 

山下の問い掛けに、エヴァンジェリンは顔を伏せたまま静かにそう、肯定した。

 

「そ…っか…………ははっ!、やっ…た………………!!」

「山下!!」

 

エヴァンジェリンの言葉を聞き届けて破顔一笑した山下は、唐突に電池の切れた人形の如く崩折れ、跳ね起きたエヴァンジェリンに支えられた。

 

「審判!!私の敗けだ、そう宣言しておけ!!」

 

言うが早いか、足元の影に干渉して転移門(ゲート)を繋げたエヴァンジェリンは、山下を丁重に抱き抱えたまま沈み込んで消え去った。

 

『……え、ええ~と…………!!…ああもう!!まほら武道会第二試合は、山下選手の勝利です!!尚、山下選手は試合中に負った負傷が命に関わる重傷である為に、対戦者であるエヴァンジェリン選手が手づから医務室へ運び出しました!!』

 

ドヨドヨと急激な幕切れにどよめく観客達を纏めに掛かる朝倉を余所に、中村はネギ達の方を振り向くと逼迫した表情て言い放った。

 

「俺等も行くぞ!!」

 

 

 

 

 

 

「……ドーダヨ、ゴ主人?」

「最悪だ…………」

 

医務室で辻を飛び越して刹那の隣に寝かせられた意識の無い山下をサイドテーブルに立って除き込みながらチャチャゼロが発した問いに、エヴァンジェリンは片手で顔を覆い隠しながら呻く様に答えた。

 

「私の追撃で脊椎の神経系が損傷していたらしい。傷自体は魔法で癒せるが……」

「神経系は極めて繊細な器官だ。魔法で寸分の違い無く復元しても当人は動作に違和感を感じる事例が極めて多い」

 

エヴァンジェリンの言葉を部屋の隅で渋面を浮かべて仁王立ちしていた杜崎が引き継ぐ。

 

「ましてや山下の場合は脊椎だ。最悪傷を癒しても初めは真面に歩けるかどうかすら怪しいぞ」

 

「そんな……そんなのって無いですよ…………!」

「……ネギ…………」

「ネギ、せんせー……」

 

信じたくないとばかりに頭を振って呟く様に言葉を洩らすネギ。その悲痛な表情に、明日菜やのどかも掛ける言葉が見つからずに口篭もる。

 

「嘆くなネギ。今後どうなるにしろ、一番辛い思いをするのは山下だ」

「山下は覚悟の上でこうなったんだぜ。あの状況で、あの怪我で。…きっちり根性貫いて勝ってみせた山下の事を、嘆くよりは誇ってやれよ」

「そーそー、案外楽隠居してこっちの見た目ロリとイチャイチャして過ごすかもしれねんだからよ?周りで勝手にカワイソーな奴扱いすんのは止めようや」

 

しかし、ネギのみならず部屋に居る大半の人間が発している沈んだ暗い空気に対して中村達が待ったを掛けた。

 

「……こうして五体満足で成し遂げた(・・・・・)私が言うのは何ですが、山下先輩には悔いは無いと思います……自分の想いを、押し通せましたから……」

「……せっちゃん…………」

「…へし折れて絆された側としては複雑だけど、これで良かったんだと思うよ、俺は。山ちゃんは、勝てなかったら立ち直れなかったかもしれないから……」

 

「…皆さん…………」

「そうや、まだ何がどう決まった訳でも無いんやから勝手に暗くなるんはようないで、ネギ!」

 

辻と刹那の同意の言葉に、ネギは顔を上げ、小太郎が背中を叩きながら励ます。

 

「……よく言うぜ、親友がこんなになって最もへこんでんのは自分達だろうによ…………」

「篠村、こればかりは私でも解るわ。無粋なことを言うのは止めなさい」

「そ、そうですよお兄様!」

 

「それで、どうするんだいエヴァ?」

 

中村達を半眼で見やりながらポツリと呟きを洩らした篠村が、高音と愛衣に総スカンを食らう中、高畑が穏やかな声音で黙りこくるエヴァンジェリンに尋ねた。

 

「……それを貴様に告げる義理があるのか、タカミチ?」

 

エヴァンジェリンはしかめ面で振り向き、冷たくそう返すが、高畑は怯まず言葉を続ける。

 

「いいや?僕等に首を突っ込む権限は無いだろうとは思うよ、馬に蹴られて死にたくは無いしね。……でも、山下君がこんなになってまで身体を張って勝利を勝ち取ったんだ。せめて人生の先達としては、若人の頑張りが実を結んだのかどうかをはっきりさせてやりたいんだけどね?」

 

実際君はどうなんだい?と、高畑は問い掛ける。

 

「口先だけじゃ無く山下君は命を賭けて君に誠意を見せたと僕は思うよ。……君が引き摺っているしがらみを僕は知っているつもりだ、山下君に応えなかったとしても責めるつもりは無い。ただ、山下君にこれ以上は無いよ、エヴァ。今回の結果を踏まえて、答えを出してやってほしい」

 

真剣な表情でそう告げる高畑に、エヴァンジェリンは自ら俯いて視線を切り、何やら思案を始めた。

 

「……オイゴラロリババア、まさかここまでやらせといてやっぱ断るとか巫山戯た事ぬかさねえだろうな?あぁ!?」

「凄むな阿呆。…とはいえ俺も気持ちは同じだぜ、こいつのこれで駄目だってなら、あんたの眼鏡に叶う漢なんざこの星の何処にも居やしねえよ」

 

「……………………私は………………」

 

中村と豪徳寺の促しに、エヴァンジェリンが何事かを告げようとしたその瞬間。

 

 

「マスター、失礼します」

 

軽いノックの後に試合中山下へのアシストを行った張本人、絡繰 茶々丸が一礼と共にドアを開けて現れた。

 

「……茶々丸、お前山下に手を貸したな?」

「はい、マスター。真に勝手ながら、山下先輩をマスターの伴侶とする事がマスターの今後に対して最も有益であるとの判断により、山下先輩の支援を行いました。勝手な判断によりマスターをご不快に思わせたならば深く謝罪致します」

 

エヴァンジェリンの問いに淡々と答え、深々と頭を下げる茶々丸を、エヴァンジェリンは手で制して止めさせた。

 

「いや、いい。私は今回の一件に対してどういう指示もお前に下さなかったからな。…それが、お前の判断ならば、それでいい………」

「ありがとうございます、マスター。……時に、山下様は現在意識を失っているのでしょうか?」

 

茶々丸の問いに皆は首を傾げるが、物怖じしない古が真っ先に立ち直り、質問に答えた。

 

「そうアル。負傷による衰弱が激しいから体力回復の為に一旦眠らせてるらしいアルよ。…でもそれがどうしたアルか、茶々丸?」

「はい、こちらの手紙を提出すべきか否かの判断において山下先輩の意識の有無を確認する事が必須であった為です。マスター」

 

茶々丸は懐から一通の便箋を取り出してエヴァンジェリンに差し出した。

 

「山下様より、試合の結果自らが植物状態、昏睡状態に陥っていた場合にのみ、私からマスターへお渡しする様頼まれました」

「………何?…………」

 

思わぬ展開にザワつく部屋の人間を余所に、エヴァンジェリンは躊躇いがちに手を彷徨わせたが、やがて意を決して茶々丸から手紙を受け取り、開封する。

 

「何ガ書イテアンダ、ゴ主人?」

「ひっつくなバカ人形……」

 

肩上に飛び付いて来るチャチャゼロを鬱陶し気に押し戻しながらエヴァンジェリンは手紙に目を通して。

 

「………………は、はは。はははははははははははは‼︎‼︎」

「クケケケケケケケケケケケケ‼︎‼︎」

 

始めに呆然と目を見開いたエヴァンジェリンは二度、三度と手紙の文章を見直し、やがてクツクツと笑声を洩らし始めると、たちまちの内に箍が外れた様な大笑いに変わった。隣ではチャチャゼロが同じく腹を抱えて笑っている。茶々丸はといえば、そんな一人と一体を無表情ながら何処か慈愛に満ちた雰囲気で見守っていた。

 

「……お〜いエバーちゃんよ、バカ笑いしてねえで俺らにも内容教えてくんね?山ちゃんアンタに何伝えたのよ?」

 

暫くその異様な風景を黙って見ていた一同だが、軈て室内の人間を代表する様に中村がエヴァンジェリンへと尋ね掛ける。

 

「くくくく……‼︎……ああ、大した事では無いさ。キザに永遠(・・)の愛を誓われただけの話だ」

「ソウイウコッタナ、ケケケケ……ソレデ、ドウナンダゴ主人?」

「ふ……そうだな………」

 

エヴァンジェリンは何処か吹っ切れた様な明るい笑みを浮かべながら言い放った。

 

「そうだな、受け入れよう。元より私などには勿体無い話だったのだ。誰に無様と笑われようと、後に惰弱と蔑まれようと。受け入れてやりたい、いや、受け入れたい。……場の勢いに流されている感があるのは否定せんが、そんな気持ちだ。文字通り命を賭けて、此処まで一途に想われては確かに絆されもするものだなぁ?」

 

エヴァンジェリンは晴れやかな笑顔のまま一同に向き直り、堂々と宣言した。

 

「お前達、私は山下 慶一を残りの永き化生の生への侶伴として共に歩んで行く事を、今此処で誓おう。貴様等が生き証人だ、よく心に刻んでおけ」

 

「……お、おう、そうかよ………」

「……まあ、おめでとうと言うべきか………?」

 

余りの豹変振りを見せた妙に機嫌の良さそうなエヴァンジェリンの得も知れぬ迫力に一同は気圧されながらも、反対意見を述べるものはいなかった。

 

「そうかそうか。……時にお前達、すまんが少々席を外してくれんか?一つこの馬鹿の頑張りに報いてやりたいのだが、余人の目や耳にいれたくは無いのだよ」

 

皆の反応を機嫌良さ気に頷きなかわら見ていたエヴァンジェリンは、出し抜けにそんなことを言い出す。

 

「……いや本格的にどうしたよアンタ?頭叩き付けられすぎて脳味噌どっかイカれたんじゃ無えの?」

「大体絶対安静の人間をそう簡単にほっぽり出していけるかよ」

「頼む」

 

流石に承諾しかねる内容の頼み事に難色を示した中村達だったが、エヴァンジェリンが小さくではあるが頭を下げて頼み込んで来たその姿に驚き、続く言葉を呑み込んだ。

 

 

 

「妙な真似すんなよロリババア、人生の墓場行きが決定したからって早速盛るんじゃ無えぞ」

「五月蝿いぞ馬鹿が、さっさと失せろ」

 

結局エヴァンジェリンのらしくもない姿勢に押された形で、一同は短い間だけエヴァンジェリンと山下を二人きりにして医務室内に残すことにした。態々寝ていた辻と刹那迄を車椅子で連れ出す念の入り様である。

 

「なんなんだあの女は?」

「感謝の言葉でも告げたいけど照れ臭いんじゃないの?」

「キスの一つでもするとか?成る程見られたくはないだろうけどね」

 

医務室から少し離れた廊下で屯しながら、門番の様に扉の前で控えるチャチャゼロと茶々丸を見やって語り合う一同。

 

「……でも、何だかんだでエヴァちゃん山下先輩を受け入れたんでしょ?それは良かったじゃない」

「せやな〜、山下先輩あないになるまで頑張ったんやもん、報われて良かったわぁ〜」

 

明日菜と木乃香はまるで我が事の様に嬉し気にそう語り合う。

 

「何だかんだでゴネると思ってたんだけどなあ俺ぁ。往生際悪そうだしよ、あのババア」

「俺はそうは思わねえぜ?約束はちゃんと守りそうな奴だろ、敗けた以上は頷くと俺は思ってたぜ」

「……まあ何にしろ山下の頑張りが無駄にならずに幸いだ」

 

「……しかし今更だが俺達といい山下達といい、何で殺し合い地味た決闘して事の如何を決めてるんだろうな……?」

「……皆、不器用なんですよ辻部ちょ、…いえ、(はじめ)さん」

 

「ヒューヒュー、お熱いこって」

 

そうしている内に医務室の扉が開き、中からエヴァンジェリンが顔を出した。

 

「もういいぞ貴様等、入って来い。私は言いたい事は全て告げたからな、無茶に無理を重ねたあの馬鹿に文句の言いたい奴は言ってやれ。今なら半ば寝ぼけ頭だ、反論も出来まいよ」

 

「いやだから何でてめえはンな偉そうな……あ?今なんつった?」

 

元の威丈高な様子に戻っているエヴァンジェリンに文句を返そうとした中村は、その口振りに思わず台詞を中断して尋ね返す。

 

「だから起きてると言ったのだ、山下がな」

 

その言葉に一瞬場を沈黙が包み込み、次の瞬間雪崩れ込む様にして一同は医務室に入り込んだ。

 

「……あ…………」

 

そこには何処か呆けた表情を浮かべながらも、二本の脚でしっかりと立つ山下の姿があった。

 

「うおお起きてる所か立ってんじゃん!?」

「おいコラ山下ぁ‼︎心配掛けやがってこの野郎‼︎」

「待て、それより貴様絶対安静だろうが!何を動き回っている寝ていろ‼︎」

 

「あ〜〜、えっと…………」

 

怒濤の勢いで矢継ぎ早に言葉を浴びせかけられた山下は、罰の悪そうな顔になり、口籠もりながらも何事かを言いかけたその時。

 

「待て、そもそも山下、お前はなぜ動けている?治癒魔法師が治療したのは頚椎の骨折と身体各所の傷だけだ。慎重に時間を掛けて修復する必要がある神経系統はまだ繋がってもいない筈だが?」

 

杜崎の発したその問い掛けに、はたと周りの動きが止まる。そもそも意識があること自体今の山下にはおかしなことなのである。

山下は杜崎の問いを受けていよいよ決まり悪げな表情になったが、ややあって意を決した様に片手を上げて言葉を紡ぎ始めた。

 

「え〜、皆さん、先ずは心配掛けて申し訳ありませんでした。念願叶ってエヴァさんといい仲になれた山下です。……言い難いのですが、一つ重大な事後承諾、というか事後報告があります」

 

山下は落ち着いて聞いてくれ、と前置きしてから上げていた片手の指を口端に突っ込み、横に引っ張った。

 

其処には並んだ綺麗な白い歯の中に、一際目立つ長い長い八重歯が見て取れた。

 

「…………んあ?」

「……おい…………」

「…………やはりか、この馬鹿は………………‼︎」

 

各々がそれ(・・)の存在に気付き声を上げる中、山下は口から手を外して、茶目っ気を交えながら照れ臭そうに言い放った。

 

 

「僕、吸血鬼になりました」

 

 

 




閲覧ありがとうございます、星の海です。
と、いう訳で結ばれました、山下の大勝利です。ラストでとんでもない事になっていますが、詳しい説明はまた次回にていたします。
今回の山下の努力により用意した手札は、
・大豪院に浸透勁を習い、自主練で実用クラスに
・楓に影分身を習い、自主練で実用クラスに
・茶々丸に頼み、大質量物体を闘技場に輸送
・魔法使いのツテで一枚80万円の転移魔法符を購入
と、こんなものです笑)
これだけやって相手はほぼ無傷の判定勝ちですから、吸血鬼ってずるいですねえ。
次回は説明を挟んでから中村と楓の試合です。漸く血生臭い試合で無くなるやもしれません。
それではまた次話にて、次もよろしくお願いします。

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