呼び鈴を押して現れたのはメイドだった。
「はい、どちら様でしょうか?」
感情を伺わせない声で応対したのは絡繰 茶々丸、辻を除くバカレンジャーの面々が先日助けた少女である。
「「「「「………………」」」」」
のっけから意表を突く展開に沈黙する五人、沈黙する辻達を見て、茶々丸は無表情のまま一つ頷き、
「皆様、遅ればせながら挨拶と感謝の言葉を。申し遅れました、
「…そうなんだ、取り次いで貰えるかな?」
辛うじて困惑から立ち直り、言葉を返す辻。
「申し訳ありません。現在マスターは所用によりお客人への対応を致しかねます、本日はお引き取り願えませんでしょうか?」
やはり表情を変えぬまま、淡々と断りを告げる茶々丸に無言で眉を顰める辻。
「…取り合うつもりは無いってことかな」
「わからん。従者が対応している以上、単純に逃げようとしているわけでもあるまい」
「強引に入っちまうか?」
「早まるなよ豪徳寺、基本は話し合い、だ。…多分中には居るんだが…」
茶々丸に聞かれぬよう、小声で相談する辻達。そんな中、黙り込んでいた中村が、
「…ただでさえ萌え属性の3倍満状態だった茶々丸ちゃんにメイド属性のプラスで数え役満だと…?エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。…聞いていた以上の強者だぜ」
「黙ってろ馬鹿。…済まないがこちらも外せない一件なんだ。そこをなんとか取り次いで貰えないかな?」
阿呆なことを呟く中村に冷たく吐き捨ててから、改めて退くつもりは無いことを告げる辻。
「しかし…」
「…構わん、茶々丸。通してやれ」
なおも渋る茶々丸を制したのは奥の階段上から響く声だった。
辻達が階上を振り仰ぐと、そこに立っていたのは腰を遥かに越える豪奢な金髪を靡かせ堂々と此方を見据える、人形のように容姿の整った少女の姿があった。
「大方格好からして坊やから事情を聞き、私に釘を刺しに来たという所だろう?相手をしてやる、入るがいい、招かれざる客人」
あどけないと言っていい可憐な容姿に似合わぬ尊大な態度でエヴァンジェリンは辻達の立ち入りを許可した。
「しかしマスター…」
「いいから茶々丸、茶でも煎れて来い。曲がりなりにも客だからな」
「…かしこまりました」
礼をして茶々丸が下がる。エヴァンジェリンは辻達を何処か愉快げに見下ろし、あくまで尊大に言い放つ。
「腰を落ち着けて茶でも飲んでいろガキ共。アポ無しで来たのだからレディが身嗜みを整える位の時間は待ってもらおうか?」
言い終えて、エヴァンジェリンは奥へと消えていった。後にはバカレンジャーの五人が残される。
しばらく黙りこくっていた五人だがやがて誰とも無しに話し始める。
「…とりあえず、話し合いには応じる気があるみたいだな」
「やたら態度がでかいがなんなんだあのチビ」
「まあ形だけ見れば無理に押しかけたことになるし、600歳らしいからね。そりゃ僕達なんかガキ扱いするよ」
「なんにしろ最初から物騒な展開にはならんらしいな」
「…っつーかよ」
ひとまず一歩前進だと頷き合っていた中、中村が微妙な顔で呟く。
「なんでパジャマだったんだあのロリ」
その言葉に暫し沈黙が降り、
「…敢えてスルーしていたけど顔赤かったよな」
「なんかフラついてたしよ。もしかして体調悪いのか?」
「…まさか風邪じゃあないよね?」
「そもそも吸血鬼は風邪を引くのか?」
「「「「「………………」」」」」
「…とりあえず、座ってるか」
「ああ、油断しないようにな」
なんとも想像していたのと違う展開に各人微妙な表情を浮かべながらも、エヴァンジェリンを待つことにした。
「待たせたな、貴様ら。なにぶん今は不便な体でゴフッ、ゴフッ」
「マスター、無理を為さらないで下さい」
しばらくしてパジャマの上にカーディガンを羽織り、やはりフラフラしながらエヴァンジェリンは席に着いた。態度だけは変わらず大きいが、咳き込んだ所を隣の茶々丸に介抱されている様は、どう見ても迫力ある悪の魔法使いというよりは、風邪っぴきだというのに暴れて嗜められる小学生である。
「…おいなんだこれ。吸血鬼退治どころかこのまま自滅しそうだぞこのチビ女」
「弱っているとは聞いていたけどここまでとは思わなかったぞ…」
「油断は禁物だけど正直過剰に警戒し過ぎた感があるね」
「此方を油断させる演技。…ではなさそうだな」
「この姿の写真持ってったら多田野の変態に幾らで売れると思う?」
「中村、真面目にやれ。殺すぞ」
「ゲフン、…ともあれ要件を聞こうか?まあ先程も言ったが大体想像はついているがな」
ようやく咳き込みの止まったエヴァンジェリンは辻達にここへ来た目的を尋ねる。
「それなら話が早くて助かるよ、マクダウェルさん。ネギ君の件で話し合いに来た」
辻は一つ頷き、話し始める。
「…マクダウェルさんって何よ?」
「見た目があれでも歳上だからだろ?」
「辻の律儀ポイント1プラスで」
「どうでもいい、黙って聞くぞ」
背後のこんな時でもくだらないやり取りを出来る悪友達に辻は苦笑する。
…こんな時ばかりは頼もしいもんだ、こいつら。
「ふん、やはりな。その仰々しい格好からして、私が坊やを襲うのを止めなければ実力で止める、と言った所か?」
「そうだ。まだるっこしいのは好きじゃないから単刀直入に言う。今後ネギ君やネギ君の周りの人間に手を出すのを止めて貰いたい。要求はそれだけだ。聞いて貰えない場合は武力によって貴方を制圧する」
からかうような調子のエヴァンジェリンの問いに対して辻はきっぱりと断言した。
「ゴホッ…そうか…」
一つ咳き込んでからエヴァンジェリンが笑った。
「暴力を背景に脅迫しておきながら、『話し合い』とは言ってくれるな。やり口がまるきりヤクザのそれだぞ?」
わざとらしく目を伏せ、かぶりを振って嘆いているそぶりを見せるエヴァンジェリン。
「ぬ…」
「貴様らが言えた文句ではあるまい、吸血鬼」
辻が言葉に詰まる、すると横合いから大豪院が鋭く言葉を発した。
「なんの関係も無い一般人を襲い、親の因縁を子に押し付ける。俺たちがヤクザなら貴様は何だ?」
敵意も露わに睥睨する大豪院に怯んだ様子も無く、エヴァンジェリンは茶々丸の運んで来た紅茶に口をつける。
「まあそういきり立つな。こちとら熱で体が怠いのでな、そう元気に言い合いはしていられん。今のはちょっとした冗句だ。自分に他人の負い目を責める資格の無いこと位、百も承知だとも」
あくまでのらりくらりとした調子のエヴァンジェリンに大豪院は苛立ちも露わに舌打ちをする。
「落ち着け、大豪院。相手のペースに乗るな」
「…ああ」
辻が宥めると大豪院は一つ息を吐き、乗り出していた身を引く。
「それで、どうなんだいマクダウェル女史。まだ辻の要求に答えて貰ってないのだけれど?」
続いて山下が尋ねる。物腰は柔らかいが誤魔化しは許さない、とばかりに目はエヴァンジェリンをしっかりと見据えている。
「…そうだな」
エヴァンジェリンもこれ以上茶を濁いてはいられないと悟ったか、一つ息をつくと語り始めた。
「まず私が坊やを襲った件だが、言ってしまえばルール違反を初めに犯したのはそちら側だったとしたらどうだ?」
「…何だって?」
「まあ聞け。私と坊やの父親、ナギ・スプリングフィールドは単純に敵同士だった訳でも無いのだ」
それからエヴァンジェリンは自分がナギと出会った顛末、そして封印されてから交わした約束を辻達に語った。
「…つまり私は坊やの父親の契約不履行でこうして退屈な学園に縛られている。確かに坊やに非は無かろうが、私にも権利を主張する筋合いはあると思わんか?」
そう言い終えるとエヴァンジェリンは一つ息をつく。熱のある身で長話をした為疲労したようだ。
「…つまり貴方は解放するという約束を破られた為にネギ君に代わりに代償を払って貰い自由を得る、と?」
「そうだ。私にばかり非のある訳では無いのはわかったろう?」
「…それは」
「通らねえだろ」
一瞬言葉に詰まり、何事かを返そうとした辻を遮り、豪徳寺が言う。
「ほう?」
「通らねえだろ、そんな話は。確かにあんただけが悪い訳じゃねえんだろうよ、でもそれで責任があんのはネギの親父さんじゃねえか。あんたも言った通りネギ自身は預かり知らねえことだ。仮にネギが責任を取ることを了解したってんなら、百歩譲って納得できねえ話じゃないが、あんたは問答無用でネギを襲った。同情出来る事情があれば何をしてもいい訳じゃ無いだろ。あんたの言い分は、やっぱり筋が通らねえ。俺は認められねえな」
そう言って豪徳寺は腕を組む。
「…他の連中も同意見か?」
エヴァンジェリンが聞くと、辻達は無言で首肯する。
「やれやれ、取り付く島も無いな」
エヴァンジェリンは溜息を吐き、ソファーにもたれかかる。
「どうあってもネギを犠牲にはさせねえよ、エヴァンジェリンさんよ。それで、どうする?本当に再起不能にされねえと諦めつかねえか?」
中村が威嚇的な笑顔を浮かべながら尋ねる。これ以上ゴネるなら本当に拳を振るうのも辞さない考えだ。
「…出来るのか?」
「あん?」
エヴァンジェリンが紅潮した顔に嘲るような笑みを浮かべ、中村に問う。
「なんの義理も所縁も無い坊やを、話を聞いただけで助けようとこんな所までわざわざ現れるようなお人好し共だろう、貴様らは。仮に私が拒んだとして、ろくに抵抗も出来ん私に恫喝する以上のことが、貴様らに出来るのか?」「舐めんな」
返答は即座に返った。同時に場の空気が変わる。
中村の眦がつり上がり、犬歯が剥き出しになった獰猛な表情になる。同時にその体からは紛れもない殺気が漂い始める。
「自分の弱みを盾にすりゃあ俺が怖じけづくとでも思ったかよ?こちとら生半可な覚悟でここに来ちゃいねえ。口の聞き方に気をつけやがれ、ロリババア。次につまんねえことほざいてみろ。…マジに潰すぞ」
空気が張り詰める。中村の脅しを受け、腰を浮かせかけた茶々丸を手で制し、エヴァンジェリンはなお笑う。やがて、小さく咳をした後、
「ふむ…悪かった」
以外にも口から出たのは謝罪の言葉だった。無言のままだが軽く眉を上げた中村にエヴァンジェリンは笑みを深くし、訳を語る。
「只のお人好しかと思ったが、本気だな、貴様。並んでいる奴らも程度の差はあれ
誤魔化しは効かんか、とエヴァンジェリンは笑った。
「…答えて貰おう。僕らに潰されるか、ネギ君を諦めるか、だ」
最後通牒を山下が突きつける。
「…そうだな。私からも最後の譲歩を提案したい」
「交渉の余地はこれ以上は無いと思うよ?」
「そうだな、だが、前提が崩れたらどうだ?」
「何?」
エヴァンジェリンは指を立て、提案する。
「貴様らは私が坊やを殺してしまうからこそ、私を認められんのだろう?ならば、坊やの命が助かるとしたらどうだ」
「…どういうことだい?」
山下が聞き返す。
「近々とある理由により、私は一時的に全盛期に近い力を取り戻す。時期や方法は言えんがな。今現在のように封印された状態では、坊やが干からびるまで血を頂かねば私の封印は解けんだろうが、その時ならば坊やの命に別状は無い範囲の吸血で、力任せではあるが封印を破れるだろう。それならば貴様らも本意では無い荒事を起こさずに済むのではないか?」
エヴァンジェリンはそう辻達を諭す。
「坊やには多少災難だろうが、これならば貴様らも」
「巫山戯るな」
エヴァンジェリンの言葉を遮り辻が吐き捨てる。
「なんだ?」
「巫山戯るなって言ったんだよ吸血鬼。あんたは何も解っちゃいない」
辻は鋭くエヴァンジェリンを睨み据え、言葉を叩きつける。
「命があればいいなんて割り切れることじゃ無いんだよ、あんたのやろうとしていることは。ネギ君は十歳の子どもだぞ?そんな年端もいかない子どもにとって、襲われることがどれだけ恐ろしいと思ってる!!あんたに初めて襲われた時、ネギ君は神楽坂ちゃんに恐怖のあまり泣き付いた。それから今日まで、生徒としてすぐ近くにいるあんたがどれだけネギ君の負担になったと思ってるんだ!!それでもあの子はあんたをやっつけてくれとは言わなかった。自分の生徒だから、話も聞かずに排除はしたくないと言ったんだ。…そんなネギ君に免じて俺達はあんたとわざわざ交渉をしたんだよ。勘違いするな、吸血鬼。お前のやったことはとっくに許されることじゃ無いんだ。これ以上、ネギ君に傷一つでもつけようってんなら僕達はあんたを排除に掛かる。あんたの譲歩は考慮に値しない、ネギ君に今後危害を加えないと今、此処で誓ってもらおうか。拒むというなら、容赦はしない」
辻は言い捨て、ゆっくりと立ち上がる。続いて中村達も各々席を立ち、隣接体制を取った。
張り詰めた沈黙が互いを包む。エヴァンジェリンは睨みつける辻達を見返し、ようやくその口元から笑みを消した。
「ああ、解ったよ小僧共。…
エヴァンジェリンは表情を消し、はっきりと言った。
「…そうかよ‼︎」
辻は吐き捨て、木剣を構え、飛び掛かる。中村達も続いて飛び出した。
迫る五人にエヴァンジェリンは身構えない、ただ彼女は唇を歪に吊り上げ、
「危ないぞ?
と言った瞬間、辻達五人の足下が輝いた。
…魔法⁉︎
辻は歯噛みし、そのまま木剣を振るおうとする。致命傷を喰らわなければ一撃当てれば勝てると判断してだ。
しかし次の瞬間、視界が全て光に包まれ、辻は上下もわからなくなり、浮遊する感覚を覚えた。
刹那、視界が暗転する。
「………はっ⁉︎」
辻が一瞬の意識の断絶から立ち直った時、視界に入って来たのは地平線まで広がる青い空だった。
「………なんだ、これ」
自らの理解を越えた現象に辻を混乱が包み込む。自分は確かにエヴァンジェリンに攻撃を撃ち込む寸前だったというのに当の本人は影も形も無い。いや、それ以前に先程までいたログハウスは一体どこに行ったと言うのか。
「…じ!辻‼︎」
辻を呼ぶ声にはっとして振り向けば、こちらに駆けてくる中村の姿があった。
「中村!無事だったか‼︎ここは…」
「俺が聞きてえよ‼︎なんだこりゃあ⁉︎」
「お前らー‼︎」
再び響く声にそちらを向けば、山下、豪徳寺、大豪院の三人が一丸となってこちらに向かってくる所だった。
「なんだどうなってんだ⁉︎ここどこだよ!」
「エヴァンジェリン女史はどこ行ったのさ⁉︎」
「先程の光の所為か⁉︎」
口々に質問するが、その問いのいずれも、
「わからない…」
辻の言葉が答えだった。
「ともあれ落ち着こう、まず僕達がどうなったのか…」
「お前達には私の別荘に来て貰ったんだよ」
山下の声を遮り、頭上から声がかけられた。
「てめえ…」
「済まんな、
無論、そこにいたのはエヴァンジェリンであった。ただしログハウスにいた時とはその姿にいくつか違いがあった。
まず、体にぴったりした露出の高い漆黒のボンテージのようなものに身を包み、肩から同色の襟付きマントが風にたなびいている。
次に、そのふるまいは先程までの熱で紅潮し、フラついていた頼りない状態では無く、凛と背筋を伸ばし、光の下、青白い肌が透き通るような輝きを持っていた。
そして何より異様な点として、
「その、姿は…」
「私が黙って貴様らに嬲られるような大人しい淑女にでも見えていたか?生憎降りかかる火の粉は常に払い除けて生きてきた。私の目的に貴様らが相容れないというならば、
獣のように牙を見せつけて笑い、エヴァンジェリンは宣告する。
「ここは完全に外界と隔離された私の世界。ここには私を縛る封印の力も完全には届かん。全盛期には程遠いが、貴様らを片付けるには充分すぎる」
エヴァンジェリンは腕を掲げる。見えない力が渦を巻き、力ある
「私を潰すと言ったな、人間。…半素人風情が、舐めるな」
言葉と同時に襲いかかるのは、透き通る無数の氷の刃。
絶望の闘いが、幕を開けた。