突き抜ける程青い空が頭上を覆っている。眼下に広がるのは透き通る青い海。そこから聳える白亜の塔は、完成された風景に自然の調和を果たし、見ている者の心を奪う絶景となっている。その美しい空間に似つかわしくない、必死の悲鳴が塔の上で響き渡っていた。
「「「「「っだあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎」」」」」
辻達バカレンジャーは全力で塔上の円状の建物外周を駆け抜ける。その後方から陽の光に美しく煌めく、無数の氷の刃が辻達を高速で追尾していた。
「おいなんだありゃあ超早えーぞ⁉︎」
「ネギ君から事前説明あったろ‼︎多分魔法の射手サギタ・マギカとか言う弾幕魔法だ‼︎」
「ああ確かネギ君の撃ってた光弾と同じ奴だっけ⁉︎」
「あれ氷かなんかだろうが全然違うぞ⁉︎」
「魔法使い毎に得意属性に違いがありあの吸血鬼は氷が得意だとそういう話だったろうが確か‼︎」
全力疾走しながらの大声での会話は酷く疲労するがそんなことを言っていられる状況では無かった。
「はーっはっはっはっはっは‼︎どうした小僧共先程から逃げてばかりだぞ‼︎私を倒すのではなかったのかぁ⁉︎」
哄笑を上げながら自ら放った弾幕の後ろを飛行するのはエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。訳あって封印されている真祖の吸血鬼だったが現在絶賛大絶好調である。
「ちくしょうあのロリババア‼︎ドヤ顔が目に見えるようだぜ調子こきやがってぇ‼︎」
「言っている場合か全員飛べぇ‼︎」
辻の叫びと共にハリウッドダイブを決めるバカレンジャー。地面に叩きつけられる際の受け身を一切考慮していない見事な捨て身ダイブだったが、それが功を奏し直前までいた場所に氷の剣群が突き刺さる。
まともに地面にぶち当たり、全身に鈍い痛みが広がるが、痛みに呻く暇も惜しんで辻達はまた走り出す。
「どうすりゃいいこのままじゃいずれ蜂の巣になっちまうぞ‼︎」
「っつーか封印状態って聞いてたのに実は封印解除できますって一体なんだこの詐欺は‼︎」
「目論見が甘すぎた!何かしら抵抗してくると思ったらまるっきりこっちが狩られる側だよこれじゃあ‼︎」
「嘆いていても始まるまい、何かしら対抗手段を見つけるぞ‼︎」
「なんだよ対抗手段って‼︎」
「それをこれから考える‼︎」
「相談は終わったかガキ共ぉ‼︎」
エヴァンジェリンは更に力ある言葉を紡ぐ。
「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック 氷の精霊109柱、集い来たりて我が敵を討て‼︎」
言葉と共に虚空に百を超える氷刃が形成された。
「
再び氷の弾幕が高速でバカレンジャーに襲いかかる。
「くそ中村の一つ覚えみたいにまた来たぞ走れー‼︎」
「しかもさっきよりも多いぞ畜生‼︎」
「どうする、逃げてばかりじゃラチがあかないよ‼︎」
「…ここらで腹を決めるか」
「っつーか何が俺の一つ覚えだドサクサに紛れて俺を馬鹿にすんな‼︎」
こんなときでも漫才のようなやり取りを繰り広げながら、再び速度を上げる。そんな中、大豪院がある提案をする。
「腹を決めるってのは⁉︎」
「攻めるぞ」
「はあ⁉︎どうやってだよ‼︎」
「お前達、落ち着け!今までに無い種類の闘いで惑わされてはいるが、そもそも弾幕を喰らうのも空を飛ぶ敵も俺たちは初めてじゃない‼︎」
大豪院の言葉に全員走りながら無言になる。やがて、
「確かにな‼︎」
「変な方向に極まったキワモノが群れてる麻帆良では確かに珍しい、って程でもないね‼︎」
「思い出したくもない女子弓道部の一件とかな‼︎」
「悲しいことに確かにそうだけどだから何、大豪院⁉︎」
納得する空気の流れる中、一人悲痛な悲鳴を上げる辻に走りながらも冷静に大豪院が返す。
「この超常現象オンパレードな相手でも、闘えるということだ!想定していた事態とは大きく異なる展開になったが、俺たちはここに何をしに来た‼︎」
大豪院の言葉に全員顔を引き締める。
「…そうだな、逃げっ放しじゃネギに顔向け出来ねえ‼︎」
「やられましたごめんなさい、じゃ済まない話だからね‼︎」
「例え化け物相手でも、やるしかねえか‼︎」
「ああもう、しょうがない、やろうか皆‼︎」
決意を新たに代表して反撃の狼煙の言葉を、中村が叫ぶ。
「
「あん?」
宙から辻達を追っていたエヴァンジェリンは思わず、といった調子で疑問の声を上げる。
オレンジ髮の男が何事かを叫んだ瞬間、今まで同じ方向に逃げていた男達が同時に五方向へ散ったのだ。
真上から辻達を見ていればほぼ正確に72度ずつ、五人を線で繋げば綺麗な正五角形を形作ったのが見て取れただろう。
エヴァンジェリンが知る由もないが、これは辻達が追っ手(主に杜崎)から逃げるために考案した、合図の声と共に、一斉に逃げる方向に偏りが出来ないよう均等に五方向へ散り、誰かが狙われやすい状況を作らずに逃げる事で追っ手を刹那の間誰を追うか迷わせ、結果的に全員が逃げられる確立を上げるという高度なコンビネーションである。
エヴァンジェリンが放った氷刃の弾幕は五人を対象に追尾し、敵を貫くよう設定した魔法である。
その五人が別方向に散った以上、当然氷刃も五つの対象へ別れて追尾を始める。五人は互いに十数m離れた時点で急停止し、それぞれが反転して己を追う氷刃に向き直った。
中村は手刀の形で両腕を前に翳す、前羽の構えで氷刃に相対する。
「弓道部の女共の射撃に比べりゃ、こんなもん‼︎」
中村は叫び、両腕を霞んで見える程の速度で旋回させる。中村に飛び込んでいく氷刃は、中村の両腕に次々と払われ、砕かれる。
空手の防御、廻し受け。本来なら拳や前蹴りを受ける為の技だが、尋常ならぬ速度と力で旋回する中村の両の腕は、目で追える速度の弾幕程度は容易く撃ち落とすことを可能とする。
豪徳寺は全身に気を回し、全身を強化して氷刃に突っ込む。
「おおらぁぁぁぁぁぁぁぁっ‼︎」
咆哮と共に氷刃の群れに腕といわず足といわず、出鱈目に叩きつけては砕いていく。当然そんな滅茶苦茶な動きでは、撃ち落とし切れず体に着弾するものも出てくるが、並の身体強化を遥かに超える圧縮率の強化は、直撃した氷刃をいずれも致命の深さまで通さない。気の総量ではバカレンジャー随一のこの男は、強引なまでの力技で、弾幕を突破した。
山下は自然体のまま、氷刃に自ら歩み寄る。自分の顔面目掛けて飛んでくる一本に、山下は掌を静かに、されどいつ手を伸ばしたのかを視認出来ない程の速度で氷刃の側面に手を添える。次の瞬間、斜め下方に勢いをずらされ、氷刃は床に突き刺さり砕け散る。山下が両腕を優美に閃かせる度、ある刃は床へ、ある刃は壁へ。次々と逸らされ、その身に刃は届かない。
「これぐらいなら…イケるか」
小さく確認するように山下は呟き、前方へ向けて駆け出した。
「破ッ‼︎」
大豪院の手足はは閃光のように高速で翻っていた。手刀が、足刀が、拳打が。四方八方から襲い来る氷刃を砕き散らして行く。
「翻子拳のような手数頼りは趣味ではないが…」
呟きつつ走り抜け、最後の氷刃を殴り砕く。
「多くが未知なる戦闘だ。己の全てをぶつけるのみ‼︎」
大豪院の身体が、加速する。
「はぁ…」
辻は憂鬱そうに溜息をつく。
「慣れないことはやっぱりするものじゃないのかも、なっ‼︎」
高速で外に木剣を払い、上半身狙いの二本を纏めて砕く、小手を素早く返し斬り下げに繋ぎ、逆方向から迫る三本を打ち払う。斬り上げ、打ち払い、薙ぎ払う。
「桜咲の連打の方がよっぽど受けにくいよ」
辻は木剣を青眼に構え、高速の摺り足で突き進む。
「ほう…」
愉快そうにエヴァンジェリンは感嘆の息をつく。
逃げてばかりだった素人五人が、いずれもエヴァンジェリンの放った
弾幕は一人頭二十以上、加えて全盛期で無いとはいえ最強クラスの魔法使いであるエヴァンジェリンの放った代物である。並の魔法使いとは速度、強度、貫通力、全てが比較にならない。
初級魔法と言えど一人も大きく負傷せずに捌き、あまつさえエヴァンジェリンに対して戦意も露わに、臆せず目の前の五人は向かってくる。
「そう来なくてはな…」
笑ってエヴァンジェリンは言った。勢いと正義感だけは一人前だったが、これでほんの小手先とすら言えない初級魔法でやられてしまったのではお寒いにも程がある。
「実力の伴わない正義面など見ていて不快なだけだ。さて、どこまで足掻いてくれる、人間共‼︎」
エヴァンジェリンは新たに魔法を展開し、辻達へと撃ち放つ。
「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック 時を止め去りし無垢なる氷雪 我が手に宿りて敵を喰らえ‼︎」
「
「おい何か来たぞ‼︎」
辻が緊迫した表情で叫ぶ。
「何かって何だ魔法か⁉︎」
「わからんし視認は出来ないんだろうがかなり広範囲多分扇状に広がる感じだ!」
「散開ー‼︎」
バラバラに突進していた状態から中央を空け左右に開き、エヴァンジェリンの左右から挟み撃ちの陣形での突撃に変えるバカレンジャー。
直後、脇を掠めるような近距離を抜けていった透明なモヤは、地面に当たるなり、頑丈そうな石畳は亀裂を入れながら見る見る霜を張り、白く凍結した。
「おいぃぃぃぃあのババアなんか洒落にならんもの撃ってきたぞ‼︎」
「なんだありゃあ冷◯ビームか⁉︎」
「いや、どっちかって言うと◯雪だろう」
「細かいしどうでもいいわ辻‼︎あっちも小手調べは終わりってことだ!」
「臨む所だ、行くぞ!」
「「「応‼︎」」」」
「目にもの見せてくれるわ喰らいやがれロリババア‼︎」
中村は掌底打ちの構えで腕を振り抜く。
「
放たれた気弾は高速でエヴァンジェリンに迫る。
「遠当てか」
楽しげに笑うエヴァンジェリンに一直線に進んだ気弾はまともに当たり、爆発する。
「よっしゃ舐めやがって油断しやがったなまともに…なにぃ⁉︎」
言葉の途中で中村が驚愕に目を見開く。
爆発による煙が晴れた先のエヴァンジェリンは傷どころか煤ひとつ無く悠然と宙に浮かんでいる。
「中村お前はネギ君の話聞いてたのかドアホ‼︎魔法使いは障壁ってもん張ってるんだよ‼︎」
辻が中村に対して怒鳴る。辻の言葉通り、散っていく煙はエヴァンジェリンを球状に避けていく。中村の気弾はこの見えない壁を突破できず、
表面で爆発したのだ。
「そう馬鹿にしたものでも無いぞ剣道屋。並の魔法使いの
馬鹿にするでも無く、本当に感心したようにエヴァンジェリンは告げる。
「ぐわすっげえムカつく…」
「休むな中村、来るぞ‼︎」
豪徳寺の警告の直後、上昇しつつエヴァンジェリンが詠唱を終える。
「精霊召喚・牙の蝙蝠58柱‼︎」
言葉と共に現れたのは全身真っ黒で胴体が無く、全長の倍近い牙を生やした頭部から直接羽根の生える、気味の悪い蝙蝠のような生き物だった。
「はぁ⁉︎」
「蝙蝠⁉︎」
「なに、単なる闇の下級精霊だ。最も下級と言えど喰らいつかれれば命が危ないがな、掛かれ‼︎」
号令と共に不規則な軌道で辻達に襲い掛かる異形の蝙蝠。
「くぬ!」
気合いの声と共に振るわれた中村の手刀が蝙蝠の一匹を四散させる。
「⁉︎、脆いぞこいつら、うお⁉︎」
言葉の途中で危うく顔面を噛みつかれそうになった中村が体を沈め寸前で逃れる。
「数が多すぎるな‼︎」
「くっそ本体の攻撃だけでもヤバイってのに…」
悪態を吐きつつ五人は蝙蝠に応戦する。蝙蝠は脆く、気を込めた打撃で殴れば散るが如何せん数が多すぎた。
「ぐあっ‼︎」
「豪徳寺‼︎」
豪徳寺が後方からの接近に気付かず肩口に喰いつかれる。
「この…野郎‼︎」
肩越しに繰り出した拳が喰い付いた蝙蝠を爆散させる。傷口を抑えつつ後方へ飛んで着地した豪徳寺の膝が唐突に落ちた。
「なっ…」
片膝を着き、バランスを崩しながらもなんとか目の前に迫る蝙蝠を払い飛ばす豪徳寺。
「おい、どうした豪徳寺‼︎」
「なに、少々力が抜けただけだ。牙の蝙蝠は生半可な防具をぶち抜くその牙の鋭さもさる事ながら、噛み付いた対象に
笑いながら告げるエヴァンジェリンは、更なる呪文を展開する。
「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック 来たれ氷精大気に満ちよ 白夜の国の凍土と氷河を」
最後にエヴァンジェリンは辻達を見据え、言い捨てる。
「終わりだな」
「
次の瞬間、視界内の全てが氷に包まれた。
「まあ、こんな所か…」
エヴァンジェリンは唐突に出現した大量の氷の影響で、大気との温度差から発生した白霧の中に身を漂わせ、何処か詰まらなそうに呟く。
「…まあ最近まで魔法も知らなかった、気が使えるだけの半素人にしては頑張った方か…」
やがて納得したようにエヴァンジェリンは呟く。
同じような戦闘力でも魔法関係者なら、次に来る呪文を読んでもう少し上手く立ち回ったのかもしれないが、ラテン語もわからない一般人では無理もないことである。
「殺しはせんよ、ガキ共。しばらく頭を冷やして家に帰るといい」
エヴァンジェリンが届かないであろう言葉をかけたその時、
「
叫び声と共に白霧を裂いて巨大な気弾がエヴァンジェリンに襲い掛かる。
「なっ」
直径三m近いその気弾は突然のことに反応できないエヴァンジェリンにまともにぶち当たり、直後大爆発を起こした。
「ぐううっ‼︎」
凄まじい衝撃に上方へ弾き飛ばされながらエヴァンジェリンは呻く。障壁を破られるには至っていないが、下手をすれば今の気弾は中位魔法以上の破壊力があった。
体勢を立て直しつつ、エヴァンジェリンがポツリと漏らす。
「意識があるのか…?」
「あんま俺らを舐めんじゃねえよ」
その声はエヴァンジェリンの間近から聞こえた。
「なにっ」
振り仰いだエヴァンジェリンが目にしたのは腰だめに正拳を構えつつ、こちらに落ちてくる中村の姿。
「
中村は全身を捻転させる。下半身の先からの捻じりを腰を起点に背筋へ、背筋から肩、腕へと通し、全身の力を用いて、渾身の正拳をエヴァンジェリンに打ち込む。
「
障壁に当たった拳から、膨大な気が溢れ、触れた地点から対象を衝撃の嵐で飲み込んだ。障壁が砕け、エヴァンジェリンに気の嵐が直撃する。
「がっ⁉︎」
苦鳴を上げ、地面へと吹き飛ぶエヴァンジェリン。その小柄な体を木の葉のように舞い狂わせつつ、轟音を上げて地面に着弾した。
「ぐう…っ」
呻き声と共に起き上がるエヴァンジェリン。氷を踏み砕く音と共に二つの影が襲い掛かる。
「っ!
氷の壁が宙に出現する。それに対して二つの影の片割れが加速し、かき消える。
甲高い破砕音が鳴り響く。氷の壁が砕け散った音だ。
エヴァンジェリンの目の前には木剣を振りきった姿勢の辻がいた。
「貴様…!」
「…やっぱり木剣じゃ・・・・こんなもんか」
辻は呟き、素早く右にスライドする。そこにもう片割れが飛び込んだ。
その影は、エヴァンジェリンの体が浮き上がる程の威力で掌打を顎に打ち込む。
「っ‼︎」
その影ーー大豪院は、一瞬宙に留まったエヴァンジェリンの襟首と腰の衣装を捕まえ、まるで幼子をおぶうように自らの背中に乗せる。
「…っ、
足元の氷が粉々に砕け、塔が一瞬揺れ動く程の震脚。
近距離での豪快な打撃を特徴とする中国拳法の流派が一つ、八極拳。
その技の一つ、
「ふうっ………」
大豪院は破れたエヴァンジェリンの服の切れ端を投げ捨て、息をつく。
「なんとかなったな、大豪院」
辻は構えの残心を解き、歩み寄りながら安堵の息を吐く。
「手応えはあった。しかしとんでもないな、魔法とは…」
返事を返しつつ大豪院は呆れたように周囲の氷河を見やる。すっかり景色は変わり果て、今や南極にいるようである。
「おいお前ら、手伝ってくれ。どうにも氷が硬すぎる」
声に二人が後ろを振り向くと、豪徳寺が埋まった下半身を四苦八苦しながら抜こうと足掻いていた。
「まともに喰らったのはお前だけだぞ、豪徳寺」
「タフだからって防御が甘いのは悪い癖だ、お前は」
「うるせえ、こんなもんが予想出来るか」
「それは最もだね」
「痛ってー着地したとこが尖った氷だらけだったぜ。山ちゃんナイストス。おかげでベストな位置からババアに喰らわせてやれたぜ」
「どういたしまして」
山下と中村も奥の方から姿を現す。
「つうか飛ばし過ぎだろ大豪院、追撃かけられないだろうが」
「この状況で下手な加減が出来るか。貴様も全力で打ったのだろう」
「正拳の威力だけで壁抜けりゃババアの体直接爆破できたんだがなー」
「手応えあったんでしょ、やったかな?」
「ちょ、馬鹿野郎山ちゃん、お前言ってはならねえことを⁉︎」
自問するような山下の問いに目を剥いて吠える中村。
「なにがだよ馬鹿」
「こういう敵が倒れたか不明な状況で『やったか?』みたいなみたいなセリフ吐いたら相手の生存フラグが立つんだよ‼︎下手なこと言わず様子を…」
「まあ、やってはいないがな、実際」
その言葉に全員ゆっくりと振り返る。
そこには口端から滲む血を指で拭いつつ、五体満足で浮いているエヴァンジェリンの姿があった。
「…効いてねえのか?」
「いや、大したものだったぞ。まさか特に手を抜いていた訳でもない障壁を砕かれた上に、致命打を二発も喰らうとはな…お前の言う通りだ。舐めていたよ、お前達を」
信じられない、という様子で呻く中村にエヴァンジェリンは奇妙な程にこやかに告げる。表情は明るく笑っているというのに、見えない圧力が辻達を包み込む。場の空気が、先程までとは完全に変わっていた。
「仮にも私にお前達は宣戦布告をしたというのにな。狐狩りの真似事をしつつなるだけ無傷で穏便に帰らせようなどと…平和ボケが過ぎたようだな、本当に。ガキ扱いして悪かったよ。お前たち、私の敵になりに来たんだよな」
ブワァッ‼︎‼︎とエヴァンジェリンの全身から魔力が溢れる。その威圧感に顔を歪める辻達。
「…決めきれなかった所か火ィつけちまったみてえだな」
「もう二度と決まんねえぞあんな連撃」
「…勝算はあると思う?」
「…さあな」
「……正直ラストチャンスだった気がするな、さっきの」
控えめに見ても絶望感漂う辻達を見据え、エヴァンジェリンは嗤う。
「さあ、待たせてしまったな、人間共‼︎ここからが闘争の始まりだ。…化け物の本分を、見せてやろう‼︎」
絶望の第二ラウンドが幕を開けた。