『ボーン・アブソリューション』 (The Bourne Absolution) 作:T/A2000
夜明け前の五時。
まだ星の残る空の下、西区の廃射的場に寝ぼけ眼の少女が四人しぶしぶ整列していた。
「うぇぇ……五時って……人間の起きる時間じゃねえだろ……」レンゲが盛大に欠伸をする。
「不破。今の欠伸記録した。腕立て二十回追加だ」
「なっ、聞こえてたのかよ先生!?」
「聞こえるように言ったんだろ」隣でナグサがくすりと笑った。「観念しなさいレンゲ」
「ナグサ先輩まで……!」
ユカリだけは目をきらきらさせて背筋を伸ばしていた。「身共、こういう規律正しい朝は嫌いではありませんわ! 早起きは三文の得と申しますし!」
「三文の得どころか腕立てが増える朝だけどね」キキョウが眠そうに毒づいた。
ウェッブは四人を見渡すと地形図を広げてみせた。長い前置きはしなかった。
「今日からお前たちは新兵だ。過去の肩書きは羽織と一緒に畳んで置け。まずこの街の地形を頭に入れろ。山が急で森が深く川が多く空気が湿っている。――砂漠とは真逆だ」
その一言の裏に彼はつい先日までの記憶を重ねた。アビドスの灼熱の砂丘。遮蔽物のない見通し。あそこで叩き込んだ戦い方はこの土地では通用しない。土地が違えば戦い方も変わる。
「森は視界を奪うが身を隠す盾にもなる。山は体力を削るが高所を取れば戦場を見下ろせる。湿気は火薬を湿らせ足を滑らせる。――この土地の理に沿った戦い方を一つずつ教える。質問は?」
「ありますわ!」ユカリが即座に手を挙げた。「朝食はいつですの?」
「訓練の後だ」
「そんなぁ……」
四人の腹が示し合わせたようにきゅうと鳴った。
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その日の午前、ウェッブは四人の固有武器を一つずつ検分しある一挺の前で手を止めた。
百花繚乱制式ライフル。青みがかった木製の銃床に長い銃身。ボルトを手で操作して一発ずつ装填する旧式のボルトアクション。かつて日本という国で作られた「三八式歩兵銃」に驚くほどよく似ていた。
「これが、お前たちの主力装備か」
「はいですわ!」ユカリが胸を張る。「百花繚乱に代々伝わる伝統の一挺ですの! 美しくてよく当たって――」
「一発撃つたびにボルトを引く」ウェッブがカチャリと操作してみせた。「次の一発まで何秒かかる」
「ええと……一秒くらいでしょうか?」
「その一秒で自動小銃を持つ相手なら何発撃つ」
ユカリが口ごもった。代わりにキキョウが答えた。「……フルオートなら十発以上よ」
「そういうことだ」ウェッブはボルトを戻した。「お前が一発を狙う間に敵はお前を弾幕で押さえ込む。昨日教えた火力の優越も交互躍進もこの銃では成立しない。美しい銃だ。伝統も重い。だが――これは博物館に飾る銃で命を賭ける銃じゃない」
四人がしんと黙り込んだ。伝統を否定されたことへの反発より先にその理屈の正しさが胸に刺さっていた。
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その日の午後。蔵の長机の上に武骨なハードケースが六つ、寸分の狂いもなく整列していた。
「シャーレの特別予算で装備を更新する」
ウェッブが留め具を弾く。乾いた金属音とともに蓋が開いた瞬間、四人は言葉を失った。
成形スポンジの中に、深く鮮やかな「青」――百花繚乱のイメージカラーに塗り上げられた、見たこともない銃器が精密機械のように収まっていた。木の温もりなど欠片もない。アルミ合金の直線と、光学機器のレンズと、無数のレールが放つ冷たい輝き。
「メインアーム、Mk14 Mod1 EBR」ウェッブが一挺を取り上げた。「中身は古典的な名銃M14。それをアルミ合金シャーシに載せ替え、現代の戦場に引きずり出した強化型戦闘小銃だ。口径は七・六二ミリ。銃床は伸縮式――お前たちの体格に合わせて六段階に調整できる。上に載っているのは可変倍率スコープ。銃身の下は伸縮式の二脚(バイポッド)。側面の箱は後で説明する」
「み、見たことのない銃ですわ……」ユカリが恐る恐るケースを覗き込む。
「ちょっと待って。これ……」
キキョウはケースの蓋の裏に挟まれた納品書を抜き取り、目を走らせ――固まった。
「……この暗視装置、一つで家が建つ金額なんだけど」
「押し通した」ウェッブは事も無げに言った。
「押し通したって、あんた……この四眼のやつ四人分で家四軒……に、拳銃と小銃と光学機器と……ちょっ、桁を数えさせて」
「うおおおお!」金額に青ざめる参謀の隣で、レンゲはもうMk14を抱え上げていた。「なんだこれ、なんだこれ! 金属の塊なのに手に吸いつく……! やべえ、これアタシの知ってる『銃』じゃねえ……!」
ナグサだけは静かだった。彼女は自分の制式ライフルをそっと机に置き、その隣に青いMk14を並べた。二十年前から時が止まったような木と鋼の銃と、時代を三つ飛び越えてきたような合金の銃。
「……比べてみましょう」キキョウが納品書の裏の仕様書を読み上げた。「制式ライフル。装弾数五発、挿弾子(クリップ)装填、手動ボルト式、照準は機械式のみ。――Mk14。装弾数二十発、箱型弾倉、半自動および全自動、可変スコープに各種レーザー照準、二脚、伸縮銃床」
読み終えて、彼女は長い息を吐いた。
「……道具として、世代が三つ違うわ」
「性能差は数字の通りだ」ウェッブは頷き、そして付け加えた。「だが選んだ理由は数字だけじゃない。この街を見ろ。深い森、急な山、そして木造密集の商店街。七・六二ミリは藪を抜け、板塀を撃ち抜き、土壁の向こうの敵を制圧できる。六・五ミリでは枝葉に弾かれる射線がこの弾なら通る。――土地が武器を選ぶんだ。逆じゃない」
続いて彼は小ぶりなケースを開けた。
「サイドアーム、グロック20。口径は十ミリオート。通常の九ミリの一・五倍の力で撃ち込む。無力化するためじゃない――均衡を崩し、武器を叩き落とし、動きを止めるための装備だ。スライドの上には反射式照準器(レッドドット)。両目を開けたまま、赤い点を乗せた場所に弾が行く」
「安全装置が見当たりませんの」ユカリが銃を検分して首を傾げた。
「無い。正確には、外から掛けるレバーが無い」ウェッブは答えた。「引き金の中と内部に三つの自動安全装置が仕込まれている。引き金を正しく引く動作でだけ順に解除され、指を離せば勝手に掛かり直す。つまり――引き金に指を掛けなければ絶対に暴発せず、掛ければ即座に撃てる。安全は機械が半分、残り半分はお前たちの指の規律だ」
そして最後に、あの異形の四眼――GPNVG-18と、銃側面の黒い箱、AN/PEQ-15が机に並んだ。青く輝く新装備の山を前に、四人はしばし絶句し。
――堰を切ったように、反発が噴き出した。
「お待ちください、先生!」意外にも最初に声を上げたのはナグサだった。「制式ライフルは百花繚乱の魂です。代々受け継いできたものを捨てろと?」
「アタシも半分反対!」レンゲが便乗する。「銃は最高! でもこの拳銃はいらねえって! アタシは自分の銃を絶対手放さない自信があるんだよ。こんなただの重り――」
「はいはい、その『絶対手放さない自信』が一番危ないわ」キキョウが冷ややかに横槍を入れ、それからウェッブに向き直った。「先生。私は感情論では反対しない。値段のことも今は忘れてあげる。でも一つだけ引っかかるの。祭りまであと一か月を切ったこの土壇場で、慣れた武器をまったく別の銃に替えるのはリスクが高すぎない? 身体に染みついた射撃感覚をゼロから作り直すのよ。『直前に武器を変えるべからず』――それ、射撃の世界でも真っ当なセオリーのはずでしょう」
教範を読み込んだ分析官らしい、理屈の通った反論だった。
ウェッブはその全部を黙って聞いた。そして否定しなかった。
「三人とも間違ってない」彼はまず認めた。「キキョウの言う通り、直前の装備変更は本来避けるべきだ。レンゲの言う通り、使わん装備はただの重りだ。ナグサの言う通り、伝統は軽くない。――だから口では説得しない」
彼は青い銃を四人の手に押しつけた。
「撃ってみろ。話はそれからだ」
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錬兵場の射線。
だがウェッブは、いきなり撃たせはしなかった。
「新しい銃は、まず撃ち手の目に合わせる。ゼロイン――照準規正だ。二十五メートル、三発一組で撃ち、着弾の中心とスコープの中心を一致させる。これをやらない銃はどれだけ高価でもただの音の出る棒だ」
四人はスコープのダイヤルを回しながら、三発、また三発と撃ち込んでいく。着弾が徐々に一点へ吸い寄せられていく過程そのものが、四人には新鮮だった。銃を「自分に合わせる」という発想が、伝統の一挺にはなかったからだ。
規正が終わると、ウェッブはレンゲを射線に立たせた。
「五十メートル先の的五つ。十秒。まずは制式ライフルで撃て」
「言っとくけどアタシは制式ライフルの方が――」
レンゲは慣れた制式ライフルを構えた。一発、ボルト。二発、ボルト。三発――十秒で撃てたのは四発。当たったのは三つ。
「次。Mk14で同じことをやれ」
青いMk14を構える。引き金を引くと、次弾が勝手に送り込まれる。すぐ次を撃てる。タン、タン、タン、タン、タン――八秒で、五つの的がすべて砕けた。
レンゲが自分の手の中の青い銃をぽかんと見つめた。「……嘘だろ。撃って、狙って、また撃つ。その『間』がねえ……」
「それが半自動だ。お前が突撃するとき、これまでは一発ごとに無防備な一秒が生まれていた。この銃ならその隙が消える。――お前の脚に、火力がやっと追いついた」
「せ、先生! ならこのセレクターを回したら……!」
「回してみろ。ただし三発ずつ区切れ」
レンゲがセレクターを切り替え、引き金を絞った。ダダダッ――七・六二ミリの三点連射が大気を裂き、五十メートル先の的の残骸をさらに粉砕する。銃口はほとんど跳ねていなかった。
(――七・六二のフルオートを立射で抑え込んだか)
ウェッブは内心で静かに舌を巻いた。常人なら二発目から銃口が天を向く反動だ。ミニガンを平然と抱えて走る生徒がいる街だとは認識していたが、この膂力は道理の外にある。
「うおおお最っ高だなこれ! 全部これでいいじゃん!」
「駄目だ」ウェッブは即座に切って捨てた。「いいか、レンゲ。問題は制御できるかじゃない。当てられるかだ。全自動は敵の頭を下げさせる『制圧』の道具。当てるのは半自動。この区別を守れない兵士は、二十発を三秒で空にして、空の銃を抱えて死ぬ」
「う……りょ、了解……」
「では、その『空の銃』の話をしよう」
ウェッブはレンゲの弾倉を取り上げ、代わりに新しい弾倉を渡した。
「撃ち続けろ」
レンゲが撃ち始める。タン、タン、タン――ガチャリ。数発目で銃が沈黙した。仕込まれていた不良弾。ジャム――弾詰まりだ。
「あっ、詰まっ――!?」
「状況判断」ウェッブの声が飛ぶ。「敵との距離五十メートル、遮蔽あり。なら直せ。即応処置――槓桿を引ききって不良弾を捨てる。薬室を目で確認。手を離して送弾。撃発。……この一連を三秒以内。身体が覚えるまで千回やる」
レンゲがぎこちなく槓桿を引き、歪んだ弾がぽろりと落ちる。再装填。タン――的が砕けた。
「よし。次の状況。同じ弾詰まり――だが敵は三メートル先だ」
「さ、三メートル!? 直してる暇なんか――」
「無い。だから直すな」ウェッブは自分の腰を指した。「ライフルは吊り紐(スリング)に預けて手放せ。落ちない。その右手が空く。空いた手が何をする」
「……拳銃!」
「移行(トランジション)だ。やれ」
再び射撃。再びジャム。レンゲはライフルから手を離した――青い銃体がスリングに受け止められて胸に垂れる――右手はもう腰のグロック20を掴んでいた。抜く。両目を開けたまま、レッドドットの赤い点を三メートル先の的に乗せる。バン、バン。的が砕け散った。詰まりを直すよりも、再装填するよりも、遥かに速く脅威は消えていた。
青い拳銃を握りしめたまま、レンゲが硬直する。
「……拳銃はいらないって……アタシ……」
「今の場面、拳銃がなかったら死んでたわね」キキョウが容赦なく追い打ちをかける。
「わーッ! 言うな! わかった! わかったから!」
「サイドアームはいざという時の保険だ」ウェッブが締めくくった。「一度も抜かずに済めば一番いい。だが必要になったその一瞬、腰にそれが無ければ――そこで終わる」
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そしてナグサ。彼女だけは少し事情が違った。
ウェッブは三挺の銃を並べた。青いMk14 Mod1、青いグロック20、そして彼女が抱え続けてきた古い狙撃銃。
「ナグサ。お前はこの三つを使い分けろ」
「三つも……?」ナグサが戸惑う。「制式ライフルは置いていけと言ったのに、この『百蓮』だけはなぜ……?」
ウェッブはその古い狙撃銃を検分するように手に取った。
「委員長が代々継いできたこの銃には特殊な力がある。物理攻撃の通じない『怪異』すら撃ち抜ける。――伝承では、そうなっている」
「……ご存じだったのですか」
「調べた。だが伝承と事実は別物だ」ウェッブの瞳に冷たい光が差した。「しかも伝承が正しいなら、この銃の真価は『委員長の権限』とやらに紐づいて発動する。委員長代理のまま組織を離れたお前に、この銃が応えるのかどうか――誰も知らない。お前自身もだ。そうだな?」
ナグサが息を呑んだ。図星だった。彼女は一度も、その力を自分の手で確かめたことがなかった。
「俺は未検証の装備を切り札には数えない」ウェッブは百蓮を彼女の手に返した。「ニヤに歴代の記録を照会させる。この銃が実際に怪異を撃った記録、発動の条件、担い手の資格。伝承と事実を選り分ける。それまで百蓮は『可能性』として扱え。……可能性のまま携行する価値は十分にある。この先の敵が理外の切り札を持っているなら、こちらの手札でそれに触れうるのはこの一挺だけだからだ」
感傷ではない。伝統の中に眠る価値と不確かさを等分に量る冷徹な目だった。
「怪異の可能性と特別な精密射撃には百蓮。通常の交戦にはMk14。至近の緊急時にはグロック。状況に応じて瞬時に選べ」
そして彼は、もう一つの真実を告げた。
「それに――Mk14の半自動は、お前の右腕を救う」
「え……?」
「制式ライフルも百蓮もボルト式だ。撃つたびに右腕でボルトを引く。後遺症の残るお前の腕に、その反復はずっと負担をかけていた。だがこの銃はその必要がない。引き金を引くだけでいい。二十発、続けてだ」
ナグサは青いMk14を構え、二脚を展開して伏せ、引き金を引いた。
タン。次弾が自動で送り込まれる。タン。ボルトを引くたびに右腕へ走っていた、あの骨の奥の鈍い痛みが――来ない。タン。タン。タン……。
百メートル先の的の中心に、着弾が拳ひとつ分の円へと吸い込まれていく。五発。十発。十五発。右腕は一度も悲鳴を上げなかった。二十発目を撃ち終えたとき、スコープを覗く彼女の目から、涙がこぼれて頬当てを濡らしていた。
「……この銃は」彼女の声が掠れた。「私の弱さを、責めないのですね」
「あくまでも右腕にかかる負荷を軽減したに過ぎない」ウェッブが静かに言った。「今日から百蓮という伝統を右手に、Mk14という革新をその傍らに。捨てなくていいものと、新しく得るべきもの。両方を握れ」
「ナグサ先輩」隣でユカリが微笑んだ。「三つも使いこなすなんて、やっぱりナグサ先輩は百花繚乱いちのえり~とですわ!」
「……その称号、あなたのものだったでしょう」ナグサが涙を拭って小さく笑った。
「今日から二人ぶんですわ!」
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午後の訓練はより繊細な領域へ入った。近距離戦闘だ。
ウェッブは十メートル先に三枚の的を、正面と左右の斜めに立てた。
「ユカリ。スコープで正面の的を狙え。……狙ったまま、左右の的が見えるか」
「え? ……あら? ……見えませんわ。正面の的しか……」
「それがトンネルビジョンだ」ウェッブは言った。「スコープは遠くを見るために視野を捨てる道具だ。倍率を最低に絞ってもなお、覗いた瞬間にお前の世界は数度の円に狭まる。至近距離でそれをやれば、視界の外から来る二人目に殺される」
「で、では至近ではどう狙えばいいんですの?」
「狙うな。――照らせ」
ウェッブはMk14の側面の黒い箱、AN/PEQ-15のスイッチを入れた。銃口の先、十メートル先の的の中心に鮮烈な赤い光点が灯る。
「可視レーザーだ。両目を開けろ。スコープは覗くな。頬付けも浅くていい。視界全体を保ったまま赤い点を標的に持っていく。点のある場所に弾が行く」
ユカリが両目を開けたまま銃を振った。赤い点が正面の的へ――タン。右の的へ――タン。左へ――タン。三枚の的が立て続けに砕けた。彼女の視界には、最初から最後まで三枚の的の全部が映っていた。
「み、見えたまま、撃てましたわ……! 世界が狭くなりませんの!」
「拳銃のレッドドットも思想は同じだ。両目、視野、そして点。……近距離戦の照準とは『覗く』ことじゃない。『視野を手放さない』ことだ」
そこから先は反復の海だった。
ウェッブが教えたのは、米陸軍が百年かけて磨き上げた射撃の文法だった。射撃を支える四つの機能――安定、照準、制御、移動。立射、しゃがみ射、膝射、座射、そして二脚を展開しての依託伏射。銃口を斜め下に保つ待機姿勢(ローレディ)から的への跳ね上げ。バリケードの縁に身体を溶かす依託射撃。弾を使わない空撃ち(ドライファイア)の千回の反復。二発一組で撃ち込むコントロールペア。残弾を数えながらの戦術リロードと、空弾倉を地面に捨てる緊急リロード。そして――撃っては直し、直しては移行する、故障排除と移行の無限ドリル。
「姿勢に貴賎はない」ウェッブは繰り返した。「立射は速いが揺れる。伏射は堅いが動けない。正解は状況が決める。全部の姿勢を、考える前に身体が選ぶようになるまで刻み込め」
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夜。ウェッブは四人にGPNVG-18を装着させ、月のない漆黒の森へ連れ出した。
制式ライフルの時代、夜の森は百花繚乱にとって「戦えない領域」だった。何も見えないからだ。だが四眼の暗視装置越しに広がった世界に四人は息を呑んだ。
「……見える」ユカリが感嘆する。「木々も地面も昼のよう……! しかもこんなに広く……首を振らずとも左右まで全部!」
「夜を制するとはこういうことだ。敵が闇に隠れて安心しているとき、お前たちは昼と同じに動ける」
「うおおお、これマジで『それっぽい』……! 特殊部隊じゃん、完全に!」
「その語彙そろそろどうにかしなさいよ」キキョウが溜息をつく。
「昼の訓練を思い出せ」ウェッブはMk14の側面の箱を指した。「PEQ-15のモードを切り替えろ。昼は誰にでも見える赤いレーザー。夜は――暗視装置を着けた者にしか見えない、赤外線のレーザーだ」
ユカリがスイッチを切り替えた瞬間、暗視越しの世界に細い光の線がすうっと伸び、五十メートル先の的の中心に輝点が灯った。肉眼ではそこには何もない。
「こ、これは……昼と同じ、ですわ……! でも敵には見えない……!」
「つまりお前たちは、敵に見えない光で狙いをつけて、闇の中から一方的に撃てる。道具は同じ、光が変わるだけだ。昼に刻んだ癖が、そのまま夜の牙になる」
「見えない光で、闇から一方的に。……えげつねえなこれ」レンゲが珍しく感心しきった声を漏らした。「アタシ、夜が怖くなくなったかも」
「怖がるのは敵のほうだ」ウェッブが静かに言った。
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装備更新の翌朝、午前四時五十分。
まだ夜の色が残る錬兵場に四人は欠伸を噛み殺しながら整列した。蔵の板壁には夜のうちに一枚の紙が貼り出されていた。分刻みの訓練計画表。起床、点呼、体力錬成、装具検査、教練、野戦、救護、夜間演習――余白というものはどこにもなかった。
「米陸軍の新兵は入隊すると三つの段階を潜り抜ける」
ウェッブは計画表の前に立ち、指を三本立てた。
「第一段階、レッド。兵士としての規律と基礎を骨に刻む赤の段階。第二段階、ホワイト。銃と一体になる白の段階。――その入り口を、昨日一日で駆け抜けさせた。仕上げはこの先、青と並行して毎日刻む。順番も区切りも本来の課程とは違うが、時間がない以上、詰め込める所から詰め込む」
「じゃ、じゃあ次は……」ユカリが恐る恐る問う。
「第三段階」ウェッブは静かに言った。「戦場で生き残り任務を果たす術のすべてを学ぶ最終段階。――その名をブルーという」
四人が顔を見合わせた。
「青……」ナグサが呟く。
「偶然だ。だが悪くない偶然だろう」ウェッブの口元がほんのわずかに緩んだ気がした。「今日からの二週間でお前たちを『青』まで連れて行く。約束した通り――地獄のような二週間だ」
そして彼は最後に一つだけ付け加えた。
「一つ警告しておく。今日からこの街のどこかに一人の敵がいる。訓練中、俺は教官であると同時に仮想敵(OPFOR)だ。いつどこから襲うかは言わない。ペイント弾が当たれば戦死。……せいぜい警戒しろ」
「はっ、上等だよ! 大人一人くらい四人で――」
レンゲの言葉が終わるより早く、パンと乾いた音がした。
彼女の胸の中央で青いペイントが弾けていた。
誰も何も見ていなかった。銃声の方向すら分からなかった。ただ、いつの間にか錬兵場の隅の物陰に拳銃を下げたウェッブが立っていた。今の今まで目の前で訓示を垂れていたはずの男が。
「戦死一名。開始三十秒」ウェッブは無表情に告げた。「これがお前たちと戦場の今の距離だ」
【レッド――規律】
地獄は銃声よりも先に生活から始まった。
午前五時、点呼。集合完了は指定時刻の五秒前。一秒でも遅れれば連帯責任で全員が装具を背負って外周走。
「なんでアタシが遅れたらナグサまで走るんだよ!?」
「戦場ではお前の一秒の遅れで隣の仲間が死ぬ」ウェッブの答えは常に同じだった。「訓練で肩代わりできるうちに身体で覚えろ」
装具検査。弾倉の送弾口にわずかな砂。銃口に一筋の綿埃。ウェッブの指はそれを決して見逃さなかった。「装備の手入れは自分の命の手入れだ」と兵士のブルーブックの一節がそのまま彼の口から出た。
バディ制度も敷かれた。ナグサとユカリ。そして――レンゲとキキョウ。
「「よりによってこの組み合わせ!?」」
「息の合う二人を組ませるのは訓練じゃない」ウェッブは取り合わなかった。「バディは互いの装備を点検し、互いの位置を常に把握し、互いの生存に責任を持つ。以上」
体力錬成では珍事が起きた。
ウェッブが人間の新兵用に設定した基準――三キロ走、腕立て、懸垂――を、四人は準備運動のような顔で消化してしまったのだ。レンゲに至っては三キロを走り終えてなお「え、次は?」と首を傾げていた。
ウェッブは無言で計画表に横線を引き、数字をすべて書き直した。負荷十倍。
(――人間の限界を物差しにするのをやめる)
それは彼自身にとっても静かな転換点だった。この二週間、彼は教えると同時に観察し続けることになる。この娘たちの身体がどこまでの戦術を許すのかを。
【ブルー――野戦機動】
森が教室になった。
「戦場で最も愚かな行為は全員が同時に動くことだ」ウェッブは地面に二本の線を引いた。「二組に分かれろ。一組が撃ち、一組が動く。動く側は三秒だけ走って伏せる。三秒――『敵が俺を見た、狙った』と数え終わる前に地面に消えろ。次はさっき撃っていた側が動く。これを交互に繰り返して前進する。相互躍進――バウンディング・オーバーウォッチだ」
「つまり……常にどちらかの銃が敵を睨んでいる状態を切らさないってことね」キキョウは一度で本質を掴んだ。
だが頭で分かることと身体でできることは別だった。
初日、レンゲは援護の射界を三度も飛び出した。彼女の脚が速すぎてキキョウの銃が守れる範囲を置き去りにしてしまうのだ。そして三度目、飛び出した彼女の脇腹でどこからともなく飛来したペイント弾が弾けた。OPFORの狙撃だった。
「戦死。……レンゲ。お前の脚は武器だ。だが系統(システム)の外に出た瞬間、ただの的になる」
「ぐ、ぐぬぬ……」
夜は夜で二十キロの背嚢を背負った山岳行軍が待っていた。もっとも重量は四人にとって問題ではなく、本当の課題は別にあった。地図とコンパスと歩測だけで、月のない山中の集結点へ正確に辿り着くこと。
「タブレット端末やスマホは使わせない。電子機器は壊れる。妨害される。だが磁石と星と自分の歩幅は裏切らない」
そしてブルーブック直伝の、拍子抜けするほど地味な教え。
「行軍が終わったら真っ先に靴下を替えて足を乾かせ。足の手入れは装備の手入れと同格だ。歩けない兵士はどれほど強くても兵士じゃない」
「ま、豆が……えり〜との足に豆が……」ユカリが半泣きで靴下を替える。
「その豆が勲章に変わる日が来る。手のひらの時と同じだ」
【ブルー――偵察と救護】
「見ることは撃つことより難しい」
偵察教練。四人は擬装をまとい、ウェッブの言う「観測」を叩き込まれた。双眼鏡のレンズに日光を反射させない角度。稜線に頭を出さない歩き方。そして報告の型。
「規模、行動、位置、部隊、時刻、装備。この六つの順で報告しろ。『なんか変な奴がいた』は報告じゃない。『一名、徒歩で北進中、三叉路、所属不明、〇六一〇、長物を携行』が報告だ」
数日後、この教練は初めての勝利をもたらした。夜明けの観測訓練中、ナグサのスコープが五百メートル先の茂みに潜むウェッブの偽装帽の不自然な直線をわずかに捉えたのだ。
「……規模一名。位置、東の涸れ沢の上。行動、我々を観測中」
四人が初めて狩られる側から見つける側に回った瞬間だった。無線の向こうでウェッブが短く言った。
「――良い目だ。観測手、合格」
戦術的戦傷救護(TCCC)の日は、レンゲが最も大きな代償で最も大きな教訓を得た。
演習想定――ユカリが被弾して開けた道の真ん中で倒れている(当のユカリは「う、撃たれましたわ〜……えり〜とはここまでですの……皆さま、身共の分まで……がくり」と迫真というより怪演の負傷者を演じていた)。レンゲはバディを助けるために反射的に飛び出した。
その背中に容赦なくペイント弾が撃ち込まれた。
「戦死二名。救護者が最初に死ぬのが戦場で二番目に多い悲劇だ」ウェッブは冷たく言った。「銃火の下では治療より先にやることがある。撃ち返せ。制圧しろ。――戦場における最良の薬は火力の優越だ。敵の頭を下げさせて初めて仲間に触れる資格ができる」
止血帯を四肢に巻く訓練。自分の腕に利き手だけで巻く訓練。そして負傷者の何から手当てするかを決める手順――大量出血、気道、呼吸、循環、低体温。頭文字を取ってMARCH。
「順番を間違えるな。息をしていなくても大量出血を先に止めろ。血が無ければ息をさせても死ぬ」
【ブルー――夜と山】
訓練二週目の頭、四人は山に「置き去り」にされた。
二泊三日のサバイバル演習。持ち物はナイフと水筒と非常食一日分、そして無線機一台。雨露をしのぐ寝床の作り方。水の濾過と煮沸。夜間に光を漏らさない焚き火の掘り方。
初日の夜、掘り込み式の焚き火を四人で囲んだ。
「……なんか変な感じだよな」薪をくべながらレンゲがぽつりと言った。「ちょっと前までアタシら全員バラバラでさ。委員会は潰れて、アタシは腐って、キキョウは冷めて、ナグサ先輩は消えて、ユカリは独りぼっちで。……それが今、山の中で同じ火を囲んでる」
「悪くないでしょう?」ナグサが微笑んだ。
「……悪くない」キキョウが素直に認め、それから火の向こうの闇に目をやった。「ねえ。どうせこの闇のどこかで聞いてるんでしょ、先生。あんたはこういうの誰に教わったのよ」
闇は少しの間黙っていた。
それから思いのほか近くから声がした。
「――思い出せない教官に、だ」
それ以上誰も聞かなかった。ただユカリがそっと、焚き火の薪を一本、闇のある方へ寄せて置いた。
【ブルー――市街地】
そして訓練は最後にして最大の領域へ入った。市街地戦闘。
教場は街外れの廃倉庫群。ウェッブが板材で内部を仕切り、部屋と廊下と階段を持つ「キルハウス」に作り替えていた。
「森の戦いが百メートルの世界なら、市街地は三メートルの世界だ。角の向こうは常に未知。ドアは全部棺桶の蓋だと思え」
最初の手本は、ウェッブ自身が示した。四人を廊下の壁際に積み重ならせ(スタック)、自らが先頭に立つ。閉じた戸板の前で彼は一拍だけ静止し――口の中で、ほとんど音にならない英語を転がした。
「……Surprise, speed, success.」
次の瞬間、戸は蹴り開かれ、部屋の三枚の的は三秒とかからず沈黙していた。
「先生。今の言葉は?」聞き咎めたのはナグサだった。
「奇襲、速度、成功。突入の三原則だ」ウェッブは短く訳し、それきり口を閉ざした。「……昔の癖だ。気にするな」
彼はそれ以上説明しなかった。だが以後、彼が戸口の前に立つたび、その唇が同じ三語を音もなくなぞるのを、四人は何度も見ることになる。
積み重なり(スタック)。突入の呼吸。部屋の四隅への視線と銃口の配分。互いの射線を横切らない足運び。教練は日ごと実戦形式に近づき、ペイント弾が壁を青に染めていった。
だが、この教場でウェッブが本当に教えたかったものは突入術ではなかった。
ある朝、四人がキルハウスに突入すると、部屋の中には的が十二枚立っていた。四人は完璧な連携で、三秒ですべてを制圧した。
「全的命中。所要三秒」ウェッブは記録板から顔も上げずに言った。「――ところでお前たちは今、守るべき相手を傷つけ、信頼を失った」
四人が凍りついた。
倒れた的を裏返すと、十二枚のうち三枚には銃ではなく団子の盆や巾着が描かれていた。
「祭りの夜、お前たちの視界に入る人間の九割九分は守るべき住民だ」ウェッブの声はこの二週間で一番冷たかった。「撃っていい的しか出てこない訓練は訓練じゃない。今日からこのキルハウスでは、撃つべきでないものを撃たない訓練をする。引き金を引く速さの勝負は終わりだ。ここからは引き金を引かない判断の速さを競え」
識別射撃訓練。武器の有無。手の位置。人質の陰。四人の突入は一度遅く慎重になり――そして数日後、速さを取り戻した。今度は正確さを一切損なわずに。
この課程で頭角を現したのは、キキョウだった。
「い、意外ですわ……キキョウ様が一番の武闘派ですの!?」
「心外ね」キキョウは涼しい顔で拳銃をホルスターに戻した。「最小の力で、最短の時間で終わらせる。それが一番『合理的』というだけよ」
至近距離戦闘(CQC)の教練で彼女はウェッブを相手に組み続けた。払われ、崩され、極められ、床に沈められ――それでも彼女は淡々と立ち上がり、一手ごとに彼の技術を盗んでいった。そして最終日、彼女の掌打が初めてウェッブの防具の胸を掠めた。
錬兵場が悲鳴のような歓声に包まれた。
「せ、先生に当てましたわ! キキョウ様が! あの先生に!」
「掠っただけよ」キキョウは息を切らしながら、しかし隠しきれない笑みで髪を直した。「……でも当たるのね。あんたにも」
「当たる」ウェッブは頷いた。「俺は超人じゃない。訓練された人間だ。――そしてお前たちは今、同じ訓練を積んでいる」
【教範の外へ】
変化は二週目の半ばに訪れた。
いつしか四人は教わることを超え始めていた。
始まりはキキョウの一言だった。彼女は相互躍進の図を睨みながら、ふとチョークを止めた。
「……ねえ、先生。ずっと引っかかってたの。相互躍進は『動く者は無防備だから撃つ者が守る』という理屈よね。でも――私たちの身体は小銃弾程度なら弾く」
彼女は図の「遮蔽物」の記号をぐるりと丸で囲んだ。
「だったら動く遮蔽があってもいいんじゃない? レンゲが先頭で敵の射線をわざと吸って、その背中を盾に後続が前進する。教範の言う『援護』を、火力じゃなくて身体でやるのよ」
「駄目だ」ウェッブは反射的に切り捨てた。「兵士を弾除けにする戦術は戦術じゃない。論外だ」
「人間の兵士ならね」キキョウは引かなかった。彼女は訓練記録の束を机に叩きつけた。「これ、二週間分のペイント被弾記録。レンゲの被弾百七十回、負傷ゼロ。私たちの身体は先生の教範が前提にしている身体と違う。……先生が自分で言ったのよ。『人間の限界を物差しにするのをやめる』って」
長い沈黙があった。
ウェッブは記録をめくり、レンゲを見て、もう一度記録を見た。そして彼は教官として最も誠実な結論を口にした。
「――試す。実弾に模した最大威力のペイント弾で、あらゆる角度から。数字が理屈を支持したら、採用する」
数字は支持した。
その日から蔵の板壁には印刷された教範の隣に手書きの頁が一枚、また一枚と貼り足されていった。
レンゲの「動く遮蔽」。先頭で敵火を吸って射線を暴き、後続の突入路をこじ開ける突撃前衛。彼女はこれを「ブルーローズ・アサルト」と名付けようとして、キキョウに「却下。移動遮蔽戦術」と三秒で改名された。
ユカリの「全周射撃」。常人なら骨が軋む姿勢からの射撃を彼女の膂力は許した。仰向けのまま、片手保持のまま、走りながらの装填のまま。どんな体勢からでも二秒以内に正確な初弾。「えり〜とに死角なし、ですわ!」
ナグサの「跳躍陣地変換」。撃って、跳ぶ。生徒の脚力は屋根から屋根への跳躍を許す。一発ごとに射点を変える狙撃手は事実上位置を特定できない。撃たれた側に残るのは「どこか高所から狙われている」という恐怖だけ。
そしてキキョウの「捕縛術理」。これが最も静かで、最も重要な発明だった。
「生徒の身体は頑丈。つまり――全力で投げても極めても壊れない」彼女は言った。「人間相手なら殺傷になる強度の制圧が、私たち相手なら『安全に無力化する』選択肢になる。……先生。あんたの言う『生徒には決して手を掛けない』は、この街でなら綺麗事じゃなくて成立する教義よ。殺さず、確実に、捕らえる。私はそれを体系にする」
ウェッブはその手書きの頁を長いあいだ見つめていた。
彼が世界中で学ばされてきたのは常に「いかに効率よく無力化し殺すか」だった。だがこの少女たちは彼の技術を土台に、殺さないための体系を自分たちの手で書き始めている。
(――教範は人間の身体を前提に書かれている。お前たちの身体はその前提の外にある。なら)
「……書き足せ」彼は静かに言った。「遠慮なく書き足していけ。それはもう俺の教範じゃない。お前たちの教範だ」
四つの発明はやがて一つに束ねられた。跳躍で立体交差する射線、動く遮蔽が啓く突入路、全周からの援護、そして最後に触れる捕縛の手。キキョウはそれを几帳面な字で「三次元躍進」と記し、ウェッブは自分の記録に短い英語でこう書き留めた。
――3-D Bounding. Doctrine: original.(三次元躍進。教義:独自)