『ボーン・アブソリューション』 (The Bourne Absolution)   作:T/A2000

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第2話:恐怖の館

暗い。だが、完全な闇ではない。

 

連邦生徒会防衛室による理不尽な解体処分から、シャーレの「先生」ことデイヴィッド・ウェッブの超常的な介入によって、辛うじてその存在を繋ぎ止めたSRT特殊学園。その特別訓練施設として隔離された廃ビル群に、特設屋内戦闘エリア、通称『恐怖の館(キルハウス)』の全貌があった。

 

かつてノースカロライナ州フォート・リバティに実在したデルタフォースの高度近接戦闘訓練施設『レンジ37』をキヴォトス用に改変した、急造の屋内戦闘訓練場だ。

 

建物の外周は、冷たい夜霧に包まれている。侵入ルート上の遮蔽物に身を潜め、アリウススクワッドのリーダー・錠前サオリ(ARIUS1)は、戦術端末に同期された暗号化データリンクを鋭い視線で見つめていた。

 

彼女たちアリウススクワッドの面々は、あの『エデン条約調印式典爆破テロ未遂事件』において先生にその凶行を阻止され、本来ならば矯正局へと送られる身だった。しかし、ウェッブの独断によるスカウトを受け、このSRT特殊学園へと転入することとなった経緯がある。

 

だが、籍を移してまだ日は浅い。かつてキヴォトス全域を恐怖に陥れたテロリストと、選ばれしエリートであるSRTの元々の在校生――FOX小隊やRABBIT小隊の面々との間には、いまだ冷え切った、馴染みきれない壁が厳然として存在していた。

 

「フォックス1、こちらラビット4。……SALUTEレポートを送信します」

 

ギリースーツの代わりにその辺の瓦礫やゴミ箱の陰と完璧に一体化しているRABBIT小隊の霞沢ミユ(RABBIT4)から、米陸軍の通信プロトコルに完全準拠した、感情を削ぎ落とした報告がヘッドセットに響く。声こそ消え入りそうだが、その戦術的精度は本物だ。

 

「サイズ3、アクティビティは外周巡回。ロケーション、グリッド・アルファ・ツー。ユニット、正体不明のアンドロイド歩哨。タイム、現在時刻。イクイップメント、自動小銃。……どうぞ」

 

「フォックス1、了解。フォックス4、狙撃班を統制せよ、どうぞ」

七度ユキノ(FOX1)の冷徹な声が飛ぶ。

 

「こちらフォックス4、了解~。ラビット4、アリウス4、聞こえる? 私の観測データと同期して。風向、北北西から1.5メートル。湿度42%。……ターゲット・アルファはラビット4、ブラボーはアリウス4。右端のチャーリーは私がもらうね。……いつでもいけるじゃん、どうぞ」

 

天神山オトギ(FOX4)が、気だるげにSRT製スナイパーライフルのストックに頬を預けたまま、スポッター(観測手)として精緻な弾道データをデータリンクへと流し込む。

 

「……あ、あの、こちらアリウス4! デ、データ同期確認しました……! ターゲット・ブラボーの胸部にレティクル固定……! 私なんかをエリートの皆さんの射線に入れてくださって、すみません……どうぞ」

 

アリウスの槌永ヒヨリ(ARIUS4)が涙目で巨大な対物狙撃銃を抱え、小刻みに震えながらも、正確な射撃規律を維持して標的を捉えていた。

 

「こちらラビット4。ターゲット・アルファ、捕捉完了……どうぞ」

 

「よしよし、二人とも照準よし。こちらフォックス4、ユキノ先輩、狙撃班はいつでもいけるよ、どうぞ」

 

「こちらフォックス1。カウントダウンは行わない。私の『エグゼキュート』の号令で同時排除。……交戦許可。エグゼキュート」

 

サプレッサーを透過した、硬質な風切り音が同時に三度。

完璧な統制射撃により、外周の歩哨3機がシステムを強制シャットダウンされ、泥の上に音もなく崩れ落ちた。

 

「こちらフォックス4。全標的の完全沈黙を確認。これより狙撃班は予定通り、最終エリア上部のキャットウォークへ陣地転換を開始します。……重い銃を持って走るの、本当にだるいなぁ、どうぞ」

 

オトギがそう無線に残し、二人のスナイパーを引き連れて影のように夜霧の廃ビルへと移動を開始する。発砲直後の位置暴露(ポジション・ディテクト)を防ぎ、次の射線を構築するための迅速な陣地転換(ディスプレイスメント)だ。

 

「こちらラビット1。外周クリア。これよりエントリーポイントへ前進……どうぞ」

 

月雪ミヤコ(RABBIT1)率いるSRTの突入班が遮蔽物を蹴って動こうとした瞬間、サオリ(ARIUS1)がその鋭いハンドサインで全員を制止させた。

 

「待て。……足元を見ろ。土を不自然に掘り返した跡がある。ウェッブ教官のやり方だ。マニュアルにない位置に、クレイモアが仕掛けられている」

 

サオリはナイフの刃先を泥に突き刺し、巧みに訓練用クレイモアの感知ワイヤーを無力化してみせた。

 

「助かった、アリウス1。……さすがに、汚いトラップを見つけるのだけは得意なわけだ」

 

突入班の空井サキ(RABBIT2)が、感謝とも皮肉とも取れる言葉を低く零す。

近代特殊部隊の教科書通りのアプローチを重んじるミヤコ(RABBIT1)やユキノ(FOX1)は、サオリの地獄のような実戦経験に基づいた超人的な警戒能力に、無言で息を呑んだ。

 

だが、その視線には信頼ではなく、かつてテロリストとして戦場を泥に塗れさせた者への拒絶と警戒が、未だ色濃く残っていた。

 

「ラビット1から各員。これより第1セクターへの侵入を開始する。まずはリミテッド・エントリーで入口の安全を評価。クリアを確認後、ダイナミックに移行する……どうぞ」

 

館の1階へと到達した突入班の動きは、マニュアル通り寸分の乱れもない。

ポイントマンのサキ(RABBIT2)がハンドガンを保持し、FOX小隊の高倉クルミ(FOX3)が防弾シールドを構えてドアの左右に分かれる「ロック」の配置につく。その背後へ、副小隊長の吉野ニコ(FOX2)が素早く滑り込み、ドアのヒンジとロック部分へ細帯状のC2爆薬をしなやかに貼り付けた。

 

「ブリーチング準備完了。……ショック・チューブ、セット。ブリーチング!」

 

ニコの鋭い警告。スタックを組んだ面々が身を縮めた直後、爆破(ブリーチ)の轟音と共に重い木製ドアが室内に吹き飛んだ。

衝撃波の残煙が引くよりも早く、サキ(RABBIT2)がドア枠の死角を外側から少しずつ削り取るように「カッティング・ザ・パイ」を開始する。

 

「L側ハーフクリア! 角度を刻む……正面90度、脅威なし!」

 

「前二人は速度優先! 入ったなら撃たれても絶対に足を止めるな!」

 

クルミ(FOX3)がシールドを先頭に狭い入口を鋭く斜めに突っ切るクロスエントリーを敢行して滑り込む。

 

「こちらフォックス2、突入班のバックアップに入る。サキ、そのまま低い姿勢(ロー)を維持して!」

 

ニコ(FOX2)が流れるような足さばきで追従し、サキの頭上を越える形でショットガンを構える。サキが急に立ち上がっても自分の銃口の前に出ないよう、トリガーを引く手をサキの頭より高い位置に配置する「手のひらは頭上の原則(Palms overhead principle)」を徹底した、完璧な「ロー・ハイ」のフォーメーションだ。

 

直後にフラッシュバンが炸裂し、室内のアンドロイド容疑者たちが視界と聴覚を奪われる。サキとクルミの銃口が正確に火を吹き、秒単位で最初の部屋が制圧されていく。

 

「ルームクリア! 入り口に見えるようケミライトを配置して、次のセクターへ前進!」

 

ミヤコ(RABBIT1)の命令の通り、行き止まりの部屋の入り口に掃討済みの目印であるケミライトが落とされる。ここまでは完璧だった。洗練されたCQBのマニュアルが、寸分の狂いもなく機能していた。

 

しかし――ウェッブが用意した『恐怖の館』の本番は、ここからだった。

 

次の通路へ足を踏み入れようとしたサキ(RABBIT2)のブーツが、空間に張られた不自然な極細の鋼線に触れそうになる。

 

「下がれ!」

 

サオリ(ARIUS1)がサキの襟髪を掴み、力ずくで後方へと引き戻した。

直後、通路の低位置、高位置、さらにはドアノブの解放張力に連動した三重のワイヤートラップが連動し、壁の漆喰を突き破って、訓練用のペイント散弾を搭載したIED(即席爆発装置)が牙を剥いた。もし前進していれば、スタックごと全員がキル判定を受けていた。

 

「――ッ!? ドアノブの張力起爆!?」

 

ミヤコ(RABBIT1)が動揺の声を上げる。さらにカオスを煽るように、通路の奥から、訓練用爆薬を身体に巻き付けたアンドロイドが、奇声を上げながら猛烈な勢いで自爆突撃を敢行してきた。

 

「SRT、下がれ! 綺麗に空間を管理しようとするな!」

 

サオリ(ARIUS1)の低い咆哮。彼女はマニュアル通りの射界確保など無視し、崩れた瓦礫の山に身体を投げ出すように滑り込ませ、匍匐の体勢から自爆アンドロイドの膝関節を正確に撃ち抜いた。

 

「ミサキ、アツコ! 煙を濃くしろ! ここは部屋じゃない、ただの崩れた坑道だと思え!」

 

「……了解」

 

戒野ミサキ(ARIUS3)が即座にガスグレネードを壁に反射させて投擲し、通路の視界を最悪の泥濘へと変える。マニュアル通りの射線が通らない煙の中で、秤アツコ(ARIUS2)はガスマスクの奥から穏やかだが冷徹な視線を向け、ハンドサインを鋭く送った。

 

――『敵の立ち位置、足音で固定。右奥の壁を遮蔽に使い、ゼロ距離に引き込む』

 

アリウスの3人は、破壊された障害物やワイヤートラップの死角を自らの皮膚のように利用し、泥臭く、しかし確実に、想定外の罠とアンドロイドを無力化していく。

 

だが、このカオスの中で決定的な歪みが生じていた。煙を抜ける際、サキ(RABBIT2)が背後を振り返り、自分の背中をカバーしているミサキ(ARIUS3)に対して一瞬、銃口を向けかけたのだ。

 

「……ッ、何をするんだ! 邪魔だ!」

サキ(RABBIT2)が低く毒づく。ミサキ(ARIUS3)は感情の失せた目でそれを見返し、静かに告げた。

 

「……別に。あなたが勝手に死角に飛び込んだだけ。どうせ、私たちが後ろにいるのが怖いんでしょ」

 

「何だと……!? 元テロリストが背後にいて、平気なわけないだろ!」

 

「二人ともそこまでよ!」

 

クルミ(FOX3)が厳しい声で制止するが、ニコ(FOX2)もまた表情を硬くする。

 

「みんな落ち着いて、まだクリアされてない部屋が残ってるわ。内輪揉めは後にしなさい」

 

「……私たちは、あなたたちを撃たないよ。ウェッブ教官のルールに従っているだけ」

アツコ(ARIUS2)の静かな言葉に、サキは言葉を詰まらせる。

 

「こちらラビット1! 無線規律を維持してください! 感情的な会話は禁止です!……どうぞ」

 

「フォックス1から全隊へ。摩擦を起こすな。これ以上の遅れは許されない」

 

ミヤコ(RABBIT1)とユキノ(FOX1)の叱責が無線を打つが、すでに手遅れだった。

 

そして、突入班が命からがら最終エリアである中央大部屋の鉄扉へと到達したその時、陣地転換を完了していた狙撃班から、決定的な戦術情報(インテリジェンス)が無線に滑り込んだ。

 

「こちらフォックス4、陣地転換完了~。中央大部屋の天窓と排気スリットから内部の状況を確認したよ。……突入班、聞いて。部屋の左右の完全なデッドスペースに、防弾シールドをマウントした自律重機銃が2機。進入線を真横からハサミ撃ちにする最悪のアンブッシュが組まれてる。私たちの高所射線から機銃の防盾裏のサーボを狙えるから、突入と同時に狙撃支援(カウンター)をかけるよ。タイミングを合わせるじゃん、どうぞ」

 

オトギ(FOX4)による冷徹なアセスメント。ミヤコ(RABBIT1)が「ラビット1、了解。……狙撃班のタイミングに合わせます」と応じる。

 

だが、スタックの2番員にいるサキ(RABBIT2)の指先は、トリガーガードの上で不自然に硬直していた。通路でのミサキとの摩擦、そして頭上から自分たちを狙う銃口の一つが、かつて自分たちの日常を壊しかけたアリウスのヒヨリ(ARIUS4)であるという事実が、パラノイアとなって彼女の思考を侵食していたのだ。

 

(……本当に、上からの情報を丸呑みにして突っ込むのか? もしアリウスの狙撃が外れたら、最初にハチの巣になるのはポイントマンの私だぞ)

 

「狙撃班、号令で機銃を制圧。……突入班、READY……GO!」

 

ニコ(FOX2)が最後のC2を炸裂させ、ミヤコ(RABBIT1)を先頭に部隊が大部屋へ激しくダイナミック・エントリーを敢行した。

同時に、上空の暗闇から、強烈な風切り音が鳴り響く。

 

「ラビット4、エンゲージ!」

 

ミユ(RABBIT4)の放った精密な一撃が、右側の自律機銃の基盤を正確に撃ち抜き、火花を散らせて機能停止させた。

問題は、左側だった。

 

「ひ、ひぃぃ、撃たないでくださいぃぃ!!」

 

ヒヨリ(ARIUS4)が半泣きになりながらも、オトギのレーザー照射に合わせて対物狙撃銃の引き金を引き絞る。弾丸は計算通り、左側の機銃の駆動モータへとまっすぐ向かっていた。

 

しかし、突入したサキ(RABBIT2)の脳裏に「ヒヨリが誤射するかもしれない」という最悪の疑念が浮かんだ。

背後右上方から放たれた対物弾の凶悪な衝撃波を感じた瞬間、サキは恐怖から反射的に地面に伏せるという、致命的な挙動をとってしまった。

 

「アリウス4! 私の頭上を通すな! 撃ち殺す気か!?」

 

サキが叫びながら地面に伏せたその時、死角から突如出現したアンドロイドの銃撃を食らう。

 

「しまっ――」

 

後方のアツコが躓き、二人は床の上で折り重なった。そして、サキとアツコの身体に非情な赤ペイントが炸裂する。

 

『ラビット2、アリウス2、KIA(作戦行動中死亡)』

戦術端末が最悪のアナウンスを響かせる。

 

「サキ! アツコ!」

ミヤコが叫びながらアンドロイドに銃弾を浴びせて無力化した。

 

直後、部屋の四隅に設置された大型のIEDが数珠つなぎで連動し、中央のコントロールパネルに、赤いデジタル数字が狂ったように点滅を始める。

 

「こちらラビット3! 複合信管の作動を確認! 退路シャッター完全閉鎖……残り時間、50秒! 物理切断に入る! 突入班、信管カヴァーを開けて!」

 

戦術端末のコンソールを叩いていた風倉モエ(RABBIT3)が、普段のだるそうなトーンを一変させ、サディスティックな歓喜と焦燥の混ざった声を無線に叩きつけた。爆発物と重火器の専門家としての血が騒いでいる。モエはアサルトライフルを背中に回すと、小型のマルチツールとミリタリー仕様の検電テスターを手に、身軽な動作で中央のIEDへと滑り込んだ。

 

「ひぃっ、やっぱりみんなここで爆発して木っ端微塵になるんですぅ!」

ヒヨリ(ARIUS4)の悲鳴が響く。

 

「モエ、私がラインを維持する!」

ミヤコが残ったドローンの機銃を盾で弾きながら叫む。

 

モエはマルチツールのプライヤーでIEDの金属ケースを強引にこじ開け、複雑に入り組んだ並列回路にテスターの針を突き刺した。

 

「……ちょっと、これ狂ってる。二重構造の並列信管。教科書通りなら回路を遮断するために青の配線を切断だけど……ダメ、裏のハイドロ圧力センサーが反転トリガーになってる。切った瞬間に電気信号が途絶えて即起爆する仕組み。……残り30秒!」

 

モエの額から、冷たい汗が伝い落ちる。爆弾のスペックと構造を瞬時に見抜くインテリジェンス。だが、マニュアルに書かれた「安全な解」が物理的に封じられている。

 

「……あはは、教官の頭の中、完全にイカれてるわ」

 

「モエ、手を止めるな。即興の解を見つけろ」

ユキノ(FOX1)が冷徹な声を飛ばす。だが、論理の迷路に行き詰まったモエの指先が、コンマ数秒、躊躇に震えた。残り時間は15秒。

 

「――ラビット3、そこをどけ」

背後から近づいたサオリ(ARIUS1)が、モエの肩を掴んでテスターを覗き込んだ。

 

「アリウス1!? 邪魔しないで、今計算を――」

 

「お前の言う通り、青を切れば即座にハイドロ圧が牙を剥く。ならば回路そのものを無意味にしろ」

 

サオリの脳裏に、かつてカタコンベの闇で目撃したウェッブの後ろ姿と、彼の冷徹な講義がフラッシュバックしていた。

 

> 『敵に意味を求めるな。だが、設計者の“最適解”を疑え。生存のための解は、常に最も泥臭い場所にある』

 

「理不尽な構造だが……これが、あの男のクセだ。あの男は必ず、マニュアルの逆を突いてくる。回路全体を麻痺させろ」

 

サオリの意図をモエが瞬時に理解した。

 

「……! アース線(接地回路)をショートさせて、基盤ごと過電流で焼き切る(フラッシュアウト)……!?」

 

「そうだ。やれ」

 

「ふふっ……了解!」

 

モエはサディスティックな笑みを浮かべると、青いコードを無視し、基盤の最奥にある不自然に太い銅線に向けて、マルチツールのナイフブレードを思い切り突き刺した。

 

火花が散り、過電流が信管の電子回路を物理的に焼き尽くす。

 

――カチリ。

 

残り1秒。赤いデジタル数字が『00:01』でピタリと停止し、不気味な警告音が静まり返った。

大部屋に、全員の荒い呼吸の音だけが響く。

 

直後、室内の照明が容赦のない白さで一斉に明転した。スピーカーから、感情を完全に削ぎ落とした、しかし確固たる質量を持つ声が響く。

 

『状況終了。……全員、中央へ整列しろ』

 

---

 

明転した訓練場の白い光の下、アリウス、RABBIT、FOXの生徒たちが一列に整列していた。全員が激しい疲労と、それ以上に戦術の崩壊による強い精神的ストレスで顔を強張らせている。

 

彼女たちの前に歩み出たデイヴィッド・ウェッブは、手元のタブレットに視線を落としたまま、凍りつくような声を響かせた。その鋭い眼光が、まずミヤコ(RABBIT1)とユキノ(FOX1)に向けられる。

 

「……生き延びたな。だが、戦術的には完全な全滅だ。今回のクリアはモエの知識とサオリの即興の機転が、破れかぶれの博打で噛み合ったに過ぎない」

 

ウェッブは冷たい視線でサキ(RABBIT2)とミサキ(ARIUS3)を見据えた。

 

「サキ。お前は煙の中で後ろを振り返り、さらに最終部屋では頭上をカバーするヒヨリの狙撃を信用しきれず、無駄な回避挙動をとった。意識の半分を味方への警戒に割いた結果、何が起きた?」

 

サキが屈辱に唇を噛み、視線を激しく逸らす。

 

「ミサキ、サオリ。お前たちも同罪だ。SRTの統制された戦術を実戦を知らぬエリートの机上論と見下し、フォーメーションの維持を放棄して勝手に個人のゲリラ戦に走った。結果として部隊の連携は完全に引き裂かれ、爆弾解体のリミットを極限まで縮める原因を作った」

 

ウェッブの低い声が、タイルの壁に冷たく反響する。

 

「SRTはアリウスをかつてのテロリストとして疑い、アリウスはSRTを温室育ちと侮蔑している。お互いを自分の背後に置くことを恐れている。そんな状態の尖兵など、戦場ではただの動く標的だ。敵はお前たちのルールの外側から、その信頼の隙間を正確に撃ち抜いてくるぞ」

 

彼はそこで一拍置き、手元のタブレットの画面を消すと、一列に並ぶ生徒たちの顔を一人ずつ見据えた。その視線には、先ほどまでの冷酷な叱責とは異なる、静かな重みが宿っていた。

 

「……だが。最後はどうだ」

 

その言葉に、テスターを握りしめていたモエが顔を上げ、サオリが微かに視線を動かす。

 

「モエの知識がなければ、サオリ、お前はアース線の位置すら特定できず爆死していた。サオリの裏をかく実戦経験がなければ、モエ、お前は論理の迷路で綺麗に死んでいた。……互いを排除し合い、足を引っ張り合ったお前たちが、最後の数秒、自らの専門知識と経験を差し出し合って一つの解を導き出した」

 

ウェッブは歩を進め、部隊の全体を見渡せる位置で立ち止まる。

 

「道中の無様な摩擦は、戦場なら全滅に値する。だが、あの最悪のキルゾーンを生き延びたという事実、そして最後に噛み合ったその一瞬の連携こそが、お前たちがこれから目指すべき目標だ。SRTの洗練された規律と、アリウスの泥臭い生存術。その双方が真に融合した時、お前たちはキヴォトスのどの治安維持組織も到達し得ない、最強の組織になる」

 

ウェッブの眼鏡の奥の目が、ほんの僅かに和らいだ。

 

「技術を腐らせるな。自らの戦術的価値がどこにあるのか、そして『異なる教理を持つ味方』をどう作戦に組み込むか、もう一度考え直せ。……今日の講評は以上だ。解散」

 

ウェッブは振り返ることもなくコントロールルームへと去っていった。

 

すべてが終わり、硝煙の臭いが残る訓練場で、サオリは一人、ウェッブの背中を追った。

 

「……教官」

 

通路の闇の直前で、ウェッブの足が止まる。サオリは拳を握り締めながら、その孤独な背中に問いかけた。

 

「SRTの洗練された規律と、私たちの泥臭い生存術。……あなたは、その両方が噛み合わなければ、これから訪れる本物の戦場は生き残れないと言いたいのか? だが……あの子たちは私たちを、エデン条約のテロリストとして見ている。その不信の隙間を埋める方法を、私は知らない」

 

ウェッブはすぐには答えず、影に沈んだ横顔を僅かに向けた。彼の脳裏に、かつて自身が歩んできたラングレーの冷たい廊下、誰も信用できず、誰からも信用されなかった孤独な兵器としての記憶が蘇る。

 

「……方法などない。ただ、背中を預けるという事実を積み重ねるだけだ」

ウェッブは低く、しかし確固たる質量を込めて言った。

 

「私はお前たちを、過去の罪で切り捨てるためにスカウトしたわけではない。正式な居場所を失ったお前たちを、ただの使い捨ての武器にするつもりもない。お前たち全員を、生きて次のステージへ進ませる。そのために、私はここにいる」

 

サオリはその言葉の重みを、胸の奥で静かに噛み締めた。

あの日の夜、自分を暗闇から救い出し、端に追いやられた自分たちに生き残るための居場所を与えようとしてくれる唯一の大人。

 

「……了解しました」

 

サオリは深く一礼し、夕闇の中へと歩き出した。

 

その背中を、少し離れた瓦礫の影から見つめる視線があった。ミヤコ(RABBIT1)とユキノ(FOX1)だ。

 

「……ミヤコ。教官の言った通り、私たちは彼女たちの過去に囚われ、戦場で最も重要な信頼を自ら放棄していたのかもしれない」

 

ユキノの呟きに、ミヤコは自身のサブマシンガンのレシーバーを静かに撫でた。

 

「……認めざるを得ません。モエの専門知識に、あのアリウスの判断が加わらなければ、私たちは本当に全滅判定を受けていた……。ですが、かつての敵を完全に背後に置くには、まだ私たちの覚悟が足りないのも事実です」

 

「教官の言う通り、確執がある限り私たちは戦場で確実に死ぬ。……あのアリウスの連中と、本当の意味で一つのチームになるためには……」

 

ユキノはそれ以上語らず、静かに踵を返した。

 

教官に指摘された致命的な欠陥――相互不信という重い課題を突きつけられたまま、彼女たちの本当の試練と、少しずつ変わりゆく不器用な関係性は、まだ始まったばかりだった。

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