『ボーン・アブソリューション』 (The Bourne Absolution)   作:T/A2000

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第5話(アビドス編):新兵訓練

午前四時三十分。

陽が昇る前のキヴォトスの砂漠は、日中の酷暑が嘘のように皮膚を突き刺す冷気に満ちている。

薄暗いアビドス高等学校の校舎に、突如として硬質な金属音が鳴り響いた。鉄パイプでスチール机の脚を容赦なく叩きつける、容赦のない音だ。

 

「起床(ウェイク・アップ)。三分で着替えを済ませて校庭に整列しろ」

 

仮眠室のドアを開け放ち、感情を完全に削ぎ落とした低い声を響かせたのはデイヴィッド・ウェッブだった。彼は既に黒のフライトジャケットの下に、防弾プレートを挿入した重厚なタクティカルベストを着用し、一ミリの弛緩もない佇まいで立っていた。

 

「うへぇ……おじさん、まだ夢の途中だよぅ……」

長椅子の上の寝袋から這い出てきた小鳥遊ホシノは、完全に目が死んでいた。普段の気だるげな雰囲気に輪をかけて、朝の弱さが全面に出ている。ピンク色の髪はあちこちに跳ね、オッズアイの瞼を必死に擦りながら、頼りなくふらふらとよろめいていた。

その横では、砂狼シロコだけが既にアサルトライフルを点検し終え、鋭い視線をウェッブに向けている。

「ん。準備完了」

 

しかし、他の3人にとっては拷問以外の何物でもなかった。

「ちょっと、あんた朝から何やってるのよ……!」

黒みセリカがツインテールを振り乱して抗議の声を上げるが、ウェッブは彼女の言葉を完全に無視し、用意していた5人分の重い装備一式を床へと無造作に放り投げた。ズシン、と砂埃と共に鉄の質量が響く。

 

防弾ベスト、予備弾薬マグポーチ、水筒、そして砂漠用の無線端末。総重量、約十五キロ。

 

「な、なんですかこれ……」

支給された装備を恐る恐る持ち上げた奥空アヤネの顔から、サァッと血の気が引いていく。近視の眼鏡の奥の目が、絶望に大きく見開かれた。

「あ、あの、先生……これ、後方でコントロールを担当する私も、やらなきゃダメなんですか……?」

 

胃を押さえながら消え入りそうな声で尋ねるアヤネに対し、ウェッブは眼鏡の奥の冷徹な目を向け、一歩足を踏み出した。その圧倒的な威圧感に、アヤネの背筋が凍りつく。

 

「戦場において、敵の弾丸はお前がオペレーターだからという理由で軌道を逸らしてはくれない。指揮所(コマンドポスト)が強襲されれば、お前は真っ先に死ぬ。戦場における部隊の移動速度は、最も遅い兵士の歩調によって決定される。つまり、現状のアヤネ、お前がアビドスという部隊全体のボトルネックだ。体力をつけろ。拒否権はない」

 

冷酷極まる現実のドクトリンを叩きつけられ、アヤネは「うう……」と声を漏らして絶望に項垂れるしかなかった。

 

「これより、米陸軍の新兵訓練課程(BCT)をキヴォトス環境に適応させた基礎フェーズを開始する。目的は、高強度の作戦を持続するための基礎体力、および徹底的な戦術規律の自動化だ」

ウェッブは自身もフル装備を背負った状態で、校庭の砂地へと歩み出た。

「まずは、お手本(デモンストレーション)だ。よく見ておけ」

 

次の瞬間、ウェッブの身体が弾けた。

ヘイローによる超常的な質量爆発ではない。純粋な物理法則と解剖学に基づいた、極限まで無駄を削ぎ落とした運動連鎖だった。

ウェッブは校庭に急造された二メートルのコンクリート防壁の手前に達すると、速度を落とさずに片足を掛け、梃子の原理で身体を引き上げて一瞬で越えた。

着地と同時に、銃身を身体の正中線に引き寄せる「ローレディ」の構えを維持したまま、校舎の入り口へと滑り込む。扉の死角を細かく刻んでクリアリングする「パイを切り取る(スライシング・ザ・パイ)」の動作をミリ秒単位の正確さでトレースしていく。

さらに、天井の梁から吊るされた太いロープの前に来ると、下半身の反動を一切使わず、腕と背筋の伸縮だけで音もなく瞬時に登りきり、二階の窓枠へと音もなく着地してみせた。

 

ストップウォッチを止める。

「これが、エネルギーのロスをゼロにした『闘い抜くための移動』だ。全員、後に続け。目標周回数、五周」

 

「ん。……すごい。無駄がまったくない」

シロコの目が獲物を見つけた猛獣のように輝き、真っ先に砂を蹴ってウェッブのタイムを追い始めた。ホシノも気だるげな仮面を剥ぎ取り、元アビドス最強の先鋒としての卓越したフィジカルで、防壁を軽々と踏み越えていく。

 

しかし、残りの3人にとっては、地獄の釜の蓋が開いたようなものだった。

 

「はっ、ハァ……! なによこれ……なんで砂漠の中でこんな走らされなきゃいけないわけ!?」

セリカが汗でツインテールを首筋に張り付かせながら、必死に足を動かす。愛銃の重さが、走るたびに彼女の肩を容赦なく痛めつけていた。

十六夜ノノミも、普段のゆるふわな笑顔を完全に消し去り、数十キロに及ぶ重機関銃(ミニガン)の重量にスタミナをガリガリと削り取られていた。

 

そして最も凄惨だったのは、やはりアヤネだった。

ランニングの2周目で完全に膝が笑い始め、3周目のロープ登りに至っては、わずか一メートル登ったところで握力が限界を迎え、無様にコンクリートの床へとずり落ちた。

「う、うあぁ……腕が、動きません……!」

 

「下を見るな、アヤネ! 敵は上からも来る。握力が死んでも背筋で引き上げろ!」

ウェッブの容赦のない怒声が、静まり返った校舎に響き渡る。

「セリカ! 障害物を越える瞬間に銃口(マズル)が遊んでいる! 指がトリガーガードの中に入っているぞ! 不意の転倒で味方のヘイローを撃ち抜く気か!? 銃口管理(マズル・ディシプリ)を徹底しろ!」

 

「――っ、わ、分かってるわよっ!」

セリカは怒鳴り返そうとしたが、息が上がってそれ以上の言葉が出ない。咄嗟に銃身を胸元に引き寄せ、人差し指をフレームに沿わせて固定する。ウェッブの座学で叩き込まれた「規律」を、肉体が恐怖と共に思い出したのだ。

 

「ノノミ、ミニガンの重量に振り回されるな。ステップを踏む時は常に重心を低く保て。その質量はお前の武器だが、軸がブレればお前自身を破壊する罠になる」

 

「はい、はーい……っ!……うう、おやつの時間が恋しいです……!」

ノノミは息を絶え絶えにしながらも、ミニガンを抱え直し、ウェッブの指示通りに腰を落としてコンクリートの曲がり角を警戒した。

 

「ホシノ」

ウェッブの鋭い視線が、先行するホシノを捉える。

「動きは悪くない。だが、お前はさっきから遮蔽物(カバー)を利用する際、常に味方を背後に庇うような不自然なステップを踏んでいる。自己犠牲の精神は、戦術的な合理性を狂わせる。お前が倒れれば、その時点で部隊の防衛線は崩壊する。お前自身が最大の『盾』であることを忘れるな。自分を守るためのカバーを軽視するな」

 

「――っ」

ホシノの身体が一瞬、強張った。オッズアイの瞳に、過去のトラウマを抉られたような鋭い光が宿る。だが、ウェッブの言葉には一ミリの私情も含まれていない。ただ純然たる「生存のための最適解」として、彼女の隠された悪癖を看破していた。

ホシノは何も言わず、ただ奥歯を噛み締め、次の防壁の影へと深く身体を沈め込んだ。

 

太陽が完全に昇り、アビドスの灼熱の砂漠が牙を剥き始める頃。

校庭には、荒い呼吸の音だけが満ちていた。アヤネは砂地に大の字に倒れ込み、セリカは膝に手を突いて激しく肩を揺らし、ノノミは愛用のゴールドカードが入ったポケットをさする余裕すらなく地面に座り込んでいた。

体力おばけであるはずのシロコやホシノでさえ、ユニフォームを汗で変色させ、胸を大きく上下させている。

 

ウェッブは全員の前に歩み寄り、手元のアナログなストップウォッチの数値を冷酷にリセットした。

 

「休憩は十五分だ。水分を補給しろ。その後、教務室で『戦闘射撃規律』に関する座学と筆記テストを行う。一問でも間違えた者は、午後の障害物走をもう五周追加する。……以上だ」

 

ウェッブが背を向けて歩き出す。

「うへぇ~……先生、本当に対策委員会を壊滅させる気だねぇ……」

ホシノが砂まみれの帽子を目元まで深く被り直し、長いため息を吐き出した。

アビドスの5人は、終わりのない筋肉痛と胃痛、そして冷徹極まるプロの規律の重圧に圧し潰されそうになりながらも、デイヴィッド・ウェッブという容赦のない「OS」をその肉体に、確実にインストールされ始めていた。

 

十五分後。アビドス高等学校の教務室は、強烈な硝煙の臭いと、砂混じりの汗の熱気に満たされていた。

 

エアコンの壊れた室内で、大型の扇風機がガタガタと頼りない金属音を立てて熱風をかき回している。長机に並んで座る五人の生徒たちの前には、ウェッブによって印刷された、英語とカタカナが整然と並ぶ無機質なプリントが配られていた。

 

「これより、戦闘射撃規律(マークスマンシップ・ディシプリ)に関する筆記テストを行う。制限時間は三十分。一問でも落とした者は、午後の障害物走を五周追加する。始めろ」

 

ウェッブの冷酷な宣告と共に、ストップウォッチのボタンが鋭く押された。

 

教務室に響くのは、ペンの走る音と、荒い呼吸の残響だけだ。

黒板には、ウェッブがチョークで書き殴った幾何学的な図形が残されている。コンクリート壁に対する着弾角度と跳弾(リコシェ)の発生確率、そして味方のヘイローを巻き込まないための「射線規律(ジオメトリ・オブ・ファイヤー)」の相関グラフ。

 

(な、なによこれ……! 学校のテストでもこんなに数字まみれじゃないわよ!)

黒見セリカは、プリントに並ぶ『トリガーガード外配置の原則』『機動時のマズル・アライメント(銃口線形)』といった専門用語の群れを前に、ツインテールを激しく揺らして絶望していた。戦えればいい、突っ込めばいい。そんなこれまでの野生の勘が、ウェッブの持ち込んだ「冷徹な戦術の算数」によって全否定されている感覚だった。

 

一方、奥空アヤネは青白い顔をしながらも、神速の手つきで記述欄を埋めていた。

『質問四:前進観測員(FO)が座標指定を誤った際、補給線(ロジスティクス・チェーン)に生じる致命的エラーを説明せよ』

アヤネのペン先が、ウェッブの座学を完全にトレースしていく。理論を理解することに関しては、彼女は対策委員会で随一だった。だが、彼女の視界の端には、自身の腕に巻かれた、過酷なロープ登りで真っ赤に腫れ上がったテーピングが映っている。いくら頭で理解しても、肉体が追いつかなければ、この鬼教官は自分を「部隊のボトルネック(お荷物)」として切り捨てるだろう。その恐怖が、彼女のペンを走らせていた。

 

「……そこまで。ペンを置け」

 

三十分が経過し、ウェッブは無言でプリントを回収した。その場で太い赤ペンを取り出し、一切の躊躇なく採点を始める。教務室の空気が、肉物理的に凍りついていくようだった。

 

バチン、と最初のプリントが机に叩きつけられた。

 

「奥空アヤネ。百点」

「は、はいっ……!」

アヤネが安堵の息を漏らそうとした瞬間、ウェッブの眼鏡の奥の目が彼女を射抜いた。

「防理の記述は完璧だ。だが、お前は午前中のロープ登りで三回脱落している。戦場において、知識だけを持つ歩兵は『動けない標的』と同じだ。午後は実技の補習を行う。腕の筋肉を千切る覚悟をしておけ」

「うっ……」アヤネはガタガタと震えながら胃を押さえた。

 

次の一枚が、滑るようにセリカの前に落ちる。

「黒見セリカ。四十二点。不合格だ」

「なっ、なんでよ!? ちゃんと書いたじゃない!」

セリカが色をなして立ち上がるが、ウェッブは黒板の図形を指し示した。

「お前は『遮蔽物(カバー)から銃身を突出させる距離』の計算を誤っている。銃口が壁から出れば、マズルフラッシュ(発射光)で位置を特定され、カウンター・スナイプ(対狙撃)の餌食になる。お前のヘイローがどれほど頑強でも、一二.七ミリの対物弾を正面から受ければ質量衝撃で気絶する。気絶した歩兵はただの死体だ。やり直し」

セリカは悔しげに唇を噛み、ドサリと椅子に座り直した。

 

そして、最後の一枚。ウェッブのペンが、最も激しく動いた答案用紙が砂漠のテーブルに置かれた。

「砂狼シロコ。三十五点。論外だ」

「ん。……ちゃんと、制圧の手順を書いた」

シロコが不満げに耳をピクリと動かす。ウェッブは彼女の答案の記述を、低い声で読み上げた。

「『室内の死角(ブラインド・コーナー)に敵を確認した場合、速やかに裏口へ回り、ガソリン缶を投擲して点火。パニックに陥った構成員を全員拘束し、身代金の要求および金庫の強奪を行う』。……シロコ、これは戦術規律(ドクトリン)ではない。ただの凶悪な犯罪計画だ」

「ん。効率的」

「不合格だ。俺が教えているのは、部隊として生存し、エリアを統制するための治安維持技術(治安作戦)だ。スタンドプレーの強盗手順ではない。規律(ディシプリ)の欠如。セリカと共に、午後の障害物走を五周追加する」

「……ん。厳しい」シロコはがっかりしたように机に顎を乗せた。

 

「うへぇ~……おじさん、辛うじて合格だけど、もう脳みそが砂漠の砂になっちゃいそうだよ~……」

ホシノが長机に突っ伏し、だらしなく髪をぐしゃぐしゃにしている。その答案用紙には、手癖の悪い「ベテランの生存術」をウェッブによってミリ単位で矯正された、無数の赤線が引かれていた。

 

「休むな。ヘルメット団の先遣隊が、本校舎から二キロ南の境界線に接近している。これより――実戦環境テスト(ライブ・ファイア・アセスメント)を開始する」

 

ウェッブがアサルトライフルのボルトを引く。鋭い金属音が、少女たちの弛緩しかけた神経を強制的に引き締めた。

 

---

 

【実戦環境テスト:アビドス南側・廃ビル群】

 

「ターゲット確認。不良集団(ヘルメット団)、混成歩兵約三十名。軽車両二。こちらへ向かって武器を乱射しながら前進中」

アヤネの、戦術端末を握る手が小刻みに震えている。だが、その声はこれまでになく明瞭だった。彼女の胸元、そして全員のベストには、ウェッブによって取り付けられた「戦術データロガー(行動記録端末)」の緑色のランプが明滅している。

 

「学んだ『規律』を執行しろ。これより、お前たちのすべての挙動、ミリ秒単位の判断をデータ化する」

通信インカムから響くウェッブの声は、戦場の霧を切り裂くように冷たかった。

 

「――来るわよ! あんたたち、私の弾幕で蜂の巣にしてあげるんだから!」

セリカが飛び出そうとする。だが、その瞬間、彼女の脳裏に教務室での赤ペンの軌跡がフラッシュバックした。

(銃口(マズル)を壁から出すな! スライシング・ザ・パイ――死角を刻め!)

「……っ!」

セリカは咄嗟に身体を Intermediate(中間)の位置で踏みとどまらせ、銃身を胸元に引き寄せる「ローレディ」の構えを維持した。コンクリートの柱の縁から、自らの身体の軸をブラさず、視線と銃口を同期させながら、外周の死角を扇形に「刻んで」いく。

 

はみ出さない。銃口の先端すら、壁の影から出さない。

次の瞬間、彼女が刻んだ死角の先――まさにそこに、待ち伏せていたヘルメット団の散弾銃が構えられていた。敵がセリカの接近に気づくより早く、規律によって最適化されたセリカの突撃銃が、コンマ二秒の速度で火を噴いた。

タン、タンッ!

正確なダブルタップ(二連射)。敵の胸部に着弾した衝撃波がヘイローを激しく明滅させ、不良生徒はその場に崩れ落ちた。

 

「セリカ、視界良好(クリア)! 次のセクターへ移行!」アヤネの正確なナビゲーションが飛ぶ。

「ノノミ、右翼の道路を封鎖(デニム)しろ! 敵の軽車両を前進させるな!」

「はーい、お任せください、です!」

十六夜ノノミが重機関銃(ミニガン)を構えて道路中央へ躍り出た。だが、以前のように笑いながらトリガーをハーフ(引きっぱなし)にするような無駄な真似はしない。

ウェッブの言葉――『抑制射撃(サプレッシブ・ファイア)は、敵を殺傷するためではなく、敵の自由を奪うための火線だ』。

ノノミの指が、正確に「三連射(スリーラウンドバースト)」のサイクルを刻む。

ガガガッ! …… ガガガッ!

最低限の弾薬消費でありながら、軽車両のフロントガラスと足元の砂地に完璧な「制圧点(キルゾーン)」が形成される。ヘルメット団の運転手は、一発も被弾していないにもかかわらず、その圧倒的な火線の規律に恐怖し、ハンドルを右の砂丘へと切って自滅した。

 

「火線維持よし! シロコ、ホシノ、中央突破(エントリー)!」

 

アビドス校舎の裏手、崩落しかけた民家のドアの前。

シロコとホシノが、背中を合わせるような距離で身を伏せていた。入り口は狭く、敵の銃線が集中する最も致死率の高いエリア――『フェイタル・ファンネル(致命的な漏斗状地帯)』だ。

 

「ん。……ホシノ、カウント・スリーで」

「うへ~、おじさん、こういう狭いところは骨が折れるんだけどねぇ……!」

 

ホシノの目が、一瞬で冷徹な戦闘狂のそれに切り替わった。

スリー、ツー、ワン。

ホシノがシールドを正面に構え、弾丸の嵐が吹き荒れるドアの正面を、物理的な質量で強引にこじ開けた。すべての銃弾がホシノの盾に集中する――その瞬間、彼女の背中の影から、シロコが文字通り「滑り込む」ように室内の左隅(ブラインド・コーナー)へとエントリーした。

 

「ファーストマン、レフトクリア!」

シロコの銃口が跳ね上がり、室内の死角にいた三名の敵を瞬時に制圧する。間髪入れず、セカンドマンとして突入したホシノが右側の脅威をショットガンで薙ぎ払った。

狭い室内。交錯する二人のヘイローの光が、部屋の死角を完全に消し去っていく。

 

「ルームクリア。視界良好」

シロコが銃口から立ち上る硝煙を静かに吹き消した。

戦闘開始から、わずか三分四十五秒。アビドス対策委員会は、一人の負傷者も出さず、弾薬の消費をこれまでの四分の一に抑えた状態で、三十名の襲撃部隊を「完全無力化」してみせたのだ。

 

---

 

【デブリーフィング(講評)と戦闘報告書の作成】

 

夕暮れ。アビドスの地平線が血のような赤に染まる頃、対策委員会室は静まり返っていた。

黒板には、アヤネのコンソールから抽出されたミリ秒単位の戦闘データ、射撃の命中精度、各員の移動軌跡のグラフが並べられている。

 

全員が、ヘルメット団を完璧に撃退した充実感に満たされているはずだった。だが、教壇の前に立つウェッブの顔には、賞賛の色など微塵もなかった。彼の目の前には、各自が戦闘直後に書かされた「戦闘報告書(事後検討レポート:AAR)」が積み上がっている。

 

ウェッブはチョークの先端で、セリカの移動軌跡のグラフを激しく叩いた。

「セリカ。フェイズ2における、ローレディからの射撃移行速度が、お手本より〇.三秒遅い。敵の反応速度がゲヘナの風紀委員会レベルであれば、お前はその〇.三秒の間に頭部への狙撃を受けている。ヘイローがあるからと、未だに肉体的な被弾を軽視している証拠だ」

「う、うぐっ……」セリカは反論できず、唇を噛んだ。

 

「ノノミ。三連射のサイクルは維持できていたが、後半の二セットで射線がわずかに左へブレている。重機関銃の反動を腕だけで抑え込もうとするな。ステップを踏む時は常に重心を低く保ち、下半身の質量を銃床(ストック)に預けろ。兵器の特性を肉体で殺すな」

「はい……気をつけます、です……」ノノミがシュンと頭を下げた。

 

「そして――シロコ」

ウェッブはシロコの手書きレポートを指で弾いた。

「突入時のスピードは評価する。だが、このレポートは何だ。『敵のヘルメットが綺麗に割れて、よく転がった。楽しかった』。……これは報告書ではない。ただの小学生の絵日記だ」

「ん。事実を書いた」

「戦闘における自身の判断、ミスの原因、そして改善点を言語化(ロジック化)しろと言ったはずだ。言語化できない戦闘経験は、次の戦場では何の価値も持たない。書けない者は、次の作戦(ミッション)への参加を禁ずる。全員、二十パーセントの書き直し(リライト)を命じる。提出するまで、今日の夕食(柴関ラーメン)は抜きだ」

 

「うへぇ~……先生、本当に容赦ないねぇ……。おじさん、もう脳みそが完全に砂漠化しちゃったよ~……」

ホシノが長机に力なく突っ伏し、ピンク色の髪を机に擦りつけている。

 

だが、文句を言いながらも、セリカはすでに新しいレポート用紙に向き合い、自身の銃口管理の甘さを必死に思い出しながら、ペンを激しく走らせ始めていた。アヤネもまた、自身の体力不足を補うための電子支援手順を、ノートの余白に緻密に書き連ねている。

 

「座学・実技」→「無機質なプリントテスト」→「実戦環境での規律の執行」→「データ分析によるデブリーフィングと戦闘報告書の作成」。

 

この容赦のない「FIDサイクル」は、毎日、狂ったように繰り返された。

砂を吐き、筋肉を悲鳴させ、終わりのない胃痛と戦いながらも、アビドスの五人はデイヴィッド・ウェッブという冷徹極まる特殊作戦の「OS」を、その肉体と精神に確実にインストールしつつあった。

 

数週間後。

アヤネのロープ登りのタイムは、ウェッブの課した米陸軍基準値をクリアし、彼女の細い腕には確かな戦術の重みが宿っていた。セリカの銃口管理は、意識せずとも身体が動く「自動化(マッスルメモリー)」の域に達し、シロコの提出するレポートからは物騒な犯罪計画が消え失せ、冷徹極まるプロのCQB(近接戦闘)ドクトリンの記述へと昇華していた。

 

アビドス廃校対策委員会は、ただの「困っている学生の集まり」から、あらゆる戦場を生き残るための凶悪な「特殊作戦部隊(タスクフォース)」へと、確実に鍛え直されつつあった。

 

「基礎体力および戦術規律の最低ラインはクリアした」

ある朝、ウェッブは黒板の前に立ち、チョークで新しい単語を書き加えた。

 

「今日から、アドバンスド・フェーズに入る。……ついて来い」

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