宝鐘マリンになったホロリス、カルデアで人理を航海する   作:ホロリスのホロリスによるホロリスのたm

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それでも燃える人理

 

カルデアは、沈んでいなかった。

 

爆発は起きなかった。管制室は瓦礫に埋もれていない。職員たちは血まみれで倒れていない。オルガマリーは生きていて、マシュも、藤丸立香も、まだこの場所に立っている。

 

けれど、未来は燃えていた。

 

カルデアスは赤く染まり、シバの観測ログは警告を吐き続けている。人類史の保障は消失し、西暦以降の未来は観測不能。爆弾を全て取り除いたというのに、予定されていた破滅の形だけが変わり、結果は変わらなかった。

 

「……趣味悪すぎませんか、これ」

 

私はカルデアスを見上げながら呟いた。

 

軽く言ったつもりだった。けれど、自分の声が思ったより乾いていて、少しだけ失敗したと思う。宝鐘マリンなら、ここでもう少し勢いよく笑うはずだ。私が演じている彼女なら、怖さを笑いに変えて、周囲の空気を少しだけ軽くするはずだ。

 

けれど、今は上手くできなかった。

 

「マリン」

 

隣からドレイクが声をかけてくる。

 

「顔が沈んでるよ。海に出る前からそんな顔してると、船まで沈む」

 

「いやぁ、船長、陸上勤務の予定だったんですけどねぇ」

 

「人理修復なんて大航海に片足突っ込んでおいて、陸上勤務は通らないね」

 

「ぐうの音も出ない正論パンチやめてもらっていいですか?」

 

軽口を返すと、ドレイクは満足そうに笑った。たぶん、今の私に必要なのはこれなのだろう。怖がるな、ではない。怖くても笑って立っていろ、と背中を叩かれている。

 

ロマニ・アーキマンの声が、通信越しに管制室へ響いた。

 

「各班、報告を。まず医療班、マスター候補の安否確認は?」

 

少しの間があった。

 

この間が、嫌だった。爆破を防いだ。誰も死なせないために、できることはした。それでも、あのレフが仕掛けたのは爆弾だけではない。管制系、霊子筐体、レイシフト準備中の接続経路。嫌な予感はまだ胸の奥に残っている。

 

「医療班より報告! マスター候補、全員の生存を確認!」

 

管制室に、ほんのわずかな空気の緩みが生まれた。

 

誰かが息を吐いた。誰かが小さく肩を落とした。オルガマリーも一瞬だけ目を閉じる。私も、知らないうちに握りしめていた指を緩めた。

 

生きている。

 

それだけで、まずは十分だった。

 

「ただし、状態はよくありません!」

 

その報告で、緩みかけた空気が再び張り詰める。

 

「レイシフト筐体周辺に霊子汚染を確認。爆発物は除去されていましたが、管制系に残留していた術式が人理焼却の発動と同時に逆流しています。候補者の多くが意識混濁、魔術回路の過負荷、精神干渉に近い症状を呈しています!」

 

「治療優先! 筐体から切り離しなさい!」

 

オルガマリーが即座に指示を飛ばす。

 

「意識がある者は?」

 

「数名。ただし、全員レイシフト適性値が一時的に不安定化しています。現時点で前線運用は危険です」

 

管制室のあちこちで、職員たちが端末を操作する音が続く。命は助かった。けれど、戦える状態ではない。爆弾を止めても、カルデアの牙は別の場所に食い込んでいた。

 

私は舌打ちしそうになって、ぎりぎりで飲み込んだ。

 

「……教授、性格悪すぎでしょ」

 

「まあ、ああいう手合いは沈む時に周りの船も巻き込むもんさ」

 

ドレイクの声は低かった。

 

「爆弾だけじゃなく、港そのものに毒を流してたってわけだ」

 

「その例え、分かりやすいけど嫌ですね」

 

「嫌なもんほど分かりやすくしといた方がいい」

 

言いながら、ドレイクは管制室の奥を見た。そこでは、医療班と技術班が必死に情報をやり取りしている。生き残ったマスター候補たちは、今この瞬間も別室で処置を受けているのだろう。

 

その中には、Aチームもいる。

 

原作なら、彼らはここで冷凍保存され、第二部へと繋がる。けれど今は違う。死んでいない。凍りつく前に、命だけは繋がった。

 

だが、運命まで救えたわけではない。

 

「Aチームの状態は?」

 

オルガマリーが問う。

 

その声には、所長としての焦りと、人間としての恐れが混ざっていた。彼らはカルデアが誇る最高戦力候補だ。使えるなら使いたい。使わなければならない。けれど、壊したくない。その葛藤が、表情に滲んでいる。

 

医療班からの報告が続いた。

 

「カドック・ゼムルプス、生命反応安定。ただし意識混濁、霊子汚染の後遺症あり。覚醒の兆候はありますが、レイシフトは危険です」

 

「オフェリア・ファムルソローネ、魔眼保護のため隔離処置中。精神干渉疑いあり」

 

「芥ヒナコ、生命反応は安定していますが、検査値が不自然です。本人からの協力反応は薄く、詳細確認中」

 

「スカンジナビア・ペペロンチーノ、比較的状態良好。ただし本人の申告以上に霊子負荷あり。経過観察」

 

「キリシュタリア・ヴォーダイム、重篤。命に別状はありませんが、意識回復は不明。封印治療を推奨します」

 

「ベリル・ガット、生命反応安定。ただし精神波形が不安定。監視対象として医療区画へ」

 

「デイビット・ゼム・ヴォイド……生存確認。ただし反応が、通常の診断枠に収まりません。詳細不明です」

 

ひとりずつ、名前が読み上げられる。

 

全員、生きている。

 

その事実に安堵するべきなのに、私は素直に息を吐けなかった。彼らは救われた。けれど、完全には救われていない。肉体は残った。だが、霊子汚染、精神干渉、人理焼却の逆流。目に見えない傷が、彼らの中に残っている。

 

「……全員、今すぐ前線に出すのは無理ですね」

 

私が言うと、オルガマリーは悔しそうに唇を噛んだ。

 

「分かっているわ。でも、私たちは人理焼却を止めなければならない。レフは特異点Fへ逃げた。追わなければ、次に何をされるか分からない」

 

「だからこそ、無理に出しちゃダメです」

 

私は彼女を見る。

 

「優秀な候補者を、壊れた筐体にもう一回突っ込むような真似はできません。今ここで焦ってAチームを出したら、船長、たぶん本気で止めます」

 

「あなたに止められる筋合いは――」

 

「ありますよ」

 

声が思ったより強く出た。

 

オルガマリーが目を見開く。私も少し驚いた。けれど、引く気にはなれなかった。ここで引いたら、きっと同じことを繰り返す。優秀だから。必要だから。使えるから。そうやって人を装置みたいに扱う魔術師の理屈を、私は知っている。

 

知っていて、嫌いだ。

 

「所長。海に出られる船と、今は港で修理しなきゃいけない船は違います。穴の空いた船を無理に出せば、海で沈みます」

 

ドレイクが片眉を上げる。

 

「へぇ、いいこと言うじゃないか。マスター」

 

「今の、ドレイクさんの受け売りですけどね」

 

「なら合格だ」

 

オルガマリーは反論しかけて、口を閉じた。彼女は賢い。感情が先に出ることはあっても、間違った理屈を押し通すほど愚かではない。

 

「では、誰を出すの」

 

その問いが、管制室に重く落ちる。

 

誰もが一瞬、黙った。

 

マスター候補は全員生きている。しかし即時出撃不能。Aチームも同じ。カルデアは残ったが、人理は燃えている。レフは逃げた。特異点Fへ追う必要がある。

 

その中で、ひとりだけ、異常なほど低負荷の適性を示している人物がいた。

 

ロマンがためらいがちに口を開く。

 

「……藤丸立香くん」

 

管制室の視線が、藤丸へ向いた。

 

藤丸立香は、数秒だけ自分の名前が呼ばれた意味を理解できない顔をした。無理もない。ついさっきまで巻き込まれた一般人だったのだ。レフの裏切りを見て、人理焼却を見て、今度は自分が特異点に行く候補だと言われる。

 

普通なら、逃げ出しても責められない。

 

「えっと……自分、ですか?」

 

藤丸の声は震えていた。

 

でも、完全には折れていなかった。

 

ロマンが頷く。

 

「君のレイシフト適性値は安定している。霊子汚染の影響も、他の候補者に比べて極端に低い。理由はまだ分からない。でも、現時点で連続レイシフトに耐えられる可能性があるのは君だけだ」

 

「ドクター!」

 

マシュが声を上げた。

 

「藤丸さんは、まだ訓練も十分ではありません。戦闘経験もなく、魔術師としても――」

 

「分かっているよ、マシュ。でも、他に候補がいない」

 

ロマンの声は苦かった。

 

私は藤丸を見た。

 

正直、行かせたくない。一般人だ。普通の人間だ。魔術師としての訓練もない。特異点に出れば、死ぬ可能性がある。サーヴァント、魔術、炎上する都市、狂った歴史。そんな場所へ放り込むには、あまりにも普通だ。

 

けれど、その普通さが必要になることも、私は知っている。

 

英霊を道具として見ない。現地の人間を記録上の過去として切り捨てない。怖くても、誰かの手を取れる。藤丸立香の強さは、数字で測れるものではない。

 

「藤丸さん」

 

私は声をかけた。

 

「怖いですか?」

 

藤丸は一瞬、驚いた顔をした。それから、少しだけ視線を落とす。

 

「……怖いです」

 

その答えに、管制室の誰かが息を呑んだ。

 

藤丸は顔を上げる。

 

「正直、何が起きているのか、全部は分かっていません。レフ教授のことも、人理焼却のことも、特異点Fのことも。でも、ここにいる人たちが大変なことになっていて、誰かが行かないといけないなら……自分にできることがあるなら、行きます」

 

ああ。

 

私は内心で苦笑する。

 

本当に、主人公みたいなことを言う。

 

格好つけているわけではない。怖いと認めた上で、それでも行くと言う。その姿は、魔術師たちが好む優秀さとは別のものだった。だからこそ、英霊たちはこの人に手を貸すのだろう。

 

ドレイクが楽しそうに笑った。

 

「いいねぇ。怖いと言える奴は、海に出ても案外しぶとい」

 

「褒めてるんですか、それ」

 

「かなり褒めてるよ、マスター」

 

「ならよかったです」

 

私は藤丸に向き直る。

 

「船長としては、あなたを行かせたくありません。一般人をいきなり燃えてる未来に放り込むなんて、正気じゃないので」

 

「マリンさん……」

 

「でも、今のカルデアで前線に出られるのはあなたです。だから、行くなら約束してください」

 

藤丸が真っ直ぐこちらを見る。

 

「何をですか?」

 

「勝手に死なないこと。マシュさんの手を離さないこと。怖い時は怖いと言うこと。あと、船長の指示はちゃんと聞くこと」

 

「最後だけ急に軽いですね」

 

「大事ですよ? 船長、こう見えて顧問なので」

 

藤丸の口元が、ほんの少しだけ緩んだ。

 

それでいい。笑えるなら、まだ大丈夫だ。

 

その時、マシュが小さく息を詰めた。

 

「マシュさん?」

 

私はすぐに気づいた。

 

彼女の身体から、微かな魔力反応が漏れていた。今まで隠れていたものが、人理焼却の逆流に炙り出されたように表面へ滲んでいる。霊基の奥に、何かがいる。まだ目覚めてはいない。けれど、眠りが浅くなっている。

 

盾。

 

城壁。

 

円卓。

 

そんな断片が、私の視界の端を掠める。

 

気のせいではない。

 

「……やっぱり、そう来ますか」

 

私は思わず呟いていた。

 

マシュが不安げにこちらを見る。

 

「マリンさん? 私、何か……」

 

「今は大丈夫です」

 

嘘ではない。今は、まだ大丈夫だ。

 

ただし、放置していい状態ではない。マシュの身体は、普通の人間のものではない。霊基を宿す器。サーヴァントの力を受け入れるために作られた存在。本人の意思と、与えられた役割と、英霊の力が複雑に絡み合っている。

 

私はその危うさを知っている。

 

知っているから、吐き気がした。

 

「ロマン先生、マシュさんの霊基値、再検査を」

 

通信越しにロマンの声が緊張する。

 

「今、こちらでも確認している。通常の魔力反応じゃない。けれど、これは……」

 

「言わなくていいです」

 

私は遮った。

 

今ここで余計な言葉を出すべきではない。マシュ本人の前で、彼女の存在を解析対象のように扱いたくなかった。そういうのは、嫌というほど見てきた。

 

「マシュさん」

 

私はできるだけ柔らかく言った。

 

「身体に違和感はありますか?」

 

「少し……胸の奥が熱いような感じがします。でも、動けます。藤丸さんが行くなら、私も一緒に行きます」

 

「即答ですねぇ」

 

「はい。私は、先輩を一人で行かせたくありません」

 

その言葉に、藤丸が目を見開いた。

 

「マシュ……」

 

マシュは少しだけ頬を染め、それでも真っ直ぐ立っていた。まだ盾はない。まだ英霊の名も表に出ていない。けれど、その姿はもう、誰かを守るために立つ少女だった。

 

私は胸の奥が痛くなる。

 

過保護になってはいけない。分かっている。マシュの成長を奪ってはいけない。藤丸とマシュの関係に割り込んではいけない。私は顧問で、先導役で、道を開く船長であって、彼らの物語を奪う存在ではない。

 

それでも、言いたくなる。

 

無理をするな。戦うな。そんな危ない身体で前に出るな。

 

でも、それを言う資格が私にあるのかは分からない。

 

「……分かりました」

 

私は息を吐いた。

 

「ただし、無理は絶対禁止です。少しでも異常があったら、船長が首根っこ掴んででも下がらせます」

 

「はい」

 

「あと藤丸さん、マシュさんを盾扱いしたら怒りますからね」

 

「しません!」

 

藤丸は即答した。

 

その反応があまりに真剣で、私は少し笑ってしまった。

 

「よろしい。百点です」

 

「採点されるんですね……」

 

「船長、評価は厳しいですよ」

 

オルガマリーが息を吐いた。

 

「……決まりね」

 

彼女は管制室全体を見渡した。

 

「現時点で前線に出られるマスター候補は藤丸立香のみ。マシュ・キリエライトは随伴、ただし霊基異常が確認されているため観測を継続。ロード・ホウショウ、あなたは顧問として同行。ドレイクは契約サーヴァントとして戦闘支援」

 

「私も行くわ」

 

その一言で、管制室が再び固まった。

 

「所長!?」

 

ロマンが通信越しに叫ぶ。

 

「何を言っているんだ、君は!」

 

「レフは私の前で裏切った。カルデアを壊そうとした。人理焼却を始めた。その責任者として、私はここに残って震えているわけにはいかない」

 

「でも、君はレイシフト適性が――」

 

「適性の問題なら、マリンがどうにかするでしょう」

 

「さらっと船長に無茶振りしないでください!」

 

私は思わず叫んだ。

 

オルガマリーがこちらを見る。

 

「できないの?」

 

「できるできないで言えば、補助はできますけど! でも所長、あなたは管制側に残るべきで――」

 

「嫌よ」

 

短い言葉だった。

 

そこには意地があった。恐怖も、怒りも、悔しさもあった。レフに裏切られ、カルデアを壊されかけ、自分だけ安全圏に残ることを彼女は許せないのだろう。

 

私は頭を抱えたくなった。

 

「ドレイクさん、どう思います?」

 

「いいんじゃないかい」

 

「軽い!」

 

「港に残る奴も必要だが、舵を握りたい奴を鎖で繋いでも邪魔になるだけさ」

 

「海賊理論、毎回判断が豪快すぎるんですよねぇ」

 

だが、ドレイクの言葉にも一理あった。オルガマリーは止めても無理だ。無理に残せば、今後ずっと尾を引く。ならば、連れて行った上で守るしかない。

 

それに、特異点Fで彼女が危機に晒されることは、分かっている。

 

分かっているからこそ、目の届く場所にいてくれた方がいい。

 

「……分かりました」

 

私は折れた。

 

「ただし、所長も無茶禁止です。前に出ない。勝手に命令系統を乱さない。危なくなったら船長の指示に従う」

 

「あなた、私を誰だと思っているの」

 

「死なせたくない人です」

 

言ってから、しまったと思った。

 

管制室が一瞬だけ静かになる。オルガマリーは目を丸くして、すぐに視線を逸らした。

 

「……そういうことを、急に言うんじゃないわよ」

 

「すみません。船長、たまに素が出ます」

 

ドレイクが横でにやにやしていた。

 

「いいじゃないか。素が出るくらいの方が、信用できる」

 

「ドレイクさん、そういうとこで茶化さないでください」

 

「茶化してないさ」

 

彼女は笑ったまま、銃を肩に担ぐ。

 

「で、どうするんだい、マスター。港は燃えてないが、海は赤い。追うなら急ぎな」

 

私はカルデアスを見る。

 

赤い星。焼け落ちる未来。特異点Fへ逃げたレフ。即時出撃できないマスター候補たち。眠ったままのAチーム。まだ覚醒しきっていないマシュ。怖いと言いながら行く藤丸。震えながらも立つオルガマリー。

 

これが、この世界の新しい出発点だ。

 

爆発しなかったカルデア。

 

それでも燃える人理。

 

私は胸のリボンを指先で整え、口角を上げた。

 

「では、皆さん」

 

声は震えていなかった。

 

「カルデア顧問、宝鐘マリンよりご案内です。これより、特異点Fへの追跡準備に入ります」

 

藤丸が息を呑む。マシュが背筋を伸ばす。オルガマリーが端末を握りしめる。ドレイクが楽しそうに笑う。

 

私は、赤い未来へ向けて手を伸ばした。

 

「人理修復、出航準備です」

 

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