醜い私が逆転世界で暮らす   作:バルバリッチ

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夏が来た

 夏が来た。

 この世界に転生して、三回目の夏。

 日差しは熱いけど、時折差し込む風が心地いい。

 

 前の世界より温暖化が進んでおらず、気温が少し低いこの世界は風の温度も生暖かい物ではなく少し冷たい風が吹いてくる。

 目の前にはプールで遊ぶ女の子達。

 みんな楽しそうに水を掛け合ったり浮き輪をつけたりして遊んでいる。

 

 私を含めた男子児童は、別の場所で希望する子だけがプールに入る事ができる。

 せっかくだし、私もプールに入ろうかなと思っていたんだけど……

 

 前にしおりちゃんを叩こうとした男の子と鉢合わせちゃって、凄く怖がられてしまったからやめておいた。

 私があの子にとって、完全にトラウマになってしまったなぁ。

 しおりちゃんを守った事は後悔していないし、まぁ仕方ないか。

 

 そう思って部屋に戻ると、いつも私が座っている席に一人の女の子が座っているのが見えた。

 机の上の本を集中して読んでいるみたいで、近くまで近づいてやっと私に気づいてくれた。

 

 

「ゆうとくん! ゆうとくんといっしょに、ほんを、って。おもって……」

「そうなんだね。あれ、しおりちゃんはプールに入らなくていいの?」

「プールにがて……」

 

 文学少女であるしおりちゃんは、確かにプールってタイプじゃないか。

 クラス内もクーラーが効いてるし、ここにいれば外より快適だし。

 

「そうなんだ。じゃあ一緒に本、読もうか」

「うん!」

 

 しおりちゃんとはたまにこうして本を一緒に読む仲になった。

 この歳で絵本を集中して読む子は少ないから、私という本に対して理解がある子と好きな事をするのが楽しいみたい。

 私も本は好きだ。

 

 苦しかった思い出も本を読んでいる時は忘れられたし、本を読んでいる時だけは別の自分になれた気がしたから。

 

 この世界の絵本は前世で聞いた事がないような物語ばかりだ。

 しおりちゃんと一緒に読む本は私も知らない話が多くて新鮮だった。

 

 

「……こうして、おひめさまとおうじさまは、ふたりなかよく、すえながくくらしました……ふふふ」

「王子様とお姫様が一緒になれて良かったね」

 

 この物語が描かれた頃は、前世と同じ男女比だったんだろう。

 登場する人達は男の人も女の人も等しく描かれているし、男の人が女の人のためにここまで尽くせるのは、この世界の今の価値観では信じられない事みたいで、女の人が男の人に尽くすのが当然であるし、常識になっている。

 

 だからこそ、こういったお話がこの世界の女の子達には人気みたいだ。

 

 

「ゆうとくんは、おひめさま、けっこんしたい?」

「え? えっと……そうだなぁ。僕はお姫様じゃなくても、僕が好きになった人と結婚したいって思うよ」

「ほんとう?」

「もちろん。しおりちゃんは王子様と結婚したい?」

 

 本に視線を戻し、少し考えているしおりちゃん。

 指先が王子様の絵をなぞっていた。

 

「……おうじさま、かっこいいけど……わかんないや」

 

 そうだ、私達は今三歳。

 私の周りの子達が皆大人みたいに話したり、考えたりする子が多いからあまり実感はなかったけど、しおりちゃんももちろん三歳児。

 まだ恋とかそういうのは分からない歳なのは当たり前だ。

 

「そうだね。今は分からなくてもいいんじゃない?」

「いい?」

「うん。本を読んで楽しい! それだけでいいと思うよ」

 

 しおりちゃんの頭を撫でる。

 急に触ったから驚いたのか、私の手を触った。

 

「あ、ご、ごめんね! いつもこうしてるから……それに小っちゃくて可愛いって思ったから……」

「いいよ! またやってね」

 

 幼い笑みを浮かべて、次の本を読もうとクラスの本棚から本を探すしおりちゃん。

 その姿が微笑ましくなって、しおりちゃんと一緒に本を探す事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あつい!」

 

 

 ベンチの上、太陽を隠す木々の下にいたとしても、夏だからもちろん熱い。

 みおんちゃんが自分のスカートをぱたぱたと仰ぐ。

 パンツが丸出しになっているけど、この年代の子はそんな事は気にしない。

 

 

「みおんちゃん、熱いならクラスに戻った方がいいんじゃない? 体調壊しちゃうよ」

「へいき……ここがいいの……」

 

 

 そうはいっても顔が赤い。

 水を飲んでいるか分からないし、熱中症が心配だ。

 

 私は急いでクラスに戻ると、持ってきていた水筒を取り出し、ベンチまで走る。

 子供用の小さい物だ。

 それでも今の私には少し重いし、大きく感じる。

 

 

「はい、みおんちゃん。これ飲んで」

「ふぇえ……? なに、これ」

 

 

 暑さにやられているのか、いつもよりも元気のないみおんちゃんにお茶を差し出す。

 口に水筒をあてると、一気にお茶を飲みだした。

 

 

「んくっ、んくっ……ぷはぁ。……いきかえるぅ」

 

 

 どこでそんな言葉を知ったのだろうか。

 それでも満足そうなみおんちゃんを見て私も嬉しい気持ちになった。

 

 

「あ、ごめん……おちゃ、のんじゃった」

「いいよ、みおんちゃんに飲んで欲しくて持ってきたんだし」

 

 

 走ったから少し疲れた。

 ベンチに座ると、ゆっくりと呼吸を整える。

 

 

「…………」

「ふぅ……ん? みおんちゃん?」

 

 

 みおんちゃんは私を見つめた後、すとんとベンチを降りて建物の中に戻っていった。

 流石のみおんちゃんも暑さには勝てなかったか。

 私は前世の世界の暑さよりもマシ、という心構えが出来ている。

 

 それによってこの世界での私は無敵に近いのだ。

 

 

「ひあっ」

 

 

 冷たい。

 いきなりひんやりとした感触が首に当たり、つい変な声を出してしまった。

 後ろを振り返ると、申し訳なさそうな顔したみおんちゃんが、水筒を私の首に当てていた。

 

 

「……これ、わたしの」

「あ、みおんちゃん水筒持ってたんだ。そりゃそうか。熱いしね」

「…………」

 

 無言で私の目を見つめてくる。

 水筒は相変わらず首元にあり、冷たい感触が続く。

 

 じっと見つめ合っていると、少し不満げな顔になったみおんちゃんが水筒をさらに押し付けてきた。

 

 

「……のんで」

「え? あ、そういうことか。ありがとう、みおんちゃん。わざわざ取りに行ってくれて」

「だって、ゆうとの……のんだし」

 

 

 ベンチに座ると、いつも通り空を見上げるみおんちゃん。

 彼女の優しさに触れながら、彼女のお茶を一口飲んだ。

 

 ……でもこれって、間接キスってやつか。

 みおんちゃんは何も意識してないし思ってないだろうけど、少し気恥しいな。

 

 そうは思いつつも、体は水を求めていた。

 お茶をゆっくりと飲むと、水筒の蓋を閉めた。

 

 

「はい、ありがとう。おかげで助かったよ」

「うん」

 

 

 みおんちゃんが水筒を受け取ると、まだ飲み足りなかったのか水筒を空ける。

 キュ、という音と共に空いた水筒を口に運ぶ。

 

 彼女の喉がこくん、こくんと動くたびに、その喉元に何となく視線が行った。

 

 

「ぷは……なに?」

「あ、ううん。何でもない」

 

 

 不思議そうな顔で蓋を閉めると、自分の横に水筒を置いた。

 

 

 セミの鳴き声が聞こえる。

 空を見上げれば、入道雲が見えた。

 

 それを何も考えずに見つめる。

 横を見てみれば、みおんちゃんも同じ入道雲をただ見つめていた。

 

 

 今この世界には、私とみおんちゃんの二人しかいないような感覚に落ちていった。

 外で暑い中元気に遊ぶ女の子達の声がだんだんと遠くなって。

 

 

 そんな夏の、ごく普通の日の出来事だった。

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